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00-W_土曜日氏_129

Last-modified: 2010-01-22 (金) 21:15:47
 

 新年が厳かに明けた。
 まだ生まれたばかりだが、統一政府は着実に足を前に向けて踏み出しており、人類の未来に今のところ、暗い闇は差してはいない。
 とはいえ、全ての道が光溢れる晴天の下ということもなく、年明けから大小様々な事件が起こり、世をちょこまかと騒がせていたりする。

 

「あー……疲れた」

 

 JNNTVの報道アナウンサー、絹江・クロスロードは大きく溜め息をつきながら、机の上に突っ伏した。
 彼女は昨年末から『エベレストの初日の出』を取材すべく、現地に飛んでいたのだ。
 無事仕事を終えさぁ本社に戻ろうと思った帰路の途中で、大規模な窃盗団事件の現場に遭遇し、緊急で取材を行わなければならず、さらに帰社が遅れてしまい、ただ今ようやっと戻ってきた、という次第だった。

 

「ご苦労さんじゃの」

 

 絹江の鼻孔に、香ばしい良い匂いが届いてきた。
 目の前に温かいコーヒーのカップが置かれたのだ。

 

「ありがとうございます」
「何、激務に対するボーナスということにしといてくれ」

 

 彼女にコーヒーを渡したのは、彼女がいまいるこの部屋、資料室の主で、ハワードという老人である。
 夏でも冬でもアロハシャツにサングラス姿で、非常勤職員としてすでに一線より退いてはいるが、JNNTVに現在勤める誰よりもJNNTVのことを知りつくしていると言われ、重役ですらおいそれと干渉出来ないとまでされる人物なのだ。
 故人である絹江の父と旧知であり、絹江と弟の沙慈も小さい頃から色々と世話になっている。

 

「窃盗団の方は大変じゃったの」
「取材は後任に引き継ぎましたけど……警察の方も、手間取っているようです」
「随分と鮮やかな手口だったとか」
「乱暴ではありましたけど」

 

 追加取材をする羽目に陥らせてくれた件の窃盗事件は、今のところ解決に向けての有力な情報は無い状態。
 地面を掘り、壁をぶちぬくという力技ながら、現地のコンピュータ機材の保管倉庫の中身を丸ごと持っていったのだ。
 犯行声明も何も出ておらず、盗まれた機材も何に使われるか全く不明のままである。

 

「それにしても、目の回る忙しさとはこのことです」
「ふむ」

 

 絹江はコーヒーに口をつけた。
 芳醇な香りの濃い液体が、喉から胃へと流れ込み、全身の疲れを幾許か溶かしていく。
 絹江には、忙しさの理由がわかっている。
 上の意向なのだ、余計なことをせずに、与えられた仕事だけをしていろ、という。
 昨年からこっち、彼女は独自で世界的総合企業である『アロウズ』の陰部を探っている。
 そんな彼女の動きが、上のオエライさんは気に食わないのだ。

 

「目立ち過ぎると叩かれる、ということじゃ」
「でも……」
「猪突猛進も時によりけり、じゃよ。お前さんとて、クビになってはおもしろくあるまい?」

 

 いっそフリーのジャーナリストに、と絹江は考えなかったわけでもない。
 だが、彼女には圧倒的に『取材力』が足りていない。
 父は偉大なジャーナリストだったが、彼女自身は未だ勤めて数年のペーペーに過ぎない。
 それにJNNと喧嘩をして辞めたとなれば、協力してくれる人間も増えはしないだろう。
 そうでなくても彼女は方々から血気盛んなイノシシ娘として目をつけられているのだ。
 若輩の小娘に煽られて、波風を立たせようとする者もそうはいない。

 

「前にも言ったが、城を落とす方法は何も正面より攻めるだけがやり方ではない」
「……」
「窃盗団ではないが、穴を掘ってそこから忍び込むという方法もあるってことじゃよ」

 

 小さく頷くことで、絹江はハワードの正しさを認めた。
 所詮、社会では彼女はテレビ局勤めのちっぽけな報道者、蟷螂の斧も、相手があまりにも巨象過ぎれば、どこに切りつけようとも揺るがすことは出来はしないのだ。

 

「しかし、のんびりしているわけにも」
「まあまあ、新年明けの休みが貰えるんじゃろ?」
「一応……」
「ならば、まずはゆっくりと身体を休めるといい。弟も心配しておったぞ」

 

 ハワードの言葉は、何から何まで正しい。
 それは理性ではわかるのだが、感情がどうしても急かしてくる。
 絹江の性格と言ってしまえばそれまでだが、同時に社会人としての若さゆえの焦りでもあるのだろう。

 

「このままじゃと休みが終わってからも、お前さんはあちこちほうぼうに飛ばされるじゃろうの」
「……ですね」
「なれば、じゃよ」

 

 ハワードは、声をひそめると、若干前かがみになった。

 

「ひとつ、わしが手を貸してやっても良いが」
「え?」
「それはの……」

 

 絹江は耳を寄せた。
 ハワードの『提案』を聞くために。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 プリベンターにとっても、新年が厳かに明けた。
 が、年明けから頻発した様々な事件にちょこまかと出張らねばならず、特におめでたさを感じることもない日々である。

 

「あー……疲れた」

 

 ガンダムパイロットの一人、デュオ・マックスウェルは大きく溜め息をつきながら、机の上に額を打ち付けた。
 彼は一昨日から世界各地のユニバーサル・スタジオで発生した『キグルミ及び衣裳の窃盗事件』を調査すべく、現地に飛んでいたのだ。
 ハリウッドの次はフロリダ、フロリダの次はオーサカ、オーサカの次はセントーサ、セントーサと、地球を一周する勢いで調査を行わなければならず、ただ今ようやっと戻ってきた、という次第だった。

 

「ご苦労様」

 

 デュオの鼻孔に、ふわりと良い匂いが届いてきた。
 目の前に温かい緑茶の湯呑みが置かれたのだ。

 

「サンキュー」
「ボーナスにもならないけどね、激務の」

 

 彼に緑茶を渡したのは、プリベンターの後方支援を任務とするヒルデ・シュバイカーで、デュオをはじめ他のガンダムパイロットと同年で、未だ少女と呼ばれるべき歳だが、プリベンターに勤める誰よりも手が速く、五飛と並ぶ武闘派とまでされる人物なのだ。
 デュオとはOZ騒動以来の旧知であり、プリベンターに入る前は共にジャンク屋を営んでいた。

 

「窃盗団の方は大変だったみたいね」
「現地の警察に引き継いだけど……あっちも手間取っているみたいだな」
「随分と鮮やかな手口だった、って」
「つーか力技だけどな」

 

 新年早々世界中を駆けずらせてくれたこの事件は、今のところ解決に向けての有力な情報は無い状態。
 地面を掘り、壁をぶちぬくという荒技ながら、映画キャラクターのキグルミ、衣裳の保管倉庫の中身を丸ごと持っていったのだ。
 犯行声明も何も出ておらず、盗まれたキグルミ等も何に使われるか全く不明のままである。

 

「それにしても、目の回る忙しさとはこのことだぜ」
「ふうん」

 

 徒労の息を吐くデュオに対して、ヒルデは普通に頷くことしか出来ない。
 彼女自身は調査に加わることなく、ずっと本部に待機しており、全く疲れなかった。
 しかし、デュオはまだマシな方で、彼以外のメンバーは未だ本部に戻ってくることすら出来ていないのだ。
 サリィ・ポォとヒイロ・ユイ、トロワ・バートン、張五飛は引き続き警察とは別方向から調査を続行中、カトル・ラバーバ・ウィナーはウィナー家の次期当主としての仕事があるため、一時実家に戻っており、グラハム・エーカーとジョシュア・エドワーズは新MS(ミカンスーツ)の調整のために、ビリー・カタギリの研究所に年末より籠っている。

 

「でも良かったじゃない、一足先に帰ってこれて」
「本当に良かったと思うか?」
「……えーと」

 

 デュオだけが先に帰されたのには、もちろん理由がある。

 

「おーい、ウニ煎餅無かったか? 確か取っておいたはずなんだけどよ」
「んなもん知るかい」

 

 そう、パトリック・コーラサワーがいるから。
 つまりは、お守を押しつけられたのであった。

 

 パトリック・コーラサワーの誕生日は、一月一日である。
 で、新婚ホヤホヤということもあり、年末年始は彼は休暇を貰っていた。
 なお、正月くらい彼がいない本部を、とサリィが本気で考えたかどうかは定かではない。

 

「それにしても、新年早々仕事とはたまんねーな、おい」
「まったくだよ」
「まあ、俺は夫婦二人でバカンスを楽しんできたわけだが」
「……」

 

 皆がヒイコラ言って働いている間、のんべんだらりと休暇を楽しんでいたのかと思うと、表現し難い怒りのようなものが腹の底から湧いてくるデュオであったが、その一方で、「コイツがいてもな」という思いがあるのもまた事実である。
 パトリック・コーラサワーがまるっきり無能だとは、彼は思わない。
 シャクではあるが、コーラサワーがいてこそ解決した事件も確かにあるからだ。
 だが、地道な調査にコーラサワーはやはり向いてはいない。
 いつぞやの海産物密漁事件、アザディスタンの不審集団事件は、現在進行形で犯罪が行われていたから、コーラサワーの介入力が生きた。
 しかし、犯罪が起こった後では、コーラサワーの異次元パワーはどうにも使いようが無いのだ。

 

「……まあ、窃盗団の本拠とやらがわかったら、真っ先に突入させてやるよ」
「MS(ミカンスーツ)でか?」
「ああ、そういう状況ならね」
「どういう状況よ」

 

 本来なら、そういった任務は警察及び警備隊の仕事である。
 SASやデルタフォースとまではいかないが、どちらにもそれぞれ、対テロ・対凶悪犯の専門チームがあり、プリベンターを除けば、それらが現在の世界において最強の『公設の軍隊紛い』な部隊になるだろう。
 もっとも、民間にはASSという『私軍紛い』の警備保障会社があるが……。

 

「生身でもいいさ、専門チームの一員に特別に加えてやればいい。レディ・アンならねじ込めるだろ」
「でも、突撃班が全滅して犯人には逃げられ、現場にはプリベンターからの派遣者一人、ってことになったりして」
「……うわあ、想像したくないが有り得るな」
「何をぐちゃぐちゃ言ってやがる」

 

 どうやら無事にウニ煎餅を発見したようで、それを片手に持ってバリバリと齧りながら、ウロウロと歩くコーラサワー。
 お行儀が悪いことこの上ないが、いずれこういうところは彼の妻であるカティ・マネキン(現在夫婦別姓)が矯正していくであろう。

 

「MS(ミカンスーツ)でならいくらでも先陣きってやるぜ」
「生身じゃ嫌だってのか」
「AEU軍時代、一通り、様々な想定下での白兵戦の訓練も受けたけどな」
「ほう」

 

 デュオとヒルデは腕を組んで、その訓練の図を想像しようとした。
 だが、どうしても『コーラサワーが勝手に突っ込んでパァ』な映像しか浮かんでこない。

 

「一緒に訓練した奴らは大変だっただろうな」
「だよね」

 

 過去、プリベンターもコーラサワーの独断で色々と大変だった。
 規律のより厳しい軍隊では、周囲はなおのことだったであろう。
 少なくとも、現場においては彼を駒としてきちんと扱える指揮官がどーしても必要である。
 AEU時代はカティ・マネキンであり、プリベンターにおいては、さて、サリィはどうであろうか。

 

「ウニ煎餅、無くなっちまった。おいオデコ娘二号、餅を焼いてくれ」
「自分でやんなさいよ」
「面倒臭いんだよ」
「ヒルデ、焼いてやれよ。フライパンで」
「そうね、焼いた後に後頭部を一発、てのはどうかしら」

 
 

 新年が厳かに明けた。
 この年は、後世、『統一政府最初の大苦難の年』と呼ばれることになる。
 今現在、世界各地で起きている様々な小さな事件が、いずれ大きな一つの流れに合流するとは―――この時点ではプリベンターの誰も予測し得ていない。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は今年も続く―――。

 

 

【あとがき】
 アケマシテオメデトウゴザイマス。
 何時の間にやら三年目、に突入完結に向けてぼちぼち頑張っていきますサヨウナラ。

 
 

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