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武装運命_第08話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 20:01:25

 ラクス・クライン。

 独立宇宙国家プラントの最高意思決定機関である評議会の元議長シーゲル・クラインの娘、第2世代のコーディネーターである。

 生まれはC.E.55年2月5日、現在19歳。

 シーゲルはプラント独立の立て役者であるが、娘のラクス自身は歌を好む一般的な少女でしかなかった。故に当然プラントの表舞台にも立った事はない。

 母親を早期に失っており、雇われの乳母に育てられた。

 一時は婚約者がいたという話であるが、幼少の折に交した口約束でしかないそうなので何ら強制力はないものと思われる。

 C.E.68年末、シーゲルが職を辞したと同時にプラントからオーブ連合首長国へ移住。

 この私立ジンム学園高等学校に彼女が入学したのはC.E.69年4月。しかし在籍期間は短く、2学期一杯まで通った後退学手続きを取っている。

 C.E.71年に1曲だけ出したシングル『静かな夜に』は、発売から20週間連続でセールス1位という無名の新人として見るなれば異例のヒットを叩き出した。

 しかし彼女はテレビやラジオなどに一切顔を出しておらず、CMも碌に行ってはいなかった。故にこの曲が何故売れたかという事柄については、今なお有識者の論争が絶えない。

 …………中には曲に洗脳効果が有るなんて発言をした者もいたが、その人物は数日後行方不明になってしまったそうだ。閑話休題。

 して、熱に浮かされたようなミリオンヒットも、冷めれば醒めてしまうもの。それ以降彼女は一つも曲を出さず、ラクス・クラインという名はこのオーブにおいて“言われれば思い出すかも知れない”程度の存在へ成り下がった。

 プラントでは“政治家の娘”でしかなく、他国でも声が良いだけの小娘扱い。

 彼女は、求めたものを得られないまま今に至っている。

 無数開いた時間の空白。

 その中で、彼女は何を思ったか。そして何をしたか。

 シンも、ルナマリアも、ステラも、知った所で彼女の本心は理解できないだろう。

 理解出来るのはふたりだけ。

 本人ことラクスと、彼女にずっと付き従って来た女の、ふたりだけ。





「…………クライン? え、うそ?」

 ルナマリアは、目の前の少女が持つ名に目を瞬かせていた。

 プラント出身留学生団の一員である彼女だ、シーゲル・クラインを知らぬ筈はない。それにラクスの事も存在だけは知っている。

 双方共に、ルナマリアからすれば雲の上にいるような人物である。

 で、だ。

 詰問の結果、彼女は基本的にシロとしか思えないと言う事が判明した。

 まず5日前のロドニア・ラボ屋上における襲撃を訊ねた所、人が乗れる程大きい鳥が実在するのですかと聞き返される。キラキラ輝く目が心に痛い。

 次にサラという人名を存じているかという質問には、考え込む様子を見せるも最終的に知らぬと答えた。

 加えて何故こんな場所(旧校舎)を訪れたか聞いてみれば、深い意味はないが何となく楽しいでしょうなどというセリフ。

 そもそもホムンクルスを知っているかについての答えが、このレベルである。



「えーと、まずは人体練成に失敗するのですよね?」



 シンもステラも頭を抱えた。

 外見的な特徴は完全に天使覆面と合致しているものの、話しているとどうも致命的なまでに違う気がしてくる。

 嘘を吐いている可能性もあるといえばあるが、厄介な事に彼女の発言には一本筋が通っていた。

 教室内に点在する古びた机やロッカーには何も入っておらず、他に物を隠せそうな場所もない。天使を模した覆面や錬金術関連の痕跡など皆無だ。

 何より、目。

 しっかり確認してみて分かったのだが、そこには一点の曇りも濁りも皆無。自身の善性を心底から信じる者の目なのである。

 もしかすると、他人を恨んだり嫉んだりした事さえないのかもしれない。

「うぇ…………見間違えはないのに」

「ラクス様は人と平和を愛するお方だ。そんな外法に御手を汚される事なんぞ万に一つもありゃしないよ」

 一頻りの説明を終えて項垂れたステラに、傍らの女が断言する。

 ラクスへの絶対的な信頼、もとい信奉が感じられる台詞だ。

「アンタ、随分とラクス・クラインの事を信じてるんだな…………?」

「生涯掛けても返しきれない大恩を賜ったからね。このヒルダ、ラクス様のためなら命を失う事さえ惜しくない」

「もう、ヒルダさんってば。そう自らの命を軽視してはなりませんよ」

「はッ! 申し訳ありませんッ!!」

 眉根を寄せて「めっ」するラクスに、女ことヒルダは直立して謝罪の句を述べた。本格的にラクス至上主義者のようである。

 意気込みが盛大に外れたせいであろう、シンの目がもの凄い胡乱だ。

「結局ラクスさん達は、この件に関して無関係なんですね?」

「その様です。お力添え出来ないようで申し訳ありません」

「うぇ…………」

 ルナマリアの確認にラクスが答え、そしてステラは項垂れた。

 別段時間制限があるわけではない。

 けれど一つの任務に拘束され続ければ、その分だけ他の場所で犠牲者を出す可能性もあるのだ。

 余り望ましいペースとは言えぬ、早々に何とかしないと。

 握っていた核鉄をポケットへ仕舞い込み、ステラは改めて部屋を見回した。

 何時の間にか打ち解けた感じに言葉を交しているルナマリアとラクスの後ろで、ヒルダがじっとこちらを見ている。

 シンは部屋の隅で挫けている、用があるのはステラだけらしい。

 そう判断し見返すと、ヒルダはラクスに一言二言告げて出入り口の方に歩を進めた。

 擦れ違う瞬間、視線で言われる。

 ――――着いてきな。

「シン、あの二人をお願い」

「……ん」

 ステラの頼みに短く返事し、億劫な感を出しつつも立ち上がるシン。

 頷き一つ、ステラはヒルダを追った。





 階段を降りてすぐ正面の教室が、やや正中から外れた太陽光を半開きの扉から零している。

 掌に核鉄が納まっているのを確認し、侵入。

 ヒルダは、机も何も無い部屋の中心で泰然と立っていた。

 逆光となっているため表情は伺えないが、先程ラクスの傍に踏み込んだ時のような重い威圧感は抑えられている。

 くるり、振り向いた拍子に眼帯で覆われていない方の目がステラの双眸と噛み合った。

「来たかい、錬金の戦士」

「…………やっぱり」

 掛けられた言葉に、ステラは筋肉を緊張させた。

 ラクス達に一通りの事情を説明した際、『錬金の戦士』という単語を彼らは使用していない。

「あぁ、勘違いするんじゃないよ? ラクス様は本当に無関係だ」

「うぇ?」

「アタシだけさ、こうなっちまったのは」

 独白のようにヒルダが薄く笑む。

 そこに刻まれていたのは、紛れもなく、自嘲。

 ――パキ、バキキッ

 突然鋼の張り詰める異質な音が響いた。

 ホムンクルスへの変身。

 反射的に無音無動作でガイアを展開し、ステラは大きく飛び退って間合いを取る。

 だが、変身はすぐに止まった。

 変わったのは、右の肘から指先までだけ。

「部分変身…………!」

「主人を守りたいホムクルス、ラクス様をお守りしたいヒルダ・ハーケン。巧く利害が一致したもんだ、果たして運が良かったよ」

「動物形のホムンクルスに憑かれて、それでも自分を維持してるの?」

「言っただろ、運が良かったって。お陰でアタシはラクス様のお側にいられる、ならやる事は同じさ」

「それが、創造主を守り続けると」

「如何にも」

 ふと、ステラの視界からヒルダが消える。

 驚愕に染まった彼女の首筋を、冷たいモノが押さえた。

 爪。

「だから、アンタがラクス様に手を出すつもりなら、ここでその喉笛掻ッ裂いても良いんだよ?」

 不可視の超速で背後に回り込まれ、生殺与奪を握られる。

 この街に来てからめっきり増えた失策に、ステラは思わず舌打ちした。

「自分で今言った、ラクスが創造主だって」

「創造主…………ま、確かにアタシの主はラクス様さね。他のヤツらに関しちゃ知りゃしないけど」

「錬金術を知らない人間には、ホムンクルスを創るなんてマネできない」

 くつり、後ろで上がる笑い声。

「何がおかしいの?」

「いーや、アンタを相手に選んで正解だったと思ってね。追い詰められてもなお冷静、良いじゃないか」

 爪が離されるのを感じ、ステラは険のある目でヒルダを睨んだ。

 右手を人間の姿に戻すヒルダ。

 ぐるる、ガイアが唸り声を立てる。

「ま、アンタならこうしなくても話しくらい聞くと思ったんだけどさ」

「…………試したのね」

「悪いねぇ、バカを信じてバカ見たくはないんだよ」

「うぇ」

「アタシの眼鏡に叶ったんだ。喜びな」

 けたけた笑いながら、ヒルダは挑戦的な眼差しをステラに向けた。

 考え込む事数秒、ステラの結論は武装解除。

 視線で訴える、真実を話せと。



 3階2階、共に話の終わる頃には陽が軽く傾いていた。





 数時間後、ルナマリアの部屋にて少女二人はジャンクフードをもそもそ食べていた。

 流石に寮も休日の食事は面倒を見てくれず、寮生達は各自で思い思いの夕食を取る事になっているのだ。

「それで、ルナはなに話してたの?」

「んー…………大した事ない世間話よ。とは言っても、ラクスさんってホントに箱入り娘だったみたいでね、どんな話題でも楽しそうにしてくれるの」

 もきゅもきゅハンバーガーを頬張りながら尋ねたステラに、ルナマリアはナゲットを齧りつつ答える。

「普段は家に軟禁みたいな状態らしくて、シーゲルさんが、あぁラクスさんの親父さんね? その人が外出する隙を突かないと街へも出られないらしいのよ」

「うぇ…………つまんなそう」

「でしょー? なのに物凄いポジティブだし良い人だし、不思議でしょーがないわ」

 首を傾げながらレモンティーを啜るルナマリア。

 自由って素晴らしいわーなどと冗談めかして嘯くものの、表情は余り晴れやかでない。

 祖国を建てた偉大な男が、一人娘を箱庭に押し込めている。

 その事実に、ルナマリアは微妙な不快感を感じてしまって仕方ないのだ。

 ズズズ、レモンティーの無くなる音がした。

「他人様の家庭事情に難癖つけるのはどうかとも思うんだけど、ねー」

「でも、おとーさんがいるだけ羨ましいな」

「ん?」

「ステラ、家族いないから」

 部屋の空気が滞る。

 しかしそれに気付かぬ様子で、彼女は独白を続けた。

「昔の事何も覚えてなくて、だから故郷もわかんない。戦団が助けてくれた2年前、ステラはうまれた」

「ステラ…………」

「けど、ガイアが傍にいてくれた。戦団の仲間はみんないいひと。それにルナもシンも優しい」

 そこまで言い、ステラは華が咲いたような微笑みを見せる。

「だから、ステラはステラでいられる」

「………………あ、やば、涙腺キた。ポテトあげるからちょっとアッチ向いてて」

「うぇ?」

「はーやーくっ!」

 不意打ちが涙腺のダムをブチ抜いた。

 ステラをぐりっと方向転換させ、ルナマリアはハンカチで目尻を拭う。ごしごし。

 女同士の姦しい夜は、まだもうしばらく続く。



 同刻。

「…………彼女欲しいなぁ」

「口を開けばソレか」

 男共はと言えば、定番のちょいとばかりアレなトーク。

「つーかお前最近アタリくじ引き過ぎじゃないかさぁ!? ルナ然りステラちゃん然りよぉっ」

「酔ってるねぇヨウラン、酒も飲んでないのに」

「取り敢えず飲め」

「お。サンキュ、レイ」

 クダを巻くヨウランにレイがコップへなみなみ注がれた飲み物を差し出す。

 琥珀色の泡立つそれをグイッと飲み干した、瞬間。

「黒酢をコーヒーとサイダーで割ってみた」

 (´゜ω゜):;*.':;ブッ

「ちょ、おまっ!? なんつーモノを!」

「ヨウランが墜ちたぞ! 衛生兵、メディーック!?」

「なぁ…………なんで俺、毎回こんな扱いなの?」

「「知るかッ!!」」

「ふむ、そんなに不味いか?」

「お前の舌がマズいんだよ味覚的な意味でっ!!」

 男同士の喧しい夜は、嫌だっつっても続く。





 翌朝。

 小鳥のさえずりが耳を打ち、ステラはもそりと身を起こした。

 窓の外には、山間から顔を出しきった太陽。

 ベッド代わりにもなるソファーの上で、まだ温い毛布が仕掛けて来た二度寝の誘惑を振り払う。

 大きく伸びをし、屈伸。

 コキコキと身体中が目醒め出した。

 おはよう、言うも返事は帰ってこない。

 首を捻ってみれば、ルナマリアが使っているベッドはもぬけの殻。布団も適当にほかしてある。

 トイレにでも行ったのかな、思いながら少し表面を撫でてみた。

 冷たい。

 唐突に嫌な予感が爆ぜ、ステラはガイアを展開する。

 探査モードに切り替えてすぐにルナマリアの固有パターンを探し始めるも、幾ら知覚の網を動かしたところで全くヒットしない。

 かなり遠くまで行っているようだが、しかし何故?

 舌打ちした拍子に、嗅覚を突き刺す異様なニオイをガイアが感じ取った。

 汚猥なる蝿。

 走り出すステラ、行き先はシンの部屋。すでに彼が起きているのはガイアで確認済みだ。

「シンっ!」

「おぅふ?」

 ノックもせず扉を開き、中へ飛び込む。

 洗面所で歯磨きしていたシンは、ステラの慌て振りに吊られ思わず歯ブラシで喉奥を突いてしまった。

「ふぼォっ!? ごぇふっおぇっ」

 盛大に噎せ返ったシンだが、こっちもこっちで焦っている。

 彼の喉を落ち着かせる暇もなく、ステラはシンだけに聞こえるよう小声で叫んだ。



「シン、大変! ルナが、ルナが攫われた!!」

「ぉあっ、な、なんだって――っ!?」







                           第8話 了