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00-W_土曜日氏_152

Last-modified: 2011-03-27 (日) 18:08:57
 

 『平和・安寧の無為に耐えきれる者こそが、最終的な勝者に成り得る』
 ……という言葉がある。

 

 原因は何であれ、事件や戦争、異変といったものは全て人間が起こすものであり、それを実際にやるのも、また見るのも大好きだったりする。
 歴史を振り返ってみればわかるように、至るところに戦争、革命、大事件の繰り返し。
 平和と安寧の時代の方が少ないくらいである。

 

 何も無い日々、というのは現実にはまず、有り得ない。
 大なり小なり、自分の身にも、そして他者の身にも、事件というものは日常的に起こり得る。
 もちろん、日常的というからには、運命に大きく関わるものはほとんどない。
 大抵は、短ければ数分、長くても一カ月程度で解決するものばかりだ。
 そして、それで済む状態を、平和であり、また安寧であると言うわけだ。
 ただ、対岸の火事とはよく言ったもので、遠く離れた異国の地では、
 民族・宗教・主義その他諸々を理由に、血が流されているわけだが。

 

 平和や安寧は退屈という御供を引き連れており、その退屈と上手く付き合うことが出来れば、自分が事件の中心人物にならずに済むし、また被害者にならずに済む。
 過激で悲惨なことが起こらず、またそれを求めない心を持てるようになれば、人生というものは穏やかに過ごせるようになる。
 それが、「耐えきった勝者の姿」というわけだ。

 

 ここで難しいのは、「なら怠けてしまえば、ずっと平和じゃないか」と思ってしまうのは大間違い、というところである。
 それは「耐えている」のではなく、「流されている」のであり、その行きつく先は「遭難」しかない。
 大河に浮かんだ葉っぱと同じで、いずれは大海に出て、呑まれて底に沈むだけだ。
 それは、日常を生きていることにはならない。
 耐えるというのは、流れに「乗りつつも」「流されない」ことなのだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「どこから調べるかはもう決まっているわ」

 

 プリベンターの現場リーダー、サリィ・ポォは胸を反らして言った。
 別に意図してその仕草をしたわけではない。
 彼女が作戦を説明する時の、癖のようなものだ。

 

「イオリア・シュヘンベルグの研究所、そこしかないわ」

 

 サリィは皆を、プリベンターのメンバー一同を見回した。
 誰一人として、異議を唱える者はいない。
 当然であろう、皆がサリィと同じ考えなのだから。
 ……いや、若干一名、わかってないというか、あんまり深く考えてない者がいるが、ま、それは別に良いだろう。
 毎度のことである。
 そう、毎度の。

 

「彼の研究所は、市街に一つ。そして市外に一つ」

 

 サリィは手元のノートパソコンを操作した。
 薄暗い部屋の中、アザディスタンの首都(という呼び方はもう適切ではないが)の地図が、スクリーン上に鮮やかに映し出される。

 

 ここはアザディスタンの旧首都にある、とあるホテルの一室。
 プリベンターのメンバーはここに集って、今後の「方策」を練っているところである。

 

「市街のものは、建物はもう現存せず。かつての紛争の際に……」
「木端微塵というわけか」

 

 ここで口を挟んだのは、ヒイロ・ユイだった。
 彼の言葉に、サリィは首を縦に振る。

 

「その通り。だけど、かなり前から研究所の建物は、別の目的で使われていたようね」
「別の目的?」

 

 そう呟いて小首を傾げたのは、トロワ・バートンである。

 

「マイスター運送を設立後、イオリアはここを引き払ったわ」
「その後は、いくつかの民間会社が所有していたようだな」

 

 張五飛が手に持ったレポートを捲りながら、サリィの言葉を継いだ。

 

「今はまったく別の建物がある。ここは正直、捜査の対象にはならないわね」
「そうだな。ってか、地図を見るとそこは公園になってるじゃないか。調べようがない」

 

 やれやれ、といった風に肩をすくめてみせたのは、デュオ・マックスウェルである。

 

「地下には水道管やらガス管やらが設置されていて、何かが埋まっている、ということもなさそうよ」
「ならば、調べるところは自ずと限られるな。と言うより、一つしかない」

 

 腕を組み、背を壁に預けながら、グラハム・エーカーは言った。
 椅子が空いているのに、この男は腰を下ろそうとはしない。
 集団の輪から変に外れている辺り、彼の「ポジション取り」の心理が垣間見える。
 なお、今日は仮面は無しで、ブシドーモードではない。

 

「だから最初に言ったでしょ、どこを調べるかはもう決まっているって」

 

 サリィは再び、ノートパソコンを操作した。
 スクリーンからアザディスタン首都の地図が消え、また別の地図が浮かび上がる。

 

「ここはどこなの?」

 

 ヒルデ・シュバイカーが緑茶をすすりつつ、サリィに質問する。

 

「アザディスタン首都から、北東に約70㎞。砂と岩の大地で、付近には建物も疎ら」
「何かまた、不便そうなところですぅ」

 

 ミレイナ・ヴァスティが眉を顰める。
 その手には、今日すでに三枚目の胡麻煎餅が握られている。

 

「イオリアのもう一つの研究所。表向きはどうあれ、どうやらこちらの方が彼の『主宅』だったようね」
「建物は?」
「データを見ると、もう無いわね。100年程前に資材置き場として整地されたみたい」
「成る程ね」

 

 サリィの言葉に、ほぼ全員が頷いた。
 整地されているということは、地上に何ら手がかりはない。
 だが、しかし。

 

「地下か、こっちの方の」
「おまけに、すぐ側にはむき出しの岩山があるわ。洞窟付きのね」
「そこは手つかず?」
「一度、どこかの国の学術探検隊が入ったことがあるようね。他にレアメタルの調査隊も。だけど、何も発見されなかった」
「怪しいな」
「怪しいですね」
「そこに、イオリア・シュヘンベルグの『遺産』があるわけか」
「まだわからない。だが、最低でもその一欠片程度なら見つかるかもしれん」
「そういうこと。さ、ここから先は移動しながら説明するわ」

 

 サリィはノートパソコンの電源を落とした。
 ほぼ同時に、ヒルデが部屋の灯りを点ける。

 

「連中は待たないんだな?」

 

 ヒイロがサリィに尋ねた。
 「連中」というのは、マイスター運送の面々、人類革新重工のソーマ・ピーリスとアンドレイ・スミルノフ、
JNN通信の絹江・クロスロード、そして在野の天才科学者ビリー・カタギリのことである。

 

「彼らには後から来てもらうわよ。何があるかわからないんだから、いきなり同行はさせられないわ」
「まあ、そうだな」

 

 デュオが小さく笑いながら、サリィに同意した。
 彼女の言葉の裏が、彼には十分わかっている。
 つまり、同行させたくない理由があるのだ。

 

「おい、行くぞ」
「……んが」
「行くってば」
「んが、あ」
「行くから起きろって言ってるんだよ!」
「ふんが! あいて! な、何しやがる、いきなりドツくとはどういう料簡だ!」
「お前こそミーティングの最中に堂々と寝るとはどういう料簡だ!」

 

 デュオは、すぐ横で船を漕いでいた男を思いっきりぶっ叩き起こした。
 それが誰かは、説明はいるまい。

 

「模擬戦二千回不敗、AEUの元スペシャルエース、パトリック・コーラサワー様を殴るとはこの、ぐがぅ!」

 

 さらに背後から五飛が背中を蹴り飛ばす。

 

「お前、何を、はげヴぁ!」

 

 そして、何時取り出したのやら、前につんのめったコーラサワーの顔面に、フライパンを差し出す。

 

「……それくらいにしときなさい。ここで怪我されて使い物にならなくなったらどうするの」
「そっちの方が今後楽にならないか?」
「トドメさしといた方がいいですぅ」
「お、お、お前らなあ……」

 

 フライパンの裏にしたたかにぶつけた鼻をさすりつつ、コーラサワーは涙目でデュオ達を睨みつけた。
 あんまり勇ましくない。
 つうか、マヌケすぎて全然怖くない。

 

「これから下手すりゃドンパチ始まるかもしれないってのに、ぐうすかと寝るかね普通」
「どこまでも変わらん奴だ」
「バカなんだよ」

 

 最後の言葉はジョシュア・エドワーズのものであるが、グラハムの陰にかくれてこっそりと言っている辺り、コーラサワーの反撃を幾らか警戒している模様である。

 

「ミーティングで寝るくらいなんだってんだ、俺は今までも数知れず会議で居眠りしてきたが、それで不始末を起こしたことはないぞ!」
「そう思ってるのはお前だけだろ」
「周りが不始末を消してくれたに違いないな」

 

 容赦のないツッコミを。デュオと五飛はコーラサワーに浴びせた。
 恐ろしいのは、この二つのツッコミがツッコミじゃない、つまりほぼ事実に近いということである。

 

「居眠りしてなかったのは、多分嫁さんが上司だった時だけだな」
「何でわかるんだよ」
「わかるよ!」
「いいから早くしなさい、貴方達!」

 

 ぐりり、とサリィの眉間にシワが寄る。

 

「やっぱりもう一回ドツいたらどうですぅ?」
「昔から今までずっと変わらんのだな、こいつは」
「平時であっても、戦時であっても、ね」

 

 コーラサワーはコーラサワー、わかっていることだが、もうどうしようもない。

 

「おいおい、褒めるなよ、あんまり」
「褒めてねーよ!」

 

 苦笑するしかない皆なのであった。 

 
 
 

 ……さて、無為という言葉には、「何もしない、自然のまま」という意味の他に、もう一つ意味を持つ。
 それは、「因果の関係から離れ、絶対変化しない永遠の真理」という。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の無為は続く―――

 
 

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