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武装運命_第21話

Last-modified: 2015-12-23 (水) 16:36:22

 眠れない。
 どうにも冴えてしまった目をぐしぐしと擦り、ステラは寝巻き姿のままもそりとベッドから身を起こした。
 慣れている筈の一人寝が、何故か寂しい。
 近くに人の温もりがあるだけで得られた安心は、知らずの内に己をがしりと捕らえていたようだ。
 すとんと板張りの床に降り立ち、机を見る。
 罅割れて今暫くの間使い物にならなくなった核鉄が、無造作にほっぽらかしてあった。
 それを手に取り一瞥。
 錬金の戦士と人間型ホムンクルスの戦いにおいて、核鉄とは言うなれば将棋の駒である。
 奪えば自軍の戦力に、奪われれば相手の戦力になる道具。決して軽視は出来ず、しかしそれを奪う事にのみ傾倒するのも是ならず。
 今回の場合、こちら戦団側が奪取に成功した形だ。
 とは言え戦団の現在総戦力は2人と半分。
 プラス、夕刻襲ってきたクロト・ブエルと同じ位の戦闘能力を持ったホムンクルスを相手取れるのはハイネ一人しか居ない。
 そしてそのハイネも、現在はシンを鍛えるためこの場には居ない。
 向こうにしてみればチャンス。
 こちらにしてみればピンチ。
 恐らく『堕月之女神』は核鉄を取り返しにくる筈だ。
 ふぅ、溜息が漏れた。
 と、ここで思い至る。
 眠れないのは自分が武装錬金を行使しているせいではないか?
 核鉄を揺り起こすのは闘争本能。戦う気概が燻っている状況下で眠れる程ステラは器用ではない。
 やる気があってもボケは起こるものか、無体な事を考えつつガイアに報告を要求した。
 哨戒に出している忠犬は、消耗を抑えるため索敵にのみ役割を振っている。デフォルトよりも目鼻が利くようにはしたが、現在の戦闘能力は野犬並みだ。
 向こうからの返事は、異常なし。幾つか設置したプローブにも反応は無いとの事だ。
 再び溜息。
 用心に幾つか武装を手元へ置いておいたが、杞憂に済んだか。
 僅かに気を緩めようとした時、ステラは気付いた。
 ――チカッ、
 視界の端で何かが点滅している。
 それは、手の中にある核鉄。
 罅割れの中に、発信機が巧妙に仕込まれていたのだ。

 

「しまった…………」

 

 緩む前以上にビンと張り詰める緊張の糸。
 ぐしゃりと指先で発信機を潰し、ステラはすぐさまガイアへ全速の帰還命令を出す。
 踏んでいたスリッパを足裏から剥がし、ベッドの下に仕舞ってあったラバーソールの安全靴を履いた。
 こつ、爪先の鉄が床を打つ音。
 前もってガイアから外しておいた長銃を手に取る。
 罅入った核鉄は、ベッドに引っ掛けてあったウエストポーチに詰めた。
 戦闘用の道具各種が一通り入ったポーチは、中身が中身故か見た目よりもかなり重い。
 ナイフ付きナックルダスターを反対の手で掌握。
 ふと下を見ると、だぼついたひよこ柄の黄色いパジャマが視界に入る。
 酷く不釣合いな格好になってしまったけれど、そういう場合ではないので気にしない。
 呼吸の回数と間隔を、細く、長く、鋭く、意図的に押さえる。
 息を一つ吸い一つ吐くごとに、全身の細胞が意識を戦闘へ向けていく。
 きりりと研ぎ澄まされる感覚。
 一度閉じた目を開いた時、ステラは一人の戦士となっていた。

 

 戦う者として思案。
 罅割れた核鉄を奪いに来る者がいるなれば、それは夕刻クロトを始末したあの大鎌使いであろう。
 ハイネとミーアが盾に空けた孔も、あの程度なら既に直ってしまっている筈だ。致命的なダメージでなければ数刻と待たずに元通り、げに凄まじき自動修復。
 こちらのコレも早く直って欲しいものだ、此方の掌中にある間に。
 頭を振り、歩き出したステラ。
 横スライドの扉、手は使わず取っ手に銃を引っ掛けて開ける。
 からら、悪くは無い滑り音。
 廊下へ踏み出し軽く首を左右へ向けると、所々の扉から光が漏れているのが見えた。
 人が住む証明。
 そう、ここには人が居る。
 平穏に暮らしている、何も知らないままで良い人々が。
 ナイフを持った左手でポーチを撫でる。
 扉を開けた所でガイアから入った報告によれば、懸念通りの大鎌を携えた男が寮の正面側から接近しているそうだ。
 その小さな双肩に掛かったものは、決して小さくなど無い。
 されど、そんな事は承知の上だ。
 廊下へ一歩踏み出して窓の鍵を開け、ステラはそこから半分身を乗り出した。
 夜天闇色、星の瞬きも薄弱。
 見咎める者は誰もいない。
 するり、窓枠を思いっきり踏み切って跳躍。
 数メートル程の浮遊感、やがて来た着地の衝撃を膝で殺す。
 僅かな痺れを振り払うように走り出すステラ。
 開け放たれたままの窓が風で軋んだ。
 武装解除でガイアを核鉄にして呼び戻す手もあったが、そうすると一時的に相手の動きが捕捉出来なくなる。
 向こうの持つ武装錬金の特性が分からぬ今、下手に目を離せばその隙を突かれかねない。
 監視の目を途絶えさせる事こそ愚策と判断したのだ。
 走る速度を徐々に歩行並みへ落とし、今度は警戒しながら少しづつ進む。
 数分ほど進んだ所で、 一直線の道向こうに、敵が見えた。一人。
 くすんだ緑髪で片目を隠し、着崩した軍服のようなものの肩に巨大な鎌を担いでいる青年が。
 夕刻見たそれと同じ、六角の板を二枚携えた大鎌。
 ホムンクルスの追討者――シャニ・アンドラスという名だった。
 付かず離れず傍で男を監視していたガイアが、男の脇を抜けステラの下へ来る。
 しかし、シャニはさしたる反応を見せない。止める素振りさえ皆無だ。
 右の足元へ寄りくると回って左側から顔を出す忠犬、その背中から生えた双翼の付け根に手を伸ばす。
 装甲の一部が持ち上がり現れたコンソールへ、哨戒モード終了及び戦闘モード移行の指示。
 ――ヴ、ン!
 双翼が剣光を帯びた。

 

「…………ん?」

 

 ようやく青年がステラの存在に気付く。
 ヘッドフォンを嵌め大音量で何か聞いていたらしい、数メートル程隔てているにも拘らず僅かにノイズのような音が聞こえる。
 注意も散漫になるわけだ、ナイフを握り直し心の中で嘆息。

 

「戦士かぁ……」
「ここから先へは行かせない」
「…………うざい」

 

 ぼぅ、と焦点の合わぬ目でステラを見、シャニは鎌を肩から下ろして両手で握る。
 ちり、首筋に悪寒。

 

 すぐさま腰を落として前に飛び込み、二度トリガーを引くと同時にガイアへ攻撃令を出した。
 薄闇灼く光条二閃、そしてガイアが吐き出す無数の光礫。
 頭のすぐ真上を薙ぎ抜いた大鎌が、髪の毛を幾本か攫っていく。
 動きに乱れは見られない、外したか。
 無言でもう一発撃ち込もうとしたステラは、しかし今進めた距離以上をバックステップして離す。
 またも駆けた悪寒は胸元、下から突然せり上がってきた鎌刃がパジャマを軽く裂いた。
 薙いだ勢いを殺さず鎌を背に回したのだと理解した時、向こうは再三の追撃準備を終えており。
 踏み込み二つ、大上段から振り下ろす一撃。
 ざ、ステラは躊躇せず右に飛ぶ。
 跳ね上がった鎌が宙で一瞬踊り、腕に痺れでも走ったか、シャニは顔を顰めた。
 向こうにしてみれば降りた前髪が邪魔で急に位置を把握しにくい方向、その上に鎌は避けられ地面を叩いただけ。
 舌打ち一つ。
 逆手に握ったナックルダスターを長銃に接続し、構える。
 脇でガイアが足を引き絞った。
 ぐっと柄を引いて再び横薙ぎの姿勢に入るシャニの章印目掛け、ステラは今度こそと言わんばかりに引き金へ掛けた指を動かした。
 一度、二度、三度。
 光線の着撃速度は正しく光速、標準さえ合っていれば確実に仕留められる。
 その、筈だった。
 ――ゅわん!
 形容し難い音が環状に広がる。
 スライムを音叉で殴り付けて上手く反響したら鳴るかもしれない、そんな現実味に乏しい奇妙極まる音。
 間髪入れず双翼に光を灯したガイアが踊りかかるも、まるで空中で何かに掴れた様に動きを止め、そのまま逆に吹っ飛ばされてしまう。
 何が、そう言いかけたステラの口より早く、姿勢を直した青年が鎌を突き出してきた。
 反射的に銃を盾代わりとするも、強烈な衝撃は容易く手を衝き抜けて胴体まで掻き乱す。
 ごほっ、肺の中の空気が纏めて噴っ潰された。
 突かれたままに身を投げ、呻きながらも距離を取る。
 肋骨にわだかまるインパクト。
 吐き出された分の酸素を求める体に従って荒く大気を取り込みながら、ステラは今起こった事を思い返した。
 三発撃って一つも当たらず、普通ではない。あの間隔/感覚なら少なくとも一発は当たる筈なのだ
 ゆっくりと鎌を引き戻して肩に担ぐ青年。
 ふと、ステラはその鎌を見る。
 薄気味悪い緑色をした刃と柄が交わるポイントから、何時の間にか、二枚の板が消えているではないか。
 訝しむと同時に、突然月光が翳った。
 首を上に向けると、そこには、件の板が浮遊していて。
 ひゅ、ステラが呼気一つ零し後ろへステップ踏むと同時に、双板が青年の前後へ落ちる。
 まるで盾のごとく立ちはだかるそれから、何か表現しようの無い“波”が放たれているように見えた。
 確かめるか。
 呟き、六角板へ二度射撃。
 すると。
 ――ゅわん!
 またあの異様な音が響き渡り、そして、六角板から吐き出される“波”が。

 

「うそっ!」

 

 “波”が、本来なら曲がる筈無い物を、光線を、捻じ曲げたのだ。
 逸らされた光線は空へ跳ね上げられそのまま散っていく。
 不愛想だった青年の顔に、亀裂じみた歪んだ笑みが浮かんだ。

 

 成る程、あの武装錬金で肝心なのは大鎌じゃなく六角板であったか。得心半分愕然半分で、臍を噛んだ。
 特性が光線の歪曲であるなら、この長銃ではどう足掻けど攻撃は届かない。
 ナックルダスターの接続を長銃から解き、傍で力なく伏せっているガイアの肩へ繋ぎ直す。
 四脚の内の一本が曲がってはいけない方向に曲がっていた、これで戦闘を継続するのは酷だろう。
 へらへら笑ったまま余裕のポーズを見せる青年。
 何をやっても無駄だよ。
 暗にそう言われている様で、怒りに腸がごぼりと煮え立つ。
 実弾なら通ったか。あるいは零距離に入れば。
 思考ばかり右往左往と奔走し、動く事が出来ない。

 

「へへへ。お前、弱いね」
「うる、さいっ!」

 

 安い挑発だと冷静な思考は止めたが、激情に流された。
 ポシェットの中に手を突っ込み、護身用の拳銃を引っ張り出してブッ放つ。
 あっという間に撃ち尽くされる12発の弾丸。
 鉄を梳る甲高い音が響いた。
 あの異音は、鳴らない。
 “波”は今なお揺れているのに。
 弾かれた様に大鎌を振りかざし躍り掛かってきた青年の脇を無理矢理すり抜け、駄賃代わりに背中を蹴放す。
 青年がつんのめったのを傍目に、彼の居た場所、今なお地面に刺さったままの盾を見た。
 くすんだ緑に、小さな銃創。
 ナックルダスターを一層強く握り、ステラは逆手から生えた刃部を六角板の継ぎ目に思い切り突き立てる。
 みぎみぎと硬質の物体を割り裂いていく抵抗感。
 姿勢を戻した青年が慌てて振り返ったようだが、その頃には盾の片方は“波”も出せなくなっていた。
 途轍もない大振りの横薙ぎを、ナイフが食い込んだ盾で受け防御しながら跳ぶ。
 衝撃で外れた板には目もくれず、生い茂った木々を足場にして再び跳躍。
 鎌、それもあれほどに巨大な物を振り回す場合、挙動の間に厭でも隙が出来る筈。
 突くべきは、そこ。

 

「うぇい!」

 

 獣のように真っ直ぐ走り、ぞぶりと肉を裂く手応え。

 

「…………ぅぅぅぅウザいんだよ!!」

 

 青年が上げた声は、ただ苛々をのみ含んだものだった。
 すれ違いながらの一閃は青年の腕を手首から肩まで真一文字に掻っ裂いており、傷口から鉄と油と血を滲ませた。
 人間なら阿鼻叫喚の大ダメージだろうが、ホムンクルス相手では僅かでも腕の動きを遅められれば御の字な程度。致命傷には程遠い。
 ずるりと傷口からナイフが抜け、一瞬ステラの運動エネルギーが途絶える。
 行動の過程/結果に隙が生まれるのは最早必然、その一瞬でステラは襟首を青年に掴まれてしまった。
 腕一本で吊り上げられた体、ぎりぎり締まる首元。

 

「ぎっ……か、は、ぁっ…………!」
「捕まえた…………死にな」

 

 嗜虐的にぎっと犬歯を剥き出し、掴む腕に力を加えていく。
 呼吸が阻まれ、意識まで遠のきだした。
 マズい。
 掴む腕にナイフを突き立てるが、力の弱まる兆しは皆無。
 肩に鎌の柄が乗った。
 今すぐ喰らった方が効率は良かろうに、わざわざ首を刈り落とす気らしい。
 ひた、首裏へ冷厳な刃を突き付けられたのが感覚で分かる。

 
 

 酸素が回らない。
 意識を保てない。
 落ちる。
 落ちたら、死ぬ。
 自分だけでなく、皆が、死ぬ。
 ステラ・ルーシェにとって、死とは最大の禁忌。
 声無き怨嗟が響いた。
 遠い記憶の闇が疼いた。
 無数の淀んだ眼が蠢いた。
 死にたくないなら、死なせたくないなら、

 

 ―――― 殺 せ

 

 虚ろっていた眼の奥で、がちりと、闇色の歯車が噛みあう。

 

「ぐ、が、ガイアぁぁぁっ!!」

 

 掠れの酷い声を限界以上に張り上げ、己が忠犬へ号令。
 力なく伏せっていたガイアは、その声に顔を跳ね上げ四肢へ一気に力を込めた。
 駆動系のイカれた一本がミシミシ音を立てるが、主人の命こそ至上。
 牙を曝け出し、主の首を捕らえる腕目掛け疾走する。
 シャニが胡乱な眼を向けた時、ガイアは既に主を捕らえる腕へ跳び掛かっていた。
 ――ゾブッ!
 鉄が体に潜り込む冷たさ、そして直後に襲い来る強烈な熱。
 垂直に崩れ落ちるステラの体。
 手を放したつもりは無いのに、熱と乖離した思考が疑問符を浮かべた。
 咳込みながらも距離を取るステラ。
 その手には、ナイフと、その刃に刺さったままの。
 シャニの腕。
 もぎ取られた己の一部を、青年は呆然と見つめる。

 

「あれ…………しまった、かな」

 

 しかし、反応が薄弱に過ぎる。
 取り乱しもせず、ただ腕が無くなったという事実を取り敢えず認識しておいただけのようにしか見えない。
 荒い息を無理矢理普通のリズムに押し込める。
 だが、首を絞められたせいで狂った呼吸は中々戻らず、その上数時間連続でガイアを哨戒に出していた事が災いし、体に凄まじい倦怠感が圧し掛かってきている。
 一度でも武装解除に追い込まれれば、もう一度核鉄を揺り起こす事は叶わないだろう。
 胴へ受けた突きの衝撃も未だに抜け切らない。
 だが、動揺は無かった。
 それどころか。

 

「ウザいなぁ…………さっさと核鉄もって帰りたいんだけどなぁ」
「――――」
「まだ、邪魔する気なんだ……ん?」

 

 ぼやけた雰囲気を纏わせたままでこちらを見てくる青年。
 その眼が、ステラの眼と交錯する。
 感情の揺れというものが見受けられない、静謐極まる眼。
 シャニは、そういう眼をする者に覚えがあった。
 このホムンクルスの体を得るまでに幾度も踏み潰し、薙ぎ払い、叩き壊した連中と同じ。

 

 度重なる戦闘と調整の果てに己の人格を放棄し、ただ命令のままに動くだけとなってしまった生き人形の眼。
 バケモノの退屈そうな顔に、僅かに苦味が混じった。
 忌むべき、とは言わぬまでも、決して好ましからざる記憶を思い起こさせられたせいだろう。
 だが別段危惧などは無い。こんな虫けら程度の存在、幾らだって蹴転がしてきたのだ。
 噛み千切られた腕は人でも喰わねば直りそうに無いが、目の前の者をどうこうするぐらいなら片手でも十二分に過ぎるだろう。
 そう、思っていた。

 
 

 すやすや。
 微かに笑みながら、ラクスは布団の上で童女のようなあどけない寝顔を晒していた。
 その傍らには幼い少年少女。
 マルキオ導師が保護した孤児たちだ、そうラクスは聞いている。
 常ならマルキオ自身が世話をしているのだが、それに加えて自分やヒルダ(ミーアは生き汚そうなので除外)までも寄り掛かってしまうのは余りに酷だろうと言う事で、自ら手伝いを申し出たのだ。
 して、今日一日を共に過ごした結果が。

 

「すぴー……すぴー……」
「おねーちゃん…………むにゃむにゃ」
「…………ん、にゅ」

 

 今の、皆で一緒に眠る布団である。
 たった一日で随分仲良くなったものだ、マルキオはただ感心していた。
 彼らがマルキオに心を開くまでは大分時間がかかったのだが、やはり女性と言うものは違うのだろうか。
 それとも、彼女だからこそ、か?
 椅子に腰掛け、点字が振られた経典を読みながら、導師は思案する。
 ラクス・クラインの歌は、凄まじい。
 朝方こそ警戒心露わだった子ども達が、昼食を作る折に彼女が小さく奏でていた鼻歌だけで、態度を一気に軟化させたのだ。
 こうして一枚の長布団で眠るなど、今朝のマルキオは考えもしなかった。
 人を信じよと書かれた章の頭で経典を閉じ、導師は思案する。
 もし、このような事を彼女が意図的に行っているのだとしたら、彼女には恐るべき才覚があると認識できる。
 独裁者の才覚だ。
 ただ一小節唄って後に命を下せば、好悪は在れど恐らくは誰もが従うだろう。
 フルコーラスが響き渡れば、彼女のためなら死をも厭わぬ大軍隊さえ生まれるかもしれない。
 しかし、だ。
 もし彼女にそういった打算や利権を案じる思考回路が無かったら?
 ただ善意のみでその歌を撒き散らすなら?
 脳裏を紫電が走った。
 あぁ、もしそうなったら、彼女の才覚は独裁者などという枠に収まるまい。
 己のような凡人には到底想像も尽かぬ、善意のみにて創られた世界。
 恐らく、それは天国なのだろう。楽園、理想郷、輝かしき新世界なのだろう。
 誰もが他者を疑わず、誰もが誰かのために働き、誰もが罪を知らぬ、誰もが笑顔の世界。
 あぁ――――何とも、素晴らしいではないか!
 生まれた赤子にさえ原罪が宿るこの煉獄、罪に罪を重ねるのが人の業。
 それを救済し得る存在と己が生ある間に出逢えた奇跡を、マルキオはただ大いなる神に感謝した。
 だが、今のままではいけない。
 彼女は己に秘められた力の使い道を知らぬし、世の柵に囚われてもいる。
 善性を損ねては無意味。
 されど超然と在らねば信仰は得られぬ。

 

 ならば、自分が教えよう。
 彼女は導く者。
 その足元に広がる礎の一石と成れれば、この身において正しく最たる幸福だろう。
 閉じていた経典を手探りで開き、薄く微笑んだまま再び読み出すマルキオ。
 その、章の名は、

 

「ラクス・クライン…………貴女は、きっと」
  ――――種子を持つもの

 
 

 シャニ・アンドラスの武装錬金、名を<<FORBIDDEN-FORT:禁断の要塞>>。
 特性は“空間の歪曲”であり、先程光線を曲げられたのもその力を利用したからである。
 本来なれば銃弾もナイフも通す事は無いのだが、この場所を訪れた時の油断と慢心に満ちていたシャニは光学兵装だけに作用する“波”を展開していた。
 なにせ“波”を出力全開にすると疲労の度合いが段違いに跳ね上がるのだ。
 盾一枚の破損を期にやっと“波”を強めたものの、それは残念ながら遅きに失した。
 脚一本落とした狗と自我が抜けた女一人とはいえ、向こうは任務を任されて然る戦士。盾が揃っていれば片方の動向を封じる事も出来たろうが、一枚だけでは手を煩わせない壁にしかならず。
 そもそもの思い違いは、己が嘗て磨り潰してきた生き人形とステラを同列視した事である。
 重ね重ね言うが、幾ら雰囲気が似ていたとすれど、ステラは歴とした戦士。その力は木偶と比較するまでも無い。
 要するに、シャニはステラを嘗めていた。
 その結果が、

 

「げ、はっ…………!!」

 

 鎌を腕ごと落とされ、四肢をもがれ、章印を掻っ裂かれた、この惨状だ。
 無感情にシャニの髪を掴み上げたまま、ステラは右手に握った物を首筋へ押し付ける。
 ナックルダスターから生えたナイフ、その刃から伸びる淡い紅色の光。
 触れれば焼き斬られる光刃であった。
 曝け出された左眼は、右と違いくすんだ金色。
 ヘテロクロミアのぼやけた双眼が、迫る光刃をぼんやりと見る。
 かさかさに罅入った唇から零れる血塊。

 

「お、まえ…………! ロドニアの、出、じゃ」
「――――」

 

 何か言いかけたシャニの首を、ステラは、無言/無表情/無感情で、刎ねた。
 ぼとりと重力に従い落ちる身体。
 章印を傷つけられ頭も斬り離された胴体は、滅びの定めに逆らえる筈も無く塵と化していく。
 光が徐々に弱まり、ナイフから一片の燐光さえ消え去った時、ステラの眼にやっと感情らしきものが戻った。
 思考の歯車が錆付いたように上手く動かない。
 からん、大鎌が核鉄に戻り乾いた音を立て転がった。
 訳が分からない。
 手に持っていた砂塊を慌ててぽいと地面へ投げ、ステラは息を吐く。
 凄まじい疲労と激痛が全身を苛んでいた。
 中央から末端に至るまで、全ての血管が限界を突破した血流に晒されたかのようだ。
 いや、“ようだ”ではなく、事実その通りだった。
 不気味なほど冷えた脳は、全身に根付いた血が炎々と盛っているのを自覚する。
 張り巡らされた毛細血管が破損し、周りの細胞に血を撒き散らすせいで、指先がちりちりと熱い
 足元に寄って来たガイアを一度撫でてやり、ステラは武装錬金を核鉄へ戻した。
 ずんと重たかった疲労が少し和らぐ。
 クロームの超鋼を所々擦り切れたパジャマに仕舞い、転がっているもう一方の核鉄を拾い上げたステラ。

 

 盾1枚の破損だけで済んだためか、罅や機能不全などは特に見受けられない。
 安堵の溜息と共にそれをポーチへと仕舞う、
 ――BANG!!
 その手が、銃声で止まった。

 

「!」

 

 横合いからの銃撃。
 首を巡らせた先には、人影が一つ、薄ら笑いを浮かべながら拳銃を彼女に向けていた。
 シャニが着ていたのと似通った意匠の服を纏う、若い男。
 左の胸元から薄く見える模様が、彼奴は人外であると証明している。
 ガイアを戻すべきじゃなかった、ステラは歯噛みした。
 何の変哲も無い弾丸でさえ、常人には致命のダメージとなりうるのだ。

 

「おっと、ストップだ。風穴欲しいか?」

 

 軽いモーションを読まれ、先んじて動きを封じられる。
 突き付けられた銃口は真っ直ぐに心臓をポイントしており、ブレる様子も無い。
 この場から逃げ出すのと、向こうの引金が引かれ銃弾を撃ち込まれるのと、どちらが早いかは自明の理だ。
 ステラは今、何をも出来なかった。

 

「あぁ、喋るくらいは構わないぜ? つーかむしろ是非とも喋ってくれ。基地ん中にゃほっとんど女がいねぇし、居たっても虫付いてんだよな」
「…………何しに来たの?」
「お、良い声だぁ。惜しいなおい、戦士じゃなきゃ囲ってたぜ」

 

 軽薄極まる台詞。
 白けた目をするステラに、男は調子を崩さずにへっと笑う。

 

「派手なマネは上から止められてるんだ。今日は挨拶だけにしとくさ」
「言うだけなら幾らだって出来る。それに夕方も今も襲撃はあったし、第一銃を付き付けられながらの言葉なんか信じられない」
 刺々しいステラの言葉を、笑った顔のまま肯定する男。
「違いない、道理だ。だが忘れてもらっちゃ困る」
「…………?」
「今、お前の生殺与奪を握ってるのは、誰だろうな」

 

 きりり、男の指が掛かった引金が軽く動いた。
 よく見れば、男の銃は一般規格から優に外れる大きさを持っており、従って口径も相応に広い。
 コレから吐き出される弾丸を食らえば、例え着撃点が四肢の末端だろうとそのままショック死まで持って逝かれよう。
 それにこの距離が拙い。避けるには先読みが必須、尚且つそれが通じるのも恐らく初撃だけだろう。人間相手ならもう少しくらい避けられそうだが、一般的なホムンクルスではすぐに修正点を算出される。
 残念ながら、ステラにこの状態を引っ繰り返せるだけの策は無かった。

 

「夕方と今し方も襲われたっつったが、それは連中の独断専行。オレはそいつらをしょっ引いて、場合によっちゃ処断もするようだった。
 それを代わりにやってくれた戦士諸君に、恩賞を差し上げたい」

 

 尊大な物言いだった。
 化物が、戦士を、下に見る。その上に慈悲までくれてやろうというのだ。何ともはや、屈辱の極みである。
 それに甘んじなければ生を繋ぐ事も出来ない自分こそが、何より憎い。
 が。
 次に男の口から飛び出した台詞を聞いた瞬間、ステラはその認識を異次元へそっくりと投げ棄てた。

 

「じゃ、取り敢えず核鉄出すか。3つ」
「…………は?」
「今お前が倒したヤツのと、夕方のヤツのと、お前自身の核鉄、みっつ。それ出せば、この場は見逃してやるよ」
「な、そ、そんな、無茶な事をっ…………!」

 

 暴論の極地に、流石のステラも思わず二の句を継げなくなる。
 戦士としても、ひとりの人間としても、ホムンクルスに核鉄を渡すなどあってはならない事。

 

 だが、渡さなければ己はこの場で確実に死ぬ。それに治まらず、機嫌を損ねた目の前の化物が寮生までもを喰い尽しかねない。
 渡すか。抗うか。
 懊悩が思考速度を鈍麻させ、裏腹に心臓は早鐘がごとく動き血液を体中に回す。
 四肢の末端に走る細やかな疼き。
 痛みが引いているのだ。完全に起動する自前の核鉄とほぼ不具合無しの核鉄が、身体の治癒力を相当に高めていたようである。
 動けるならば取れる手も増える、ステラは内心歓喜した。
 しかしまだ数手足りない。どうにかして、この場を制する策を考えねば!
 懊悩一色の顔を作ったまま考えていると、ふと、ポーチの中に半分入った手が何か異質な物に当たっているのに気付いた。
 金属製と思しき円筒、ピンが絡み付いた機構を指先に感じる。
 もしや。
 記憶が正しければ、これは十分に鬼札足りうる品の筈。
 取るべきラインは決まった。後はアフターフォローさえ何とか

「どうするんだぁ? 早くした方がいいぜ、オレはそんなに気ぃ長くないからな」

 掛かってきた声に、ステラは思考を半分そちらへ向ける。
 拳銃を握った方と逆の手で、急かすようにちょいちょいと指を動かした。
 相変わらずの薄笑い。
 その油断、好都合だった。

 

「…………わかった」

 

 一言だけ応えつつ、ステラは円筒のピンを引く。
 数秒の時間稼ぎは懊悩の振りで良い、後はタイミングを間違えなければ。

 

「何やっても無駄だぜ?」
「――――っ!」

 

 まるで、こちらの心を読んでいたがごとき言。
 しかし賽はとっくに振られている、今更止まる訳には行かない。
 ステラが、ポーチから円筒を抜き出して投げる。
 男の怪訝な顔を他所に、後ろを向いて目耳を塞いだ少女。
 嘗て軍属だった男が投げられた物の正体を察した時には、もう手遅れだった。

 

 ――ッピィィィィガァアアァァアアアアァァァァン!!

 

 閃光、轟音、衝撃。

 

「っがぁああぁぁぁ!? 目が、目がぁぁぁぁああぁあ!?」

 

 続いて、男の慟哭。
 あの円筒は、ステラの記憶通りスタングレネードであった。
 常人より高性能の視野聴覚を持つホムンクルス、その動きを止めるにはこういった品が地味ながらも確実に効果を発揮する。
 ここにきて鬼札を切ったステラ、最早迷いはしなかった。
 顔を抱え身悶える男に向かって一歩踏み出し、安全靴に収まった足を上へ振り上げる。
 渾身の一撃が決まったのは、

 

「うぇいっ!」
 ――キンッ!
「ぉぐほ!?」

 

 男性のシンボルが鎮座まします、股間であった。
 絶句し崩れ落ちた男を尻目に、ステラは振り向いて颯爽と寮へ駆け出す。
 目、耳、そしてシンボルを激しく甚振られた男には、すぐさま追い縋る事など到底不可能な話であった。
 半分賭けではあったが、これでほぼ条件はクリア。

 
 

 走りながらPDAを開くと、丁度新着のメールが入った。
 特訓を終了したハイネからで、グロッキー状態のシンを寮へ戻しこちらに向かっているとの事である。
 ステラは策の成功と賭けの勝利を確信した。
 無責任なようで何とも心苦しいが、この男が追討を掛けてきた場合、今のステラ一人では絶対に勝てない。そのための次善策が、帰寮したハイネと共同戦線を張る事であった。
 今日は博打ばかりだ、肝を冷やしながら走るステラ。
 然程もせず、向こうから橙と紅の人影が近づいてきた。

 

「戦士長!」
「あぁ、御苦労!」

 

 既に青杖を握ったハイネである。
 ステラとすれ違って5歩進み、杖の形状を解いて鞭に変形。
 息の詰まる沈黙が数分、のそのそと向こうから件の男がにじり寄って来た。
 目耳の機能はそれなりに回復しているようだが、内股は直っていない。

 

「よぉ、色男。顔色が優れないようだが、寮のトイレは貸さないぜ」
「い、るかよ…………くっそ、当てが外れたぁっふぐゥ!」
「……お前、何やったの?」
「股間蹴った」

 

 その一言を聞き、ハイネの股座がヒュッと冷えた。
 いまいち理解が及ばぬ故、小首を傾げるステラである。
 息吐いて気を取り直し、男へ声を掛けるハイネ。
「で、どうする? 戦るかい?」
「い、いぃや…………やめとくさ。上から止められてるし、戦士長格を相手したくはねぇ。何よりナニが痛い」
「…………俺が言う義理でもないが、お大事に」
「おぉ」
 先程までの尖り様が嘘のように、よたよたと去って行く男。
 その足が、途中で止まる。

 

「…………『アルテミスの荒鷲』バルサム・アーレンド。何時かお前らを喰らう男の名だ、覚えときな」

 

 首だけを此方に向け、男はそんな捨て台詞を放った。
 眼光こそ自称した通り荒鷲の如く尖ってはいたが、正直ここに至る過程が過程のためいまいち恐ろしくない。
 股間を押さえながらゆっくりと去って行く男――バルサム。
 その後姿が完全に闇の向こうへ消えたのを確認した所で、二人はやっと安堵の溜息を零した。

 

「ふぅ…………よくやってくれた、戦士ステラ。報告は明日聞く事にして、取り敢えず帰ろうや」

 

 促す上司に従い、ステラは寮へ向け歩き出した。
 ――ぎち、
 脳奥に、闇色の歯車を抱えたまま。

 

                           第21話 了

 
 

 

 

後書き
 幾度言ったか分からぬお待たせしましたを改めて述べつつ、21話投稿。
 思いっきりすっ飛ばしましたが、シャニも結構強いんです。しかしそれ以上にステラには色々有ったわけで。嗚呼ガイア込みの戦闘は難しい。
 誠心誠意続きを書いておりますれば、気が向かれましたらお付き合い下さい。ギギー。