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ミネルバの歌姫_第03話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:09:48

ヨ「ヴィーノ、そっち終わったかぁ?」
ヴィ「う、ん……あと少し」

MSデッキでヨウランとヴィーノはシンの愛機である『デスティニー』の整備作業を続けていた。
あと少しで連合のダイダロス基地攻略作戦が始まる。
そして、作戦の要とも言えるミネルバのMS隊の責任は重大だった。

ヨ「しっかし、コイツの整備にはいつものことながら世話が焼けるよなぁ」
ヴィ「シンってば、MS使いがとんでもなく荒いからね」

一騎当千のミネルバMS隊が戦いの趨勢を決めるが、そのMSも整備があってこそ性能を存分に発揮できる。
ヨウランもヴィーノも、年は若いが優秀なメカニックだ。軽口を叩きながらもその整備に手抜きは一切無い。

ヨ「それにしても……あ~、ハラ減ったなぁ」
ヴィ「コイツの整備が終わったら、ゴハン食べに行こうよ」

『デスティニー』を見上げた二人が空腹を訴えた、ちょうどその時。

ミ「はい、お食事ですよ」
ヨ「お、サンキュー……って」

声がかかり、振り返ったヨウランの視界にピンクの髪がふわりと広がる。
驚きのあまり声の出ないヨウランに代わって、ヴィーノが素っ頓狂な声で叫んだ。

ヴィ「ミ、ミーアちゃんっ!?」

思いがけない場所での思いがけない人物の登場に、二人は飛び上がらんばかりに驚いた。
ミーアは驚く二人ににっこりと微笑むと、手に持った食事のパックを差し出す。

ミ「はい、これがヴィーノ君の分」
ミ「で、これがヨウラン君の分ね」
ヴィ「あ、ど、ども」
ヨ「あ、ありがと」
ミ「二人とも、いつもご苦労様」
ヴィ&ヨ「い、いやぁ、そんな……」

労いの言葉と共に手渡されたパックを受け取りデレデレとなる二人だったが、はたと気づくと声をそろえて尋ねた。

ヴィ&ヨ「ミーアちゃん、何やってるの!?」
ミ「何って、皆に食事を運んで……」

さも当たり前のように答えるミーアに、二人は勢い込んでまくしたてた。

ヨ「そんなの、ミーアちゃんがしなくたって!」
ヴィ「そうだよ、そんな雑用、ミーアちゃんがすることないよ!」

口々にそう言う二人に、ミーアは首を振る。

ミ「いいの。私、軍人じゃないから、こんなことぐらいしか出来ないし」
ミ「それに、ミネルバの皆は私を受け入れてくれたし、せめてそのお返しがしたいの」
ヨ「で、でも……」
ヴィ「だからって、そんな……」

いつも映像や遠くからしか見られなかったアイドルに、雑用をさせるだなんて……。
すっかり恐縮する二人に、ミーアは何か気づいたように可愛く手を叩いた。

ミ「そうだ! まだ二人にはお礼、言ってなかったよね」
ヨ「え?」
ヴィ「お、お礼!?」
ミ「うん。ヴィーノ君とヨウラン君は、最初にシンと私のこと助けてくれたし……」
ヴィ「い、いや、俺達は別に……」
ミ「ありがとう。私、嬉しかった」

そう言って微笑むミーアに、二人はすっかり舞い上がってしまっていた。

ヨ「あ、そ、そうだ!」

何かに気づいたようにそう言うと、ヨウランは慌てて工具ボックスの傍に置いてあった自分のバッグの中から
一枚のディスクとペンを取り出した。

ヨ「あ、あの、これにサインしてくれる!?」
ミ「……いいの? 私のサインで?」
ヨ「もちろん!」

差し出されたディスクを受け取ると、ミーアは何度も練習したラクスではない、自分の名をサインする。
こんなふうに、自分のサインをする時が来るだなんて、思いもしなかった……。
『ラクス』としてしか必要とされなかったミーアにとって、それはとても嬉しいことだった。

ミ「♪~……」

ヨウランのディスクにサインするミーアから、いつしか楽しそうな鼻歌がもれる。

ヨ「あ、その歌って……」
ヴィ「あの時の……」

ミーアの歌に、ヨウランとヴィーノは『あの時』のことを思い出していた……。

ア「と、ともかく皆、これを見てくれっ!」

ミーティングルームに飛び込んできたアーサーは、慌ててスクリーンにたった今届いたプラントからの映像を映し出した。

 「こ、これは……!」

スクリーンに映し出された映像に、その場にいた全員が驚愕に息を呑んだ。
その光景は、まさに悪夢だった。
宇宙に浮かぶ砂時計のような形をしたプラントが、あるものは真っ二つに割れ、またあるものは隣のプラントを巻き込むように激突し崩壊している。
あまりに現実離れした映像はまるで映画のCGのようだが、この砂時計の一つには百万人以上の人間が住んでいるのだ。
崩壊しているプラントは三つや四つではない。数百万の命が失われたことは確実だ。

シ「な、なんだよ、これ……っ! どういうことだよっ!?」

悲鳴と怒号が渦巻く中、シンは呆然としたまま叫んだ。

レ「……ジブリールの仕業だ」
シ「な……!?」

目の前の光景に僅かに眉を寄せ、忌むべき名を口にしたレイにシンはわが耳を疑った。

シ「レイ! ジブリールの仕業って、どういうことなんだ!?」
レ「奴は高出力のレーザーで月の裏側からプラントを狙ったんだ」
シ「で、でも連合の基地は月の裏側にあるんだろ!? そこから、どうやって……!」

シンの疑問に、レイはスクリーンに映し出された映像を元にサブスクリーンでその原理を説明した。

レ「奴らは既存の技術を応用し、複数の中継点を介することでレーザーの軌道を変え、プラントを攻撃したんだ」
レ「この方法ならば、理論上どこからでもプラントを狙い撃ちすることが出来る」

サブスクリーンには、あらゆる角度からプラントを攻撃するシミュレーションが表示された。

シ「こ、こんな……!」
レ「だが、いくらプラントを直接攻撃できるとしても、並みの人間にそんなことが出来るわけが無い」
レ「こんなことをやってのけるのは、あのジブリールしかいない」
シ「ジブリールが……!」

確かに、いくら攻撃が可能だとしても数百万の人間が住むプラントを狙うとなれば、普通の人間なら躊躇するだろう。
だが、コーディネイターを人間と思わないブルーコスモスの盟主であり、デュランダルによって追い詰められたジブリールならやりかねない。
というよりも、このような暴挙をやってのけるのはジブリールしかいない。

レ「あの時、俺達がジブリールを捕らえられなかった結果がまさかこれとはな……」
ル「ア、アタシがあの時、ジブリールのシャトルを墜とせてさえいれば……!」

レイの口調に苦いものが混じり、自らを責めるルナマリアは蒼白な顔に沈鬱な表情を浮かべて唇を噛む。
そんな二人を見て、シンはギリッと奥歯を噛み締めた。

シ「いや、ルナのせいじゃない……悪いのは奴らだ」
ル「シン……?」
シ「奴らの、オーブのせいだ……!」

喉奥から絞り出すようにそう言うと、シンは拳を握り締める。
その真紅の瞳は凄まじいまでの怒りに燃えていた。

シ「オーブの奴らが俺達の邪魔さえしなければ……!」

そうだ、オーブさえジブリールを匿ったりせず素直に自分達に引き渡してさえいれば、こんなことにはならなかった。
かつての故郷が平和への道を遮り、邪魔をした結果がこれなのだ。

シ(フリ-ダム、アスラン・ザラ、アスハ……そしてラクス・クライン!)

奴らを許してはおけない。この罪は、必ず購わせてやる。
そして、僅かに繋がっていたオーブへの思いもこれで完全に切れた。
オーブは敵だ。そして、倒すべき敵ならば容赦はしない。
その決意を胸に、シンはスクリーンに映る光景を睨みつけた。

ミ「シン……」
シ「……」

自らを呼ぶミーアの声にも、シンには届かない。
今のシンには『敵』しか見えていなかった。

ミ「シン……」

ミーアの呼びかけも、シンの耳には届かなかった。
どんなときでも真っ直ぐに、ただ目の前のものだけを見つめ、追い求める。
それがシンの強さであり、ミーアが惹かれた理由の一つでもあった。

ミ「……」

しかし、それが同時にシンの危うさでもある。
怒りの形相でスクリーンを睨むシンに、ミーアは言い知れぬ不安を感じていた。

レ「ミーア」
ミ「……」
レ「ミーア」
ミ「え? あ、あぁ、レイ……」

気づけば、レイが肩に手を置き、傍らに立っている。
何かと問おうとする前に、レイは「よく聞いてくれ」と前置きするとミーアにそっと耳打ちをした。

ミ「え、そ、そんな……っ!」
ミ「そんなこと、私には無理よ!」

レイの話した内容に、ミーアは驚きと困惑の表情を浮かべ頭を振った。
しかしレイはミーアの瞳を見つめながら、あくまでも冷静に語りかける。

レ「いや、君なら出来る」
レ「この怒りと嘆きを静めることができるのは、君しかいない」
ミ「で、でも、私はラクス様じゃない……やっぱり無理よ!」

なおも迷うミーアに、レイは厳しい言葉をぶつける。

レ「ミーア。君はただラクス・クラインとしての声望が欲しかったのか?」
ミ「!! わ、私は……!」
レ「違うだろう? もし君が本当に平和のために歌って来たのなら、出来るはずだ」
ミ「……」

ミーアは迷っていた。
影武者である自分でも、平和を願っていたことに嘘はない。

ミ(……でも、私はラクス様じゃない……)

もし自分が本物のラクス・クラインなら、レイの言葉に迷うことなく従っていただろう。
その思いが顔に表れたのか、レイはミーアに短く告げる。

レ「ラクス・クラインを真似ることはない。君は君だ」
ミ「レイ……」

静かな、それでいて胸に響くレイの言葉に促され、ミーアは改めて室内を見回してみる。
悪夢のような惨状に、ある者は家族の名を呼んで嘆き、またある者は怒りの声を上げている。

ミ「……」

所詮、自分は偽者かもしれない。
でも、もし自分が、自分を受け入れることを認めてくれたこの人達の少しでも役に立つのなら……。

ミ「……わかった、やってみる」

そう決意すると、ミーアは顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。
ありとあらゆる負の感情が満ちる中、その歌声は静かに流れ始めた。

ク「え……この声……」
ク「これは……ラクス……様……?」
ク「いや、違う……これは……」

ラクス・クラインの曲ではない。初めて聞く歌だった。
平和を願い、大切なものを、愛するものを守るために傷つきながらもなお戦う者の無事を祈る歌。
その歌は、ミーア自身が作り上げた歌だった。

ク「……」

まるで傷ついた心を懸命に癒そうとするかのような歌声に、次第に周囲の声は収まり、いつしかその歌声を阻むものはなくなっていた。
そして、歌い手であるミーアの頬を一筋の涙が伝う。
そんなミーアの姿に、それまで室内に渦巻いていた激情がまるで潮が引くように静まっていく。

シ「ミーア……」

それは、シンも例外ではなかった。
怒りは確かにこの胸にある。だが、怒りにのみ囚われていた自分を、ミーアの歌声が引き戻してくれたようにシンには思えたのだった。
歌が終わると、シンはポケットからハンカチを取り出し、ミーアに差し出した。

シ「はい、これ」
ミ「あ、シン……」
ミ「わ、私……」

涙を拭きながらも何か言おうとするミーアに、シンは優しく微笑んだ。

シ「ありがとな、ミーア」
ミ「シン……!」

シンの真紅の瞳が、優しく自分の姿を映している。
ただそのことが、ミーアには嬉しかった。

レ「よくやってくれた、ミーア」

微かな笑みを浮かべ、レイはミーアを労うと、クルーに向かって宣言した。

レ「皆もこれでわかっただろう。シンの言ったとおり、彼女……ミーア・キャンベルはラクス・クラインの偽者ではないことが」
レ「彼女の歌、彼女の思いこそ、歌姫という名に相応しい」
レ「そう、彼女こそが真の歌姫だ」

レイの宣言に、クルーは小さくどよめいた。

レ「さぁ、ミーア」
ミ「え?」

気がつくと、クルーの視線はミーアに集中していた。
何かを期待するような幾つもの視線に、ミーアは困惑する。
視線を受けることには慣れていたはずだったが、それはあくまでもラクスとしてだ。
『ミーアとして』このような状況に置かれたのは、彼女には初めてのことだった。

ミ「あ、あの……わ、私……っ……」
ミ「う、歌姫だなんて、そんな……私はただ、少しでも皆さんのためにできることはないかって……ただそれだけで……だ、だから……」

たどたどしいミーアの言葉に、クルーたちはしばし無言だった。
二人のフェイスに守られるように立つ、ラクスと同じ姿、同じ声をしていてもその中身はまるで違う少女。
しかし、その事実は決して忌避されるものではなかった。
自分達と同じように怒りや悲しみを感じ、涙する歌姫。

『……ミネルバの歌姫、ミーア・キャンベル、か……』

その呟きが誰のものかはわからない。だが、その呟きが最初だった。
改めてミーアを認め、受け入れると、それをきっかけにミネルバのクルーは一丸となった。
そして、嘆きや怒り、だがそれ以上にこれ以上の悲劇を繰り返すまいという決意を胸に、ミネルバはダイダロス基地攻略に向かったのだった……。

ヨ「……あの時のミーアちゃんの歌で、俺達随分救われたんだぜ」
ヴィ「ホントホント」
ミ「あ、ありがとう……」

ディスクをヨウランに手渡しつつ、ミーアは微かにはにかんだ。
自分の歌で、誰かがほんの一時でもつらさを忘れることができたのなら、自分は役割を果たせたのかもしれない。
その思いが、ミーアの心を温かく満たした。

ヨ「あ~あ、でもなぁ……ミーアちゃんはミネルバの歌姫だけど、すっげぇおっかない騎士がいるもんなぁ」
ヴィ「そうだね。ヨウランじゃ手も足も出せないよ、きっと」
ミ「え?」
ヨ「あのさぁ、ミーアちゃんってぶっちゃけシンのこと、どう思ってる?」
ヴィ「聞くだけムダだよ、ヨウラン」
ミ「え? え?」

いきなりの展開に、ミーアの頬が微かに染まる。
その熱さを自覚してしまうと、ますます頬が熱くなっていく。

ミ「あ、い、いけないっ! まだ他の所にも食事届けなきゃならないし、そ、そろそろ私、いかなくちゃ!」
ミ「それじゃ、二人ともお仕事、頑張ってね!」

慌てたように誤魔化すと、ミーアはそう言い残してMSハンガーを後にする。
手を振ってミーアの姿を見送りながら、ヨウランは隣のヴィーノに呟いた。

ヨ「なぁ、ヴィーノ……やっぱりミーアちゃんって、シンのこと好きなんだろうなぁ」
ヴィ「だろうね」
ヨ「んで、シンのヤツもミーアちゃんのことが好きで……」
ヴィ「じゃなかったら、あのシンが土下座なんてするはずないもんね」

シンをよく知っているだけに、シンがミーアのことをどう思っているのか、ヨウランにもヴィーノにも容易に想像がつく。

ヨ「……やっぱ、アイツはラッキースケベだ」
ヴィ「……ゴハン、食べよっか」

ほとんど同時に情けない溜息を吐きつつ、彼女のいない二人はミーアから渡されたレーションパックを開けたのだった。

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