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08MS-SEED_28_第05話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 21:15:30

 カガリ・ユラ・アスハは控えめに言っても理想に燃える少女だった。
 幼い頃からオーブの理念である
『他国を侵略せず』
『侵略を許さず』
『他国の争いに介入せず』
を聞かされて育った。彼女にそれを語る人間は、これがいかに気高く素晴らしい志なのかを口をきわめて誇りついでそれを実践する父ウズミを絶賛した。
「オーブの獅子という名にふさわしい行動です!」
と。そして二言目にはこう言ったものだ。
「カガリ様も御父上のような、気高い人におなり下さい」
 誰もが父を称え、父のようになれと言う毎日。元来それほど悩む性質ではない彼女をして、憂鬱になる日々だった。
 自分が父の跡を継ぐほど優れているか自信が持てないからだ。
 また多少鈍い所もある彼女といえど、彼らが偉大な父親を彼女に投影して見ていると薄々ながら気付いていた。
 もしカガリが線の細いただの少女であったならば気鬱の病に苛まれていたかもしれない。彼らの言うがままにアスハの姫を務めていたかもしれない。
 だが、カガリという少女の持つ性質は屋内にあって華をやるより外にある事を好んだ。彼女は持ち前の思い切りの良さと明るさで民と接し、これに大いに愛された。
 彼女はそうする事で、父親と違う自分をアピールしたかったのだが、しかし彼女の幼い目論見は成功しなかった。
 彼女の周囲の大人たちは少女の向こうにある彼らの指導者を思うが故に彼女の行動を密かに監視し決して無理をさせようとしなかった。もし傷が付きかねないと思ったなら躊躇なく障害を排除しさえした。
 彼らは、偶像、いや神輿が地に着くのを善しとしなかったのである。
 かくしてカガリは彼女が知るべき暗闇を知らずに育った。不幸な事に、その世界を狭いと指摘する者の居ないままに。彼女にとって世界はオーブの中であり、父親はその中で偉大な人であり続けた。――その父が、MSの開発を行っているという。それも連合と協力して。
 この噂を聞いた時カガリはまさか真実であるはずがないと一度は一笑に付した。
 しかしその反応と裏腹に彼女は不安だった。とてつもなく不安だったのだ。
 彼女の常識からすれば誰もが平和を望んでおり、誰も戦争を望んでなどいないはずだ。
 だが現実にオーブ以外の国は戦争への道を突き進んでいる。その発端からして、自分の常識からは掛け離れた状況。
 彼女の周りの大人たちはオーブは中立で、平和であるから心配はしなくてもよいという。
 しかし、彼らの言うところの『偉大な』父は兵器を必要としている。争いを望まないと理念を立てた当人が争いを呼ぶ兵器と言う力を欲する矛盾。
 このギャップに彼女は悩んだ。悩んだ挙句、自身で確かめることに決めた。疑問をそのままにするには彼女には好奇心と責任感がありすぎたのだ。
 そして彼女は行動に出た。いつものように、自分に出来ると考えている事を為すために。
 アスハ派の者たちにとっては不幸な条件が重なって、今、カガリは真実の扉の目の前に辿り着いていた。無論、彼女は自覚してはいなかったが。

 そのカガリは今、まんじりともしない気分を味わっていた。
 幼馴染の話の途中で廊下の向こうにシロー・アマダの背中を見かけ衝動的に追いかけたはいいが警備の兵士にあっさりと捕まり、そのままユウナの執務室へ連行されてしまった。
 そのユウナはといえば、彼女の座る応接用のソファの向こう、執務用のデスクに座って黙々と仕事をしている。
 午前中に片付けるはずだった案件や会議をキャンセルしてまで彼女に付き合ってくれたと知ったカガリはさすがにすまなく思い謝罪したがユウナは彼女を一瞥しただけで放置し、結局出て行けとも待っていてくれとも言わないまま現在に至る。何もする事が無いのだから一言言って帰ればいいのだが、何となく立ち去りがたく彼女はこの部屋に残っていた。
 理由は一つ。先ほどのユウナの目が気に掛かって仕方ないのだ。
(まるで、物を見るような目だった)
 そんな目でユウナに見られた記憶は彼女には無い。また理由も分からなかった。
 カガリにとって、ユウナは『いつの間にか疎遠になった幼馴染』くらいでしかない。
 それでも幼い頃はほぼ唯一氏族内で歳の近い(それでも4歳差だが)相手として色々と構ってくれていたように思う。
 長じるにつれて会う事も少なくなり、自分が社交界を嫌ってアスハの別邸に住むようになってからたまに用も無く顔を見せていたのがぱったりと来なくなって、どうしたのかと思っていたら海外の大学に留学に行っていたような間柄だ。
 思えばいつ会っても口喧嘩のような言い合いばかりしていたように思う。
 いつでも斜に構えたような物言いをするユウナが、カガリは苦手だった。
 何しろ口では絶対に敵わないのだ。
「よし、終わり。休憩っと」
 ユウナの声には、と視線を上げると、彼はデスクの上の端末を閉じて立ち上がるところだった。肩と首を回してストレッチを始めたユウナはカガリの方を見向きもしない。
 ついに耐えられなくなって彼女は小さく叫んだ。
「無視するな!」
 そこで初めてユウナがカガリの方を向く。
「なんだカガリ、居たのか。何の用だい?」
 白々しい言葉に、いい加減限度に達していたカガリが沸騰した。
「用って、お前が連れてきたんだろう! 私を、ここに!」
「連れてきたのは警備の兵士だよ。僕じゃない」
「……っ、屁理屈を言うな!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るカガリの剣幕にも堪えた風も無くただ肩をすくめてみせる彼は端末を取り上げて鞄に納めるとカガリに対して外へ出るよう促した。
「じゃ、行こうか」
「……どこへだ!」
「決まってるじゃないか」
 疲れたような笑みを口の端に浮かべて、彼女が最も望まないであろう答えを彼は淡々と口にした。
「君の御父上のところだよ。
仮にもモルゲンレーテ本社の重要区画で捕り物騒ぎをやらかしたんだ。
まあ謹慎の1、2ヶ月は覚悟しといたら?」

 その夜。オノゴロ島のとある邸宅のテラスにカガリは居た。
 彼女がいつも好んで滞在するアスハの別邸ではなく、別の屋敷だ。
 ユウナは厳しい事を言ったが、ほとんど内々で対処された事もありウズミにカガリを厳しく処断するつもりは無かった。頬が赤くはれ上がるまで打ちゃくする程度に留めるはずだったのだが、カガリが多少叱責を受けただけで治まるわけもない。叔父のホムラやアスハ派のお歴々を前にして父親を『裏切り者』と面罵した事が事態をややこしくした。その場には成り行きでサハク派であるユウナも居たためだ。しかも同席を許したのはウズミ本人である。アスハ派の面々は慌てたがまさか今更出て行けとも言えない。
 そこへきて更にカガリが昨晩はセイランの本邸で一泊した事が彼女自身の口から暴露されるに至ってついに彼も謹慎を口にし、そのまま彼女は抗弁もむなしくここに連れてこられて来ていた。

「私は、間違ってるんだろうか」
 そう独りごちる。正しいと思いやった事が尽く裏目に出ているのだ。さしもの彼女もそう思わざるを得ない。何よりアスハ派が多く集まる場で裁断された事が少女に衝撃を与えていた。だから彼女としては珍しく沈んでいたのだが。
「間違ってるからこうなったんだろ?」
 間髪を入れず応えがあった。テラスに置かれたテーブルの上に端末を開き何やら操作しているのはユウナだ。
「まったく僕としてもいい迷惑だよ。忙しいってのに」
「……悪かったな、私のせいで」
「まったくだね。次からは是非とも自分の立場を考えて自重してほしいな。
大体君は周りを見なさ過ぎるんだよ。そんなだから立場も存在感も軽くなるっていうものさ。
それになんだいあの『お父様の裏切り者』って?
君は将来政治に関わろうって家の人間の癖に建前と本音の使い分けも出来ないのかい?
あと空気も読もうよ。ごめんなさいってただそう言う事さえできてれば今ここで二人仲良く謹慎食らう事もなかったのに」
「う……だ、だが」
「言いたいことはまだある。
他に人が居ないってのならまだしもアスハの重鎮が集まる場所で、僕まで居るのにそれで『セイランの本邸に泊まった』なんてよく言えたもんだ。
あれかい? 君はとことんまで人を巻き込まないと気がすまないのかい?
そこまで恨まれる覚えは無いんだけどね。それともうちの家が嫌いなのかな?
未婚の女性が余所の家に上がり込んでそのまま1泊、かぁ。
事情が事情じゃなきゃ勘当ものだよきっと」
 まるで機関銃のように文句を並べてみせ、ユウナはやれやれと両手を広げて首を横に振った。
「まったく何で君みたいなのがアスハの後継なんだろうね。ウズミ様も見る目がない」
「な、だ、黙れっ……!」
 ユウナの舌鋒にカガリは目を白黒させていたカガリだが、文句の先が父親に向くに至ってついに堪忍袋の緒が切れた。
 悪いと思う気持ちは陽光に照らされた氷のように消え失せ、生来の負けん気が蘇ってくる。
「お父様は関係ないだろう! だいたいそれならそうと先に言えばいいじゃないか!」
「そういう所が常識が無いというんだよ。市井の国民に混ざって何してたんだい?
ゴリラ並みに腕力鍛えるばかりじゃなく、もう少し頭を使ったらどうかな」
「誰がゴリラだ!」
「反論はそこ? いよいよ持って報われないね。君をフォローする立場の人間の身にもなれないわけだ。
最悪だ、君は最悪だよカガリ・ユラ・アスハ」
「な……!」
 カガリは絶句した。ここまで悪し様に罵られた覚えは彼女にはない。
 しかし口からは反論の言葉は出なかった。いや、煮えたぎったマグマが体を満たしているようで、口にできないのだ。ついに、カガリはユウナに詰め寄りその胸倉を掴みあげた。
「ユウナ……言っていい事と悪い事があるんだぞ!?」
 ようやくそれだけを口にする。対するユウナは多少顔を引きつらせながらも悪びれない。
「乱暴だね、ひょっとして図星だった? だとしても謝らないよ。
君はもう少し自分の愚かしさを知るべきだ、グッ!」
 気が付けば、カガリは彼を殴りつけていた。
 ユウナが堪らず椅子ごと転がって地面に倒れる。上体を起こして頬を押さえた。
「……つっ、あ、な、殴るかバカカガリ!
抑えが効かない、多少図星をつかれたくらいで暴力に走る、それでこの先やっていけると思っているのか!?
……あ痛、口切った」
「うるさい! やってみせる、私だってアスハだ!」
「だからその根拠の無い自信はどこから出て来るんだよ。
そんなので思いつきで行動されちゃあ迷惑だって言ってるんだ!」
「く、この……!」
 頭に血が昇ったまま、目の前の男を黙らせるために腕を振り上げ――
「そこまでだ!」
 彼女の腕を横合いから何者かが掴んで止めたかと思うと、羽交い絞めにされユウナから引き剥がされた。
「放せ!」
 しばらく揉みあうが背後の人物はがっちりと腕を極めていてまったく抜け出せない。
「大人しくするというのなら放す。ユウナさんに危害を加えるつもりなら放す事は出来ない」
 そのユウナはといえばカガリが引き剥がされた後に現れた女性の介抱を受けていた。
「セイランさん、大丈夫ですか?」
「痛てて……いや、少し口を切ったようで。面目ありません。説得するつもりが、つい」
「話をしている間に昂ぶるのはよくある事です。立てますか?」
 柔らかな雰囲気を纏う女性の手を借りて立つと、ユウナは申し訳なさそうに笑った。
「アマダさんもお手数取らせてすみませんね」
 その声の示すところに驚くカガリ。
「ゆ、ユウナ!?」
 無理矢理首を捻じ曲げて背後の人物を見た。顔は見えないが黒い髪。
「シロー・アマダ? 何で……」
 その彼女に、ユウナは会心の悪戯が成功した笑みを浮かべた。
「心外だなあ。君が会いたいって言ったんじゃないか」
「お前、何で」
「カガリ。君は彼らの話を聞くべきだ。そして知るといいと思う。
世界は君が思うほど優しくは無いってことを、ね」

 ……長い長い話が終わる頃には、既に夜が白々と明けようとしていた。
 無理を言った事を詫びつつユウナがアマダ夫妻を玄関まで送り、戻ってくるとカガリはまだテラスに居た。
 声は掛けずに椅子を持ってその隣に座る。しばらく二人で白む夜を眺めた。
「傷。痛むか?」
「んー……二、三日はしみるだろうね」
「そうか」
「……どう思った? 二人の話」
「……分からない。
仮に本当かどうかも分からないし、それにコロニー落としみたいな酷いことが起こるなんて信じたくないな、私は」
 仮に、ユウナが腹を決めたのが明確にいつだったかと言えば、それはこの時だったろう。
 ああ。この子は駄目なんだな。
 いっそ晴れ晴れとした気分で、ユウナはそれを理解した。
 コロニー落としほどではないが、それはもうユニウスセブンや世界樹戦役やエイプリルフールクライシスという形でこの世界に起こった事なのだ。
 直情で猪突猛進で、自分の目で見てみないと何でも信用できない。
 目にしないと納得できない。
 カガリ・ユラ・アスハが普通の少女であれば何も問題は無かったろう。
 だが、現実問題として彼女は、オーブという国の中枢に好むと好まざるとに関わらず関係していかなければならない人間なのである。
 ならば、支えればいい。というか支えるしかない。そしてそれは僕を置いて他にはないだろう。ユウナは、今ようやく本当の意味でそれに納得した。何もかもがすとんと腑に落ちた気分だった。
(あーあ。20歳迎える前に人生の終着駅か。僕も物好きだよな……)
「そりゃ、誰だって信じたくないさ。でもねカガリ。
大人ってのは『起こるかも』という事態を見極めて、それに備えるのも仕事なんだよ。
連合もプラントも、ギリギリな所をさ迷ってる。いつ矛先がこっちに向くかなんて、誰にも分からないんだ」
 そう諭しながら、自分でも言葉の意味を噛み締める。そう、備えなければならない。
「お前は、大人なんだな。私はダメだ、これまで考えた事もなかった」
 あーあ、とカガリは空を仰いだ。
「いつも上ばかり見ていたな、私は」
「いや、別にカガリはそれでもいいと思うよ、僕は」
「……何で?」
「忘れなきゃいいのさ。上を見ていても。そういうものがあると、忘れなければいい」
 そう、理想は彼女に任せよう。ユウナはそう考えた。
 彼女が空の上を見ていてもいいように、自分がカガリの足元を守ろうと。
「そうかな」
(まぁ、少しは彼女にも成長してもらわなきゃ過労死するかもしれないけど。僕が)
 かなり失礼な事を考えるユウナである。
「そうとも。ねえカガリ」
「何だ?」
「僕は君に結婚を申し込みたいと思ってるんだけどどう思う?」
 さり気なさを装って告げられた言葉になんとはなしに頷きかけ――カガリは意味を理解して固まった。
「お、おおおおお前今何言った!?」
 がたん、と椅子を蹴倒して立ち上がった彼女を真剣な表情で見上げて、ユウナは笑った。自分が間抜けな笑顔をしているに違いない、と思いながら。
「ひどいなあ。人がプロポーズしたっていうのに聞いてなかったのかい?」
「どうして話がそう繋がる!」
「だって、君のようなあっちこっちにふらふらしそうな子、放っておけないしね。
誰かが常に傍に居て、支えるべきだとは思わないかい?」
「だ、だからって、け、結婚する必要はないだろう!?」
「うん、まあ結婚については性急だったね。認めるよ。
でもどうせ僕は生涯君の傍で支えると決めたから一緒さ」
「なぁあっ!?」
 この時ユウナの心中は奇妙な義務感に満たされていた、と言っても過言ではない。
 これが愛情と呼べるかどうかは、彼のみぞ知ることだ。
 後日アマダ夫妻がヘリオポリスへと旅立つ折、ユウナがカガリを伴って現れたために空港職員が一時パニックに陥るが、それはまた別の話。

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