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00-W_土曜日氏_149

Last-modified: 2010-11-03 (水) 23:04:38
 

 人間、何かしら何処かに取り得というものがある。
 例えば絵が上手かったり、歌が上手かったり、速く走れたり。
 未来からやってきた青いタヌキ……もとい猫型ロボットに助けられてばっかりのメガネの少年だって、ガンマンとして超優秀で、人の痛みをわかってあげることが出来て、何処でもいつでもすぐに寝られるという特技を持っている。
 だいたいにして人間の能力というものは相対的なものが多い。
 絶対的な力なんてものは、まずありゃしないのが相場である。
 とある哲学者はこう言ったものだ、「絶対的な力を持つのは、神と呼ばれる者だけだ」と。

 

 さて、ここに一人の男がいる。
 年齢は二十代、容姿はそれなりに整っており、社会的地位もまず申し分ない。
 統一前のユニオンではMSのエースパイロットとして鳴らしており、過去の経歴も十分である。
 だが、彼は今置かれた状況に満足はしていない。
 元来上昇志向が強いだけに、現在の地位に不満がある……というわけではない。
 むしろ、不満があるのは、自分の立場そのものと言った方が正しい。
 つまりは、「何で俺、こんなことやってるんだろ」という戸惑いにも似た「ミタサレナイ感」である。
 アラスカ基地ではエースとして堂々君臨し、MSWADとしてフラッグファイターに選抜され、OZの動乱では先陣を切って戦い、多くの武勲を挙げた彼が、今就いている職というのが。

 

「おらあああ、起きろアラスカ野! いつまで寝てやがんだ! プリベンター、揃って出発の時間だぞ!」

 

 政府直属、世界の平和を裏から守る隠密同心的組織、プリベンター。
 そう、彼―――ジョシュア・エドワーズはそのメンバーなのである。
 ……立派な。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「……しかし、ドアを蹴破るなよ」
「どれだけピンポン鳴らしてもウンともスンとも言わねーから、実力行使ってヤツだ」
「だからと言って器物破損していい理由にならんだろうが」
「お前が起きてこないのが悪い」

 

 寝ぼけ眼をこすりながら、ジョシュアは早朝にいきなり闖入してきた不届き者に文句を言った。
 だが、言われた方はあまり堪えている様子はない。
 他人から何を言われようが気にしないというトクな性格(得でも特でも可)な人間である為だが、それを差し引いても、ジョシュアの方にもあまり文句に熱や毒が無いのもまた事実だった。
 無い理由は、ジョシュアとこの侵入者の間に友好関係が築かれているから、というわけではなく、単純にジョシュアが睡眠不足で元気がないというだけのことであるが。

 

「オデコ姉ちゃん一号がプンスカ怒ってるぞ」
「……」
「何だよ、その顔は」
「いや、寝過したのは俺が悪かったとしても」
「うん?」
「何でお前がやってくるのか、不思議で、さらに不満で仕方が無い」

 

 ジョシュアを起こしにきた男の名前は、パトリック・コーラサワー。
 今は結婚して婿養子に入ったので、嫁の方の名字で正式にはパトリック・マネキンなのだが、
 表だっての通りとしては、パトリック・C・マネキンとなっている。
 まあ、彼のことを「パトリック・マネキン」と呼ぶ者はほぼいない。
 パトリック呼びの嫁や親族を除けば、他は誰だって「コーラサワー」呼びである。
 なお、オデコ姉ちゃん一号とは、プリベンターの現場部隊の指揮官、サリィ・ポォのことである。
 何でそう呼ばれているかは、まあこの場では説明を控えさせていただく。

 

「なあ、一つ聞くが」
「ちゃっちゃと着替えろ……んあ、何だ?」
「あの男は、ちゃんと集合時間に遅れなかったのか」
「あの男って誰だ、名前で言えアラスカ野」
「お前も俺のことを名前でちゃんと呼べ。……隊長のことだよ」
「名前で呼べっつの」
「隊長は隊長だろが」

 

 ジョシュアが隊長と呼ぶのは、プリベンターのメンバーである、グラハム・エーカーのことである。
 かつてユニオンでフラッグ選抜隊が組まれた時、グラハムが隊長となり、ジョシュアの上司になったのだ。
 ちなみに、その時の面子には、ダリル・ダッジやハワード・メイスン達がいる。

 

「ナルハム野郎か? ピンピンしてるぞ、何でも集合時間の二時間前に場所に来たとかナントカ」
「二時間前……」
「私は我慢弱い男だから、とか言ってたが、そういうレベルじゃねーよな、あのバカは」
「バカにバカって言われたらおしまいだな、隊長も」
「何か言ったか?」
「別に」

 

 ジョシュアにとって、グラハムは一種、目の上のタンコブのような存在だった。
 ユニオンのMS部隊の中でも、まず腕っこきとして一番に名前が上がるのがグラハムで、自尊心の強いジョシュアにとっては、実にうっとおしい人間だったのだ。
 選抜隊の一員になって以降、事あるごとに中傷めいた皮肉をグラハムにぶつけていたのも、グラハムが創始した「グラハムスペシャル」というフラッグのフライト中の可変を無理矢理やったのも、
 全てはグラハムに対する嫉妬であり、僻みであった。
 俺の方がスゲエんだよ、なんてあからさまにやるのは、言ってみりゃ「男として小さい」わけだが、何しろグラハムがああいう性格なので、人間関係においては、ダリルやハワード、ビリーのように尊敬したり親友になるか、またはジョシュアのようにうざったがられるかの二極化が激しかったりするのもまた事実ではあった。
 ジョシュア程とはいかずとも、グラハムを快く思わない連中は、結構ユニオン軍の内部にいたのだ。
 まあ、ジョシュアの場合はグチグチ言いつつも、「隊長」呼びして曲がりなりにも目上として扱っている辺りがやっぱりヘタレの証明かもしれない。

 

「で、ナルハム野郎が何なんだよ」
「……いや、昨晩もトレーニングに付き合わされて」
「トレーニング?」
「浜辺で延々、コシティを振らされた」
「コシティ?」
「さらにゆらゆらクッションでバランスの特訓を」
「ゆらゆらクッション?」
「アブドミナルベンチで背筋と腹筋を鍛えて」
「アブドミナル?」
「最後にWii Fitでヨガ」
「フィット?」
「それを夜の10時から朝方の4時までずっとだ」

 

 グラハムの趣味の一つに、自己鍛錬がある。
 男として高みに登る為には、常に自らを鍛え続けなければならない、人生是日々修行也、という彼の信条故だが、何つーか、とにかくその方法が斜め上過ぎて常人には理解し難い。
 人気の無い深山の荒れ寺で読経三昧とか、一日ずっと滝に打たれるとか、河原を走っていたら急に山の奥までランニングするとか、何かもう、高みと言うか深みにはまってどーにもならないんじゃないか、という気すらしてくるレベルである。
 で、それに毎度つきあわされるのが、ジョシュアという次第。
 トレーニングなんざ自分一人でやればいいものを、グラハムという男、お節介というわけではないが、「我は精進する、だからお前も精進しろ」という性格なので、ユニオン時代から縁のあるジョシュアはとにかく被害に遭いやすいのだった。
 なお、ガンダムパイロットの少年達も一度ならず彼に誘われたことがあるのだが、全て一言の下に断っている。
 つまり、ちゃんと拒否すればグラハムもゴリ押しはしてこないわけだが、ジョシュアが毎度つきあわされるのは、ジョシュアのヘタレな性格故か、それともグラハムに「シゴキの対象」として特に目をつけられているからか、果たして、はてさて。

 

「ちょっと待てよ、浜辺ってどこだよ」
「浜辺は浜辺だ、海の側だ」
「……結構距離あるぞ」
「んなこたわかってる」
「で、器具は浜辺に最初からあったのか?」
「んなわけないだろ、持っていった」
「車で?」
「担いで走って」
「うーん、何つうか、トレーニング器具というよりトレーニング危惧だな」
「上手い事言ったつもりか? こっちは大変だったんだよ」
「そりゃそうだろうな」

 

 だがしかし実際、グラハムの無茶な特訓に付き合っているうちに、ジョシュアもそれなりに鍛えられてきているのは事実であるようだった。
 途中で離脱したことも何度かあるが、何だかんだで結構「つきあいきれている」のだから。
 普通、遠い砂浜までトレーニングの資材担いで走ってはいかない。
 いや、いけない。

 

「ほれ、顔洗って歯ァ磨いて髭剃ったか?」
「やったよバカヤロウ」
「んなら着替えて来いよ、オデコ姉ちゃんをあんまり待たすと鬼より恐いぞ」
「鬼より、ねえ」
「おっと、俺の目の前で脱ぐなよ、俺は男の着替えを見る趣味はねーぞ」
「誰がここで着替えるかボケエ!」
「ボケてんのはてめーだろうが、この遅刻野郎! 今日は大事な日だって皆言ってただろうが!」
「わかってたわい! 俺が悪いんじゃねえ! 隊長だ!」
「言い訳すんな! 俺なんか嫁さんに起こされなくてもちゃんと間に合ったぞ!」
「自慢出来ることかー!」

 

 まあ、とりあえず纏めると、今日、プリベンターは出発するのだ。
 これから起こるであろう、未知の事件の舞台となるはずの、アザディスタンへ。
 世界の裏側に潜む悪の陰謀を暴く為に。

 

「ブツブツ……だいたい全部隊長が悪いんだ……ブツブツ、俺を段ボール箱に押し込めて……ブツブツ」
「なぁに呟いてやがる、ほれ、さっさとしろさっさと!」
「急かすなよ、ちゃんとやってるつうの」
「あと10秒でやれ、ほれ、じゅーうー、きゅーうー」
「ガキかお前!」

 

 扉の奥と手前で(ジョシュアは部屋で着替えて、コーラサワーは廊下にいる)、大のオトナと思えぬやり取り。
 世界平和の守り手の一番星であるプリベンターのメンバーと思えないが、これが現実である。
 絹江・クロスロード辺りがこの光景を見たら、さて、この事実を報道しようと思うだろうか、どうだろうか。

 

「荷物持ったか? ハンカチは? ティッシュは? おやつはちゃんと上限金額守れよ?」
「だからガキか!?」
「ほれほれ、車用意してあるから乗れ! 空港まで飛ばすぞ!」

 

 コーラサワーは準備の終わったジョシュアを半ば蹴り飛ばすように玄関のドアから放り出すと、すぐに首根っこ掴んで階段を駆け下り始めた。

 

「ちょ、おま、ここは20階だぞ?」
「んなこた知ってる。お前、なかなか良いところに住んでるな」
「そーいうことじゃねー! 痛てて、引っ張るな! エレベーター使え!」
「まどろっこしいだろ!」
「エレベーターの方がどう考えても速いだろうが!」
「んじゃあもっと速くしてやる。こっから落とすからちゃんと着地しろよ」
「無茶言うな!」
「だったら、ちゃんと走れやあ!」
「うううう、くそう、何で俺がこんな目に!」

 

 ジョシュアは、望んでプリベンターに入ったわけではない。
 グラハム・エーカーによって、無理矢理に加入させられてしまったのだ。
 世界を守る、言ってみれば地球防衛隊みたいなもんだから、社会的な地位としては、ジョシュア本人もケチのつけようはない。
 ないが、とにかく職場の環境が彼にとって心地よいものでは決してない。

 

「くそう、世が世なら、AEUの少尉如きのお前なんざ、アゴで使える立場になってるはずなのにー!」
「ああン? 何か言ったかアラスカ野?」
「名前で呼べー! 俺はジョシュア・エドワーズだ!」

 

 アラスカ野、とはコーラサワーがジョシュアにつけたあだ名である。
 ユニオン時代はアラスカのジョシュア、で通っていたが、プリベンターじゃそんなの、門の表札にもなりはしない。

 

「だいたい、さっきも言ったが、何でお前が迎えに来たんだよ!?」
「俺じゃ不服か?」
「当たり前だ!」
「別にどうという理由はねえよ、集合場所に行ったら俺が最後だった。だからその罰で行かされたんだよ!」
「お前も遅れてんじゃねーか! 偉そうに俺に言えた立場かー!」

 

 地下の駐車場にジョシュアを引きずり込むと、コーラサワーは一番奥に停車している車に彼を放り込んだ。
 薄暗い地下でも、新橋色のボディが目に鮮やかな車である。

 

「ほれ、車に乗るぞ! 飛ばすからな、こっから喋ると舌噛むぞ!」
「ばばばば、バカヤロ、交通法規は守れよ! 一応俺達は公的に―――」
「模擬戦2000回不敗、スペシャルエースの運転を信用しやがれ! 行くぜイヤッフー!」
「ほんぎゃあああああああ」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 人間、何かしら何処かに取り得というものがある。
 例えば絵が上手かったり、歌が上手かったり、速く走れたり。
 他人のペースに巻き込まれても何とか生きていけたり。
 母と離れ、父にもあまり親らしいことをしてもらっていない引きこもりがちの少年だって、MSを操縦させたら天下一品だったり、新人類としてとぽこじゃか他人と感応したりと、特技を持っている。
 だいたいにして人間の能力というものは相対的なものが多い。
 絶対的な力なんてものは、まずありゃしないのが相場である。
 そんなものを持っているのは、神様だけである。
 コーラサワーの悪魔的な強運だって、所詮は他者と比較してわかるだけのこと。
 全てを良い方向に持っていく絶対的な運なんて、んなもんありゃしないのだ。
 多分。

 

「ほれ、次は右だ!」
「ほああああ、こ、こんな運転で大丈夫か!?」
「大丈夫だ、問題ねえ!」
「ぐあああああ、あぶねえ! い、い、一番いい運転を頼むうううう!」
「だから黙ってろって、舌噛むって!」
「のああああああ、コイツは人の話を聞かねえ!」

 

 コーラサワーやグラハムはともかく、 ジョシュア・エドワーズは今の自分の置かれた立場に満足していない。
 だが、少なくとも、当面は改善されることはないであろう。
 プリベンターにいる限り。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワー(とジョシュア)の心の旅は続く―――

 
 

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