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00-W_土曜日氏_50

Last-modified: 2008-12-11 (木) 23:36:02
 

「うむ……やはり美味いな」

 

 最近話題のヤキトリ屋、その隅の席にて、人類革新重工商品開発部部長のセルゲイ=スミルノフは、グラスの酒をノドにホロホロと流しこんでいた。
 店内を薄く包む炙りの煙、年期を感じさえる渋いスーツ姿、そして冷酒。
 実に味を感じさせる一景と言えた。
 思わずコーラサワーも「似合ってんな」と一瞬感じた程だ。
 この深みは、さすがにコーラサワーがどれだけ粋がってもまだまだ出せない類のものだろう。

 

「ちゅ……ケフン、部長、素敵です」

 

 そんなセルゲイをキラキラと輝く瞳で見つめているのは、彼の秘書であるソーマ=ピーリスちゃん。
 未だ18歳の銀髪麗しき乙女である。
 素敵とはいうものの、その感情は恋愛ではなく親とか保護者に対する純粋な敬愛のそれ。
 なかなか複雑な生い立ちである故、ちょっと真っ直ぐ過ぎる、
 見方によっては半ば崇拝とも言える信頼をセルゲイに寄せている彼女なのだった。
 バケラッタ。

 

「さあしょう……ゴホン、ピーリス君、遠慮なく食べたまえ」

 

 18歳ということは未成年。
 未成年をこんな店に堂々と連れてくるセルゲイってどうなのよとは思うが、ヤキトリを食べるくらいなら問題はないだろう。
 何となく、家族連れで居酒屋に行く感覚である。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 微笑ましいっちゃ微笑ましい。
 二人の横で無言で芋焼酎を飲んでいるミン係長がどこか痛々しいが、まぁそれはそれとしておこう。

 

          *          *          *

 

「むはは、イケる口だなおっさん」
「君もなかなかに強いな、結構なことだ」

 

 さて、酒は人生の潤いとか何とか。
 歳が離れていても、一献付き合えばそこで飲み仲間というものは成立する。
 これは駅前の立ち飲み屋でも高級なバーでも変わらない。
 コーラさんとセルゲイ部長、何だかんだで意気投合した模様である。
 セルゲイはさすがに歴戦の管理職といった感じで、傍若無人気味なコーラさんをしっかりと受け止めて対応している。
 外見は岩のように固い彼だが、案外コーラさんのようなタイプに好意的なもかもしれない。
 懐が広いのか、それとも感性の軸がずれているのか、どちらなのかは定かではないが。
 グラハムやジョシュアとも普通に酒を酌み交わしているところを見ると、後者という気がちょっとはする。

 

「おい、お前」
「んあ?」
「また部長のことを『おっさん』などと……この串で額を刺されたくなかったら、その言葉づかいを改めろ」

 

 が、さすがにソーマちゃんはそうはいかない。
 彼女にとってセルゲイは尊敬の対象、コーラサワーの態度がゾンザイなものに思えて仕方がないのだ。
 もう少し彼女が人生経験豊富で器用な性格ならば、セルゲイを見習ってコーラをいなすことも出来るのだろうが。

 

「おっさんはおっさんだろ、俺は別におっさんの部下じゃないし、それに馬鹿にしてるつもりはないぜ、おっさんのことを」
「貴様、四度もおっさんと言ったな!」
「あんだよ、月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月みたいなもんだろ」
「全然違う!」

 

 コーラサワーとソーマ、語感が何となく似ている二人だが、どうにも性格は合わないらしい。
 アニメの二期でうまくやってけるのか、どーにも不安である。

 

「だいたいな、酒も飲めねーお子ちゃまに説教される謂われはねーよ」
「私も精神レベルがお子様の大人にいばられる覚えはない」
「ふーんだへーんだ、悔しかったらビールの味でも覚えてからかかってきやがれ」

 

 ガキである。
 まんまガキの口喧嘩である。
 情けないのは突っかかるソーマなのか、それとも酒臭い息で文句を垂れるコーラさんなのか。
 どっちもどっちな気もするが、さて。

 

「言ったな、お前」
「言ったぞー。っと、おーいオヤジさんよ、ネギマにポンジリ、三本ずつ追加な」
「よし、見ていろ。仮にも超兵たる私がお酒の一杯や二杯……!」

 

 手近にあったコップを、ガッと掴むソーマ。
 さすがは本人も言うように超兵、ミンもセルゲイも止める暇のない速さだった。
 ドクドクと芋焼酎をコップに注ぐと、グイッと一気にあおる。
 ああああ法律違反、これが警察にバレたらセルゲイの首が飛ぶわけだが、悲しいかな、コーラサワーへの怒りでそこまで頭が回ってないぞソーマちゃん。
 完全なる超兵モードのアレルヤがここに居たら、「身体の反応と思考がズレてんだよバーヤ」と鼻で笑ったことであろう。

 

「んぐ……んぐ……んぐ……ぷはっ」
「んげ、マジで飲みやがった」

 

 コーラの目の前で、ソーマの白皙の頬が見る見るうちに朱に染まっていく。
 さすがに銀の髪は色が変わらないが、肌の色は一寸前とは全く別モノに。
 ついでに目もぐいっと据わり気味になったりして、もう一発で酒に強くないことがわかってしまう変わり様だ。

 

「ピーリス君、自重したまえ」

 

 遅いよ部長、遅すぎるよ。
 いくら超兵の動きに追いつけなかったからと言っても、ならばコップを口に当てる前に止めないと。

 

「ふ、ふふ……うふふ……バケラッタ」
「な、なんだこりゃ」

 

 赤い舌をチロリと出して唇を舐めるソーマ。
 もう少し歳を重ねててもう少し起伏のある身体をしていたらさぞかし艶っぽいのだろうが、残念、今の彼女では異様な雰囲気の方が先に立つ。
 コーラも女性関係についてはかなり戦歴をツンデレ、じゃない積んでることもあって、薄気味悪さを察知したのか、警戒するかのように半身を後方にずらす。
 まるで怯えた猫である、これでは。

 

「おい、きしゃま」
「お前、舌回ってねーぞ」
「……しょうぶだ」
「は?」

 

 気に食わない相手+アルコール=勝負してぶっ倒す。
 実にわかりやすい、チュートリアルなんぞいらない親切すぎる思考である。
 さすが超兵。
 ん、違うか。

 

「ぶちょおをイジめるやつはゆるさない。だからしょうぶだ」
「いや勝負するってんならこっちも望むところだけどよ、後日にしとけ」
「うるしゃい」
「プリベンター本部に来たら模擬戦でコテンパンに、ってお前聞いてるか?」
「きいてにゃーい、きいてにゃいもん。だからしょーうぶ」
「……おい洗い熊のおっさん、こいつ、酒癖相当悪いぞ」

 

 絡み状態に突入したソーマをさすがにコーラもかわしきれず、セルゲイに流す。
 この手の『酒が入ったら変わる女性』の相手をコーラサワーは経験豊富なだけに何度かしたことがあるが、やはりソーマは勝手が違うらしい。
 いや、経験豊富だからこそがっぷり四つで組んだらマズイと細胞レベルで理解したのかもしれない。

 

「……ううむ」
「いや、ううむじゃなくって、おっさん」
「すんごぉぅぉおぅおい!」
「わ!」

 

 セルゲイ、突如両の目からまるで星飛○馬のように涙をドバー。
 さらに首を縦に何度も振り、体を感極まったように小刻みに震わせる。

 

「彼女は……今、生の実感を得ているのだ」
「は?」
「感謝をする。これで彼女は今、人間としての階段をひとつ上った」
「へ?」

 

 ソーマ=ピーリスの過去は重い。
 ロシア軍の研究所で人間兵器として育成され、その行き過ぎた非人道的行為に査察が入って解放されたはいいものの、当然身寄りもなく、本来なら病院にスライドしてそこで一生を終えるはずの存在だった。
 そんな彼女を引き取ったのが軍とのパイプを持っていたセルゲイで、以後側に置いて人間として、女性として真っ当に暮らせるように骨を折ってきた。

 

「これで二度目だな……君によって彼女が成長したのは」
「ほ?」

 

 家庭を持ちながらさらにソーマの面倒を見るのは並大抵の苦労ではなかったであろう。
 まぁ、とっとと正式に養女にしとけば家族に出来たんだから、そっちの方が良かっただろうにとツッコミたくなるけれども。

 

「すんごぉうい、実にすんばらすんごぉうい」

 

 いや、未成年に酒で成長もクソもないけどね。
 何か溺愛とは違うレベルで危ないぞこれ。

 

「ブツブツ……酒……乙女……成長……」

 

 スミルノフ部長、廃人、じゃない俳人モードに。
 これで完全にソーマちゃんは首輪のついてない犬状態

 

「さあしょーぶだ、しょーぶ」
「いや勝負ったってよ、どうすんだよここで!?」
「……すもーだ」
「ああ琴○州、いやじゃなくって、相撲なんか出来るか! こんなところで!」

 

 女と出来るか、とは言わないコーラさん。
 なかなかわかっていらっしゃる。

 

「うでずもーだ。ヒック」
「……ああ、まぁそれなら」

 

 しかし、完全にコーラサワーが受けにまわっている。
 本来なら騒動の主導権は常に彼にある筈だが、プリベンターの外での出来事とはいえ、ここまで彼が後手後手にまわるのも珍しい。
 やはりソーマとは相性的に悪いのだろう、男女のじゃなくて、人間としての。

 

「よし、こーい」
「お、おう」

 

 コップと皿を横にどけて、腕相撲の舞台を作る二人。
 さっきから店のオヤジがチラチラこっちを見ているが、何も言わないのはセルゲイが昔からの常連だからなのかそれとも忙しいからなのか、はたまた見て見ぬふりをしているだけなのか。

 

「おい、パトリック=コーラサワー」
「何だよナルハム野郎」
「勝負というからには全力を尽くせ、相手が酒に酔っていてもだ」
「それと、出来れば簡単に勝負を決めるな、粘れ」

 

 コーラサワーに声をかけるグラハムとアラスカ野ことジョシュア。
 こーいう時でも自分の流儀か、ソーマを止めずに逆にコーラサワーに手を抜くなというグラハムはやはりおかしい。
 まぁコイツも勝負ごとに関しては視野狭窄気味な奴ではあるが(周囲の状況より勝ち負け重視)。
 で、ジョシュアがトンチンカンなことを言っているのは、これはソーマがスーツの上を脱いでブラウス姿になったから。
 コーラサワーが勝つにしても負けるにしても、腕相撲が長引けばソーマのブラウス姿をより拝めると思っているのだろう。
 もしかしたら、何かのはずみでそれ以上のものが期待出来るとすら考えているのかもしれない。
 男としちゃ正しいのかもしれないが、ちょっと情けないぞお前。

 

「よぉしいくぞー、んぐ……んぐ……んぐ」
「お前、焼酎を割らずに二杯目かよ」
「ぷはー、さーしょぶしょぶ、ちうさ、ヒック、じゃないぶちうをばかにするやちゅはわたしがゆるしゃにゃう」
「……喋れてねえ」

 

 酔って絡んでくる女をいなしてベッドインしたことは過去に何度もあれど、酔って腕相撲を挑んでくる女を相手にしたことはない。
 パトリック=コーラサワー29歳、未知への挑戦である。

 

「よーし、いくぞぅ。ヒック」
「……こりゃとっとと終わらせた方がいいな」

 

 互いに右の掌をがっしりと握り合わせる両者。
 残念ながら石破ラブラブ天驚拳ではない。
 色気のイの字も恋愛のレの字もない、酒席での殺伐たる腕相撲である。
 なお、腕相撲とアームレスリングは似て異なるものだそうで、それは各自調べておくれ。

 

「がんだむふぁいとー、れでーごー!」
「それWと違うGだろ……ってうおっ!?」

 

 右肘から先に凄まじい圧力を感じ、コーラサワーは驚いた。
 ソーマの握力、そして押してくる力は尋常ではなかったからだ。
 とてもとても細腕の女のものではなく、全力を出さねば抗しきれない程だった。
 コーラサワーも元軍人としては細身な方だが、それでも同じ年代の他の男に比べれば決して非力ではない(あくまで平均より上、ということだが)。
 それがどうだろう、10も年下で自分の2/3くらいの大きさの、しかも女性に腕力で押されるとは。

 

「な、に、ぬねの!? お、お、何だこいつ!」
「ふふ、うふふ……ちょーへいをあまくみりゅな、ばけらった」

 

 そう、ソーマ=ピーリスは超兵、規格外の人間。
 その身体能力は、ガンダムパイロット生身最強の五飛以上なのだ。
 恐るべしちょーへい。

 

「どうした、何を手こずっている?」
「うひょー銀髪ちゃん前かがみ、もっと粘れ」
「す、好き勝手言うなお前ら、こ、コイツおかしいんだって!」

 

 だが、コーラサワーも意地がある。
 模擬戦で引き分け、さらに酒の席とは言え腕相撲で負けたなら、あまりに立場が無さ過ぎるし、自尊心がどえらく傷ついてしまう。
 プライドにかけても、ここはソーマを捩じ伏せねばならない。

 

「ぬお! ふぬりゃ! ほんが! ばーろー! 二千回! スペシャル!」

 

 よくわらかん掛声を放ちつつ、コーラは全力のさらに奥の力を解き放つ。
 これぞ火事場のク○力

 

「ふふ、ふふふ……それでぜんりょくにゃのか?」
「おごおおおおおおおおおお!!!」

 

 しかし、ソーマはピクリとも動かず。
 額に汗ダクのコーラに対し、まったくどこ吹く風の涼しい顔(酔ってるけど)。

 

「……ちゅーさ、じゃないぶちょーをこけにしたばつ……とどめをさしゅてやりゅ!」
「のあああああああああ!!!」

 

 さらなる負荷が右の腕にかかるのをコーラサワーは感じた。

 

「しょーりのびしゅ……いたでゃき!」
「ぼええええええええええ!!!」

 

 まるで千切れんばかりの勢いで、自分が押す方向とは逆に手が持っていかれて―――

 
 

 ダン、とテーブルを叩く音が響いた。
 ガシャンというコップと皿が踊る音がそれに続く。
 パラパラとヤキトリの串が何本か、床へと落ちていく。

 

「ほ、げ、げ?」
「おお……」
「おー」

 

 コーラサワーの右手、それはテーブルにくっついていなかった。
 テーブルに押しつけられていたのは。

 

「勝ったな、お前」
「もう少し空気読んで粘れよ、彼女のブラウスの一番上のボタン、外れかかってたんだぞ」

 

 ソーマの右手だった。

 

「お、俺の勝ち?」

 

 にわかにはコーラサワーは信じられなかった。
 今まで勝負に負ける覚悟というものはしたことがなかったが、今度の今度ばかり、最後の猛烈な力をソーマから加えられた時には覚悟をした。
 だがどうだろう、終わってみれば自分は勝者で、子生意気な銀髪娘は敗者の位置にいる。

 

「……そうか、俺の秘めたる力が」

 

 お、お得意のポジティブシンキング。

 

「発動したんだな。オーラ力コーラ力、さすが俺……っててめーこら! 寝てんのかよ!」

 

 そう、ソーマ・ピーリスは眠っていた。
 実に幸せそうな顔でテーブルに突っ伏して、すよすよぴいよと小さく寝息をたてて。
 そして、がっしりとコーラの右手を掴んだままで。

 

「成る程、丁度スイッチが切れたというわけだな、タイミング悪く。いや、お前にとってはタイミング良くと言うべきか?」
「うっせーよナルハム野郎、か、勝ったのは俺だ、文句あっか」
「文句あるぞ、あれ程粘れと言ったのにあっさり終わらせやがって。ブラウスのボタンが……」
「アラスカ野、てめーあとでぶっ飛ばす」

 

 通常ならここでコーラパンチがジョシュアのテンプルにヒットしているのだが、それが出来なかったのは、ソーマがコーラの右手を離さないから。
 意識は飛んでもセルゲイをコケにした(と、彼女は思っている)恨みは身体が覚えている、と言ったところか。
 死後硬直ならぬ眠後硬直。

 

「おい、洗い熊のおっさん! 何とかしてくれよこの銀髪娘!」
「うむ」
「頼むぜ、おい」
「ヤキトリの 煙も霞むか 乙女の怒り」
「俳句じゃねえよ! 手だよ、銀髪娘の手!」
「うむ、む……では、 憎い程 離せぬものと 握りしめ」
「だから俳句じゃねえ! しかもそれ川柳だろ! 季語ねーぞおっさん!」
「ぶははははは、ははははははは」
「ふっ、これも縁だと思え。そのままの恰好で酒を飲むのもミホトケの思し召しかもしれんぞ」

 

 わめくコーラサワー、俳句(川柳?)をヒネるセルゲイ、そんな二人を見て腹を抱えて笑うジョシュア、コーラの勝利を皮肉っぽく祝うグラハム。
 そして、芋焼酎をかっ食らう前とはまるで違う、ケンの取れた表情でくうかくうかと眠るソーマ。

 

「はーなーせー! おーきーろー!」
「すぅ……すぅ……」
「へい、ネギマにポンジリ、お待たせしてすんませんね」

 

 店のオヤジが、コーラサワーが腕相撲の前に最後に注文した品を持ってきた。
 実に穏やかな、いや、穏やか過ぎる口調で。

 
 

 プリベンターとパトリック=コーラサワーの心の旅はまた次回―――

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……」

 

 喧噪の横、一人静かに酒を傾ける男、ミン係長。
 意図的なのかそうでないのか、騒ぎの輪に加わらず、ポソポソとヤキトリを食べては芋焼酎を飲んでいる。
 実は彼もセルゲイと同じくこの店の常連で、この芋焼酎は彼が入れているボトルなのだが。

 

「……半分になってしまった」

 

 その中身はかなり減っていた。
 ソーマに飲まれて―――

 

 

【あとがき】
 コンバンハ。
 次回はまたガンダムパイロットたちとコーラサワーのお話に戻りますサヨウナラ。

 
 

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