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機動海賊ONE PIECE Destiny 601氏_第06話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 17:58:03

海軍の制服と制帽をきっちりと着こなし、将校の証であるコートを、マントのように羽織ったその姿は、シンにもすでに馴染みのものだった。
海軍本部少佐バジルール・ナタル。今、シンは彼女とローグタウンの路地裏で、10メートルほどの距離をとって対峙していた。

「何か、妙な感じではあるな」

ぽつりと漏らしたナタルの言葉に、シンは小さく首をかしげた。

「いや、な。互い決して知らぬ仲でも無いのに、こうして面と向かって話すのは、最初の時以来だと思ってな」
「そう言えば、そうですね」
「大道芸を見せていたと聞いてるが、特技なのかね?」
「特技って言うか……まあ、出来る事で小遣い稼ぎしておこうって、それだけですよ」

当たり障りの無い話題ではあるが、シンは、これまでにない緊張感を味わっていた。これまでに海賊達などを相手にした時でも、ここまでの緊張はなかっただろう。あれらは、ほとんど勢いに任せた行動だったのだし。
そもそも、この海軍少佐は、これまでに叩きのめしてきた小物とは、存在感からして違っている。
そのせいか、ナタルと自分との間で、空気がぐにゃりと歪んでさえ行くかのように、シンには感じられていた。
互いの足が、ミリ単位で近づき、あるいは離れと言う、はなはだ微妙かつ精妙な距離の取り合いをしている事からも、互いの緊張は明らかだった。

「……ふぅ。OK。とりあえず落ち着こうじゃないか、シン君」

途端に、ナタルが全身の力を抜き、息をついた。傍目には、ナタルの方が先に音をあげたようにも見えるが、しかし。

「そうですね。俺もにらめっこは得意じゃないですから」

シンは、それがあくまでも戦術の転換である事を感じ取っていた。正面からの威圧戦はここまで。恐らく次は、迂回路からの横撃を狙ってくるだろうと。その予測自体は当たっていた。だが、その攻撃の内容は、シンの予測を大きく越えるものだった。

「それにしても『赤服のシン』とは、何とも芸のない話だとは思わんかね――ザフトレッドに対するあだ名としては」
「?!」

駆け引きと言う点では、この時点で、シンは完全にナタルに敗北していたと言える。ナタルの言葉に、完全に飲み込まれていたのだ。

「まず言っておくが、当座、私は君をどうこうしようとは、思っていない。そこは了解してほしい」
「あ、ああ」
「不思議そうだな。何故ザフトの名を私が知っているか、そう思っているのだろう?」

図星だった。実際、シンの脳裏はその疑問で埋め尽くされていた。その衝撃に、視界が歪むかのような感覚さえ味わっていたのだ。

「簡単な話だ。私もな――あの世界からこちらへ来た口なのだよ。後、もう一人もな」
「アンタ達も……?!」
「ああ」

ナタルは、自分達とフレイがヤキンドゥーエの戦いで死んだ後、気がつけばこの世界に来ていた点について、かいつまんで説明した。

「ヤキンの……って、ザフトか連合の?」
「後者だな。私の場合は。もう一人――いただろう、私の部下に髪の赤いのが。彼女は、少し複雑なのだが」
「連合の……」
「まあ、そう構えないでもらいたい。ここではっきりさせておきたいのだが、私も彼女も、あの世界での揉め事は、
こちらの世界にまで持ち込むつもりはないんだ」

そういうナタルの目には、真摯な色があった。正面からこちらを見据えつつ、しかし、決して威圧するものではない
そうした視線は、最前までのナタルのそれとは、少しく異なっていた。
その、真摯と言う他はない視線は、少なくとも、シンの警戒を解くだけの重みを伴っていた。
その証に、シンは半身に引いた右足を、静かに戻し、ナタルに正対した。

「ありがとう……正味の話、私も彼女も、この世界を気に入っている。ここには――あの馬鹿げたナチュラルだ、コーディネイターだなどと言う争いは存在しない。仮に君が、そうした概念を引きずっていたとしたら」
「そんな……俺だって、そんなのありませんよ」
「そうか」

くすりと微笑むナタルの顔は、思わず見蕩れるような美しさを湛えていた。

「さて――では、改めて、本題に入りたいのだが。なあ、シン君。君は、海軍に入るつもりはないか?」
「は?」
「だから、海軍に、だ」

ナタルの言葉は、シンにとって全く予想外のものだった。先ほどの海兵たちの様子から、てっきり本題とやらは、お縄につけとか、そういうものであろうと思っていたのだ。だが。

「君のこれまでに取ってきた行動は全て、義憤によるものだと私は思っている。君が退けて来た将校や海賊達は、皆一様に力なき人々を虐げ、食い物にするような輩ばかりだったからな」
「いや、俺は単に腹が立っただけで……気が短いってよく言われるし」
「自分の為の怒りではないだろう。そういうのを、義憤と呼ぶのだ。決して恥ずべき事ではないさ」

短慮ぶりについては、シンも自覚する所はあったし、それを叱られたり、諌められたりと言う事はあったが、正面から肯定される事は、ほとんどなかった。それだけに、ナタルの言葉は面映く、シンは赤面する思いだった。

「暴力で解決と言うのはどうかと言う向きも、まああるだろうがな。しかし、相手が今正に暴力に訴えているのならば、それに対抗し、抑止しうる暴力を、と言うのは、むしろ軍人としては当たり前の判断だ」

もっとも――と、ナタルは、軽く表情を引き締めて続けた。

「その暴力は、きちんと制御されていなければならん。法と秩序によってだ。情動のみに頼った抑止力の行使は、時として正しいが、しかし、それは緊急時の話に限られるべきだ。つまり」
「この世界で言えば――世界政府、そして、海軍……ですか」

確かに、ナタルの言う通りではあろうと、シンにも理解できた。一時の激情に流されるばかりでは、最終的にどうなるか、シンは痛いほど良く知っている。しかし。

「あの、ナタル――さん」
「何かね」
「もし。もしも、ですよ。もしも、その秩序が、間違っていたとしたら、どうなんでしょう」
「……何が言いたいのかね」
「ナタルさんの言う事は、俺も解ります。感情だけで突っ走ったって、良い結果が出るとは限らない。いや、そのほとんどは――悲惨な結果に終わったとしても、おかしくはない」

ナタルは、沈黙でシンの言葉を促した。

「一時の感情だけで突っ走って、人が止める声も聞かないで。そうして――痛い目を見たバカを、俺は良く知ってます。そのせいで、相棒まで、ボロボロにして」

服の上から、首に下げた小さな袋を握り締めた。

「でも――それでも。感じた怒りや思い自体は、間違いじゃなかったと、俺は思ってる。それに振り回された事が問題なんであって、怒った事自体は、決して間違いじゃなかった筈なんだって。世界中が、それを正しいと認めたとしても、もしそれに対して怒りを覚えるなら」
「それは――社会に対して牙を剥くと言う事かね」
「そうとられても、仕方ないでしょうね。でもね、ナタルさん。あの世界にも、この世界にも、いるんですよ。その
社会とやらに見放されて、敵意を向けられた人ってのは」

いまだ会った事もないニコ・ロビンと言う名の女の事が、思い浮かんだ。ビフは言っていた。政府が罪を被せ、全てを奪ったのだと。
きっと、恐らく――それは的外れな感覚なのだろうとはシン自身も思ってはいたが、しかし、シンは、そのロビンと言う女の境遇を、ステラのそれへと重ね合わせていた。強大な力によって、人として享受するべき幸せを奪われたと言う、その一点において。

「もし、もしも誰かが、理不尽な境遇に置かれて泣いているなら俺は――それが、たとえ悪人だって助けたい。守り
たい」
「守れる――と、思っているのかね」
「以前の俺なら、守れる、いや、守るって言ったでしょうね」

そう呟くシンの顔は、少なからぬ痛みをたたえていたが、ナタルは、礼儀正しくその表情を直視し、同時に無視した。

「今の俺は、そこまでは言えない。そこまでの強さは、今の俺にはありませんから。でも、いつか。いつかきっ
と、胸を張ってそれを言えるようになりたい。そう思ってるんです。それまでは、せめて、誰かが『仕方ない』
からって切り捨てた誰かを、守れるようにはしたい」
「なるほどな。なるほど」

ナタルは、そう言って、小さくうなずいた。

「確かに――確かにそういう事であるならば、海軍では、君の望みは、かなえられないだろう」
「すいません。誘ってもらったのは、嬉しいんですけど」
「構わんよ。人には、それぞれゆるがせないものと言うのは、あって当然だからな。しかし、だ」

かつんと、ナタルはハイヒールを穿いた右足を、一歩前へと進めた。それを受け、シンもまた半身に構えるように小さく腰を落とし、右足を半歩後ろへと引く。

「つまり。今この瞬間から、私達は、追う者と追われる者。そういう事だな、シン君?」
「ですね、ナタルさん」

二人は、ほぼ同時に口元を小さく笑みの形にゆがめた。睨み合い、微笑み合うその奇妙な緊張が数瞬続き、やがて――

「スレッジハマー!!」

ナタルがその右拳の前に、円盤状の光を出現させ、弾かれたようにシンの方へ飛ぶ。だが、それと同時にシンは。

「剃!」

一瞬の内に、ナタルとは正反対の方向へと、高速で離脱し、路地の角を曲がり駆け去って行った。
ナタルの目には、突如シンの姿が目の前から消えたようにしか見えなかったが、何が起こったのかは、大体において理解した。
光の円盤を消すと、ナタルは苦笑しながらコートの内懐にしまっていた電伝虫を取り出し、直通回線へと繋げた。

「私だ」
『こちらフレイです。どうなりました?』
「ああ、逃げられたよ。見事な逃げ足だった」
『はあ……じゃあ、以後のシナリオはCですね」
「ああ。現在位置と彼が逃げた方角からして、パターン4が有効だろう」
『了解。早速手配します。でも……あの、ナタルさん?』
「何だ」
『何か……楽しんでませんか?』
「楽しむ? 私が? ああ、君がそう言うのならば、きっとそうなのだろうな……さて、私も彼の追跡に移る。以後
そちらはシナリオC、パターン3に従って行動せよ。会敵予想地点は、中央広場、特別処刑台西側の街路出口だ」

復唱を待って通信を切ったナタルは、知らず、また微笑していた。

――楽しむ。楽しむか。ああ、確かに楽しいな。あんな馬鹿げた、大それた夢、いや、ほとんど妄想と呼んでも
  良いような望みを真正面から聞かされて。あんなにも愚かで、あんなにも――正しい夢などを。
  ああ、私は楽しい。楽しいよ。そして、嬉しい。あんな原石に出会えるなどとは。

ナタルは、こみあげる笑いを堪えきれずにいながらも、シンの後を追い、路地を駆け始めた。

「はあ――ナタルさん完全に楽しんでるわね」
「あの、フレイ伍長」
「あ、はーい」

ローグタウンの街角で、ナタルからの通信が切れた後、溜息をついて電伝虫をしまったフレイに、脇に立つ水兵が声をかけた。

「シナリオC、パターン4での配置となりますと、ここから移動する必要がありますが」
「そうですね。他の隊にも応援を仰ぐ必要がありますし、一度移動しましょう」
「はっ!」

敬礼を返す水兵を後目に、フレイは溜息にも似た声を漏らした。

「まさか、あのナタルさんがあそこまで気に入るなんてねえ……確かに、えらく気性のまっすぐな子みたいだけど……って言うか、アレは短気と言うべきよね、むしろ」

そして、そのフレイと水兵達の姿を遠くから見る二つの人影があった。
「象に似た鼻と牙を持ったマダラ模様のマグロ」と言う、はなはだファンキーな物体を担ぐその二人の反応は、まるで異なっていたが。

「おいウソップ! 見ろよあのお姉様……さっき見かけた美人とはタイプが違うが、あっちも大層なもんだぜ」
「その周りにいる水兵は見えてねーのかよ?! ありゃどー見ても海軍だぞ!」
「美人に海軍も海賊もねえよ。第一、俺は賞金かかってねえからな、関係ねえ」
「お前……まだ気にしてたのか」

二人の名は、サンジとウソップ――麦わら海賊団の一味であった。

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