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虚空、果てなく_〜SEED OF DOOM〜_josyou_2-1

Last-modified: 2008-03-09 (日) 20:35:04

  クォヴレー・ゴードンとαナンバーズの「再会」より一年前。
  その世界の地球の、とある島にて。

 

少年は慟哭していた。
目の前で砕け散った幸福だった日々に。
爆炎に包まれて消えた両親。
焼け焦げた大地に転がる愛しい妹の腕。
それらを見た彼の心はひび割れ、大量の血を流す。
そのままならば、彼の心には一生癒える事のない傷が刻み込まれていただろう。
だが、次の瞬間に慟哭は驚愕によって遮られた。
赤い炎の波が、蒼い壁によって遮られる。
蒼、蒼、蒼。
彼の特徴的な紅い瞳が、一面の蒼に染まる。
突如現れた蒼い巨人の姿に。

 

そう、突如だ。

 

何の前触れもなく、それは少年の眼前に出現した。
さすがに巨大な質量を持つ物が突然現れたため、局所的な暴風が巻き起こり、彼の周囲にいた軍人達は後ろへ転がっていき、少年も危うく吹き飛ばされそうになる。
しかし少年は踏みとどまり、その蒼い巨人を見上げた。
それは巨人というよりは、むしろ大魔神というべき禍々しい姿。
少年の知る巨大な人型兵器「モビルスーツ」よりも二回りは大きく、またそのフォルムも重厚。
数秒の間、蒼い魔神を見上げていた少年だが、すぐに家族のことを思い出し、勇気を振り絞ってその巨大な脚の間を潜り抜けた。

 

そこに落ちていたのは妹の腕。
震える手でそれを拾い上げ、あたりを見回す。
爆発により周囲の土砂が一度舞い上がって降り注ぎ、そこにあった物を埋め尽くしている。
灰となった両親のことはどんなに悲しくとも振り切らざるを得ない。
しかし妹は生きているかもしれない。
手当たり次第にあたりを手で掘り返し始める少年。
瞬く間にその手は血で染まり出すが、不意に少年の体が宙に浮き上がる。
一緒に浮き出した大切な腕を慌てて抱えこむ。
同時に土砂が天高く舞い上げられ、片腕を失い血の気の引いた少女の姿が現れると、少年同様に宙に浮き始めた。 
そして腕を抱えた少年と、少女は蒼い魔神の掌に乗せられ、次の瞬間にはその魔神の姿はその場から消えていた。

 
 

この日、オーブ首長国連邦への北大西洋連邦を主力とする地球連合軍の侵攻が行われ。
オーブの地は連合の手に落ちた。
その過程で軍人のみならず少なからぬ民間人の血も流された。
モルゲンレーテで働くコーディネイター、アスカ夫妻とその二人の子もその中には含まれる。
住民登録と脱出船での点呼との照合により、アスカ一家は全員死亡したものとされた。
少なくとも「オーブ国民」としてのアスカ家はこの世から消え去った。
永遠に。

 
 

    虚空、果てなく ~SEED OF DOOM~

 

         第二序章 紅い瞳に映るもの。

 
 

そこは南洋の小さな島だった。
波打ち際の、観光資源にするには小規模な珊瑚礁の上にそれは立っていた。
海水に足元を現れながるのは巨大な人型機械、重力の魔神グランゾン。
しかしその名を知るものは、この世界にはコックピットの中を除いてまだ誰もいなかった。 

 

「ご主人様っ、ご主人様っ」

 

耳元でけたたましい鳴き声が響く。

 

「なんですチカ」

 

そう億劫そうに口にする人物は、秀麗な容貌の青年であった。
微かな頭痛にかぶりを振りつつ、自らの深層心理を抽出した本来ならあまり直視したくない存在に話しかける。
青年の肩に止まるその生き物は一見小鳥のようだが、人語を喋っていた。
それもオウムやインコの類のように、人の声絵真似をしているわけでなく、意思伝達の手段として人語を使っていた。

 

「なんですじゃありませんっ、無事なんですね?」
「無事?ああ、そうでしたね」

 

青年の混濁していた記憶が蘇る。
遥かな未来から帰還した戦士たちとのムーンクレイドルでの決戦。
それに敗れた自分とネオ・グランゾン。
白き風の魔装機から打ち出された白銀の光球によってネオグランゾンは貫かれ、自分の肉体は消滅した。

 

それが最後の記憶だった。

 

そのはずなのに、なぜ自分はここ、グランゾンのコックピットに座っているのだろうと。
生きていること自体はそれほど予想外ではない。
きわめて高い確率で、自分は再び目を覚ますだろうと思いながら死んだのだ。
しかしそれは「蘇生」であり、ここにいる自分はまるで最初から死んでいないかのようではないか。

 

ふと、あることを試してみたい気持ちに駆られ。
涼しい顔のまま、心のうちで自らを呪縛していた破壊神への呪詛を奏でる。
この世のすべての怨恨を凝縮したような悪罵が、秀麗な容貌の青年の脳内でまくし立てられる。
青年の深層心理の一部を切り取った存在であり、精神的につながっている鳥形使い魔「チカ」は、ごく一部ながら心中に流れ込んできたその悪罵に、鳥の身でありながら冷や汗をかく。

 

「それはちょっとえげつないですよ、ご主人様、他人の、いや神ですけど、とにかく身体的特徴をあげつらうのは」
「おっと失礼、確かにやや品性にかけますね、でもわたしの本音ですから」

 

さらりととんでもないこちを口にする青年だが、悪罵の限りを尽くした後だというのに心の内は生まれてから初めてといっていいほど晴れ晴れとしていた。
青年が歪められた運命と姦計により、魂を捧げさせられていた邪神。
その邪神をたとえ心の中であろうと呪うこと。
かつてその同じ行為をした場合に襲い掛かった重圧が、かけらも感じない。

 

間違いない。

 

自分は邪神ヴォルクルスの軛から逃れたのだ。

 

「しかし、なぜ生きたまま?」

 

日頃、この世のすべてを見通したような態度のその青年、シュウ・シラカワの表情が、珍しく理解不能の色に染まった。
シュウにとって、邪神復活の儀の最中に地上に出てきてまで行った鋼鉄の勇者たちとの決戦は自殺に近いものだった。
バルマー戦役の時点ではグランゾンをネオ・グランゾンへと変貌させれば彼らを殲滅できたのを、まだその時ではないと自分で自分に嘘をつくことで心を覗いているヴォルクルスをも欺き。
幾多の試練を経てさらに強大となり、遥かな時の果てで得た新たな仲間も加えた彼らによって滅ぼしてもらったのだ。
しかし単なる自殺でもなかった。
ヴォルクルスが有能な駒である自分を惜しみ、他の下僕を用いて復活させる可能性を高い確率で考慮していた。
その場合は自分は一度死した事によりヴォルクルスの呪縛から解き放たれているであろうと。
そして依然として破壊神の信徒である事を装いつつ、かの邪神を狂信者諸共葬り去る。

 

それが彼の願い。

 

仮に目論見が外れ、もはや用済みとして死したままヴォルクルスに見捨てられても、これ以上傀儡として生きる屈辱に耐えるよりはマシだろうと。
それにネオ・グランゾンを打ち砕くほどの力を得た彼らなら、いつかヴォルクルスが地上にその力を伸ばした時には必ずや殲滅してくれるはず。
そうすれば、彼らをそこまで導いたのは自分なのだから、復讐は間接的にではあるが果たされる。
そう納得しての満足できる死だった。
そして、シュウ・シラカワの死を賭すほどの願いは、半分だけ叶えられた。
なぜか死すこともなく、ヴォルクルスの呪縛は消え去ったのだ。
だがその一方で、自分がいる世界は、グランゾンの力をもってしても位置を特定できない、まったく未知の異世界だった。
これではあの怨敵たる邪神への復讐に行くこともままならない。

 

しばし、グランゾンの情報収集機能(空間転移のための計測機能を援用しての位置把握と距離計算)を働かせた結果。
シュウが今いるのは「地球」だった。
しかも、彼にとっては縁深い土地、かつてDCの本部があった南アタリア島。
だが彼の知っている、マクロスの墜落した南アタリア島とは違い、沿岸部にいくつかの漁村があるだけの閑散とした島。
考えられることは二つ。
空間移動と同時に時間移動をしてしまい、マクロスが落ちてくる前の時代の南アタリア島にたどり着いたのか、それとも。

 

「ここは並行世界でしょうかね?」

 

並行世界の存在を、シュウは早くから知り得ていた。
しかし自由自在に空間移動し、地上世界とラ・ギアス、またはバイストンウェルのような、同じ時間軸の上に立つ(時間の流れる速度そのものは微妙に違うが、等間隔で比例している)異世界の間は行き来できるグランゾンおよびネオ・グランゾンも。
並行世界へと旅することは出来なかった。
だがここがそうだという可能性は高い。
それを裏付ける物として、大気圏外に開いた超空間ゲートからの天測データが得られた。
この地球引力圏のラグランジュ・ポイントにはスペースコロニーはあるが、その配置は彼の知る新西暦の物とはまるで異なっていた。

 

「やはり並行世界でしたか…」
「簡単に言わないでくださいご主人様っ」

 

事も無げに言う主人に使い魔のチカが突っ込む。

 

「どうするんです?」
「当然、元の世界に戻ります」
「どうやって?」 
「そうですね…」

 

腰をすえて研究すれば、グランゾンの空間移動能力を応用した転送機は作れるだろう。
それは自惚れでも希望的観測でもない。
元々シュウは並行世界の存在には興味があり、色々と調べてはいたのだ。
何しろ自らの生きる世界を、漠然とではあるが外部から来た何者かに歪められた世界だと看破していたほどだ。
ヴォルクルスの使徒としての活動を強いられていなければ、とうに並行世界を旅する技術の開発をしていたかもしれない。
しかしそれには何年かかるのかは不明。
それまでの糧はどうすればいいのか。

 

かつてシュウが母の故郷である地上に初めて現れた時は、母から聞き知っていた地上の知識からどうすれば地上の人間になりきれるか熟知していた。
錬金術で作り上げた貴金属や稀金属で資金を集め、非合法手段で戸籍を偽造。
首尾よく地上の人間となりおおせた後は次々と発明・発見を為して資金を増やすと同時に、有能な人材を集めていたDCのスカウト網にうまく乗り、片手間にDCのための研究をしながら時間の大部分を自らのための研究に費やす事ができた。
だがこの世界では勝手がわからない。
どんなものが価値があるのか。
どこか高レベルの研究が出来る場所はないのか。
そしてそこに潜り込む手段は。
それを調べるのには何日かかかりそうだ。
体内でプラーナを練成できるシュウは三日くらいなら飲まず食わずでも平気で、水と空気さえあれば一週間は生きていられるが、なるべく断食のような真似はしたくなかった。
肉体どころか心まで他者の手に握られるという最大限の苦痛を味わって生きてきたシュウには耐えられない苦痛ではないが、好き好んで苦痛を感じるつもりもない。
強盗のような無粋な真似はしたくないが、緊急避難として選択せざるを得ないかもしれないと思ったその時。
グランゾンの上空の空間が切り裂かれ、そこから天空に浮遊する巨大な船が現れた。
ちなみにシュウとチカには見えているが、その船の外装に施された呪術的処理により、たとえここを島民が通りかかっても、天に船を見ることはない。
「隠行」という特殊能力で、それはグランゾンも同じ。 
もっとも「船」とグランゾンの「隠行」は戦闘のために出力をあげると破れてしまうが。

 

「あれは……」
「ああ、サフィーネ様たちも来てたんだ、これで少しは心強いですね」
「私と二人では心配ということですか?」
「いえいえ、滅相もありませんっ」

 

それはシュウが元いた新西暦の地上世界で、地球連邦軍が計画した級宇宙戦闘空母スペースノア級の一番艦シロガネ。
書類上では建造中止になりつつ、実はひそかに自分達だけが助かろうとしていた一部高官によって建造が進められ、それを知ったティターンズによって接収され、さらをそれを自分が奪い去った。 
グランゾンがあればシュウはあらゆる空間に自在に転移できる。
しかし為す事が大きくなればなるほど協力者がいる。
サフィーネ、モニカら数人の協力者の機体を収容する母艦として、グランゾンの時空間転移に追随する受動型転移装置を設置されたシロガネは使われた。
その金属そのものという無骨な名前は「エレオノール」という優美な名前に改名して。
シロガネ改め「エレオノール」の艦載機出入ゲートが開く。
グランゾンを宙に浮かせ、そこへと入っていくシュウ。

 

「おや?」

 

格納庫には見慣れない機体が散見した。
この艦艇に収容していた機体は決して多くない。
グランゾンを除けば七機しかないはずだった。
その内訳は、ラ・ギアスの機体が四機。
かつて、いや、本人の主観ではほんの少し前までのシュウと同じヴォルクルスの使徒であるサフィーネ・ゼオラ・ヴォルクルスの妖装機ウィーゾル。
ラングラン王家の第二王位継承者でシュウの従妹でもあるモニカ・グラニア・ビルセイアのプロト魔装機ノルス。
やはりシュウの従妹でモニカの異母弟である第三王位継承者テリウス・グラン・ビルセイアの量産型魔装機ガディフォール。
地上から正規の魔装機パイロットとしてラ・ギアスに召喚されながら、シュウの勧誘に応じて客分となったアハマド・ハムディの駆る「砂嵐の魔装機」ソルガディ。
そして残る三機は、戦闘機に翼の変わりに腕をつけたような機体と、複雑な形状の船型の機体、そして魔装機系統の機体と似た意匠ながら二回りほど小さな人型兵器。
それぞれガラバ、ブブリィ、ズワァースという名の機体だった。
それはただ一人のパイロットのためだけに用意されていた。

 

かつて「バルマー戦役」のさなか、そしてシュウがDCに所属し長期に渡り滞在していた時期、ラ・ギアスとは違う別の異世界バイストンウェルの軍勢が地上に現れた。
事態の混乱を厭うシュウは、グランゾンの空間跳躍能力を応用してバイストンウェルの軍勢のうちDCと手を組んでいた「ナ」「ラウ」の二国連合軍だけを残し、対立する覇王ドレイク・ルフトとその同盟者をバイストンウェルへと送還した。
しかしさすがに大量の兵器と人員を送還するのはグランゾンの力をもってしても完璧ではなく。
数名のドレイク軍兵とその搭乗する「オーラバトラー」が残され、彼らはやむなくナ・ラウ連合に降服した。

 

だがそれを良しとせず逃亡し続けた男がいた。
漆黒の甲冑に身を包み「黒騎士」と名乗るその男は、バルマー戦役終了後すべてのバイストンウェルの人間が帰還した後、ただ一人地上に残された。
バイストンウェルの戦闘兵器が、人を乗せた稼動状態でまだ地上に残っていると感知したシュウは、秘密裏にそのオーラバトラーを奪うべく捕縛に向かった。
ドレイク軍送還時、パイロットが脱出した状態で中小破のまま地上にあったため取り残されたのをDCが鹵獲、
復元調査した後に破棄されるはずだった「オーラファイター」ガラバと「オーラボンバー」ブブリィをシュウはひそかに用意していたシロガネに隠匿していたが、
オーラバトラーは入手できなかったので、それを奪うつもりだったのだ。
しかし「黒騎士」の高い技量を手駒として有能と見、またその「歪んだ信念」にも興味をそそられて客分として迎え入れたのだ。
三種のバイストンウェル兵器を、黒騎士はシュウに依頼された任務に応じて完璧に使いこなして見せた。
シュウはかつて共に戦ったナ・ラウ連合から知りえたバイストンウェルでの出来事から、黒騎士の正体を悟っていたが、あえて何も言わず彼を使っていた。
シュウの記憶が確かなら、シロガネ改めエレオノールに搭載してた機体は以上七機。

 

だが。

 

地上に出る際に、テリウスとアハマドとバーンはラ・ギアスに残って、シュウの用意した隠れ家で待っていたはず。
元々地上の人間であるアハマドだが、まだ帰還の意思はなく。
バーンは地上には苦い思い出しかなく、行きたがらなかった。
それなのに、ガディフォール、ソルガディそして三体のオーラ兵器はそこに鎮座していた。

 

しかも、本来あるべき七機以外の機体まであった。
それらの機体は総計五機。
機体自体は見覚えのあるものばかりだ。

 

またそのうち四機はまだ理解の範疇だ。
そこに並んでいた機体はバウンドドッグ。
バイアラン。
メッサーラ。
パラスアテネ。

 

いずれもティターンズが開発、あるいは無きパプテマス・シロッコがティターンズに提供した機体だ。
入手する機会はいくらでもあった。
エレオノールはダカールでティターンズと旧ロンドベル隊を主軸とするプリベンダーとの決戦にシュウが乱入した時、隠行によって潜行していたのだから、半壊した機体を鹵獲し修理することは造作も無いが、シュウはそれらを回収させた覚えはない。

 

だがもう一つの可能性もある。
それはこの異世界に来た時間のズレだ。
シュウが意識を取り戻してからエレオノールが現れるまで数分しか経っていないが、実際にはシュウが死してから、エレオノールがグランゾンに呼ばれてこの世界に来るまでに何日か、何週間か、あるいは何ヶ月か。
ひょっとすると何年か過ぎている可能性がある。
その間に、艦に残っていたサフィーネ達が入手したのかもしれない。
そう、それで説明はつく。
だがまったく説明のつかない物もある。

 

「これは……」 
「あの金ダルマですよねぇ」
「あなたにもそう見えますかチカ?」
「金ダルマとヒゲダルマは見忘れませんよ」

 

チカの金ダルマという表現を、シュウは上手いことを言うものだと思ったが、彼の使い魔は褒めるとつけあがるので何も言わなかった。
その表現通り、そこにある機体は丸い頭とズングリした体型で、全身が金色に光っている。
この機体を、シュウは自らの体感時間でほんの少し前に目にしていた。
遥か未来から帰還したプリベンダーズに助力した、もはや未来ではなく並行世界となった世界の住人の機体の一つ。

 

「もしかして、あの後帰れなくなったんでしょうか?」
「その可能性はありますね」

 

シュウは自らの肉体が爆散した後のことは当然覚えていない。
自分の妨害が無くなればイージス計画は成功しただろうが、未来と言う名の異世界から来た人々が帰還出来たかどうかはさすがに考察出来る範囲を超えている。
その一人、この「金ダルマ」のパイロットを、サフィーネなりモニカなりが甘言なり誠意なり色仕掛けなり大ボケなりで味方に引き入れたのではないか?

 

「まあ、考える前に、まずは聞きますか」

 

そう言ってグランゾンのコックピットブロックをイジェクトし、そこから重力制御回廊を下って着地するシュウに。

 

「シュウ様ぁ」
「クリストフ様ぁ」

 

異なるトーンの二つの声が聞こえてきた。
「シュウ」と呼んだ方の声の人物が先にシュウの元にたどり着く。

 

ボフッ。

 

シュウのみぞおちの辺りに、柔らかい感触が伝わる。

 

「シュウ様、いきなり何も言わずに姿を消すなどとあんまりですわ、エレオノールの追尾機能がなかったらわたし達はどうすれば良かったのか」
「それは心配かけましたね」

 

やや遅れて、最初のそれよりはやや控えめな柔らかさの感触が、シュウの右腕に伝わる。

 

「クリストフ様、わたくしてっきり捨てられなさったものかと思って、心配で心配で」
「なぜ捨てられるなどと、私達は同志ではありませんか」

 

豊満な胸をシュウの体に擦りつける、サドでマゾでニンフォマニアの邪神官サフィーネ。
シュウの腕をひしと抱く、可憐だが天然の王女モニカ。
サフィーネは、ヴォルクルスの使徒としての活動を開始したシュウの元に遣わされた助手とも言える存在で、いつの間にか使命をそっちのけでシュウにぞっこん惚れ込んでいた。
モニカはシュウがヴォルクルスを油断させるために執り行おうとしていた偽りの復活の儀の生贄として拉致したのだが、
少女時代に憧れていた従妹の貴公子「クリストフ・グラン・マクゾート」との再会は彼女にとって白馬の王子様が迎えに来てくれたのと同じで、人質ではなく完全な協力者となっていた。
もっともシュウの目論見が外れて、ヴォルクルスの枷が外れなかった場合は本当に生贄にされたのだが。

 

「困るよね、どこかに行くんならせめて伝言くらいしてよクリストフ」

 

ブツブツ言いながら近づいてくるのは、もう一人の従弟テリウス。

 

「わたしは何も言わずに行きましたっけ?」
「うん」

 

覇気のかけらも感じられない口調で答えるテリウス。
シュウとは従兄弟とはいえ疎遠だったが、お互いがお互いを、自らとまったく違うが故にその生き方に興味を持ち、テリウスはシュウの元に身を寄せてその行く末を見定めようとし、シュウはそれを歓迎しつつテリウスがどう変わっていくのかを観察していた

 

「そうですか」

 

シュウの心中の疑念の影がが再び鎌首をもたげる。
ラ・ギアスにいたはずのテリウスがシュウの出陣を見送れた筈はなく、当然何か言伝などできるはずはなかったのに。
あの混乱するラ・ギアスで邪神復活のための暗躍をい一時中断して地上に舞い戻り、ムーンクレイドルで散るまで、シュウはどうしても離れたがらないサフィーネとモニカだけをやむなく連れていたはずだ。
それにそのサフィーネとモニカの様子も腑に落ちない。

 

自惚れるわけではないが、サフィーネとモニカは自分に対して激烈な好意を持っている。
サフィーネには情欲が、モニカには少女期の思慕の情の残滓が介在してはいるが、それでも想いの強さは間違いない。
その二人が、自分が生還したことを喜ばないとは。
最後の最後で二人を帰したことを怒っているというわけでもなさそうだ。
二人には純粋に心配している。
シュウが「死んだ」ことではなく「黙ってどこかへ行っていた」ことを。

 

「わたしが出て行ってどのくらい経ちましたか?」
「え?まだ一日も経ってらっしゃいませんわ」

 

シュウの質問に独特の語法で答えるモニカ。
「たったそれだけですか?」
「時間の問題じゃありませんっ」
「そうですわっ、何もおっしゃらずお消えになられたのが問題であらせられます」

 

しかしシュウにとっては時間は問題だ。 
自分が「いなくなって」一日足らずの間に、あの四機のMSと、未来の人型兵器をエレオノールに迎え入れる。

 

(無理ですね)

 

仲間を貶める気は無いが、そんな才覚がサフィーネとモニカにあるとは思えない。
テリウスは大器だが「未完の」という但し書きが着く。
多分今も艦内でそれぞれに好きなことをしているであろう二人の客分も然り。
黒騎士はかつては権謀術中に身をおいていた人物らしいが、そのあたりは捨て去っている。
シュウの脳内で再び仮説が二つ出る。
一つはこの「エレオノール」は並行世界のものだという可能性。
自分がムーンクレイドルで死なず、彼らと行動中に失踪した世界。

 

(いえ、ありえませんね)

 

グランゾンが現れた世界にすでにエレオノールがいたのなら、その可能性は高い。
しかし、エレオノールはグランゾンを追尾してここに現れた。
この追尾装置の認識手段はグランゾンに乗るシュウの魂を媒介とする。
たとえ並行世界のシュウ・シラカワがグランゾンを作ったとしても魂は限りなく似てはいても別の存在なのだ。
残る一つは…。

 

「これもわたし自身のせいですか……」
「何かおっしゃいましたか、シュウ様」
「いいえ、あの機体の持ち主の方々はどうしてます?」

 

シュウはティターンズMS群と「金ダルマ」を指さす。

 

「あの穀つぶしどもならいつもどおり好き勝手してますわ」
「でもハリー様は礼儀正しい方ですわ、ライラ様とマウアー様も悪い方ではありません」

 

「ハリー」とは聞かない名前だが「ライラ」「マウアー」という名は心当たりがある。
ティターンズの中核パイロットだった「ライラ・ミラ・ライラ」と「マウアー・ファラオ」
そうすると、残りの二機は、彼らとチームを組んでいた……。

 

「ジェリドとカクリコンはいい人じゃないって言うの? まあジェリドはちょっとだけいい男だけど」

 

やはりそうかと納得するシュウ。
シュウは彼らがダカールでプリベンダーと戦ったを見ていたが、乗機の「消え方」が不自然だと思っていた。
大爆発したわけでもないのに、乗機は跡形も無く消えていたのだ。

 

(なるほど、召喚されましたか……)

 

ラ・ギアスではシュウ自身も絡んだラングラン王都壊滅以後の混乱と言う情勢から、以前にも増して地上人の召喚が相次いだ。
彼らも戦闘中に乗機ごとラ・ギアスに呼ばれたのだろう。 

 

問題は。

 

ダカールでの戦いからムーンクレイドルでの決戦まで、一度もラ・ギアスに戻っていないエレオノールにどうして彼らが乗っているかだ。

 

「でもあのお二人もクリストフ様が直々にお招きになられたお客様ですよ」
「シュウ様が甘い顔してると思って、働きも悪いくせにやれ飯かまずいやれ酒がたりないとうるさいのよ、ったくあれで元は軍のエリートパイロットだったなんて信じられないわ、どこの山賊よ」
「仕方ありませんわ、実際クリストフ様からお誘いになるまでは傭兵とは名ばかりの山賊まがいの事をおなさりになっていらしたのですから」

 

そして、彼らはシュウがこの艦に招いたらしい。
まったく記憶には無いが。
ことここに至ればそろそろ結論がついた。
ラ・ギアスに残していた人員と機体、そして身に覚えのないスカウトで増やした人員と機体も乗るこのエレオノールが並行世界の存在でもないとなると。

 

(やはりあれしか考えられませんね)

 

シュウの中で、疑問が氷解しつつあった。

 

あの時。

 

ダカールでネオグランゾンを爆発と装って撤退させた時。
シュウには二つの選択肢があった。
そのまま地上でプリベンダーの帰還を待つか。
とりあえずラ・ギアスに戻り、偽りの邪神復活の儀を進めておくか。
結局シュウは、一刻も早く呪縛から逃れたいという深層心理で地上に残ったのだが。
ラ・ギアスで邪神殲滅の準備をしておきたいと言う気持ちも、同様にヴォルクルスにも覗けない深層心理にあった。

 

(どうやら無意識のうちに『偏在』を使ってしまったようですね)

 

偏在。

 

一つの存在が二つに増殖する、ヴォルクルス教団に伝わる古の魔術の最大の禁忌の業。
術者の生命が危険に晒されるばかりか、時空の因果律すら捻じ曲げるまさに禁断の所業。
シュウ自身技法は知っていてもそれが成功する自信は無いものだったが。
本人も意図しない無意識のうちに使ってしまい、成功した。

 

一人のシュウと一体のネオグランゾンは二人のシュウと二体のネオグランゾンとなり。
片方は地上の遠く離れた場所へ飛びムーンクレイドル襲撃の準備を始め、もう片方はラ・ギアスへと転移し、そこでジェリドらを戦力としてスカウトしたのだろう。
そして片方のシュウが滅びた時に偏在の術は解け、死したはずの自分がどこへ姿を晦ましていた自分と統合されたのだ。
運のいいことに、死したことによりヴォルクルスの枷から解かれたほうの自分の意識を主として。
そして偏在したネオグランゾンを追尾していたエレオノールもまた二つに増殖してしまい、片方のシュウとネオグランゾンが滅びて偏在が解けた時に統合に巻き込まれてしまったのだろう。
シュウとは反対に、サフィーネたちはラ・ギアスでの暗躍を記憶として残した。
のみならず、ラ・ギアスで得た戦力もそのまま乗せて。
シュウの予想が正しければ、マサキらはシュウの死を認識したままラ・ギアスに帰り、そこで死んだ筈の自分が暗躍していたことを知って愕然とするだろう。

 

「ふふふっ」

 

思わず笑みを漏らすシュウ。
それを見たサフィーネとモニカの顔が、紅く染まる。

 

「シュ、シュウ様が」
「微笑んであらせられますぅ」

 

そう、シュウは微笑んでいた。
冷笑でも、嘲笑でもない。
自分を苦しめていた枷が解け、不可解な状況の真相も推察できたのだ。
長年自分を苦しめた枷が外れたことで、シュウは少年時代、まだ母が精神を病む前以来の心からの笑顔を見せ、彼に恋焦がれる二人の乙女のハートを直撃した。

 

しかし、その微笑にもほんの少しだけ陰りがある。
疑問が二つ残っていたから。
一つはあの「金ダルマ」のパイロットらしい「ハリー」という人物は、なぜエレオノールにいるのか。

 

しかし、それは本人に聞くことが出来る上に、ある程度は推察が出来ている。
問題はもう一つの疑問だ。

 

本来、この肉体を使っていた分化した自分であるシュウ・シラカワはなぜこの世界に来たのか。
そもそもどうやって来たのか。
現時点ではそれが謎だった。
そしてそれは帰る手段が依然わからないことを意味していた。

 

「どうぞ」

 

自室として宛がわれた士官居室の一つで寛いでいたハリー・オードはノックの音に答えつつ愛用のカラーグラスで素顔を隠す。

 

「お邪魔しますよ」

 

そう言って入ってきたのは、彼が身を寄せているエレオノールの主であるシュウ・シラカワ。

 

「君か、まだ聞き足りないことがあるのか」
「まだ?」
「未来、いや、今の君たちにとってはとうに異世界となってるのかな、そこの話を根掘り葉掘り聞いていたではないか、さすがにもう話すことは思いつかんぞ」
「ほう」

 

自分の言葉を聴いて何かを考えているシュウの表情が、ハリーには妙に引っかかった。
それに何度も顔をあわせている自分の出で立ちにも、何か珍しいものを見るような顔をしている。

 

「なんだ、そのまるで今初めて見るような顔は」
「当たらずとも遠からずですね」
「君は定期的に記憶を失う持病でもあるのか?私達と戦ったことも覚えていないと言うし」
「今の私は、そちらの方は覚えているのですがね」
「なに?」
「あなたはあの白い空飛ぶ宮殿のような戦艦を護衛していましたね」
「とほけていたとも思えんが、思い出したのかな?」
「ハリーオード少佐、でしたね、あなたも遥かな過去からの訪問者に会い、そして自らもこの時代にやって来るという信じがたい体験をしている人でしょう」
「うむ」
「ならば多少信じがたい話も耳を傾けてくれますか」
「とりあえず、聞くだけは聞こう」
「では、はっきりいいましょう、私はあの時ムーンクレイドルであなた達と戦ったシュウ・シラカワですが、あなたをこの艦に招待したシュウ・シラカワではありません」

 

シュウが語る自らの業と、この事件の顛末。
それを聞き終わったハリーは一言。

 

「納得した」

 

そう言った。

 

「えらくあっさりと納得していただけるのですね」
「元より今の私は寄る辺なき時空の流浪者だ、いわば庇護者である君がどんな意図を持つにせよわざわざ詐術を用いる必要もあるまい」
「なるほど、論理的な方だ」
「実は私も、君がムーンクレイドルでプリベンダーと我々とを迎え撃つ前の時間に飛ばされたのではないかと思ってはいたのだ、そうすれば君が私を知らないのも辻褄が合うからな」
「それはそれである意味では合っていますね、ただし、そのころの私は地上にいたので完全な正解ではありませんが」
「正解にしてくれないか、一人の人間が二人に分裂するなどという事態を想定するのは無理だ」

 

シュウはこのハリーという人物がかなり諧謔に富んでいることに好感を持った。

 

「さしあたって、私にとって不利益といえるのは、一度君に話したことをもう一度話さなくてはいけないということかな」
「それと、あなたがもう一人の私に会った後の事も、出来るだけ詳しく話していただけると幸いです」
「君の部下たちには聞かないのか?」
「私に部下はいませんよ、みな同志です、ですがさすがにこの話は当事者である彼女たちにはあまりにも重すぎて、話すのを躊躇しているのですよ」
「第三者の私にだからこそ、話せたと?」
「聡明な方が相手だと話が早くて助かります」
「褒められても嬉しくはないが、二度手間ではあるが最初から話しておくか」

 

その日。
ハリー・オードは久しぶりに愛機ゴールド・スモーで月軌道を周回していた。
日頃ディアナ・ソレル、実際は影武者のキエル・ハイムの身辺警護と相談役を務めているためにMSには縁が薄くなり、操縦感が鈍っているかと思われたが、搭乗後ものの数分で見る見るうちに勘を取り戻した。
一年前、遥かな過去から訪れた人々と共に人類の大いなる危機と戦った日以来、争いの火種は絶えているが「もしも」に備えるのが武人であるとハリーは思っていた。
オード家の宗家であるギンガナム家の党首ギムはそこを履き違え、その「もしも」を小さな火のうちに消すのではなく煽り立てるという過ちを犯した末に自滅したが。
所詮自分も武人、一歩間違えれば同じ道を辿るのだと、ギムの最後を他山の石とすることなく肝に命じていた。
何しろ今の彼には守るべき主が二人いるのだ。
地球で限られた、そして平穏な日々を過ごす真のディアナ・ソレルと。
月で彼が傅いてるもう一人のディアナ・ソレル。
前者に対してはまったき敬愛が、後者に対してはより男女のそれに近い愛がこめられているという違いはあれど、二人を共に大事に思う気持ちに嘘偽りはなく、久々の訓練にも気合が入っていた。

 

いや、入りすぎていたのか。

 

一年前の実戦のデータから追加された新機能、有線式ヒートファンの実用試験もかねて火薬は抜いているものの速度は実物と変わらない模擬弾の雨霰をあるいは回避、あるいはヒートファンで切り払っていく。
頭の中で、かつて短いながら戦友として共に戦ったプリベンダー所属のニュータイプ戦士達の戦いぶりを思い浮かべ、それを可能な限り再現していく中で戦意が極限まで高まった時に、それは起こった。
何の前触れもなくハリーの意識はブラックアウトし、再び目を開けた時には漆黒の宇宙空間ではなく、明るい光の下にいた。

 

地球で浴びた太陽の光とは、どこか違う光。
未知の場所にいたのみならず、ゴールドスモーは数体のMSらしき機体に包囲されていた。
それは地球のマウンテンサイクルから発掘されるMSに似ていた。
いや、プリベンダーが発掘したはいいが使い物にならないと艦内の倉庫で埃を被っていた機体そのものもあった。
確かゲルググMといったか。
それが二機と、違う種類の機体が三機(後にゴールドスモーに組み込んでもらったデータによれば、ドム・トローペンという機体らしい)
警告もなく、彼らは発砲してきた。
マシンガンの弾丸はIFバリアの前に苦もなく弾き返され、ハリーはビームファンで彼らの機体の手足を切断した。
機体の性能差が隔絶しているからこそ出来る生殺しのような行為。
通常の戦場なら、たとえ同程度の弱敵と戦ったとしてもこのような傲慢な行為をするハリーではない。
故意にコックピットを狙いはしないが、機体要部は狙う。
パイロットの生死は運次第だろう。 
しかし今はここがどこなのか情報を集める必要がある。
そのため彼らを殺さず、そして逃げられないようにする必要があった。
しかし。

 

「なんだと?」

 

引き剥がしたコックピットハッチの中は無人だった。

 

「AI制御というわけか?」

 

しかし、そのような手間をかけるほどの機体だろうかと疑問に思う。
と同時に、ここがどこなのかを考え始めたハリー。
まさか、再び過去の世界に送られてしまったのかとも考えたが、どうも様子がおかしい。
過去の世界では月面に一時間たらずしか滞在しなかったが、それでもここはたとえ過去だろうと地球としては違和感があると思えた。

 

天の様子が違いすぎる。
一つの太陽から光が注がれるのではなく、天そのものが光っているように見えるのだ。
そんな天象を観察するなど、ハリーは不思議なほど冷静だった。
しかし、それは薄皮一枚の冷静さ。
一度冷静さを失えば、いきなり未知の世界に転移したという不安、そして二人のディアナのいる世界にこのまま帰れなくなるという不安からパニック状態に陥っていただろう。

 

そんな折。
一体の蒼い魔神が、ハリーの前に現れた。
レーダーをはじめあらゆるセンサーに何の反応もなく、巨大な機体が突如出現した。

 

「あれは?」 

 

その機体のことを、ハリーは名前と、とてつもなく強い機体だと言うことしか知らない。
そして搭乗者のことも、名前と、彼らが未来から追っていったメイガス同様にイージス計画の妨害を狙っていたプリベンダーのメンバーとは因縁浅からぬ人物だということしか知らない。
もっとも性能も同じで、同じ人物が乗っているとは限らないが。
何しろその機体「ネオ・グランゾン」と搭乗者「シュウ・シラカワ」はハリーの目の前で滅びたのだから。

 

「見かけない機体ですね」

 

その声は、いかなる通信機器も解さずにゴールドスモーのコックピット内に響いてきた。
かつてムーンクレイドルで相対した時と同じように、そして声も同じ。

 

「もしや、ここがどこかわからずに困っておいでではないですか?」

 

まさしくその通り。

 

「よければあなたの置かれている状況をお教えしましょうか?」

 

だが、あのような禍々しい機体に乗った人間にそんな親切な申し出をされても素直に受け入れていいものか、通常の人間なら悩むだろう。
ましてやハリーは、かつてあの機体、そして搭乗者が何をしたのか知っているのだ。

 

「君にそのような親切な申し出をされるとは夢にも思わなかったよ」
「はて、どこかでお会いしましたか?」

 

そのシュウ・シラカワと思しき人間の言葉は、とぼけているのでも無さそうだった。

 

「機体越しで声を聞いただけだから、君は私を知らんだろうな」
「それでも機体と機体は遭遇しているということですか?おかしいですねね記憶力には自信があるのですが」

 

本気で悩んでいるような声色。

 

(もしや、ここは私達がまだ彼と戦う前の時間なのか?)

 

だとすればネオ・グランゾンが健在なのも、シュウが生きていてハリーを知らないのも辻褄が合うのだが。
時間の方はそれでいいとして、ここがどこなのかの疑問は残っていた。

 

「出来れば詳しいお話を聞かせてほしいものです」

 

突然空が裂け、一隻の空中戦艦が姿を現す。

 

「あなたさえ同意されるのであれば、あの艦へどうぞ」

 

ハリーは結局シュウの招きに応じた。
彼が声から想像できる以上の美青年だったことに軽く驚きつつ。
まずはシュウから、ここがラ・ギアスという地球内部(概念的意味の内部だが)に存在する異世界であり、ここ最近の動乱の影響で、地上世界から機動兵器とそのパイロットの召喚が相次いでいると聞いて自分も召喚されたのだとわかった。

 

ただし、遥かな時間を遡っての召喚だが。
そしてハリーは自分が正暦2346年(ムーンレイスの使用する暦)という時代から来たと語る。
一年前に開陳された黒歴史の知識も交え、イージス計画の失敗、地上勢力とアンセスターの戦いで荒廃した地球の歴史を語り上げた。
つい一年前、ムーンレイス過激派・イノセント支配派との内乱、地上勢力・アンセスターとの決戦を経て人類は滅亡を回避したと。
もちろんその原動力となったのは過去から来たプリベンダーだったことや。 
アンセスターの主メイガスを追って過去へいき、そこで他ならぬシュウと戦ったことは伏せて。

 

「その未来世界の方が、どうして私を知っているのですか?」
「それはまだ君に話すべきではないだろうな、君がそれを忘れているのであれば」

 

ハリーは思わせぶりにそう答えた。
この一言で、シュウはハリーの唯一つ残った、それも自分に絡んだ秘密に興味を持った。
それを聞き出そうと躍起になり、ハリーをその艦エレオノールへと引き止めた。
ある程度は予想済みの、とりあえずは食住を確保するための腹芸。
シュウが洗脳などを用いて無理やり秘密を聞き出すタイプではないだろうという読みもあった。
もちろん彼がイージス計画を妨害して億単位の直接的死者と、地球環境の悪化という間接的大災害を引き起こそうとした人間であることはわかっていたが。
直感として、彼がこのような事柄に強引な手や卑劣な策を用いるタイプではないと看破したのだ。
それから十日ほど、シュウは毎日のようにハリーに宛がわれた部屋を訪れて未来の話を聞かせてくれるようにせがんだ。
元々プリベンダーズという大きなパーツの抜けた穴を強引に埋めた、嘘ではないが誤魔化のある話。
シュウはそれも見抜いていたようだが、嘘ではなく、何かを隠しているだけなのでそれを推理するのも楽しみのようだった。
ところが。

 

「もう一人の私は、真相を知る前にどこかへ消え、そこで私と融合してしまったと」
「皮肉なものだな、君は彼が知りたかったことを身をもって知っているのだから」
「しかし、なぜあなたはラ・ギアスに召喚されたのでしょうね、ラ・ギアスと地上世界の時間の流れはズレてはいますが比例はするものです」
「君にわからないことがわたしにわかるものか、さて、部下の美しいお嬢さん達には秘密にするということだが、この艦にはわたし意外にも何人も食客がいたな、彼らにも話すのか?」
「それは機会を見てということになりますね、何しろここがどこなのかすら私には皆目」

 

そう言ってハリーの下を辞したシュウだったのだが。 

 

「おいシュウ、いつの間に地上に戻ってきたんだ?」

 

ハリーの部屋を出るなり、思いっきりジェリド達に出くわしてしまった。
広い艦内に十数人程度の人間がしかいないというのに、皮肉な偶然だ。
採光窓から外が見え、ラ・ギアスとは違い地上独特の海や山が見えればバレてしまうのも無理はない。

 

「事が終われば地上に戻してくれるって話だったが、もういいのか?」

 

カクリコンも聞いてくる。

 

「うーん、なんと言っていいのやら、確かに地上といえば地上なんですが」

 

バレてしまっている以上はごまかしよりは真実を語るほうがいいだろう。
結局シュウは、七人の食客全員に事情を説明することで半日を費やすことになった。
こんな見ず知らずの世界につれて来られてと怒るかと思われたジェリドらも。

 

「どうせこんなことになると思った」と自棄酒をあおるのみ。

 

元ライトスタっフがここまでやさぐれてしまうとは意外だったが、恨み辛みを言われるよりは遥かニマシでそれだけが救いといえば救いといえた。
一通りの説明義務を終えたシュウが、さすがに少し休もうとした時。
隠行でこの世界の太平洋を低速航行していたエレオノールは、小さな群島を包囲する大艦隊に遭遇した。

 
 

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