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機動戦士ザクレロSEED_第41話

Last-modified: 2014-05-12 (月) 20:43:12

 ――コール音。
 通信機が鳴っている。
 大事な命令を出している時なのに。
 ゼルマンは、その呼び出しを無視しようとした。だが、気になって仕方がない。
 コール音は鳴り続けている。口を開こうとするのを、そのコール音が邪魔をする。何故だ? 何故かはわからない。だが、その通信を受けなければならない……そんな気がする。
 命令を発している途中だったが、ゼルマンは不思議とそれを中途で途切れさせ、その通信を受けた。
 誰からの通信か、何処からの通信か、そんな事も確認しないままに――
 それは何処か聞き覚えのある少女の声で囁いた。
『怖がっていると食べられてしまいますよ?』
「――!?」
 次の瞬間、ゼルマンは我に返る。
 同時に何かしら叫んだ様な気もしたが、記憶には残らなかった。ただ言えるのは、通信は切れたという事だけだ。
「今の通信は……」
『通信? 何の話ですか?』
 そう答えたのは、通信オペレーターだった。
 その怪訝そうな顔を見て悟る。“通信など無かった”。
 ゼルマンが命令を発し始めてから今に至るまで、外部からの新たな通信は一切無かった。通信は何処とも繋がっておらず、通信機はコール音を発してさえいない。
 通信オペレーターは不思議そうに返した後、心配げな問いに話を切り替える。
『あの、それより、命令の続きをお願いします。敵艦隊へ向かうのですか?』
「は? あ……いや……」
 敵艦隊へ向かう? 特攻か?
 ……何を考えていた? ゼルマンは自分に問う。
 つい先程まで正しいと確信していた行動に、今は全く同意出来ない。軍人として、最終的にその選択も覚悟はしよう。だが、今は全くその時ではない筈だ。
 英雄志向からの暴走か? 死んで英雄になりたいと夢想する類の……
 いや、そんなものではなかったように思う。
 ただそんな思考しかできなかった様な……
 まるで、何かに追われる様に。追いつめられる様に。獣に追われる哀れな獲物の様に、思考は逃げ場を無くしていった様な。
 そうだ、追いつめられていた。あの時、首筋にかかる獣の吐息を……
 そこまで考えてゼルマンは身震いした。
 考えてはならない。後ろの気配を探ってはならない。直感的にそう思う。
 “怖がっていると食べられてしまう”ならば、怖がらなければいいのだ。
 何も知らぬのだと。何も気付かぬのだと。全ては恐怖の幻想に過ぎないのだと。
 だが……ああ! ああ!
 それは脳の片隅に押しやったとしても、その暗がりから再び出るその時を待っているのだ。
 その姿を闇に感じるのは、影に見出すのは、とても抗いがたい誘いなのだから。そこに恐怖を覗き、その先に破滅しかないとしても。
 だから恐怖を恐怖と感じてはならない。その事のみが、暗がりを覗き込む人を守る盾となる。その守りは薄絹よりも弱く儚いとしても、人にはそれしかないのだから。
「…………」
 ゼルマンは、自分が発狂しているのではないかと疑った。
 どんな思考だ。妄想も良い所だ。支離滅裂ではないか。
 全て、艦長職の重責からくるストレスか何かでの精神的失調で片付く問題に違いない。自分に必要なのは精神科医の処方する薬とカウンセリングだ。
 そうだ……全ては現実ではないのだ。それよりも、今は出しかけていた愚策の撤回をしなければならない。
「……先の命令は撤回する。艦は現在の位置で待機。輸送艦の盾として有り続けるぞ」
 艦橋の中に、目に見えて安堵が拡がった。
 自分が妄想になどかまけたおかげで、艦橋要員達にいらぬ不安を抱かせてしまった……これは、自分が艦長としての責務を果たせていないという事なのではないだろうか。
 この任務を終えたら病院へ行こう。ひょっとしたらそれで退役をせざるを得なくなるかもしれないが、大きな失敗を犯してしまう前に自らを軍から排除するのも軍人の責務だろう。
 そうだ。それでいい。
 だから……今も自分に向けられている見えざる何かの視線を、その実感を伴う妄想を、ゼルマンは努めて無視しようとしていた。

 

 

 ――間に合え。
 味方機が光る檻に閉じ込められてから僅か。ラスティ・マッケンジーは自らの乗るメビウス・ゼロを敵めがけて突っ込ませていた。
 連中には正直、良い思い出はない。MSパイロットらしいロクデナシだとはっきり思っている。ああいう手合いは、士官学校の頃から幾らでもいた。だから、今更どうとかは思わない。
 嫌な奴等だった。
 でも、見殺しにして良いわけがない。
 その思考は単純で、無知から来る愚かさだった。ラスティとて、彼等が自分を殺そうとした事実を知っていれば、助けようとはしなかったろう。
 盲目的な博愛主義や理想主義は持ち合わせていないのだ。
 しかし、知らないが故に虎口に飛び込む。
 敵大型MAの放つビームが飛来する。甘く見られているのか、攻撃の手は緩い。
 しかし、それでも加速を最優先にしているメビウス・ゼロに回避をする事は困難で、その進路を塞ぐように撃たれるビームに追い込まれていく。
「そろそろ狙ってくる!?」
 とっさにガンバレルを撃ち出し、そのスラスターに自機を引っ張らせて強引に進路を変えた。そのすぐ後、先程までの進行ルート上をビームが薙いでいく。
「やる……モビルアーマーにもまだこんな進化の道があるのね。やっぱり、モビルアーマーって凄い」
 思わず感心の声を漏らしたが、考えるまでもなくそんな場合じゃない。
 ラスティは操縦桿を改めて強く握りしめ、戦闘に意識を集中した。
 敵大型MAにはどんどん接近している。モニターの中に大きくなる紫玉葱に照準を合わせ、対装甲リニアガンのトリガーに指を乗せた。
 が、思い直して止める。
 きっと、この程度の砲では装甲を抜けない。だから、甘く見られているのだ。無駄な攻撃を仕掛けるくらいなら、今は急ぐ。
 それに、狙うべきはMAの本体ではない。
 さすがに接近しすぎた事が注意を引いたか、敵大型MAがメビウス・ゼロに向ける攻撃が濃密になってきていた。
 繰り返し撃たれるビームが宙に線を引き、その度にメビウス・ゼロの進行ルート上を薙いでいく。
 敵が外しているわけではない。ラスティが操縦を誤れば、直ちにそのビームの中に突っ込み、メビウス・ゼロは焼き尽くされていた事だろう。
 ガンバレルを使い、本来のMAに無い動きをしてビームをかわす。なまじ同じ連合の兵器である為か、無茶な動かし方をするラスティの操縦は捕捉しづらいのかもしれない。
 降り注ぐ光の弾幕。その間隙を抜け、メビウス・ゼロはついに敵大型MAの直前へ至る。
「いっけえええええっ!!」
 対装甲リニアガンを放った。
 狙いは敵大型MA本体ではない。
 その一撃は、敵大型MAの下部、宙に檻を形成するワイヤーの基部を貫いた。
 小さな爆発の後、ワイヤーからは光が消え、檻はあっけなく崩れる。
 支える基部を失って宙に散り始めるワイヤー。その中に、動かないジンが二機、ゆらりと漂う。それはまるで骸のようだった。
「間に合った!?」
 ラスティは小さく声を上げつつ、ガンバレルをまるで腕のように広げてから、動かないジンの合間に突っ込む。
 そして、メビウス・ゼロとジンがすれ違う瞬間。広げられたガンバレルのワイヤーがジンの体に引っかかり、その機体を一気に引きずる。
 無論、メビウス・ゼロとジン双方の機体にとって危険であるし、中のパイロットが急な衝撃で負傷する可能性も高い。
 しかし、一刻も早く運び出さなければ、動かないジンに構っている間に、敵大型MAの攻撃を浴びてしまう。そう考えての強引な手。
 だが、それはやはり無謀だった。
 無反動砲と重機銃を装備したジンが、いきなり爆発に包まれる。
 爆発の位置から見て、無反動砲と重機銃の弾倉が誘爆したのだろう。今までの攻撃で熱を帯びていたそれら弾薬が、今の衝撃を受けて発火したのだ。
 ジンは両手に武器を持っていたが故に両腕を失い、予備弾倉を付けていたが故に腰が砕かれて脚がもげた。
 少し遅れて、推進剤に火が回ったのか、ジンは背中から爆発を起こし、宙で燃え始める。
 彼は、最後まで火炙りの運命から逃れる事は出来なかったのだ。
「あ……ああ……」
 思わず呆然とするラスティが目線をずらしながら見ているサブカメラの映像の中、バラバラになったジンが、ガンバレルのワイヤーの束縛から零れていく。
 離脱の為に全速を出すメビウス・ゼロは、そのジンを残して先に進む。進まざるを得ない。足を止めれば、敵大型MAの攻撃に晒されてしまう。それでも……
「コックピットは!? コックピットが無事ならまだ救助の可能性も……」
 コックピットに近い腰で弾薬の誘爆が起こったのだ。その上、コックピットがある上半身は、今や炎の中にある。無事である筈がない。
 しかしそれでも、一縷の望みをかけて、ラスティは置き去って来た無数の破片の中に目を走らせる。
 その時だった。
 ガンバレルのワイヤーに絡められたもう一機のジンが、身震いするようにその機体を動かしたのは。

 

 

 霞む視界。見えるのは半ばがノイズに覆われたモニター。そして、かろうじて映る部分には焼け崩れていく僚機の姿。
 そして、黄色く塗装されたメビウス・ゼロの凄惨な笑みを浮かべるノーズアート。
“ああ、お前だ”
 焼かれ乾き苦鳴の声を上げ続けた事で潰れた喉は言葉を形作る事はなかった。それでも、無意識の内に彼は口の中に言葉を作る。
“お前のせいだ”
 憎悪がたぎっていた。
 そうだ……この女が居なければ、こうはなっていなかった。いなかった筈だ。
 勝手な思い込みに過ぎない。しかしそれでもそれは彼の中で真実であった。
“お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前の……”
 憎悪が溢れる。と、その手が動いた。
 僅かに動かすだけでも、焼かれた体は激しい苦痛を伴う。それすらも燃えさかる憎悪にくべて、彼は操縦桿に手を伸ばす。
 そして操縦桿を握りしめると、機体は軋むように動いた。
 パイロットスーツの内蔵スピーカーからは、動作不良や危険な状態を教える警告音が発せられる。それを無視して彼は、操縦桿のトリガーを引いた。
 トリガーが動かす物は、装備した重粒子砲。しかし、重機銃などよりもずっと精密な機械の塊であるそれは、既に内部を焼かれて使い物にならなくなっており、彼の憎悪に応える事はない。
 彼は落胆とも怒りともとれる呻きを漏らした。
 それでもなお諦めない彼は、苦痛の中に途切れそうになる意識を憎悪で繋げて、続いてフットペダルを深く踏み込む。
 機体の背後、スラスターが火を噴いた。
 熱されていた推進剤が、過剰な程の燃焼を起こす。つまり、バックパックを、推進剤タンクをも燃やして。機体をも炎に包み込んで。
 それでも、その炎は機体をメビウス・ゼロへ向かって押しやるに十分な推力となった。

 

 

 爆発を背負ったジンが、突っ込んでくる。
 ――事故?
 メビウス・ゼロに乗るラスティは、気付くと当然、そう考えた。
 自分に憎悪を向けられている事に鈍感だったが故に、ラスティにはそのジンの行動が理解出来ない。
 だからこそ気付かなかった。そのジンがメビウス・ゼロに向けて振り上げた拳に。
 その拳に、意思はあったが、意味はなかったかもしれない。ジンは既に機能停止寸前であり、旧式MAの装甲と言えども破壊出来る保証など無かった。
 しかしその事は試されもせずに終わる。
 ジンを擦過していくジン・ハイマニューバ。それが憎悪に終わりを告げた。
 敵大型MAを迂回しながら追いついてきたオロール・クーデンブルグの機体によって振られた重斬刀の一撃に、ジンは両断されてメビウス・ゼロから離れる。
 そして二つに分かれたジンはそのまま寄り添うように宙を漂い……少しあってから二つの火球となって砕ける。
 その様は無論、メビウス・ゼロからも全て見えていた。
「――どうして!?」
 味方殺し。
 それを目の当たりにしてラスティは悲鳴のような問いの声を上げる。
 だが、通信を通じて届いている筈のその声にオロールは沈黙し、ラスティに答えが返る事はなかった。

 

 

『アッザムリーダー、破壊されました!』
 アッザムの中で、機長は測的手からの報告を聞く。
 たかが旧式と侮ったか。まさかアッザムリーダーの方を狙うとは。
「先の戦いでは、高速で突っ込んで無理矢理引きずり出したのだったな。アッザムリーダー破りにも色々あるものだ」
 つい先だってのシグー四機との戦闘では、一機を捕らえたものの、僚機による強行突破で脱出されている。
 もっとも、僅かな時間だったとは言えアッザムリーダーの中に入った影響は免れなかったか、その後に仲間を抱えて鈍くなった隙を突かせてもらう事になった。
 今度のはなかなか上手くやったが、結局、仲間を担いで逃げ出そうとすれば動きがとれなくなるのは一緒だ。
 “一人の負傷兵は、二人の兵の手を奪う”
 相手を嬲り殺す様なアッザムリーダーの特性は、相手を消耗させるには効率的であった。
 ついでに言ってしまえば、アッザムリーダーの発生器は一つだけではないので、破壊されても戦力の低下と言うほどのことはない。
 こちらに被害は少なく、仲間を救おうとした敵に出血を強いた。損得の勝負なら、アッザムの勝利だ。
 と、モニターの中、救出されたジンの一機が、誘爆を起こしてバラバラになったのが映った。どうやら、救出は少々遅かったらしい。
 その無様に嘲笑を浮かべ、機長は命じる。
「仲間を救出し、我等に背中を見せた敵に、たっぷりビームをお見舞いしてやれ!」
『了解。砲撃します』
 砲手は応えた。
 メビウス・ゼロは、残る一機を引きずって逃げようとしている。その重い動きに照準を合わせるのは容易い。
 と、残る一機のジンが、スラスターを爆発させた。
 誘爆かもしれないが、メビウス・ゼロに取り付く様な動きは何なのか。
 溺れる者が救助者にしがみつくような動作。心情的には助けに縋る事を理解出来なくもないが、それは救助者もろともに溺れるだけの悪手だ。
 メビウス・ゼロの機動性はより落ちる事になるだろう。ならば、抱き合ったままビームの炎に焼かれると良い。
 機長は構わず、砲撃が行われるのを待つ。ほんの僅かな時間。しかし、その間に事態は急転した。
「今度は同士討ちか?」
 理解しがたい事に、メビウス・ゼロに取り付いたジンが、さらにもう一機……ジン・ハイマニューバによって破壊される。
 直後、アッザムから撃ち放たれたビームが、それら機体が固まる宙を薙いだ。
 ――が、メビウス・ゼロはそれを回避する。救出したジンから解放された事で、直前に機動性を取り戻していた様だ。
「……そういう事か! 味方を救う為に、負傷兵を切ったな!?」
 ジン・ハイマニューバの行動の理由を想像して機長は声を上げる。
 その想像は、それほど大きくは外れていない。味方を救おうとしたと言う点は正しく、だがアッザムからの攻撃を想定しての事ではなかったが。
「だが、終わったわけではないぞ。続けて攻撃を行え」
 指示を下す。戦いは終わったわけではない。そう……戦いは続いている。
 そしてその事を逆に教えるかのように、その時、アッザムを激震が揺らした。
「な!? 何だ!」
『もう一機のジンからの攻撃です!』

 

 

 ――オロールはやってくれた。だが、自分は身動きが取れない。
 敵大型MAと砲撃戦を行うミゲルは、ほぼ釘付けにされている状況に歯噛みする。
 相手の注意を引いているという点で戦果は出しているが、それは単にラスティやオロールが敵の注意を引いていないからとも言える。
 今、ラスティとオロールの両機は確実に敵の注意を引いた。
 どうする? 砲撃をし、それが命中したからと言って、相手の強引に振り向かせる事は出来ない。今までの攻撃の結果を考えれば無理だとわかる。
 115mmレールガン“シヴァ”の一撃をもってしても、敵大型MAの装甲を削る程度に過ぎないのだ。
 ならばどうする? 手をこまねいて見ている以外の行動だ。
 意味のない無駄な足掻き以外の行動だ。
 どうする?
 敵は、仲間達を狙い撃とうとしている――
「良いさ、俺を殺して見せろ!」
 決断は早かった。
 ミゲルは機体の足を止める。敵大型MAが可能とする猛攻を前にしては自殺行為だ。だが、次の攻撃には必要だった。
 そして冷静に敵に照準を合わせ、トリガーを引く。
 それはレールガンではなく、ミゲルのジン・アサルトシュラウドのもう一つの追加武装、220mm径5連装ミサイルポッドがだった。
 撃ち放たれたミサイルが敵大型MAへと直進する。
 それが命中するまで足を止めて待つ。この時に反撃が来ればミゲルの賭けは負けだ。ミゲルの機は容易く撃破され、おそらくはその後にラスティとオロールも撃たれる。
 だが、ミゲルの中の何処か冷静な部分が、その賭けは自分に分があると言っていた。
 敵はラスティとオロールを狙っている。
 ならば、自分への攻撃はきっと遅れるだろう。
 ……もう一撃を放つまでの僅かな時間くらいは。
 ミサイルは敵大型MAに届いた。着弾したミサイルが装甲の表面で弾け、閃光を撒き散らす。
 直後――ミゲルはレールガンを放った。

 

 

「アッザムの装甲は、奴の一撃程度では……」
 アッザムの中に響き渡る警告音と、測的手の報告に、機長は焦りの声を上げる。
 レールガンの一撃には耐えられた筈だ。それが何故?
 答が返る。
『違います。ミサイルです! その上に、奴は砲撃を重ねて――』
 ミサイルの着弾には、アッザムの装甲は耐えた。しかし、直後に撃たれたレールガンが、損傷した装甲を突き破って内部にダメージを与えたのだ。
『反撃します!』
 砲手が叫び、機長の返事を待たずに反撃を行った。
 モニターの中、宙に留まっていた砲撃戦型のジンの上半身がビームの直撃を受ける。
 爆発を映すモニターを見ながら、砲手は報告に叫んだ。
『命中! 敵機撃破です!』

 

 

「……ミゲル。お前ってば、俺に見せ場を譲ってくれるんだものなぁ!」
 ミゲルの機体がビームの直撃を受けたのを見ながら、オロールは自機に無反動砲を構えさせた。
 その筒先を向けるのは宙に浮かぶ敵大型MA。
 これはチャンスだった。
 ミゲルが作ってくれたチャンスだ。
「落ちろ、糞玉葱!」
 罵声と共に撃つ。放たれたロケット弾は、真っ直ぐに敵大型MAへと突き進む。
 狙いは、ミゲルが穿った装甲の穴。
 無論、そこに狙い当てるのは難しい。だが、それならば。
「全弾、持って行け!」
 当て難いなら数を撃てばいい。どれかが当たるだろう。
 その鉄則に従い、景気よく持ってきた全ての弾を撃ち尽くす。狙いなど、それなりにしか定めていない。文字通りの、「数撃ちゃ当たる」だった。
 敵大型MAに突き進んだロケット弾は多くが外れ、また健在な装甲に弾かれる。
 だが、その内の一発が、ミゲルの穿った穴から進入。その奥で炸裂した――

 

 

 敵一機撃墜の戦果に機内が沸いたのは僅かな間で、更なる激震の後にアッザム内の警告音は一段と高まり、全乗員に非常事態を伝えていた。
 装甲の中で炸裂したロケット弾に、機体は大きなダメージを受けている。自機を映したモニターでは、装甲の穴から炎と破片が吹き出しているのさえ見えた。
 だが、機長は怒りにまかせて吠える。
「まだ……まだだ! たかが後二機、このアッザムならば!」
 それは事実だ。
 確かに大きな損傷を受けたが、アッザムの戦闘力はまだ残っており、戦闘の継続は可能。
 残す敵は二機。アッザムからすれば大した敵ではない。
 戦いはこれからだと気炎を吐く事も出来た。
 しかし……
『機長。撤退命令です』
「何故だ! まだアッザムは戦える!」
 通信手が伝えた艦隊からの命令に機長は思わず怒鳴り返した。
『貴重なアッザムを失うわけにはいかないとの事で……』
「少々不利になって臆病風に吹かれたか!? これだから、安全な後ろで椅子をケツで磨くだけの奴等は……」
 文句を吐き散らしながらも、機長は落胆した様子で最後には命ずる。
「砲撃を行いつつ後退せよ。戦いは此処までだ」
『了解です』
 命令は直ちに実行された。
 ユルユルと距離を取りながら、残る敵に砲撃を行う。しかし、そんな身の入らない攻撃で落ちてくれるのは相当の間抜けだけだ。
 そして、敵の追撃はない。
「ここで追撃でもしてくれれば落とせたものを。退き際は知っているようだな」
 追撃の為に追ってくる所を、退き撃ちで討ち取る。そんな戦い方もある。こちらが戦闘態勢を維持している時、戦果に焦る敵には効果が高い。
 残念ながら、敵は間抜けではないらしい。
 機長は無念の気を抑えつつ、離れていく敵機の姿をモニターの向こうに見送った。

 

 

 アガメムノン級宇宙母艦の艦橋。ジェラード・ガルシア少将は焦りを安堵に変えていた。
「アッザムの撤退は順調なのだな!? よし、ならば問題ない。早く下がらせろ」
 アッザムは性能評価の為に貸し与えられた特別な機体だ。それを失っては、自分の面目が丸潰れになる。
「しかし、たかだかモビルスーツにやられるとは。機長は何をやっているんだ」
 不愉快そうに、責任をなするかのようにガルシアが言う。
 今まで積んだ勝利故か、MSの事をすっかり見下していた。“アッザムならばこの程度の敵”と、無意識に考えてしまっていたらしい。
「この程度……か」
 その事に自分で気がつき、ガルシアは渋面を浮かべ、調子に乗っていた自分を恥じた。弱いと思い込んだ相手に調子づいて足下をすくわれる、そんな傾向がガルシアにはある。それを省みて。
 しかし、その表情を機長への怒り故と見たのだろう。参謀達の方で機長を責める声が上がり始める。
 が……ガルシアにとってそれは困るのだ。何せ、機長を推薦したのはガルシア自身なのだから。
 どう話題を変えようかと考えていた所、その空気を読んでくれたのか、参謀の一人が声を掛けてくれた。
「ですが閣下。最後に撃墜したあのオレンジの機体は、ZAFTのエースである可能性があります。アッザムの性能の証明になるかと」
 エース。今までに連合軍に流血を強いた怨敵。その撃破は、アッザムの性能を大いに保証する事になるだろう。
 当然、その戦果を出した機長の功績も認めねばならない。「別の機長ならもっと戦果をあげられた」と言うのは容易いが、自分の馬鹿をひけらかす以外の結果を得るのは難しいだろう。
 ガルシアは、エースという言葉にすぐさま飛びついた。
「ほう、エースとはどんな奴だね?」
「ハイネ・ヴェステンフルス。オレンジの機体カラーがトレードマークです」
 参謀は資料の中から、何とも惜しい人名を上げる。確かにオレンジ色でエースではあるが……
 ともあれ、それにガルシアは上機嫌で応えた。
「素晴らしい。アッザムの撃墜記録に記載しておくように。最後は無様と思ったが、エース相手に白星か。機長の事も評価すべきだな」
 これで、アッザムの華々しい戦果の中にエース撃墜が加わる事となる。
 ガルシアは機嫌を直して満足げに頷いてさえ見せた。
 その上機嫌が消えない内にと、別の参謀が問いかける。
「閣下。奪われた連合モビルスーツはいかが致しますか?」
「…………」
 ガルシアは一転して困った様子で眉根を寄せた。
 これ以上の戦闘を行うなら、艦隊はアッザムに頼らずに戦う他無い。
 敵の戦力は圧倒的に少数ではあるものの、万が一の被害を被る危険は犯したくなかった。
 いや、敵が如何に少数でも、戦力の質で劣る以上、被害は絶対に発生するのだ。兵の命が大事という訳ではないが、失われる中に自分が含まれる未来は極力避けたい。
 それに、既に十分な戦果はあげている……と、言い訳が出来るくらいには戦果はあがっていた。ならばもう、いいのじゃないだろうか。
 ガルシアは、わざとらしく咳払いをし、言い繕う様に言葉を紡いだ。
「強攻はしない方針だ。此処は見逃してやるしかないな。実に残念だが、敵には幸運だったようだ」
「全くです。敵は命拾いしましたな」
「閣下の温情に感謝すべきです」
 参謀達が口々に賛同してガルシアを褒めそやした。要するに、ここにいる誰もが、危ない橋を渡りたくなどないのだ。
 どうせこの連合MSの一件は大西洋連邦の失点でしかない。多少、着せる恩が少なくなるが、ここで欲をかく必要がある事でもないだろう。
 考えても見ろ。連合MSの件で大出血した大西洋連邦と違い、ユーラシア連邦は一人の兵も失わずに大戦果をあげ、自国製新型MAの性能を証明してみせたのだ。既に大勝利ではないか。
 しかしまあ、つまらない所をほじくり返す連中も多い事だ。建前に近いものだったとは言え、作戦目標未達成は痛い。
 しばらくは基地から根回しの日々だな……
 自分の功績を最大限に活かす為、そして更なる地位を得る為、基地に帰ってからがガルシアの戦いとなる。こんな所で戦っている暇はない。
 結論に至るとガルシアは改めて命令を下した。
「各艦、各モビルアーマー隊には、アッザム収容中の対空警戒を厳に行わせろ。アッザムの収容が完了次第、“アルテミス”へ帰還する」

 

 

 敵大型MAの後退。その後、連合艦隊は見事と言って良いくらいに整然と撤退していった。
 もっとも、そんな事は鉄の棺桶と化した自機の中にいるミゲルにはわからない。
 火が落ちて自分の指先も見えないような完全な暗闇となったコックピットの中、ミゲルは身じろぎ一つせずに操縦席に座り続けていた。
 と……機体が揺れる。何かが機体に触れたようだ。そしてそれは、ミゲルが期待した通りの相手だった。
『ミゲル、無事か?』
 接触回線を通して通信が届く。相手はオロールだった。
「……何とかな」
 ミゲルは安堵の息を吐きつつ、身動きはしないままに答える。
「敵は?」
『撤退してくれた。肝が冷えたよ。こっちは弾切れで、敵のもう一押しがあったら死んでたぜ。って……見えてないのか?』
 オロールに戦闘結果を聞き、危機は去ったと知ってミゲルは安堵した。
「そうか、まあ勝ちだな……で、こっちはカメラ全損、通信不能だ。何も見えないし聞けない」
『だろうな。胸から上がごっそり無くなってるわ。よく生きてたな』
 胸から上……ああ、そこに当たったのか。
 ならば、メインカメラのある頭部、そしてアサルトシュラウドで追加された武装は全て失われた事だろう。肩辺りのサブカメラも死んだだろうし、肩から腕の駆動装置も全損か?
 修理は……いや、ここまでやられれば、廃棄処分だろうな。
 そんな事を考えながら、ミゲルは応答する。
「撃たれる事はわかってたからな。砲撃後に下に機体を移動させたんだ……」
 反撃は絶対にあると考えていた。だから、砲撃後はすぐ機体を動かした。結果、それが命を救ったらしい。
 まあ、命は救われた。それは良いとして……だ。
「あー、いや、痛い。体が死ぬ程痛い。酷く揺さぶられたからな。ラスティはよくあれで無事元気だったよ」
 全身を痛みが覆う。着弾直後の激震の事は記憶に薄い。だが、これだけ全身が痛むのだ。おそらくはシェイカーの中のカクテルみたいに振り回されたのだろう。
 打撲で済んでいれば良いのだが、骨だの筋だの壊していたら、回復に時間がかかる。
 同じ様な撃墜のされ方をしておいて、よくもまあラスティは無事だったものだ。あれは、まるでその時にコックピットにいなかったみたいな無傷っぷりだった。
『帰ったら、予備機体も無いし、しばらく医務室生活出来るぜ? 羨ましいよ』
「羨ましいか? 代わってやるよ」
 オロールに言われたが、そいつこそは御免だ。ベットに安全ベルトで拘束された状態で何日も過ごすなど、退屈で殺す拷問かと思う程に苦痛だ。
『くっ……』「はは……」
 二人の間に小さな笑いが起き、それが静まるとただ沈黙が残った。
 ……気分的に話し難い。しかし、放っておける事でもない。
 憂鬱な気分でミゲルは切り出す。
「ラスティはどうした?」
『お前の生存確認までは居たよ。今は、帰っちまったな』
 オロールの返答は何の気無しの言葉の様に聞こえた。
 が、味方パイロット……実質は仲間の背中を狙う敵だったわけだが、ともかく味方を助ける為に敵に突っ込んでいくあのラスティが、ミゲルの生存が確認されたからと言って、さっさと帰ってしまうはずがない。
 あのやたら攻撃的で情熱的な性格からしても無い事だろう。
 ならどうしてなのか。答えは一つだ。
「不味い所を見られたしな」
『言い訳は出来ないしなー……口利いてくれなくなっちゃったよ』
 あの時。仕方なかったとは言え、オロールは“味方殺し”を行った。
 ミゲルは重々承知であるし、ゼルマンにもそれがラスティを救う為だったとは理解してもらえるだろう。罪にはなるまい。
 しかし、何も知らない……何も教えられていないラスティにとってはどう見えたか? それは言うまでもあるまい。
「お前は悪くない。命令したのは俺だ」
 それは自身で背負う事に決めた。ミゲルが言うと、オロールも言葉を返す。
『だよなー。お前、責任とって何とかしろよ?』
「……ここは互いにかばい合う所じゃないのか? ああ良いよ。お前にそんなの期待した俺が馬鹿だった。帰還したらラスティに……っ!」
 話を続けようとして、ミゲルは体を襲う痛みに呻く。苦痛は今も全身を苛んでいた。
『……全部、治療を終えてからだな』
 オロールは苦痛に呻くミゲルへ気楽に言う。まるで気にしていないと言う様に。
『なーに。この任務が終われば、多分、ラスティともお別れだ。ラスティの中で俺が背中撃ちのままだったとしても、何も問題ないさ』
「そうだな……」
 それはそれで良いのかも知れない。少なくともラスティが、自分自身が命を狙われ、彼女の愛する戦いを汚されていたと知る事はないのだから。
「お前一人、糞の様に嫌われればそれですむもんな。俺も楽が出来て良かったよ」
『おいおーい。ちょっと気を楽にしてやろうとしたら、本気にしちゃったのかい? 仕事しろよ? 任務終了まで、部隊の統率はお前の仕事だぞ? 隊員間の揉め事とか放置すんなー?』
 冗談混じりに嫌みたらしい言葉を吐く。お互いに。その後、ミゲルとオロールは笑いあった。
 もっともミゲルは、笑った事で呼び覚まされた体中の痛みに、しばらく声も無くもがく事となるのだが。

 

 

 かくして、連合宙軍アルテミス所属ユーラシア連邦艦隊の戦場離脱により、ヘリオポリス沖会戦と呼ばれる一連の戦闘は終了した。
 結果は、連合宙軍第8艦隊が壊滅。一部の艦は残ったが、第8艦隊が再編される事は当面無いだろう。
 彼等は、連合製MSの奪還にも失敗しており、幾隻かのZAFT艦を撃沈させるも、自らも大きな被害を出し、目標は果たせずに終わった。
 一方、ユーラシア艦隊は、その新兵器アッザムの実戦投入を行い、自らは被害を受けることなく大きな戦果を上げた。この事は、後にユーラシア製大型MAの存在を強くアピールする事となる。
 ZAFTは、今会戦に参加した艦艇に全滅と言って良い被害を出した。とは言え、参加艦艇数が少なかった事もあり、それほど大きな被害ではないとも言える。
 肝心の連合製MSは守りきっており、作戦目標を一応は達成していた。
 この後、輸送艦と合流したローラシア級モビルスーツ搭載艦“ガモフ”はプラントへの帰途を辿る事となる。
 ZAFTによる連合MS奪取から始まり、荒れに荒れたヘリオポリス周辺宙域は今、仮初めのものかもしれないが一時の凪ぎを迎えた。

 
 

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