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00-W_土曜日氏_153

Last-modified: 2011-03-27 (日) 18:45:34
 

 砂混じりの乾いた風が、緩やかに吹き付けてくる。
 肌がざらついたような感じを覚えて、やや不快そうに、パトリック・コーラサワーは頬を撫でた。

 

「しかし、何もないところだな」
「まあ……そりゃそうだろ」

 

 彼のすぐ横で、腕を組みながら、デュオ・マックスウェルは答えた。
 彼らの周囲にあるのは、荒涼たる砂と岩の大地と、そして僅かに確認出来る、かつて建物があったであろうという土台の跡のみ。

 

「整地されてから、ほとんど人の手が入ってないってんだから」

 

 デュオは、足元の石ころを一つ、蹴りあげた。
 その石は、放物線を描くと、砂の上に落ち、跳ねることなく、少しだけ転がった。

 

「ここに、イオリア・シュヘンベルグの研究所があったわけだ」
「何つーか、もの好きなオッサンだったんだな、そのイオイオナントカって奴」
「何で?」
「だって不便だろ、こんなところに研究所建てたって」
「……まあ、な」
「これがラブホテルだったら、間違いないくオープンから一カ月で潰れるな」
「どんな例えだよ」
「でも、わかるだろ?」
「不便だ、ってことはな」

 

 コーラサワーの言葉を一応肯定しつつも、デュオにはまた、違った思いがある。
 人里離れたこんな寂れた土地にて取り組むということは、それなりに理由があるからだ。
 でなければ、コーラサワーの言うとおり、こんな不便な場所を選びはしない。
 つまり、イオリアの研究があまりに特殊であったが故に……。

 

「周りには、本当に何もないようですね」

 

 二人に、カトル・ラバーバ・ウィナーが近付きながら言った。
 その手には、防塵処理を施された、デジタル双眼鏡が握られている。
 彼は生まれが中東であるので、こういった気候には慣れている。
 首から防砂用の特殊ゴーグルをぶらさげているが、これはおそらく、ウィナー家の自前のものであろう。

 

「遠くに送電塔、そして使われていない石油パイプラインくらいです」
「そして、後はあの岩山か」
「はい、あれですね」

 

 コーラサワーは、カトルが指差した方向に目をやった。
 砂と土の大地の上に、ポツリと、赤茶けた岩塊が見える。

 

「岩山ってーのには、ちょっと大きすぎるな」
「強いて言うなら、大岩山か?」
「そうですね」

 

 おどけたようなデュオの言葉に、カトルはクスリと笑った。
 だが、その大岩山こそが、彼らにとっての重要な目的地であるのだ。
 そこにある、洞窟の奥が。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ビリー・カタギリは天才である。
 エコドライブであるミカンエンジンを開発し、それを動力とする巨大人型メカ、MS(ミカンスーツ)を作り上げた。
 常人には、おいそれと出来ることではない。

 

「これは、置いていかれちゃったかなあ」

 

 そんな彼は、首を傾げつつ、空を見上げて呟いた。
 口調は困ったような感じだが、その表情はそこまで深刻なものではない。
 本気で心配していない、と言うより、生まれつきやや鈍感、というかのんびりとした気質なのだ。
 これは彼が名家の出であることも関係しているかもしれない。

 

「……そうみたいですね」

 

 そして、そんなビリーの態度にやや呆れつつ、相槌を打つのは、JNN通信の報道アナウンサー、絹江・クロスロードである。
 隣に立つビリー・カタギリも研究者としては若いが、彼女もアナウンサーとしてはまだ若い。
 二十の半ばにも達しておらず、業界ではペーペーの扱いである。

 

「何も連絡は聞いてないんですよね、カタギリ博士?」
「うーん、ホテルまで来てくれとは言われたけど、それだけだねえ」

 

 別に二人は連れ立ってやって来たわけではない。
 たまたま、到着のタイミングが重なってしまっただけである。

 

「うーん、どうしたものか」
「……」

 

 ビリーと絹江、互いに多少面識はあるものの、どうにも居心地が悪くなってしまうのは仕方が無い(より絹江の方に)。
 何しろ、在野の科学者と報道アナである。
 普通なら、取材される側と取材する側なのだ。
 どうしても空気が微妙にはなってしまう。

 

「クジョウ君達はまだ来てないみたいだなあ」
「クジョウ……?」
「マイスター運送の社長だよ。僕のかつての学び仲間さ」
「……スメラギ・李・ノリエガではなくて?」
「ああ、今はそうみたいだね」
「今は……」

 

 絹江は右手の人差指をこめかみに当てた。
 彼女自身のそもそもの目的はアロウズの不正を暴くことだが、何時の間にやら、それを越えた出来事に関わってしまったように思えてならかった。
 プリベンター、アロウズ、人類革新重工、マイスター運送、ビリー・カタギリ、そしてイオリア・シュヘンベルグ。
 いったい、どこに、そしてどのように着地するのか。
 こうなったら、最後まで付き合うしか、道はない。
 出発前、弟の沙慈・クロスロードは言ったものだ。
 姉さんは熱心なのはいいけれど、突っ走り過ぎるところがあるから気をつけてね―――と。

 

「余裕が無いのかしら、私」
「え?」
「ああ、いえ、独り言です」

 

 危ない橋を渡ることに、慣れているとは言えない。
 何しろまだ自分は若いし、危険な場所に言った経験も少ない。
 アロウズの裏を覗いたことで、危険人物(向こう側の)として、密かに「処理」されてしまうことだってある。
 JNNの上層部にもアロウズの手が伸びている可能性は高く、身内で味方と言えるのは、弟である沙慈、そしてJNN資料部の主であるハワード老人と同僚のイケダくらいである。
 絹江としては、ここまで来た以上、プリベンターにとことんくっつく、卑屈に言えば庇護してもらうしかないのだ。

 

「あ、来た来た!」

 

 いつの間にか俯いていた絹江は、ビリー・カタギリの声にハッと顔を上げた。
 道の向こう、空港からの直行便であるバスの降り場のところに、見知った顔が並んでいる。
 すなわち、マイスター運送の面々と、そして人類革新重工の二人。

 

「これで全員かな?」
「そう、ですね……」

 

 絹江は胸のポケットを、そっと上から押さえた。
 丁度心臓の位置にあるそこには、小型のカード式映像カメラが収められている。
 ジャーナリスト必携のもので、持ち運びに容易であるし、何より、使っているところを他者に咎められにくい。

 

「余裕は……作るものよね」
「ん?」
「また、独り言です。カタギリ博士」

 

 絹江は視線を、道路の向こう側から、上に移した。
 砂の為か、空は青の他に、うっすらと黄色の膜がかかっているようにも思える。
 が、太陽の光はそれによって鈍くなるどころか、いっそうの強さを増しているように、絹江には感じられる。

 

「やらなきゃ。私の為に、父さんの為に、沙慈の為に……」

 

 絹江にとって、まだその目的地は遠い。
 だが、確実に近くに寄っては来ている。
 後悔をせぬ為に、彼女は闘わなければならないのだ。
 プリベンターの力を、借りて。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 
 

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