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00-W_土曜日氏_136

Last-modified: 2010-03-04 (木) 21:00:03
 

 西の空には、太陽が一日の役目を終え、地平線の下へ身を休めようとしている。
 俗に、この時間帯を逢魔ヶ時、という。
 一人の男が、世界統一政府の首府であるブリュッセルのとある路地裏を歩いている。
 男は歳の頃、だいたい三十半ばから四十というところか。
 だが、その身体から発せられる精気は、決して中年のそれではない。
 若者に負けない―――いや、安穏と今ある暮らしを生きている若年には、決して出し得ない凄味のようなものが、精気に混じっている。

 

「ヘッ……」

 

 男は、ビルの隙間から漏れる、血のように真っ赤に染まっている夕焼けの明りを目を細めて見上げた。
 周囲には、誰もいない。
 ここ一帯は、OZが起こした騒動の一件で寂れて以来、未だ再開発の目途が立っていない場所である。
 現在の人類文明の中心たるブリュッセルにも、こうした場所は残っているのだ。
 しばし、男は立ち止って夕陽を見つめていたが、やがてまた歩き出した。
 彼は、所謂「裏社会」の人間である。
 様々な悪事に手を染めてきたし、傭兵として幾多の戦場を潜り抜けてきた猛者でもある。

 

「晩飯までに話がまとまりゃいいがな」

 

 口の端をくいっと釣り上げて、男は笑った。
 それは、肉食獣の笑みであった。
 彼は今、世界レベルの陰謀に加担している。
 その成就の為に、陰謀の主の手足となって、色々と暗躍をしている最中なのだった。

 

「景気の良い色だぜ、今日のお日様はよう」

 

 彼の名前は、アリー・アル・サーシェス。
 傭兵としての仮の名は、ゲイリー・ビアッジ。
 全身を深紅に染めて、彼は歩く。
 下ごしらえも終わりに近づき、いよいよ大きく動く時が側に迫っている。
 これから、具体的にどう動くかについて、話し合いが行われることになっている。
 とは言っても、謀主に直接会うわけではないのだが。

 
 

 逢魔ヶ時。
 昼と夜の間に位置し、この世に在らざるものが、大手を振って活動を始める時間であるとされる。
 または、大禍時ともいう。
 大いなる禍の時、すなわち「著しく不吉な時間」、それが、今である―――。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「やれやれ、今日も一日が終わるな」
「ふわああ、早く帰って晩飯を食いたいぜ」
「もうちょっと包み隠して言えよ、あからさま過ぎるぞ」
「だって俺、新婚だし。嫁さんの手料理を食べたいのは当たり前だし」
「いや、だから帰りたい気持ちを露骨に表すなって言ってるの!」

 

 世界の平和を裏側から守る組織、プリベンター。
 現代の隠密同心と言えるこの集団は、統一政府内において、最強の戦力を持っている。
 物量こそは他の組織に劣るが、集められたメンバーは、精鋭中の精鋭で、簡単な表現を用いれば、「一人が百人力」なのである。

 

「まったく……緊急出動があっても、『嫁さんに会いたい』と帰るつもりかい」
「当然だ!」
「胸を張って言うな!」

 

 先程から漫才紛いのやりとりを交わしているのは、プリベンターのメンバー、パトリック・コーラサワーとデュオ・マックスウェルである。
 歳の差は二十もあろうかという二人だが、会話の内容にはそれ程大きなレベルの違いは無い。
 むしろ、若いデュオが合わせている部分がある。

 

「怒るなよみつあみおさげ、地球が滅ぶとかいう規模の事件ならともかくだけどよ、それ以外は家庭を優先させるのが俺のツトメだ」
「……社会人だろお前、一応」
「社会人の前に、パトリック・コーラサワーという男であり、カティ・マネキンの夫だ」
「相変わらず噛みあってるのかそうでないのかわからんな、お前らは」

 

 二人のやりとりに絡んでいったのは、同僚の張五飛である。
 中国拳法の達人で、プリベンターの中でも特に武断派とされている。
 デュオと五飛、そして今はこの場にはいないが、ヒイロ・ユイ、カトル・ラバーバ・ウィナー、トロワ・バートンの計五人は、かつてはガンダムのパイロットとして、OZの暴挙に真っ向から立ち向かった勇者達である。
 十代の後半にもならない彼らだが、身に付けたメカの操縦技術、武器の取り扱い、戦闘の行い方等々、「闘う」ことにかけては、ここ近年のどの軍隊の兵士よりも確かな実力を持っている。

 

「まあいい、一応定時にもなる。帰りたいというのなら帰らせてやれ」
「そりゃそうだけどさ」
「それに、いよいよ明日は例のモノが完成する日だ。ここでいらん体力や精神力を使う必要もないだろう」
「でも、事件が急に起こるかもしれないぜ」
「その時はその時だ、こいつを外して臨む。その方がおそらく、俺達にとってもやり易いはずだが?」
「……否定出来ないな」

 

 プリベンターは現在、世界で唯一、『戦力』と呼べる人型機動兵器を持っている。
 すなわち、ミカンエンジンを動力機関として動く、MS(ミカンスーツ)。
 天才ビリー・カタギリがデザインした新しいMS(ミカンスーツ)が、いよいよ明日、本当に完成するのだ。

 

「完成するのは楽しみだけど」
「テストもしなければならない。今日ばかりは、馬鹿の相手を無駄にして力を使うな」
「おい、馬鹿って誰のことだよ」
「お前のことだ」

 

 コーラサワーの疑問に、間髪入れずに返す五飛。
 彼に『遠慮』の二文字は無い。
 『躊躇』の二文字も無い。
 いや、彼の辞書には一応載っているのだが、コーラサワー相手にそれらを使うつもりは、五飛にはさらさら無い。

 

「あの自称サムライもおかげで研究所に入り浸りだ、事件さえ起こらなければ、今夜は静かに過ごせるだろう」
「今更だけどあの人、仕事を何だと思ってるのかね」

 

 自称サムライとは、グラハム・エーカーのこと。
 日本文化に間違った解釈で入れ込んでいる彼は、ビリー・カタギリの親友でもあり、またMS(ミカンスーツ)にえらく思い入れがあるので、新型のプランが上がってからこっち、出動がある時以外はほとんどカタギリ博士の研究所に詰めているのだ。

 

「でも、起こって欲しくない時に限って起こるのが事件ってもんですぅ」
「そういうこと言わないでよ、ミレイナ」

 

 さらに会話に加わったのは、プリベンターのリーダーであるレディ・アンの秘書を務めるミレイナ・ヴァスティと、デュオ達現場組の後方支援を役割とするヒルデ・シュバイカーの二人の少女達だった。
 年齢も近く、仲の良い二人であるが、プリベンターという特殊な組織に身を置くだけあって、五飛程ではないにしても、共にかなり遠慮が無い性格をしている。

 

「でも、心構えは必要ですぅ」
「それはそうだけど……」
「まあスペシャルさんとエーカーさんは心構え以前の問題だとは思いますですけどぉ」

 

 にこやかな表情でキッツイことを言い、ズズズと熱い緑茶をすするミレイナ。
 苦笑しつつ、ヒルデも合わせて湯呑みを口に運ぶ。

 

「何ぐじゃぐじゃ言ってやがるんだよ、オデコシスターズ」
「どういう呼び方よ、それ!」
「私達がオデコシスターズなら、差し詰めスペシャルさんとエーカーさんはオバカブラザーズってところですぅ」

 

 デュオとコーラサワーが漫才なら、全員を巻き込めばそれこそ新喜劇か。
 当人達は不本意だろうが、これではプリベンターは「愉快な組織」と他者から思われても仕方がない。

 

「とにかく、俺は定時になったら帰るぞ」
「わかったよ、ロウドウシャとしてのトウゼンのケンリだからな、とっとと帰れ」
「俺の全身に流れる血、あの夕焼けの太陽のように真っ赤で熱い血が、『家へ帰れ』と言っているんだよ!」
「誰でも彼でもない、お前自身の血がか」
「なーるほど、誰彼時ってやつですぅ」

 

 プリベンターに一日が賑やかに終わる。
 そして、今日という日の幕が閉じれば、また新しい一日がやってくる。

 

「結婚したは良いけれど、人生の黄昏時にならないようにしろよ」
「どういう意味だよ、みつあみおさげ」
「嫁さんに愛想尽かされるようなことはするな、ってこと」

 

 明日という日がどのような日になるのか、
 希望や願望はあっても、神ならぬ人の身、正確に予知も予測も出来はしない。
 出来るはずも、無い。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 コンバンハ。
 前にも言いましたが、三月四月はちょっと投下が変則になると思いますサヨウナラ。

 
 

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