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08MS-SEED_28_第08話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 21:18:36

第八話「ヘリオポリス争乱(後)」

 この時ヘリオポリスに所属するコロニー防衛部隊の戦力は宙間戦力がミストラル8機、コロニー内がブルドック数台を含むパワードスーツ装備の機械化歩兵1個中隊のみ。総勢300人にも満たないオーブの『護国の剣』は今成立以来ほぼ初めてともいえる対外勢力との戦闘にその戦力をすり潰されつつあった。
『退避ッ、退避ィッ!』
『うああ畜生、畜生畜生、俺の足、あしいい……ッ!』
『メディック! メディーック!』
『退避だ! 退避しろ!』
『殺してやる! 殺してやる!』
 怒号。
 絶叫。
 悲鳴。
 通信途絶を意味する、雑音。
 それらが回線を満たすのを聞きながらシローは歯を食い縛った。奪われた2機を敵艦の位置とは反対方向へと誘導するため遅滞戦闘を命じたのはシロー自身だ。そのために対MS戦の基本戦術も教授した。MSへの搭乗が遅れたのはそのためだ。
 トラップを成功させ遅滞戦闘も成功を収めつつあるかに見えたのも束の間のこと。実は既に機体のコントロールを回復させていたイージスが今まさに整備用ハッチから姿を現した歩兵たちへとビームサーベルを叩きつけたのであるのが先の惨劇の原因だ。
 イージスが固定武装として両手足に有するビームサーベルによって整備孔ごと抉り飛ばされたのだから例え連合製パワードスーツ“グティ”を装備していたとてたまったものではない。
 蒸発したのはまだ運が良い方だ。
 衝撃によって捻じ曲がった建材で下半身を押し潰される者。
 味方を救おうとして更なる攻撃に巻き込まれる者。
 目の前で僚友を失って泣き叫ぶ者。
 または怨嗟の声を上げる者。
 今やこの、第22整備坑と呼ばれるコロニーの外殻を斜めに貫く通路は悲劇と怨嗟が渦巻く地獄と化していた。
「……ッ!」
 その悲鳴を回線越しに聞きシローは強く拳を握り締める。
(死なせてしまった……! また俺は繰り返すのか!?)
 忘れようとしていた記憶が蘇りかける。シローは激しくかぶりを振った。今はそんな事をしている場合ではない。そんなのは後でも出来るのだ。
(今は前を見ろ、シロー・アマダ!)
「出て来るぞ、打ち合わせどおりにやるんだ。決して無理はするな!」
 過去を振り払い、通信機へと叫ぶ。
 部下たちの怒りを押し殺したような復唱の声を聞きながらシローはMS――X102デュエルのPS装甲をオンにした。

 ディアッカはこの上なく不機嫌だった。足が動かないふりを続けてこうるさい敵に痛打を与えたが、そもそも詐術めいた事をやらざるを得なかった事実が腹立たしい。
 またイザークのブリッツを庇うように前に出て進みながら目に付いたハッチやダクトを攻撃していく作業に爽快感などあるはずもなくひとまず危難を脱したとはいえ彼の眉間には皺が刻まれたままだった。
「まだかよイザーク!」
 相棒に掛ける声には日頃の軽さは欠片も無い。
『もう終わる! ……終わった、待たせたなディアッカ!』
 ディアッカは、今日ほど無駄に元気な声を上げる同僚の声を煩わしいと感じた事はなかった。
 眉間の皺が深まるのを感じる。適当な労いの言葉を返しながら彼は頭を回転させた。
 手元にある戦力は連合から奪ったMSが2機。彼らが慣れ親しんだジンではなく機体の性能を完全に把握したとは言いがたい。その上、先ほどまで続いていた肉薄攻撃によりブリッツはサブセンサー及びアンテナを損傷しておりイージスもメインセンサーに一度だけ直撃を受けている。今のところ支障は無いのが救いだ。イージスの損傷がブリッツほど酷くないのは彼が巧みにブリッツを盾としたからだが、歩兵の攻撃に神経を尖らせているイザークは気付いていなかった。
『どうするディアッカ!
卑劣なナチュラルどものことだ、この先に待ち構えているに違いない!』
 そんなことは分かっている。そう怒鳴りつけそうになるのを舌打ちして堪えた。
 同じ赤なのだから頭の回転は悪くないはずなのだが、こう、時折言わずもがなな事をわざわざ口に出してくる癖がこの同僚にはあり、ディアッカはたびたびその口を無理矢理塞ぎたくなる衝動に駆られるのだった。
 たまに選択に失敗したかと思う事がある。
 彼は赤服であり、つまるところそれは優秀な能力を持つ個体であるのと同義だ。
 コーディネイター自身あまり気付いていないかあるいは気付かないふりをしているが遺伝子調整により生まれる以上はコーディネイターの優劣は当然の事ながら生誕する前に掛けられる資本に概ね比例する。故にコーディネイター(調整者)と呼ばれるのだ。
 一般に第二世代のコーディネイターはそういった調整を受けていないことになっているが少し考えれば分かる話で、いくら金を掛けようと、無調整で優れた能力の持ち主が生まれてくるわけがない。何しろ技術が確立した第一世代ですら思うような能力や姿形にならず『廃棄』される者が一定確率で存在するのである。
 よって、彼をはじめとする赤服が軒並み裕福かつ重要な役職を勤める親や保護者を持つのは決して偶然などではない。
 彼らの親にはそれをするだけの資本があり、また意欲があり、何より自分らが優秀である事を示すために優秀な子を必要とした。または優れた能力を子に与えるのが親の愛と信じた。
 ただそれだけのことなのだ。
 早い段階でそれに気付いたからこそ、ディアッカは自分が将来進む道を見誤る事はなかった。
 今でこそ戦争をしているから戦場に立っているが、自分を含めて赤を着る人間は将来確実に政治の場に立つ。今はその準備期間なのだ。そして将来政治の場に立つとき、誰が自分を最も高く買うか――
 それを考え、ディアッカが白羽の矢を立てたのがイザーク・ジュールであった。
 ディアッカはまず、アスラン・ザラという選択肢を切った。
 現在主流であるクライン派とザラ派の掛け橋となるべく求められた男であり、誰よりも輝かしい未来が約束された人間ではあるがそれだけに埋没してしまいかねない。自ら陣頭に立つ気はさらさら無いディアッカであるが、好んで軽く扱われそうな勢力に与したいとも思わなかった。恵まれすぎた人間に付くのは面白くない、という彼の嗜好もあったが。
 ラスティ・マッケンジーは論外だ。当人が善人すぎておよそ政治向きには思えない。
 ニコル・アマルフィは線が細く矢面に立つよりは補佐に回るのを好む人間だ。何よりザラ家に近すぎた。
 結局、彼はエザリア・ジュールを親に持つイザークを選んだ。彼の一本気な性格はマイナスになりかねないがそれ以上に強い上昇志向がディアッカの気を引いたのだ。彼を表に立て、自分は裏方に回り将来プラントを切り回す。それが彼の人生の長期目標であった。
 ディアッカは自身が生き残る事に関してはまったく心配をしていなかった。
 彼にとって重要なのは、せっかくの優秀な能力を駆使して、どこまで面白く生きられるか。その一点に尽きるのだ。
 よくも悪くも、ディアッカ・エルスマンという少年は自身とその周囲にしか興味が無い人間だったと言えるだろう。……ここまでは。

「……だがそうそう不運ばかりでもない、か」
 わずかな思索から現実に立ち返り、ディアッカはほとんど声には出さずにそう呟いた。不審の声を上げた同僚に生返事を返しながら、ディアッカは作戦前に暗記したヘリオポリスの内部構造図を思い出す。ここまで歩兵の攻撃で誘導されつつ進んできたが今このMSが立って歩ける通路はヘリオポリス建造時に使われていた大型の整備坑であり、このまま行けば外に出られるはずである。
 そして待ち伏せがあるのは間違いない。
 バッテリーの残量を確認して舌打ちした。OSの書き換えの際面白そうな武装があったのでいくつか使ってみたが、考えた以上に減少が早い。このイージスはジンのものより大容量のバッテリーを有していたがどうやら歩兵相手の攻撃にかまけすぎたようだ、と彼は今更ながらに気付いた。
「イザーク! お前の機体、バッテリーはどのくらい残ってる?」
『奴らと一戦やらかすくらいはある!』
「そうかい、頼りになるねえ! だが俺の方はそんな余裕無さそうだ』
『……機体を捨ててこちらに移るか?』
 一瞬ディアッカはそれもいいかと考えかけて思いとどまった。
「いや、そんなに簡単に手柄諦めてもつまんねえだろ……」
 その時、彼に一つのアイデアが浮かんだ。
 素早く頭の中で計算する。このイージスの特性。ブリッツのエネルギー残量。待ち伏せ。
(……こりゃ、ちっとは面白い事になるかな)
「イザーク。俺に一つ考えがある。ナチュラルどもに一泡吹かせてやろうぜ!」

 その頃、マリューはアークエンジェル艦橋にてナタル・バジルール少尉ら艦橋要員との合流を果たしていた。
「バジルール少尉! やはり艦長は……」
「はい、増員に対する訓示を行っていたドックを爆破されて……戦死されました。
残った艦橋要員は当直を勤めていた我々だけです」
「! そう、ですか」
 正直、いい上司ではなかった。
 あまりよく思われていないのも理解していたが結果論で言えば現状のような泥縄な事態を迎えた責任の一端は確実にバルケンバークにあると彼女には思われたから、その死を知ってほっとした面が無いといえば嘘になる。しかしそう思ってしまったこと自体に自責の念を感じてしまうのがマリューという女性ではあった。
「残った士官の最上位者はラミアス大尉です。指揮をお願いします」
「分かりました。ではバジルール少尉、現状の報告を」
「はっ!」
 ナタルたちの説明は実に簡潔かつ明瞭なもので彼女らの能力の高さを如実に示していた。
「ではアークエンジェルは即時出航可能なのですね? ノイマン曹長」
 マリューの確認に操舵手であり艦橋要員のまとめ役でもあるアーノルド・ノイマンは首肯、更に最低限必要な内容を補足する。
「長期航行は無理ですが1回の戦闘程度ならば支障はありません。出撃準備にあと2分ください」
「結構です。ザフト艦の位置は掴めていますか? チャンドラ軍曹」
 問われて、電子戦担当のダリダ・ローラハ・チャンドラII世が手元の端末を操作。コロニーを中心とした宙域図をスクリーンに表示する。
「ご覧のようにヘリオポリス管制からの情報によれば爆破前よりかなりこちらに接近しています。
艦影からローラシア級1ナスカ級1の合計2隻が判明済みですが探査範囲外に予備戦力がある可能性は低くはありません」
 開戦以降、連合側の通信撹乱を狙うザフトによって無作為にばらまかれたNJによりこの時期一定以上遠距離のレーダーの精度は格段に落ちていた。チャンドラが言葉を切った後をナタルが引き取る。
「しかしコロニー外での戦闘で確認されているMSの数からこの2隻だけではないかと推測されます。
無論断定はできませんが」
 戦力の逐次投入が下策とされるのは人類が地球上を這いずり回っていた時期と何ら変わりはない。
 ザフトはその戦力の過少さから、連合はキルレシオで遅れを取っている関係でそれぞれ最大戦力を叩き付けるのが常態化していた。
「分かりました。アークエンジェルは準備が整い次第直ちに出航、友軍を支援します。現在――」
 マリューが艦長席の端末を操作し事前にシローから聞いていたコードを打ち込む。
 敵艦2隻とコロニーのみを表示していたスクリーンに一気にアイコンが増加する。
 そこには目まぐるしく変化する戦闘の様子がまざまざと映し出されていた。コードはコロニー側とのデータリンクを行うためのものだったのだ。
「コロニー駐留のオーブ軍と輸送艦スプルーアンスのMA隊がザフトと交戦中です」
 戦況を目にした艦橋を一時驚きが満たす。チャンドラが状況を端的に言葉にした。
「こちら側が押してますね」
 危うい均衡の上とはいえ、ザフトのMS部隊をオーブ・連合混成のMAとMSが追い込んでいる。
「またアマダ一尉が、デュエルで強奪されたMSを追撃しています」
 これをナタルが聞きとがめた。その形の良い眉をしかめて抗議する。
「よろしいのですか?!」
「アマダ一尉は大尉待遇で連合軍に出向中です、問題はありません。私が責任を取ります」
 事実上最上位の上官に頑なな声で言われ、ナタルは一瞬絶句する。彼女の常識では軍人が軽々しく責任を取るなどと言うものではない。責任問題になるかもという自分の予測を口に出すのを止めたのは今はそんな事にかまけている暇は無い、と思い至ったからだ。今や時間の一秒は金の一粒にも等しい。
 わずかに息を吐く事で疑問を放棄する。切り替えの早さは彼女の長所の一つではあった。
 ナタルが言葉を止めたのを納得と見たマリューは言葉を続けた。
「敵艦から見て、我が艦はコロニーの陰にあります。
よって、コロニーの陰から出た直後敵艦を特装砲ローエングリンにて狙撃。これを撃破します」
 艦橋を声にならないどよめきが覆った。
「それは――確かに有効な手段ですが、ローエングリンの照準を合わせる間敵艦が見逃すとは思えません」
 コロニーの索敵網に捉えているという事は逆に言えば敵にもこちらが見えるのと同義である。
 射撃管制を担当するロメロ・パルの言葉は至極道理にかなったものだったがマリューは怯まない。
「この艦にはラミネート装甲があります。アンチビーム爆雷と併用すればかなりの時間耐えられるはずです」
「確かにそれはそうですが、しかし」
 ナタルもこの艦が連合でも屈指の防御力を誇っているのは理解できていたが彼女にはアークエンジェルに
搭載された新技術をマリューほど強く信頼する事はできない。
 しかし、状況は彼女らにわずかな思索の時間も許そうとしなかった。
 宙域図を注視していたジャッキー・トノムラが警告の叫びを上げたのだ。
「敵艦よりMS1が出撃! ――速い!?」
「まだ予備戦力が居たのか?!」
 スクリーンに目を移したマリューは唇を噛みしめる。コロニー外の戦闘は押しているとはいえ均衡が崩れれば一気に瓦解するだろう。この時になって彼女は自分の失策を悟っていた。
 マリューは機体が奪取された事に動揺しシローへデュエルを預け追撃させたのだが、今となってみれば奪われた機体の脱出阻止ではなく敵MS部隊の攻撃阻止にこそ戦力を集中させるべきだったのだ。
 たった1機のMSとMAの混成部隊で敵のMS部隊を阻む事ができるのであればここにMS1機が加われば一気にこちらに均衡を傾けることも可能だったはずだ。もはや後の祭りだが彼女は自分の戦術眼の無さをこの時ほど呪った事はなかった。
 だからこそ、敵艦への長距離砲撃による戦局の打破は果たさなければならない。
 マリューがそう思いつめかけたところ、思わぬところから彼女へ手が差し伸べられた。
「輸送艦スプルーアンスより入電! 通信開きます!』
『こちらスプルーアンス。そろそろ手伝いが入用だろう、マリュー嬢ちゃん?』
 スプルーアンス艦長ジョージ・ルード少佐はそう言って髭面をにやりと歪めた。

『お久しぶりです、ルード少佐』
 敬礼するマリューをルードは目を細めて眺めた。彼はマリューと同じくハルバートンの子飼いの
部下といえる一人であり、MSのテスト終了後は第八艦隊との合流までアークエンジェルの僚艦として
随伴する任を負っている。制宙権の過半をザフトに譲り渡している中単艦で、それも輸送用に改修した
ドレイク級護衛艦を指揮してここまで辿り着いた事自体彼の強運と能力を示していると言えよう。
「旧交を温めたいところだがそれは後にしよう。
管制が妙に聞き分けがよくなったのは嬢ちゃんの仕業か?」
『いえ、オーブのアマダ一尉が手を回してくださったおかげです。
コロニー側とのデータリンクコード、送ります。そちらの状況は如何ですか?』
 ルードは横目で情報スクリーンを確認した。スプルーアンスの艦橋は狭く、顔を左右に振るだけで
情報を見て取る事が出来る。
「なんとかMA隊は送り出せたが、艦を外に出す前にザフト艦が前に出て来ちまってな。
港口が開いてるのは不幸中の幸いか」
 出港が遅れたのは物資の搬入を優先したからだが、護衛艦を改修したスプルーアンスは作業効率が
それほど良くなく作業終了する頃には敵艦の接近を許してしまっていた。
 とはいえ、仮に出港が間に合っていたとしてもどれほどの事ができたかと問われればルードは黙って
首を横に振るだろう。ナスカ級1ローラシア級1とスプルーアンスでは砲戦力でも射程においても敵艦が
優越している。おそらく数分と持たないはずだ。そしてこちらの撃沈は必ず味方に動揺をもたらし、
戦場の天秤を容易く引っくり返すだろう事は目に見えていた。
 何より運んで来た物資を腹に抱えたまま轟沈など彼の趣味ではない。
 タイミングを逸したことでかえって良かったとルードは判断している。
『助かりました。少し提案が――』
 焦りを隠そうともせず勢い込んで作戦案を話すマリューを見やる。部下としては欲しいし同僚として
同じ艦橋で肩を並べるのはいいが直属の上官としては御免被りたい、というのがルードのマリューに
対する偽らざる評価であった。
 優秀なのだが落ち着いているように見えて容易にテンパる癖があり、また感情による振幅が激しい。
足りない所は部下で補う度量はあるが手綱を握る器量には欠ける。
 要するに神輿として担ぐにはいいが下への抑えが効かないのだった。ただ、やるべき事が定まっている
状況では別人のような果断さも見せる。例えば今のような。
「案は了解した。つまり囮になれ、ということか」
 副長がわずかに眉間へ皺を寄せるのを視界の端に留めながらルードは考える。マリューの提示した
案は端的に言えばそういうことだった。アークエンジェルが出港しコロニーの陰から出て射線上に敵艦を
捉えるまでの間の敵の拘束。
 確実に砲雷撃戦になるがスプルーアンスの貧弱な武装でそれが出来るかどうか。
 まともにやれば歯牙にも掛けられない可能性が高い。
 この艦の主兵装はミサイルであり、敵のそれはビームだ。どちらが速いかなど考えるまでもない。
 不思議な話だがルードはアークエンジェルが敵艦を打倒しうるかどうかについてはマリューと同じく
全く疑ってはいなかった。
 この艦は連合がこれまでに得た戦訓と技術を駆使して作り上げた最高の戦闘艦である。
 砲戦力でも防備でも、運用思想においてもこれまでの艦とは一線を画していた。
 それは建艦費用に関しても同様で、本来同型艦を複数建造すべきところを何故1隻のみなのかといえば
予算が都合出来なかったのだ。とかく金が掛かる艦なのである。
 予算の捻出にハルバートンがどれだけスポンサーとの交渉に力を費やしたかよく知るルードからすれば
そのくらいは期待して当然であった。でなければ誰も彼もが浮かばれない。
 だからこそ、彼は優先順位を誤らない。
 彼の任務はアークエンジェルを確かに第八艦隊へ合流させる事であり、そのために打てる手は余さず
打つ必要も覚悟もあった。内心の葛藤も苦慮も見せずにルードはマリューの案に少し修正を加えて承諾する。
「では、タイミングはこっちで図る。初陣だからってしくじるなよ? ラミアス艦長」
『御武運を、ルード少佐』
 気遣わしげにこちらを見るマリューににやりと笑って応えてみせ、ルードは通信を切ると制帽を深く
被り直した。それを見た艦橋の空気が切り替わる。
 次に顔を上げた時には既に先ほどまで浮かべていた笑みの残滓も見出すことはできなかった。
「副長。どう見る?」
「出た瞬間に攻撃されますな」
 即答。
「下手すりゃ何も出来ないままコロニー港ごと爆沈か」
 おっかねえな、と呟きしばし沈思するルード。状況としては最悪に近い。本来ならば艦の直衛に
当たるべきMA隊は今全力で敵の主力MS部隊の迎撃に当たっており、またスプルーアンスが入港した側の
港口は敵艦から丸見えと来ている。
「追加で出撃したMSの機種判明――シグーです!」
「――最悪ですな」
 部下の報告に副長がうめいた。ジンの後継機として投入されたこの機体はジンのそれを上回る性能で
連合に一方的な悪夢を見せ続けてきた。
「これで天秤が覆るか!」
 戦況図は急速にザフト側に傾いていった。主戦場を迂回したシグーは後衛として制圧射撃を続けていた
ミストラル4機に急迫しうち3機を瞬く間に撃墜せしめたのだ。これによりパターン化していた戦闘に
狂いが生じ、その機を突かれて更にメビウスが1機撃墜されてしまった。
 そのまま押し込んでくるかと思われたが、シグーを除く敵MS隊は退き始めていた。恐らく補給か装備の
交換のどちらかを行い、一気に片を付けるのだろうとルードはあたりを付ける。
「悩んでいる暇はなさそうだな。出港準備!」
「はっ!」
「オーブの管制に港内から退避するよう伝えろ、反論は聞かんとも言え!」
 港内からの全速発進。はっきりといえば正気の沙汰ではない。港内や港口のわずかな出っ張りにかする
だけで致死的なダメージを負いかねない上に、それで"座礁"した日には恐らく末代までの恥だ。また130m級
とはいえ推進機関の全力をたたきつけられるのだから港内の設備など軒並み破壊されるに決まっている。
 正気ではない命令。しかし躁のような状態にあるのかといえば否、である。
 口調に反して艦橋の空気は冷えていて、慌しいながらも彼らは至極冷静だった。
 悠長に出港している余裕は無く、また好機を敵が作ってくれている。今出れば敵はこちらへ反応せざるを
得ない。
「アークエンジェルに伝達。本艦はこれより全速にて出港、ザフトの動きを抑える」
 戦況図を一瞥しふと思いついて追加した。先ほど通信した時には結局口にしなかった言葉だが、今や
状況は変わったのだ。
「奪られたモン構ってる暇があったら救援に行かせろ、と言っとけ! スプルーアンス発進!」

 結果から言えば彼女が迷った時間は酷く短かった。
 元より自分の戦術眼には信頼を置いておらず――端的に言えば戦術家としては無能に近いと知っても
いた――また泥縄的にシローに追撃させた事がただでさえ少ない戦力の分散に繋がった事は既に自覚して
いたのだ。
 だからルードが投げつけるように寄越した言葉は悩むだけで思考を先送りにしていた彼女の背を確かに
押す結果となった。速断といえば聞こえはいいが上位者からの指示にすがった判断ともいえる。
『――状況が変わりました。強奪されたMSは放置して救援へ行って下さい』
 戦況図を回しつつ端的に説明するマリューの要請に対し、シローはほんの一瞬だけ意識して怒りを堪え
なければならなかった。
 耳に歩兵たちの怒号や悲鳴が蘇る。
(彼らの死はなんだったんだ!)
 シローとしてはそう叫びたかった。彼の中にマリューに対し感情的なしこりが生まれたのが何時かと
いえば、この時を置いて他にはないだろう。彼女に責任がないのは理性では分かっているがシローとて
分かっているが、それで割り切れるものなら今この場に彼は居ないのだ。
 ただ彼がどう思おうと回答は一つしか有り得なかった。
「……了解、作戦中止! 友軍の救援に向かう!」
 アイナは今、苦戦しているのだ。

 コロニー港から飛び出して来たドレイク級護衛艦に対してザフト側はまず自棄を起こしたかどうかを
疑い、すぐに否定した。コロニー外へ出たアークエンジェルを探知したためである。
 ここまで近ければレーダーの精度に疑いを持つ余地はない。ゼルマンはドレイク級は囮でありコロニー
裏に居る敵艦こそが本命と看破した。
「敵艦がコロニーの陰から出た瞬間を狙う。雑魚はアデスに任せておけばいい! 全砲門開け!」
 ゼルマンが吼える。彼の命令を受けて艦橋が慌しく動き、程なく発射準備完了の報告が上がった。
 しばしの沈黙の後。
「敵艦、陰から出ます!」
「撃てぇっ!」
 この時。ナタルはアークエンジェルの持つ考えられるすべての防備を終えていた。
 ラミネート装甲とアンチビーム爆雷によって敵艦のビームはある程度まで無視できる。
 問題はレールガンだ。こればかりは外れるか、純粋にこの艦の装甲とダメコンを信頼する他ない。
 そして、ついに敵の待ち受ける射線上にアークエンジェルはその姿を晒し、初陣の洗礼を浴びる
事となった。――直撃した瞬間をナタルは記憶していない。激震に見舞われた艦橋で一意識を
飛ばしつつも彼女は何度も受けた訓練のとおりに指示を飛ばし、彼女の仲間たる面々はその期待に
応えた。
「被害状況知らせ!」
「左舷被弾! ゴットフリート損傷、発射不能!」
「隔壁閉鎖します!」
 主砲の損傷。本来なら大問題だがこの艦に限っては許容範囲内だ。ナタルはそう判断し間髪入れず
必要な指示を下す。
「ローエングリン照準!」
 ノイマンが必死に舵を取る中、パルが応える。
「発射準備完了!」
「1番発射の後2番発射! 撃ぇっ!」
 発砲後、敵の反撃を予測して回避機動を取るのは常道である。例に倣いガモフもやはり回避機動を
取っていた。しかし最初から肉を斬らせて骨を断つ覚悟であったアークエンジェル側はガモフ側を
わずかな差で先手を取る事に成功した。
 ある意味で、ゼルマンは不運であったとしか言いようが無い。
 図らずも彼は状況的に防御力・火力ともに優越する相手と1対1で戦ってしまったのだ。戦場では
高性能な側が勝つとは限らないのが常だが今この状況のみにおいて、結果が覆ることはない。
 この場合ゼルマンの不運とは即ち、敵艦について何も知らなかった事といえるだろうか。
 アークエンジェルの特徴的な艦首から放たれたローエングリンの光条は回避機動のため乱数加速に
入りつつあったガモフの右舷を捉え、突き刺さり、進路上にあった艦体構造物を容赦なく抉り飛ばした。

 ガモフ格納庫ではジンの換装作業が行なわれていた。
 内部にまだ居るはずの強奪班を救助するにはコロニーの制圧、破壊もやむなしとして特火砲や
ミサイルといった火力の高い装備が用意され、また推進剤やバッテリーの充電も急ピッチで進んで
いたところである。
 右舷装甲を蒸発させたローエングリンがその威力を些かも減ずることなく格納庫を襲ったのはその
ちょうど真っ只中であった。
 ……ミゲル・アイマンは自分に何が起こったのか分からなかった。コクピット内から手を伸ばして
整備兵から高蛋白飲料のボトルを受け取ったところで彼の意識は途切れている。
 何かとても強い衝撃を受けた気がするが、頭は朦朧として考えがまとまらない。
(熱い……)
 彼の全身を燃えるような熱さが襲っていた。余りの熱さにボトルに口をつけようとして右腕を掲げ、
彼は悲鳴を上げた。
 ボトルを掴んでいたはずの腕は肘から先が失われていたのだ。
「うぅあっ……う、でが」
 無い、と言い終わる前にミゲルの体は永久に失われた。

「ガモフ被弾!」
 悲鳴のような報告がもたらされた時、既にアデスを初めとするヴェサリウスのクルーは僚艦の最期を
目の当たりにしていた。右舷に直撃を受けたガモフへと放たれた2射目は艦体中央に命中しこれを爆散
せしめたのだ。
 アデスは衝撃を噛み殺した。何をおいても彼が動揺してはならない。動揺は更なる悲劇を引き起こすと
彼は知っている。
(それにしてもなんという威力!)
 ローラシア級はザフトの航宙戦力の中核を担う主力戦闘艦である。MS6機を格納しながらドレイク級は
元より連合の主力であるネルソン級にすら劣らない砲戦力と装甲を持つ艦だ。
 それが文字通り鎧袖一触された事実にアデスは恐怖すら感じた。
 また実際的な問題もある。
 クルーゼ隊を構成するガモフとヴェサリウスのMSパイロットのうち、ガモフ側には緑服を中心とした
ベテランが所属し、ヴェサリウスには赤服を中心とした新兵が所属していた。これは高度に政治的な
判断の元になされた編成である。口さがない者には『議長のお気に入り』であるクルーゼを厚遇した
結果扱いが難しい面々が集まったための苦肉の策などと言われるがそれはともかく、これでクルーゼ隊は
そのMSパイロットのベテラン勢を一挙に失ったことになったのだ。そして、残る新兵たちのうち大半は
敵の鹵獲ジンによって撃墜され、赤服のほとんどは強奪任務中に負傷を負っておりMSの操縦などままなる
ものではない。
 つまり、ヴェサリウスは直衛機がいないという異常事態に陥っていたのだ。
 最悪の事態、という言葉が脳裏に浮かぶのをアデスは振り払う。
 弱気になったものの元には不運しかもたらされないからだ。
 彼がわずかに逡巡した間隙を縫うように、ドレイク級がまるでMAのような急速機動を取りながら進路を
変更する。
「ドレイク級を追え、コロニーを盾にするのを忘れるな! 陰にいれば撃たれはせん!」 
 結局アデスは敵の新型艦の射線から身を隠すように自身もコロニーの影に入りつつ、ヴェサリウスの
全力を目前のドレイク級に叩きつけるよう命令を下す他になかった。

 ヴェサリウスとアークエンジェル、そしてスプルーアンスがヘリオポリスを巡り命がけの鬼ごっこを
興じる間にも、アイナ、フラガ、クルーゼの三者による機動兵器同士の戦闘は続いていた。
「あのパイロット、なかなかにやる!」
 クルーゼは幾分かは余裕を残しながらも舌打ちする。
 彼にとって、この戦闘はある意味誤算の産物であった。彼の計画では新型機強奪後は存在するであろう
連合側との戦闘にかこつけてヘリオポリスを崩壊かそれに近い状態へと追いやる事でオーブさえ巻き込んで
更に戦乱が拡大する可能性を増大させるはずだったのだが、どういう偶然か強奪側はコロニー側の迎撃に
遭い、また容易な相手と考えていた情報によればナチュラルであるはずの敵はなかなかの難敵と来ている。
「だが、それもまた面白い!」
 高揚するままに叫ぶクルーゼ。ここまでが上手く行き過ぎたのだ、と彼は考えることにした。
 彼の脳裏を電流のごとき感覚が走る。考える前に体が反応した。天頂方向からの攻撃に備えて急制動、
予測軌道にあわせるように重突撃銃を放ったかと思えばすかさずロールを打つ。
 果たして、クルーゼの放った銃弾は急襲しようと突撃してきたアイナ機の盾に弾痕を穿ち、またフラガの
ガンバレルによるオールレンジ攻撃を完璧に回避してみせた。ほんの少しタイミングがずれれば、シグーと
いえどもただではすまない連携攻撃を鮮やかに捌いた事に、しかし本人は誇る気にもならない。
「少しずつタイミングが合って来ているだと?」
 クルーゼとてこの11ヶ月戦いぬいてきた猛者である。それぞれ1対1であれば圧倒する自信があった。
 しかし彼が当初思った以上にムゥのメビウスゼロとMSの組み合わせは厄介であったのだ。
 メビウスゼロのガンバレルによる変則的な機動と高速性能は確かに並みのパイロットからすれば脅威だし
高機動型ジンとも言うべき敵のジン改はシグー並みの機動性を誇る。
 個々で見ればそれだけだが、これが連携し互いの弱点を補った時、この2機はクルーゼですら手を焼く敵と
なるのだ。そしてこの敵は、戦闘の間に格段に連携が進化している。
(……潮時か)
 彼がそう思うと同時にレーダーが新たな敵の出現を知らせる。
 コロニーから急速に接近する反応が5。クルーゼはあまりのタイミングの良さに呆れを通り越して笑い
そうになった。ガモフが撃破され、赤服の大半は負傷した。
 彼にとっては近年稀に見る失策だ。
 これによって排斥されることはないという自信はあるが後方に召喚されることは免れない。次に前線に
出られるのは何時になるか、それを考えるとはらわたが煮えくり返る思いであった。
 艦への通信を開く。
『隊長!』
「アデスか。退くぞ」
『は――『コロニーより新たに機影、2! 識別信号なし、ドレイク級に接近!』何だと!?』

「どうやら生き延びられそうですな」
 副長の声に思わず頷きかけたルードはコロニー内部から飛び出して来たMSがまっすぐにこちらに向かって
来るのに警告の叫びを上げた。
「急速回避ィ!」
 ――MA形態のイージスはその構想どおりの性能を発揮し、それに掴まり慣性と自身のスラスターで更に
加速したブリッツに対して、回避は間に合わなかった。
 味方であったはずの機体から放たれたランサーダートが艦橋ごと彼を押し潰したのはわずか数秒後のことである。

 この後ヴェサリウスは強奪したイージスとブリッツの2機を収容した後コロニーを盾にその快速を活かして
退却。ここに一連の戦闘は終結した。
 ヘリオポリスはその保有戦力の大半を失い、アークエンジェルは艦長以下正規の首脳部と僚艦を失い、
クルーゼ隊は僚艦とベテランパイロット、そしてMSの大半を失った。
 三者が争い、誰もが深く傷ついた戦闘といえる。
 特にクルーゼ隊はその人員の損失は大きく、またこの後作戦の失敗を追及されてクルーゼが召喚されたため
隊は解散、再編されることになった。
 正式にはヘリオポリス遭遇戦と呼ばれるこの戦闘だが、一般にはこの後の混乱までを指してヘリオポリス争乱
と呼ばれるようになるのにはそれほど遠くない未来である。

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