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機動戦士ザクレロSEED_第21話

Last-modified: 2009-03-05 (木) 08:32:45

 ヘリオポリスは、月に対して地球を挟んだ反対の位置にある。よって、ヘリオポリスからでは、地球の影にある月を見る事は出来ない。無論、月周辺で起こっている事象も同じ。
 月基地より発進した連合軍第8艦隊はついに地球を回り、ヘリオポリスから光学観測によってその姿を確認できる様になっていた。
 アガメムノン級宇宙母艦一隻と、ネルソン級宇宙戦艦三隻、ドレイク級宇宙護衛艦五隻で構成される艦隊は地球上空にて足を止め、地上からマスドライバーで打ち上げられる物資を直接受け取る形で補給を受けている。
 恐らくは、この補給を終え次第、ヘリオポリスに進軍を開始するのだろう。
 また、連合軍基地アルテミスの駐留艦隊に第8艦隊と同調した動きが見られた。陽動……あるいは実際に出撃して共同作戦をとるのか、はたまた独自にMS奪還に向けた動きを取るのか、それは現段階ではわからない。
 これらの事態に対しZAFTは、ナスカ級高速戦闘艦二隻、ローラシア級モビルスーツ搭載艦四隻からなる艦隊を、ヘリオポリス沖の宙域に派遣。第8艦隊との決戦に臨む構えを見せる。
 ヘリオポリス沖が不穏な空気を漂わせる2月9日。接近を続ける連合軍第8艦隊に先んじて、連合MS回収任務を帯びたナスカ級高速戦闘艦“ハーシェル”と輸送艦一隻がヘリオポリスに到着した。

 

 

 ローラシア級モビルスーツ搭載艦“ガモフ”の艦長、ゼルマンは、ガモフの艦長室でコンピューター端末を動かし、ハーシェル到着の報告と共に届けられた補給品のリストを確認していた。
 今回、到着した輸送艦は、ヘリオポリスに駐留している部隊への補給任務も兼ねている。
 弾薬や食料といった通常の補給物資の他、ZGMF-1017ジン十機とパイロットの補充もあり、これでガモフとナスカ級高速戦闘艦“ヴェサリウス”の戦力も定数を満たしたと言えるようになった。
 また、先の戦いで大破しているヴェサリウスの修理の為、ナスカ級の艦橋部と推進器、砲塔の部品も運ばれてきている。もっとも、修理には時間がかかる為、第8艦隊との戦いには間に合わないだろう。
 更にZGMF-515シグーが五機も送られてきているが、これは政治家の御曹司である所の赤服パイロット達に用意された物らしい。つまり、全て連合MSと一緒にご帰還という事になる筈だ。
「ん? ハーシェルに搭載されるシグーは四機?」
 ゼルマンは、自分の想像を確認する為に新しい部隊編成表を確認して、数が合わない事に気付いた。
 搭載されるのはシグー四機とジン一機。つまり、ジン一機は来てそのまま帰るという事だ。
 その疑は、直後に部隊編成表の中から答えが見つけ出される。
「ラスティ・マッケンジー……残ったのか」
 赤服パイロットの一人であるラスティ・マッケンジーの名が、自分の艦のMS部隊の中に移っていた。旧クルーゼ隊は全員がハーシェルに移り、そのままプラントに帰還するものと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
 ラスティがガモフに残る事になったので、補充パイロットの一人が入れ替わりになり、ジン共々ハーシェルに残る事になったのだろう。
「赤服か……まあ、ミゲルに任せよう。さぞ嫌がるだろうがな」
 色々と政治的なバックもあって面倒な赤服の事。ゼルマンは、早々にそれをMS隊のエースであるミゲル・アイマンに押しつける事に決めた。
 ガモフのMS戦力は、ミゲル専用ジン・アサルトシュラウドのミゲル・アイマン、ジン・ハイマニューバのオロール・クーデンブルグ、シグー?のラスティ・マッケンジー、今回やってきた通常型ジンの他3名という所。なかなか充実していると言えよう。
 事によると、運用出来るMSの内四機を赤服新兵が占めるハーシェルより上かも知れない。まあ、少なくとも面倒事は少なかろう。
 これで連合の新型MAザクレロに対抗出来るか……その一点は判断に迷う所だが。
 ゼルマンは椅子の背に深く身を預けて、目を閉じる。そして、いつか見たザクレロの姿を思い浮かべた。
 炎の尾を引きながら迫り来る魔獣の姿。口腔より雷を放ち、爪で引き裂くモノ。宇宙の深淵から来るモノ。鋼と肉と魂を貪るモノ……
 
 ――不意に、室内に艦内通信の呼び出し音が鳴り響く。
「うぉっ!?」
 ゼルマンはその音に驚き、身を震わせて目を開けた。
 そして椅子の上で身を起こそうとして、背中が汗で重く濡れている事に気付く。
 ザクレロの事を思い返していたのは僅かな時間だったと思っていたが、端末のモニターの片隅に表示されている時計は、かなりの時間が経っている事を示していた。少なくとも、背を汗で濡らし尽くす程度の時間が経ったのは確かだろう。
 回想に耽り、時を忘れたとでも言うのか? しかし、楽しい回想では無かったはずだ。あれはむしろ、悪夢に……
「……疲れている様だな」
 ゼルマンはそう言って首を横に振って、大きく溜息をついた。
 居眠りでもして、考えていたザクレロの事をそのまま悪夢に見たのだろう。ヘリオポリス襲撃以来、多忙な日々を送っているのだから、そろそろ疲れが出てもしかたがない。
 そう自分を納得させて、ゼルマンは先ほどから呼び出しを続けている通信端末の受話器を取った。
「ゼルマンだ」
『艦長。ヘリオポリスの政務官の方が、先ほどからお待ちです』
 ゼルマンは言われて思い出す。
 ハーシェルには、今後ヘリオポリスを管理するコロニー運営スタッフが乗り込んでいた。まあ、コロニーは軍人だけで動かせる物ではないので、それは当然の事だ。
 そして、その中には政務を担当する者も居り、彼は現在までヘリオポリスの占領統治に当たっていたゼルマンとの面会を望んでいた。
 悪夢にうなされている間に、その面会時間が来てしまったらしい。
「わかった。もう少し、待って貰ってくれ」
 ゼルマンは言ってすぐに通信を切る。
 この汗にまみれた格好では、誰に会う事も出来まい。ゼルマンは、新しい服とタオルを探して、部屋に作りつけのクローゼットへ向かった。

 

 

 ヘリオポリス港湾部の一角。応接室に赴いたゼルマンを出迎えたのは、黒い長髪の美丈夫だった。
「ギルバート・デュランダルです」
 立ち上がって手を差し出すデュランダルの手を握り返し、ゼルマンは名乗る。
「ZAFT所属ガモフ艦長のゼルマンです。議会の若き天才と噂はかねがね……」
「いえ、ただの学者崩れの三流議員ですよ」
 軽い社交辞令混じりの挨拶を、デュランダルは笑顔で遮った。
 ギルバート・デュランダル。穏健派……つまり、今行われている戦争について、ナチュラル側との講和も一つの解決であると考える派閥の議員の実力者……だった。
 プラント全国民が一丸となり、ナチュラルを屈服させる為の戦争に熱狂している現在、穏健派は国民から支持を受けていない。勝利以外の結末を望む穏健派は異端なのだ。
 よって、デュランダルがどれほど優れた人物であっても実際の政治権力はなく、三流議員という自己評価は正しいとも言えた。そうでなければ、厄介事以外の何物でもないヘリオポリスの政務担当などに飛ばされる筈がない。
 だからと言って「その通りですね」などと言っていては社交は成り立たないのだが。
「ご謙遜を」
 ゼルマンは、政治家の相手を早くも面倒に思いながら、当たり障りの無さそうな事を言っておいた。
 それを受けてデュランダルは、自嘲気味に微笑んでみせる。
「謙遜ならば、クライン派へと鞍替えなどしないでしょう」
 デュランダルは、あまりに不利な状況を脱する為、比較的穏健な政治方針をとっていた現議長であるシーゲル・クラインと彼に従う議員達のクライン派閥に参入する事を選んだ。
 もっともクライン派も、現在では戦争推進に熱心なパトリック・ザラ国防委員長のザラ派に人気を奪われており、国民の支持を失いつつある。デュランダルは、沈む船から乗り換えた船が沈み始めたと言う様な状況に立たされたわけだ。
 それに、シーゲル・クライン等が開戦前後にとった政策にはナチュラルとの戦争をむしろ望んでいたのではないかと思われる様な物が多く、再びその様な政策は掲げないという保証は無い為、デュランダルとしてはいつまで同調していられるのか不安が残る。
 そして、もしシーゲル・クラインが、開戦前後の時期から戦争を望んでいなかったのならば、彼のとった政策は明らかに愚策ばかり。そんな人物についていくというのは、やはり不安で仕方がない。
 結局、自分の先行きは真っ暗だと……そこまでの政治的な裏事情を含めての自嘲だったのだが、ゼルマンにしてみればそこまで政治に詳しいわけではないので、ただ曖昧に頷くのがやっとだった。
「……本題に入りませんか? こういったやりとりは苦手です」
 ゼルマンは内心を吐露しつつ頼み込む。そして、強引に話を進めようと、用意してきたファイルをデュランダルに差し出した。
「ヘリオポリスの現状は、こちらに用意しました資料にまとめてあります」
 デュランダルは、少々ばつが悪い様子の笑みを浮かべ、ファイルを受け取る。
「失礼しました。軍の友人は、こういった話が好きだったのでつい」
「軍に?」
 デュランダルが漏らした台詞に、つい興味を引かれて聞き返すゼルマン。彼にデュランダルは、態度を少しも変えずに返した。
「ラウ・ル・クルーゼ。彼の散った地に赴任してきたのも、私の運命なのでしょう」
「それは……」
 彼の事を忘れる筈もない。このヘリオポリスでの最初の戦闘で戦死した英雄だ。
 正確には行方不明と言うべきなのかも知れないが、MSに積んであった空気が既に尽きているだろう事と、救助がされた……あるいは捕虜となったという報告が何処からも上がって来ない事から、戦死という事で処理されている。
「……彼の最後を聞かせてはくれませんか? もちろん、機密に触れない範囲でかまいません」
 デュランダルの顔から笑みが消え、真摯な表情でゼルマンに頭を下げた。
 ゼルマンは僅かな時間だけ迷い、そして口を開く。
「隠すべき事はほとんど無いのですが……あれは内部に突入した部隊が、連合MS奪取に成功したとの報告を送ってきた後の事でした。ヘリオポリスから、あの魔獣。いえ、連合の新型MAが姿を現したのは……」
 あの戦いを思い出しつつ、ゼルマンは知りうる限りの事を語り始めた。
 とは言え、クルーゼが倒されたのはザクレロが姿を現した直後の事。あまり語れる事は多くない。むしろ、クルーゼの敗北の理由を伝える為、ザクレロについて多くが語られる。
 デュランダルはそれを無言で聞いていたが、ゼルマンが話し終えると問う様にポツリと漏らした。
「彼の命を奪った魔獣……ですか」
「正式にはザクレロという様ですが、兵の一部は魔獣と呼んでおります。私も、艦長席でモニター越しに見ただけですが、確かに同じ印象を感じましたね。何と説明したら良いのか言葉が見つかりませんが」
 ザクレロと対峙した時の感覚を表すのは難しい。一言で言えば「恐ろしかった」ですむのだが、それではチープ過ぎて真実の欠片も伝わるまい。
 実際、報告書で言葉を尽くしてみたが、それは大方の予想通り無視された。考えてみれば、むしろ戦争神経症を疑われなかっただけましだったのかもしれない。
 それに、ZAFTとしてはその報告を受け入れがたい下地がある。
「このMAについて、報告を上げましたが、誰も重要視はしてませんね。MAはナチュラルの使う時代遅れの兵器だと言う意識が強いようで」
「でしょうね。私も、ラウが倒されたと言う事実がなければ、信じる事はなかった。そのMAはプラントにとって脅威となる……」
 ゼルマンの落胆を、デュランダルは理解出来た。
 ラウ・ル・クルーゼは世界樹攻防戦でMAを三十七機に戦艦六隻を撃破したエースなのだ。それを連合のMAが一蹴したという事実は大きく取り上げられるべきだ。
 しかし、ZAFTは……いや、プラントの全てのコーディネーターに言える事だろうが、MSによる戦果に大きな自信を持っている。つまり、連合のMAでは、ZAFTのMSに対抗出来ないのだと。
 それが妄信に過ぎないと知る時が来るとしたら……だが、その警鐘には誰も耳を貸さない。落胆して然るべきだ。
「いえ、それも早急な判断でしょう。戦ったのは、まだ自分達だけ、しかも一度きりなのです。過大評価の可能性の方がずっと高い」
 ゼルマンが少し会話のトーンを落とし、デュランダルがザクレロの驚異について結論を下そうとするのをとどめた。
 ゼルマンの言うとおり、過大評価の可能性は高い。クルーゼとて、ちょっとした不運で討ち取られる事があってもおかしくはない。また、ゼルマンや他の兵士達の抱いた恐怖の感情も、戦場で命を賭けているのだから恐れはあって然るべきだ。
 公式記録に残る戦闘は、ヘリオポリスでのたった二回。ザクレロを完全に理解したとはとても言えまい。
 たとえ、ゼルマンの心の奥底から、“あのMAは違う”と囁くモノがあっても……
「だからこそ、次の機会があれば、必ず討ち取って見せますよ。あのMAも他のMAと同じ、ナチュラルの時代遅れの兵器だと証明してみせれば良いんです」
 その言葉は軍人としての矜持が言わせた言葉だったが、内心ではそれを行う事によってザクレロへの恐怖を消し去りたいという思いもあった。
 心の奥底に小さな棘が刺さっているかの様に、恐怖が疼く。それは酷く不快な事だ。
 それに、内心では不安にも思う。このまま抱え込んだ恐怖が更に大きくなっていったら……自分はどうなってしまうのだろうかと。
 故に、恐怖に打ち勝つ為にも、魔獣に挑まなければならない。神話の時代の勇者達がそうしてきたように。人類を超えた存在の筈のコーディネーターが、遙か古代のナチュラルをなぞるというのは皮肉ではあったが。
「……まあ、ザクレロの件は、ZAFTにお任せください。それよりも、今はヘリオポリスでの仕事が優先でしょう? すっかり、話し込んでしまいましたが……」
 苦笑を浮かべて言うゼルマンに、デュランダルも表情を緩めた。
「そうですね。それぞれが、それぞれの役割を果たすという事で……貴方は魔獣を追う。私は、このヘリオポリスの諸問題に頭を悩ませる」
 言いながらデュランダルは、先ほどゼルマンから渡されたファイルを開く。そして、流し読みながらページを繰った。
「住民の抵抗運動は終結したのですか? 地球の占領地では、ゲリラが発生してその対応に追われているそうですが……」
「抵抗分子は居ましたが、組織化されたゲリラが発生する前に、無策なまま個別に抵抗運動を起こしましたので、そこで多くを逮捕する事に成功しました。いわゆる初期消火が成功したというところでしょう」
 デュランダルの質問に答えてから、ゼルマンは更に付け加える。
「それに、ある事情から、占領軍である我々よりもオーブ本国の一派閥が住民の憎しみを買っている為、多くの住民は我々に対して従順です」
「そうですか……ならば、住民のヘリオポリスからの退去も順調に行えるかもしれませんね」
 デュランダルはファイルから目を上げ、事務的な冷たさをもって言った。ヘリオポリスの住民の望む所ではないのは承知しても、そこに同情は無いという事を示す様に。
 一方、プラントの政治家がどんな交渉をしているのか知る由もなかったゼルマンは、その話を聞いて少し驚いた。
「退去ですか?」
「ええ、プラントは、この占領によってオーブと敵対的にはなりたくないんですよ。そうなるとオーブの国民を支配し続けるわけにもいかないでしょう。それに……ナチュラルが多い事を厭う声もありましてね。そこで、住民には出て行ってもらおうと。
 それに、オーブ政府も他の交渉事に優先してこの件に回答をしてきましてね。住民回収の為の部隊を早急に送ると……」
 そして、デュランダルは静かな声に嘲る様な響きを滲ませて続ける。
「もっともオーブは、占領軍に退去させられた国民の保護と言わず、外患援助……つまり『敵内通者の逮捕』であると主張していますが」
「逮捕? しかも内通者として?」
 その言葉に、ゼルマンは退去という言葉を聞いた時以上に驚いた。
「内通者が居なかったとは言いませんが、このヘリオポリスの住民全てがそうだったと? 馬鹿げています」
 ヘリオポリス行政官などは、このヘリオポリスを守る為とは言え、ZAFTにかなりの便宜を図っていたし情報も流していた。彼を内通者であると言うのならば理解も出来る。
 しかし、全住民にその嫌疑をかけるというのは、常識では有り得ない。そんな事はデュランダルも十分に理解していた。
「私にも理解は出来ません。が……現に、このヘリオポリスから脱出してオーブ本国へと帰った市民全てが逮捕され、糾弾されていますよ。内通者としてね。どうも、“抵抗せずに、降伏した”事が罪との事ですが」
 オーブで今何が起きているか。デュランダルも、それくらいの情報は仕入れている。
 オーブはその事を隠してもいないので、調べようと思えば簡単に知る事が出来た。
 しかし、このことが世界に知れ渡っているのかと言えばそうではない。諸外国ではニュースにもなっていないと言うのが実情だった。
 もっと平和な時代なら人権がどうこうで諸外国でもニュースになったかもしれないが、今の世界情勢では外国の内情になど興味を持つ者は少ない。それに、プロパガンダに利用出来そうな、ニュースにしがいのある、もっと悲惨な話が他に幾らでも転がっている。
 とは言え、知ってしまえば嫌悪の一つも抱いておかしくない話ではある。
「オーブ軍は、市民を煽って抵抗運動をさせた。結果、市民が対MS戦闘に参加し、死ななくても良い市民が大勢死んだ……次は戦わなかった市民を逮捕だと? ヘリオポリスの市民を根絶やしにするつもりか! 狂人どもめ!」
 ゼルマンはあからさまに不快感を表した。
「ナチュラルは自業自得だ……愚かさの罪に、罰を受けると良い。しかし、コーディネーターが巻き込まれて良いはずがない。コーディネーターだけでも、プラントの手で救済出来ませんか?」
 ナチュラルはどうなってもかまわない。ナチュラル同士であるのなら、罪を着せようが、虐殺をしようが、勝手にしててくれればいい。
 しかし、コーディネーターは一応、他国の者であっても同胞だ。ナチュラルの愚行の犠牲となる境遇から救ってやりたいと思う。
 ZAFTの戦力を使えば、市民を捕らえに来るオーブの先兵を蹴散らす事など容易い。守りきる事は幾らでも可能だろう。
 だが、デュランダルは静かに首を横に振った。
「プラントとしては、オーブには中立国でいて欲しいですから……オーブにとっての犯罪者をかくまう様な事は出来ません。残念ですが、こちらからは手出し出来そうにありませんね」
「そう……ですか。残念です」
 ゼルマンは無念の思いに奥歯を強く噛みしめる。
 今のところ、プラントとしてはオーブと事を構えるつもりはない。弱みをたっぷりと握り、政治的に優位な立場を得ている為、それを戦争で御破産にしたくはないのだ。
 アスラン・ザラに見出されたキラ・ヤマトの様に、数人を密かに亡命させるという事なら可能だが、ヘリオポリスのコーディネーター全員を救い出すと言った事は不可能だ。
「ヘリオポリスの市民に対し私達が出来るのは、彼らの退去の際に混乱が起こらない様、準備と覚悟をさせておく事くらいです。犯罪者扱いと言う事は、少しでも抵抗した市民に対してオーブ側がどうするか、容易に想像が出来ますからね」
 無駄な抵抗による犠牲者を出さない事。それが最初の仕事となるであろうデュランダルは、物憂げに溜息をついた。
「ヘリオポリス市民の滅亡もまた運命。誰もがそれに従うしか……」
「運命をも喰い破るモノ……」
 ゼルマンの呟きが、デュランダルの台詞を遮る。
 そして、ゼルマンは自分の口から漏れた言葉に驚いた様子で目を見開き、口を右掌で覆った。
「……いえ、何でもありません」
 何故そんな事を言ってしまったのかはわからない。だが、ゼルマンは悪い予感がして、考える事を止めた。
「仕事の話をしましょう」
「……そうですね」
 無理矢理に話を変えるゼルマンに合わせて、デュランダルは頷く。
 その後、二人の話は逸れる事無く、事務的な話に終始した。

 

 

 ミゲル・アイマンとオロール・クーデンブルグの二人は、ZAFTが使用している港湾部の中、保養施設として特別に営業されているレストランに向かっていた。
「めんどくせーなぁ。酒くらい、好きに飲ませろよ」
「補充兵との親睦を深めておかないと、いざって時に後ろから撃たれるぞ」
 オロールの方は仮眠の途中で叩き起こされたせいか、先程から通路を進みながら文句を並べ続けている。一方のミゲルは、そんなオロールを適当に宥めていた。
 レストランに向かうのは、そこで補充兵としてやってきたMSパイロット達を歓迎し、親睦を深める為である。
 一緒に戦う仲間なのだから、友好的な関係を構築しておくに越した事はない。特にミゲルは、ガモフでMS隊をまとめる立場となるので、人心掌握の為にもコミュニケーションをとっておく事は重要だ。
 だが、オロールにとってはそうではない。
「俺は関係ないだろ。お前の僚機だもんよ」
 オロールの立場は何も変わっていなかった。ミゲルと一緒に出撃して、戦う……それだけだ。補充兵は別に小隊を組むので、関わる事すらないかもしれない。
「だいたいね。昼に、あいつらと就任の挨拶しただろう? 男ばかりだったじゃないか。しかも前線組じゃなくて、本土で哨戒機の座席を磨いていたような連中だぜ? 学校の成績は良かったんだろうが、新卒にポジション奪われたんだろ。そんなのが役に立つのかよ」
「今時、他の戦線から引き抜きなんて出来るわけ無いだろ。それに、男だからどうしたんだよ」
 いい加減、宥めるのにも疲れてきたミゲルに、オロールは大げさに嘆いてみせる。
「わかってねーなぁ。俺がグラスを傾ける横には、綺麗なお嬢さんに居て欲しいのよ。これは、切実な願いですよ?」
「はいはい、わかったからしばらく黙ってろ。席に座って大人しくしてれば文句言わないから」
 ミゲルはそう言いながら、レストランの入り口に当たるガラスの自動ドアの手前で足を止めた。
 そこにあるのは、典型的なファミリーレストランといった様な店。軍服とはあまり相性が良くない。もともと港を利用する客の為の店で軍事施設ではないので、当然ではあるが。
 オロールはミゲルに言われた事には答えず、入り口脇のサンプルが並ぶショーウィンドウを、子供の様にガラスにべったり手をついて覗き込んだ。
「わぁい、お子様ランチ頼んで良い?」
「何でも良いから、お前の口の中にねじ込んで、黙らせてやりたいよ!」
 ニヤニヤしながら棒読みで言うオロールに言い捨てて、ミゲルは自動ドアをくぐって店内に入った。
 待ち客用のベンチと精算カウンターが待ち受ける店内入り口。店の中の方は仕切で細かく区切られ、そこにテーブルが一つずつ収められている。
 案内に来るウェイトレスが来るのを待って……と思ったミゲルだが、その耳に思いもかけぬ怒声が飛び込んできた。
「もういっぺん、言ってみやがれ!」
「何度でも言ってやるわよ! MSなんて玩具みたいで格好悪い! 本当の格好良い兵器ってのは、MAみたいな兵器の事を言うのよ!」
 両方、聞いた覚えがある声だが、誰だったかはすぐには思い出せない。
 首を伸ばして店の奥を覗き込んだミゲルは、テーブルの一つに陣取った男三人と、通路に立つ女の子が激しくやり合っているのを見る。
 男三人はすぐに誰だかわかった。ミゲルがここで親睦を深める予定だった補充兵のパイロットだ。先に一杯やっていたのか、もう酔っている。
 女の子の方も見覚えはあるのだが、どうにも思い出せない。肩辺りで切り揃えられた髪をヘアバンドで飾った、勝ち気な性格がそのまま顔に表れたような気の強そうな女の子。背は小さい。……着ている服が、つなぎの作業服なのが妙に引っかかる。
 女の子の知り合いなど多くもないのだから、何処かで引っかかりそうなものなのだが、記憶の底を浚ってみても出てこない。
 悩むミゲルに、背後からオロールが声をかけた。
「おいおい、あそこで喧嘩している子、こないだの女の子じゃないか? ほら、連合の格納庫で。MA拾いさせられた」
「ああ、あの子か……させられたって、お前はあの時、逃げたろうが」
 言われた瞬間、記憶と目の前の女の子が結びつく。以前、連合基地の発掘作業をしていた時、MAの整備工場で自分達に怒鳴り散らしたメカニックの子だ。
 その時、ゴミ同然の連合MAの回収作業をさせられたわけだが、オロールは逃げている。
「気にするなよ。それよりどうする? あの子は好きじゃないが、男三人がかりで女の子とやりあってる所で、男に加勢になんぞ入りたくもない。放っておくか?」
「放っておくわけにも行かないだろ」
 オロールに言われ、ミゲルは答えながらレストランの中を見渡す。
 他にもZAFT兵はいるが、敢えて火中の栗を拾うような気はない様で、無視するか見物するかしていた。
 来て間もない補充兵にはまだ知り合いもいない。だから、敢えて味方しようとする者が居ないのもわかる。
 女の子の方は元々いるクルーの筈。しかし、彼女と同じメカニック連中もいるが、助けようという者はいないらしい。その点はミゲルも奇妙に思ったが、同じメカニックでも艦が違うなどの理由があるのかも知れないと自分を納得させた。
 普通の店なら止めに入る筈の店員は、厨房の入り口辺りに溜まって当惑した様子を見せている。ZAFTに占領された側であるオーブ人が、ZAFT兵の喧嘩に割り込むのは難しいだろうから、これは仕方ない。
 結論、誰も止めそうにない。では、他の誰が止めるかだ。
「しょうがないよな」
 どうしてこんな厄介事にと舌打ち一つしてから、ミゲルは喧噪の場に歩み寄って行った。
 その喧噪の場は、険悪さを加速度的に増している。
「何だと!? 女だと思って下手に出てりゃあ……」
「触らないでよ! MS乗りは臭うんだから」
 男の一人が立ち上がり、女の子の襟首を捕まえる。
 そんな状況で男を挑発する様な事を言う女の子に、ミゲルは頭が痛くなった。それでも、止めないわけにも行かない。
「おいおい、止せよ」
 言いながらミゲルは、女の子の襟首を掴む男の手を横合いから掴み、間に割り込む様にして二人を引き離そうとした。が……
「この、MA女め!」
 男が吼える。直後、ミゲルの頬に男の拳が叩き込まれた。
「ぶっ!?」
 拳を頬で受け止め、首を斜めに傾げたミゲル。
 男は、殴った相手が女の子ではなくミゲルだった事に気付くと、驚きの表情を浮かべた。そしてその表情は、犯してしまった過ちに戸惑う表情へと変わる。
 殴った相手が戦場を共にする仲間で、しかも先任で、部隊をまとめる役にある。いわば、会社の上司を殴ってしまったというのに近い。普通に考えても、失態という言葉ではすまされない状況だ。
 しかし、余程腹に据えかねていたのか、ミゲルに対する敬意よりも女の子をかばった事への怒りが勝ったらしい男は、すぐに表情を侮蔑と怒りに変えた。
「お前もMS乗りだろうに、何でこのMA女をかばうんだ!」
 ミゲルの頬に当てられていた拳が引かれ、直後にミゲルの胸をもう一撃が襲う。
 今度は拳ではなく、突き飛ばしただけだった。とは言え、かなりの強さで押されたミゲルは、後ろに姿勢を崩す。
「おっと大丈夫か、ミゲル?」
 ミゲルの身体を支えたのは、後ろまでやってきていたオロールだった。
「なんだミゲル。殴られちゃってまあ」
「そんな女をかばうからだぞ!」
 オロールの軽口に、ミゲルよりも早く男が怒鳴る。この反応の早さは、ミゲルを殴った事への負い目が自己正当化をさせたというのもあるのだろう。
 もっとも、ミゲルは仲裁に来たのであって、どちらか片方だけを擁護する気はなかったのだから、男の怒りは的外れではあった。ただ、残念な事に男はそれに気付かない。
「ちょっと! この人は関係ないでしょ!」
 女の子が強く怒りを表して声を張り上げた。今まであった挑発する様な響きがないという事は、関係ないミゲルが殴られた事で今度は本気で怒ったのか。
「……なんだっていうんだ」
 ミゲルは、殴られた頬の熱さを感じながら、オロールに支えられていた身体をしっかりと立たせた。
「俺は、喧嘩を止めに来ただけだ」
「関係ないなら引っ込んでいろ! こいつは、俺達MSパイロットを侮辱したんだぞ!」
 男が、女の子を憎々しげに睨んで言い放つ。テーブルに残っている二人の男も、その言葉に賛同の声を上げた。
「お前もMSパイロットなら、その女を黙らせたらどうだ!」
「それとも、ここのMS乗りは、その女の言うとおりMAに負ける奴ばかりか!?」
 ミゲルは、男達の罵声を浴びた後、顔の向きを変えて恨みがましい目で女の子を見た。
「……何よ?」
「MS乗りに喧嘩を売る趣味でもあるのか?」
「こっちが喧嘩を売ったんじゃないわよ。こいつらが声をかけてきたの。だから言ってやったのよ? 『MS乗りなんかとお酒を飲む暇があったら、格納庫でメビウスでも磨いてるわ』って」
 女の子の釈明に、ミゲルは天を仰いだ。
 それで喧嘩を売っていないつもりというのは無いだろう。MAと比べられて、MAの方がましと言われたMSパイロットが怒らないわけがない。
「どうしろって言うんだ」
「ミゲル……俺に任せろって」
 苦笑しながらオロールが、ミゲルの肩を叩いた。それから歩み出て、ミゲルを殴った男の前に立つ。
 何か凄い嫌な予感がして、ミゲルはオロールを止めようと手を伸ばした。
「おいおいおい、止せよオロール」
「こう言う時はなぁ、何より先手必勝!」
 雷光のごとき速さで繰り出されたオロールの拳が、ミゲルを殴った男の顔に叩き込まれた。男は、残る補充パイロット二人のいるテーブルの上に盛大に突っ込み、料理と皿の破片を撒き散らす。
「友達を殴られて、黙って見てる男じゃないぜ?」
 男を殴った拳を掲げ、オロールは得意げに笑みを浮かべた。
 そんなオロールを、テーブルに残っていた二人の男達は呆然とした様子で眺め……すぐに怒りの表情を浮かべて席を立とうとする。
 しかし、レストランのテーブル席は、素早く立ち上がるには向いていない。まごつくその隙に、蹴りが叩き込まれる。男達二人同時に。
「オロール! ぶち壊しにしてくれたな!」
 オロールと同時に男を蹴り飛ばしたミゲルが、オロールを睨み据えて声を上げる。
「穏便に終わらせようと思ってたのに、全部パーだ!」
「殴り合ったら、友情が生まれるかもよ?」
 悪びれずに言うオロール。その言葉に反応したわけではないだろうが、次の瞬間、テーブルの上に転がっていたミゲルを殴った男が跳ね起き、オロールに飛びかかった。
 反応が一瞬遅れ、オロールは男に組み伏せられる。
 助けに入ろうと思ったミゲルだったが、残り二人の男がテーブルから立ち上がろうとしているのを見てそれを断念した。
 二人を迎え撃つ体勢を整えながら、ミゲルは苦々しく呟く。
「とんだ歓迎会だ」
 
「……どうしようかな」
 三対二で激しく殴り合う男達を少し離れて眺めながら、女の子は考えた。
 ともかく、降りかかった災難はミゲルとオロールが被ってくれたので、女の子にとってしなければならない事はあまり無い。
 かといって、殴り合いに参加するのは馬鹿らしいし、レストランの一角を着実に破壊しつつあるこの騒動を放っておくのも問題がある。
「MPでも呼んでおこっか」
 MP。ミリタリーポリス。軍警察の事で、基地内での犯罪取り締まりを行う。
 呼んで来れば、喧嘩に参加してる全員をしょっ引いて、鍵のかかる快適とは言い難い部屋に放り込んでくれるだろう。もちろん、全員であるからしてミゲルとオロールも同罪になるだろうが、女の子は気にしない。
 別に、女の子が『喧嘩をしてくれ』と頼んだわけではないのだから。
「ごめんなさい。電話貸してね」
 女の子は、厨房に歩いていくと、そこにいた店員達に頼んだ。
 
 通報から十分もしない内に屈強なMP達がやってきて、レストランの中の騒動を暴力的に鎮圧した。
 ミゲル、オロールとMSパイロットの男達は全員、薄暗い部屋の中で一夜を過ごす事となった……

 

 

 軍事宇宙ステーション“アメノミハシラ”。オーブが宇宙に所有する最大の軍事拠点。
 そこから、ヘリオポリス市民の逮捕とオーブ本国への送還という任務を負った、オーブ国防宇宙軍所属のネルソン級宇宙戦艦が出航していく。
 そして、ネルソン級の後には、一隻の大型輸送船が続いていた。
 大型輸送船はコロニーの部品すら運べる様な超巨大な物で、輸送力は極めて大きい。確かに、この大きさならば、一隻でヘリオポリス市民全員を収容して余りある。
 だが、当然の事ながら人を乗せる様には出来ていない。ヘリオポリス市民は、船倉の中に放り込まれ、まさしく貨物の様に輸送される事が決まっている。
 また、この大型輸送船はヘリオポリス建造時に活躍した船なのだが、その後は大き過ぎるという事もあって使用される事がなくなり、宇宙に放置されていた。
 今回の任務に就くに当たって、オーブ軍の手によって整備されているが、故障の心配がないとは言えないと、オーブ軍の整備員がわざわざ公式に記録を残している。
 総じて人を人とも思わぬ酷い扱いだが、ヘリオポリス市民は犯罪者扱いされているので、それでかまわないという判断なのだろう。
 なお、この大型輸送船は民間船である事から、乗組員は全て民間人だった。
 あの日にヘリオポリスから脱出した民間宇宙船のオーブ人乗組員が、強制的に集められてその任務に就かされているのだ。
 任務が終われば、彼らもオーブ本国の牢へと送られる運命にある。しかも、ネルソン級の砲の一つは常に大型輸送船を狙っており、逃げる事は出来ない。
 この無惨極まりない囚人船は誰にも見送られる事無く、宇宙の漆黒の中へと消えていく。ヘリオポリスへと向かって。無論、その行く先には絶望の他はない。