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子連れダイノガイスト_第3話

Last-modified: 2008-10-14 (火) 08:57:33

第三話 お宝の行方
 
 
 
 土砂を巻き上げて疾走するミニバイクは、周囲の光景を引き千切って行くような速さでマユをリムジンとジープの元へ届けるべく疾走していた。バッテリー式のミニバイクの走行音は風の唸りよりも小さい。
 爪先から首元まで、マユの幼い肢体を保護する戦闘服から剥き出しになった顔も、顔が割れる事を防ぐのと保護の為のフードが、戦闘服の襟に空いた小さな穴からガスの様に噴出し、時速一〇〇キロの世界に吹き飛ばされぬうちに固定化する。
 形上記憶合金の粒子は、たちまちそれぞれの粒子に内蔵された超マイクロコンピューターのプログラムに従い、あらゆる毒素を無効化するフィルターの他は、侵入する余地のないマスクへと形を変える。
 ガスマスクみたいに武骨な造りで、マユの外見上の小ささばかりはカバーできないが、そのマスクの奥の顔がどんな造形なのか窺い知る事は出来ない。
 リムジンの周囲の、SPが乗り込んだベンツから迫撃砲や折り畳み式のバズーカ、50mmモーターガンの雨が降り注ぐ中を、追撃するジープは息を飲むほど鮮やかなハンドル捌きでかわしながら追い続けている。
 ハンドルを握っている二十歳前位の少年と、助手席と後部座席に女性が三人と男性が一人。ハンドルを握っている少年と後部座席の女性一人を除いた三人が手に持ったそれぞれの銃火器で応戦していた。
 助手席にいる最年少と思しい16,7の少女は両手保持した自動拳銃をめったやたらと撃ちまくっている。
 理性の吹っ飛んだ素人ががむしゃらに撃っているように見えるが、その実極めて正確な狙いである事は、揺れるジープの上からの射撃にもかかわらず、前方を行くリムジンの後部に次々と咲く火花が証明している。
 見た目にそぐわぬ実に堂に入った射撃を行っている少女の後ろで、金髪に左目に眼帯を当てた青年は、左右に激しく振られるジープをものともせずに仁王立ちになっていた。
 肩付けしたエレファント・ライフルの銃口は微塵も揺らがず道を阻むベンツに向けられている。
 いっそ惚れぼれするまでの立ち姿だ。くっと引き金が引かれた。ほぼ同時に前を走るベンツの一台のタイヤが撃ち抜かれ、ハンドル操作を誤り、大理石の道の隣の雑木林へと突っ込んで行く。
 更に続けて、鼓膜を乱打して腹に重いブローを叩きつけてくるような銃声が二度鳴った。
 銃声の数だけ護衛のベンツがリタイアし、青年が手慣れた動作で弾倉を再装填していた。地上最大の動物である象さえも屠るライフルの最大装填数は三発こっきりだ。
 残った最後のベンツは、まさか、というような時代錯誤の武器によってリタイアさせられた。女豹を思わせる引き締まりながらも芳醇に育った肢体が、オリンピック代表も唸りそうな見事な投擲姿勢から投げた、長さ一メートルほどの短い槍である。
 樫の木か何かから削り出した先で太陽の光に鈍く光る槍穂が、リア・ウィンドウをぶち抜き、運転席と助手席の中間を貫いた結果、最後の護衛は左右に大きく蛇行したと思った次の瞬間には大理石の道の左右に配置されていた石像に激突して煙を上げだした。
 それをコンタクトレンズ型のツールの、望遠モードで確認したマユは、これは急がないとまずいぞ、とハンドルを握り直し、一挙に加速させた。予告状を出した以上、他の連中にヴァルデマール金貨を取られるわけにはいかない。
 時速三〇〇キロに加速した世界の負荷も、戦闘服の保護機能が相殺しマユにはこれっぽっちも感じられない。いよいよリムジンのタイヤが撃ち抜かれ、何度も回転しながら雪花石膏製の『自由の女神』の巨大レプリカに左側面を激突させて停まる。
 十中八九金貨はリムジンに乗り込んだ持ち主の手の中だろう。間に合え、と強く念じてマユはミニバイクをさらに加速させた。
 
 
 低速でゆっくりと交戦ポイントに向かう継ぎ接ぎ戦艦サンダルフォンの艦橋で、艦長はテレビロボが逐次伝える情報を読み取っていた。
 ダイノガイストに救助される直前に負った火傷の影響で色素の抜け落ちた左目と、生来の輝きを留める瞳は、薄い青色を帯びた眼鏡の奥で光っている。
 火傷を隠す為に絹の手袋をはめた左手で手元のパネルを操作して再びアガメムノン級の格納庫に居るダイノガイストに連絡を取る。
 
「マユからの二度目の通信です。やはり我々と別の連中は、彼らだと」
『なに? ……援護はいるか?』
「いえ、なんでも“一人でできるもん”だとか」
 
 艦長ことナタルの言葉の語尾は少しばかり小さかった。子供扱いしないで、と言わんばかりのマユの台詞が微笑ましかったからだ。子供扱いされるのを嫌がる内は、まさしく子供なのだと気付くのは何時の事やら。
 
 マユの発言を聞いたダイノガイストは一拍を置いてからこう返した。
 
『よし、艦をマユの所へ回せ。おれはシン達の所へ行く』
「マユの所ではなく?」
『サーペントテールとやらに興味がある。それに、少し体を動かさねばな。身体がなまってきている』
「了解。後部ハッチ開け! 発進シークエンス、レディ」
 
 ナタルの指示を聞いたテレビロボがラジャ、と画面に映してせわしく触手の形をした両手を動かして行く。
 ちょうどドミニオン部分とアガメムノン級の船体箇所が結合しているあたりの少し後ろの甲板が、左右に引き込まれ、内部から斜め上空にカタパルトのレーンが伸び出した。
 船内の奥では戦闘機としては異様な巨体を誇る戦闘機形態に変形したダイノガイストが、リニアカタパルトの上で発進の時を待っていた。
 テレビロボが進路上に障害物がない事を確認しダイノガイストに発進OKの合図を送る。
 
『行くぞ!』
 
 重々しい声で出撃を告げ、後部のノズルから盛大な白煙を噴き出し、ダイノガイストは大空の暴君の姿でサンダルフォンから飛び立った。照らす陽光が飲み込まれてしまうような黒い機体は、急速な弧を描いてシン達の元へと機首を向けた。
 
 
 撃ち尽くした脚部のミサイルポッドを両方ともパージし、シンはこれまた予備のマガジンも空になった重突撃銃を放り捨て、手甲にあたる増加装甲に仕込んだグレネードを目の前のストライクダガーの頭に叩きつけた。
 
「これで、六っつ!」
 
 ドガン! と溢れる爆炎と轟音のカーテンの向こうで粉々に吹き飛ぶストライクダガーの頭部と、ゆっくりと仰向けに倒れる機体を確認する。両肩のマシンキャノン、脚部のミサイルポッド、両手のグレネードに重突撃銃も既に使い果たした。
 デッドウェイトになった各アサルトシュラウドのパーツを外し、胸部と両肩や足首周りのスラスター箇所だけ残すハーフパージ形態にする。どすんどすんと重い音を立てて地面に落ちたASには目をくれず、シンは、二度ほど深呼吸をした。
 初めて経験する大部隊との戦闘で、そのまま泥のように眠ってしまいそうなほどの疲労が、細胞の一つ一つにまで溜まっているように感じられた。事前に胃に入れておいた昂奮作用のある栄養剤がなかったら、四機目を撃破した時点で気絶していたかもしれない。
 屋敷の防備を固めていた傭兵達も、こちらが予想をはるかに超える強敵と知って後退し、仕掛けて来ようとはしていない。すでに依頼主が逃げ出したという情報も入っているのだろう。
 左眼の脇を流れた汗に気付き、ヘルメットのバイザーをおろして備え付けのハンカチで拭きとる。パイロットスーツを着こんだ指で拭っても、また流れ込む心配があった。戦闘中にそうなれば、文字通り致命的な隙を生むだろう。
 アクティブ・ソナーや赤外線レーダー、振動感知式のレーダーを始めとした諸々のセンサー群に、敵機が屋敷に固まっているのを確認する。あいつらはもうとっくに逃げ出したくてたまらないだろうな、とシンは思った。
 現在、ニュートロン・ジャマー・キャンセラーを用いずにニュートロン・ジャマーの効果を一切受けないガイスター特製のレーダーを始め、ガイスターが保有する未知の技術による強化を受けたMSは、各国の垂涎の的となるだろう。
 並び立つ木立の向こうから、いくらか被弾したシンのジンASとは違って無傷のゲイツが姿を見せた。指揮官機を意味する白い機体には焦げ一つなく、それが彼我の実力の差をよく表していた。
 アルダの乗ったゲイツは両腰のエクステンショナル・アレスターやシールドに内蔵された二連装ビームクローなど、ゲイツの標準装備と変わらない。ただ中身の方がガイスター謹製のメカニズムに取って代わられているだけだ。
 前大戦では、配備がもっと早く進んでいればと悔まれた、間に合わなかった名機ゲイツは、二年が経過した現在では既に旧式化しマイナーチェンジ機も旧式の分類になりつつある。
 それでもエイリアン・テクとアルダの卓越した操縦技術が機体の性能を完全に引き出し、大西洋連邦やザフトの最新の主力機ウィンダムやニューミレニアムシリーズにも劣らぬ力を発揮していた。
 
『無事かね?』
「ああ。こっちは全部で六機やっつけた。アルダは?」
『七機だ。二人合わせて十三機。約半数を無力化したわけだな。もっとも本命がそろそろご登場とくるだろうが』
「サーペントテール?」
『来るさ。気を付けたまえ。サーペントテールの叢雲劾とイライジャ・キールは、戦後にオーブの低軌道衛星アメノミハシラを襲った三十機のストライクダガーを、わずか二、三機で全滅させたパイロットに勝ったと言う話だ』
「つまり、三十機のMSを相手にするようなもん?」
『それ以上だよ』
「…………」
 
 『重い』ではなく『重~い』沈黙の向こうで、さぞやシンは苦い顔をしているだろうと、アルダは忍び笑いを洩らす。
 シンは思ったよりも見所のある少年で、アルダが以前部下にしていたザフトのエリートである赤服の少年達と同等かそれ以上のパイロットとしての才能を持っている。
 アルダの施した過酷な訓練も、マユの為にとなんだかんだでこなし、今やエースクラスとしては中の中位の実力は手に入れている。加えて機体の性能は純地球産を上回るものだし、サーペントテール相手でもそうそう引けは取るまいとアルダは評価していた。
 
『そう気を落す暇はないだろう? こちらを早く片付ければマユの援護にも向かえる』
「そうだな。マユが危ない目に会う前にこいつらぜんぶやっつけてやる!」
 
 まあ、危ない目に、とはいうもののガイスターのメンバーとして活動している以上そういう危険はあって当たり前と覚悟しなければならないのだが、そこらへんはシンの脳味噌からは忘却されていた。
 そもそもガイスターに参加させずにどこかの施設かなにかで、一緒に暮らせば良いのでは? と言われたら反論のはの字も無い。
 ただ、こうしてダイノガイストの元に身を寄せる事が、一番マユの笑顔が増える道であったと言う事は確かだろう。
 気を取り直したシンは、アルダがゲイツの腰にマウントさせていた予備のビームライフルを受け取った。この時代のビームライフルはカートリッジタイプのバッテリーなどは基本的になく、機体の動力から直接エネルギーの供給を受ける。
 ジンASの右掌の接続端子とビームライフルのグリップの端子が接合し、エネルギーの供給がスムーズに行われた。同時に気合いを入れ直し、
 
「よっしゃ! どっからでも掛かって来い!!」
 
 と勇ましく叫ぶ。だからと言うわけではないだろうが、木々の向こうに反応ありと各種レーダーが伝え、いきなりかよ!? と驚くシンめがけてビームと実弾の入り混じった弾丸の雨が横殴りに降ってきた。
 左右に散開したアルダとシンのそれぞれの機体のメインディスプレイに、残った傭兵達の機体とは別にこちらへ接近してくる機影が映される。
 オーブのM1とよく似た白い機体色に各所に青やオレンジのパーツが見える、ブレードアンテナとデュアルタイプのカメラアイが特徴的なブルーフレームセンカンドL。
 機体の所々を赤くカラーリングし、頭頂部の鶏冠の様なセンサーが逆向きに付けられたバスターソードになっているジン。
 『最強の傭兵』叢雲劾の愛機BFⅡは、ガトリングガンモードに変形させたタクティカル・アームズを構え、一部で『英雄殺し』の名で呼ばれるイライジャのジンは、右手に重突撃銃と左手に500mm無反動砲を握らせていた。
 それ以外にも両脚部にはミサイルポッドに、左腰には重斬刀、右腰には予備の重突撃銃と無反動砲のマガジンが二つずつ。腰にはバックアップウェポンとしてどこぞの軍事企業が開発したMSサイズのサブ・マシンガンがマウントしてあった。
 出やがった、と歯を向いて戦意を向上させるシンの事など露知らず、傭兵側としては最強のコンビであるサーペントテールの片方のイライジャが劾と通信を繋げていた。
 
『劾いいのか、依頼主は逃げ出したんだろう? 無理に戦う必要はないと思うけどな』
「確かにな。おれ達への依頼は白紙と判断する事も出来る。だが、この先別の依頼でガイスターと闘う機会もあるだろう。あの二機はこれまでの情報にはなかった連中だ。実力を確かめたい」
『それもそうか。だけどこいつら相手に消耗した所にあのダイノガイストとかいうのが来たら、面白くないんじゃないか?』
「ああ。ダイノガイストが出現した場合は状況を見て即座にここを離脱する」
『それならいいけどな。それにおれ達への依頼は、“ガイスターから家宝を守ってくれ”だからこいつらの足止め位はしないと違約になるかもしれないしな』
「行くぞ」
 
 短く劾が告げ、イライジャも長年のコンビでピタリと息の合ったタイミングでシンとアルダに襲いかかった。
 
『シン、BFは私が相手をする。君はあちらのジンを抑えたまえ』
「分かった! でもあの機体強敵なんだろう、大丈夫なのかよ!?」
『なあに、フリーダムほどではないさ。それに、ここで強敵を君に任せたら私の大人と教官役としてのメンツは丸潰れではないかね?』
「好きに言ってろ!」
 
 自分と違って余裕癪癪なアルダの声にシンは、八当たりめいた大声で怒鳴り返した。そう怒鳴っている間にもイライジャのジンは、脚部のミサイルポッドでこちらの足場を狙い、それを回避して跳び上がった所を左手の無反動砲で狙い撃ってきた。
 左肩のバーニアを吹かして更に右に大きく飛んで回避し、アルダから借りたMA-M21Gビームライフルで撃ち返す。
 障害となる粉塵や大気に事欠かない地球上では、ビームライフルの威力、射程ともに大きく減衰するが、それでもMSを破壊するには十分なショートレンジだ。当たれ当たれとシンは照準内に捉えたジンへとトリガーを引き絞る。
 ASの大推力を活かして強引な軌道で攻撃を除けたシンのジンASを見て、イライジャは、フルウェポンの過重量状態では追い切れないと判断し、両手の火器を残してパージした。
 拾えばまた使えるという意識もあった。動きを止めず動き回るジンASの動きに、イライジャはかなり戦い慣れたパイロットが乗っていると判断した。
 
「ちょこまかとよく動く。だけどな、おれだってサーペントテールなんだぜ!」
 
 刹那の瞬間に捉えたジンASに目掛けて左手の無反動砲を撃ち、その射線軸から左にかわしたジンASめがけて、イライジャは重突撃銃を放ると同時に重斬刀を抜き放って突進した。
 弾速の襲い無反動砲を先に撃ち、回避した敵に、時間差で止めとなる、狙い澄ました二撃目を叩きこむ。イライジャが体にいくつもの傷跡を刻みながら習得した必殺の攻撃方法だった。
 無反動砲を避ける為のわずか挙動から回避方向を一瞬で判断し、此方に迫ってくるイライジャのジンに気付いて、シンは二段構えの攻撃だった事を悟る。回避――間に合うか!?
 
「もらった!」
 
 確かな手ごたえをイメージした一撃が、ジンASの左胸を切り裂くより早く、目の前の機体から爆発に似た大きな音と煙が溢れ出した。モニターを埋め尽くす白い煙に、言葉を口から突いて出るよりも短い時間だけ、イライジャの判断が遅れた。
 パイロットの動揺が伝わったジンは、振り下ろした重斬刀にシンの乗るジンASを捉える事は出来なかった。
 回避が間に合わないと悟った一瞬で、ASを強制パージし、仕込んでおいたスモーク弾と閃光弾を炸裂させたのだ。
 その隙に、足周りにだけ残したASとジン本来のスラスターをふかして後方に大きく飛びのいたシンは、白い煙の中の影に向かってライフルを撃ちかける。
 
「いけえ!」
「ち、小細工を」
 
 重斬刀が虚空を薙いだと悟った瞬間には、その場を動いていたジンは煙の向こうから放たれる光の矢に当たる事はなく、放り捨てた重突撃銃を拾い上げて光の矢の源めがけて弾幕を張った。
 
 
 無数の爆炎の代わりに、濃度の濃い戦闘が繰り広げられ始めた屋敷の方を一瞥して、マユは前方の金持ちB氏とトレジャー・ハンターグループの戦闘を見つめた。
 既に決着はつきつつあり、腕に大事そうに金貨を納めたケースを抱きしめる持ち主を囲む屈強な男たちの数は、リムジンから降りて来た時の半分ほどに減っていた。
 いずれも身長一八〇センチ、体重八〇キロをクリアする鍛え抜いた肉体と戦闘術を血反吐を吐いて身に着けた戦闘のプロフェッショナルだったが、彼らの敵となった今回の相手は、それ以上のプロであった。
 エンジンを撃ち抜かれて沈黙したリムジンを盾にして、両手にそれぞれサブ・マシンガンを持って弾幕を張っていた男が、両の肩をおおざっぱに木から削り出したと思しい矢で射ぬかれて、どう、と倒れた。
 射手は、先ほど槍を投げてベンツをリタイアさせた精悍な美女だった。如何にも原始的な矢をやはり投げつけたらしい。弓は無い。ダーツの要領で投げてアレなのだろう。男との距離は二十メートルはある。
 見た目の年齢にはあまりに不釣り合いな淫婦の如き肢体の日系らしい少女と、男でも惚れ惚れする位凛々しいドイツ系らしい青年が、自動拳銃とエレファント・ライフルで応戦する中を、残る美女とあのジープを運転していた少年が突っ込んだ。
 
 美女は産まれる時代を間違えたらしく、王権華やかな中世ヨーロッパよりもやや古い、血まみれの戦争を繰り返していた時代の鎧を着こみ、手には両刃の剣を握っていた。
 その剣を握る迫力の凄まじさや、鎧の重量をものともしない動きの敏捷さは、数百年前なら女性という性の差別をものともしない勇壮な騎士として称えられただろう。
 少年の方は、一八〇センチの長身に無駄のない筋肉を貼り付け、小さい頃からの苦労で二、三歳は上に見える顔を適度な緊張と冷静さで埋めていた。右手に握った自動拳銃は、無薬莢の弾丸を次々と吐き出し、命中したSP達をその場に昏倒させていた。
 着弾と同時に一〇〇~一〇〇〇〇ボルトの電流を流すエレクトロニック・ビュレットだ。あれならライオンだって一撃で感電死させられる。命中したSP達の様子からして感電死する様な高出力の弾丸は装填していないらしい。
 少年の援護もあいまってSP達の弾丸をものともしなかった女騎士が跳躍し、太陽を背にしてSP達のど真ん中へと踊り込み、いかにも古い骨董品と言うのが相応しい古式ゆかしい大剣を振り回した。
 重い刃の旋風が一度吹き荒れるだけで、周囲に居た三人のSPが血潮をしぶいて倒れ伏す。ジンの重斬刀同様重さで斬る剣だけに、その重量は大の大人でも振うのは困難だ。
 木切れでも振りまわすかの様に扱って見せるのは、この女騎士の技量プラス見た目からは想像もつかぬ実戦をくぐり抜けた経験によるものだろう。
 残るSPが手に持ったリボルバーやアサルトライフルを女騎士に向けた連中の一人に、少年の達人顔負けの跳び蹴りがさく裂し、まず一人を昏倒させる。まだ体が空中にある内に身を捻り、右手の拳銃がたて続けに二度発砲。
 ゴルゴなんとかいうこの時代最高の狙撃屋に匹敵する抜き撃ちの速さは伊達ではなく、最後のSP達がそれぞれどう、とその場に倒れ伏した。
 全てのSPを片づけ、悪魔を目の前にした不信心者の様にひざまづいて振るえる持ち主目掛けて、右手の銃口をぴたりと合わせたまま少年が近づいた。世の酸いも甘いも知るには早い顔は、裏世界で生きる者でさえ瘧にかかったように震える凄味があった。
 一桁の年齢の頃から荒事に関わっていた経験は十分に活かされている。何事か持ち主と言い合っている。一応“平和的な解決方法”を試みているらしい。
 いよいよ金貨が手に入ると知って、確かフランス語のブラン=雪と同じ意味の日本名の少女が抜け駆けするような勢いで持ち主に小走りで近づいていた。
 何しろ国が買えるやら、値が付けられないだの言われるようなお宝である、土壇場で味方同士の奪い合いに変わってもおかしくない。
 どうなるかな? と見守るマユの目の前で、少女が豊満極まりない胸と、九二センチある尻を繋ぐくびれをクネクネやりだして、自分で自分の胸やら尻を揉みしだき始めた。
 遠目にもはっきりと分かる。少女の頬は上気して桃色に息づき、吐息も同じ色に染まっている。
 前にアルダに、何かの病気? と聞いた時に教えてもらった『金銭妄想欲情症』という病気(?)らしい。
 患者それぞれによって度合いが変わるが、大きな金額を聞くと体が火照り出し欲情してしまう事らしい。ヨクジョウってなに? と聞いたマユに、アルダは沈黙で答えた。ここら辺の良識はあのサングラス男にもあるらしい。
 少女は息をどんどん荒げて、ノーブラのタンクトップを押し上げる見事と言う他ない乳房を揉みしだきはじめた。大胆に動く指に合わせて柔らかくも若さゆえの張りを備えた乳房は、自在に形を変えていた。
 思わずマユも頬が赤くなって、胸がドキドキするほどに妖しく淫らだった。性別も年齢も問わずに狂わせる少女の淫靡さよ。世界中の全ての娼婦の頂点に君臨するのは、ほんの数か月で事足りるだろう。
 実にマユの性教育によろしくない少女であった。そのまま最後までイってしまいそうな少女に、拳銃片手の少年が歯を剥いて怒鳴ってなんとかその場は治まった。少女はまさしく欲求不満と言う顔をしていた。
 だが、たちまちその場で怒りの顔を天使の様な無垢の笑顔に変えて、少年の肩にしなだれかかる。首から上はまさしく人間の思い描く理想の天使だが、繊細な指が太腿か首筋でも撫でれば、歴戦の女殺しもその場で腰砕けになりそうなほど妖艶なのはなぜなのか。
 前の前の仕事で出くわした時に、少女のコレにシンが垂らし込まれて大失敗をやらかし、マユを始めとしたガイスターの面々は、丸二日ほどシンと口を利かなかった。それがよっぽど堪えたのか、シンはこの少女をトラウマ扱いしている。
 
少年の肩にしなだれかかり、豊かな事極まりない胸を押しつけ、少年の手を自分の尻に回しながら少女がピーチクパーチクやりだした。するとたちまち少年の顔も怒りに染まってぎゃーぎゃーと言い返し始めた。
集音マイクを操作すると、どうやら分け前でモメているらしい。それも後から来たあの槍を投げつけた野性的な美女が、少女に刃の様に鋭く氷の様に冷たい視線を向けるまでの話だった。頭が上がらないのかなんなのか、少女はこの美女に頭が上がらないらしい。
 
「あ」
 
 とマユが一言漏らした。平和的解決を再開したものの、それまでのうっ憤もあってか十数秒で平和的解決を放棄したらしい少年が持ち主に、一発かましたのだ。
 といっても盆の窪辺りに人差し指をちょん、と押しつけてツボを刺激しただけだ。それで持ち主は気絶したが手に抱えたケースだけは離していない。マユには少年の舌打ちが聞こえた気がした。
 今だ! ここしか強奪のチャンスはないとマユのまだ浅い経験が告げた。石像の影に隠れていたマユが一気にミニバイクを暴れさせ、持ち主の腕からケースを取り出そうと悪戦苦闘していた少年の手めがけて、右手の麻酔銃を向け、発砲。
 コンタクトレンズよりもさらに薄い情報ツールと連動した戦闘服は、マユの視認した目標と、それを意識した脳内の電流を感知して、ターゲットに向けて照準の補正をする。戦闘服それ自体が超高性能超小型コンピューターに制御されたFCSとなる。
 その機能のお陰で、マユは西部時代の射撃の名手たちに匹敵する神に愛された銃士へと変貌させてくれる。
 “わずか三つで熊退治、撃たれる前にビーバーが両手を上げてギブアップ”と謳われたデイビー・クロケット。
 バッファロー・ビルの“ワイルド・ウェスト・ショー”に加わり、ドイツ将軍カイゼルの咥えていた葉巻をライフルで吹き飛ばしたというアニー・オークレー。
 疾走する馬上から飛んでいる蜂を撃ち落としたというベル・スター。
 話半分と言われるアメリカ開拓時代の伝説の名手たちが、現在科学の生み出した銃器達と出会った時、まさしく今のマユと同等以上の銃の名手達となるだろう。
 見事に麻酔弾スリーピング・ビューティーが、少年の手の中のケースを弾き飛ばし、ぐおん、と跳ね上がった鋼の仔馬の馬上でマユの左手がケースをキャッチ。手の中の確かな手ごたえを感じ、マユは一瞬だけ微笑。
 マスク越しに、あ、という顔をした少女と少年と目があった。
 ごめんね、と心の中で謝っておく。今まで仕事で何度でかちあった事のある彼らの事がマユは嫌いではなかった。いや、むしろ好いていた。
 以前、プライベートで出会い、正体がばれてマユがガイスターの一員と知って尚人質に取るような真似はしなかったし――考えはしたらしい――まだまだちっこいマユに、さりげない気遣いはしてくれたし、なにより全員が根は善人と知っている。
 着地の衝撃はほとんど殺され、マユには全く伝わらない。背後を振り返らず、マユはミニバイクに極めて小さいがとびきり凶暴な唸り声を挙げさせた。
 
 
 振り下ろされた大剣を二連装ビームクローで受け、ラミネート装甲でできたTAの表面が赤熱化する。熱を吸収拡散させてビームを防ぐラミネート装甲だが、TAサイズではそう長く持ちこたえられないだろう。
 ゲイツのカタログスペックを悠々と超える出力に、劾は舌打ちを一つ打って機体を下がらせた。そもそも、カタログスペック通りの性能を発揮する兵器は少ないというのに。特にザフト製のは。
 BFⅡが下がるのとほとんど同時にゲイツの腰からワイヤーに繋がれたビームクロー“エクステンショナル・アレスター”が射出される。
 BFⅡの両肩に装備されたスラスターが白火を噴き出して、インファイトボクサーの様に俊敏な動きでかわすや、ビームクローが繋がれたワイヤーをあっさりと両断する。
 ワイヤーを斬りおとされ、デットウェイトになったエクステンショナル・アレスターをパージしたゲイツは、右手のライフルを撃ちかけてきた。
 戦闘用コーディネイターとしての身体能力に加えてこれまで培ってきた、おそらくC.E.では最大の戦闘経験値が素早いゲイツからの連射を見切り、BFⅡに一発の被弾も許さない。
 その腕前を認め、ゲイツの中のアルダが全周波チャンネルで呼びかけた。
 
『やるじゃないかね。ドレッドノートの相手に選ばれたと言うのも、最強の傭兵と呼ばれるのも伊達ではないな。流石メンデルの子供達の一人ということかな!? 叢雲劾!!』
「なんだと。貴様、何故それを知っている。……貴様もか?」
『さて。別段大した問題ではあるまい。どうやら君は世界を憎悪しているのでも、生まれに劣等感を抱いているわけでもなさそうだからな』
「貴様は?」
『ふふ、君に教える義理はないよ。ただ、同類としてのよしみだ。私達の骸の上に産み落とされた成功体の名前くらいは教えてあげても良いがね。どうだね? 君とて一度くらいは恨んだことがあるだろう。私達の様な歪な存在が産み落とされた原因が』
「スーパーコーディネイターの完成体の事か。生憎とそんな物に興味はない」
『ほう?』
 
 やや意外、とアルダの口元の笑みが言っていた。彼は劾に告げたのと似たような言葉で、ある少年に完成体に対する執着心を植え付けた事がある。精神の成熟の違いもあるだろうが、興味はないと言い切る劾の言葉に嘘の響きは聞きとれなかった。
 
「今さらそんなものにかかずらった所で、何が変わるわけでもない。完成体が生きているにしろ、それに何の意味がある? おれにはもう価値も意味も無い存在だ」
『これはこれは、大した達観ぶりだな。それとも度し難い現実主義者と言う事かな? まあいい。お喋りはここまでだ』
 
 決着を意識しての言葉かと、TAを青眼に構え直させた劾だったが、アルダの言葉が違うモノを指していた事にすぐさま気付いた。NJの影響でお粗末な効果示さないレーターに巨大な熱量とゆっくりと降下してくる物体が映っていた。
 もっとも既に劾も、ソレがなにか察しを付けてBFⅡのメインカメラにそれを映していた。
 
『時間稼ぎはこれまでだ。さあ、叢雲劾、我々のボスの力、とくと味わってくれたまえよ』
「来たのか!」
 
 アルダと交戦していた時とはまた別の緊張に満ちた劾の視線の先に、最大速度約マッハ13というふざけた数字を誇る巨大な戦闘機が滞空していた。
 ソレは、劾がTAのビームと実弾を交互に連射するガトリングガンの砲口を向けるよりも早く、空中で姿を変える。
 
『チェエンンジ!! ダイノガイストォ!!』
 
 見る間に人型へと姿を変えた戦闘機は、赤いバイザー状のカメラアイを鈍く輝かせ、三十メートルを超す鋼の巨神となってゆっくりと、スラスターを噴かしながら降りてきた。
 敵国の英雄をはるか段上の玉座から、油断なく、それでいて重厚な威厳とゆるぎない自信で見下ろす帝王の様に。
 ズウゥゥン、と圧倒的な質量が大地に降り立つ音と共にダイノガイストは降り立った。アルダはゲイツをダイノガイストの後方へと下げる。すでにこの場はアルダと劾の戦場ではなく、ダイノガイストと劾の決闘場であると理解している為だ。
 
『ふふふ、貴様がサーペントテールの叢雲劾だな? 噂に聞く貴様の力、このおれ直々に確かめてくれる!』
「……!」
 
 言うが早いか、背で交差する冷たい白銀の刃を抜き放ち、二つの刃の切っ先は地を向く。夜空に冷え冷えと輝く三日月の先よりも鋭い刃は、太陽の光を等しい鋭さを持った陽光の刃に変えて反射している。
 TAを両手で握り直し、右下段に移行した劾は、事前に入手した映像資料や交戦したパイロット達から収集したデータを脳裏に思い描いていた。噂が全て真実であるなら、いかに劾をもってしても勝利は容易ならざる強敵である。
 連合製のパイロットスーツの中の手が、汗を握るのを、劾は感じた。声も無く一気にフットペダルとコントロールスティックを押し込み、通常のMSをはるかに凌駕するBFⅡの推進力をフルに発揮して真正面から突っ込む。
 劾の目的は勝つ事ではない。負けなければそれでよいのだ。思い切りの良い行動に呆れ半分、期待半分でダイノガイストは両手の愛刀ダイノブレードを振り上げた。
 振り降ろされる弧月二刀。振りかぶられた大剣一刃。
 躊躇なく交差した三つの刃は、やはりというべきかダイノガイストの膂力が圧倒的に勝り、鍔ぜり合う間も、じりじりとBFⅡの頭部へと迫る。
 
「やはりパワーは上か。だが、機体のサイズと動力が核だとしてもこれは……」
『ふん、これならあのジャスティスとかいう機体の方がパワーは上だな』
 
 予想通りの結果と、予想以上の結果の二つに訝しげに眉を寄せる劾。かつて追い回し、追い詰めたMSの名を呟くダイノガイスト。どちらとも慌てる様子は微塵も無い。歴戦の猛者二人――いや一人と一体――当たり前か。
 
『ぬうん!!』
 
 交差した刃を押し開くようにしてパワーを叩きつけたダイノガイストに圧倒され、BFⅡが数十トンの重量を誇る機体ごと後方に吹き飛ばされる。
 劾は、そのダイノガイストの動作に合わせてBFⅡを浮かし、また後方に下がる際に機体前方にあるスラスターをふかして大きく間を取った。見た目は足にあるキャノンくらいしか射撃兵装のないダイノガイストだが、実際は。
 
『ダイノブレードの刃圏から離れればとでも思ったか、馬鹿め!』
 
 罵る声と同時にダイノガイストの古武者の様な頭部の両脇から伸びる長短の角四本が黒雷を帯び、それはそのまま横に走る強大な雷撃に変わる。話には聞いていた攻撃ではあったが聞くと見るとではやはり違う。
 劾にしては珍しく、焦りを乗せた表情を浮かべて広範囲に網の目の様に広がる黒雷をすんでの所でかわす。黒い破壊に飲み込まれた木々は粉微塵に砕け、大地は禍々しい爪痕を残して引き裂かれ、風は悲鳴を上げて焼き尽くされる。
 足を止めたダイノガイストめがけ、黒い雷の外を、半円を描いてBFⅡを突っ込ませた。高機動戦闘にあわせ、顔面の保護を行うマスクが現れる。左下段後方に流したTAの切っ先がMSとは思えぬ達人の太刀筋に変わる。
 即座に反応したダイノガイストが、左のダイノブレードでそれを受ける。片手一刀のダイノブレードに対し、両手で振り上げたTAは、いとも容易く受け止められた。加えて反応も迅速だ。
 機体そのものが肉体であるダイノガイストは、パイロットの操作が機体に伝わるまでのタイムラグがない分、反応が速いのは当たり前なのだが、それを考慮してなお敏捷なダイノガイストの動作であった。
 TAを跳ね上げ、やや腰を落としたダイノガイストの右手の刃が横薙ぎに振われた。ここまで接近しての一刀とあっては、並のエースクラスでは回避など最初から考えずに死の腕に身を委ねるだろう。
 故に、並のエースクラスなどではない劾は生き残った。バックパックとして使用していない以上、咄嗟の動作で足枷になるTAを放り捨てて、全力で機体後方に跳躍していた。サーペントテール1のエンブレムが施された胸部に走る横一門字の傷。
 BFⅡの装甲の一部はTP装甲と同じ物が使われている。一介のジャンク屋が発案したものが、当時の連合の最新鋭の技術と同じ発想を得たのはさて、ジャンク屋を賞賛すべきか連合の技術陣を嘲笑うべきか。
 とにかく、その着弾の瞬間相転移する装甲が、一助になったのは確かだった。後ろに跳び退いたBFⅡは動きを止めず、両肩と機体各所のスラスター、バーニアを細かく刻む様に点火し、ピーカブースタイルのボクサーの様に両拳を顔の両脇に上げて突っ込んだ。
 反応は迅速ながら、機体の巨体さに加えてダイノブレードの刃渡りの長さ故に、MSを相手にするにはとり回しが悪い。加えて素手のまま懐に飛び込むなどというBFⅡの戦法は、こちら側に来てからは初めての体験であった。
 両手とそれぞれの刃を左上方に流した姿勢のダイノガイストは、既に見下ろす位置にまで迫ったBFⅡ目掛けて右膝蹴りを敢行した。それを状態を右に逸らし、髪一重で回避するBFⅡ。
 だが、その劾の目の前に、数十分の一秒の差で迫るダイノガイストの左膝! 右膝のみならず左膝も連続して放った二連撃! 脳から指へ、指から操縦桿へ、操縦桿から機体各所へと伝達される動作。
 閃光の交差の様な一瞬。ダイノガイストの左膝はBFⅡの左肩をかすめて、発泡金属の装甲を薄氷の様に砕いていた。更に迫る左上方から振り下ろされる並んだ二筋の冷たい光よ。
 斬り裂く風がまさしく死して地に倒れるような二太刀を、かろうじてかわしたBFⅡの姿はそのままダイノガイストの背後に移っていた。
 
「もらった!」
 
 両手に構えていたアーマーシュナイダーを、ダイノガイストの装甲の継ぎ目目掛けて躊躇なく突き込む劾! いかなダイノガイストとて装甲の隙間を狙われ、内部に直接ダメージを与えられれば、無事とはいかぬ。
 だが、迫るダイノガイストの漆黒の装甲を睨み据えていた劾に、何かが囁いた。甘い死の睦言を。死神の口が。
 必勝とはいかずともそれなりのダメージは確実と言うこの状況にあってなお、劾には油断の二文字は縁無く、警戒は毛筋ほども緩んではいなかった。それが、かろうじて視界の片隅で輝いた銀光を捉えた。
 
「ちい!?」
 
 無理やりBFⅡの右足を軸に機体に右回転をさせる。過剰な負荷がBFⅡの足首に紫電を走らせ、ディスプレイにエラーの文字が数行浮かび上がった。背を走る原始的な生存本能に従い、劾はその場を大きく離れる。
 
「イライジャ、退くぞ。目的は果たせた」
 
 シンのジンASを相手に互角の戦いを演じていたイライジャは、劾の決定に反論を挟まず、首肯してBFⅡに続いた。
 左手に握ったダイノブレードを咄嗟に逆手に持ちかえ、左脇腹のすぐ横を通過して背後に居るBFⅡ目掛けて雷足の突きを放った姿勢から、ゆっくりとダイノガイストは両手のダイノブレードを背に戻す。
振りかえり、撤退するBFⅡを黙って見つめるダイノガイストに、アルダから通信が繋がった。
 
「サーペントテールの叢雲劾、見逃しても?」
『構わん。ふふ、場合によってはフリーダムやジャスティスよりも手強い奴。ここで決着を着けるにはいささか惜しい。見ろ』
 
 と左側に居るアルダのゲイツに、ダイノガイストは自分の左手首を見せた。感心の溜息を突いたアルダの眼には、そこに浅く突き刺さるアーマーシュナイダーが映っていた。ダイノガイストはそれ右手で引き抜き、適当に放り捨てる。
 あの咄嗟の一瞬で、劾が報いた一矢であった。その一矢=アーマーシュナイダーの傍らに、白い曲線を描く装甲が落ちていた。ダイノガイストの逆突きによって砕かれたBFⅡのマスクであった。
 
「お~い、屋敷の傭兵達は皆逃げ出したみたいだぜ」
 
 と、これはシンである。ジンASはあちこちに銃弾の痕があり、イライジャ相手にかなり苦戦を強いられた事が見て分かる。手持ちの武器は重斬刀と、残弾が二〇発しかない拾いものの重突撃銃一丁きりだ。
 シンの言う通り残っていた十機以上のMSの姿はない。すでに依頼人が逃げ出した事と、劾とダイノガイストの戦いを前にして尻ごみして逃げ出したらしかった。
 
「では私は屋敷の中を見て来よう。君達ははやくマユの所に向いたまえ。なにしろ可愛らしい悲鳴が聞こえているからね」
「マユ!?」
 
 どこか面白そうに告げるアルダの言葉通りに、シンが左手にはめているガイスターブレスから、きゃあ! というマユの悲鳴が聞こえてきたのだ。
 息を切らし――もなにもジンでだが、現場に急行したシンが見たのは、あちこちに横転した車と、薙ぎ倒された石像群に、倒れ伏したSP達。そして
 
「マユ!」
「あ、お兄ちゃん」
 
 簀巻きにされて転がるマユであった。先程の悲鳴はコレが理由らしい。ジンに膝をつかせてコックピットから飛び降り、時折転がっているSPの体をふんづけながら芋虫みたいに麻のロープで縛られたマユに近寄り、折りたたみナイフで妹を縛るけしからんロープを切った。
 
「大丈夫か? どこか怪我してないか」
「平気だよ。戦闘服着てたし、優しくしてくれたし」
 
 どうやらマユの言葉通りで、とくに危害は加えられていない様子にほっと、特大の安堵の息をシンの唇から零れる。ケースを奪い、やったと内心で喝采を挙げたのが油断となり、あの色気過剰な少女以外からの猛烈な反撃を受けて、蓑虫になってしまったようだ。
 マユが愛用していたミニバイクは十メートルほど向こうで横転していた。そこへ、ズシンズシンと重々しい足音と足跡を残して恐竜形態に変形したダイノガイストが姿を見せた。シンと違って慌てた様子のない、落ち着きはらった様子だ。マユの安全を確信していたのだろうか?
ちょうどSP達が転がっている辺りで足を止めて青いレンズの目が、マユとシンを見下ろした。その視線に、マユはしゅんと小さくなって縮こまった。
 
「ごめんなさい、ダイノガイスト様。お宝とられちゃった」
『例の奴らか?』
「うん」
『忌々しい奴らめ』
 
 喉の奥で本物の恐竜さえたじろぎそうな唸り声を鳴らしながら、ダイノガイストは既にはるか遠くへと逃げた例の奴らの姿を求める様に首を巡らした。
 宇宙海賊ガイスターが活動を始め、初期のマユとシンの未熟故の失敗以外の失敗のほとんどは、先ほどマユの遭遇した例の奴らと仕事がかち合った時が多い。
 このC.E.地球において世界最高とされる五人組のトレジャー・ハンターグループが、目下宇宙海賊ガイスター最大の天敵であった。ごめんなさいとしょぼくれるマユに声はかけず、ダイノガイストは
 
『引き上げるぞ!』
 
 と言った。
 
――続く