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機動戦士ザクレロSEED_第05話

Last-modified: 2008-01-22 (火) 13:52:32

ザクレロはヘリオポリスの港口から、ザクレロから見て左側の壁に体を擦るようにしながら宇宙に飛び出した。
 削れた壁材が、火花となってザクレロを取り巻き、その機体を宇宙に鬼火のように輝かせる。
 直後、二本の光条が港口の前で交叉した。ザクレロはその光条の隙間を擦り抜ける。
 その光……ビームを放ったのは、ミゲル・アイマンとオロール・クーデンブルグのジンだった。
「正直には出てこないか!」
 ミゲルは舌打つように声を上げる。
 ザクレロが飛び出した瞬間に、M69 バルルス改特火重粒子砲 で予測射撃を行った。
 単純にまっすぐ出てきたなら、今の一撃はザクレロをとらえていただろう。
 しかし、ザクレロは壁面に体をすりつけるようにして飛び出し、攻撃を避けて見せたのである。
「オロール! 敵はやるぞ!」
『見たかよ! どうする本物の化け物だ!』
 ミゲルの通信に、オロールの興奮した声が返る。
 その声に混じるもの……ミゲルが感じたそれと同じものが、ミゲルの心の奥にも宿っていた。
「ああ……ふざけた姿だぜ」
 僅かな手の震え。
 ミゲルは、操縦桿を強く握りしめてその震えを消す。
 恐怖……闇に潜む猛獣を恐れるのと同じ、原初的な恐怖。
 鬼火のように燃えるザクレロの姿が、それと対峙する者達の心に恐怖を植え付けていた。
「手はず通りだ。俺達で押さえるぞ!」
 ミゲルは通信機に向けて声を上げ、恐怖に揺らぐ意識を戦いに引き締める。
 今は怯えている時ではない。それは、オロールにもわかっていた。
『了解! 猛獣狩りだ!』
 ミゲルとオロール、二機のジンは、一時飛び去ったザクレロを追って身を翻した。

 

「あっ……危なかったぁ……」
 ザクレロのコックピットの中、マリューは胸をドキドキさせながら青ざめた表情で言った。
 思いっきり操縦ミスをして、壁を擦った時にはどうなる事かと思ったマリューだったが、結果としては無事に外に出られたわけだ。
 なお、操縦ミスのお陰でジンの攻撃が当たらなかったという幸運には気付いていない。
「それより、敵は!?」
 気を取り直してモニターを見る。複眼センサーが捉えた状況が、表示されていた。
「敵は二機……」
 ザクレロを追尾するのは二機のジン。ザクレロが港口から飛び出した際に、二機は後方に置いてきてしまっていた。
「出航の邪魔はさせないわよ!」
 言ってマリューは操縦桿を引く。
 方向転換。機体を斜めに傾けながら緩やかに旋回して、ザクレロは二機のジンへ向かう進路を取る。

 

 

「オロール! 上下から挟み込む!」
 一旦離脱した後、旋回して戻ってきたザクレロを前に、ミゲルはオロールに指示を下した。
 自分達を狙ってるのだろうザクレロは、目標めがけてまっすぐに突っ込んでくる。
 それに対し、ミゲル機はザクレロの正面下方、オロール機は正面上方に位置して、それぞれが武器のトリガーに指をかけた。
「ミサイル全弾ばらまけ!」
 ミサイルは、機体を重くして機動性を損なわせる。
 だから早くに撃ち尽くし、敵にダメージを与えると同時に機動性を少しでも上げる。
 ミゲルの指示に、通信機からオロールの声が上がった。
『化け物、お前にもボーナスくれてやるよ!』
 直後、ミゲルが、そして一瞬の後にオロールがトリガーを引く。
 ジンに装備されているM66 キャニス短距離誘導弾発射筒から、大型ミサイルと小型ミサイルが各四発ずつ。
 M68 パルデュス3連装短距離誘導弾発射筒から、六発のミサイルが発射された。
 二機あわせて計二十八発のミサイルが拡散するような軌跡をたどり、そして向きを変えて包み込むように一つの目標……ザクレロを目指して突っ込んでいく。
 マリューの目にはそれが、まるで宇宙に広げられた投網の様に見えていた。
「な……ミ、ミサイル!? 避け……ぐぇ……」
 吠え猛るミサイルアラートを聞きながらマリューは、とっさに操縦桿を左に一気に傾ける。
 直後に、発生する横向きのGが、マリューを操縦席からもぎ取らんばかりに横へと押しやった。
 ザクレロはそんなマリューの状況はさておいて、操縦に忠実に従い、左へと進行方向を曲げる。
 だが……遅い。
 右側から迫るミサイルは、ザクレロの動きに応じて進路を変えてきている。左側から迫っていたミサイルは、完全に直撃コースを……
「あ…た…るぅ…かああああああっ!!」
 Gに押し潰されながらマリューは、必死で操縦桿のトリガーを引いた。直後に、ザクレロは拡散ビームを吐き出す。
 ザクレロの口腔からあふれた閃光は、左側から迫ってきていたミサイルの群れを包み、宙を彩る光球に変えた。
 その傍らを、爆散したミサイルの放つ炎に炙られながら、ザクレロが高速で飛び抜ける。
 ザクレロの後に続いた生き残りのミサイルの群れは、爆散したミサイルに惑わされ、あらぬ方向へとその進路を変えて宙をむなしく彷徨った。
「やった……」
 ミサイルアラートが消えたコックピットで、マリューが安堵の息を漏らす。

 

 

 しかし、そこへ新たな警告音が襲った。
「!? 撃たれた!?」
 モニターに表示される被弾を知らせる警告。イエローアラート……ダメージは、機体の戦闘力に影響を及ぼすほどではない。
 被弾箇所は背部。直撃ではあるが、装甲は何とか耐えてくれた。
「良くも傷つけてくれたわね! 乙女の柔肌に!」
 理不尽にも、自分が傷つけられたかのように怒って、マリューはモニターの中に敵を探した。
 先ほど、ミサイルを撃ち放ったジンが、大型の銃……M69 バルルス改特火重粒子砲を手に持ってザクレロに追いすがろうとしている。
 重粒子砲の攻撃は当たった。しかし、そのジンの中でミゲルは、背中に嫌な汗が溜るのを感じていた。
「直撃の筈だぞ」
 思わず呟く。
 ミゲルの射撃は、ザクレロに直撃していた。しかし、ザクレロは装甲表面を焼いた程度で、殆どダメージを受けたようには見えない。
 この敵は、不死身の化け物ではないのか? そんな愚にもつかない想像が、心の奥から沸き上がってくる。
『あの数のミサイルを全部振り切った上に、ビームが利かない……どんな化け物だよ』
「落ち着け。ダメージは行っている筈だ。不死身の化け物なんかじゃない」
 ミゲルは、通信機から聞こえたオロールの声に答える事で、自らの恐怖心を押さえつけた。
 そう……敵は神世の魔獣ではない。連合が作った機械兵器だ。そう、自分に言い聞かせる。
「それに、俺達の役目は、こいつを引きつける事だ。時間さえ稼げればいい。後はガモフがやる」
『わかってる……おい、来るぞ!』
 オロールの声が、恐怖に囚われたものから、普通に緊張したものへと変わっていた。
 モニターの中、ザクレロは再度方向を転換し、ミゲルとオロール達に突っ込んできているのが見える。
 凄い勢いで距離を詰めてくるザクレロに、ミゲルとオロールのジンは重粒子砲を構えた。

 

 

 ヘリオポリス港口。
 アークエンジェルは、ザクレロがジンと交戦状態になっている事を確認してから、その姿を港の外へと現わした。
 慎重に船を進めるアークエンジェル。そのブリッジの中、索敵を行っていたジャッキー・トノムラが声を上げた。
「敵艦……下です!」
「何だと!」
 ナタル・バジルールは、驚きに声を上げた後、一瞬だけ表情を苦悩に歪めさせる。
 港口からではヘリオポリス自体が邪魔になって死角になっている位置から、ローラシア級モビルスーツ搭載艦ガモフが姿を現わしていた。
 そこは、アークエンジェルの背後、下側に位置する方向である。
「イーゲルシュテルン用意! アンチビーム爆雷射出!」
 ナタルはすかさず命令を下した。
 しかし、それは遅く……
「全兵装、撃て!」
 ガモフのブリッジで、艦長のゼルマンは指示を下した。
 その指示を受け、450ミリ多目的VLS四基が、937ミリ連装高エネルギー収束火線砲二門が、450ミリ連装レールガン二門が、125ミリ単装砲二門が火を噴く。
 狙いは、アークエンジェルの無防備な艦底。そこに、次々に着弾を示す爆発が煌めいた。
 そして、VLSから放たれたミサイルが、砲弾に遅れてアークエンジェルを目指す。
 その内の二発は、アークエンジェルに届く前に対空機銃イーゲルシュテルンに絡め取られて爆散する。
 しかし、二発はアークエンジェルの艦底に突き刺さり、さらに大きな爆発を起させた。
「ダメージは!?」
 攻撃を受けた事による激しい振動が収まるや、ナタルはオペレーターに聞く。

 

 

 オペレーターは、各種データに目を走らせ、答えた。
「ビーム砲、直撃二、至近弾一。ラミネート装甲に蓄熱有り。
 砲撃、艦底部に直撃六。内、装甲貫通二。
 ミサイル、艦底部に直撃二。
 戦闘継続は可能です」
 負傷者や死者も出ているかもしれないが、今はそれをチェック出来る時ではない。
「そうか……ならば、反撃する。バリアント、スレッジハマー用意! 目標、後方敵艦!」
 後方下面に位置する敵に攻撃できるのは、110cm単装リニアカノン「バリアントMk.8」二門と、艦尾大型ミサイル発射管の内、後方に向けられた十二基だけだ。
 艦の側面に付けられたリニアカノンが、旋回して後方を向く。
 艦尾大型ミサイル発射管の内、後方に向けられた十二門に艦対艦ミサイル「スレッジハマー」が装填される。
 方向転換すれば他の武器も使えるのだが、対艦戦闘中に向きを変えるような悠長な真似はなかなか出来ない。
「メビウス・ゼロの射出急げ。ザクレロは何をしてる?」
「ジン二機と戦闘中です」
 索敵手のジャッキーが、ザクレロが二機のジンを相手にしている事を報告した。
 ザクレロを戻せば、ノーマークになった二機がアークエンジェルに襲いかかるだろう。ザクレロは使えない。
 ナタルは、すぐさま結論を出した。
「メビウス・ゼロに、敵艦への攻撃を指示しろ」
 直掩機が居なくなってしまうが仕方がない。
 何としてでも敵艦を牽制し、アークエンジェルの向きを変え、正面から対峙しなければならないのだ。

 

 

 アークエンジェルへの初撃の成功に、ガモフのブリッジでは、クルー達の歓喜のどよめきが沸いていた。
 が……アークエンジェルが爆沈する事無く、前進を続けているのを見て、どよめきは落胆の色を混ぜて途切れる。
「敵艦健在です」
 落胆するクルーに比して、ゼルマンは落ち着いていた。
「かまうな。我々は良い位置を取ろうとしている」
 見た目、アークエンジェルは武装の殆どが上部に向けて付けられているのがわかる。
 それを、ヘリオポリスの行政官からもらった資料で確認したゼルマンは罠を張った。
 アークエンジェルが、港でどう停泊していたかによって、どんな向きで出てくるかは読める。
 そこで、アークエンジェルの最も弱いであろう方向……背部下面から襲える位置に艦を伏せたのだ。
 その罠にアークエンジェルはまんまとはまっており、抵抗出来ないままに攻撃を喰らっていた。
「VLSに対空ミサイル装填。ミサイル迎撃に使う」
 ゼルマンは、アークエンジェルが後方に撃てる武器の一つ、対艦ミサイルへの防御を固める事を指示した。
 そして、操舵士に前進を指示する。
「連合新型戦艦の弱点は背部下面だ! 押し上げるように追うぞ!」
 ゼルマンの指示に従い、逃げるアークエンジェルを追って、ガモフは背後から追っていった。
「敵艦より、攻撃来ます!」
 オペレーターが叫んだ直後に振動。
 軽い揺れの中、さらに報告は続く。
「対艦ミサイル十二発接近。対空ミサイル迎撃……」
 モニターの中、こちらに迫ってきていた光点……対艦ミサイルの噴射炎に向かって、こちらから発射した対空ミサイルが飛んでいくのが見えた。
 対空ミサイルは、対艦ミサイルの側で爆発し、周囲に撒き散らした破片でミサイルを傷つけ、押しやって軌道をずらす。
 そんな、対空ミサイルによる攻撃を抜けたのは四発。しかし、その対艦ミサイルには次に、対空機銃による迎撃が行われる。
「……撃墜八発。対空機銃による迎撃……成功。突破ゼロです」
 対空機銃から打ち出された銃弾の奔流に巻き込まれ、対艦ミサイルは全て撃ち落とされる。
「砲撃による被害は、艦首に至近弾一発です」
「ふん、単装砲ごときでは、艦はそうそう沈まない。倍返しだ」
 アークエンジェルが使えるのは110cm単装リニアカノン二門のみ。
 対して、ガモフは持てる全武装を使用できる。火力では圧倒しているのだ。
「それに……もう一つ仕掛けがあるからな」
 ほくそ笑むゼルマンに、オペレーターが新たな報告をする。
「敵艦より、MA出撃を確認。メビウス・ゼロです。後続の機はありません」
 ガモフのモニターには、ガモフへ向かってくるメビウス・ゼロの姿が映し出されていた。

 

 

 ムゥ・ラ・フラガは、メビウス・ゼロのコックピットの中、軽口を叩く。
「対艦戦闘か。俺って頼られてる?」
 ザクレロと違い、専用の射出口を使用できるメビウス・ゼロは、素早く戦場に展開できる。
 宇宙へと飛び出したメビウス・ゼロは、そのままガモフへと向かう進路を取っていた。
「とはいえ、きついな」
 ムゥは、通信機に声が入らないよう小声で呟く。
 MAは本来、軍艦を単機で撃破出来る兵器ではない。
 よほど好条件が揃わない限り、ヴェサリウスを戦闘不能にしたような真似は出来ないのだ。
 案の定、近寄ったメビウス・ゼロに、ガモフは持てる対空火器を振り向けてきた。
 六基の58ミリCIWSが、対空ミサイルを装填した450ミリ多目的VLSが、二門の125ミリ単装砲が作り上げた濃密な弾幕が、メビウス・ゼロの行く手を遮る。
「隙がなければ作る……か」
 ムゥは、隙を探してガモフの周囲を巡り始めた。
 ガモフが弾幕に切れ間を作ったその瞬間に飛び込めるよう、隙を狙いながら。
 しかし、その間にもメビウス・ゼロをめがけて対空機銃は弾丸を吐き散らしている。
 一瞬の不注意、一つの操縦ミスが死を招く状況で、ムゥは飛行を続けていた。
 一方、そんなムゥの決死の攻撃を受けるガモフ。こちらは、たかが一機のMAを相手にしての事であり、余裕を持っていた。
 そして……ゼルマンは、勝利が見えた事の喜びに口端を笑みに歪める。
「これで直掩機が居なくなった。我々の勝ちだ」
 それは予定されていた事。
 ナイトを全てキングから引き剥がし、チェックメイトをかける一手。
「信号弾三発放て。予定通りだ」
 ガモフから打ち上げられた信号弾が宙で炸裂して、光を放つ三つの球となる。それは、出撃の合図だった。
 ヘリオポリスに張り付くようにしがみつき、動きの一切を止めて隠れていたジンのモノアイが鈍く光る。
 そのジンは壁を蹴るようにしてヘリオポリスから離れると、アークエンジェルを追った。
 それは、アークエンジェルでも察知する所となる。

 

 

「敵MS出現! 後方上面から来ます!」
 索敵担当のジャッキーが声を上げた。
 その事実の示すところを悟り、ナタルはサッと表情を青ざめさせる。
「はめられた……!」
 直掩機の居ない状況で、攻撃手段に乏しい後方から、敵艦と敵MSによる十字砲火を受けるのだ。
 不利ですませられる状況ではない。致命的だ。
 ナタルの心の中を、冷たく重苦しいもの……絶望が染める。
 しかし、戦場はそんなナタルに、立ち上がる時間を与えてはくれない。
「敵艦より砲撃!」
 再びの振動。ミサイル攻撃こそ無くなったが、ガモフはまだ主砲と副砲をアークエンジェルに向けている。
「ビーム砲、直撃三、至近弾一。ラミネート装甲の蓄熱が限界値に到達。
 砲撃、艦底部に直撃三。内、装甲貫通二……」
 アンチビーム爆雷で威力が弱まっているとはいえ、ビームの直撃が続けばラミネート装甲の蓄熱が廃熱処理能力を超えてしまう。
 超えれば、ラミネート装甲は溜め込んだ熱で船体にダメージを与え始めるだろう。
 それに砲撃も、無視できないダメージをアークエンジェルに与え続けている。
 何にせよ、これ以上の攻撃を受ける事は危険だ。
「後方のジンからミサイル! 十四発来ます!」
 オペレーターの被害報告が終わらぬうちに、ジャッキーの報告が響く。
「イーゲルシュテルン用意! ヘルダート放て!」
 ナタルは素早く命じた。
 艦橋後方ミサイル発射管から対空防御ミサイル「ヘルダート」十六発が放たれて、迫り来るミサイルの群れに殺到する。
 ヘルダートの爆発に巻き込まれ、次々に破壊されるミサイル。流石に生き残ったミサイルはなかった。
 だが、ミサイルが残した爆発の残光を貫き、光条がアークエンジェルに突き刺さる。
 直後、今までにない激震が、アークエンジェルを襲い……ブリッジには今までにない警告音が鳴り響いた。
 艦長席から投げ出されないよう、しがみついて耐えていたナタルに、被害報告をするオペレーターの悲痛な声が聞こえる。
「ビーム着弾! ラミネート装甲の蓄熱限界を突破しました!
 影響を受け、船体各所に被害が拡大しています!」
「く……」
 自分ではダメだったのかと、ナタルは口惜しく思っていた。
 艦長の真似事でも頑張ってはみたものの……所詮は紛い物か。
 多くのクルーや、連合国国民達を巻き添えにして、ここで負けなければならないのは……
 しかし、うちひしがれながらも、ナタルの口から出たのは、あきらめの言葉ではなかった。
「まだだ! まだアークエンジェルは戦える!
 艦上方にアンチビーム爆雷!
 ザクレロを呼び戻せ!
 ヘルダート、コリントスM114用意! MSを叩け!」
 声を上げるナタル。しかし、その目からは涙が一粒こぼれていた。

 

 

 幾度もの振動に揺れるアークエンジェルの中、格納庫で、サイ・アーガイルはミストラルに乗ったままでいた。
 搬入作業終了後すぐの出航だったので出る間が無く、すぐに戦闘だと聞いていたので何となく乗り続けていただけなのだが……
 今は、ミストラルに乗っていた事を良かったと思っていた。
「こいつにも鉄砲がついてるんでしょう? 出してください!」
 通信機に向かって声を張り上げる。相手は、ブリッジの通信士。
『ミストラルで出る気か!? 死ぬぞ!』
 馬鹿を言うなと言わんばかりの反応だが、サイはここでは引けなかった。
「どうせ、この艦が沈んだら、みんな死んじゃうんですよ!
 なら、やらせてください!」
 戦闘は正直、怖い。
 それに、何をすれば良いのかも、はっきりとはわからない。
 それでも、この艦に乗っているだろうフレイを、自分が何もしないまま死なせてしまう事は出来なかった。
 可能なら守りたい。命を賭してでも。
 それが、自分に出来る事だと思ったから、連合軍に志願したのだ。
「お願いです! 砲台の代わりにくらいはなって見せます!」
『……わかった。確認する』
 通信士は、サイの熱意の前に折れた。
 もしサイが、ついさっきミストラルに乗ったばかりの学生だと知っていたら、誰も出撃は許さなかっただろう。
 しかし、サイは書類を提出しては居らず、サイの身上を知っているのは、数人の兵士だけだった。
 何より、連合基地に居た兵士を洗いざらい詰め込んだこの艦の中では、どんな兵士が乗っているのかを正確に把握している者など居なかったのである。
 それ故に、サイの事は連合のMAパイロット訓練生か何かだという誤解が生まれていた。
「……艦長。MAパイロットが、ミストラルで出撃すると言ってます」
 通信士は、ブリッジのナタルに報告し、判断を仰いだ。
「MAパイロット? 居るとは聞いていない」
 ナタルは、一瞬の思考の後に答える。正規のMAパイロットは、全滅したはずだ。
「どうも新兵らしいのであります」
 通信士はそう答えたが、事実はそうではない。しかし、今は事実を調べる時間などあるはずもなかった。

 

 

 ナタルは少しの間、考えを巡らせる。
 ミストラルで出撃しても、MSに対抗し得ない事は知っていた。
 しかし、今はアークエンジェル自体が危機にある時。僅かでもMSに隙が出来れば、それが転機になるかもしれない。
 パイロットを捨て駒にするような判断だが、打てる手は何でも打とうと……決めた。
「許可すると……いや、私が言おう。通信を回せ」
 ナタルは判断を下し、それを通信士に伝えさせようとしたが、思い直して自分が直接言う事にする。
 パイロットを死地に送り出す事への罪悪感から、パイロットに一言詫びたいと思ったのだ。
「つなぎます」
 通信士が通信を回す。手元のコンソールに、ミストラルのコックピットのサイが写り込んだ。
「……若いな」
『若いと戦いには出せませんか!?』
 サイの姿に思わず呟いたナタルだったが、直後に返されたサイの問いには首を横に振った。
「いや、出撃を許可する。MSに対して攻撃をしかけ、一瞬で良いから動きを止めろ。出来るか?」
『やってみます』
 緊張と押さえ込んだ恐怖に顔を青ざめさせながらも、サイの決意は固く、その目に迷いは無い。
 ナタルは、サイを前にして詫びの言葉は言えなかった。その決意を汚すような気がして。
 だから、ナタルは別の言葉を言う。
「必ず任務を果たせ」
『わかっています。必ず、この艦を守ります』
 サイの返事を聞いて、ナタルは通信を一方的に切った。そして自嘲含みの苦笑混じりに呟く。
「任務を果たせか……もっと違う事を言うべきだったかな」

 

 

 アークエンジェルをガモフが追いつめる一方、ミゲルとオロールのジンは、マリューのザクレロとの戦いを続けていた。
 戦うに連れ、ザクレロへの本能的な恐怖が薄らいでいるのは、ミゲルとオロールが優秀な戦士である事の証だろう。
 しかし、戦闘の状況は芳しくはなかった。
「くそっ! 追い切れない!」
 ミゲルがトリガーを引く。ジンが持つ重粒子砲がビームを放つが、それは高速で宙を走るザクレロの後ろを抜けていくに終わった。
 大きくて重く、取り回しの難しい重粒子砲では、ザクレロを追い切れない。
 それに、何とか当たっても装甲に阻まれ致命傷にはならない。
 装甲の弱そうな所を狙うという対艦戦闘などでのセオリーも、ザクレロ相手では速度が速過ぎて無理だ。
 ザクレロは単調にまっすぐ飛んで時々突っ込んでくるといった戦い方しかしないので、今のところは何とかなっている。
 元々ザクレロを引きつけての時間稼ぎが目的なのでそれはそれで良いのだが、倒す事が出来ないのはしゃくだった。
 そして、苦々しい思いをしているのは、ザクレロのマリューも同じ。
 ザクレロを駆り、その速度に潰されかけながら頑張っているのに、未だジンに有効打を与えていない。
「こんの、チョロチョロとぉ!」
 大回りで旋回しながら方向をジンに定め、突っ込みをかけて拡散ビームを放つ。
 しかし、ジンは小回りが利くところを活かして、巧みに射線上から逃げ回る。そして、チマチマとザクレロにビームを当ててくる。
 簡単に言うと、マリューがザクレロを上手く扱えず、攻撃が単調になってしまっている為に逃げられているだけだ。
 だが、だからといってマリューが急にザクレロを上手く扱えるようになるわけでもない。
 闘牛士に翻弄される闘牛の様に、何度も突撃を仕掛けるのみである。
 ただそれも、いつまでも繰り返しては居られない。

 

 

『ザクレロ聞こえますか?』
「……は……い」
 突然に聞こえた通信に、突撃時のGに耐えていたマリューは苦しい思いをしながら返事をした。
『現在、アークエンジェルが攻撃を受けています。早急に戻ってください』
 通信士は、アークエンジェルの危機を伝え、戻ってくるように連絡した。
 その連絡を聞きながら、マリューはオロールのジンに向かう。
 慌てて進路上から逃げ出すオロールのジン。
 拡散ビームのトリガーを引くタイミングを逸し、マリューはそのままザクレロを通過させる。
「アークエンジェルが!?」
 攻撃の間が空いてから、マリューは驚きの声を通信に返した。
 そして、即座に状況を確認する為、複眼センサーが戦場を広範囲に捉えて得た情報を改めて見る。
 すぐに、アークエンジェルがガモフともう一機のジンから不利な後方からの攻撃を受けているのがわかった。
「……わかったわ。すぐ行くから、ナタルに泣かないで待ってなさいって伝えて!」
 あの真面目なナタルだから大泣きはしないだろうが、涙目くらいにはなってるだろうと軽口を叩き、マリューはザクレロの進路をアークエンジェルの方へと向けようとする。
 しかしその時、進もうとした先をビームの光条が走り、ザクレロの行く手を遮った。
 それをしたのはミゲル。彼はザクレロの動きから、ザクレロがアークエンジェルの方へ行こうとしたのを察したのだ。
 ミゲルは続いて、ザクレロとアークエンジェルの進路上に割り込み、追い払う為に重粒子砲を撃ち放つ。
 その攻撃にはオロールも加わり、二人してザクレロを追い始めた。
『もう少し、俺達と遊んでいってくれないと困るんだよ』
 ミゲルが、わざわざ共用周波数で軽口を叩く。これはマリューにも聞こえていた。
『本当は、おっかねーけどな』
 オロールも、共用周波数でからかうように言う。
 コックピットの中、マリューは自分も共用周波数で通信を開いた。
「強引なナンパは嫌われるわよ、坊や達。わかったら、そこを通しなさい!」
 通信を送った後、一瞬の沈黙。そして、返信。
『うっわ、まさか女かよ!? 顔に似合わねーっ!』
『嘘だ。俺はそのMAには吠え声以外は認めねーぞ!』
 ミゲルとオロールの無遠慮な驚きの声。
 マリューは一瞬の内にぶち切れた。
「私のザクレロを馬鹿にするんじゃないわよ!」
 思わず、今まで加減していたフットペダルを思い切り踏みつける。
 直後、今までにない急加速。伴う強力なGの発生。
 ザクレロは一気に宙を切り裂いて飛ぶ……

 
 
 

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