Top > 機動戦士ザクレロSEED_第25話
HTML convert time to 0.018 sec.


機動戦士ザクレロSEED_第25話

Last-modified: 2009-10-12 (月) 01:06:01

 戦闘の灯は、大型輸送船の船橋からも見えていた。
 オーブ国防宇宙軍所属のネルソン級宇宙戦艦が爆散するのを、船長は信じられない物を見る思いで見守る。今まで自分達が感じさせられていた威圧感の大きさと、あっけなく宇宙に散っていく宇宙戦艦の姿のギャップを認めかねて。
 しかし、如何に信じがたい状況であっても、これは現実である。惜しむべきは、これが自分達の危機脱出の一助にはなりそうにないという事か。
「……各員、自分の仕事に戻れ! 問題は解決していないが、オーブ軍の糞共が死んだ分、状況は好転しつつあるぞ!」
 船長は、自分と同じく今の戦闘に見入っていたブリッジクルー達に向かって声を上げ、彼らの成さなければならない困難に再び立ち向かわせた。
 大型輸送船の状況は何も変わっていない。
 主推進器及び姿勢制御スラスター、操作不能。大型輸送船は、狙い澄ましたかのように……いや、明らかに狙って、ヘリオポリスとの衝突コースを突き進んでいる。
 そして、通信不能。救助を求める事はもちろん、衝突の危険を報せる事も出来ない。
 船員達は何とか状況を打開しようと、不調の原因とその打開策を探して必死に自らの出来る事をやり続けている。
 船長は、自らの立場故に状況を見守るしか出来ない事に歯がみした。しかし、それこそが他の誰にも出来ない、船長だけに出来る事でもある。
 せめてとばかりに、船長は頭を働かせる。何が起こっているのか……いや、今、何を成すべきなのか。思考に没頭しようとしたその時、船長の傍らでコンソールが鳴った。
「何だ?」
 機関部からの通信。コンソールを操作して回線を開くと、重く苦々しい空気をまとわりつかせた機関長の声が応える。
『船長……原因を突き止めました。推進器制御系のOSが主原因です。こいつが、こっちの命令を拒絶してる。それから、予備制御系も緊急停止装置もやられています』
 バグなのか……あるいは何か仕込まれたか? 船長の中に疑念が渦巻く。だが、それを問い質すよりも先に聞くべき事があった。
「修理は可能なのか?」
 原因がわかっても、それを解決出来ないのでは意味がない。
 その事は機関長も理解していた。用意してきていた答を返す。
『今、機関士および整備士全員で、推進器をコンピューターの制御から切り離し、手動で操作を行う準備をしています。安全の保証は出来ませんが、上手く行けば進路を変える事が出来る筈……船長のご許可を頂きたい』
 推進器は、コンピューターが極めて厳密に制御している。それを手動操作で行う等、正気の沙汰ではない。
 制御不能に陥って推進器自体が暴走……過剰出力に耐えかねて最終的に爆発などという事も十分に考えられる。
 そこまで行かずとも、推力の微妙な調整など望めない状態だ。船が何処へ針路を変えて飛んでいくか予想もつかないし、最悪の場合には急な動きの変化に耐えかねて船体が崩壊してもおかしくはない。
 通常ならば、そんな試みに許可を出せるわけがない。しかし、今この船には、そんな手しか残されては居ないのだ。
「許可する。何をしてでも、この船の針路を変えてくれ」
『ありがとうございます。ただ、残念な事に時間がありません……間に合わせるべく、各員全力で奮闘中です。しかし……万が一、間に合わない場合……それに備えるよう、ヘリオポリスに連絡をとってください』
 時間……今、この船に最も足りない物だ。機関長の言葉は重く、抑え込んでも抑えきれない不安がにじみ出ている。
 その不安が現実になった時に備え、危機はヘリオポリスに報せねばならない。危険に備えてヘリオポリスを脱出するなど、対策を取る事もできるだろう。
 それに、この船へ救援の手を差し伸べてくれるかもしれない。救援を得られれば、この船が起こそうとしている惨事を防ぐ大きな助力となる。ならずとも、乗員だけでも救い出してくれれば……
「……わかった。何としてでも、ヘリオポリスに連絡を取ろう。そちらは、作業を続けてくれ」
『了解です。船長』
 機関長との通信は切れた。船長は息もつかず、すぐに通信員に向けて問いを投げた。
「通信機は回復しないか?」
「……ダメです。通信機は完全にいかれています」
 通信員は暗い顔で首を横に振る。そして、救いを求めるかの様に船長に言った。
「これは単純な不調などでは説明出来ませんよ。まるで、通信関連のシステムを根こそぎ壊されたみたいだ。もう……どうしたら……」
「泣き言を言ってる場合じゃないんだ! 何としてでも、外と連絡を取る。通信機が使えないなら何でも良い……何か通信手段を考えろ!」
 通信員を怒鳴りつけ、船長は自分が無理言っており、それを承知の上で無理を通さなければならない状況に歯がみする。
「何か……何か方法があるはずだ」
 悩み顔を上げる船長を、白く皎々と光る照明が見下ろしていた。

 

 

 ギルバート・デュランダルは、ヘリオポリス港湾部の管制室に設けられた指揮所のドアをくぐった。
 ZAFTヘリオポリス守備隊指令である男が、指令席からデュランダルの姿を見咎めて眉を顰める。
「こんな所まで、何の御用ですか?」
「オーブ艦が、たった一機のMAに襲撃を受け、全滅したと聞きまして……興味を抑えられなかったものですから」
 悪びれることなく笑顔で言うデュランダルに、守備隊司令は見せつける様に溜息をついてみせた。それから、宇宙空間を映し出す正面モニターに目を戻して言う。
「これより戦闘指揮を行います。邪魔はしないで下さい」
「戦闘ですか……戦艦一隻を一蹴した敵です。プラントに対して敵意を見せていないなら、今は手を引いた方がよろしいのでは?」
 デュランダルもモニターに目をやる。そこには、オーブ艦の残骸を背景に一機のMAが映し出されていた。昆虫の様に無機的なその姿に心の奥底を揺すられる様な感覚を覚えながら、デュランダルはその名を呟く。
「……ミステール1。ヘリオポリス所属のMA。噂に聞く、ザクレロと関係があるのかもしれません。危険な相手ですよ?」
 ゼルマンの言うザクレロならば相当に危険な相手だ。そして、ザクレロとは関係なくとも、ミステール1の戦力の大きさは変わりない。
 MA五機でMS一機分という乱暴な計算をすれば、MA二十機を擁していたオーブ国防宇宙軍所属の戦力はMS四機分に加えてネルソン級宇宙戦艦一隻となる。ミステール1はそれを一蹴して見せた。
 そして、自軍の戦力はMS六機。この違いは決して大きいものではない。
 しかし、守備隊司令は冷笑を浮かべて言った。
「ザクレロ……ああ、ゼルマン艦長の報告にあったMAですか? あれは大げさに過ぎます。たかがMAですよ」
「…………」
 デュランダルは守備隊司令の反応に、隠して苦笑を浮かべる。実に……ゼルマン艦長の言った通りの反応ではないかと。
 ただ、守備隊司令の答は、コーディネーターの矜持がだけが言わせた物ではなかった。
 プラント領の防空圏内で、“中立国”の軍艦が沈められたのだ。それを無視しては、オーブへの態度はもちろん、プラントによるヘリオポリスの実効支配すら疑われよう。
 仮に勝てないとしても、戦闘をしないわけにいかないのだ。こんな事で死ぬ軍人達には哀れを感じるが……
「見逃すという選択は、政治的にも無い……か」
 デュランダルは誰にも聞こえぬ様、口の中で呟く。
「全て杞憂に終わり、“たかがMA”が事実であれば良いのですが」
 正面のモニターの中、ミステール1を包囲しつつ接近する守備隊のMS六機のスラスター光が瞬くのが見えた。戦闘は、もうすぐにも始まろうとしている。

 

 

 MMI-M8A3 76mm重突撃機銃を装備したジンが四機、M68 キャットゥス500mm無反動砲を装備したジンが二機、背にスラスターの炎を長くなびかせて宙を突き進む。
 その先頭を行くジンのコックピットの中で、MS隊隊長は僚機に指示を下した。
「敵MAの射程は長い! 十分に距離のある内から回避機動を行え!」
 指示を受けたジン各機は、姿勢制御バーニアを噴かす事に加えて、手足を振って重心移動を行い、針路を複雑に曲げながら前進していく。回避機動開始のタイミングは早いが、それ以外はいつもと変わらない。
 先のオーブ軍との戦闘で、ミステール1の武器はわかっている。警戒すべきは長射程のビーム砲。それだけ……それだけだ。敵は、大型ではあるもののMAに変わりない。
 MS隊隊長は、言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。
「敵はMAだ……新型であろうと所詮は時代遅れの兵器だ。何も恐れる事はないぞ」
 何も恐れる事はない……いつも通りの戦場。だが、それならばこの、身の内から湧き出してくる様な不安感は何なのか? MS隊隊長は、全身にじっとりと浮き上がってくる汗に身を冷やされながら自問する。
 異変は、先のオーブ軍とミステール1の戦闘を見てからだ。
 一方的にオーブ軍を粉砕するミステール1。確かにその戦果は凄い。ZAFTでも、同じ戦果を上げられる者はそう居ないだろう。しかし、それだけの筈だ。
 如何に強力な敵だとしても、自分にそれを恐れる気持ちは無い。今まで幾度も戦場に立ち、艦砲と対空砲をかいくぐり、MAの群れを相手にしてきたのだ。
 それがどうだ? 今、自分は新兵の様に震えている。意識してそれを止めようにも、どうしても止まらない。
「何だ……何なんだいったい」
 震える手で操縦がぶれない様、操縦桿を強く握りしめる。
「あの敵は何だと言うんだ」
 MS隊隊長は、モニターの中のミステール1を睨み付けた。
 ミステール1は、宇宙の虚空の中より、自分達に迫ってくる。スラスター光を鬼火の様に後に曳きながら。赤い単眼を皎々と光らせて。
 氷の様な冷たさが、MS隊隊長の背を這い上がる。直後、ミステール1から放たれたビームが、一条の光となって何も無い宙を貫いた。
 外れ……やはり、回避機動を取るMSに対し長距離から命中させる事は難しい。
 しかし、この攻撃が呼び水となり、ジン各機もまた長距離での射撃戦を開始した。重機銃が猛り狂った様に銃弾を吐き出し、曳光弾が宙に線を描く。無反動砲からは炎の尾を曳きながら成形炸薬弾が走る。
 だが、早い。攻撃を仕掛けるタイミングとしては、ミステール1を半包囲してからでもかまわない……いや、数の有利をより生かす為、そうすべきだった。
 攻撃が早い事を注意しようとして、MS隊隊長は自らもトリガーを押していた事に気付く。
 何かが判断を狂わせている。そうと気付いたのは、MS隊隊長の経験故だろう。しかし、彼をもってしても、何が判断を狂わせたのかはわからなかった。
 いや……プライドの為に、無意識に認める事を避けたのか? 自らを狂わせているものが、紛れもない恐怖であるという事を。
 それは、ミステール1を侮ったが故でもあったろう。
 ミステール1は、隊長機と僚機のジンが張る重機銃による火線の直中に突っ込んできている。火線の隙を縫う様な機敏な回避の出来ない旧式MAならば有り得る動きだ。
 このままならば、遠からず火線に捉えられて落ちる。そう判断して然るべき。だからこそ、MS隊隊長は自分が感じている感情を無視してしまった。ミステール1を倒せる敵と判断して。
「所詮、ナチュラルが作った旧式兵器だ!」
 部下を叱咤しながら、MS隊隊長はトリガーを更に押し込んだ。
 隊長機のジンは重機銃を振り、ミステール1を絡め取る様に火線を寄せていく。僚機の重機銃の火線も同じくミステール1に迫る。無反動砲装備のジンは、ミステール1が火線に囚われて身動きが取れなくなる瞬間を狙っているだろう、射撃を止めていた。
 ミステール1の射撃が戦闘の始まりの号砲となってから僅かに十数秒。重機銃の弾倉から弾が尽きるより僅かに早く、その火線がミステール1を捉える。僅かに着弾のタイミングは前後したが、ジン四機がその火力を全てミステール1に叩きつけた。
 ミステール1の全身で壮絶に火花が散る。
 撃破を確信して、MS隊隊長の口元に笑みが乗った。だが、その笑みは直後に凍り付く。重機銃の弾丸を受け止めながら、何ら影響を受けず前進してくるミステール1の姿を目の当たりにして。
 そして、ミステール1が放ったビームが、無反動砲を撃つタイミングを計っていた二機を続けざまに撃ち抜いたのを見て。
「ば……馬鹿な! 直撃だった筈だ!」
 傷らしい傷を受けた様子のないミステール1と、背後で爆光と化した僚機をモニターに映し、MS隊隊長は驚愕の声を上げた。
 信じたくはない。だが、現実だ。
 ミステール1は、最初から重機銃からはダメージを受けない物として無視していた。事実、ミステール1はあの弾幕の中で傷一つ受けていない。
 ならば、損傷を与える可能性が在るのは無反動砲のみ。しかし、重機銃の弾幕がミステール1の動きを阻害すると信じ、必中を期して動きを止めていた無反動砲装備のジンは、格好の的だったはずだ。
 ミステール1は的確に攻撃を行い、結果、MS隊は瞬時に二機を失った。それは同時に、ミステール1への攻撃手段が失われた事をも意味していた。
『た、隊長! 銃が……銃が効きません!』
『二機を……二機を一瞬で! あいつ、仲間を二人もぉ!?』
 混乱と……明らかな恐怖を見せながら、僚機から通信が入る。その声が、MS隊隊長の意識を現実へと引き戻した。
「うろたえるな! 回避機動を継続。狙い撃ちにされるぞ!」
 とっさに怒鳴りつける。その警告は間に合った様で、ミステール1の続けての射撃は、回避機動を取った僚機の傍らを通り過ぎるだけに終わった。
 MS隊隊長はモニターの中に僚機の無事を確認しつつ、無意識のうちに弾倉交換していた重機銃をミステール1に向け、撃つ。ジンの手の中で再び重機銃が暴れ、ミステール1の表面で弾丸が爆ぜる。
 無数の弾着に晒されながら、赤く光る単眼は無機質に見続ける。モニター越しに、今や無力な獲物となった哀れなコーディネーターを。
 ナチュラルに勝る知性と肉体。無敵の新兵器だったMS。そんな物は全て、この魔獣の前には意味がない。何もかも、全てをその顎で食い千切るだけだ。
 身体の奥底から、ドッと感情が溢れ出す。震えが止まらない。逃げたい……逃げたい。
 それは恐怖だと、MS隊隊長は今やはっきりと理解していた。もはや、恐怖している事を認めないプライドも慢心も消えている。
 だが、理解しているからこそ、かろうじてそれに呑まれる事は免れた。
「……各機、抜刀!」
 号令を下し、MS隊隊長は自機に重機銃を捨てさせ、MA-M3 重斬刀を抜かせた。
『じゅ……重斬刀で、あのMAを!?』
『無茶です隊長!』
 僚機から返るのは困惑の声。そして、そこにも恐怖の色が混じっている。それを察して、MS隊隊長は恐怖を払うべく声を荒げた。
「他に奴を倒す方法があるか!? 俺達の敗北はヘリオポリス失陥を意味するんだぞ!」
 MSは出撃したジン六機が全ての筈。これが失われれば、ヘリオポリスにMAに対抗できる戦力は無いという事になる。
『……了解!』
 一人が、意を決した様子で答を返した。
 背後には仲間がいる。その事実の認識が、恐怖を僅かでも晴らしたか。
 それは他のパイロット達にも伝播した。
『了解!』
『了解です!』
『抜刀! 突貫準備良し!』
 声を上げながら、僚機が次々に重斬刀を抜く。それを受け、MS隊隊長はフットペダルを踏み込み、自機を加速させた。
「これより、敵MAに格闘戦を仕掛ける! 俺に続け!」
 ジンが宙を駆ける。剣を掲げ、四機のジンはミステール1に立ち向かう。それは、まるで神話の時代の戦士の様に。
 しかし、英雄譚は伝えている。魔獣は、英雄ならざる者に死を賜うと。
 ミステール1はジンに向かって突き進みながら次々にビームを放った。回避機動を取るジンは、まるで舞う様に、あるいは跳ねる様に軌道を複雑に変え、ビームから逃れ続ける。
 しかし、全てをかわし続けられるわけはない。
 一機が左足に直撃をくらい、姿勢を崩した。
『うわぁ!? 止めろ! 止めてくれぇ!』
 通信機から溢れる悲鳴。左膝から先を失い宙を流れるジンを、続けざまに撃たれたビームが貫き、宙に散らせた。
『隊長、無理だ! 隊長ぉ!』
 仲間がまた討たれた事に動揺したジンが足を止め、逃れようとしたのかミステール1に背を向ける。そこを背から腹にかけてビームで撃ち抜かれ、そのジンも宇宙を飾る閃光となって散った。
「怯むな! 進め!」
 MS隊隊長は、声を上げて恐怖に抗う。
 僚機が打ち倒されていく様は悪夢に等しい。そして彼は、悪夢の中からやってきたとしか思えないMAに接近戦を挑もうとしている。
 だが、その試みは達成されようとしていた。ミステール1との距離は、十分に縮まってきている。
 初撃を与えるべく先陣を切る隊長機に、その距離はもう僅かだ。
 が、その距離を詰めるより早く、ミステール1のビームが隊長機を襲った。MS隊隊長は、自機を大きく跳ねる様に移動させ、ビームを回避する。
 その分、隊長機の前進は遅れた。その間に、最後の僚機がミステール1へ肉薄する。
『死ね、化け物ぉ!』
 僚機の叫びが通信機越しに届いた。同時に、大上段に重斬刀を振り上げ、ミステール1に斬りかかる僚機の姿を見る。
 そして直後――僚機は胴を横一文字に両断されていた。
「――っ!?」
 MS隊隊長は、死した仲間の名を叫ぶ。
 ミステール1のマニピュレーターの先端。魔獣の鋭い爪の如きヒートサイズが、ジンを容易く切り裂いた。綺麗に分かたれたジンは、爆発する事もなく二つに分かれて宙を漂おうとしている。
 ミステール1は、一度振り抜いたヒートサイズを戻しがてら、もう一度ジンに斬りつける。その一撃を受け、ジンは胴より上の部分を肩口から斜めに両断された。
 意味などは無い。確実に死んでいた機体とパイロットへ、力を見せつけるかの様に、なぶるかの様にもう一撃を加えたのだ。
 三つに分かたれたジンは推進剤に引火したとおぼしき爆発を起こし、炎と煙とでミステール1を包み込む。
 MS一機分の推進剤の爆発だ。相応の威力があっただろう。それは、死んだ仲間からの最後の一撃となった筈。
 だが、MS隊隊長は確信していた。その炎の向こうから、ミステール1が変わらぬ姿を現すだろう事を。
「……」
 最早、勝ち目はない。そう直感する。
 しかし、それでも……逃げる事は許されない。生きている仲間の為……そして、死んでいった仲間の為。自分は戦わなければならない。
 だが、そんな決意も、炎の向こうから姿を現すミステール1の姿が目に入るや、たちまち萎え果てていく。
 炎を身にまとい、赤く単眼を光らせる虚空の蜘蛛。その鋭い爪、光る吐息。それは、自らに確実な死をもたらす魔獣なのだと……
 恐怖よ静まれと何かに願う。古い時代ならば、それを祈りと言い換えたかも知れない。しかし、神を持たない者の祈りに応える者はなく、願いは無為に霧散して消え、安息は永久に訪れない。
 恐怖に身を冒され、ともすれば震えに止まりそうになる身体を、ただ兵士としての冷徹な思考……止まれば死ぬだけだという現実的判断だけを頼りに必死で動かしながら、MS隊隊長はミステール1の間合いに踏み込んで行く。
「せめて……せめて一太刀与えねば、死ねん!」
 一太刀で良い。多くは望まない。ただ、この魔獣に一太刀を。
 ジンは重斬刀を高く掲げた。それに対し、ミステール1はヒートサイズを振るう。
「俺と仲間達の一太刀を受けろぉぉぉぉっ!」
 MS隊隊長のジンが全霊を込めて振り下ろす重斬刀と、ミステール1が振り抜いたヒートサイズの軌跡が交差する。
 ヒートサイズを受け止めた――そう思った直後、重斬刀はあっさりと折れ飛んだ。そしてヒートサイズはそのまま、ジンのコックピットハッチを浅く切り裂く。
 MS隊隊長の眼前を白熱する刃が通過し、開いた破口から宙にたたずむミステール1が姿を見せた。
 赤い単眼が、MS隊隊長に無機的な視線を投げかける。死にかけの獲物をただ観察する無慈悲な目……
「……ばけ……もの……め」
 恐怖がついに心を押し潰す。全身が恐怖に震える中、やっとそれだけを言葉にしたMS隊隊長に、ミステール1は興味を失ったかの様にヒートサイズを再び振るう。
 ヒートサイズの灼熱の刃は、何の躊躇も無しにコックピットの中に突き込まれ、MS隊隊長の身体を貫くと同時に瞬時に焼失させた……

 

 

「MS隊、全機被撃墜。潰滅です」
 オペレーターの半ば呆然とした声が指揮所の中に虚しく響いた。
 誰もが信じられないという様な面持ちで、戦闘を映していたメインモニターを見つめている。それは、守備隊司令やデュランダルも同じ事。
 直接、戦ったわけではない彼らに、ミステール1と対峙する事での恐怖は伝わっていなかった。故に、MSの敗北は有り得ない事と映る。MAに対し、圧倒的優位である筈のMSが何故……と。
「不甲斐ない連中だ! 自滅じゃないか!」
 守備隊司令が、苦々しく吐き捨てる様に言う。
 パイロット達の悲鳴混じりの通信は、こちらでも捉えていた。敵を過度に恐れたあまり、自滅したと思われても仕方なくはある。
 ただ、そんな答が出されたとしても、敗北した事への混乱は残っていた。誰も、MS隊が潰滅するとは思っていなかったのだ。しかしそれでも、最初から危惧を抱いていたデュランダルは立ち直りが早かった。
「……降伏の準備をします」
「な、何だと!?」
 いきなり言い放ったデュランダルに、守備隊司令及び指揮所スタッフ達の視線が集まる。
 デュランダルは、僅かばかり皮肉げに微笑んで答を返した。
「……MS隊を駆逐された今、このヘリオポリスには敵MAに対抗出来る戦力は無い。つまり、一時的にせよ、ヘリオポリスは彼らに占領された。違いますか?」
「必要ならば兵に銃を持たせ、白兵戦をもってしても戦ってみせる!」
 守備隊司令が怒声で返す。それを聞き、他のスタッフ達はざわついた。
 指揮所のスタッフ達は、デュランダルと守備隊司令を見比べながら、不安げな表情を浮かべている。戦うのは嫌だが、降伏も嫌という所か。
 守備隊司令の言う事は、ZAFT軍人としては間違っていない。命を捨てて最後まで敵に抵抗するというのは実に英雄的だ。
 しかし、それが明らかに無駄な抵抗だとわかっており、さらには事態を悪化させるだけとわかっている状態で、英雄的行為に耽溺する気はデュランダルにはなかった。
「落ち着いて下さい。敵は、港湾部の外からミサイルを撃ち込むだけで、この指揮所を永久に葬り去る事が出来るのですよ?」
 艦船の事故に備え、宇宙港が比較的事故に強い作りをしているのが災いする。港湾部の中を少々破壊しても、ヘリオポリスにはダメージはいかない。
 白兵戦などに乗る必要など欠片もなく、外部から港湾部に攻撃を仕掛ければ、そこに潜んでいる守備隊に大打撃を与える事が出来るのだ。
 そうなれば、ヘリオポリスの基地機能が完全に失われる事となる。
「そして、仮に白兵戦になるにしても、このヘリオポリスで戦闘に耐えるZAFT兵はどれくらい居るのです?」
 白兵戦を主とするいわゆる歩兵は、ZAFTでは元々少ない。少ない人口で強力な軍を維持する為に、兵種がMS関連に偏っているからだ。
 このヘリオポリスに歩兵は一個分隊。十名弱だろうか。
 後は、少数のMPなどを除けば事務員や整備兵ばかりで、戦えそうな兵種はいない。戦闘訓練も一応は受けているので全く役立たずとは言えないが、戦闘員として頼りに出来る物ではないだろう。
 その上、それらの人員の数も決して多くはない。元より、暫定的に占領地に置かれた守備隊でしかない上、多くの人員を連合MS護送作戦に割かれ、必要最低限の人員しか居ないのだ。
 基地機能が失われた港湾部で、後方担当がほとんどの少ない兵を動員して白兵戦など狂気の沙汰に違いない。
「それでもだ! 軍人として、全滅したとしても降伏は無い!」
 デュランダルの言う事など最初からわかっていたのだろう。守備隊司令は、強硬に降伏を拒絶する。
 デュランダルは内心、うんざりする気分を抑えながら、溜息をついた。
 まあそうだろう。降伏となれば守備隊司令の責任が追及される事は避けられない。今後の出世も何も無くなってしまう大失態だ。ここから逆転を狙うなら、白兵戦でも何でもやって徹底抗戦し、敵を撃退するより他無い。
 それに、軍事組織として未熟であるZAFTでは、降伏についてまともな教育が行われていない。降伏した敵兵士を虐殺する様な真似が横行するという事は、逆に自分達が降伏した時にそう言う扱いをされる危惧を抱くという事でもある。
 軍人として、守備隊司令が徹底抗戦をとなえるのはわからないでもない。
 しかし、政治家としてはここで守備隊に全滅されては困る。
「降伏したとしても一時の事ですよ。彼らはそう長く、ここに踏みとどまる事は出来ません。恐らく、すぐにここを去るでしょう」
 デュランダルは、安心を引き出そうと殊更気楽そうに言って見せた。
 遅かれ早かれ、ヘリオポリスにはZAFTの艦隊が戻ってくる。また、オーブがここぞとばかりにヘリオポリス奪還をはかり、戦力を向けてくる可能性もあるだろう。
 ヘリオポリスに残る限り、戦闘が繰り返される事が確実と言える。そうなれば、恐らくは補給が続くまい。
 彼らが玉砕するまで戦うかと言う所だが、それも無いだろう。脱出に必要な船は、オーブ軍が持って来てくれた。籠城して敗北を待つより、旅立って生き残る道を探す筈だ。
 そうなれば、後には空のヘリオポリスが残される。
「ヘリオポリスの領有を続ける為、守備隊の全滅は避けなければなりません」
 この辺境へ連合が手を出してくる事は現在の戦況では考えがたいので、ヘリオポリスを巡る仮想敵は必然的にオーブとなる。
 守備隊が全滅していれば、オーブはヘリオポリス奪還の為に喜々として救助に来るだろう。守備隊の生存者を手厚くZAFTに送り返し、ヘリオポリスの守備を固め、自分達がテロリストからヘリオポリスを取り返したのだと高らかに宣言する筈だ。
 しかし、守備隊が残っていれば、オーブは手を出す事は出来ない。守備隊を排除しようとすれば、それはプラントへの敵対行為となるからだ。
 つまり、プラントがヘリオポリスの支配者でいられるかは、守備隊の存亡にかかっている。
「何故、そんな事が言える? 敵の動向を今の段階で決めつけるのは早計に過ぎる。今は、敵の動きを窺う為にも、戦闘態勢を維持すべきだ」
 守備隊司令は、デュランダルの読みに沿った意見に対し、嘲笑を浮かべて言い返した。楽観主義で臆病者の政治家と、デュランダルを嘲っているのは確実だろう。
 これを説得するのは難しい。そう判断するやデュランダルは強権を用いる事に決め、少し語気を強めて言った。
「ヘリオポリスの政務官として、これ以上の戦闘継続を認めるわけにはいきません。降伏しますので、司令は守備隊に降伏の準備をさせてください。良いですね?」
 戦時下と言えど、発言力は軍よりも政の方が大きい。だが、権力を笠に着たやり方は、反発を招く。
 デュランダルは、守備隊司令の顔が怒りに歪むのを見た。が、守備隊司令はすぐにその怒りを噛み殺し、デュランダルから視線を外して言う。
「了解しました」
 そう返事はしたが、具体的に何かの指示を下すという事はない。服従した様子を見せているが、本心ではそうでない事は明らかだ。
 余計な厄介事を抱え込んだらしいと察しながら、デュランダルはその場に背を向けて指揮所の外に出る。自動ドアをくぐってから、デュランダルは大きく溜息をついた。
 どうも、相手が抵抗出来ないと踏んだ時に強硬手段に頼ってしまうのは欠点らしい。
 多少の反省をしてからデュランダルはこの事を考えるのを止めた。今は、プラント本国への連絡など、やらなければならない事がある。
 それに、これだけの事をしでかした相手と、早い内に話をしてみたかった。恐らく、何らかのコンタクトは取ってくるだろう。
 それを不謹慎だとわきまえつつも、僅かばかり楽しみに思いながら、デュランダルは自らの執務室へと向かった。

 

 

 ヘリオポリス。TV局のスタジオでは、一人の少女がカメラの前に立っていた。
 黒のドレスに首輪、手枷足枷をつけた姿……エルである。彼女の脇には、スーツ姿で、顔を無貌のゴムマスクで隠したユウナ・ロマ・セイランが立つ。
 今、エルはカメラを通して、ヘリオポリスの市民達に呼びかけていた。
「ヘリオポリス行政官だった私の父は、戦闘が始まる前に降伏し、市民の皆さんの安全を守る事を考えておりました。しかし父は、アスハ派の手によって抹殺されました。
 殺された理由は、今日、皆さんが逮捕される筈だった理由と同じです。
 オーブの理念に反するから……確かに、降伏する事は『侵略を許さず』という理念に反します。しかし父は、降伏しなければ……そしてZAFTに戦いを挑めば、どうなってしまうかを知っていました。
 父がその時に存命していたのなら、あのカガリ・ユラ・アスハの煽動から始まった陰惨な戦いに、ヘリオポリス市民の皆さんが巻き込まれる事は許さなかったでしょう」
 エルは、カメラのレンズ前に設置されているプロンプターに映し出される文を読んでいるだけであったが、真実であるだけにエルの心を痛め、それが言葉に重みを持たせている。
 あの日、返ってこなかった父。逃亡の途中に倒れた母。二人とも、オーブ軍が殺した。二人だけではなく、エルに関係のあった人、無かった人、数多くの人が殺された。トールの恋人、本物のミリアリアも……
 怒りと、それよりも強い悲しみがエルの声を震わせる。しゃがみ込んで泣き出せたら、どれほど楽だろう。それでも、エルは言葉を紡ぐ事は止めない。ユウナに、これをする事がトールの為になると言われているから。
「私は、父の意志を継ぎ、ヘリオポリス市民の皆さんを守る事を誓いました。
 その為、父が残した力を使います。今、宇宙で戦ったMAミステール1。あれこそが父がヘリオポリス市民の皆さんの為に残した力です。皆さんを守る力です」
 ミステール1の存在は、ヘリオポリス市民の心を掴んでいる。
 ZAFT襲撃の時より、ヘリオポリス市民を守ってくれる存在はなかった。実際にはオーブ軍の中にもヘリオポリス市民の為に命を散らせた者もいるが、それ以外の者の為、オーブ軍はヘリオポリス市民の敵という印象を持たれている。
 ともあれ、自身を守る存在を持たなかったヘリオポリス市民にとって、守護者として現れたミステール1は、縋るべき神にも見えた事だろう。
 そして、ヘリオポリス市民達の置かれた境遇と同じく、父母をオーブの理念に殺された少女が、その神を与えてくれるという物語性。
 ならば、少女は巫女か? 巫女は神託を下す。遙かな昔、神の預言を受け取り、箱船を建造した男の様に。迫害される民を率いて逃亡に旅し、海を割る奇跡を見せた聖者の様に。
「オーブで、私達がどんな扱いを受けるかは、皆さん知っていると思います。
 その不当な暴力の手が今日、私達に迫り、それをミステール1が打ち砕きました。でも、守り続けるだけでは、何も解決はしません。諸悪の根元は、遙か遠い地で安穏としながら、私達を滅ぼそうとしているのですから。
 私達は旅立たなければなりません。生きる為に。戦う為に。そして、再びこのヘリオポリスへと還る為に……」
 エルは、最後の台詞を言い淀んだ。
 言いたくはない。これを言ってしまえばトールは……いや、全ての人々が戦火の中に生きていく事となる。
 誰にも戦って欲しくはない。穏やかに日々を過ごして欲しい。しかし……
「……もう他に道はないんだよ。望む、望まないにかかわらず、オーブはヘリオポリス市民を殺しに来る。自らの理念の正義を掲げる為に」
 エルの迷いを悟ったユウナが、エルの背を突いて先を促しつつ、そっと囁いた。
 エルをこの舞台に上げる為、ユウナは今までに何度も同じような台詞を投げかけている。そして、エルを動かす為の魔法の言葉も見つけていた。
「それに、戦火がなければ、トール君は生きられないよ?」
 エルの顔が悲しげに歪んだ。その隣で、ユウナは蛇の様な狡猾な笑みを浮かべる。
 トールの為……その為に。エルを最後に動かすのは、トールへの思いだった。
 愛おしいものだとユウナは心の疼きを抑えるのに難渋する。首輪に隠された細いうなじに目がいってしまうのを止められない。ああ、今すぐにでもその細い首を握りしめる事が出来たなら!
 だが、エルはまだ利用価値があるし、何より衝動に駆られてしまうにはもったいなさすぎる。もっと……もっと、エルは魅力的になる筈だ。いつか、ユウナが耐えられなくなる程に。
 ユウナがそんな厚い妄執に身を焦がしている間にエルは、意を決してカメラを見据えた。
 そして、ただ一人の為に、全てのヘリオポリス市民を戦火に誘う言葉を口にする。
「私達は、ヘリオポリスの名の下に、オーブを討つのです」

 

 

 星空の中、トール・ケーニヒは一人だった。
 ミステール1のコックピットの中、モニターには周辺に敵性の反応はない事が記されている。
 “敵”も“少女”もいない。
 敵を倒した炎の中に現れる少女は、シミュレーションではその姿を垣間見るだけだったのに、今日は戦いの最中にずっとトールの側にいてくれた。姿が無くとも、その存在を感じられる所まで来ていたのに……もう、何処にも居ない。
「感じない。君を感じなくなった」
 トールは虚ろな視線を巡らして少女の痕跡を探す。
 ああ、ずっと一緒にいなければならないのに。ずっとずっと一緒に居なければならないのに。またその姿を見失ってしまった。
「敵……敵はいないかなぁ」
 呟いてモニターの中に敵を探す。敵がいれば、敵を炎に変えれば、また少女に会う事が出来るのに。
 敵はいない。誰もいない。
「寂しいな」
 焦点を結ばぬ瞳でトールは宙を見上げ、そのまま動きを止めた。まるで、繰り糸を放された人形の様に。
 トールの心は冷えていく。戦いの最中にあった熱を失って。
 爆炎の中に見る幻の少女が与えてくれる、狂気という名の熱を。
 では、戦いの中で与えられた熱が失われてなお、トールの中に残るものは何なのか。
 呟きは、コックピットの中に寂しく響く。
「ミリィ……今日は起こしに来てくれるかなぁ」