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00-W_土曜日氏_127

Last-modified: 2009-12-22 (火) 21:56:06
 

 天に、雲が疎らに点在している。
それらはまるで仲間を失った旅人のように頼りなく風に揺れ、まるで寄り添いを求めるかの如く、一分一秒ごとに形を変えていく。
朝方は一面の鈍色だった空も、今ではすっかり蒼い。
しかし、北より吹く冷たい風が、銀と白の結晶の侵略が間近であることを知らせている。

 

「……」

 

 とある公園のベンチに、一人の青年が腰を降ろしている。
癖の強い黒髪に、赤銅色を薄く溶かしたような肌。
見る人が見れば、彼が中東からアジア圏の生まれであることがすぐにわかるであろう。
もっとも、だからと言って彼がこの公園で浮いているわけではない。
混血がすすんだ現在では、肌や髪の色など、遠い祖先に繋がる小さな外見的特性にしか過ぎない。
公園には様々な肌の色、髪の色の人間が訪れており、それらは誰もその違いによって嫌悪感を抱いている様子はない。
確かに今でも、人種や民族による対立は厳然として存在している。
しかし、100年、200年、300年前と比べれば、明らかに壁は崩壊しつつある。
そして、つい先年、地球圏は一つにまとまった。
数多の血を代償に成立した統一政府の下、これからはさらに壁は取り払われ、いずれは誰も肌や髪の色の違いなぞ気にしなくなる時代が来るはずである。

 

「やっぱりここにいたのね、刹那」
「……フェルト・グレイスか」

 

 刹那と呼ばれた青年は、声の主の方へと顔を向けた。
そこには、彼とそう歳が変わらないであろう女性が、手にバスケットケースを持ってたたずんでいる。

 

「お昼御飯、食べた?」
「いや……」

 

 フェルト・グレイスと刹那に呼ばれた、未だ少女の面影を残す女性は、小さく溜め息をついた。
元よりこの刹那という青年は、あまり自身の生活の充実に強い意識を持っていないが、特にこの数週間、その傾向がより酷くなったと、フェルトは感じていた。

 

「お腹、空いていないの?」
「……そういうわけではないが」

 

 横に座っていいか、と確認を取り、無言の頷きという許可を貰ってから、フェルトは刹那の横に座った。
そして、持ってきたバスケットケースを、一瞬迷った後に、自分と刹那の間に置いた。

 

「サンドイッチ、食べない? 今日、作り過ぎて」
「問題は無い」
「そう、良かった」

 

 バスケットケースを開けると、フェルトは刹那にサンドイッチを一つ渡した。
パンの表面は薄く焦がしてあり、間には薄く切ったトマトとレタスとキュウリ、そしてハムが挟まっている。

 

「多分、もう少ししたらロックオンも来るわ。クリスもリヒティも、ラッセも」
「知らせたのか」
「……刹那を見つけた時に。もしかして、いけなかった……?」
「いや、問題はない」

 

 刹那はサンドイッチを口に運んだ。
じわり、と野菜の瑞々しさが舌の上に広がっていく。
ここ最近、まともに調理されたものを、彼は食べていなかった。
それだけに、旨味がひと際強く、感じられた。

 

「ねえ、刹那」
「……?」
「何だか最近……悩んでない?」
「悩む?」

 

 サンドイッチを口から離すと、刹那はフェルトの顔を見た。
その表情は、心配の他に、いくつかの感情の成分が混じっていた。
聞くべきか聞かざるべきか、その迷いの果ての質問であることを、窺わせる顔だった。

 

「特にそういうことはない」
「そう、だったらいいんだけど」
「そう思える……」
「えっ?」
「そう思えるような何かが、俺にあるのか?」
「……」

 

 数秒の時が、二人の間に流れる。
目の前を、子供連れの家族が一組、楽しそうに話しながら通り過ぎていく。

 

「……スメラギさんの話」
「……」
「あの朝、スメラギさんが話したことが、何かひっかかっているんじゃないか、って」
「……」

 

 フェルトの問いに、刹那は答えなかった。
そして、そんな刹那を見て、フェルトもまた、無言で小さく頷いた。
刹那が返答をしなかったのは消極的な肯定であることを、フェルトにはすぐに察することが出来た。
だが、その『ひっかかり』が何なのか、そしてそれがどう刹那に影響を及ぼしているのかまでは、フェルトには見えない。
刹那が語ろうとしない以上、彼女も、強くは聞けなかった。
もともと刹那は言葉の少ない男だが、言うべき時には自分の意思をはっきりと表してきた。
今そうしないのは、刹那もまた、自分の『ひっかかり』が上手く消化出来ていないがためでもあった。

 

「あっ」
「?」
「皆が来た」

 

 刹那は顔をあげた。
連れだってこちらに歩いてくるの彼の同僚たちの姿が、視界に入ってくる。

 

「お待たせ、フェルト」
「ようお二人さん、邪魔だったかな」
「そ、そんなことはないわ、ロックオン」
「おおう、美味そうなサンドイッチじゃないか。早速いただくぜ、フェルト」
「ラッセ、いきなりがっつくのは行儀が悪いよ」

 

 途端に賑やかになる、ベンチの周り。

 

「ライルはどうしたの、ロックオン?」
「あいつは彼女と一緒に食事に行ったよ。まったく、兄をほったらかしとは薄情な弟だぜ」
「ティエリアはスメラギさんと話があるとかで来れないとさ、もぐもぐ」
「アレルヤもどこかへ行っちゃったけど、何か用事があったのかな」
「あらフェルト、たくさん作ってきたのねー。これならモレノさんもヴァスティ夫妻も誘ってこれば良かった」

 

 ロックオンが肩をすくめて笑う。
ラッセが口にサンドイッチを複数頬張る。
リヒテンダールがそんなラッセをたしなめる。
クリスティナが途中で買ってきたのであろう、飲み物をフェルトに手渡す。
小さなパーティ会場が、瞬時に誕生した。

 

「おい、刹那」
「何か」

 

 ロックオン・ストラトス―――双子の兄の方である―――は刹那の横に座ると、肩をポンと一つ叩いた。

 

「何か、じゃないぜ。暗い顔して一人でどっか行っちまうもんだから、誰も彼も心配してんだ」
「……そうか」
「可愛げが無いな、オイ。心配かけてスマン、くらい言ってもバチは当たらないぜ?」
「そうか」
「だから、何か、とか、そうか、とかしか言えないのかお前は!」

 

 スメラギがあの朝、皆に語ったこと。
それが、刹那の頭にこびりつき、ずっと離れない。
マイスター運送を起こした、イオリア・シュヘンベルグの『遺産』についての話。
GNドライブ―――磁気単極子の作用で陽子を崩壊させ、陽電子と光子を電力に変換する動力炉。
理論上は半永久機関ながら、技術的な問題と、世情的な問題から、世に出ることはなかった。
そう、300年前は。
「世界の統一が成り、技術面の困難さも解決しうる今が、この封印を解く時」と、スメラギは皆に告げた。
そして同時に、「その独占を狙う者から、秘密を守ること。これがマイスター運送の裏の仕事よ」とも。
 刹那には、決して思い出したくない、しかし逃れようの無い過去がある。
彼が生まれた国、クルジスは、民族問題と化石燃料問題で乱れ、崩壊した。
クルジスが壊れ、アザディスタンに併合された時、争いに巻き込まれた彼の両親はこの世を去った。
あの時、すでにGNドライブが世に出ていれば、果たして国は滅びることなく、家族も無事だったのだろうか。
誰に問うことも出来ない、問うても答の出ない『ひっかかり』は、スメラギから話を聞かされた日より、ずっと刹那の心の奥にある。
クルジス紛争の時にGNドライブがあれば、OZによって悪用されていたであろうことは容易に想像はつく。
そして確実に世界の統一は遅れたであろう。
だが、それと『ひっかかり』とは、また別の問題なのだ。

 

「まぁた暗い顔しやがって。ほれ、サンドイッチを食え、食って笑え!」
「む、ぐぐぐぐ」
「ロ、ロックオン! そんなにしちゃ、刹那が!」
「いいのさフェルト、こいつにはこれくらやらないと、素直にならないからな」

 

 彼の周りには、今、新たな『家族』がいる。
GNドライブの秘密を守ること、世界を守ること、そして家族を守ること。
それが今の刹那に課せられた、重大な使命である。

 

「美味いか? 美味かったら笑うんだよ、刹那」

 

 ロックオンの手を払いのけ、口元のパン屑を指で拭うと、刹那は小さく笑った。
そして、空を見上げた。

 

「……了解した」

 

 そこには、もう一片の雲も無かった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 椅子やら机やらがひっくり返った床の上で、いい歳こいた大人同士が言い争いをしている。
彼らはまるでお子様ランチの旗を奪われた子供のように騒がしく、着地点の見えないまま、一分数分数十分と罵りあいを続けていく。
朝方はそれなりにご機嫌だったの彼らも、昼の今ではすっかりその欠片もない。
他のメンバーが彼らに刺す視線は冷たいが、まだフライパンや鉄拳などの暴風の気配をそこに感じることはない。
あと十分もすれば、ヒルデ・シュバイカーが喧嘩中の三人全てに血の化粧を施すだろうが、
少なくとも今は、まだ彼女の苛立ちは本格化してはいなかった。

 

「何しやがんだよナルハム野郎! 大佐の、カティの愛のこもったサンドイッチを勝手に食いやがって!」
「何を言う、そもそもそちらが私の握り飯を無断で食べたのが悪いのだ!」
「おー、サーモンサンドうめぇ。鮭の握り飯もうめぇ」

 

 世界の平和を密かに守る特務組織プリベンター、その本部では、三人の大人が喧嘩をしている。
パトリック・コーラサワー、グラハム・エーカー、ジョシュア・エドワーズ。
プリベンターの誇る(?)問題児三人衆である。

 

「このサンドイッチはなぁ、愛しい愛しい奥さんが丹精込めて作ってくれたんだよ! お前になんか勿体ない!」
「私の握り飯は、米は秋田の最高級ササニシキ、中身はホッカイドーはシレトコの鮭児だ! 年に何度も食べられるものではない!」
「サーモンサンドうめぇ、握り飯うめぇ」

 

 この三人、とにかく仲が悪い。
いや、仲がいいのかもしれないが表面上は仲が悪いかの如くに毎日喧嘩してその様はあたかもああもうどうでもいいや、とにかくそんな関係。

 

「お前のしょうもないオニギリとは格がまったく違うんだよ!」
「オニギリではない、握り飯と言うがいい! 握り飯と言った!」
「どー違うってんだ!」
「サーモンサンドうめぇ、握り飯うめぇ」

 

 コーラサワーとグラハム、どちらもとことんゴーイングマイロードな人間であるからして、衝突はもう日常茶飯事になっている。
ぶつかりあわない日の方が珍しいくらいである。
これでも両者、AEUとユニオンでは名の通ったMSパイロットだったのだが、さて、当時の同僚は果たしてどんな思いで接していたのであろうか。
ついでに言っておけば、オマケのジョシュアも、ユニオンのアラスカ基地ではトップエースだった。
何かすっかりその面影も無い感じだが。

 

「ねえ、どうするのデュオ?」
「俺に聞かれてもな」

 

 そんな三人の言い争いを、やや離れてたところで『観察』しているのは、プリベンターの仲間であるデュオ・マックスウェルとヒルデの二人である。
デュオという男、とにかく貧乏くじを引く運命にある。
今日に至るまで『割に合わない』目にあいまくっているが、プリベンターでもそのくじ運の無さは健在なようで、いつのまにやらコーラサワー番のような立場になってしまっているのだった。

 

「ところでヒルデ」
「なあに、デュオ」
「フライパン、新しく買い替えたのか?」
「うん。前のはちょっと底が歪んできたから」

 

 そうか、と答えて、それ以上はデュオは聞かなかった。
何故今フライパンがいるのか、そして前代のフライパンはどうして底が歪んでしまったのか、それは彼にとって聞くまでもない事である。

 

「しかし、俺も腹が減ったなあ」
「ヒイロと五飛がお弁当を買いに言ってるんでしょ、もうちょっと待ってたら?」
「あと十分くらいってとこかね」
「そうじゃない? ところで、そろそろいいわよね?」
「……問題はない」

 

 食事とは、楽しく行うものである。
と、デュオは思っている。
横でぎゃあぎゃあと喧嘩されたままでは、何を食べても集中出来ないし、味だって感じられない。
かつては喧嘩どころでなく、本当の戦争が側にある中で、食事をしてきた。
だからこそ、平和な今は、『美味しく食べられる環境』を整えるべきなのだ。
力づくでも。

 

「一発で終わらせてくれよ」
「手間はとらないわよ」

 

 張五飛がヒイロ・ユイと共に昼食を買いに外に出ているため、今日はヒルデが一人で『始末』をつけなければならない。
相手はどちらもアンデッドかデーモン級に耐久力と生命力が強い存在だが、そこはそれ、今までの経験から、ヒルデも『黙らせるコツ』を体得している。
まあ、プリベンターから一歩表に出れば、まったく一銭の価値もないコツであるが……。

 

「一応、救急箱は用意しておいてよ、デュオ」
「りょーかいした」

 

 日常の光景とはいえ、やはり血の雨が降る惨劇はあまり直視したくない。
前髪をかき上げつつ、デュオは窓に近寄った。
そして、空を見上げた。

 

「お、こりゃ降るかな……雪が」

 

 デュオの視線の先、遥か遠くの天には、薄く揺れる灰色の雪雲があった。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――。

 
 

 

【あとがき】
 そろそろ終わりに向けて話そのものを進めていかないと……とは言え、繰り返しますが絶対シリアスやらラブやらに偏ることはありませ(ry
今まで代理投下ありがとうございましたコンバンハ。
次回で年内最後になると思いますサヨウナラ。

 
 

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