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00-W_土曜日氏_29

Last-modified: 2008-10-02 (木) 18:18:24
 

 地球標準時で厳かに年があけた。
 老いも若きも男も女も、それぞれに親しい人と「今年も良い一年になりますように」と挨拶を交わす。
 まことめでたいわけだが、さて、我らがプリベンターはと言うと。

 

「おめでとさん」
「おめでとうございます、みんな」
「……ああ」
「今年もよろしく頼む」
「おいトロワ、年越し蕎麦はちゃんと全部食え、残すな」

 

 本部で待機しているのだった。

 

          *          *          *

 

 プリベンターは紛争の目を事前に摘むのが主な仕事である。
 また当然、起こってしまった事件に対しても速やかに介入、これを解決せねばならない。
 警察でも軍隊でもそうだが、この手の仕事は行事に合わせた休みなどない。
 むしろ、そうした行事の頃あいだからこそ、不意の出来事に備えてすぐに動けるようにしておく必要がある。

 

「みんな、お餅焼けたよー。何個食べる?」
「悪いなヒルデ、俺は三つ。あ、二つは磯辺で一つはキナコ」
「僕は二つお願いします、大根おろしのからみで」
「俺は雑煮にしてくれ。大根と人参が入った白味噌で頼む」
「ひとつでいい。蕎麦で十分腹が膨れた」
「俺は餅はずんだ餅だけと決めている」

 

 てんでバラバラなことを言うガンダムパイロット。
 なかなか好みがうるさい連中である。
 まあ、彼らも経歴こそは特殊だが、食欲は歳相応であるということだ。

 

「もう、面倒くさいわね」
「あなたたち、お節もあるんだからほどほどにしておきなさいよ」

 

 エプロンを巻いてせこせこ動き回っているヒルデとサリィは、何とも所帯じみていると言うかオバサン臭く、とてもではないが精鋭組織であるプリベンターのメンバーには思えない。
 もっとも、本人たちにそう言ったらスマキにされた挙句リーブラ砲でぶっとばされるだろうが。

 

「おい、アンタはいいのかよ、餅は」

 

 デュオがくるりと顔を90度横に向けて、そちらの先にいる人物に声をかけた。
 その人物とは。

 
 

「好意はありがたく受け取っておくが、私にはこのユニオリアン・フラッガー・ワイン1975年モノの白があるのでね」
「つまりいらないってことだな」
「簡潔に言うとそうなるな」
「最初から簡潔に言えよ」

 

 乙女座センチメンタリストこと、プリベンターを代表する二大変態のうちの一人、グラハム=エーカーさんである。
 どこから持ち込んだのか牛皮のソファーに腰を下ろし、上下をビシリとブランドスーツで決め、足を組んでワイングラスを傾けている。
 パーティの会場か豪奢なお屋敷の一室なら問題ないであろうが、少なくとも世界平和を守る組織の本部にはそぐわない格好だと言わざるを得ない。
 まあ、だからと言ってユニオン時代の軍服を着られてくつろがれても困るわけだが。

 

「芳醇な芳香が口の中にふわりと広がりまったりと舌の上で転がるのが実に良しとする敢えて言おうこのワインに心を奪われた者だとふふふ口が滑った」
「早口で何言ってるんです、この人?」
「カトル、顔を合わせるな、当分ほっとけ」

 

 こういう手合いの扱いはある程度慣れているガンダムパイロットたち。
 ほれ、ライトニング・カウントさんとかOZの総帥とか、多少毛並みは違うがあっちもちょっと自己陶酔型ではあったので。

 

「しかし、世の中平和だな」
「世界はな」
「あと、ここもな」

 

 そう、プリベンター本部もグラハムがいるとは言え、平和であった。
 何故か?
 答は簡単である。

 

「あいつに特別休暇与えて国に返して正解だったな」

 

 プリベンター・バカことパトリック=コーラサワー。
 彼は今、帰国中なのであった。

 

          *          *          *

 

『皆さんあけましておめでとうございます。私、絹江=クロスロードは只今パリに来ています』
「お、ちょうどアイツの国からだぜ」

 

 どこのテレビも、世界各地の元日の様子を放送していた。
 標準時で新年なため、時差があって朝のところやら夜のところやらいろいろだが、まあそれも風物詩と言えば風物詩である。

 

「いくら何でもテレビに映りはしないだろうな、あいつ」
「はは、まさか」

 

 ヒイロの懸念を笑って否定するデュオ。
 だが残念、君はまだコーラサワーを甘く見ています。

 

『パリのセーヌ川、ナシオナル橋に来ているんですが、先ほどから人だかりが出来ています。なにかあったのでしょうか? 尋ねてみたいと思います』

 

 休暇を取らせて国に帰したくらいで、奴がおとなしくするわけがあろうか、いや、ない。
 心に自由のアホ女神を住まわせているコーラサワーなのだ。

 

『すいません、何があったのでしょうか? ええ、はい、なるほど……皆さん、これはビックリです。なんとセーヌ川を泳いで海まで行こうという人がいるそうです』
「世の中には物好きな奴がいるもんですね、今は真冬じゃないですか」
「目立ちたがり屋かバカなんじゃないの?」
「……目立ちたがり屋」
「……バカ」
「おい、まさか」

 

 ガンダムパイロットは餅の皿を放り出して、テレビモニターに食いついた。
 はたして、そこに映っていたのは。

 

『あ、あの人のようですね。まだ若いようですが本当に泳ぐようで、海水パンツだけになっています』

 

 甘い茶色のボサリとした長髪、不敵にして自信満々な顔。
 さてここで問題です、この人物は誰でしょうか?
 見事正解された方は自分の貯金でフランス旅行、暇を見つけていってらっしゃい。

 

「あ、あ、あのバカだあ!」

 

 では答の発表。
 はい、パトリック・コーラサワー暫定29歳その人です。

 

『何故こんなことをするのかインタビューしたいのですが、人混みが多くて無理のようです……あ、あ、飛び込むようです! 今まさに!』

 

 マイクは届かずとも、カメラは望遠が可能。
 ぐぐぐいと寄って、その表情をキャッチする。

 

「何爽やかに微笑んでやがるんだ、このバカ」
 撮られているのを知ってか知らずか、カメラのほうに振り向くと、パチリとウインクをかますコーラサワー。
 海パンいっちょでこの表情、小○よしおでも北○康介でもできはしまい。
 年齢に比べて童顔なのがまたオバカらしさを強調している。

 

『ああっ、飛び込んだ、飛び込みました! 大歓声があがっています、橋の上からも、両岸からも!』

 

 レポーターの絹江さんもやや興奮気味でまくしたてる。
 しかし、橋の上から飛び込んで大騒ぎとは、いったいどこの優勝した年の阪神ファンであろうか。
 フランス人の享楽性、もしくは世界が平和になって気持ちに余裕ができた現れとして片付けるのは、あまりにも危険な気がする。

 

『泳いでいきます! この厳冬の中、冷たい川の中を、クロールで! エイトビートで泳いでいきます! えっと、これどうしたらいい? 追いかけたらいいの?』

 

 絹江さん、予定と違うレポートでややテンパってたり。
 テレビ番組の進行を狂わせるとは、さすがはコーラサワーと言うべきか否か。

 

「……おい、どうする?」
「どうするって、どうしようもないですよ」
「すでに飛び込んでしまっているしな」
「とりあえずサリィには黙っておけ、今は気分良くお節料理の盛り付けをやってるだろうから、少なくともそれが終わるまでは」
「あとレディ=アンにもな。政府主催の年越しパーティに出席して大変だろうから」

 

 モニターの向こう側、バシャバシャと川の水を切って泳ぐコーラサワーを見ながら、ガンダムパイロットは溜め息をついた。
 このたぐいの溜め息は、はてさて、プリベンターが新生してからいったい何度吐いたことであろうか。

 

「海に行ってどうしようというのか、さて、彼の考えることはよくわからないものだ」
「他人事みたいに言うなよ、アイツの恥はプリベンターの恥なんだぞ」

 

 のほほんとしたグラハムにデュオが突っ込むが、一向にグラハムに届いている様子はない。
 小さくワイングラスに円を描かせ、例の“グラハムスマイル”で“グラハム節”を口にする。

 

「しかし、彼もやると言ったのならそれを成さねばならない。フッ、失敗すれば世界の鼻つまみ者だ」
「あいつ一人が鼻つまみ者になるならそれでいいけどよ、あいつのせいで俺らが鼻つまみ者になるのはかなわんぞ」
「よし、トロワにヒイロ、腹ごなしに出動するぞ」
「何するつもりです、五飛?」
「世間に大々的にプリベンターの恥が発覚する前に、あのバカを排除しに行く。三人もいれば確実に川底に沈められるだろう」
「わかった、手を貸す」
「用意するのは投網とロープでいいか?」
「本気で同意しないでよ、二人とも!」

 

 五飛とヒイロ、トロワを押しとどめようとするカトルにデュオ。
 それを横目に、マイペースでワインを喉の流し込むグラハム。
 簡易キッチンでおせち料理の重箱への盛り付けにいそしむサリィとヒルデ。
 そして、セーヌ川をダイナミックなスペシャルクロールで下っていくコーラサワー。
 プリベンターのメンバーにも、新年の平和な空気が頭上を流れていく。
 謹賀新年、世の中は無事、事件の塵も滓もなし。

 

『すいません、カメラでは追いきれなくなりました。で、では凱旋門の方に移動したいと思います。また中継は、後ほどに』

 
 

 あけましておめでとう。
 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は、今年も続く――

 

 

【あとがき】
 あの予告の笑顔は反則だと思いますコンバンハ。
 次週がもう楽しみで楽しみでしかたありませんサヨウナラ。

 
 

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