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機動戦士ザクレロSEED_第09話

Last-modified: 2008-01-22 (火) 14:00:57

 戦火の中を避難する人々は、いつしか幾つかの流れとなって街の外を目指していた。
 戦いの最中にある街の中でシェルターを探すより、街の外へ逃れる方が安全と思われたからだろう。傷つき疲れ果てた人々が列をなして、街路を無言のまま歩き続ける。そんな中に、トールとミリアリアの姿もあった。
「大丈夫か?」
 顔を青ざめさせるミリアリアを気遣い、トールは聞いた。繋いだ手から、ミリアリアが震えているのが感じ取れる。ミリアリアは、努力して微笑んでみせた。
「大丈夫……まだ、歩けるから」
 ミリアリアの足は、震えに時折もつれ、転びかける時もある。疲れからではなく、恐怖からくる震えだった。
 無理もない。ここに来るまでに多くの死と狂気を見たのだ。
 トールも、恐怖に叫びながら全てを投げ出してしまいたいという衝動に駆られてはいた。それでも、ミリアリアを……誰よりも大事な人を守りたいという純粋な意志が、恐怖と狂気をかろうじて抑え込んでいた。
 しかし……それでも少しずつ、蝕まれていたのかもしれない。へリオポリスに蔓延した死と、全てを滅ぼしていく狂気に。
 そして、トールはそれを見る。
 人々が足を止めていた。もう少しで街の外へと出られる筈なのだから、足を止める理由など無いはずだ。それなのに、人々はある線を越えて前に出ようとはせず、そこに溜まっている。
 怪訝に思いつつトールが、その人溜まりに歩み寄った時、その声が聞こえた。
「戻れ! 戻って戦え!」
 叫ぶ男の声。人々の向こうから聞こえる声。それを聞いた瞬間、トールは耳を塞ぎ、しゃがみ込んだ。吐き気がしていた。
「トール!?」
 ミリアリアが、突然しゃがみ込んだトールに声をかける。
 その声すら、トールには遠く聞こえた。今は、男の叫び声だけが耳に響く。
「オーブの理念を守れ! 守って戦え!」
 その狂気に満ちた声は、トールの良く知る声だった。
 トールは跳ね上がるようにして立ち上がると、声を目指して走り出した。立ち止まる人々の間に強引に割り込み、押しのけ、声の上がる方向を目指す。
 そして、トールは人々の間を抜けた。
 見えたのは街路に立ち塞がる一人の男。何処で拾ったのか軍用エレカを道を塞ぐように置き、車体に装備された軽機関銃の引き金に手を置いて、人々に銃口を向けている。
 男は、人垣から飛び出してきたトールを見ると、うっすらと微笑んだ。
「トール……無事だったか」
「……父さん」
 トールの目の前にいたのは、トールの父親だった。
「何……やってるんだよ」
 軍用エレカに歩み寄りつつ、トールは泣き出しそうな顔で父親に聞く。
 父親は、笑顔を浮かべた。トールが恐怖を感じるほどに、場違いな明るい笑顔を。
「死んだ……皆、死んだ! 母さんも死んだ!」
 それを楽しそうに語る。
「オーブの理念を守らなければならない! でも、皆死んだ! 死んだんだ。でも、オーブの理念を守るんだ。だから、戦う。戦うんだ! どうして戦わない! 戦え! オーブの理念を守ろう! 戦おう! どうした! どうして戦わない!」
 父親の叫びは、いつしかトールに向けたものではなく、周囲の人々に向けられたものとなっていた。
 見開いた目を血走らせ、口だけは笑みに歪めながら、楽しげに声を弾ませ、それでも怒りを溢れさせる父親の姿は、トールの知る父親の姿ではない。
 父親は、狂気に駆られた見知らぬ男の姿で、人々に銃を向ける。
「オーブの理念を守ろうと思わないのか!? 何故だ!? 何故、オーブの理念を守ろうとしないんだ! 皆が死んでまで守ろうとしたんだぞ! 皆、死んだ! なのに何故、お前達は生きている……オーブの理念を守らずに何故生きている!? 何故死なない!?」
 狂気の叫び。そして、引き金が引かれた。
 父親は、軽機関銃を人々に撃ち込む。撃ち出される銃弾が、人々を次々に物言わぬ骸へと変えていく。人々の悲鳴さえ掻き消して、銃声が高らかに鳴り響く。
「オーブの理念を守って戦った者は死んだ! オーブの理念を守らない者は生きている! 死んだ者だけが、オーブの理念を守って戦う! 死ね! 死んでオーブの理念を守れ!」
 父親は哄笑しながら機関銃を撃ち続ける。逃げまどう人々の背中に向けて。
 銃撃を止めようと駆け寄ろうとした若い男の胸を貫き、弾から守ろうと子をかばうように抱きしめている母の頭を砕き、逃げ出す人々に押し倒され踏み砕かれた老爺の身体を弾けさせ、泣いて逃げ惑う少女の身体に幾発も撃ち込んで朱に染める。
 人が倒れる。次々に倒れる。瞬く間に、そこにあった命が消えていく。軽機関銃から排莢された薬莢が地面で跳ねる度、幾人もの人が死んでいく。死ねば死ぬほどに、父親は嬉しそうに声を上げる。
「死ね! 死んだ者だけがオーブを守って戦った者だ! 死ね! 皆死ね! 死んでオーブの理念を守れ! オーブの理念を守れ! オーブの理念を守れ!」
「…………父さん!」
 トールは、その男をそう呼ぶのは最後だと悟っていた。
 その手には、父親から渡された拳銃。それを父親に向け、トールは引き金を引く。
 あっけないほどの軽い音と同時に、機関銃は止まった。

 

 

 一尉は、部下を伴ってシェルターの外に出た。
 シェルターがあるのは、オーブ軍の訓練場として使われていた小高い丘。ここから遠く、燃える街とZAFTのMSジンが見える。
 シェルターの出入り口からそう遠くない場所に、対MS用ホバークラフトが用意されていた。これが、このへリオポリスに残された最後の戦力である。
 ツインローターを回しながら離陸を待つそれに、一尉は歩み寄る。途中、整備の兵からヘルメットを受け取った。
「我々も必ずや後を追います」
「先に行かせてもらうぞ」
 整備兵の敬礼に笑顔で答え、一尉は対MS用ホバークラフトのパイロットシートに座る。ガンナーシートに座るパイロットは、少し笑って言った。
「一尉。オーブの理念を守る為の戦いに同道できて光栄です」
「うむ……一緒に、ZAFTにオーブ軍の意地を見せてやろう」
 一尉は表情を引き締め、操縦桿を握りしめる。
 すでに命は捨てていた。オーブの理念の為に、ウズミ・ナラ・アスハへの忠誠の為に……

 

 

 へリオポリスの外。宇宙空間。
 戦闘が始まって以降、メインの港湾部以外の場所にあるドックから、何隻かシャトルや宇宙船が脱出をしていた。
 港湾部の外で待つZAFTのローラシア級モビルスーツ搭載艦ガモフでは、それを確認してはいたが、一応の警戒をするにとどめ手を出さずに放置している。
 いちいち臨検して回るには手が足りないという単純な理由からだ。
 しかし、それが姿を現した時、ガモフの艦橋は騒然となった。
「大型艦がへリオポリスから脱出しています」
 新たに、へリオポリスから出航した大型輸送船がモニターに映る。そして……
「艦に随伴する物有り! MSです!」
 モニターには、大型輸送船に随伴するMSが見えた。奪取した連合製MSに似た機体が3機、輸送船を守るように飛行している。
「……手を出すな! 行かせろ!」
 ゼルマンは素早く命令を下す。
「艦長、行かせて良いのですか?」
「今戦える戦力はないからな。見逃すしか無いだろう」
 ゼルマンは、部下からの問いに、わずかに迷いながらもそう答えた。
 本来なら、戦いたいところだ。しかし、稼働するMSは1機だけで、しかも出撃中。これ以上の作戦行動はとれるものではない。
 一応、奪取した連合MSを出撃させる手はある。しかし、せっかく奪取した連合MSを破壊される危険を考えれば、それは最後の手段として以外は使えない。
 謎のMSを擁する輸送船が攻めてこないのは、へリオポリスを奪還するよりも輸送船の脱出を優先させた結果だろう。
 MSは、いわば見せ札だ。MSの存在がなければ、あの規模の輸送船なら必ずや中を怪しみ、砲を使って足を止めて戦闘終了後にでも臨検して、中身を確認しただろう。だから輸送船側は、戦力がある事を見せて、こちらの動きを封じに来た。
「今は、オーブがMSを所有するという情報だけで十分だ。出来る限り、観測しておけ。貴重な情報となる」
 ゼルマンのその命令で、艦橋のクルーはある限りの観測機器を輸送船に向ける。
 その観測下、輸送船はMSと共に悠々と地球方面へ消えていった。

 

 

 死体の折り重なる街路。
 トールは、自らの手で殺した相手を見下ろしていた。不思議と、何も感じない。
「……トール」
 ミリアリアが沈黙を破って声をかける。その声に、トールは何事もなかったかのように振り返った。
「ああ……行こうかミリィ」
「あ……あの、お父さんの事……」
 ミリアリアは軽機関銃にもたれるように死んでいる男の顔を見て口をつぐんだ。男は、死の後も狂気に歪んだ笑顔で居る。
 トールは、それら全てを背に歩き出していた。
「行こう」
「……うん」
 先に立つトールの後を追って、ミリアリアは歩き始める。
 無言で歩く二人の前に、ようやく街を抜けた先の平原が広がった。二人の他にも、生き残った避難民達が、同じように平原へと歩み出していく。
 この先は開発地域とやらで、何もない平原や森が続き、外壁に当たるまでは何の施設もない。もちろん、シェルターも無い。今は誰もが当てもなく、歩いているだけだ。
「オーブは平和な国だと思ってた」
 ふと……ミリアリアが独り言のように言う。
「連合とプラントが戦争になっても、自分には関係ないって思ってた。毎日、いつも通りに平和があるって思ってた」
「でも、違った。それに、もう一つ間違ってた事がある」
 トールは自嘲気味に笑う。
「オーブの理念は何も守ってくれない。大人は、オーブの理念があるからオーブは平和なんだって教えてたけど……全部、嘘だ」
「な……何もそこまで。オーブの理念は素晴らしい事よ?」
 ミリアリアは、トールの達観を認められなかった。
 オーブの理念の素晴らしさは、オーブの国民にとって常識だった筈だ。トールが、それを否定するなど、ミリアリアには信じる事すら出来なかった。
 だが、トールは既に悟っていた。自分の中にあった疑問と、その答えを。
「その素晴らしい理念が何を起こした!? みんなを殺しただけじゃないか!」
「それは……みんなが死んだのは戦争だから! オーブの理念は間違ってない! また平和に暮らせる日が来るわよ!」
 トールの言葉を必死で打ち消し、そしてミリアリアは悲しげに声を落とす。
「……トール。落ち着いてよ。トールまでおかしくなっちゃったら、私……」
「落ち着いてるよ……父さんを殺しても何も感じないくらい」
 トールは苦しげに言葉を吐き出し、そして黙り込む。
 ミリアリアは、そんなトールに涙を落とした。
「トール……」
 ミリアリアは、歩くトールの前に回り込み、抱きつくようにして彼を止める。そして、背伸びするとトールと唇を重ねた。
「…………」
「……トール」
 唇を離し、ミリアリアはトールの顔をまっすぐに見つめて言う。
「好きよ、トール。こんな時だけど……こんな時だから言わせて。好き……トールがどんな時でも、私がずっと一緒にいてあげるから」
 ミリアリアは、トールの冷たく凍った表情を暖めようとでもするかのように、トールの頬にそっと手を添える。
 トールは、ミリアリアのその手に、自分の手を重ねた。
「いきなり、何だよ」
 そう言った後、トールは少しだけ笑う。ミリアリアは、その笑みを見て安心したように微笑み、トールの顔から手を離した。
「今、言わないとならない気がしたの」
「後でも良いじゃないか。安全になった後でも」
 トールは少し呆れたように言って再び歩き出す。その背に、ミリアリアは呟く。
「ううん……今なのよ」

 
 

 その後、二人は黙ったまま当てもなく平原を歩いた。
 他の避難民達も同様、当てもなく歩いている。おそらく、このまま戦闘が終わるまで逃げまどうのだろう。
 と……トールは、道から外れた場所にある森の側に何かがあるのに気づいた。目をこらすと、どうもそれはエレカらしい。そのエレカの側で、何かが動いていた。
「……何だろう」
「どうしたの?」
 トールは道を外れ、そのエレカを目指す。ミリアリアも、トールの後をついてきた。
 近づくにつれて、動いていたのは幼い女の子だとわかる。女の子は、エレカの運転席の側で、中に向かって必死で呼びかけていた。
「ママ! ママぁ!」
 その声を聞いてトールは、エレカに向かって走りだす。
 エレカの中には女性が一人、ハンドルにもたれて倒れていた。おそらく、女の子の母親だろう。彼女は、まだ息があったが、右肩から下が鮮血に赤く染まっている。
 車の事故ではない。見れば、エレカの表面にかなりの数の弾痕が穿たれている。
「大丈夫ですか!?」
 トールは運転席に駆け寄って女性に声をかけた。
「私、お医者さんを探してくる!」
 ミリアリアは、トールにそう言うと避難民の達の方へと走って戻る。
 一瞬、トールはミリアリアを呼び戻そうとした。しかし、そうする理由はない。何かを言わなければならない気がした。だが、それが何かわからない。
 この女性を助けた後で考えようと……トールはそう考えてしまった。
「今、医者を呼びに行きましたから!」
 女性に声をかけながら、トールはエレカのドアを開けようとする。その時、女性が掠れがちな声でトールに言った。
「お願い……娘を……この子を……シェルターへ…………」
「ママ!」
 母親の声に、少女は涙声で叫ぶ。その声を聞いてか、女性は少しだけ顔を上げ、少女に向けて微笑んだ。そして、トールの瞳を見据える。
「大事な物は……この子に……地図も…………」
「大事なって……この鞄ですか?」
 少女はが背負った小さなリュック。それをトールは指さす。女性は微かに頷いた。
「そう……お願い。この子だけでも……助けてください」
「しっかりしてください! 貴方も今、助けますから!」
 トールは言うが、何かできるというわけでもない。止血くらいは出来るかと、ドアを開けようとするが、銃撃を受けた時に歪んだのか運転席側のドアは開かなかった。
 女性は、泣いてドアにすがる少女に語りかける。
「エル……ママは、パパのところに行くのよ……パパと一緒に……見守ってるから……ずっと一緒だから……泣かないで、元気に…………」
 そして、女性は糸を切られた操り人形のようにパタリと倒れ伏した。
「ママぁ! いやぁあああああっ! 起きてぇ!」
 少女の悲鳴のような声。そして同時に、トールは空に爆音を聞いた。

 

 

 街が燃え始めていた。砲火により始まった火災は消し止める者もなく……燃え広がり、手をつなぎ合うように一つの巨大な炎となり、天を焦がす勢いで燃え盛る。
 街路に倒れた骸の上に火の粉が降り落ちていき、弔いの灯の様に燃えていた。
 オーブ軍、そしてレジスタンスも、さすがにもうミゲルのジンに攻撃を仕掛けてはこない。もう、戦う意志のある者は、ほとんど全滅したのだろう。
 それでも掃討戦の意味も込めて、残敵を探して地上を探るミゲル。
 今までの敵は全て地上から。だから地上を警戒する……しかし、敵は空から攻撃を仕掛けてきていた。
 敵の接近を知らせる警報が鳴った直後、ジンは背中に撃ち込まれたミサイルに吹っ飛ばされる。
「……何ぃ!?」
 ミゲルは、衝撃に揺れるコックピットの中、素早くジンを操作して転倒を防いだ。だが、肩の付け根にミサイルの直撃を受けた右腕が重機銃を握ったまま外れ落ちる。
「ちぃ……ラッキーだ! 背中からコックピット直撃なら死んでいた!」
 ミゲルは恨み節を語る事はせず、今の不意の一撃で死ななかった事を喜んだ。
 振り仰いだ空に見えるのは対MS用ホバークラフト。ジンにまっすぐ突っ込んできたそれは、再びミサイルを放つ。
 ミサイルは、地面に落ちていた重機銃に突き刺さり、炸裂して、装填されていた榴弾の誘爆を誘った。
 至近で起きた爆発に、ミゲルのジンは再びその姿勢を崩す。そこに、20mmガトリングガンが撃ち込まれ、ジンの装甲表面で無数の火花を散らせた。
 装甲で弾いた分はダメージにならないが、関節などの装甲の薄い部分に食らうと障害が出る。
 たちまち、異常を知らせる警報が幾つも鳴り始めた。
「うるさい、拙いのはわかってる!」
 機体が壊れたわけではない。ミゲルは、バーニアを噴かしてジンを飛び上がらせた。
 ほぼ同時に、ジンが先ほどいた場所にミサイルが着弾する。
 それを確認してすぐに着地。そしてミゲルは、左手で重斬刀を抜いた。
 対MS用ホバークラフトは、ジンが射撃武器を失ったのを見て取ったか、高度を上げて距離をとろうとしている。上空から、ミサイル攻撃を一方的にしかけるつもりだろう。
 格闘武器では、上空を攻撃できない。常識的な判断だ。だが、
「あんた、腕は良いけどMSって物をわかっていないな」
 ミゲルは余裕を見せて笑い……ジンに重斬刀を構えさせる。
「MSってのは、汎用性。使い方次第なんだよ!」
 そしてジンは、おもむろに重斬刀を投げた。
 投げるに向いた形をしてるわけではないので、ただの棒を投げたのと大差はなかったが、堅くて質量のある物をぶつければ、十分にダメージにはなる。
 遠距離攻撃はないと高をくくっていた対MS用ホバークラフトの反応は一瞬だけ遅れた。すぐに回避に移ったが時遅く、重斬刀の剣先が横殴りに対MS用ホバークラフトを襲う。
 この一撃を受け、対MS用ホバークラフトは機体側面の一部を爆発させて黒煙を上げ、空中でバランスを崩し、その機首を地上に向けて落下を始める……
 そんな対MS用ホバークラフトの中、一尉はまだ意志を保っていた。
 操縦桿を握りなおし、落ちていく対MS用ホバークラフトの姿勢を立て直す。
「まだだ……オーブの理念を……」
 もう、MSを倒す事は無理だろう。では、どうするか?
 一尉は地表に目をやる。そして、平原に人が集まっている場所を見つけた。間違いなく、オーブの理念の為に戦わず逃げた者達だ。
 最後に倒すべき敵を見つけた一尉は微笑んだ。
「オーブの理念を汚す者……」
 一尉は、操縦桿を握って進路を敵に向けた。

 

 

 空に響く爆音に、トールはとっさに空を見上げた。
 見えたのは、黒煙を上げながら落ちてくる対MS用ホバークラフト。
 それは、落下途中でコントロールを回復して機首を上げる。これで落下は免れたとトールは思った。
 だが……対MS用ホバークラフトは、再び地上に機首を向ける。明確な意志の元に。
 落ち行く先にあるのは避難民の群れ。そして、トールはそこにミリアリアの姿を見た。
「やめろおおおおおおおおおっ!」
 絶叫。そして、トールは走る。
 遠く見えるミリアリアも、トールに向かって走っていた。
 祈る。一刻も早く逃げてくれと。しかし、遅い。
 トールは、ミリアリアに向けて手を伸ばした。遠い。届かない。
「ミリィ……!」
 トールの思考が凍る。世界の全てが止まる。無限の長さに伸ばされた一瞬の中で、トールの思考は叫ぶ。
 言いたい言葉があったはずだ……何故、言わなかった? 後で良いと……
 手を伸ばす。届かない。
 ミリアリアの顔に恐怖はなかった。不思議と笑顔に見えた……
 ……ミリアリアの背後に対MS用ホバークラフトが落ちる。爆発。
 爆風に煽られてミリアリアが飛ぶ。破片が彼女の身体を斬り裂き、貫いていく。彼女の形が崩れる前に、追いついてきた炎が彼女の身体を包み込んだ。
 言いたい言葉はもう届かない。ただ一言で良かったのに。
「……僕も君の事が……」
 言葉が形になる前に、爆風の残滓がトールを押し倒し、轟く爆音が残りの言葉を掻き消した。

 

 

 ミゲルは、対MS用ホバークラフトの墜落を確認した。
 それから、ミゲルは再び残る敵を探す。
 1台の軍用トラックが突っ込んでくるのが見えた。荷台の上にまで人を乗せ、こちらに銃を撃ってきている。
 見た目、つなぎの作業服を着る彼らは整備兵のようだった。なのに何故、戦場に出てきたのかは、ミゲルには理解も出来なかったが。
 とりあえず、ミゲルも警戒しながらジンを近寄らせていく。軍用トラックから、ロケット弾やミサイルの攻撃はない。銃も景気付けに撃ってるだけの様に見える。
 瞬間、ミゲルは敵の意図を察した。
「またか!」
 今日の戦いで、何度かやられている。今までは重機銃で離れている内に破壊できたが、今は武器がない。
 ミゲルは、バーニアを噴かせて軍用トラックに急接近した。そして、思い切りそれを蹴り飛ばす。
 上空高く蹴り上げられた軍用トラック。それは空で大爆発し、炎と破片を地上に降らした。
 爆薬を満載して、ジンに近づいて爆発させるつもりだったのだ。もちろん、乗っていた連中が死ぬ事など、最初から織り込み済みだろう。
「……オーブ軍は正気じゃない」
 舌打ちしながらミゲルは言う。
 と……その時、通信機が鳴った。
「はい、こちらミゲル」
『こちらガモフ。状況はどうか?』
 連絡してきたガモフの通信兵に、ミゲルは冷静に報告を返した。
「へリオポリス内の主戦力の掃討を完了。当方の被害ですが、ジンは中破。武装も失いました」
『自力での帰還は可能ですか?』
 問われたので、ミゲルは機体をチェックする。色々と故障が出ているが、足とバーニアは無事だ。
「歩行に支障なし」
『了解。陸戦隊が、港湾部の敵の掃討を完了。奪取に成功した。港湾部からヘリオポリスを脱出せよ。ガモフが回収する』
「了解。これより帰還します」
 返答し、通信を切ってから、ミゲルは深く溜息をついた。
 何か、酷く疲れた気がする。
「これで……ヘリオポリスの制圧は完了か。何か、酷く無駄な戦いをした気分だ」
 そもそも、どうしてヘリオポリスのオーブ軍やレジスタンスが戦いを選んだのか? 今日、戦場に出てきた兵器を見れば、戦う前から結果がわかりそうなものだ。
 それに、オーブ軍やレジスタンスは、躊躇無く市民を巻き込んでいた。
 ミゲルはそれを苦々しく思う。
 一応、軍人として市民を守るという心得は教えられてきた。ZAFTの軍人は、英雄志向が強い。英雄は弱い者を守るのだという単純な教えである。
 当然の様に個人差は大きく、弱者の保護よりも戦果をとる者も少なくはない。
 ミゲルはというと、どちらかというと中道。個人的に戦果を上げて給料を稼がねばならない事情があるが、かといって心が痛まぬほど非道でもない。
 今日、何人、武器を持たない市民を殺したのだろうか?
 ナチュラルを殺しただけならまだ良いが、ここがオーブ領である事を考えると、少なくない数のコーディネーターも殺した事だろう。敵国人とは言え、同胞殺しはさすがに気がとがめる。
「こんな狂った戦いはもうたくさんだ……帰ったら、オロールの奴にたかり尽くしてやる! 本来ならあいつの任務だったんだからな!」
 無理に気合いを入れながら帰還の途につくミゲル。
 彼が去った後には、砲火に砕かれ炎に焼き尽くされた廃墟と、無数の屍のみが残されていた。

 

 

 トールは、這う様に歩いて、黒い欠片を拾う。指がないが、たぶん手。
 その部品を大事そうに手に取り、トールは既に並べられている部品の所に付け足す。
「手だよミリィ。指がないけど……ごめん、まだ右足が見つからないんだ。見つけないと、歩けないよね。……うん、君のお父さんとお母さんも待ってるよ。僕の父さんも、母さんもね。ちょっと待ってて……」
 トールは、黒こげの部品を集めていた。また這い回り、今度は足を見つけてくる。遠くに飛ばされていたので、ちょっと時間がかかった。
「お待たせ……足だよ。これで、行けるだろう?」
 部品は、かろうじて人とわかるくらいにはそろっていた。
 でも、ミリアリアの顔が見つからない。
 もう一度、ミリアリアの笑顔が見たかった。見る事が出来たら、言いたい言葉がある様な気がしていた。
「……お兄ちゃん」
 少女が、怯えながらトールに話しかける。人の物とも思えない死体に優しく話しているトールの姿は怖かったが、少女には他に頼る人はいなかった。
 少女の名前はエルと言った。トールは、エルを見ると虚ろな笑顔を見せる。
「ああ、そこにいたんだ。探したよ……ミリィ」
 トールは怯えるエルに歩み寄って、優しく彼女を抱きしめた。
「探したんだ……居なくなったかと思った。でも、そんな事無いよねミリィ」
「ち……違うよ、私、ミリィじゃ……」
 エルは言いかけたが、トールの焦点を結ばない目が怖くて黙り込んだ。
 トールは、エルの声が聞こえていなかった様子で、何の反応も見せないままエルの背負うリュックに手をやる。
 中を探ると、数枚のディスクと地図が出てきた。地図には、この先の森の中にある森の管理小屋の位置と、何やらパスワードらしき英数字の羅列が書かれている。
「ここがシェルター?」
「うん……ママが、パパが作った秘密の場所なんだって」
 エルの記憶に、今日の出かけがけにママの言っていた言葉がよみがえる。そして、移動中にあった出来事……怖い人達に追いかけられ、ママが怪我をし、死んでしまった事が……
「ママと……逃げる筈だったの」
 涙を溢れさせるエルを、トールはまた優しく抱きしめる。
「泣かないでよミリィ。僕が守るから。必ず……必ず守るから。ずっと一緒にいるから。だから、笑ってよ」
「……私、エルだもん」
 守ると言ってくれる事、ずっと一緒にいてくれる事、優しく抱きしめてくれる事は嬉しい。でも、やっぱりトールは怖い。
 エルは、涙を拭ったが、笑顔を見せる事は出来なかった。
「笑って……駄目かな? じゃあ」
 トールは少し困った様子で考え込んだ後……少し照れた様に微笑む。
「恥ずかしいけど、さっきミリィもしてくれたから」
「え?」
 トールは、驚き戸惑うエルの唇に唇を重ねた。

 

 

 シャトルの窓の向こう、ヘリオポリスはどんどん小さくなっていく。
 カガリは、あふれ出す涙が水滴となってシャトル内に漂うのもかまわず、ヘリオポリスを見つめながら涙を流していた。
「……お前達の死は無駄にしないぞ。約束する」
 決意の言葉を、繰り返し、繰り返し、カガリは呟く。
 ヘリオポリスで流された尊い血は、オーブの理念を守る為に必ずや貢献するだろう。カガリは、その事に確信を持っていた。
 シャトルは緩やかに地球を目指す。数日後には、カガリはオーブ本国に着くだろう。
 そして、国民はヘリオポリスの悲劇を知り、涙し、英雄達をたたえ、そして改めて理解するのだ。オーブの理念の大切さを。
 オーブは、今以上にオーブの理念を大切にするだろう。そして、オーブの理念に背く者は、改心の涙を流す事となるだろう。
 カガリは、オーブの理念が絶対となる理想的国家を思い、その礎となったヘリオポリスの英雄達を思って涙する。
「オーブの理念の為に……私も、私の戦いを全うし、お前達に報いる。約束だ」
 ヘリオポリスは遠く見えなくなりつつある。
 そして地球は、きわめてゆっくりとだが、その姿を次第に大きくしていた。

 

 

 二人が歩いた時間は、そう長くはなかった。
 なおキスの事は、エルがあまり良くわかってなかったので、特に問題とはなってない。エルにしてみれば、それでトールが少し怖くなくなったので、それで良かったのだ。
 二人は仲良く歩いて、地図にあった管理小屋に入り、そこに置き捨てられていた様な古いコンピューターを起動させた。
 コンピューターが管理者のパスワードを要求してくるので、地図にあったパスワードを入力する。と、管理小屋の床の一部が開き、中へ降りていく階段が現れた。
 二人は素直にそこを降りていく。かなりの深さまで続く階段を下りきり、頑丈な気密扉をくぐって中に入る。中には、シェルターらしからぬ豪邸の様な空間が広がっていた。
「これは……凄いな」
 トールはさすがに驚きながら、つややかに磨かれた廊下の上を歩いていく。エルの方は、こういった場所に慣れている様で、驚いては居なかった。
 二人は、手を繋いで歩きながら、シェルターの中を見て回る。
 家族用の寝室や居間。保存食を満載した食料庫。何やら金目の物がたくさん積まれた部屋。ちょっとした会議室やコンピューター室。超長距離通信の設備まである。
 トールには知るよしも無かったが、ここはヘリオポリス行政官が密かに作り上げた、彼と彼の家族の為のシェルターだった。
 不正に蓄財した財産の隠し場所と言っても良い。
 ただ、入り口が遠いという理由だけとってみても、緊急避難には全く役に立たない事がわかる。実際、先の連合MS奪取の為のZAFT襲撃の時、エルと母親は別のシェルターを利用していた。
 ともあれ行政官は、彼自身とその家族を守る事を夢想しながらここを作り上げ、それを果たすことなく散ったわけだ。
 そして、ここはセイラン派の極秘の拠点としての意味も持っていた。行政官の私財のみならず、セイラン派にとって重要な物も隠し置かれている。
 トールとエルの二人は、シェルターの中を回った後、最後に格納庫を開けた。
 そこでトールは、それに出会う。連合のブルーコスモス派閥に親しいセイラン派が、そのつてを使って手に入れた物と。
 格納庫にあったのは、緊急脱出用のシャトルと……それ。
 それを見た時、エルは怯えてトールの背に隠れた。
 一方トールは、魅せられた様に、それに向かって歩みを進めた。

 

 それ……シャトル並みの大きさの機体。単眼が幾つかついた蜘蛛の様な姿。後方に長く伸びる2本の大型スラスター。巨大な鎌になっているマニピュレーター。正面に向けて搭載された2門のビーム砲と左右に4連ずつで計8連のミサイル発射口。

 

 明らかに兵器であり、無機的な威圧感を冷ややかに放っている。
 トールはふらりとそれの前に立った。
 機体に、ネームプレートが貼り付けてある。
 その名はこう読めた。

 

 TS-MA-04X ZAKRELLO testtype code:mystere1

 

「ミステール1……」
 その名を呟くトールは、滲む様な狂気をまとっていた。