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月に花 地には魔法_第07話

Last-modified: 2007-11-15 (木) 22:37:22
 
 

 12月3日

 
 

「リンディさん、この箱はこっちに置けばいいですか?」
「ええ、ありがとう。でも業者の人に任せて大丈夫よ、ロラン君」
「僕が手伝いたくて勝手にやってることですから、気にしないでください」
 魔導師襲撃事件の捜査本部を高町なのは宅のすぐ近くに置くことになり、
拠点となるマンションに引越し業者が荷物を運び込んでいた。
 もちろん関係者以外に知られてはならない設備等は別のルートで運ばれる予定であり、
現在ロランが運んでいる荷物は日常雑貨と呼んで差し支えない物ばかりである。
 別にロラン一人が作業に加わった所で格段に仕事が進むわけではないが、
それでもロランは何か仕事をしていたかったのだ。
 ロランに任された仕事が本格的に始まるのは『ターンA』が眠りから目覚めた時だが、
だからと言ってそれまで何もしないというのは彼の性格が許さない。
 この世界での普段着を着ているリンディは「生真面目な子」という感想をロランに持ったが、
決して悪印象ではなく、むしろロラン・セアックという人間への評価をますます高めることになった。

 

 やがて引越し作業も終わり一息ついたロランはふとベランダから外の風景を見た。
(『西暦』か…。『宇宙世紀』の前にあった『西暦』とは違うみたいだけれど、
 技術レベルは『正暦』の地球とはやっぱり比べ物にならない)
 ロランがなのはの住む世界、つまり地球について知った時。彼はその現実に素直に対応できた。
 つまり『西暦』から『宇宙世紀』へと歩を進めた世界と、『西暦』のまま留まっている世界。
 同じ地球でも別の運命を辿る世界があるということに。
(何であれ、僕はこうして生きている。そして僕に任された役目もある)
 そんなことを漠然と思うロランの目に青い世界が映りこんだ。
「海か…。鯨は居るのかな」
 彼自身は海を見たことが無い。だが、その光景は故郷の『運河』を思い起こさせる。
 高層建造物に遮られた海は素晴らしい眺めというわけではなかったが、それでもロランには満足だった。
「どんな場所にも、どんな世界にも命の営みはある」
 どうしてそんなことを口にしたのかは彼自身にもわからなかったが、
そのことを気にするのは止めておいた。

 
 

 リビングで本を整理していたエイミィの前に二匹の動物達がやって来た時、
彼女は友人達がそんな姿になる理由に思考を巡らせた。
「ユーノ君とアルフはこっちではその姿か」
 結局、疑問をそのまま口にしたエイミィ。
「新形態!子犬フォーム!」
「なのはやフェイトの友達の前ではこの姿じゃないと…」
 それぞれの理由を説明する二人だが、エイミィには共感することはできないだろう苦労だった。
「君らも色々と大変なんだねぇ」
 エイミィがそんな苦労を労っていた時、息を呑む音が彼女の背後から聞こえた。
 振り返ると、信じられないものを見たという顔をしたロランが立っていた。
「そ、その子犬がアルフさんですか?それにそっちのフェレットがユーノ君?」
「あ、ロラン君。そう言えばアルフの子犬フォーム?だっけ。
 それはともかくユーノ君のフェレット姿なんて見たことないか」
 ロランの知っているアルフには動物の耳と尻尾がついており、
さらに戦闘時には狼のような姿で戦っていたので、
そんな彼女がこうして子犬の姿をしていることには納得できた。
 だが。
「どうしてユーノ君がフェレットに?これも魔法ですか」
 顔に疑問の色を浮かべるロランにフェレットの姿をしたユーノが答える。
「えっと、僕が発掘作業をしていたことは話したと思いますけど、
 魔力や体力のロスを抑えるためにこういった変身魔法が重宝するんです」
 そのまま、彼がなのはと出会った経緯を話すユーノ。
 その説明に納得はしたロランだったが「一つだけ」と前置きして言った。
「動物の姿で話されるとすごく違和感を覚えるのは僕だけでしょうか?」
「まぁ、いつか慣れると思うよ」
 軽い口調で答えるエイミィにロランは何も言えなかった。

 
 

 少し後、フェイトとなのはがリビングに入ってくる。
「アルフ、どうしたのその姿」
「ユーノ君、フェレットモード久しぶり!」
(慣れる、か…)
 フェイトとなのはがアルフとユーノを見つけて駆け寄り、
動物の姿をした友人と何事でも無いと謂わんばかりにじゃれ合う姿にロランはそんな感想を持った。
 地球に住む人々とムーンレィスの間に存在する、それぞれが暮らす環境に起因する違い。
 それと似たようなものなんだろうと結論付け、だったら自分も慣れることができるだろうと判断した。
「なのは、フェイト。友達だよ」
 こちらもまた年相応の普段着を着たクロノがやって来る。
 なのはとフェイトが駆け出して行った後、ロランは服装で人の印象は変わるということを改めて知った。
(クロノさんが子供に見える。実際まだ子供だけれど…)
 と、今までその子供から受けていた印象と現在のクロノの姿のギャップにロランは苦笑した。
「ロラン、何か面白いことでもあったのか?」
「いや、何でもないです」
 あなたの姿が子供らしい、などと言えるわけもなかった。

 
 

「養子縁組ですか?」
 部屋で待機していたロランはエイミィからそんなことを聞かされた。
「うん、フェイトちゃんは前の事件で天涯孤独になったからね…。
 リンディ提督の養子にならないかって話で、フェイトちゃんが迷ってる感じかな」
「家族か…」
「そういえばロラン君の家族って?」
 エイミィからすれば何事も無い質問だったが、ロランの反応を見れば失言だったことにすぐ気がついた。
「僕は施設で育ちましたから、親の顔も知りません。
 メリーは僕が施設に拾われた時に置いてあったものだそうですし」
「あ…。ごめんね、変なことを聞いちゃって」
 場の空気を変えるべくエイミィはリンディから頼まれていた仕事をロランに託すことにした。
「と、ところで今からお使い頼まれてくれないかな?」
「お使い?」
 駆け出すエイミィ。戻ってきた時には抱えられる程度の箱を持っていた。
「制服をフェイトちゃんに渡してきてほしいの!」
「制服ですか?」
「そう!フェイトちゃんが来週から編入する学校のね。なのはちゃん達と一緒のの学校だから、
 フェイトちゃん喜ぶだろうなぁ」
 エイミィから渡された箱の中には白を基調とした可愛らしい制服が入っていた。
 それを見ながらなのはやフェイトがまだ学校に通う年齢であることを思い出し、
そんな子供たちはやはり戦いから程遠いと思ってしまう。
「でね、今リンディ提督と一緒になのはちゃんのお家に挨拶に行ってるから、
 その制服をフェイトちゃんに渡してほしいの」
 そういうことか。そんな感想を持ちつつも断る理由も思いつかなかったので、ロランは承諾する。
「それで僕にこの制服を渡したんですか。いいですけど、場所を知りませんよ」
「大丈夫。地図はあるし、渡すついでに周囲を歩いてくるといいよ」
 地理の把握にもなるしね、と締めくくったエイミィに見送られて
ロランはなのはの実家「翠屋」に向かった。
 マンションから一歩を踏み出した段階で、ロランは
エイミィに家の特徴などを聞いておくべきだったと後悔した。
(まぁ地図通りに歩けば大丈夫だろう)

 
 

「喫茶店、地図が正しいならここだけど…」
 エイミィから渡された地図が示す場所はこの地点であり、
場所を何度も確かめた彼自身も間違っているとは考えていない。
 なのはの家族が喫茶店を経営しているということだと判断できるのだが、
ふいに店内に入るのが躊躇われた。
(やましいことは無いけど、喫茶店に入るのに無一文というのは…)
 ロランはまだこの世界での金銭を支給されていない。
 別に喫茶店に入るといっても目的はあくまでお使いなので、
無一文であることなど気にする道理ではないのだが、
喫茶店に入るのだからコーヒーくらいは注文するべきかもしれない、
という発想をするのがロラン・セアックという人間である。
 思考を纏めるために周囲を見渡したロランは、翠屋がオープンテラスを有する喫茶店であり、
お使いの相手もそこにいることに気づいた。
(助かった)
 妙な安心感に包まれながらロランはフェイト達少女4人が座るテーブルに向う。
 テーブルに近づくにつれ、フェイトの後ろ姿とその友人らしき少女達の顔が見えた。
 声をかけようとして、少女たちに抱かれているアルフとユーノの姿を認識した所で
ロランは何とも言えない気持ちになった。
(人の時の姿とのギャップがやっぱり凄い…)
 形容し難い気持ちを振り払って、ロランはフェイトに声をかけた。
「フェイトちゃん」
「えっ、あっ、ロランさん。どうしたんですか」
「ちょっとお使いを頼まれて」
 そんなロランに少女達も関心を持ったようで、事態を把握していると思われるなのはに説明を求める。
「なのはちゃん、あの人は?」
「なのは、誰あれ」
 同時に答えを求められて困惑するなのは。
 もっとも困惑していたのは「どう説明すればいいか」という問題が
彼女の頭を駆け巡っているからでもある。
 そんななのはに期待するのを止め、アリサ・バニングスは最も手っ取り早い方法を採る事にした。
「すいません、どちら様ですか?」
 不躾と言えば不躾な言い方を月村すずかがたしなめる。
「アリサちゃん、そんな聞き方…」
 一方のロランは気にする様子も無く答える。
「初めまして、僕はロラン・セアックっていいます。フェイトちゃんに渡すものがあるんでお邪魔しました」
「渡すもの?」
 当人の代わりになのはが疑問を投げかける。
「はい、これ」
「あ、どうも…」
 今一つ事態を把握し切れていないフェイトに箱を手渡したロランは
「今開けてみるといいよ」
 と口にしてその場を離れた。
 リンディも挨拶に来ていて、彼女が制服を用意したのなら彼女から事情を聞いてもらった方が良い。
 そう思ったからだが、それ以上の理由もあった。
「海…。実際に行くのは始めてだ」
 そんな気持ちに突き動かされていたロランは、久々に『楽しみ』という感情を感じていた。

 
 

「で、その箱の中身は何なのよ」
 アリサの興味は既にロランから箱の中身に移っているようだった。
「えっと、こ、これって!」
 中身を確認したフェイトはそのままの勢いで翠屋の中に走った。
 そんなフェイトを追いかけつつ、なのははロランの説明をせずに済みそうなことに少し安堵していた。