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機動戦士ザクレロSEED_第38話

Last-modified: 2013-11-23 (土) 21:19:20

 撤退戦。それが兵隊にとって一番にキツイ。
 ミゲル・アイマンのジン・アサルトシュラウドと、オロール・クーデンブルグのジン・ハイマニューバは母艦ガモフの前に並び、重機銃をばらまく。
 メビウスの編隊が我が物顔に飛ぶ宙域に一本の道を造る。ただその為に。
『寄り道しようとすんなよ屑が!』
 オロールの苛立った怒声が、ミゲル機のコックピットの通信機に届いた。
 撤退は速やかにしなければならない。なのに、ジン2機は付近を飛び交うMA相手に欲目を出し、あわよくば撃墜と思ってか銃撃などしつつチンタラ帰ってくる。
『放っておいて帰ろうぜ』
「出来ない事くらいわかってるだろ。黙って敵を撃てよ!」
 苛立っているのはミゲルも同じだった。
 同じ気持ちを抱く者同士、オロールと仲良くしても良いものだが、延々とオロールの苛立った声を聞いていればそれに対して腹も立ってくる。
「横からグチグチと言われたら、ついうっかり“誤射”しちまうだろが!」
『あー……悪い。黙って仕事するよ』
 その台詞に、ミゲルもすっかり苛ついている事に気付いて、オロールも無駄口を止めた。
 苛つかないわけがないのだ。
 あの連中の汚い手で味方が傷つき、そこから戦況は崩れた。
 一度ならず対立した相手だったが、実は良い奴だったかもしれないパイロットも死んだ。
 味方艦のツィーグラーが被弾している。致命傷かもだ。
 その大事な時に、ツィーグラーのMS隊までもがガモフの撤退を支援してくれている。その前で連中は無様にも小物を追いかけて命令を忘れてくれるのだ。
「いい加減にしろ!」
 ミゲルは、腹立ち紛れに115mmレールガンをジン2機の間際に撃ち込む。
 敵機を追い回すのに夢中になっていた連中は、撃たれた事で驚いたのだろう、ミゲル達が居るガモフ側に目を戻した。
 そして、ガモフを見た事で帰還命令を思い出したのか、連中はそれでやっと帰還行を再開する。それでも時折、チラチラとジンのモノアイを動かし、敵機に対する未練を見せていた。
 だが、今は帰還中の筈だ。命令も出ている。なのに何故、そこまで敵に執着する?
「何だって、ああも敵機を気にするんだ」
『……思い当たる事はあるぜ?』
 ミゲルの疑問の独り言に、通信機越しに聞いていたのだろうオロールが言った。
「どういう事だ?」
 問い返したミゲルに、オロールは苦笑めいた響きで返す。
『胸糞の悪くなる話さ。思わず“誤射”しちまうかもしれないから後で話そうぜ。
 俺の考え通りなら、あいつらは手柄一つ立てずに帰りたくはない筈だ。
 もし、足を止める様なら、さっきの「帰ってこないなら誤射るぞ」ってメッセージを遠慮無くやってやれよ』
「そういうつもりでもなかったんだがな。まあわかった。帰ってくるまでケツを蹴り続ければ良いんだろう?」
 言ってミゲルは、見本を見せるかの様に、再び足を止めそうになっていたジンの側に115mmレールガンを撃ち込む。
 それを繰り返される事で、ジン2機は誘導されてガモフに帰還した。
 ミゲルとオロールは、それを確認した後にガモフへと帰る。
 帰り際、ツィーグラーのMS隊が手を振って別れの挨拶をした事に気付き、ミゲルは自機の手を振り返させた。
 互いの武運を祈って。その時はまだ、その後の事はわからないが故に。

 

 

 ミゲルとオロールが着艦し、MS格納庫で各自の乗機から降りたその時、兵士に拘束されて連行されていくジンのパイロット達を見た。
 何やら暴れながら騒いでいたが、どうせ聞く価値も無い事だろう。
 ミゲルとオロールはキャットウォークの手摺りを伝って移動し、合流すると、申し合わせていた様に一緒に移動を始めた。
 そして、格納庫を出る辺りで、オロールが独り言の様に言う。
「順当なら、ZAFTから懲戒解雇で、プラントで刑事裁判って所かね。謀殺の罪は……何年だ?」
「どうかな。そもそも連中が罪になるかどうか」
 ミゲルは答えて溜息をつく。それに対し、オロールはそれを読んでいたかの様に言った。
「お前もそう思うか?」
「ああ。刑事告訴されて殺人未遂で裁かれる。そこまではいくだろうさ。だが、裁判でそのまま刑が決まるとは限らない。
 ラスティが連合のモビルアーマーに乗っていたってのが心証最悪だ。そもそもあの性格じゃ、心証もなにもないかもしれないがな。
 何にせよ、『敵兵器に乗っていなければ“事故”は無かった』って、むしろラスティに問題があったみたいに裁定されてもおかしくない」
 ZAFTの戦果と宣伝のおかげで、プラントではモビルスーツが大人気だ。それなのにラスティは連合のMAを使った。
 裁かれるパイロット共が「誤射の責任は連合MAに乗ったラスティにある」と主張するのは必須。となれば、パイロット共に同情が集まる展開が見えてくる。
 そこでラスティがあの難儀な性格を爆発させれば、ラスティが悪役になる展開にリーチだ。
「ま、ラスティのご両親が裁判にどれだけ金を注ぎ込むかにもよるんだろうけどな。お偉いさんなんだろう? 確か?」
 最後に軽口で紛らせたミゲルだったが、オロールはそれに同調せずに興味深げに頷いて、顎に手を添えて考え込む仕草を見せる。
「なるほどなー。お前はそう考えるか。俺が考えてた理由とは違うな」
「そう言えば、胸糞の悪くなる話とか言ってたな?」
 撤退戦の最中に、オロールが言っていた事だ。
「もしあいつらが戦功を上げれば、罪は不問になる可能性がある。そう言ったら、どう思う?」
「はぁ? 人殺しだぞ?」
 驚きすぎて変な声を漏らしたミゲルに、オロールは皮肉げに言った。
「ZAFTの体質。戦果を上げる奴には甘い。だろ?」
「……ああ」
 思い当たる所もなくはなくて、ミゲルは頷かざるを得なかった。
 ZAFTは個人主義英雄志向が横行する軍隊だ。
 利敵行為そのまんまの事をしでかしていても、場合によっては罪を裁かないような、そんな危うさがZAFTにはある。
 殺人や利敵行為の様な大罪はともかく、些細な事なら許されてしまう。考えてみれば、ラスティの連合MAへの搭乗も、そういったお目こぼしではなかったか。
「でもなー。俺は、そんな特典がついた事はないぞ」
 エースなのに。一応、ミゲルは愚痴ってみる。
「真面目に働く奴が馬鹿を見るってのは、神って奴が書いた、この世界の運転マニュアルの一章に書いてあるそうだぜ?」
 茶化す様に返してから、オロールは不愉快そうに表情を変えた。
「それはともかく、糞みてぇな話だろ?
 あいつらはあの最悪な行動を起こす時に考えた訳だ。『手柄を立てればこっちのもの』ってな。さぞかし手柄を立てる自信もあったんだろうよ。
 だが、お生憎様。あの戦いじゃ、どう見ても無様を晒しただけだった」
「罪を全部無かった事にするつもりが、あのあからさまな態度か。あてが外れて、ざまあみろと……待てよ? まだ終わっていないのか」
 ざまあみろと笑いながら言いかけてミゲルは、ある事に気付いて顔をしかめる。
「どういう事だ?」
「いや、この艦は作戦展開中だ。だから、あいつらを営倉入りさせて、戦闘中にモビルスーツを2機も遊ばせておく余裕はない。あいつらの出撃は、この後も十分に有り得る」
 オロールに聞かれたままに言葉を並べ、ミゲルは苛立ちに通路の壁に拳を打ち付けた。
「くそっ! ……連中は、手柄を立てなけりゃあ刑務所行きの目もある。少なくとも、そう思ってるってわけだろう?
 窮地に立った連中は、次の出撃が有れば、手柄の為に何でもするぞ。それだけじゃない」
「そうだな。
 あいつらはもう、味方の足を引っ張る事に何の躊躇もない。何でもするだろうな。
 それで何ともならないなら、自棄になって、ラスティにダブルチャンスはもちろん、俺等までついでに始末しようなんて考えるかもしれないって所か?」
 オロールは頷き、そして剣呑な光を目に宿す。
「“修正”でもしておくか?」
 “修正”、鉄拳制裁の事である。
 階級的上下の無いZAFTではそういった上官からの制裁というのはない。建前上は。
 しかし、先任であるミゲルならば、その程度の事をやっても問題にはならない。
 だが、ミゲルは面倒臭そうに首を横に振った。
「そんなの、殴って直る見込みがある奴にする事だろ。
 殴ってどうなる? 俺達がちょっと気分良くなって、それで? 連中は反省するどころか、こっちを恨むだけだ」
 ミゲルのそんな反応はわかっていたようで、オロールは怯む事無く悪い笑みを浮かべて返す。
「いや、二度と出撃できないくらいにやっちまおう。あんな連中、居ない方がよっぽど戦いやすいぜ?」
 出撃できないよう手足をへし折ってしまえば、連中は医務室のベッドに拘束されたまま裁判所へ直行というわけだ。
 連中は厄介者だ。それをゼルマン艦長も理解してくれるだろう。排除する事は誰もの利に適う。咎められる事はあるまい。
 オロールは通路の分岐で止まった。
 一方の分岐を進めば、あの後ろ弾野郎共が叩き込まれただろう営倉へと至る。さあどうすると言わんばかりに。
「提案が魅力的すぎるな」
 ミゲルは分岐の一方を選んで進んだ。
 連中の居ない方向へと。
「だろうな」
 オロールも軽く肩をすくめてそれに従う。
 そんな素敵な選択が出来るなら、ミゲルはもっと楽に人生を歩んでる事だろう。
 そんなミゲルが向かう先は医務室だった。オロールのした素敵な提案を呑めるなら、そんな所には行くまい。
 ミゲルは実に苦労性な男だが、オロールは彼についていくのは嫌いではなかった。

 

 

 螺旋を描くように奇妙に拗くれた砂時計の底。
 やけに白く強い光が降り注ぎ、全てを白く染め上げ、陰影は黒々と焼き付き、全ては白と黒の強弱のみで表される。
 足下は石畳の街路。周囲には、形こそ普通の市街を模してあるものの明らかに異質な石造りの建物。それらの表面には何か文字の様な絵の様な模様が刻み込まれ、逃げ出したくなる不安と、跪きたくなる荘厳さを感じさせた。
「怖がっていると食べられてしまいますよ?」
 受話器の向こうの誰かにそう告げる。告げなければならないと感じるままに。
 街路の片隅の建物。ガラスの入っていない窓縁に置かれた小さな電話機。プラントの自宅にあった物と同じ、薄桃色の柔らかに丸みを帯びた電話機が、世界との違和感を感じさせる。
『……ェtcyvbンmp!ia!ゥキユtdyrgs!……』
 返事は返るが言葉の意味は何もわからず、ただ不快で、呪詛の声にも聞こえ、耐え難くて受話器を置いた。
 振り返れば街路を、下顎だけを残してそこから上を失った男が歩いていく。
 哀れなぐらいに取り乱して、苦悩して、悲しんで。存在しない頭を、胸を掻きむしり。転がる様に地に伏して、拳を石畳に打ち付け。
 彼に瞳があったならばそこから涙を流した事だろう。口があったなら悲哀の叫びを発した事だろう。しかし今は、下顎に残った舌をへろへろと音無く蠢かし、首の上にかろうじて残る頭の残滓から止め処なく血を溢れさせるのみ。
 彼はゆっくりと歩いていく。その場でただ悲しみに狂う事すら許されぬのか、見えざる力に引きずられるように、少しずつ、少しずつ。
 向かうは砂時計の中心。天へ向かう一本のシャフト。見上げればその先は白い――

 

 

「おはよう」
 自分にかけられる声。気付けばミゲルとオロールの二人が覗き込んでいた。
 医務室のベッドの上。体をベッドに固定するベルトが肉の薄いお腹に食い込んで痛む。
 ああ、自分は撃墜されたのだった……そう思い出した所で、ラスティ・マッケンジーの意識は一気に覚醒した。
「夢を見てたわ」
「のんきな奴だな!」
 ラスティの第一声に、オロールが非難めいた声を上げる。それを聞き流し、ラスティは自分の中から急速に失われていく夢の記憶を止めようと口に出した。
「んーと、螺旋に捻れたコロニーで……白くて……
 ……電話かけてた……?」
 が、ダメだ。夢の記憶は、目覚めと共に消えていく。今はもう既に何も思い出せない。
 それでも何か欠片でも思い出そうと首を傾げるラスティに、ミゲルが小さく溜息をつきながら問う。
「いや、お前の夢の話なんかどうでもいいよ。それより、体は大丈夫か?」
 少しは心配して来たと言うのに、本人は寝て見た夢の話と来ては、溜息も出るという物だ。
「え? 体? ああ、体ね。体は大丈夫」
 問われたラスティは、自分の体をペタペタと触ってチェックし、一通りやった後で頷く。
 ミゲルとオロールの間にも、安堵の空気が流れた。
 そこでオロールが笑顔で言い放つ。
「良かった。胸が抉れただけですんだか」
 体にかかるシーツを僅かにも盛り上げていない胸部を腕で隠し、ラスティもまた笑顔で……顔は笑っていたが、怒りを隠しすらせずに返す。
「貴方を叩きのめすくらいの元気はあるわ。というか、モリモリ湧いてきた」
 言いながら身体に巻かれたベルトを外すラスティ。そんな彼女にミゲルもまた言った。
「最初から無い物の事で喧嘩するなよ」
「あんたも殴るわ」
 ギッとミゲルを睨み付けるラスティ。僅かな間、彼女はそうしていたが、ややあって顔を伏せると小さく溜息をつく。
「はぁ……」
 それから顔を上げて、真剣な面持ちで聞いた。
「生きてるのね?」
「生きてるな」
「ああ、生きてる」
 何言ってるんだとミゲルとオロールは答える。当たり前じゃないかと。
 それを聞いてラスティは、口端を笑みの形に歪めた。
「そっかあ。あ……あはは……はは……」
 乾いた笑いを一つ。そして、ラスティはミゲルとオロールを手招く。
「ちょっと来なさい」
「あ? いや、胸の事をからかったのがそんなに気に障ったなら謝る」
「いいから来なさい。二人とも」
 復讐を危惧したか誠意の感じられない謝罪をするオロールに、ラスティは構わず来いとだけ命ずる。
 何なのかとミゲルとオロールは互いに顔を見合わせ、それからラスティの側へと寄った。
 と、ふわりと腕が回され、二人の体を束ねるようにラスティが抱きつく。細身ながら柔らかな腕の中、少しだけ汗の匂いが香り、男の性か心臓がドキリと跳ねる。
「何……を?」
 とっさに逃げようとして、ミゲルはそれに気付いた。
 ラスティの華奢な体。それが小さく震えている事に。
 それが、ふりほどく事を躊躇させて、ミゲルはしばらく動かずにラスティのしたい様に任せた。
 オロールもまた同じ判断を下したのだろう。何が何やらと戸惑った様子を見せているが、ラスティの好きにさせている。
 と、震えがやや治まってきたなと感じた辺りで、ラスティは二人に抱きついたまま声を上げた。
「恐かった! あの戦いで死んでも後悔無い良い戦いだったけど、死ぬのは恐かったよ!」
 ラスティの感情の吐露。
 恐い恐いと言っておきながら、それは恐怖からの叫びではなく、むしろ喜びの発露だった。
 身を震わせる程の恐怖を、その虎口より逃れた喜びでもって洗い流そうとするかの様に、ラスティは叫び続ける。
「最後があんな凄いパイロットとの一騎打ちだったなんて、夢みたいな浪漫だったわ! でも、やっぱり死ぬのって恐い。あー、もう、凄く恐かったー! 恐かったのよー!」
「よかったなー。生きて帰れて」
 よしよしと、小さい子にする様にオロールがラスティの頭を撫でる。普段なら、そんな事をしたら怒りそうなものなのだが、ラスティはそれを受け入れて答えた。
「うん、良かった! 恐いって思うのも、生きて帰れたからなのよねー! 良い戦いは出来たし、生きて帰れたし、私は幸せだわー! 運が良い!
 対装甲リニアガンなら、一発で粉微塵でもおかしくないし……
 ねぇねぇ、後ろに居た機、凄かったよ。引き離せなかった……引き付けて、どうにか反撃を決めようと狙ってたんだけど。アレにやられちゃったなら、仕方ないかなぁ。
 でもね。すっごい、楽しかったのよ?」
「馬鹿だろお前」
 素でミゲルはそう確信する。うん、こいつはやっぱり馬鹿だ。
 ミゲルがしみじみそう思っていると、ラスティはようやく二人を開放して、楽しそうに抗議の声を上げる。
「馬鹿って言うなぁ!
 ……真剣勝負だったのよ? 私を落とした機も、私が落とした機も、一所懸命に戦ったんだから。全部出して、それで負けたなら仕方ないじゃない?」
「あ、いや……」
 ラスティは本当に楽しそうだった。
 だから、「お前を撃ったのは味方だ」と言いかけてミゲルは口を閉ざす。
 どうやらラスティは、味方に撃たれたとは気付いていないらしい。
 戦争にスポーツマンシップみたいなものを持ち込む事は何か理解しがたいし、危ぶむ気もあるが……とにかく、真剣勝負だった事にこだわっているラスティに、味方に背後から撃たれたと教えるのは、酷な様な気がしたのだ。
「そうだなー。名勝負だったぜ。見てなかったけどよ」
「目が節穴なの?」
 茶化す様に言ったオロールに、ラスティは憮然とした様子で言い返した。
 その間。
 ……どうする?
 オロールが、営倉がある方向をそれとなく指差しつつ、そんな事を言いたげな目でミゲルを見る。
 ……ダメだろう。
 ミゲルは首を横に振った。
 今の状態のラスティに事の真相を伝えれば、ラスティは怒るか、悲しむか、何にせよ動揺はする。作戦行動中の今、それで戦力低下するのは拙い。
 真剣勝負を邪魔したMSパイロット共を恨むくらいなら良いが、性格的に考えて物理的に潰しに走る可能性も無視出来ない。
 後々真相に触れる事になるだろうが、作戦が終わった後なら時間をかけてフォローも出来る。そう考えて、ミゲルは後ろ撃ちの事については伏せる事にした。後で、ゼルマン艦長にもそれを伝えておかなければならない。
 色々と面倒臭いなと思った所で、ラスティが自分に活を入れるべく声を上げたのを聞いた。
「よし! 怪我が治ったら、メビウス・ゼロ直す!」
「あ? お前、無傷だってよ」
「え? 撃墜されたのに!?」
 活入れと同時に決意表明した所でオロールに横から言われ、ラスティは驚きの声を上げる。
 まあ、幸運な事ではあったと思われるが、コックピットに被弾はなかったのだ、パイロットの無傷も有り得ない事ではない。それにどれほどの幸運が必要かは知らないが。
「やられた時は、結構、痛かったんだけどなー」
 納得がいかない様子でラスティは首を傾げる。が、無傷だったのは事実。納得するより他ない。思い直して、今度はガッツポーズ付きで再び決意表明する。
「ま、幸運だったって事よね。じゃあ早速、メビウス・ゼロ直すわ!」
「直すのは良いが、直るのか? あれ。……後ろの半分が、砕けてたぞ」
 最後に見たラスティ機の惨状。それを思い出しながらミゲルは聞く。と、ラスティは得意げに答えた。
「修理用の部品は、もう一機組めるくらい有るから、直るわよ。でも、一人で修理だから時間かかっちゃうわね」
「ん? 一人? メカニックは……ああ、そういう事か」
 ラスティの言葉に疑問を覚えたオロールが聞きかけるが、途中で何やら思い至った様子で辞めた。そして、可哀想な子を見る目でラスティを見る。
「な、何よ」
「いや、『MSなんて玩具を整備してるなんて頭がおかしい』とか言ったんだろ?」
「言ってないわよ! 『パイロットはメカニックを神と思え』。基本でしょ? ただ、私のMAだから、全部私がやってただけで……」
 オロールの勝手な想像に怒声を上げ、それから少しトーンを落としてラスティは言う。
 ミゲルは、そっちでも納得だと頷いて口を開いた。
「修理も整備も一人で喜々として弄ってたんで、メカニックとは交流しなかったって事か」
「……そうよ。悪い?」
 事実を当てられた事が悔しかったか、少しふてた様にラスティは返す。
 だがまあ、あの、いかれたザクレロ塗装を見れば、ラスティが大はしゃぎで弄り回していただろう事が良くわかる。
 それに、妙な所で硬派なラスティだから、自分の剣を自分で研ぐ様に、自分の手だけで丹念にメビウス・ゼロを整備していてもおかしくない。
 メカニックを信用しないとかではなく、自分でやりたいのだ。その辺りの心境は、共感は出来ずとも、有り得るものとして理解出来た。
 イメージの中のラスティが、魔女か妖怪みたいな笑い声を上げながら薄暗い部屋の中でメビウス・ゼロの周りを奇妙な呪文と奇怪な踊り付きで飛び跳ねていようともだ。
 それはともかくとして。
「悪くはないさ。でも、それじゃ困る。次の戦いに間に合わないかもしれないんだろ?」
「それはそうだけど……仕方ないじゃない。
 機体を見ないとわからないけど、聞いた感じじゃエンジンやスラスターは全損に近いんでしょ? 私一人じゃ、どうしたって何日もかかるわよ」
 作戦参加出来ない事にはラスティも思う事はあるのだろう。言い辛そうにミゲルに返すラスティに、ミゲルは苦笑しながら言う。
「よし、今から行くぞ。病院着を着替えたら出てこい。急げよ」
「え? ちょっと、行くって……?」
 ミゲルが言った事の意味を飲み込めずに戸惑うラスティを置いて、ミゲルはベッドから離れ……る前に、我関せずとばかりに残っていたオロールを捕まえてから医務室の外へと向かう。
「おいおい、これから生着替えのシーンじゃないのか?」
「オロール……」
「冗談だよ。二次元胸を愛でる趣味はないって」
「ちょっと聞こえてるんだから……!!
 くだらない事を言いながら医務室を出かかった辺りでラスティの怒声が飛んできたが、直撃を受ける前に廊下に出てドアを閉める。
「で、どうするんだ?」
 そして聞いてきたオロールに、ミゲルは少しだけ疲れた様子で答えた。
「頼むしかないだろ。まあ、まだ喧嘩を売っていないなら、可能性があるさ」

 

 

「すいません。ラスティのメビウス・ゼロを大至急で修理してください!」
「はぁ?」
 格納庫側の整備員待機室。帰ってきたMSの整備の為に、メカニック達が忙しく出入りしている中、ミゲルは整備主任を捕まえるといきなり頭を下げた。
 整備主任は面食らった様子だったが、ややあってからミゲルの突然の行動に呆然としているラスティを指差して口を開く。
「メビウス・ゼロって言やぁ、そのお嬢さんの機体か? 随分、派手にやられたみたいだな。
 だがよ、直しても使い物になるのか? 目立った傷はないが、お前らのモビルスーツだってメンテナンスしなきゃならん。あの半壊したモビルアーマーの修理を大至急となれば、そっちに手が割けないかもしれねぇ。
 そこまで手をかけても、今日みたいにまた落とされたんじゃ、たまったもんじゃねぇやな。そうだろう?」
「…………」
 整備主任からの猜疑的な目に、ラスティは何も返さない。
 彼女はまだ自分が連合機に落とされたと思っている。正々堂々の勝負だっただけに、その敗北に言葉を弄するのはラスティの気持ちが許さない。
 その沈黙を都合良く思いながらミゲルは整備主任に請け負った。
「彼女は大きな戦力です。次の戦闘でも必要です」
「え?」
 今度はラスティが驚きの声を発する。
「ちょ、ちょっと、何言ってるの?」
「何って……冷静に戦力を評価したんだよ。お前は強いし頼りになる」
 何を、意外だとばかりに戸惑いを見せているのか? ミゲルには良くわからなかったが、どうもラスティにはそう思われてるという事が心底意外だった様だ。
「えー……と。言葉通りにとって良いのよね?」
 何か身構えた感じのラスティに、ミゲルは怪訝気な目を向ける。
「当たり前だろう?」
「んー……ん゛ー――っ」
 どう反応したらいいのかわからない様子で戸惑うラスティ。
 彼女の困り顔など初めて見る。普段、迷惑をかけられてるだけに、何か勝った様で面白い。
 当初の話をすっかり忘れてラスティを観察しているミゲルはさておいて、その時、オロールは整備主任と話をしていた。
「まあ、あいつらの青春コメディっぽいやりとりはさておいて、仲間ですから同じ戦場で戦いたいじゃないすか」
「な、仲間とか! あんたも何言ってるのよ!?」
 ラスティの困惑は、あっさりとオロールの方にも飛び火する。
 それを受けてオロールは、溜息一つついて見せながら言い返した。
「お前ね。あんだけ迷惑かけておいて、今更、何の関係もない他人ですだなんて通じないからな?」
「で……でも、だって!」
 何か言いたげで、もどかしそうなラスティの肩を、オロールは宥める様に軽く叩く。
「いやね? お前はさ。自重しない奴で。迷惑の塊で。正直、俺もミゲルも困りもんだと思ったよ。
 でもなー。こうして一緒に戦う事になったんだ。そりゃあ何て言うんだ? 仲間以外に言い様があるってのか?
 いや、俺としては友達くらいに言っても良いけどな。どうせ、面倒はミゲルが背負うんだし」
「おい」
「あ、恋人ってのは勘弁な。お前には女の色気ってもんが無いから」
「ちょっと」
 ミゲルとラスティからツッコミが入るが、オロールは気にせず得意げに親指を立てて見せて続けた。
「まあ、だからな。お前がどう思っていようが、俺とミゲルはお前の事を仲間だと思ってる。ぼっちのお前に、いきなり仲間だ何だと言っても馴染めないかもしれないけどよ」
「ぼっちじゃない! 私にだって……えと…………4人は仲間? が、いたもん」
 仲間だったかどうかの自信すらないのか、ラスティの抗議は尻窄みに終わる。まあどうやら、ミゲルやオロールと同じく面倒を背負い込んだ奴が、4人くらいは居たらしい。
 でも4人。片手で数えて余る。本当に友達が居ないんだな。あんな性格じゃなぁ……と。
 何だかミゲルがしみじみとしてしまっていると、話に関わりを持たない整備主任の声がその場に割り込んだ。
「おいおい、俺は忙しいんだ。あんたらの仲が良いのはわかったから、用件をまとめよう。
 そのお嬢さんのモビルアーマーを直せば良いんだな?」
「はい、お願いします!」
「よろしく頼みます!」
 言われて、ミゲルとオロールはすぐに頭を下げる。
 本来、ここまで平身低頭でいる必要など無いのだが、やはり忙しい所に無理を言っているのだし、何よりラスティがどれだけ敵を作っているかわからないので、ここは一つ慎重に。
「……お、お願いします!」
 二人を見て、僅かに逡巡した後ラスティも頭を下げた。
「私のモビルアーマー……今まで触らせない様にしててごめんなさい! 大好きだったし、楽しかったし、独り占めしたかったんです!
 でも、あんなに壊れてしまったら、私一人じゃ直すのに時間が必要で、そしたら戦いに間に合わないかもしれなくて……だから、お願いします。直すの、手伝ってください」
 ラスティの真剣な声。と、頭を下げたままオロールが感心した様に言う。
「頭を下げるなんて珍しいな」
「私のモビルアーマーなの。だから、私が一番に真剣じゃないといけないの。貴方達に頭を下げさせて、私がふんぞり返っていられるわけないじゃない」
 ラスティは反発した様子は見せず、やはり真剣に言葉を返した。
 頭を下げたままそんな会話をしているので、その表情は整備主任からは窺えない。
 人にものを頼んでる時に雑談を混じらせるのはどうかとも思うが、それを注意する様な場面ではないし、何よりラスティの真剣さを酌んだ。
 整備主任は殊更に軽く明るく言ってみせる。
「わかった、わかった。頭を上げてくれ。ぺこぺこする必要なんてないだろう?
 元々、そのお嬢さんが貼り付いてて、必要がないそうだから手を出さなかっただけだからな。必要とあらば、腕前の程を見せてやるさ」
 プラントでも、作業機械や支援兵器としてのMAはまだ現役である。
 それが壊れれば修理するのはメカニックとしての当たり前の仕事であり、MAだからどうという気持ちもない。そこがパイロットとの心意気の違いだ。
 ただ、MAの戦力的な価値に疑問はある。戦力にならない物より、戦力として重要な物を先に直すのが道理だからだ。しかしそれも、ミゲルが戦力にお墨付きを出したことで解消されていた。
「ありがとうございます」
「あざーす!」
「ありがとうございました!」
 ミゲル、オロール、ラスティが一度頭を上げた後、再び綺麗に一礼する。整備主任はその若者らしい生真面目さを好ましく思う。
「あんたらがお嬢さんを必要と言うなら、こっちは何も言う事は無ぇよ。後は任しておきな。連合のモビルアーマーだろうと、ピカピカに直して見せらぁ」
 言い残して整備主任は整備員待機室を去ろうとする。
「あ、私も手伝います!」
 その後を追おうとするラスティ。それを、整備主任の怒声が止めた。
「パイロットは休むのも仕事だ! 撃墜されたんだから、なおさら安静にしてな!」
「はい……」
 ラスティが消沈した様子を見せるのは、パイロットの心得を説教されたためか、大好きなMAを触れなくなったからか。
「何にせよ良かったな。これでまた乗れるじゃないか」
「え、あ……うん……」
 慰める様な事を言うミゲルに、ラスティは生返事を返す。それから、彼女はミゲルとオロールに向き直り、少しだけ顔を赤らめて言った。
「あ、あんた達にも。ありがとう」
「? ああ、たいした事じゃない。気にするなよ」
「いやいや、ここは感謝を受け取っておけよ。機微のわからん奴め」
 この程度の事は何とも思っていないミゲルがラスティの感謝を流した所で、オロールが呆れて口にする。
 が、ミゲルにその忠告は通じなかった。
「あ? 何の話だよ。それより、ここでする事も終わったんだし次に行くぞ」
 言って、ミゲルは次の場所へと向かう為、整備員待機室の外へ出る。その後にオロール、ラスティが続き……
「ああ、すまない。ラスティは来ないでくれ」
 ミゲルはラスティだけを止めた。
 ラスティは少し驚いてから、眉をひそめて苛立ちを声に纏わせて問う。
「何よ。さっそく仲間外れ?」
「そういう訳じゃないんだが……」
 ミゲルは返答に困った。
 次に行くのはゼルマン艦長の所だ。ラスティへの後ろ弾の件の対応を話しに行くのだが、ラスティにその話を伏せると決めた以上、彼女を連れて行くわけにはいかない。
 では何と言って同行を諦めさせるか? 考えていると、脇からオロールが割り込んだ。
「あ、いや……ついてきても良いんだ。むしろ、ついてきて欲しいくらいだ。ただ、お前にとって少し辛い事になるんじゃないかなと思ってな。
 その覚悟があるなら……ついてきてくれるか?」
「おいっ!」
 まさか、場合によっては話すつもりなのか? そう考えたミゲルが声を上げかけると、オロールは任せておけとばかりに目配せする。
 一方、ラスティはと言うと、オロールの台詞を挑発と取ってか、不適な顔で言い返した。
「良いわよ。仲間なんだもの、何処へでもついていってあげようじゃないの」
 それを聞き、オロールは笑顔でラスティの手を握る。
「そうか、ありがとう」
「どういたしまして。で、何処へ行くの?」
 ラスティは聞き、そしてオロールが答える。
 堂々と、臆する所など欠片もなく、自信に溢れた有様で、はっきりと。
「連れション」
 ――もちろんラスティはついて来なかった。

 

 

「ミゲル・アイマンです。お話があって参りました」「オロール・クーデンブルグです」
『……入れ』
 二人は入り口のインカムに名を告げ、返答の後に部屋のドアを開く。そして、中の様子に眉をひそめる。
 艦長室の中は闇に満ちていた。
 単に灯りをつけていないだけ……そうはわかっているが、どうしてそんな事をしているのかがわからない。
 まさか寝ているのか?
 と思ったその時、部屋の闇の中で何かが動いたのが微かに見えた。
「ああ、待ってくれ。今、灯りを付ける」
 ゼルマンの声の後、部屋の灯りがともる。
 部屋の中央、椅子に座した姿勢でゼルマンはそこにいた。
「どうしたんですか艦長。灯りも付けないで」
「ああ、何。たいした事じゃない。ちょっと照明の白い光が目に刺さる様な、不快な気がしてな……疲れてるのかもしれない。だが、問題はない」
 ミゲルの問いに、ゼルマンはそう言って光から目をそらし、目頭を押さえる。
 暗闇の中からいきなり光の下に出たのだから、眩しさにして当然の動作とも言えたが、その動作は何処か光を恐れている様にも見えた。
 艦の便宜上の天井に取り付けられた、白い光を放つ平たく四角い電灯を。
「そんな事より、用件を……いや、言うまでもないな。“誤射”の事だな?」
 ゼルマンが表情を改める。それに答えてミゲルは言った。
「はい、“後ろ弾”の事です」
「お前も、そう思うか」
 返す台詞と同時にゼルマンが吐き出した溜息は重い。
「ガンカメラやボイスレコーダー、コンピューターに記録されていた戦闘データ。それらが故意の味方殺しだと強く示しているそうだ。詳細に調べれば、確実な証拠も出てきそうではあるがね」
 戦闘中の機体で何が行われていたのかは記録されている。それを調べれば、コックピットという密室で何が起きていたのかがわかるのだ。
 とは言え、流石に犯人もまるっきりの馬鹿ではない。明確な証拠は残してはいなかった。それでも、そこに殺意があった事を想像するには十分の内容ではあったのだが。
 単純に記録を見てそうなのだから、事件捜査を専門とする者に任せれば、より確実な証拠も見つかる事だろう。だが……
「罪に問えますか?」
 ミゲルの問いに期待感はなかった。
「……マッケンジー家が裁くだろう」
 答えてゼルマンは陰鬱な笑みを見せる。
 比喩でも何でもなく“そういう事”だ。裁判も何も必要がない。
 プラントの権力者は、その力で何でも出来る。権力者の誰かが、国家予算を私的流用して謎の組織を飼っている、なんて荒唐無稽な噂が、かなりの真実みを持って流れるくらいだ。
「しかし、艦の上ではどうにもならない。この任務が終わりプラントへ帰還するまでは、彼等も戦力と見なさざるを得ないわけだ」
「その事ですが。今回の件、ラスティには秘密にしたいと思います」
 味方撃ちの卑怯者を戦闘に引っ張り出さなければならない事は想定の内なので、ミゲルはその対処について進言する。
「ラスティは戦闘を高潔なものと考えています。味方の卑怯な行為でそれが汚されたと知れば、心理的に悪影響があるでしょう」
「で、どうするのかね?」
「知ってる者に箝口令を。赤服の機嫌を損ねる覚悟で御注進に及ぶ奴も居ないでしょうから。
 危ないのは、実行犯から直接漏れる事。馬鹿は、得意げに話しかねませんからね。
 営倉からコックピットまで直送すれば連中とラスティの接触は防げます。後は通信を制限して、連中とラスティの間に回線が繋がらない様にしてください」
 連中が自棄にでもなれば、ラスティに直接何を言うかもわからない。「死ね」くらいならラスティはビクともしなさそうだが、連中の悪行を得々と語られでもしたら事だ。
「その上で、前衛後衛でも、右翼左翼でも良い。戦場を分けます。ラスティと自分とオロール、そして連中の二つに。おそらくは、連中を前衛に。こちらを後衛とする事になります。
 連中は自分やオロールも敵視してますから、実際、そうするしかないでしょう」
「背中撃ち共に、後衛を任せる事は出来ない……か。そうなると……」
 頷き、そしてゼルマンは思い至る事があったのか僅かに黙る。だが、彼の中で生まれた可能性は彼自身が否定した様で、静かに首を横に振ると言った。
「いや、君達は彼等がプラントに帰って裁かれる事を望むのだったな」
「それはそうですが……」
 ゼルマンの言葉に含んだ意味に、返すべき言葉を言い淀むミゲル。そこで、彼に代わってオロールが口を開いた。
「ミゲルと自分の腕なら、誤射はありません。しかし、部隊を二つに分断して戦う以上、危機に救援が間に合わなかった……そういう事も有り得るとお考えください」
 つまり、こう言った訳だ。「助けない」と。
 助けないという、消極的だが確かな殺意のある行為に、ミゲルも嫌悪を抱かないわけではない。
 しかし、連中が窮地に陥っている時こそが最も危険な瞬間の筈だ。連中が自棄を起こすなら、まさにその瞬間の筈だからだ。そこに飛び込んでいくのは、他の全ての対処の意味を失わせるに等しい。
 これは仕方のない事だとミゲルは納得した。オロールは言いにくい事を代わりに言ってくれたのだ。ならば、彼一人をその役として舞台に立たせ続ける事は出来ない。
「そうですね。間に合わない事も十分に考えられます」
「……仕方がない事だな。彼等は、そう扱われても仕方のない行為を行ったのだから」
 ミゲルも、そしてゼルマンもがその対応を認めた。
 少なくともこの場に「疑わしきは罰せず」とか「彼等は罪を犯したが許そう」と言い出す者はいないという事だ。
「了解しました。では、これで失礼させていただきます」
「失礼いたしました」
「ああ、御苦労」
 話は終わったとミゲルは退室を決めた。オロールも後に続き、それをゼルマンが了承する。
 ミゲルとオロールは敬礼の後にゼルマンの前を離れて艦長室を出る。
 そして、ドア脇のコンソールを操作してドアを閉めた。
 最後、ドアが閉まるより僅かに早く、艦長室は闇に閉ざされる。闇の中でゼルマンが何をしているのか、ミゲルとオロールに窺い知る事は出来なかった。