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機動戦士ザクレロSEED_第16話

Last-modified: 2008-10-13 (月) 21:30:23

 客船シルバーウィンドの船体、中央の客室が集中するブロックの外殻、その一部分が爆ぜて、中から一基の脱出ポッドが射出された。
 脱出ポッドは射出の勢いを維持して、船体から高速で離脱していく。
 船が爆発しても安全と言える距離までは、自動操縦で移動する様に設定されているのだ。
『ザクレロ、聞こえますか? ザクレロ』
「はい、こちらザクレロです」
 脱出ポッドの射出をモニターに捉え、その行く先を自動計算させていたマリュー・ラミアスは、通信機からの呼びかけに答えた。
『脱出ポッドの追跡と捕獲を。必ず、中身を生かしたままでお願いします』
「了解!」
 手短に答え、マリューはフットペダルを踏みこんだ。今日までの訓練の成果もあり、ザクレロは緩やかに加速を開始する。
『よぉ。いつもみたいに突っ込んで、目標をぶっ壊すなよ』
 ザクレロが動き始めたのを見たのか、ムゥ・ラ・フラガから通信が入った。
「了解、隊長殿。うるさいわね。黙って見ていてよ」
 律儀な返事を返してからマリューは、砕けた口調で付け足して言い返す。通信で返ったのはムゥの苦笑混じりの声だった。
『ああ、俺の愛機じゃ、脱出ポッドを捕まえるなんて出来ないからな。高みの見物と行かせてもらうさ』
 メビウス・ゼロではアームが無いので捕獲が出来ない。ついでに言うと、ミストラルでは脱出ポッドに追いつく為の速度が無さ過ぎる。つまり、今ここではザクレロ以外に出来る事ではない。
「そうしてちょうだい。ザクレロの活躍を見せてあげるんだから」
 マリューは通信機にそう告げて、ザクレロの速度を更に上げた。瞬く間に、シルバーウィンドが遠くなり、代わりに脱出ポッドが近寄ってくる。
 ザクレロの速度に比すれば、脱出ポッドの速度も、はっきり遅いと言えるわけで、追いつくだけの事ならばそう難しい事もない。
「まあ、有る程度逃げれば、脱出ポッドも速度を落とすはずよね……それから、仕掛けようかしら」
 船の爆発などから逃れる為に、最初はそれなりの速度で移動する脱出ポッドだが、安全圏まで逃げた後は速度を落とす。
 理由は、事故現場からあまり遠くに離れると救助が来た際に発見が困難になると言うのが一つ。高速で移動を続けた場合にデブリにぶつかったり地球の引力圏に捕まったりと言った二次災害に見舞われる可能性がある事が一つ。
 脱出ポッドはそう遠く行かないうちに止まるだろう。確実な確保こそが大事なら、急ぐ事はないはずだ。
 そう考えて、マリューは脱出ポッドを確実に追尾する事を考える。
 しかし、その時、ザクレロのコックピット内に警報が響いた。
 マリューはモニターに書き込まれた警告メッセージ、そして後方の視界を映し出したモニター内のウィンドウを見て、驚きの声を上げる。
「後方から敵機!?」
 そこには、猛烈な勢いで追い上げてくる一機のシグーの姿があった。

 

 

 マリューを見送った後、ムゥにはシルバーウィンド内から出てくるMSの撃墜が命じられた。
 しかし、出てくる場所はわかっている。待ちかまえて撃つだけ。楽な仕事の筈だった。
 ムゥはメビウス・ゼロを操り、敵の出てくるハッチに照準を合わせ、トリガーに指を乗せる。
 だが、ハッチが開いた瞬間に目に飛び込んできた敵機に、ムゥは思わず声を上げていた。
「あいつか!?」
 見覚えのあるシグー……ヘリオポリスで戦ったのはそう遠い昔ではない。
 その記憶が、ムゥを焦らせた。
 とっさに操縦桿を倒し、フットペダルを踏み込んで、ほぼ停止状態に置いてあったメビウス・ゼロにまるで蹴り飛ばされたかの様な急発進をさせる。
 ムゥが想像した通り、ラウ・ル・クルーゼがパイロットなら、単純な攻撃では逆に撃墜されてしまう。ムゥのとった行動は、敵がラウであったならば正解だった事だろう。
 しかし、シグーはムゥの予想とは全く違った行動をとった。
 シグーはハッチから出るや、メビウス・ゼロはもちろん、近くに転がる好目標の筈のシャトルやドレイク級宇宙護衛艦ブラックビアードも無視して、まっすぐに宇宙へと飛び出していく。飛び去った脱出ポッドを追って。
「しまった、別の奴か!」
 ムゥが悔やんで声を上げる。
 メビウス・ゼロとシグーの軌道は交差した。すなわち、シグーを追うには大きな方向転換を伴い、時間を浪費せざるを得ないと言う事。
「くそ、何かあいつが居る様な気もしてたせいで、見誤った!」
 ムゥは、何故かは知らないがラウが居る事をいつも察知出来ていた。
 今は、いつも感じる様な感覚ではなく、何となく気配があるか無いかの様な曖昧な感覚がある。気のせいと言われれば、それで納得してしまうような曖昧な感覚だ。
「未熟な部下がついて、俺も神経質になっちまったかねぇ」
 軽口を叩きながらムゥは、メビウス・ゼロを方向転換させようとする。
 と……突然、通信機からブラックビアードのオペレーターの声が響いた。
『メビウス・ゼロ! 聞こえますか!?』
「了解、聞こえてる。一発目を外して逃がしたが、なーにこの失点は次のターンで……」
 MSを逃がした事に対する何かの連絡だと考えたムゥの言葉は、最後まで言う前にオペレーターの声に打ち切られた。
『命令を変更します! 新手の敵MS二機が接近中! ブラックビアードの直掩に戻ってください!』
「了解! だが……直掩? 迎撃に向かわせてくれ!」
 守るより、叩きに出た方が良い。ザクレロが抜けている今、MSと戦える戦力は自分しかないはずなのだから。
 しかし、その申請はややあってから拒否された。
『アークエンジェルが迎撃を試みます。メビウス・ゼロは直掩で』
 ムゥは瞬間的に、アークエンジェルとその直掩についているサイ・アーガイルの事を思い浮かべる。
 アークエンジェルは損傷を受けている上に人員不足だし、サイに至っては半人前以下だ。迎撃などと簡単に出来るはずもない。
 だが、ブラックビアードの考えも理解出来ないではない。
 メビウス・ゼロを迎撃に出し、もし敵がそれをすり抜けてきたら……あるいは更に別方向から敵が出現したら、シルバーウィンドと接舷中で満足に動けないブラックビアードが無防備で襲われる事になる。
 防衛戦力を完全に無くしてしまう訳にはいかないのだ。
 メビウス・ゼロを残せば、最悪の場合でも、アークエンジェルとミストラルとの戦闘で消耗した敵を迎撃する事が出来る。ブラックビアードが生き残れる確率は高くなるだろう。
 ムゥはそれでも迎撃に参加したかったが、命令を無視して突っ込むわけにも行かない。苦渋の選択の末、ムゥはブラックビアードに怒鳴り声を送りつけた。
「……了解! だが、アークエンジェルが拙くなったら、俺も迎撃に向かうぞ! そう何度も、母艦を落とされてたまるか!」

 

 

「敵は二機……シミュレーションでやったぞ」
 MAミストラルのコックピット。サイは、遠くから迫ってくる二機のジンを映し出すモニターを睨み付けながら、自分に言い聞かせる様に呟いていた。
 しかし、シミュレーションでは全敗だったのだ。気を重くする要素とは成り得ても、安堵が湧いてくるわけもない。
 搭乗している砲戦型ミストラル改は、アークエンジェルのメカニック達が改造した機体で、先の戦いでジンから奪い取ったM69 バルルス改特火重粒子砲とメビウス用装備だった有線誘導対艦ミサイル四基が追加で取り付けられている。
 通常のミストラルよりはよっぽどましではあるが、所詮はましな程度だとも言える。
『アーガイル准尉、聞こえているか?』
「は、はい!」
 通信機からコックピットに流れた、ナタル・バジルール艦長の声に、サイは我に返った様に返事をした。
 緊張を悟られたか……と、サイは失敗した気分になって顔をしかめる。
 だが、緊張している事を知られたからといってどうなる物ではない。サイの代わりとなる者は居ないのだから、少なくとも出撃が取り止めになるという様な事はない。
 だからか、ナタルの声には特に変調はなかった。
『落ち着いていけ。アークエンジェルの攻撃に合わせろ。良いな? 攻撃開始のカウントは、こちらで取る。待機しろ』
「了解です」
 返事をして、サイはモニターに目を戻す。ジンは極めて順調に距離を詰めてきており、モニターの中でその大きさを増してきていた。

 

 

 アークエンジェルは、接近してくる敵MSに対して正対し、船体をやや下向きにする事で艦正面上方を敵に向ける。武装を最も生かせる体勢だ。
「バリアント、ゴットフリート! 用意!」
 艦長席から、ナタルが指示を下す。
 それを受け、艦に装備された110cm単装リニアカノン「バリアントMk.8」二門と、225cm2連装高エネルギー収束火線砲「ゴットフリートMk.71」二門が動き出す。
 当たればMSを一撃で破壊しうる砲撃ではあるが、元来、対艦用である為、MSやMAの様な小型の目標に確実に当てられる様な精度は持っていない。敵が遠ければなおの事。
 また、MSはその進路を僅かずつランダムに変える回避機動を行い、砲の照準をあわせる事を許さない。手足を振る事で、それを容易く出来る事が、MSが戦場で優位に立つ理由の一つである。
「撃てぇ!」
 ナタルの声を受け、砲は各々砲撃を開始した。
 ビームが光の線となって宇宙を貫き、ジンのやや近くといった所を貫く。当たらない。
 リニアカノンの砲弾は流石に見えないが、敵が健在という事は外れているのだろう。
 やはり、砲撃が当たる事はそうそうない。
 二機のMSは、砲撃に気付くや素早く艦に対して横方向に大きく移動した。回避機動の幅を大きくして、まぐれの直撃や至近弾を避ける為だ。前進速度は鈍ったが、それでも地道に接近してきてはいる。
「ヘルダート、コリントス発射!」
 砲撃が外れた事を確認後、ナタルの指示が飛んだ。
 艦橋後方の十六連艦対空ミサイル発射管から対空防御ミサイル「ヘルダート」十六発。
 艦尾の大型ミサイル発射管の内、前方に向けられた物十二基から、対空防御ミサイル「コリントスM114」十二発が放たれる。
 直後、ナタルはミストラルのサイに指示を下した。
「アーガイル准尉! 敵へのミサイル攻撃後、狙って撃て!」
『りょ、了解!』
 サイからの返答。やはり、緊張の色は消えていない。しかし、既に戦いは始まってしまっている。
 ナタルは冷静であるよう努めながら状況の推移を伺った。
 放たれたミサイルの群れは、MSを追って殺到する。敵目標を自律的に追尾するミサイルは、砲の類よりは当たりやすい。
 とは言え、これら対空ミサイルの類は、目標至近で爆発し飛散する破片によって目標に損傷を与えるという物であり、装甲貫徹力は低い。つまり、対艦ミサイルや軽装甲の旧型MAには効果的な兵器であるが、比較的重装甲のMSには効果が薄いのだ。
 ミサイルの直撃が有れば別だが、そうそう有る物ではない。
「敵にミサイル到達!」
 索敵手のジャッキー・トノムラが報告の声を上げる。艦橋のモニターには、MSの周辺で次々に爆発が起こり、閃光がMSの影を呑み込んでいく様が映し出されていた。
 閃光が視界を妨げ、飛び散るミサイルの破片がレーダーを攪乱し、MSの存在を感知する事は不可能となる。しかし、それも僅かな時間の事だ。索敵手はすぐに敵の存在を再確認した。
「敵、健在です」
 急速に消えていく爆発の残光から、MSの影が二つ姿を現す。
『撃ちます!』
 通信越しにサイの声が聞こえた。
 アークエンジェルの傍らに在るミストラル。その頭頂部に設置された重粒子砲から、一条の光が放たれてMSに向けて突き進む。
 それは、ミサイルの爆発に翻弄され、その動きを鈍らせたMSを貫くかに思われた。

 

 

 機体の至近にて、次々に炸裂するミサイル。閃光に白く染まるモニター。無数の破片が衝突し、機体を揺らす。
 ジン長距離強行偵察複座型の中、後部座席の偵察要員の悲鳴を聞きながらも、偵察小隊隊長にはまだ余裕があった。
「こんな物は目眩ましだ! それより、すぐに次が来る!」
 声を上げ、隊長はフットペダルを一気に踏み込む。同時に、レバーを動かして自機に手足を振らせ、進路をねじ曲げた。
 ランダム機動による緊急回避。直後に、ビームの光条が、数瞬前まで自機が居たその場所を通過していった。
「今のは……雑魚がビーム砲を持っているだと?」
 隊長は、閃光の影響から回復したモニターに、今の攻撃を行った敵の姿を見る。ミストラル……連合の旧型MA。改造はされているが、所詮はMSの敵にはならない、雑魚に過ぎないだろう。
 隊長は、前方にある艦種不明の連合艦……アークエンジェルの直掩が、その一機だけで在る事を見て取り、馬鹿にされたような気分になった。
「時代遅れのMAが一機、敵になるものか! 一気にかかるぞ!」
 通信機を通し、ジンに乗る部下へ向けて気勢を上げる。
「支援する! 接近して叩け!」
 指示を下しながら隊長は、再開されたアークエンジェルからの砲撃を避けつつ、自機に狙撃ライフルを構えさせた。ジン長距離強行偵察複座型の専用装備であるこの銃は、長射程、高命中精度を誇っている。敵との現在の距離ならば、まず外す事はないだろう。
 隊長は、後部座席の偵察要員に命じた。
「目標、正面のMA。射撃修正を出せ」
「了解!」
 偵察要員は、すぐさま自分の仕事に取りかかる。
 機体に装備された観測システムを使い、自機と敵機の相対的な位置関係、そしてその未来位置の予測を行うのだ。偵察型であるが故の充実した観測システムだから出来る事であり、その観測を十分に生かす為の狙撃ライフルである。
 程なくして、モニターの中央に浮かぶミストラルに、LOCK ONを示すマークが表示された。
「射撃修正出ました。引き続き観測中。あんな遅いMA、訓練の時のダミーよりも簡単ですよ」
 軽口を叩く偵察要員の声を聞き流しながら、隊長はトリガーに指を添える。
「まずはお前からだ……」

 

 

 サイが発射したビームは、敵MSの、宙に放り投げられた人形の様な出鱈目な機動で回避された。
「あいつ、宇宙で跳ねた!?」
 サイは驚愕に声を漏らしながら、逃げた敵MSを追って照準を合わせようとする。が、
「あ、いや違う……まずは移動だ」
 砲撃を終えたら、すぐに移動。それは何度も注意された事だ。サイはフットペダルを踏み込み、ミストラルを移動させる。
「それに、戦場を広く見る……もう一機居たよな」
 思い直し、モニターの中にもう一機のMSを探す。
「何処だ? 何処だ!?」
 ミストラルが移動している為、モニターに映る映像も動く。その上で、カメラを動かして宙域を探るので、なかなか敵のMSを捕まえる事が出来ない。
「シミュレーションじゃ、もっと上手くやれてたのに!」
 シミュレーションで学んだ事が、身体に染みついていない。焦りが、判断を鈍らせている。自分が惨めな様を晒していると自覚があるからこそ、焦りは更に増していく。
「み……見つけた!」
 サイはようやくモニターの中に、敵MSを捉えた。
 アークエンジェルの砲撃を避けながら、接近してくる通常型ジン。モニター上、僅かずつ大きくなりながら画面を斜めによぎっていくそれに、サイは重粒子砲の照準を合わせる。
「今度こそ!」
 操縦桿のトリガーに指をかける。
 だが、そのトリガーが引かれる前に、ミストラルを激しい衝撃が襲った。

 

 

 アークエンジェルのブリッジ。
 モニターの片隅に映っていたサイのミストラルが、突然、機体の一部を爆発させた。
『うわああああああっ!?』
 通信機から、着弾を示す爆発音とサイの悲鳴、ミストラルのOSが機体の損傷を知らせる金切り声の様な警告音がどっと溢れ出す。
「サイ!?」
 通信席の側で、通信オペレーターの見学をしていたフレイ・アルスターが、思わずその名を呼んで身を乗り出した。
 モニターの中、ミストラルは装甲の欠片を宇宙に撒きながら漂う。
「ミストラル被弾! 敵の内、後方の一機は狙撃戦仕様機の様です!」
 索敵手のジャッキーが、声を上げて状況を説明する。その声にフレイは素早く反応した。
「ちょ……狙撃って、サイは大丈夫なの!? サイはどうなったのよ!?」
「黙れ! 戦闘の邪魔になるなら、ブリッジから追い出すぞ!」
 ともすれば、ジャッキーに詰め寄っていきそうな勢いのフレイを、ナタルの怒声が打った。
 そしてナタルは、素早く新たな命令を下す。
「支援砲撃! 後方の機体に火力集中! 敵に狙撃をさせるな!」
「しかし、接近中のジンに対してが疎かになりますよ!?」
 火器管制をしていたクルーが、ナタルに抗弁した。
 アークエンジェルにとって、どちらが脅威かと言えば、圧倒的に接近してくるジンの方が脅威だ。ミストラルの支援の為に、その接近を許してしまえば、今度はアークエンジェルが危機に陥りかねない。
「く……」
 ナタルは判断に迷った。
 ミストラルは、今は重要な戦力である。元民間人の若者を乗せたという負い目もあった。切り捨てるという判断は有り得ない。
 しかし、接近してくるジンの対応が重要だという意見は正しいものだった。
「……ゴットフリート、後方の機体に砲撃開始! 他武装は、接近中のジンへ。敵との距離がある内に叩け! 近寄らせるな!」」
 結局、ナタルはミストラルの為に、牽制に使う兵器をゴットフリートのみとする。
 射線が目立つ上に高威力なビーム兵器なら、回避に専念して狙撃を諦めるかも知れない。そんな事を期待して。
 しかし、敵が戦闘に慣れたベテラン兵ならば、その期待はかなう事はないだろう。
 そして、ナタルの見立てでは敵は恐らく……いや確実にベテラン兵だった。
「アーガイル准尉! 支援砲撃の隙に体勢を立て直せ!」
『りょ……りょうか、うわぁ!?』
 ナタルの指示に返答するサイの声が、またも爆発音と悲鳴にとってかわられる。
 ゴットフリートの砲撃をかわしつつ、更なる狙撃を行うだけの余裕が敵にはあったのだ。
 モニターの中、二発目の直撃を受けたミストラルは、新たな傷口から破片を撒き散らし、着弾の衝撃で転がるように回転していた。

 

 

 足の無いシグーが、宇宙を一筋に駆けていく。
 乗っているのは、シルバーウィンドの整備員の少年。
 自分で直し、整備したMSに自分が乗って、宇宙を飛んでいる。以前の少年ならば、何度も夢想した事が現実となった喜びに震えた事だろう。
 しかし、今の少年はただ一つの正しい事の方が重要だった。
 喜んでいる場合ではない。今は、ラクス・クラインを救わなければならない。
 シグーのモニターの中、脱出ポッドと、それを追う巨大なMAの背中を少年は見る。
 ラクス様は、脱出ポッドで脱出をする手筈になっていた。なら、あの脱出ポッドこそがラクス様なのだろう。そう、少年は見当を付ける。
 間違っており、ラクス様がまだ船内に居たなら? あるいはもう既に敵に捕まっていたら……と、考えもしたが、MSではどうせ船内に手出しは出来ない。
 なら、敵を全て倒して、ラクス様の安全を確保する。
 脱出ポッドを追っている黄色い巨大なMA……少年は名を知らぬがザクレロはかなり強そうに見える。先に倒してしまうのが正解だろう。他のMAや戦艦は後回しだ。
 ZAFTのMSは、連合の戦艦やMAを物ともしない最強の兵器なのだと聞いていた。一機が、MAを何機も落とし、戦艦を何隻も沈めたと。なら、自分にも出来るかも知れない……いや、やってみせる。
 少年は強い決意でもって、シグーにMMI-M7S 76mm重突撃機銃を構えさせた。
「僕は、ラクス様を守るんだ!」
 トリガーを引く。重機銃から吐き出された銃弾がザクレロを背後から襲い、背中の装甲で弾けて火花を散らした。
 と……
『ちょっと、脱出ポッドに当てる気!?』
「え!? 声?」
 通信機から、共用回線でマリューの怒声が届く。
 脱出ポッドとザクレロ、そしてシグーは一列に連なっている。つまり、ザクレロを外れた銃弾は、脱出ポッドに当たりかねない。
「誰だかわからないけど、教えてくれた?」
 少年は、マリューの声が敵の声だとは気付かなかった。共用回線とはいえ、戦闘中に敵と通信が繋がるなど想像もしてないのだから仕方ない。
 故に少年は、マリューの声を忠告と受け取り、素直に武器を変えた。
「じゃ……じゃあ、別の武器で!」
 重機銃をラッチに戻し、代わりに重斬刀を抜く。そして、斬りかかる為にシグーを更に加速した。

 

 

「へぇ……脱出ポッドごとってつもりじゃなかったのね」
 武器を変えたのがその証拠。重斬刀を抜いて背後から距離を詰めてくるシグーを、ザクレロのモニターに見ながら、マリューは感心した様な声を漏らした。
 だが、その表情には僅かに緊張が見える。流石にマリューも、余裕を持って敵と対せる程に慣れては居ない。それでも、サイよりは余裕があった。サイとマリュー、戦闘経験にそう大差のない二人の違い。それは……
「行くわよザクレロ! 貴方ならやれるわ!」
 ザクレロへの絶対的な信頼……あるいは無根拠な過信。それが、マリューにはあった。
 マリューはザクレロを加速させる。脱出ポッドに速度を合わせていたザクレロは、あっという間に速度を増して脱出ポッドを追い越し、シグーを後方に引き離した。
 高速度に達したザクレロの装甲表面、暗礁宙域に漂う無数の小さなデブリが衝突して幾多の火花を散らす。その火花が、ザクレロの凶悪な面相を宙に浮かび上がらせる。
 マリューは操縦桿を引き、ザクレロの機首を上に向けた。そのまま機首を上に向け続けながら前進を続け、ループ機動に入る。
 遠心力が足下方向にかかり、血の下がる感覚がマリューを襲った。だが、ノーマルスーツの耐G効果もあり、ブラックアウトには至らない。
 ザクレロは、宙に巨大な円を描く軌道を辿った。そして円は、再び始点へと戻ってくる。
 その頃には、置き去った脱出ポッドとシグーが始点となった所を通過しており、ザクレロは両者の後方位置につける事が出来る……筈だった。
「あれ?」
 マリューが気付いた時、ザクレロは脱出ポッドのすぐ前を飛んでいた。
「速過ぎた?」
 速度が速すぎたのか、脱出ポッドが追いつく前に回ってきてしまったのだ。
 マリューは即座に、二周目のループに突入した。

 

 

 ザクレロが急加速して、自分のシグーを置き去りにし、更に脱出ポッドまで追い越して行くのを、少年は呆然と見守った。
「……逃げた?」
 他に、ザクレロが離脱した理由を読めなくて、少年は疑問には思いながらもそう呟く。
 しかし、逃げたならば好都合。この間に、脱出ポッドに接近出来る。少年は、シグーの速度を上げて、脱出ポッドに追いついた。
「えと……」
 追いついたは良いが、中を確認する手段がない事に少年は気づき、脱出ポッドとシグーの速度を合わせながら、迷いの声を漏らす。
 窓はあるのだが、小さくて中のほんの一部しか見られない。まさか、割って中を確かめるわけにもいかないだろう。ならば……
「あ、そうだ。通信機!」
 少年は、急いで通信機を操作し、救難用回線につなぐと脱出ポッドに話しかけた。
「ラクス様! 中にいるのは、ラクス様ですか!?」
 何度か声をかけてみる。ややあって、返信が返ってきた。
『はい……あの、どちら様ですか?』
 その声を聞き、少年は心の底から沸き上がってくる歓喜に震える。
 ラクス・クラインの声。真実を告げる歌声。
「ラクス様! お守りに来ました!」
 少年の歓喜に満ちた声は、ラクスを守ると告げる。それに対し、ラクスは一瞬、沈黙した。そして、
『……い……いやぁあああああっ!』
 悲鳴。叫び。
『止めてください! 止めてください! もうそんな事しないで! みんな……みんな死んでしまうのに! 貴方も! もう止めて!』
 少年は、ラクスの叫びの意味がわからなくて小首をかしげた。
 ラクス様を助ける事が唯一正しい事なのに、ラクス様は何を言っているのだろう……と。
「え? でも……ラクス様を守る為です」
『お願いです! もう守らなくて良いのです! だから、誰も死なないで……』
 ラクスは守らなくて良いと言っている。それは、自分を死なせたくないかららしい。
 ならば簡単な事だと、少年は思った。
「大丈夫、死にませんから! 敵は逃げましたし、後はここから離脱するだけ……」
 言いかけた少年の言葉を、シグーのOSが発する警告音が遮った。
 直後、脱出ポッドとシグーの前に、再びザクレロがその背中を見せる。
「!? あいつ、戻ってきて!?」
 逃げたのではない。敵はまだ脱出ポッドを狙っている。
 一瞬でそれを察した少年は、再び離脱していくザクレロを追って、シグーを走らせた。
「ラクス様、必ずお守りします!」
 通信機からはラクスの声がまだ聞こえていたが、敵を見つけた少年の耳にはもう届いては居なかった。

 

 

 ああ……私は悪い子だ。
 脱出ポッドの中、通信機に向けて叫びながら、ラクスは自分の中に、何処か冷めた感覚で自分を見つめる部分を感じていた。
 通信があった時、少年の声を聞いた時、ラクスは安堵したのだ。死んで欲しくない、もう守らなくて良いと……口ではそう言いながら、少年が来てくれた事を喜んでいる。
 時に人は矛盾する感情を抱く。人に死んで欲しくないと願う心も真実であるし、同時に自分が助かりたいと願う心もまた真実である。両方を同時に抱いた所で、片方が嘘になるわけではない。
 しかし、ラクスには許せなかった。純粋であるよう育てられた少女に、矛盾を抱いた心をそのまま受け入れる事は出来なかった。
 死んで欲しくない。自分を守る為にと死んで欲しくはない。しかし、心の中で、守って欲しいと願う自分が居る……人の死を願う自分が居る。短絡ではあるが、ラクスにそれを否定したり、気づかぬふりをしたりする事はできなかった。
「私……悪い子ですわね」
 くすりと笑う。自嘲と……そして、僅かに喜悦をまじえて。
“そんな事はありませんよ、ラクス様”
 小さく声が聞こえた。
“ラクス様の為ですから”
 誰もいない脱出ポッドの中。
 ひそひそ、ぷつぷつと、ざわめく。ラクス様。ラクス様と。
「止めてぇっ!!」
 ラクスは無数の声に向けて叫ぶ。
「私の為に……私が……そのせいで死んでしまったのに……」
“泣かないでください”
“行きましょうラクス様”
“歌ってくだされば良いのですラクス様”
 声は、ラクスにまとわりついて囁く。
“歌って……歌ってください”
“歌を……ラクス様の歌を”
「歌を……」
「ハロ! ラクス、ゲンキナイ?」
 誰もいない静まりかえった脱出ポッドの中、一人で話し続けるラクスに、ピンクのハロが話しかけた。その声に、ラクスは我に返った様子で、宙を漂うハロに目をやる。
「ピンクちゃん……」
 ラクスはハロを手に取り、ぎゅっと抱きしめる。
「私は……怖いのです」
「ハロ、イッショ! コワクナーイ!」
 ハロの無邪気な台詞に、ラクスは少しだけ微笑む事が出来た。それは、以前までのラクスと変わらぬ無邪気な笑みであった。