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深淵_in_Shin_02_1

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:49:19

「脈拍は概ね正常、外傷は軽微、内臓の損傷も命に関わるものは見当たらず―――と。こんな所か。」

そう誰に言うでもなく呟き、机の上に置いてあるカルテにその診断結果を書き込む。上部中央に二箇所の
小さな穴が空けられ、それに紐を通す極簡単といえる形式のカルテノート(20ガルド)には、それまで
診てきた患者のデータが多数記録されていた。
無論、今目の前にいる青年のデータも取ってあり、青年が何に悩んでいるのかも鮮明に書き込んである。

「……Dr.リセンディ。もっと―――もっと、効くクスリはないのですか?」

Dr.リセンディと呼ばれた男の前で黙りこくっていた薄い銀色の髪をした青年が、震えるような声で言葉を
紡ぎ出した。その言葉を聞いた医師―――セルフィニス・リセンディは、どう答えようか、と少しだけ悩んだ。
結論から言うと、青年が求めている‘ある要素に対して更に強力なクスリ’はもう、ない。と、いうより
調合しても出来たら渡したくはないの代物である。まあ、その理由は追々述べる事として。
セルフィニスは、重大な悩みを現在進行形で抱えている青年とこうして対談している事に頭を抱えていた。

「今度、『あいつ』は何をやらかしたんだ。フリングス。」
「…………私室の床下からカーティス大佐の部屋まで穴を掘って、出入を自由にしようとしていました。」
「……なんとまあ。」

呆れ果てて、二の句が告げない。あの悪名高いどころか自軍内でもぶっちぎりと言われる、『死霊使い』の部屋
まで通路を繋げようとするとは。確かに、あの悪魔すらも恐れて近付かないであろうあそこを非常時の退避場所
とするのは良い考えかもしれない。が、正直言って途中でロックブレイクとかグランドダッシャー、
下手したらサンダーブレードから派生するグラビティで通路ごと生き埋めにされてもおかしくはない。
と、いうかその確立の方が高いだろう。

「しかし、それは以前もあっただろう?」

そう、前話(第一話)で呆れたカーティス大佐が述べていたように、『あいつ』―――愛すべきブウサギ陛下が
「有事における脱出通路」という名目で、他所に繋がる通路を創ったのはこれが最初ではない。これまでに最低
 でも(=発覚しただけでも)二回ほど同じような事を行っている。本人曰く、「お前たちは俺を過労死させる気
か!?」との言だが…どう見ても、過労死するほどの仕事量をこなしているようには見えない。むしろ、主の
しでかした事の後始末に奔走するであろう側近たちを殺す気か、と反論したいのは自分だけだろうか?

「………ええ、それは何とかして納得しましたよ。クスリを新しいのに変える事によって…ですがね。」

その側近の一人であるアスラン・フリングス大佐は疲れを溜め込んだような溜め息を吐き、軍服の懐から瓶を
差し出す。空になったその容器には前面に皹が入った骸骨マークが貼られていて。それだけで、嫌でもこの瓶に
入っていた薬の危険性が想像出来る。ちなみに、余談であるが前回アスランが一月分処方した薬を受け取りに
医務室を訪れたのは、一週間前だったりする。

「ですが、此度の事はとても納得できそうにありません!!」
「……例の侵入者の事か?」

そう、普段温厚なアスランがここまで昂ぶって(ついでに胃も荒れて)いるのは、二日前に捕らえられた
侵入者の事に関してであった。出現したのはなんと皇帝の私室。しかも普段はいないのに(脱走常習犯)、
こんな時に限って陛下が在室していたものだから、目も当てられない。たまたま、カーティス大佐が直々に
ピオニー陛下への追加書類を持ってきていたから良かったものの―――と言うほどの危険な状態だった
(らしい)。

それなのに、騒ぎを聞いて慌てて登城し駆け込んできた(休暇中だったが、有事の際に備えて軍本部に設置
されている図書室で読書中だった―――真面目すぎる)アスランを迎えたのは、

「よし、こいつの尋問は俺直々にする。だから、とりあえず医務室に置いておけ。」

そういった信じられない言葉で。医務室に置いておけ―――というのはとどのつまり『治療を受けさせて
おけ』というのと同意儀の言葉だ。どこの世界に暗殺されそうになった皇帝が、その暗殺者に治療を受けさ
せるということがあるのか!!そうは思ったが軍人、そして臣下と言う立場である以上、主君である皇帝の
令には従わなくてはならない。それに同じく現場にはカーティス大佐がいたというから、その人が何も
言わなかったという事は何か考えがあるのだろう。しかし、理解は出来ても納得は出来ない……と言った
所だろうか。

「まあ、無理にとは言わんが割り切った方がいいぞ?それがお前のためだ。……ああ、本題のもっと効く  
 胃薬の事だが、しばらくはあれで我慢してもらうしかない。あれ以上強力な薬を調合しようとすると、
 どうしても特別な材料が必要だからな。」

諭すような口調でそう言い終えると、机の引出しから『持ち出し厳禁!!』と書かれたラベルが貼られた
瓶を取り出す。それを見たアスランはもう一度、大きな溜め息を吐き、その瓶を受け取った。

「……それでは、Dr.リセンディ。またの機会を。」
「ああ、お大事に。―――無理、しないように。」
最後にかけられた言葉に苦笑しながら、アスランは医務室を去った。しかし、その後ろ姿を見送る間もなく
次の検診者が入れ違いに入ってくる。今度の患者は緑がかかった頭髪と鋭い眼つきが特徴の、第二師団十二
所属の一般兵だ。話してくれた事、それと噂によると、一年程前以前の記憶の大部分を失っており、
それから流浪の旅を続けていたという。そんな彼(推定年齢17歳)が何故マルクト軍に入ったのかという
と、たまたま立ち寄った小さな村が十人ほどの小規模な盗賊団に襲われており、それを村人の協力も得て
各個撃破して叩きのめした所を、村人が救援を要請したマルクト軍の一小隊(演習中だったらしい)に
遭遇、その小隊長であった、ある少尉によってスカウトされたという事だ。

当然、この小隊長の独断に関してはスパイではないのか、とかマルクト出身の者以外を入れるべきではない
などという意見も出たらしいが、ここ最近はその風潮も沈静化してきている。と、いうのも彼が軍人として
中々に優秀であり、且つその経緯に関わらず交友関係が広いからである。しかもそれに加えてリーダーシッ
プをも兼ね備えているのか、今年入ってきた新兵の面倒という一種の雑用もそつなくこなしていると聞く
(そのせいか、新兵の中には彼を「アニキ」と呼び、慕っている者もいるとかいないとか)。
まあそんな噂はともかく、将来有望なのは確かである。

「待たせて、すまなかったね。さて、話を聞こうか。君の…『夢』に関する話を。」

深淵 in Shin

第ニ話前編:「夢の中の逢瀬」

俺は、漂っていた。何も見えない世界で。ただただ―――漆黒が彩る世界で。いや、そもそも自分が
存在しているという感覚すらない。辛うじてあやふやな輪郭を保った身体がそこにあると『解る』だけで、
他は何も解らない。例えるならば、芯だけ残った林檎…と言った所だろうか。

(俺は……死んだんだよな…)

はっきりと、そう思った。この闇の中に放り出されて大分経つが、その直前の記憶はよく覚えている―――
俺は、死んだ。ムラサメのビーム・ライフルにコクピットを撃ち抜かれて、一瞬で。
そう、死んだ…はずだった。と、なるとここは死後の世界か?なんだか、イメージが違う。小さい頃に
祖母に聞いた話だと、死後の世界は天国と地獄に別たれているらしいが―――

(……まあ、ここが何処でもいいか)

どうせ、守りたい人は皆死んでしまったんだ。ルナも、レイも、ミネルヴァに乗ってた仲間たちも。
そして…ステラも。ああ、でも。皆が死んで、俺も死んだのなら。それなら、もうすぐ会えるかもしれない。
まあ、少なくとも「自縛霊」とやらにはならずにすむだろう。

そう思った瞬間、元来はっきりしなかった身体の輪郭が更にぼやけていくのを感じる。「皆に会えるかも
しれない」、そう思った瞬間に、変化が生じるのだから現金なものだ。「病は気から」という言葉があるが、
それと似た様なものだろうか。とにかく、俺は―――

―――シン…シン―――

その時……何も見えない、何も感じられなく成りつつある闇の中で。その声だけが意識中に響いた。
そう、もう会えないと思った、愛しい人。

―――シン、ダメ。こっちに来たら、ダメ。―――

どうして、そんな事を言うんだ?もう、俺は死んだんだ。だったら、生きている時に一緒になれないのなら、
死んで君の傍に居たいんだ。……ダメかな?ステラ。

―――ううん、シンの気持ちは嬉しい。でも…シンは、まだ、来る時じゃないの―――

え…

―――シンはステラに、思い出をくれた。過去を―――昨日をくれた。そう、だから…―――

その言葉と共に、泣きそうな表情をしたステラの顔が脳裏に浮かび上がった。しかしそれも一瞬。

―――ステラは、シンに、明日をあげる―――

その言葉と同時に、『俺』は霧散した。―――最期に、泣いているステラの顔が見えたような気がした。

「……………えーっと。」

―――何でこんなことに?あれ、俺って死んだんじゃなかったっけ。確か皆死んだからどうでもよくなって、
死んだと思ったら360度暗闇の世界に。んでそこで漂ってたらステラが迎えに来て、だけど一緒に逝こう
といったら拒絶されて(泣)。まあ、ともかく。何度も繰り返すが俺は死んだ…はずだ。

それなのに。

「紅い瞳ねぇ…隠し子か?」
「参考までに聞きますが…………誰のです?」
「もちろん、おまe「炸裂する力よ!」
「屋内で、特に医務室で譜術を使うのは止めて欲しいのだが…」

そ れ な の に 。
今、目の前で繰り広げられている光景は何だ―――?

「エナジーブラスト!!」
「当るか!お前の下級・中級譜術は(実践仕込みで)知り尽くしているからな。詠唱術さえ分かれば
 簡単に…「タービュランス。」のぉぉ!!」
「……詠唱省略か、それとも詠唱持続か。何にせよ、無様だな…」

三人いる男の内、茶色掛かった長髪の眼鏡が叫ぶと同時に、小さな閃光(爆発?)が発生する。それを
見事に避けた、金髪の何処か偉そうな男が得意げに喋っていると、今度は小さな竜巻のような現象が
その男を中心として巻き起こった。避けられるはずもなく、極小竜巻に巻き上げられる男(ついでに書類)。
そして三人目の男は、そのようなじゃれ合い(?)に加わらずに、時折ぽつりと呟きながら静観していた。

正直何の漫才だ、と突っ込みたいが、死を覚悟して目覚めた直後に起こったのがその光景である。
…………はっきり言って、突っ込む気どころか死ぬ気も失せるような心境だ。はあ、と溜め息を
吐いても文句は言われまい。

「ではDr.また後ほど。私は、このサボり魔を軍本部まで連れて行って、ここ数日で溜まった
 書類の処理 に専念させなければいけないので。」
「ああ、程々にしてやれよ。―――すまないな、少年。」

未だ足で儚い抵抗を続ける金髪男を引き摺って部屋を出て行く長髪眼鏡を見送った(最後に、俺を見たのは
気のせいだろうか)後、静観していた三人目の男が、僅かに困ったような表情を浮かべながら俺に声を掛け
てきた。咄嗟に我に返った俺はそれにいえ、と手を振って答えようとする。が、出来ない。何故なら、今の俺は
囚人宜しく手枷をはめられている。ベッドの上という事もあって重りはついていないが、さすがに
愉快な気分にはなれそうもない。

「いえ、別に…良くはないですが、一つ聞いてもいいですか。」
「三つ、だろう?『ここは何処で、自分は何故このような所にいて、何故このような状況に陥っている
 のか』。ああ、もしかしたら『私が何者なのか』という問いも含まれているかもしれないね。このような 
 状況における、典型的に過ぎる疑問を述べてみただけだが―――違うかね?」

違わない。しつこく言うと、死んだはずの俺が何故生きているのかも疑問だが、今の所はどうでもいい。

「さて、それでは少年。君の問いに答えよう。『ここ』はマルクト帝国の首都、グランコクマにある軍本部 
 の医務室だ。次に『何故このような所に』という答えだが、それはこちらが聞きたい。君は一昨日の昼に、
 腐ってもマルクト帝国皇帝の私室に唐突に『出現』したのだから。最後の問いだが、そのような正体不明
 の人物を警戒するのは当然の事だろう?まあ、陛下が君を気に入ったらしいので、牢には入れられていな
 いが。そして私の名はセルフィニス・リセンディ。軍本部第二医務室の主治医を務めている。」

何とも、訳が解らない説明だった。マルクト帝国なんて国は聞いたことがないし、グランコクマという
都市も聞いたことがない。しかし、自分の置かれている立場が、皇帝の私室にいきなり『出現』した事によって
かなり危険なものとなっているらしい…と言うことは即刻理解できた。いや、何時の間にそんな事ができる
ようになったのかと言う疑問もあるが、それも今は置いておこう。

「さて、これで君の聞いた事には全て答えた。次は、君の事を聞かせてもらおうか。」
「……なんで、俺の事なんか知りたがるんですか?」
「おや、悪いかね?こちらは君の質問に全て答えた…にも関わらず、君が答えないと言うのは公平ではない 
 ―――そう思わないか?」

思いっきり本題からはぐらかせられたような気がするが、それもそうだ。あちらが話してくれたのに、
こちらが話さないという事もない。それに、ザフトの技術の粋を極めて開発された核融合エンジン搭載機である
愛機…デスティニーの事はともかく、俺の名前や出身は機密でもなんでもない。
そして何より、今の俺に拒否権が与えられているとも思えないし。

「………シン・アスカ、17歳。出身はオーブ連合首長国。15の時にプラントに上がって、ザフトアカデ 
 ミーに入学。二年後、同アカデミーを卒業、新造艦:ミネルヴァ搭載MSの一機のZGMF-X56S:
 インパルスのテストパイロットを経て正式パイロットに任命される。その後、ミネルヴァ進宙式直前に機
 体強奪事件が起こり、更に地球連合がプラントに宣戦布告、それらの対処のためにミネルヴァと共に地球
 に降下、以後各地で転戦を続けて、最新鋭機であるZGMF-X42S:デスティニーを受領。その後、
 いくら前大戦の英雄とは言えNEETやテロリスト、果ては裏切り者が幅を利かせる事を本来なら
 憂うべきのオーブ軍と戦闘して戦死したはずが、何故かここにいる―――これで、いいんですか?」

まるで報告書に記載されるような淡々とした口調で、自分の事を簡潔に説明する。途中、ある連中に対する
悪意に満ち溢れた表現があったかもしれないが、それは仕方ないだろう。俺の家族然り、ハイネ…
え~っとヴァ、ヴァ、v…西川然り、レイ・ザ・バレル然り、ステラ然り。それが戦争の常とはいえ、
それら多くの友人・知人、そして俺にとって大切な人が(結果的としても)あいつらが関係した事によって
殺されている。特にハイネ・西川など、完全にとばっちりだ。

しかし分からない。何故、この人は俺の履歴なんか知ろうとするんだ?先程の説明よりは少し荒いが、俺の
事なんか調べようと思えば簡単に調べられるはずだ。俺自身、議長のプロパガンダ戦略(俺の経歴は『戦争
を終わらせる』という事を強調するにはうってつけだったらしい)と併せて、ザフト内部でも『前大戦で
最強を誇ったフリーダムを落とした』という事で少しは話題にされていたし、それ関連で多少の知名度は
有していた(……はっきりいって、ルナが嬉しそうに話していたそんな噂にほとんど興味はわかなかったけど)。

「ああ、話してくれてありがとう。中々、波乱万丈の人生を送ってきたようだね。……所でつかぬ事を聞くが、 
 今はND何年かな?」
「ND?……C.E.の間違いじゃないんですか?今は確か、C.E.74年ですけど…」

そう言った瞬間―――目前にいる男の表情が薄ら笑いから変化した。何ですか、その『我、確信を得たり』
みたいな、演説が上手く行った時の独裁者が浮かべるようなニヤリ笑いは。

「では、今の回答を訂正しようか。現在はND2014年、シルフリデーカン・ノーム・21の日。
 間違っても、君のいうC.Eという年号ではないので以後、気を付けるように!!」

……いくら直情的とか、猪突猛進とか、考え無しとか。それこそアカデミーから散々言われてきた俺でも、
(皮肉にも)そのアカデミーでTOP10に入れるほどの学力はある。だからこそ、その明言の意味する事も
はっきりと理解できてしまった。

―――マユ。お兄ちゃんは、お兄ちゃんは…死後の世界を一歩どころか二十歩ほど通り過ぎて知らない世界
=異世界に来てしまったようです…