Top > 機動戦士ザクレロSEED_第24話
HTML convert time to 0.011 sec.


機動戦士ザクレロSEED_第24話

Last-modified: 2009-06-21 (日) 12:22:05

 オーブ国防宇宙軍所属のネルソン級宇宙戦艦。その艦橋で、艦長席に座る壮年の男が、使命感に燃える眼をしながら厳しい表情でモニターを見つめていた。
 モニターに映るのは、ヘリオポリスへと突き進む大型輸送船。
「停船せよ! 予定の行動から外れている! 直ちに停船せよ!」
 通信士が繰り返し、停船するように指示を出し続けている。全ての者が作戦の全容を知るわけではない。
 国家反逆分子によって運行されていた大型輸送船が逃走、しかし操作を誤ってヘリオポリスに衝突、ヘリオポリスを破壊する大事故となる――そういった状況を演出し、ヘリオポリスを破壊する事が今回の作戦の真実だった。
 オーブの理念に「他国の侵略を許さず」という項目がある。ヘリオポリスがZAFTに占領されたままの状態は、この理念に反している。しかし、敵の占領で奪われたのではなく、事故で失われたのならば、オーブの理念に反する事はない。
 また、オーブの理念に反する者達の愚行として記録に残れば、国民はオーブの理念に反する者への怒りをより強くするだろう。そうなれば、オーブの理念は国民の中でより強固なものとなる。
 艦長は、この作戦が終わった後に相応の責任を取らされる事は覚悟していた。
 管理下に置かなければならない大型輸送船の反乱を許したという失態。これはどうしても残ってしまう。
 艦長は、その罪を全て背負う覚悟だ。彼はオーブの理念に殉じ、オーブの礎となる事を心底喜んでいた。
「……国土紛争の原因となるだろうヘリオポリスを砕き、蔓延る国賊を根絶やし、オーブの平和を守る」
 誰の耳にも届かぬよう小さく呟く。艦長の顔が歓喜に歪んだ。
 ヘリオポリスはオーブの癌だ。それを自らが、この手で切り取るのだ。自分はオーブを救う英雄だ。オーブの歴史の一幕に自らが立つのだ。
 使命へ身を捧ぐ事への陶酔感。自らが正義を成している絶対の自信。それらは、世界の全てが自らの背を押してくれているかのような、得難い歓喜を与えてくれる。
 そう……その歓喜は得難い。今までの人生で一度として味わえなかった程に。しかし、得てしまえば満たされぬ今までの人生での飢えを満たして余りある歓喜を味わえる。
「……行け。進め……正義の道を……」
 大型輸送船は、ヘリオポリスへと突き進んでいく。障害は何も無い。艦長にはそれが、正義を成す者の前に、全てが道を空けたかのように思われた。
 それが、姿を現すまでは――

 

 

 ヘリオポリスの外壁の一部が、重々しくも音もなく開いていく。
 その後ろ、四角く切り取られたように開く空間。そこに潜んでいたモノは、闇の中で単眼を赤く光らせる。
 直後、それは背に爆発的なスラスター光をほとばしらせ、その姿を照らし出すと同時に宇宙へと飛び出した。
 虫の様な無機的な存在感をまとう者。無慈悲なる死神の鎌を振るい、光線の糸を吐き飛ばす魔獣。終末に破滅をもたらす黙示録の蝗として生を受けた機械。
 TS-MA-04X ZAKRELLO testtype code:mystere1
 トール・ケーニヒは、そのコックピットにいた。
 機体を実際に動かすのは初めてではあるが、シミュレーションを繰り返した甲斐あって操縦に惑いはない。
 もっとも、シェルターの秘密のエアロックを通って出撃した後は、一直線に敵に向かって飛んでいくだけなのだから、難しい操縦を強いられてはいないのだが。
 本当に難しくなるのは戦闘が始まってからだろう。しかし、トールは不安を抱いては居なかった。ミステール1を御する自信がある……だが、それだけではない。
 シミュレーターでの訓練で手にした……いや、わからないがきっと、それよりも前に手に入れていた力がある。
 使う事は簡単だ。操縦席に座ったその瞬間から、トールの身の内でその力は呼び覚まされようとしている。むしろ、意識して抑える事の方が難しい。
 そう望んではいないつもりでも、心の奥底では力を解き放ちたくて仕方がないからだろう。実際、シミュレーターで力を使わずに戦おうと試みても、戦闘に没頭し始めるといつの間にか力を使ってしまっているのが常だった。
 最近は力を積極的に使うようにしている。副作用があり、その度にエル……すなわちトールにとってのミリィに心配させるのが問題だったが。
 だが、その副作用は、トールにとってはむしろ心地よさすら感じさせてくれるものだ。それに耽溺する事に本能的に恐れを抱いてはいたが、その恐れをもってしても退けがたい程に、トールを惹きつけて止まない。
 トールは操縦桿を握り直し、軽く目を閉じて自らを誘う力に意識を委ねる。
 
 種子――
 
 腐敗しきり朽ち果てた種子。黒く変色し、湿り気を帯びた、一つまみの土塊にも等しい汚物が、自らの存在に耐えきれなくなったかのように崩れ、塵となって拡散していくイメージが脳裏に浮かぶ。
 そして、そのイメージは別のイメージへ重なる。
 炎の中に踊る少女……炎の中で焼け爛れ、引き裂かれ、崩れ落ちながら塵となって消えていく少女のイメージ。少女が炎の中で微笑んで囁く言葉……トールにはそれが聞こえない。
 これが何の意味を持つのか、トールにはわからない。
 ただ一つだけわかる事がある。それは、この儀式を通して、トール・ケーニヒは存在しなくなるという事。
 人間性が完全に欠如し、残るのは……ただ一匹の魔獣。
“圧倒的な力を見せて欲しい”
 ユウナからはそう言われている。ならば、その望みに応えよう。
 焦点を失った瞳が、モニター越しに宇宙を見渡す。
 獲物が居る。牙を持ち、爪を持った獲物。全てたいらげよう。
 トールと同一化したミステール1の傍らで少女が微笑む。焼き砕かれた顔で。

 

 

「艦長。ヘリオポリスから、何かが射出されました」
 索敵手が突然の報告を行う。歓喜の時を邪魔され、艦長は少し苛つきを感じながらも、平静を装って聞き返す。
「ZAFTか?」
 ZAFTの防衛戦力が邪魔をしてくる事は当然のように考えられていた。
 しかし、今現在、プラントとオーブは交渉中にある。その交渉を決裂させてしまわない為に、ZAFTも強硬な対応はしてこないだろうと読まれていた。
 つまり、大型輸送船を撃沈するという判断には慎重に成らざるを得ない。判断に迷っている間に、大型輸送船の衝突を阻止出来る限界点を突破してしまえば、作戦の成功は確定する。対応を間違えなければ、戦闘にすら成らないはずだ。
 艦長は、事前に考えられていたZAFTへの対応の事を思い出しながら、索敵手がZAFTの動きを報告するのを待つ。
 しかし、索敵手が返した答えは、艦長の予想とは違っていた。
「いえ、港口からではありませんから、ZAFTでは無いと思われます。それに、大きさから言ってシャトルではないかと」
 ZAFTなら、占領している港湾部から出撃してくる筈だ。
「逮捕直前にして逃げ出そうという輩か」
 艦長はシャトルと聞いて簡単に判断する。惰弱な敗北主義者であり、国家を売る事も辞さない卑怯者であるヘリオポリス市民ならば有り得る事だ。
「MA隊第一小隊を出撃させろ。停止命令を出し、従わない場合には撃墜しても構わん」
 出撃命令を出させ、艦長は余裕を持って少し微笑んだ。
 問題が起きる事は歓迎すべきだ。多数の問題が起こっていれば、大型輸送船への注意も薄れるだろう。それは作戦の成功率のアップに繋がる。
 だが、そんな余裕は、索敵手の更なる報告に掻き消えた。
「ヘリオポリスから出現した不明機、高速でこちらへ飛行してきます! これは、シャトルの機動性能では有り得ません!」
「モニターに映せ!」
 艦長のその声に、モニターに映し出されていたヘリオポリスの映像の一角がクローズアップされる。
 そこには、スラスター光を背負いながら一直線に向かってくる機影があった。
「何だ? MSではないな。ヘリオポリス駐留のZAFTに照会しろ!」
 相手が何であれ、ZAFTならば対応を変える必要はない。しかし、もしそうでないならば……
 通信士に指示を下しながらそんな事を考え、艦長は頭を振ってその考えを否定する。
 有り得ない。ヘリオポリスにZAFT以外に何が居ると言うのか? 売国奴共? 売国奴共が謎の機体を持っている……そんな事は馬鹿げている。
 だが、否定したその考え自体が、通信士によって否定される。
「艦長! ZAFTでは、あの機体について関知していないとの返答です!」
「な……何だと!? では、あの機体は何だと言うんだ!」
 艦長は激昂しながらモニターを指し示す。そこに映し出される機影は、確実に大きくなってきていた。
「共用回線で不明機に所属と飛行目的を問いただせ!」
「了解!」
 艦長の指示に、通信士が応える。しかし、返答が得られる前に、索敵手の報告が来た。
「先に出撃したMA小隊が交戦距離に達します」
 艦を発った四機のMAメビウスが、不明機に接近しようとしている。彼らは、不明機に対して停止するように求めているはずだ。そして、それに従わない場合は撃墜せよと命じてある。
 不明機はどう出てくるのか? その挙動の一切を見逃さないとでも言うかのように、艦長は緊張の面持ちでモニターの中の不明機を見つめていた。

 

 

 隊長機を先頭にしてダイヤ型を形作るように編隊を組んで飛ぶメビウス小隊。不明機はその編隊に正面から突っ込んでくる。
 編隊各機は、対装甲リニアガンの照準を不明機に合わせ、必要となれば一撃を撃ち込める態勢をとっていた。
 とは言え、現状ではまだ先制攻撃は許されていない。攻撃は、まず通信で停止命令を出してから、敵がそれでも動きを止めなかった場合にだ。
 メビウス小隊隊長は、接触前に通信機を使って呼びかけた。
「飛行中の機体は即座に停止せよ。貴機は、オーブ国防宇宙軍所属艦艇の防空圏に進入しようとしている。警告に従わない場合、発砲する。ただちに停止せよ」
 同じ事を数度通信して、不明機の反応を待つ。しかし、不明機は停止する素振りなど見せず、進路も変えずに突き進んでくる。
 隊長は、通信を僚機に送った。
「アルファ2は曳光弾装填。威嚇射撃用意。ベータ1、2は引き続き不明機を警戒せよ」
 了解と返る通信を聞きつつ、隊長もまた曳光弾を対装甲リニアガンに装填する。
 まずは威嚇射撃。その効果がなければ、撃墜しても構わないだろうと。明確な戦闘状態ではない為、確認作業に手を取られるのは面倒だった。
「飛行中の機体は即座に停止せよ。貴機は、オーブ国防宇宙軍所属艦艇の防空圏に進入しようとしている。これより威嚇射撃を行う。警告後、即座に停止しない場合は撃墜する」
 再度の警告をしたが、不明機は止まる様子も無い。
 これは、ZAFTではないなと隊長は察した。ZAFTならば警告を無視するという事はないだろう。となれば、ヘリオポリスの住民なのか?
 不明機はかなりの大きさがあり、メビウスの様なMAでは無い。改造したシャトルの様な物で戦うつもりなのかも知れないと想像した時、隊長は冷笑を漏らした。
 そんなもので戦えるなら、ZAFTと戦って死ねば良かったのだ。売国奴が……と。
 不明機は、もうすぐ対装甲リニアガンの有効射程に入る。威嚇射撃の必要など無かったかと思いながら、隊長は操縦桿のトリガーに指を添えた。そしてそれが……隊長の最後の意識となった。

 

 

 互いに向かい合い、突き進むミステール1とオーブ軍のMA小隊。両者は、多くの目に見守られていた。
 先手を打ったのはミステール1。
 メビウスの有効射程に入る一瞬前にミステール1が放った二条のビームが、隊長機とその右後方を飛んでいたメビウスを貫いた。
 残りの二機は、宙に突如生まれた爆発を避けて散開する。が、次の瞬間、その内の一機をビームが捉えた。重なり合う大きな爆光の側に、もう一つ新たに爆光の花が咲く。
 残る一機は爆発を避けて生き延びたが、その進路はミステール1のいた方向から大きく外れてしまっていた。
 メビウスなどの旧型MAの特性上、一度変えてしまった進路を元に戻すにはかなりの移動距離を必要とする。
 弧を描くような軌道をとりながら、ミステール1のいた方向へと機首を戻そうとするメビウス。しかし、その動きを完遂する前に、メビウスは再度放たれたビームに貫かれて爆光に変わる。
 ミステール1は、四機のメビウスが散った宙を何事もなかったかのように飛び抜け、更にその奥を目指した。オーブ軍のネルソン級宇宙戦艦を襲う為に。
「戦闘が……戦闘が始まったぞ!」
 ヘリオポリスの外壁から撮影を行っているテレビクルー達は、カメラマンが捉えていた今の映像に騒然となった。
 遠見では宇宙の漆黒の闇の中に、一瞬の閃光が瞬いただけだ。しかし、モニターの中にはビームに貫かれるメビウスが映し出されていた。
「しっかり撮れ! こいつは凄いぞ!」
 ディレクターが興奮して叫ぶ。
 自らの運命に絶望をもたらしに来た者達に一矢報いる存在……誰もが願わずにはいられなかった存在が、カメラの中で戦いを演じて見せていた。
 その戦闘映像を受け取っているテレビ局の中は、今や興奮のまっただ中にある。
 最初は、自分たちを逮捕する為に来た軍艦が堂々進撃して来るという、見れば気落ちするだけのニュース映像とばかり思われていたそれが、全ヘリオポリス市民に伝えるべき物へと変貌したのだ。
 オーブ本国に敵対する者の出現。それが朗報なのか、それとも凶報なのかの判別はつかないが、その答はミステール1の戦い如何にかかっている。ならばそれは、ヘリオポリス市民全てが見守るべきだろう。
 テレビ局の中を、スタッフ達が慌ただしく駆け回る。
 今や、全ての放送が中止されていた。どうせ、「オーブ軍が来たら大人しく逮捕されましょう」というような案内放送や、過去の番組の再放送くらいしか流せていなかったのだ。そんな物よりも重要なニュースがそこにある。
「予定を変更して、緊急特別番組を放送します。ヘリオポリスの外で、戦闘が始まった模様です」
 ローカルニュース番組を撮るのに使われていたスタジオで、局のアナウンサーが緊張した様子でカメラに向けて話しかけていた。
「戦闘を行っているのは、オーブ国防宇宙軍。そして……え?」
 下読みをする時間など与えられていなかったアナウンサーが、ニュース原稿のその部分を見て困惑を露わにする。
 だが、困惑した所で原稿の内容が変わるわけもない。
 アナウンサーは、ぐっと唾を飲み込んで、自らを落ち着けながら原稿の先を読んだ。
「失礼いたしました。戦闘を行っているのは、オーブ国防宇宙軍。そして、ヘリオポリス所属のモビルアーマー、ミステール1です。
 ミステール1は、ヘリオポリス行政官が密かに用意していたモビルアーマーであり、彼の市民を守ろうとする遺志……これは遺す方の遺志です。遺志により、オーブ国防宇宙軍しいてはオーブ政府に対する戦闘行動を開始した。との事です」
 原稿を読み上げたアナウンサーにも、疑問の色は隠せない。
 ヘリオポリス行政官が用意したMA? オーブ政府への戦闘行動? かろうじてわかるのは、今まで隠れていた何かが動き出したという事くらいだ。
 しかし、アナウンサーに惑っている時間など与えられない。早く先に進めろと指示を出され、アナウンサーは原稿の末尾の部分を読み上げた。
「ともかく、実際の映像を御覧ください。今現在、ヘリオポリスのすぐ側で行われている、実際の戦闘の映像です」

 

 

 ネルソン級宇宙戦艦が、アンチビーム爆雷を射出し炸裂させながら、同時に艦載機を出撃させている。
 当然の事ながら艦内は、戦闘態勢への移行に伴い騒然としていた。
「ZAFTから通信! 領空内に出現した不明機に対し、ヘリオポリスの防衛部隊を出撃させたとの事です!」
「領空だと!? 違う! ヘリオポリスはオーブの物だ! オーブの理念を守る為、そうでなければならんのだ!」
 ブリッジで通信士からの報告に艦長は叫び返し、それからヒートアップした頭をさまそうとでもするかのように首を振る。
 ZAFTが領空を主張するのは当然の事だ。忌々しい事ではあるが。
 しかしそれも、この作戦が完了するまでの事。今は言わせておけばいい。問題はZAFTが部隊を出してしまったという事だろう。
 そう簡単に今回の作戦が阻止出来る筈はないが、対応出来る部隊が居るのと居ないのとでは、状況的に大きな違いがある。居ない方が好ましいのは言うまでもない。
 今は不明機を早急に始末して、ZAFTの部隊にはお帰り願うのが良い。
「MA隊、第二・第三小隊を出撃させろ!」
 艦長は指示を下す。艦内には他にまだ二個小隊を残していたが、これは教本通りに予備戦力を残したというもの。優秀な艦長は、教本に忠実であった。
 もとより、MS相手でも戦力比は五対一なのだ。大型であってもMA相手に八機を投入して負ける筈がない。そんな考えが艦長の中にはあった。
 彼は知らなかったのだ。そこに魔獣がいると言う事を。
 ネルソン級宇宙戦艦を発ったメビウスは各小隊毎に横隊を組み、四機横一列に並んで宙を進む。両小隊が歩調を合わせ、数の優位を活かせるよう同時攻撃を仕掛けるべく。
 これならば、不明機から先制攻撃を受け数機が撃墜されたとしても、残る機体で攻撃をかける事が出来る。
 そして、各メビウスのコックピット内、モニターに映し出される不明機に照準が合わせられた。
 不明機は、進路を変える事もなくネルソン級宇宙戦艦を目指している。
「敵の有効射程は長い! 両小隊の隊長機が牽制射撃を敢行。有効射程に入った後に残る機で仕留める! 各員は隊長機の射撃を待って行動せよ!」
『了解』『了解』『了解』
 第二小隊隊長が指示を出した。すぐに部下から返答が送られてくる。第三小隊でも、同じ命令が出されている事だろう。
 先の戦いで不明機は、メビウスの有効射程に入った直後に、メビウスを撃墜して見せた。それは、不明機のビーム砲の射程距離が、メビウスの対装甲リニアガンと同じかそれ以上である事を示している。
 正面からぶつかり合ったのでは味方に再び犠牲が出るだろう。それを防ぐ為、命中精度に難が出るのを覚悟で、有効射程外から攻撃を仕掛けて不明機を牽制する。
「……牽制射撃、開始!」
 小隊長は、操縦桿のトリガーを引いた。
 直後に、対装甲リニアガンから撃ち放たれた砲弾が不明機に向かう。無論、それは目に見える物ではない。しかし、不明機のコックピット内では、砲弾の接近をレーダーで感知したコンピューターが警報を上げているはずだ。
 それに、有効射程外とはいえ狙って撃っているのだから、当たる可能性は有る。
 通常ならば攻撃されているという事実から、何らかの動きを見せる筈。MSだとしても、それは同じ……だが、
「……なに?」
 変わらずその距離を詰めてくる不明機に、小隊長の表情が曇った。
「絶対に当たらないとでも思っているのか? いや……」
 モニターに映る不明機の無機質な単眼を見て、有り得ない想像が沸き上がる。
「こいつには恐怖がない……」
 呟いた直後、不明機のビーム砲の砲口が光を発した。小隊長は燃え上がり砕け散るコクピットの中で断末魔の叫びを上げる。
 牽制射撃を無視して進んできた不明機の射撃は、第二小隊の隊長機ともう一機を瞬時に爆炎へと変えていた。
「有効射程内だ! 撃て!」
 第三小隊隊長は、味方の撃墜に部下が動揺する前に命令を下す。
 その命令は第二小隊の機にも伝えたので、計五機が一斉射撃を行える筈だった。しかし、射撃が行われるより一瞬早く、不明機は各機の照準の中から消える。
「な!?」
 驚きに声が漏れる。
 カメラが自動的に不明機を追尾しその動きを追っていた。軌道をねじ曲げるようなその動きはMSという兵器が得意とするものであり、MAでは有り得ない動きだ。
 そして不明機は、その有り得ない動きで第三小隊の方を向き、ビーム砲のある正面射界に捉えようとしていた。
「各機散か……」
 命令を下し終える前に、第三小隊隊長は自機を貫いたビームの中でその身を灼き消される。
 第三小隊のもう一機も同じ運命を辿り、宙に二つの爆光が咲いた。

 

 

 敵が命を失った証の光がモニターに映し出され、ミステール1のコックピット内を明るく照らし出す。焦点を失った瞳でそれを見るトールには、別の物が見えていた。
 爆炎の中に浮かぶ少女。炎の中で焼き尽くされ、爆発に切り刻まれる少女。彼女が微笑んでいるのはわかるが、それが誰なのかはわからない。
『…………』
 聞こえる。少女は何かを囁いている。しかし、その声はどうしても聞き取れない。
 トールは、第三小隊の残る二機にビームの照準を合わせた。
 隊長機を失った二機は、コースを変える事無く進み続けている。隊長機が命令を下していたならば、散開して逃げ、自らの命をほんの数分でも延ばせていただろうに。
 ミステール1からビームが放たれ、メビウス二機が爆発して宇宙の塵となる。そして、トールは再び少女と刹那の邂逅の時を得る。
 その姿は見えない。その声は聞こえない。
 宙に爆発が起こる度、少女の幻影は一瞬だけ姿を現し、消える。そう、わかってきた……ならば。
 トールは残る第二小隊の二機を探した。二機は別れて飛びながら、それぞれがミステール1に向かって来ようとしている。
 同時に射界に入れる事は出来ないので、とりあえず一機を射界に入れて撃つ。ビームは、簡単にメビウスを貫き、炎の塊へと変えた。
 続いて最後の一機を狙い撃つ。ミステール1の……と言うよりもザクレロシリーズのビームは連射が利くので多数を相手にするには向く。
 最後の一機も逃げる事など出来ず、ビームに貫かれて散った。
 少女は二度共に現れ、そして刹那で消える。その顔は見えない。その声は聞こえない。
 しかし、わかる。少女は――笑っているのだ。
 ミステール1は、更なる敵を求めてネルソン級宇宙戦艦を目指す。
 トールは、敵を殺す度に少女の幻影が鮮明になっているような気がした。ならば、幾百、幾千と敵を殺せば、少女はもっと自分の所に居てくれるかもしれない。もし少女が、幾千幾万の戦いの果てにトールの元へと来てくれたなら……その時には……
 その時に何をしたいのかはわからないが、トールの中に狂おしいまでの欲求があった。少女に会いたい。そして……そして……
「……敵を。もっと敵を」
 貪るべき熱い血肉を求め、トールの口から無機的な声が漏れた。

 

 

「MA八機が五分で全滅だと!?」
 ネルソン級宇宙戦艦の艦橋。信じがたい状況に、艦長は悲鳴のような声を上げた。
「対空戦闘用意! 残りのMA隊も出撃させろ!
 直後に指示を出すが、状況が絶望的なのは誰の目にも明らかだ。残るMA二個小隊八機を注ぎ込んでも、同数のMAを容易く蹴散らした不明機を止められる筈がない。
 後は艦による対空攻撃を加えて、どれだけ戦況を変えられるのかに全てはかかっている。
「砲撃! 砲撃を行え! 当てて見せろ!」
「は、はい! 砲撃を行います」
 誰もが無茶とわかる命令に、火器管制担当が応えた。無茶でも、やらなければ死ぬだけだと言う事位は、やはり誰もがわかっている。
 二連装大型ビーム砲三門が、不明機に向けて六本の光条を伸ばした。
 しかし、当たらない。艦砲は同じ艦船や要塞、あるいは敵集団に撃ち込む位しか想定されていなく、戦闘機動を行うMAに直撃させられるようなものではない。
 それでも、接近する不明機に対して更なる砲撃が行われる。二回目の砲撃は、一回目よりも大きく目標を外していた。クルーの焦りが、只でさえ低い艦砲の命中精度を更に落とし込んでいる。
「何をやっている!」
「VLSに対空ミサイルの装填完了いたしました!」
 艦長の怒声に被るように、クルーの報告が上がった。艦長は考える事もなく叫ぶ。
「撃て! 何でも良い、奴を止めろ!」
 その声を受け、十六基の多目的VLSが次々にミサイルを吐き出した。
 ミサイルはスラスター光を後に曳きながら、不明機めがけて殺到する。
「ミサイル十六発、不明機に向け飛行中……」
 索敵担当がミサイルの行方を報告しはじめたその時、モニターの中で不明機がビームを放ちながら薙ぐように身を捩った。
「ミサイル六発消滅! 十発が敵を依然捕捉中!」
 不明機による迎撃で六発減ったものの、残りは健在。この報告に、ブリッジクルーの間に期待感が芽生えた。
 が……この時、誰も気付く事はなかった。不明機が、回避運動さえ取らずにミサイルに正面から突っ込むような軌道を取った事に。
 直後、ミサイルは不明機の居る空間に次々に突入。近接信管を作動させて爆発し、周囲に爆光と破片を満たす。
 モニターの中、不明機はミサイルの爆発に包まれて姿を消した。
 艦橋に誰が漏らしたのか感嘆の呻きが響く。艦長は不明機の撃墜に確信を持って、笑みを浮かべると同時に口を開いた。
「十発のミサイルの同時着弾だ。MSだって無事では……い……」
 言葉が途中で止まる。ミサイルの爆発の残光が消えつつあるモニターを見る目が、驚愕に見開かれていく。
 そこには、変わらぬ不明機の姿があった。
 メビウスの装甲を容易く切り裂く破片の雨を受けてなお健在。まっすぐにネルソン級宇宙戦艦……すなわち獲物を目指して突き進んでくる
「何だ……あれはいったい何だ?」
 艦長は、艦長席に深く身を沈めて、敵の正体を誰に問うでもなく問うた。
「第四・第五小隊、交戦に入りました!」
 艦長の問いに答は返らず、クルーの報告のみが上がってくる。その報告も、交戦を報せた所で途絶える。
 もはや、報告の必要など無かった。モニターの中、次々に宙に咲く爆光。それが、現在起こっている現実を伝えてくる。
「う……うわぁああああああっ!」
 クルーの一人が恐怖の叫びを上げながら、モニターに背を向け頭を抱え込んだ。
「何をしてる!? 戦闘中だぞ!」
 艦長は叱咤の声を上げ、そのクルーが予想外の人物だった事を知り、怪訝げに眉を顰める。そのクルーはコーディネーターであり、常に冷静沈着で知られていた筈だ。状況的に誰かが錯乱してもおかしくはないが、いつも冷静だった者が真っ先にこうなるとは……
「――全滅! MA部隊全滅です!」
 クルーの悲鳴混じりの報告が、艦長を思考の中から引きずり出す。絶望的な現実の中へと。
 守りの兵を全て喰らい散らし、魔獣はついに王城へと駆け上ってきた。
「た……対空防御!」
 ネルソン級宇宙戦艦の各所から、二連装対空砲五門と75mmガトリング機関砲による細い火線が伸びる。これとて、当たればMAを砕き、MSでも損傷させるに足る威力はあるのだ。
 だが、魔獣に対しては?
 答えはすぐに出た。不明機が、装甲表面に着弾の火花を散らせながら突き進んできた時に。そして、反撃とばかりに撃たれたビームが、対空砲を次々に貫いていった時に。
 艦長の胸の中に絶望が広がっていく。その目は血走り、身体は震え、戦いが始まる前までの歓喜の表情は全く無くなっていた。
 作戦は全て順調だったのだ。オーブの正義を邪魔する者など、何も無かった筈なのだ。
 だが……それは来た。
「何なんだお前は!?」
 叫ぶ艦長の目の前、モニターに不明機の赤い単眼が輝く。無機質な、ただの機械でしかないそれを見て……艦長は何故かこう思った。
「笑っているのか?」
 その呟きの直後、至近距離まで来ていた不明機が対艦ミサイル八基を撃ち放つ。
 ミサイルは次々にネルソン級宇宙戦艦に当たって爆発し、最後の一発は艦橋に突き刺さった。艦橋に居た全てのクルーは一瞬で灼き滅ぼされ……僅かに遅れて艦自体も誘爆を起こし、残る乗組員をも千々に灼き砕く。
 その一際大きな爆光に照らされながら、不明機……ミステール1は初めてその機動速度を緩めた。
 しかしそれは、戦闘の終わり故ではなく、新たな戦いに備えての事。
 回頭し進路を変えるミステール1が新たに向き合う先……ヘリオポリスから出撃してきた六機のMSジンの機影があった。

 

 

 テレビ局。放送は山場を迎えたらしく、かなり騒然としている。
 そんな中、ユウナ・ロマ・セイランとエルは、局内の一室に待機していた。
 芸能人の控え室……ではあるのだが、ここしばらくの間は芸能人を呼んで撮影を行う事など無かった為、倉庫代わりに使われて雑多な荷物を詰め込まれていて狭い。
 そんな狭くなった控え室をパーティションで更に二つに区切り、一方でユウナはスーツ姿で暇そうにしていた。
 と……エルが、パーティションの向こうから顔を出して聞く。
「……ユウナさん、着替えましたけど……これ何ですか?」
「ああ、ステージ衣装だよ。さ、見せてくれないか?」
 ユウナはエルには特別な衣装を渡し、その着方もメモにちゃんと用意して渡し、ここで着替えをさせていた。
 ユウナに促されて、エルはおずおずとその姿を現す。
 エルが身にまとっていたのは黒のドレス。精緻な細工に飾られた古風なそのドレスは、エルに気品と可憐さを与えていた。
 そして更に、エルの首と両手首、両足首に太い革ベルトが巻き付いている。革ベルトからは短い鎖が垂れており、エルの動きに合わせて小さく鳴った。
 その武骨なベルトが、高貴なる令嬢といった印象のエルが浮かべる不安と怯えの色を帯びた表情に合わさり、ある種の淫靡さを漂わせている。
「良いね。パーフェクトだ。君を見ていると……たぎってならない」
 ユウナは手放しでエルを褒めるが、さすがにエルは素直に喜ぶなどと言う事はなく、首や手足にはまった枷に不安げに触れながら聞いた。
「この首のとか……」
「君はヘリオポリスの象徴だ。首輪、手枷足枷は、ヘリオポリス市民に科せられている不当な罪を象徴しているんだよ。千切れた鎖は、そこからの脱出を意味しているんだ」
 口から出任せも良い所ではあったが、言ってからユウナはこの出任せが意外にも良い感じにまとまっている事に満足して頷いた。象徴的な意味を持たせるというのは、口実としても、実際の効果としても申し分ない。
 実際の所はと言うと、エルに着せた服はユウナの趣味以外の何物でもなかった。後は鎖を壁か天井にでも固定してやれば完璧なのだが、流石にそれではテレビに出演させる事が出来ないので諦めている。
「もうしばらくしたら、戦闘が終わる。そうなってからが、僕らの出番だ。トール君の戦果を無駄にしない為に頑張ろうじゃないか」
 言いながらユウナが指差した先には、小さなテレビが置かれていた。その画面の中、宇宙に浮かぶミステール1の姿がある。
 それを見てエルは、安堵とも怯えともつかぬ表情を浮かべた。
 トールの生存が確認されている事はやはり嬉しいのだろうが、エルにとってミステール1はトールを連れ去る物でしかない。それが、エル表情の揺らぎの意味か……
 そんな分析をしていたユウナに、エルはふと気付いたという様子で聞いた。
「ユウナさんは、そのままで良いんですか?」
「え? ああ……すっかり忘れていた。正体は隠したいな。でも、時間も無いし……」
 エルに言われて初めてそれに気付いたとばかりに手を叩き合わせ、それからユウナは控え室の中を勝手に漁り始めた。
 ややあってユウナは、控え室に置かれていた誰かの荷物の中から、芝居の衣装の一部だと思われるマスクを見つけ出してくる。
「そんなので顔を隠して、大丈夫なんですか?」
 怪しまれるんじゃないかと思って聞いたエルに、ユウナは何でもない事のように答えた。
「軍のトップエースが仮面つけて平気なんだから大丈夫じゃないかなぁ」
 ZAFT連合問わず軍では何故か珍しくは無い事。だからとユウナは、これまた勝手に拝借してきた手拭いを手慣れた様子で頭に巻き付け、それからマスクを被る。
 ゴムで出来た、人の頭部をそのまま象っただけの白いマスク……目と口の部分だけぽっかりと穴が開けられており、そこからユウナの目と口が覗く。
 マスクによって表情といったものを完全に失ったユウナ。それはつまり、普段の道化じみた虚飾を全て失ったと言って良い。
 マスクから覗くユウナの目……それを見てエルは恐怖を覚えた。まるで同じ人物とは思えない、暗く冷たいその目を見て。
「……スケキヨだよ」
「え?」
 ユウナの目に射竦められた様に動けないでいたエルを我に返らせたのは、ユウナの冗談混じりの声だった。
「マスクさ。古典演劇の小道具なんだけど……良い物が見つかった。これなら、誰も僕だとはわからないだろうからね」
 声はいつもの通り、仕草もいつもと変わらない。エルは、ユウナの目に感じた異様さが気のせいだったかと安心した。
 しかし、ユウナが口を閉ざせば、あの暗い情念をはらんだ眼差しが際立ち、エルを不安にさせる。そんなエルの不安げな表情を愉悦の目で見つめながら、ユウナは思いついた言葉をそのまま口に乗せた。
「これは野心家であり、陰謀者のマスクだ。そして……全てを果たせずに殺される男のマスクでもある。この事が何かの象徴にはならないと良いね」
 そう嘯くユウナの口元には不敵な笑みが浮かぶ。まるで、自らの事を語っているかのように……