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00-W_模倣の人氏_18

Last-modified: 2009-02-08 (日) 22:22:22
 

 ジョシュア・エドワーズは深刻に悩んでいた。

 

「サリィ、頼みがある」
「どうしたの?」
「席替えさせてくれ」

 

 そう、悩みとは座席の位置についてである。
 現在のジョシュアの座席は窓際にある。
 窓際といえば退職が近いあるいは閑職にある者を皮肉るときによく使われる言葉だが、それを差し引いても実際問題窓ガラスというのは、夏は熱を容赦なく透過し冬は冷気を極悪なまでに浸透させるという凶悪な武器である。
 そのため、建物の構造次第では窓側は劣悪な環境となりやすいため、あまり好まれる場所ではない。
 だがもちろん、ジョシュアはその程度で深刻に悩んでいるわけではなかった。
 問題は、彼の両隣。

 

「もうあいつらに挟まれるのは勘弁願いたい!」

 

 右を向けば無駄に騒がしい山羊座ハイテンション、パトリック・コーラサワー。
 左を向けば胡散臭い仮面の乙女座センチメンタル、グラハム・エーカー。
 彼らとジョシュアは、三人で肩を並べる位置関係にあるのだった。
 ジョシュアも含めて三バカと呼ばれていようと、あの二人に比べればジョシュアはまだ控えめなほうである。
 逆を言えば、ジョシュア程度のバカっぷりではあの二人には到底太刀打ちできないとも言える。
 日々肩を並べて仕事をするうちに、ジョシュアの神経はかなり磨り減っていたのであった。

 

「貴方の気持ちもわかるんだけど……」

 

 サリィが言葉を濁す。

 

「わかるけど、なんだ?」
「言って欲しいのか?」

 

 五飛が後を引き継いで意地の悪い視線を向けてくる。
 それだけで何となく理由を察したジョシュアは頭を振った。
 が。

 

「そんなに聞きたくば聞かせてやる。いつの世も平和に犠牲はつきものだ」
「俺は人身御供かよ! わかってたけど、わかっちゃいたけど……!」

 

 要は、誰か一人はどうしても割りを食わねばならないが、誰もその位置にはつきたくないのである。

 

「不公平だ。不平等だ。俺ばかりこんな目に遭う道理はないはずだ、ちったぁお前らもこの苦しみを味わえ!」
「こら、髪の毛引っ張るな離せ馬鹿者!」

 

 五飛の髪を毛根から引き抜く勢いで掴みかかったジョシュアの肩を、誰かがぽんと叩いた。
 振り向けば、トロワが憐れみを湛えた目で優しく諭すように言う。

 

「人は死以外に平等などないのだ、これも運命だと思って諦めろ」
「いーやーだー、嫌だ嫌だ受け入れられるか、そんな運命なんて絶対に抗ってやる!」
「だからやめろ髪を引っ張るなと言っている!」
「いい加減にしなさい!」

 

 サリィが机を拳で叩くと、その迫力に気圧されてジョシュアも五飛もぴたりと動きを止めた。
 ちなみにトロワはそ知らぬ顔でちゃっかり自席に戻っている。
 額を手で押さえながら、サリィが言葉を搾り出す。

 

「前々から私もこのままじゃいけないと思ってたのよ。ジョシュアにばかり負担をかけさせちゃ可哀想だしね」
「さっすが、話がわかるな!」
「サリィ、どうするつもりだ?」

 

 喜びを全身で表すジョシュアと、苦い顔をする五飛。
 サリィは力強く顔を上げ、決然とした目で言った。

 

「ここは誰もが平等に運を試される、くじ引きにしましょう」

 

          *          *          *

 

 そして、サリィの手に握られているのは空き缶に入れられた人数分の割り箸である。
 プリベンターの面々は円陣を組んで、皆一様に緊張を露わにしている。

 

「今から皆にこのくじを引いてもらって、引いた数字に対応した席に移動してもらいます。苦情は一切受け付けないわ、いいわね?」

 

 サリィがその場にいる全員の顔を一瞥する。彼らは強張った表情で頷いた。
 ちなみに、問題となるコーラサワーとグラハムの姿はここにはない。
 現在二人はビリーと人類革新重工との間で進められているプロジェクトに、テストパイロットとして出向していた。
 だからこそチャンスは今しかないのだ。いわば鬼の居ぬ間に洗濯、である。
 皆が一斉に手を伸ばし、割り箸に指が触れかかった、その時。
 サリィとヒルデを除いた全員が勢いよく窓の外を振り返った。
 優秀なパイロットであったからこそ感知できる、微妙な空気の変化。間違いない、彼方から何かが迫っている証拠だ。

 

「全員伏せろ!」

 

 誰が叫んだか、鋭い指示が飛ぶ。
 全員がほぼ同じタイミングで壁際に寄り、頭を抱えて床に伏せた。
 数拍の間を置いて、窓ガラスが凄まじい勢いで振動し始める。
 ふっと室内に影が差した。と思った瞬間、窓を蹴破り巨大な質量が転がり込んでくる。

 
 

「なんじゃこりゃあ~~~~~~~~~~!」

 
 

 飛び込んできたのは一機のMS(ミカンスーツ)だった。
 現役機ではない、新型と思しき機体。
 コックピットハッチから飛び出してきたのは、言うまでもなくあの男、パトリック・コーラサワー。
 蛙のように床に叩きつけられて、びくともしなくなる。
 煙が引くのを待ってから、伏せていた面々がゆっくりと起き上がった。

 

「皆、無事?」

 

 すぐさまサリィが点呼する。破片による擦り傷や打撲などは否めなかったが、幸い皆軽傷で済んだようだ。

 

「おいおいおい、一体何事だよ」
「飛び込んできたのって、コーラサワーさん……ですよね? 大丈夫でしょうか」
「奴のことだから心配はいらないと思うが……」

 

 いつも何があっても無傷を誇る彼のことである。
 この程度の事故ではどうということもないだろう。
 そう思いつつも念のため、ヒイロが床で潰れているコーラサワーの元へ歩み寄り、身体を反転させた。

 

「あ」
「うっそ」

 

 誰もが目を疑った。
 彼が被っていたヘルメットが、夥しいほどの血で濡れていたのである。

 

「ひ、ヒルデ、すぐに救急車手配して!」
「りょ、了解!」

 

 事態を飲み込むと、本部内は俄かに慌しくなったのだった。

 

          *          *          *

 

 かくして、パトリック・コーラサワーは病院へと運ばれたのであった。
 が。

 

「よかったですね、何事もなくて。さすがはコーラサワーさんといったところかな」
「いっぺんくらい本気で重傷負ってみるべきかもしんねえけどな、あいつの場合」

 

 壊滅状態の本部内を片付けながら、カトルとデュオが笑い声を上げた。
 ヘルメットを濡らしていた血液は間違いなくコーラサワー本人のものであった。
 しかしその正体は、鼻をぶつけたときに粘膜を傷つけて出た鼻血だったのである。
 鼻を強打はしたが骨折もなく、実質無傷であったといって良い。
 何故あんな事故が起こったかといえば、ビリーと人類革新重工が共同開発中の新型ミカンスーツのテスト中、姿勢制御装置が故障したために起きた災難なのであった。
 コーラサワーはどうにか演習場へ戻ろうと騙し騙し操縦していたのだが、結局機体の制御は彼の手を離れ、運悪くプリベンター本部へと飛び込んでしまったのである。
 それだけの事故でありながら、爆破も何もなくただ室内がめちゃくちゃになっただけで済んだのだから、悪運が強かったと言っていいだろう。

 

「で、だ」

 

 ちりとりに瓦礫を払い寄せながら、ジョシュアが呟く。

 

「席替えの件はどうなるんだ?」
「それなのよねぇ……」

 

 サリィが頭を抱え込んだ。
 何しろこの事故のせいで、机自体が損傷してしまったのだ。
 新たに買い直せばいいとして、配置をどうするか。

 

「新しい机が来る頃には、二人とも出向解除で戻ってくるはずなのよね。事後承諾、という手段は使えなくなったわ」
「そんなあ!」
「いずれまた考えるから、今回は運が悪かったと思って諦めて頂戴」
「そんな、またあの地獄の日々が続くのか……ううっ」

 

 ジョシュアは肩を落とし、袖で涙を無造作に拭うのであった。
 彼が二人に挟まれる苦痛から開放される日がくるかどうか、それは運命の女神のみぞ知るところである。

 
 

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