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一条祭_オムニバス-06

Last-modified: 2007-11-11 (日) 20:54:44

……私が初めてシンと会ったのは、慰問ライブの後の迎賓館ででした。
レイと共に議長から紹介された彼は、とてもザフトのエリートとは思えない……そう、例えばアスランとはまるで正反対のタイプでした。
生意気そうな、どことなく子供っぽい印象の子。
それが、私がシンに抱いた第一印象でした……。

ミ「あら? 可愛い携帯ね」
ミ「でも、ちょっと型遅れみたいだけど」
シ「!!」

きっかけは、ほんの些細なことでした。
アスランにすげなく追い返されて暇を持て余していた私は、たまたま休憩室で一人でいた彼に声をかけたのです。
背後からの声に驚いた彼はすぐに手にしていた携帯を隠すようにポケットにしまうと、私を睨みつけてきました。

シ「……見たのか?」
ミ「な、何よぉ、別に隠さなくってもいいじゃない」

彼の眼光の鋭さに、私は内心で少し怯みました。
まるで神聖な場所に土足で入り込んできた闖入者を見るような、そんな目つきだったのです。

ミ「でも、ピンクの携帯なんて変わってるわね、あなた」

私の言葉に、しばらく沈黙していた彼はフンと顔を背けると、囁くような小さな声で答えました。

シ「……俺のじゃない。妹のだ」
ミ「え?」

そういうと、彼はしまった携帯を再び取り出しました。
液晶画面に、彼と彼によく似た可愛らしい少女が一緒に映っているのを見て、私はそっと尋ねました。

ミ「……これが妹さん?」

私の問いに答えることなく、彼が手馴れた指裁きで操作すると、携帯から元気な可愛らしい声が流れてきました。

マ『は~い、マユでぇ~す! お電話ありがとう。でもマユは今、電話に出ることができませぇ~ん』
シ「……」

ずっと黙ったままの彼の顔を恐る恐る横目で盗み見し、私はほんの少しだけ息を呑みました。
それまでまるで他人を拒絶するような厳しい光を放っていた瞳が、とても優しく、それでいてとても寂しそうに
画面に映った女の子を見つめていたのです。
私の視線を感じたのか、彼は少し恥ずかしそうに携帯を折りたたむと乱暴な手つきでポケットにしまいました。

ミ「あ、あの……」
シ「……」

気まずい空気の中、何か話すきっかけをと思った私はつい余計な質問をしてしまいました。

ミ「あの……妹さんは?」
シ「死んだよ。二年前の戦争で」
ミ「え……」

短い答えに、私は咄嗟に反応することが出来ませんでした。
さっきの可愛らしい声と姿をした女の子が、もういない……?
にわかには信じられないことでしたが、そんな私に彼はポケットの中の携帯を握り締めてこう言ったのです。

シ「コイツは妹の……マユの形見なんだ」
ミ「形……見……」
シ「だから、ホントなら誰にも見せたくなかった」
ミ「……」
シ「女々しいって笑うか? 構わないぜ、別に」

自嘲的に笑いながらそう言う彼に、私はひどく罪悪感を覚えました。

ミ「……笑わないよ」
シ「え……?」
ミ「だって、とっても大事なものなんでしょ、それ」

誰の心にも、決して他人には踏み込んで欲しくない聖域がある。
その彼の聖域に、知らなかったとはいえ私は無断で踏み込んでしまったのです。
私は……申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

ミ「からかったりするつもりはなかったの。本当にごめんね」
シ「あ、あぁ……い、いいよ、別に」

私の謝罪を、彼は困ったような顔をしながらも受け入れてくれました。

ミ「あ、そうだ」
ミ「悪いことしちゃったから、あなたにも私の秘密、見せてあげる」

そう言いながら私は常に身につけているバッグを開け、普段なら絶対に他人には見せない
私の『聖域』を彼に手渡しました。
今思えば不思議なことですが、あの時の私にはそれがごく自然のことだったのです。

シ「……写真?」
ミ「そう。これが私の本当の顔」

私の言葉に、彼は私の顔と写真を見比べました。
私が彼に見せた写真には、このラクス様の顔ではない、黒髪でそばかすだらけのパッとしない
過去の私が映っていたのです。

シ「……」
ミ「可愛くないでしょ? コーディネイターなのに」

遺伝子で顔の美醜すら思いのままに出来るコーディネイト技術。
ですが、私にはごく普通のナチュラルの女の子にも劣るような顔しか与えられなかったのです。
絶対に他人には知られたくない、本当の私……。
でも、彼の聖域を侵した私に出来るのは、これぐらいしかありませんでした。

ミ「いいんだよ、はっきり『可愛くない』って言っても」
シ「……」

きっとバカにされるか、傷つかないような言い回しの言葉が待っている。
これまでがすっとそうだったように……。
そう思っていた私に、それまでずっと黙ったまま写真を見つめていた彼は短くこう言ったのです。

シ「いい笑顔だな」
ミ「え……?」
シ「俺は嘘は言いたくない。確かに美人じゃないかもしれないけど、いい笑顔だと思う」
シ「何ていうか……見ているこっちが温かくなる笑顔だ」

そう言って写真を見つめる彼の瞳は、穏やかな光をたたえていました。
その瞳は、彼が嘘やお世辞で言っているのではないことを、どんな言葉よりも雄弁に物語っていました。

ミ「……そんなふうに言われたの、初めて……」
シ「そうか?」
ミ「うん……」

ずっと嫌いだった自分のことをこんなふうに言ってもらったのは、本当に初めてでした。
写真をバッグにしまいながら、私はいつしか自分のことを話し始めていました。

ミ「私ね、この顔が嫌だった……だから、ラクス様の代役として今の顔になれてホントに嬉しかったの」
ミ「でも、どうしてだろ……この写真だけは捨てられなかった……」

嫌いだったはずなのに、どうしても捨てられなかった自分の写真。
その理由がずっと自分でもわからなかった私に、彼はあっさりとこう言ったのです。

シ「捨てる必要なんてないだろ」
ミ「え……?」
シ「俺だって、出来ることなら過去なんて忘れちまいたい、って思うときがある」
シ「……でも、俺があの光景を忘れたら……父さんも母さんもマユも……皆、本当に死んじまう」

過去を思い出しているのか、つらそうな顔をしながらも、彼の瞳には決してそのつらさから逃げない
強い光がありました。
そして、その光を宿したまま、彼は私をまっすぐ見つめたのです。

シ「だから、アンタもアンタ自身を捨てることは無いさ」
シ「そんなことしたら、アンタが本当に死んじまうぜ?」

自分自身を捨てたら、私が本当に死ぬ……?
彼の瞳の光と言葉に、私は強い衝撃を受けました。

ミ「……」
シ「な、何だよ……急に黙っちゃって」
ミ「あ、ご、ごめんなさい」
シ「いや、別に……いいけどさ」

照れるような彼の横顔を見つめながら、私は自分が写真を捨てられない理由が
ようやくわかったような気がしていました。

シ「さて、行くかな」

お喋りが過ぎたというような顔をすると、彼は立ち上がりました。

ミ「あ……」
シ「ん? 何?」
ミ「あ、あの……あなたの名前、もう一度教えてくれる?」

さっき会ったのに、私は彼の名前をちゃんと覚えていなかったのです。
そんな私に彼は気を悪くした風も無く、自分の名を名乗りました。

シ「シン。シン・アスカだ」
ミ「シン……」
シ「アンタは?」
ミ「あ、私は……」
シ「『ラクス・クライン』だなんて言うなよ。アンタの本当の名前だ」
ミ「……ミーア。ミーア・キャンベルよ」
シ「ミーアか。覚えとくよ」

「じゃな」と言い残して彼はその場を後にしました。

ミ「……」

一人残った私の脳裏には、彼の瞳と言葉がいつまでも焼き付いていました。

シ『だから、アンタもアンタ自身を捨てることは無いさ』
シ『そんなことしたら、アンタが本当に死んじまうぜ?』

どんなに嫌いでも、自分を捨てるな。自分を殺すな。
ラクス様として望まれ、私自身もそれでいいと思いながらも、私は心のどこかで誰かに
そう言って貰いたかったのかもしれません。

ミ「シン・アスカ……」
ミ「シン……」

私は彼の名をそっと呟くと、不意に胸の奥が熱くなるのを感じました。
熱さはいつしか涙となって、私の頬を濡らしていました。

それが彼……シン・アスカと私の出会いだったのです……。

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