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機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第十話(中)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:19:35

「違うの……そんなつもりじゃなかったのよ……」

 頭から毛布に包まり、フレイがうなされている。
外からでは、毛布の塊が何事か呻きながらもぞもぞ動いているようにしか見えない。
 その毛布の塊から視線を外し、シンは自分の毛布に寝転がった。自分の腕を枕に夜空を見上げる。
 宝石箱をひっくり返したかのように、月と無数の星が視界一杯に広がる。
 
 何となく、金箔交じりの墨を連想した。自分が『シン=ヒビキ』だった短い時代の記憶。
 一年に一度しか出番のない墨と筆は、無駄に高級だった。
 書き初めを済ませた母の硯を拝借し、兄と妹と三人で、納屋から羽子板を持ち出した。
 光の粒が混じった黒で顔中塗りたくられるのは、大抵自分だった――

 思い出を振り切るように、シンは顔を歪め、目を瞑る。自分が感傷に襲われていることを自覚する。
 こんな心では、奴を倒すことなど出来ない。奴を兄と認めてしまってはいけない。
 今回の件は奴に関連しているとしか思えないのだ。消えたファラオガンダムの残骸と、フレイが闘った
 ファラオそっくりのミイラのようなガンダム。この二つを結び付けられるのは、
 デビルフリーダム三大理論機能の一つ、自己再生しか考えられない。
「そんなつもりじゃ……キラ……」
 びくりとして、シンはフレイを振り返った。相変わらず彼女は毛布に包まって震えていた。
 ただの寝言だったらしい。
 シンはまた仰向けに寝直し、目を閉じた。妙に腹立たしくて、怒ったように鼻から溜息をつく。
 確かに自分は奴の手掛かりを捜し求めてきた。それらしい事件に触れて、嬉しくないわけではない。
 だが。

 ――何もこの子がいるときに遭遇しなくてもいいだろうに。

「シン殿」
 少年の声が、シンの意識に割り込んできた。
 目を開ければ、眼鏡の少年の顔がこちらを覗き込んでいる。シンは不機嫌を隠さず顔をしかめた。
「何だよ、部下その一」
 飴色のレンズの奥で、サイの目もしかめられる。
「せめて御付きと言ってくだされ」
「はいはい」
 よっこらせ、とシンは体を起こす。
 サイは隣に座っていた。ふと気付けば、カズィもサイの隣りにちょこんと座っている。
「それで? 何の用だ?」
「大したことではござらぬ。一つお聞きしたいことがございましてな」
「もったいぶるな。さっさと言え」
「ムウ=ラ=フラガの敗北をご存知か?」
 シンは一瞬だけ言葉に詰まった。
 ムウ=ラ=フラガ。先日闘った、ネオイングランドの『英雄』。
「……なんで俺に聞くんだよ」
「ジョンブルガンダムの反応が消える数日前、ネオジャパンチームがネオイングランドに入ったとの情報を得ておりました」
 サイは真剣な目でこちらを見ている。カズィは、どこか申し訳なさそうに上目遣いをしている。
 シンは何か後ろめたい心地がして、つい、と視線を落とした。サイの持つ数珠が目に飛び込んできた。
「あの人を殺したのは俺じゃない」
 ろくに考えもせず口走った。はっとしたが、もう言葉はサイとカズィの耳に入ってしまっている。
 緩やかな風が吹き、砂をほんの少しだけ転がした。シンの黒髪が、見開かれた赤い瞳と同じように揺れる。

「死んだ、のですか? ネオイングランドの英雄は」
 呆然としていたカズィが、呆けたままに問いかけてくる。
「……あれはどうしようもなかったんだ」
 そんなことを聞かれてはいない。だがシンは、そう言って顔を背けてしまう。
 ネオイングランドの一件から随分経つが、未だしこりは心に残ったままだ。
 シンは歯を噛み締め、勢いよくかぶりを振った。苛立ちを乗せ、カズィを睨みつける。
「それより、何でそんなこと聞くんだよ」
 カズィはびくりとしたが、サイは毅然としたままだった。
「ムウ=ラ=フラガはナチュラルでありながらガンダムファイトを三連覇した、ファイト史上最強の男」
「知ってる。それで?」
「そしてまたフレイ殿もナチュラルファイターであり、しかも女性」
「だから?」
「ムウはフレイ殿の仮想敵だったのです」
「…………」
「彼がサバイバルイレブン中に消えるとは――それもフレイ殿とではなく、
 他国のファイターと闘い敗北するとは想定しておらなんだ」
「何が起こるか分からないだろ。ガンダムファイトは」
「これはしたり。ですが、彼を下したファイターが何者であるかは我々も是非に知りたいところ。
 そやつはムウ以上の強敵ということでありますからな」
 思わずシンはサイの目をまじまじと見た。相変わらず眼鏡の少年は真剣な顔をしている。
「故に我ら二人、まずはシン殿に伺おうと思った次第」
 カズィも、シンの緊張が緩んだのを感じ取ったか、言葉を継ぎ足す。
「……それだけ、か?」
『他に何があるというのです?』
 二人の少年僧は、揃ってきょとんとして、首を傾げる。
 シンはしばし唖然としていた。が、正気に戻ると深々と息をつく。
 気を張り詰めさせていた自分が馬鹿に思えてくる。また顔に熱が上ってくる。
『いかがなされた、シン殿』
「なんでもない!」
 ぷい、と顔を横に背ける。余計なことを考えていたのが恥ずかしかった。
「それより、ムウに勝った奴が誰だか知りたいんだろ!」
『は、それは是非とも』
「ネオフランスのレイだ! これでいいんだろ、もう寝るぜ!」
 言い捨てて、シンは毛布を頭から被ってしまう。

 ルナマリアの金切り声が夜の砂漠をつんざいたのは、その直後だった。

「ルナッ!?」
 がばと勢いよく跳ね起きる。砂の窪地を急いで上り、シンは声の方へと駆ける。
「カズィ、おぬしは残ってフレイ殿を!」
「あい分かった!」
 短いやりとりの後、サイが追ってくる。
 ルナマリアはあさっての方向を見て立ちすくみ、小刻みに震えていた。
 その足元にはザックが転がっており、口から携帯端末はじめ小物類が飛び出している。
「おい、ルナ! 無事か!?」
 駆け寄ったシンがルナマリアの肩を掴む。はっとしたルナマリア、シンを振り返ると、大声で叫んだ。
「出たの! 出たのよ、ミイラが!」
「……はあ?」
 ぽかんとするシン。ルナマリアは自分が見ていた方向を指差し、尚もわめく。
「さっきそこにいたの! 全身包帯だらけで、右目だけメチャクチャ赤くて、濁ってて、どんよりしてて、
 こっちをじーっと見てたのよ! でも風が吹いたらいつの間にか消えちゃってて!」
「お、落ち着け、ルナ!」
「いかがなされた、ルナマリア殿!」
 サイが追いついてきた。これ幸いと、シンはルナマリアを押し付ける。
「ルナを頼む。俺は少し辺りを見てくる!」
 反論は聞かず、シンは身を翻し、砂地を走っていった。
 後には少し困った顔のサイ。ルナマリアは荒く呼吸を繰り返している。一つ思いついて、サイはそっと声をかけた。
「ルナマリア殿、うろたえなさるな。心配は御無用、今シン殿があやかしを退治して来られますからな」
 ぽんぽんとあやすように彼女の背中を叩く。
「べ、別に、幼児退行してるわけじゃないんだけど」
 ルナマリアが不満げに呻いた。声色は低いが、まだ動悸は早い。
「ならば、尚のこと落ち着きなされ。シン殿はフレイ殿に匹敵するファイター。
 そこらのあやかしに遅れは取りますまい」
 しっかりとした口調でサイは言い切る。同時に、ぽん、と背中を叩き、シンの去った方向を見つめた。
 それきり彼女に触れることはしなかった。
 そんな少年僧を、ルナマリアはちらりと見た。呼吸を整え、彼に習って、夜の砂漠にシンの背中を捜す。

 それほど経たずにシンは戻ってきた。お手上げ、とばかりに肩をすくめて。
 気配も、足跡も、全く何も残っていなかったのだ。

 そして翌朝。
 相も変わらずぎらつく太陽の下、四頭のラクダが砂漠を歩く。
 ラクダの手配をしたのはルナマリアだった。そもそもシン達はネオエジプトのファイターと闘いに来ただけなので、
 移動手段はインパルスとブッドキャリアーしか持っていない。フレイ達も似たようなものだ。
 そして今から行こうとしている場所は、そういった兵器を近付ける事は御法度になっていた。
 故にルナマリアはネオエジプトの回収班に追加注文をつけたのだ。ついでにラクダを連れてきてくれ、と。
 急な話であるために四頭しか準備出来なかったが、フレイの発案により、シンとフレイが二人乗りをすることで解決した。
 運び手からはどう考えても相場の三倍はあるチップを要求されたが、文句を言える立場ではなかった。

「ねえ、どこに行くのよ、お兄さん」
「墓さ」
「はかっ!?」
「ほら、見えてきた。あれだよ」
 と、馬上ならぬラクダ上のシンが指差したのは、巨大なピラミッドである。と言っても古代遺跡ではない。
 積み上げられている石材はそれほど古ぼけてはいないし、本来ならスフィンクスにあたるであろう巨像の顔が
 ガンダムのそれになっているあたり、未来世紀の産物と一目で分かる。
「ネオエジプトのクルーが最後に言い残した言葉は、ジョージ。そこから調べてみて分かったのよ」
 ルナマリアが解説する。
「ジョージ=グレンは、第三回ガンダムファイトの優勝者。
 一度はこのネオエジプトに世界の実権を持たせたファイターだったの。
 でも第四回ファイトにおいて、とある少年に暗殺されたのよ。ここは彼の栄誉を讃えるためと、
 怨念を鎮めるために建てられた、彼のお墓というわけ」

 第七回ファイトを迎えるまで、ガンダムファイターは英雄であると同時に、
 コーディネイターの優位性を見せ付ける存在でもあった。
 ナチュラルとコーディネイターの確執は根強い。無論、両者の融和の努力は続けられている。
 その甲斐あってかどうかは別だが、今日では地上と宇宙という二極構図に全ての不満を集結させる形で、
 二者間の極端な蔑視や差別は抑えられている。だがジョージの時代では、確執の解消など夢物語だった。

 ガンダムファイターの鋼の肉体も、気を張っていなければ常人レベルのそれである。斬られれば痛みを感じ、
 傷もつけば血も流れる。下手な箇所をやられれば熱を持ち腐敗もするし、頭や心臓を撃ち抜かれれば死ぬ。
 そしてガンダムファイターとはいえ、普段から気を張り詰めさせているわけではない。
 素手でMSさえ破壊 出来るシンにしても、ネオメキシコでは吹き矢に倒れたことがあるのだ。
 ジョージ=グレンは、第四回ガンダムファイト決勝戦を目前に、ファイター志望のナチュラルの少年に撃たれてこの世を去った。
 当時はナチュラルがファイターになることなど不可能とされていたのだ。
『コーディネイターが二連覇を果たすことが許せなかった』
 夢を潰された少年は、逮捕された際、そう供述したという。

「幽霊の正体は、かつてのガンダムファイターってわけだ。それも、またファイト優勝者」
 ふう、とシンは息をつき、
「つくづく英雄に縁があるらしいな、俺は」
 口の中で呟く。誰にも聞こえないように。
 確かにシンの呟きには気付かなかったようで、ルナマリアは言葉を続ける。
「昨日、最近のサハラ砂漠での不自然な遭難をリストアップしてみたんだけど、襲われたのはナチュラルばかりなのよ。
 ネオエジプトのファイターもそう。ナチュラルに殺されたジョージなら、ナチュラルを恨んでてもおかしくない。
 そう思わない?」
 いつの間にか四頭のラクダは砂地を渡り終え、石畳を踏みしめていた。ピラミッドが近いのだ。

 ガンダム顔のスフィンクスに守られた英雄の墓は、来訪者たちを静かに見下ろし迎える。
 ルナマリアは、眼前の巨大建造物に気圧されるのを自覚した。
 これほどに威容という言葉が相応しい人工物もないだろう。インパルスやドラゴンの体長を軽く三倍は上回る高さ。
 黄金比に基づいた美しい四角錐。外観は化粧岩が施され、滑らかな斜面となっている。
 降り注ぐ陽光を受け、元々白く美しい表面は更に白く照らされている。
 感嘆の息を一つ小さくつき、ルナマリアは再度口を開いた。
「それに、ネオエジプトには言い伝えがあるの。
 『世に闘いの嵐渦巻く時、勇敢なる戦士の魂、怨念と共に永き眠りより目覚めるであろう』
 ――眠っているジョージを目覚めさせないために、墓の近くに兵器を近付ける事は禁止されているくらいよ。
 迷信だとは思うけど、でも、もし本当に」
「興味ないわね。私、帰るわ」
 皆まで聞かず、フレイはラクダから滑り降りた。
 が、シンは彼女の首根っこを掴んでひょいと持ち上げ、元通りラクダに乗せてしまう。
「ち、ちょっと、お兄さん!?」
「ここまで来てそんなこと言うなよ? 中に入るぜ」
 振り返り、にやりと笑うシン。さぞかし意地の悪い笑みになっていることだろう、と自分でも思う。
 一方フレイはまともに顔色を変え、
「嫌! 嫌よ! 絶対イヤっ!! 何で私が行かなくちゃならないのよ! こんなのファイトと関係ないわよぉ!!」
 シンの背中にすがりつき、ふるふると首を振る。
「大体ナチュラルに恨みを持ってるなら、私が行ったら呪われちゃうわよ絶対!
お兄さんコーディネイターなんでしょ!? 行くならお兄さんが行ってよぉ!!」
 柔らかい感触といい匂いが女性を感じさせる。しかしシンは、昨日とは対照的に、笑みを消して眉をひそめただけだった。
「あのねぇ、フレイ……」
 半ば呆れ顔のルナマリアが何事か口を挟もうとした、そのとき。

『情けなや!!』
 例のユニゾンが響き渡る。何かと思えば、いつの間にやらサイとカズィは砂地に下りていて、
シンとフレイのラクダの傍にちょこんと正座している。
 ぴたり、とフレイの震えが止まった。
「少林寺を再興し、また将来背負っていこうというお方が」
「幽霊騒ぎ如きでこのような有り様とは」
「サイ!」
「カズィ!」
『我らこの先どのようにすればよいのやらぁ…… よよよよよ~~~』
 互いに向かい合い、滂沱の涙を流す二人。
 あっけにとられるシンとルナマリア。フレイは名残惜しそうに、ぎこちなくシンの背中から離れると、
 御付きの二人組を見下ろした。思い切り顔をしかめて、渋々言葉を搾り出す。
「分かったわよ。行けばいいんでしょ……?」

 外の猛暑とは対照的に、ピラミッド内部はひんやりとしていた。壁の石材に触れば、火照った指先に冷気が伝わってくる。
 古代のピラミッドの場合、内部は蒸し風呂のようになっている。観光客の汗と吐息が内部に淀んでしまうためだ。
 しかしこのジョージ=グレンのピラミッドは、外よりは湿っていると感じるものの、汗ばむほどではない。
 参拝者も観光客も、内部まで入った事がないのだろう。
 気温は夜の砂漠ほどに低い。少し肌寒く思える。手すりも照明も全くなく、岩壁は高く真っ平らに聳え立っている。
 扉から少し中に入れば、もう辺りは真っ暗闇だ。外の光は届かない。
 先頭を行くシンの持つ小型ライトと、しんがりを務めるサイのカンテラが頼りだ。
 こつこつと五人分の足音が反響する。シンとルナマリアと少年僧たちは無言のままだが、
「うう、気味悪い……」
 フレイは内部に入る前から、ぴったりシンの右腕にしがみついてぼやき続けている。
「気をつけてよぉ…… こういうところってよく罠とか仕掛けられてるんだから……ぁ?」
 みしり、と嫌な音がする。
 恐る恐る踏み出した足の先を見れば、石畳にひびが入っていた。と思えばぼこりと陥没、それを皮切りに床が崩れていく!

「どぉしてぇぇぇぇ……」
「アンタって人はぁぁぁぁ……」
「シン!」
『フレイ殿!』

 ぽっかり口を開けた落とし穴は、サイとカズィとルナマリアを残し、二人のファイターを悲鳴ごと
 奈落の底へと飲み込んでしまった。

 かちりと音がして、闇に一条の光が生まれる。
 瓦礫の中から発された光の筋は、ひょこひょこと落ち着きなく闇を横切り、やがて瓦礫の中に戻っていく。
「大丈夫か、フレイ?」
「うう……なんとか……」
 二人の声はかすかに闇に反響し、流れていく。
 ライトに照らされたフレイは、両手で頭を押さえていた。シン自身も右手にライトを持ちながら、左手で腰をさすっている。
 したたかに床に打ち付けてしまったのだ。

「ったく、注意しろって言った奴が罠踏んでどうすんだよ」
「し、仕方ないじゃない、どこに何があるかなんて知らないんだから!」
 フレイは反射的に頬を膨らませた。
「それに、私はイヤって言ったもの! 無理矢理連れて来たのはお兄さんじゃない!」
「泣き落とされたのは君じゃないか」
「それじゃあお兄さんは、あの二人のユニゾン攻撃に耐えられるの?」
 そう言われれば、シンには返せる言葉はない。
「……分かったよ」
 一つ息をついて、立ち上がる。
「道が続いてる。行こうぜ」
 手元のライトを向けた先には、他の三方と違って壁は無かった。更に奥の闇へと続いている。
 シンの向ける一条の光は、闇の通路へ走り、そのまま呑み込まれてしまっている。
 渋々といった具合に、フレイも立ち上がった。しかし、ライトを持たないシンの左腕にぴったりしがみつく。
「おい、フレイ」
「嫌」
 少しふてくされたような声だった。きゅっとシンの腕を握り締める。
「離れるのは嫌なの」
 シンはカッと頭に血が上るのを感じた。昨日とは違う、もやもやしたものが胸の内に沸き起こってくる。
「俺はキラじゃないんだぞ!」
 フレイの体が震えた。だが彼女よりも、口走ったシン自身の方が驚いていた。
 自分で分析する前に、自分の心の真実を図らずも口走ってしまう。そんなことは、稀にだが、人間にはある。
 昨晩から続く妙な胸の苛立ちの正体はこれか。自覚してしまったことに、シンは心の隅で後悔する。
 それでもフレイを振り返り見下ろした。自分の激情を止める術には、シンは精通してなどいなかった。
「……そんなの、当たり前じゃない」
「だったらアイツを重ねるな! 君が好きなのは俺じゃなくてアイツだろ!」
「けどっ!」
 更にフレイは力を込めてくる。シンの苛立ちに満ちた赤い瞳を見返すことはなかったが、
 自分の体をくいと押し付けてくる。水色の瞳は潤んでいた。
「けど、怖いのは怖いんだもの……」
 シンはきょとんとする。そして、自分が何とも恥ずかしい早合点をしていたと思いつく。

 一人の男性と一人の女性がいるとしよう。加えて女性は極度の怖がりだとしよう。
 二人の関係は顔見知り以上友人以下。恋人など思いもよらない。その二人が同時にお化け屋敷に入ったとする。
 怖がりな女性は、どんな反応を示すだろうか?
 
 フレイの一連の反応は、女性が恋人に示すものではないのだろう。怖がりの少女が他人に保護を求めているだけなのだろう。
 いくら性的な興奮を催させるものだったとしても――いや、それすらも 自分を守らせる作戦なのかもしれない。
 
 何にせよ、フレイは自分に対して、最初から恋愛対象としては見ていないのだろう。
 シンはばつの悪い顔をして、闇の向こうへと視線を戻した。何も言わずに歩き出す。
 いきなりシンが動き出したことで、フレイはバランスを崩しかけた。
 だが腕にしっかりしがみつき直すと、引きずられたように歩き出す。
 シンも、今度は彼女を振り払おうとはしなかった。

 闇を往く二人の間に言葉はなかった。
 フレイも怯えた声を上げることはない。シンは初めから無言のまま、歩を進めている。
 未だにフレイは小刻みに震えているし、シンの腕を掴んで放さない。
 怯えているのは明白だが、声に出すことだけはしなくなっていた。
 こつり、こつり、というゆっくりとした足音だけが、固く壁に反響して続いていく。
 何度か角を曲がりもした。段のない坂をよじ登りもした。崩れて瓦礫となった石材を共に 踏み越えたりもした。
 それでも二人は無言。
 体は密着しているのに、シンの胸中は冷めている。フレイを連れて来たことに、内心で舌打ちをした。
 やはり素直に返せばよかった、妙な仏心など出さなければよかったと思う。
 と、フレイが更に強くしがみついてきた。軽く悲鳴まで上げた。
 シンは口の端を歪めた。奇妙な緊張感のまま闇の回廊を歩くのには、いい加減うんざりしていた。
 ライトに照らされ、前方に浮かび上がったのは、祭壇と長方形の石材。
 それを見下ろすように、壁には一枚の巨大な肖像画が飾られている。
 描かれているのは金髪碧眼の、どこか柔らかな印象を与える美丈夫。
「間違いない。ジョージ=グレンの墓だ」
 しばらく動かしていない舌は、少しだけ粘ついていた。

「どうするの、お兄さん」
 しばらく振りに聞いた囁きは、やはり鈴の転がるような可愛らしさを持っていた。
 僅かに震えているのも変わらない。
「決まってるだろ。棺を開けるんだ」
「ええぇぇ――っ!?」
 甲高い叫び。石室に反響し耳朶を圧するのも束の間、ソプラノの悲鳴は通路に吸い込まれていく。
 我知らず、意地の悪い笑みを浮かべながら、フレイを無視してシンは棺を開けにかかった。
「な、な、何言ってるのよ、そんなことしたらバチが当たるわよ! 呪い殺されちゃうわよっ!」
 きゃあきゃあと大変やかましい。だが彼女にとってはシンを止めることすら恐怖となるらしく、
 騒ぐばかりで一向に手出しはしない。構わずシンは棺の蓋をずらす。
「やめてやめて、やーめーてーっ!」
 石と石が擦れ合い、重い音が石室に響く。
「フレイ、見てみろよ」
「いやーっ! 怖いもん怖いもん嫌よイヤよ許してぇっ!」
「いいから、見ろっ!」
 騒ぐフレイの頭を鷲掴みにし、強引に棺に首を向けさせる。
 じたばたと騒いでいたフレイも、拍子に中身を見てしまい、ぴたりと大人しくなった。

 棺の中は、空だった。
 
 「そ……それじゃ、やっぱりあのミイラは……」
 フレイの顔から僅かに残っていた血の気が失せていく。
 直後、小型ライトの光が消えた。石室が完全に闇に閉ざされる。フレイがびくりとしがみついてくる。
 シンもまた、さすがに体を強張らせた。急いでライトのスイッチをいじるが、カチカチと言うだけで、
 光は一向に生まれてこない。だがバッテリーにはまだ余裕があったはずだ。
 石室が揺れた。最初は小さく、しかし段々大きく。それと共にどこからともなく重低音が響いてくる。
 固い瓦礫を砕くような音。ぐらぐらと揺れる石室の中で、シンは深呼吸した。
 湧き出してくる恐怖を鎮め、意識を切り替える。徐々に闇に目が慣れてくる。

「フレイ、放してくれ」
「で、でもぉ……」
「引っ付かれてたら動きにくいんだよ!」
 声を荒げる。フレイは小さく悲鳴を上げ、怯えたようにシンから離れてへたりこんだ。
 油断なくシンは身構え、周囲に目を走らせる。だが音が反響して、どこから来るのか正確に読み取ることが出来ない。
 怯えているフレイはそもそも当てにならない。
 揺れと重低音はどんどん近付いてくる。がおん、がおん、と不吉な音は断続的に響き、やがてピークに達する。
 シン達の背後で、肖像画のジョージの青い双眸が赤く光った。と、そのとき!

 ドゴォォォォォォォォン!!

「きゃああああああっ!!」
「でぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 フレイは元より、シンまでもが思わず悲鳴を上げていた。
 あろうことかミイラ男は、ジョージ=グレンの肖像画をぶち抜いて出てきたのだ!
「いやーっ! ごめんなさいごめんなさいもうしませんだから許して!」
「謝って聞く相手かよっ! 君は早く逃げ」
「もうイヤ私おうち帰るーっ!!」
 シンの言葉を皆まで聞かず、フレイは脱兎の如く逃げ出した。
 一瞬ぽかんとするシン、しかしその隙にミイラ男から二本の包帯が伸びる。
 矢の如く迫り来る包帯はフレイの背後から首に絡みつき、締め付け宙に持ち上げる!
「フレイ!?」
「ん……ぅ……!!」
 首吊りにされたフレイの形相を見て、シンは顔色を変えた。
 とっさに包帯に飛びついて引きちぎろうとするが、固くて全く歯が立たない。
 質感は紙のそれなのに、この強度は何なのか。
「この……!」
 包帯を諦め、シンはミイラ男に突進した。
 ミイラ男は迫り来る少年など眼中にないようでひたすらフレイを締め付ける。少女のか細い悲鳴が消えていく。
 
 それが、シンの心にスイッチを入れた。
「フレイを放せっ!!」
 ミイラ男に到達する直前、軽く右腕を引く。
 親指、人差し指、中指。闇の中でシンの右手の三本指が、確かに黄金の光を放つ。

 己が気を神気にまで練り上げ三本指に込める、これぞ流派東方不敗が奥義の一つ!

「超級ッ!! 神・威・掌ォォォォッ!!!」

 裂帛の気合と共に跳躍、シンは輝く三本指をミイラ男の額に突き立てた!
 耐え切れなかったか、額の包帯が溶けるように蒸発する。下から出てきたのは人の肌ではなかった。
 黄金の輝きに照らし出されたのは銀の鱗の鈍い光沢。それもすぐに、飴細工のように溶けていく。
 とうとう露出したのは、鋼の配線に歯車、紛れもなく機械の組織!
 はっとシンは息を呑む。
 同時にミイラ男が絶叫を上げた。両手で額を押さえ、たたらを踏み、包帯を引っ込める。
 着地したシンの背後で、どさりと音がした。
「フレイっ!」
 振り返り駆け寄る。フレイは酷く咳き込んでいたが、生きている。
 素早くシンは彼女を背負い、石室から逃げ出した。後ろから不気味な唸り声と、石材の破砕音が追ってくる。

 ピラミッド全体の揺れは、二人を捜すルナマリア達のところにも届いていた。埃や砂が天井からぱらぱらと落ちてくる。
 何事かと身構えている三人に、轟音と悲鳴が近付いてくる。
 目をこらせば、闇の奥からこちらに向かってくるのは先程消えた二人だ。
「もう帰るっ! 絶対帰るーっ!」
「うるさい、耳元で叫ぶな!」
 とは言いつつも、フレイを背負うシンの形相も尋常ではない。驚くルナマリア達を見止めるや否や、シンは腹の底から叫ぶ。
「ルナァァッ!! 『あれ』を使えぇぇぇっ!!」

 その日、ネオエジプトはサハラ砂漠の一角で、巨大な爆発が確認された。
 数時間後、ネオジャパンコロニーでその記録影像を見たヴィーノとヨウランは、揃ってぽかんと口を開けることになる。
「マジで使ったんだ……冗談のつもりだったのに」
「備えありゃあ憂いなし、とは言うけどねぇ……」

 ジョージ=グレンのピラミッドが崩れていく。内部で起きた爆発に耐え切れず、轟音を立てて。
 煙を上げ、石材は雪崩の如く崩れ、美しい四角錐は陥没していく。
 爆風のとばっちりでガンダム顔のスフィンクスまでも吹き飛ばされ、威厳ある彫刻など無関係に瓦礫の山と化していく。
 その崩壊の様を、脱出に成功した五人は、遠く離れた砂丘の上で眺めていた。
 
 ネオジャパン整備士コンビ謹製、試作型地球破壊爆弾。

 威力は完成型には遠く及ばないものの、特撮に出てくるような悪の秘密基地くらいなら余裕で潰せる、とはヴィーノの談。
 説明と共に渡されたときは、どこから突っ込んでいいものか分からず軽く頭痛がしたものだが――

「世の中、どこで何が役に立つか分からないわね……」
 ルナマリアの呆けた呟きに応えるかのように、ピラミッド跡地に上がるはドクロ雲。
 彼女の隣りでは、シンが腕を組み、鉢巻の尾とマントを風になびかせていた。真剣な目をしてドクロ雲を眺めている。

 しかし極度の乾燥にも関わらず、頬に流れるは一筋の汗。

 そして、彼の更に隣りでは。
「うふ……うふふふ……」
『フレイ殿?』
「やった! やったわ!! あは、あはは、あははははははっ!!」
 長い緊張と恐怖から解放され、フレイが狂ったように笑っていた。
 先ほどまでのしおらしい少女はどこへやら、顔に片手を当ててはいるものの、喜色満面の笑顔は隠しきれていない。
「この私を散々脅かしてくれた報いよ! ミイラならミイラらしく地の底で眠ってればいいのよっ!!」
「いや! 奴はまだ生きてる!」
「え?」
 シンの緊迫した声に我に返る。
 ほぼ同時に、再度ピラミッドの瓦礫の下から爆発が起きた。まるで生物のように粉塵は膨れ上がる。
 中から包帯に包まれた巨大な腕が突き出され、雲を掴もうとするかのようにゆっくりと宙を掻いた。
 ルナマリアが目を丸くする。
「嘘でしょ!? あの二人の趣味人度合いを上回るガンダムなんて!」

 徐々に徐々にミイラのようなガンダムが粉塵を抜けてくる。
 包帯は未だ巻かれていたが、爆発と瓦礫を抜けたせいか大分ほどけ焼け落ち、中の正体が見えていた。
 頭部には古代エジプトの面を模した意匠。
 間違いなくジョージ=グレンのかつての愛機、ファラオガンダム四世であった。
 ゆらりとファラオの視線が流れ、五人を――いや、フレイを見定める。
 静かに足を動かし、自らを封印していたピラミッドの瓦礫を踏み潰す。
 石畳を砕き、流れる熱砂もものともせず、ファラオは進む。
 フレイ目掛けて、一歩一歩、ぐらりぐらりと近付いてくる。
 フレイはただ真っ青になって凍りつく。悲鳴すら上げられない。
 風の唸りか、怨嗟の声か、背筋を凍らせるほど不気味な呻きが聞こえる。
 命をよこせ。そう叫んでいるように、フレイには思えた。
「何でか知らないけど、奴は君を諦めないらしいな。君の手でケリをつけるしかないみたいだ」
「い、い、い、イヤよそんなのぉぉぉぉ!!」
 がちがちと震えシンにしがみつこうとするが、今度は取り付く島もない。ひょいと腕を掴まれ外される。
 ミイラと違って澄んでいるシンの赤の瞳は、呆れていた。
「それでも地上人ファイターかよ!? 少林寺の跡取りはどうした!」
「そうよ。仏教の流れがあるなら悪霊退散だって出来るでしょ」
『ルナマリア殿、それは余りに暴論というもの』
「え、そうなの?」
 暢気なクルー達を尻目に、フレイは子犬のように上目遣いでシンを見た。
 だがシンにはもう容赦する気は全くないらしい。少しずつ苛立ちを増していく。
 その間にも地響きは大きくなってくる。ちらりと音の方向を見れば、ファラオガンダムはゆっくりと、
 だが真っ直ぐに近付いてくる。フレイは中にいるであろうジョージ=グレンの、濁った血の瞳を見た気がした。
 正面に目を戻せば、あるのはシンの苛立った赤い瞳。
 フレイは観念したように、かくりと首を落とした。と思えば顔を上げ、近付いてくるファラオに向き直ると、
 強く目を閉じる。そして勢いよく右の掌と左の拳を合わせ、やけっぱちのように叫んだ。

「来来ッ! ドラゴンガンダァァァムッ!!」

 主の声に従い、遥か彼方より巨大な影が飛来!
 轟音と爆風を伴い、黄と緑で彩られた竜の巨人はフレイを守るように地に降り立つ。
 両腕の竜の飾りは昨日の非公式ファイトで溶けたままだが、機体の持つ力強さは変わらない。
 迫り来るファラオを吃と見据える。
 ネオチャイナ代表、ドラゴンガンダム!
「最初からそうすりゃいいんだよ」
 風にマントをはためかせ、シンは満足げに腕組みをする。半泣きのフレイは彼を横目で睨み上げ、小声で呟いた。
「……お兄さんのバカ」

「なんでこうなるのよぉ……こんなの正規のファイトじゃないのに……」
 システムを起動させファイティングスーツに締められながらも、フレイの涙交じりのぼやきは続く。
 だがシンの声には容赦がない。
『こんなことで怖気づいてたら、ネオチャイナだけじゃない、地上人やナチュラルの恥ってもんだろ!』
「だからってぇ……」
『それにほっといたらアイツ、どこまで追いかけてくるか分からないぞ!』
「うう……」
 そう言われてしまえば、フレイも観念するしかない。
 セットアップが完了する。ドラゴンガンダムとフレイが一体となる。だが、途端に先程までの力強さは消えてしまった。
 普段なら重厚な鉄の巨人が躍動感を手に入れるはずなのに、完全に腰が引けている。
『フレイ殿! いかがなされた!』
『それではファイトになりませぬぞ!』
「だ、だって怖いんだもん!」
 と御付きに返す間に、ファラオの双眸が赤く光った。
 風が渦を巻き、小規模な砂竜巻を形成、ファラオの姿を隠していく。
『なるほどな、砂漠を荒らしてたのは人の作った竜巻ってわけか!』
「人じゃなくて幽霊よぉぉぉぉ!!」
 フレイが絶叫する。その隙を見逃さず、ファラオは竜巻の中から十数本の包帯を繰り出した。
ドラゴンの全身は包帯に巻きつかれてしまう。フレイは身をよじるが、一向にほどける様子はない。
逆にますます締め付けは強くなる。
『フレイ殿、何をなさっているのです!』
『そのような攻撃に屈するなど!』
『『気合です! 気合を入れなされ!!』』
「そ、そんなこと言われたって! 体が動かな……ああああああっ!?」
 フレイのぼやきは悲鳴に変わる。ファラオが包帯を通して電撃を放ってきたのだ。
 トレースシステムどころの話ではなく、電撃は直接フレイの身を苛む。
『『フレイ殿ーっ!』』
 サイとカズィの声が遠い。フレイは仰け反り、体を焼き焦がさんとする熱と激痛に喘ぐ。
 だがファラオの攻撃は止まず、むしろ一層出力を強めていく。

 傍から見ても、ドラゴンに流されている電撃の出力は尋常ではないと知れた。
 サイとカズィは血相を変え、腕組みしているシンを振り向く。
「シン殿、これは正規のファイトではござらぬ!」
「何とぞお助けを!」
 だがシンは繰り広げられる闘いを見据えたまま、二人を振り返ろうともしない。
「いいや、まだだ!」
『そんな!』
「待って、二人とも!」
 ルナマリアが声を上げた。彼女は先程から携帯端末を操作していたのだ。
 キーを叩く指は止まらず、目もモニターに向けられたままで更に叫ぶ。
「ジョージ=グレンがどうしてこんなにフレイを狙うのか、分かりかけてきたわ!」
『何ですと!?』
 二人はおっとり刀でルナマリアの背後に回る。少女の陰から両隣に顔をひょこんと出して、
モニターを覗き込んだのはほぼ同時だった。そして同時に目を見開く。
『こ……これは!』