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08MS-SEED_96_第03話3

Last-modified: 2013-12-23 (月) 19:32:53

 人間の身体とは不思議なもので、初日にはあれだけ食事も出来なかった少年達も3日目の夜にはモリモリと食事を取る事ができた…訓練に際して強化されて行く肉体が栄養を欲しがっているかのように。
 夜も疲れてすぐに睡眠に入る…筋肉痛も動いているうちに感じなくなり、あいかわらず訓練はキツイが初日のようにランニング中に倒れる事も少なくなった。
 だが、最も違いを見せたのはやはりコーディネイターであるキラであった。
 3日目にはキラが遅れるような事は無くなり、艦内トレーニングで遅れることも無くペースを落としつつみんなが終わるのを待ち、トレボー爺さんの練兵場での訓練コースも少年達を周回遅れにするまでになっている。
 着替える時もキラの肉体は一足早く少年達より筋肉がついたようで、一回り身体が大きくなった感じだ……格闘訓練ではまだサンダース軍曹に投げ飛ばされているのだが。
「キラ、なんだかたくましくなったみたい」
「そうかい、フレイ?」
 みんなと少し離れたテーブルで夕飯をパク付くキラを見上げるように横に座ったフレイが囁く。
 頭にバンダナが巻いてあるのは…初日にフレイに爆笑されたのがよっぽどイヤだったらしい。
 慣れたとは言え訓練の後は息も絶え絶えな自分らに比べ、キラはもう何事も無かったように食事を取っている…それがサイにはまるで自分はコーディネイターだからもう平気だと、ナチュラルの君とは出来が違うんだと雄弁に語っているようでイラ付いた…もちろん少し前まではいつも側にいて甘えるように自分を見上げていたフレイがキラの隣にいるのもまったく持って気に入らない。
『キラが大した事無いと…俺が優れているという事が証明できれば…そうすればフレイだって…』
 食事を咀嚼しながらあっちを見ないように目をつぶって考えるサイ。
『キラにしかできないといわれてる事をやり、自分の優秀さを証明する…その為には……』
 更にしばし考えていたサイはいつの間にか食事がなくなったことに気がつく。
 しばらく考え込みつつ何かを決意したサイは、けだるい表情だが食事は続けるトールとカズイを残し立ち上がってある場所へ向かった……自分の能力を証明する為に。

「ヤマト少尉の様子はどうだった、キキ?」
「なんだかもう全然平気って感じで飯食ってたよ。
 他の連中はまだダルそうにしてたけどね…でも食事はがっちり食べてもう戻す様子も無かったね」
「若いなぁ…もう慣れたのか」
「隊長、自分が年寄りみたいな事…。
 それにしてもヤマト少尉がコーディネイターって言うのは本当ですね、既に筋肉が付いて来ています。
 普通の人間ではこの短時間ではまだあそこまで付くとは考えられません」
「予想通りになったな…明日から計画通りヤマト少尉に……」
『おい、止めろ!』
『何をする気だ!』
『奴を止めろ!』
『アイツは暴走している!』
「なんだ?」
 指揮車の中で相談していたシロー、サンダース軍曹、キキの3人は指揮車の外、格納庫の中が騒がしくなってる事に気がつき何事かと外へ出た。

 ――数分前――

 サイが現れたのは格納庫であった…そこで周囲に気を配りながら見つからないようにストライクのメンテベッドに素早く駆け寄るとリフトを登りきった。
 食事時間と当直の交代の狭間だった事もあり誰に咎められる事も無くサイはストライクの開いたままのコクピットに滑り込むことに成功したのだ。
 ハッチを閉じOSを立ち上げ待機モードのストライクを機動モードに変更すると、正面や左右のモニターに周囲が映し出されさまざまな状況を表すウインドが開いては消えストライクの状態をモニタして行く。
 特にエラーは出ていない、恐らくはこのまま動かせるに違いない。
 初めてロボットの操縦席に座る興奮と、これでキラを見返してやれるという興奮と、禁忌を犯しているという後ろめたい気持ちとスリル、そして不安が少々。
 その少々の不安を押し潰すべくサイはどんどん躁状態に近い興奮状態になり、心臓が鼓動を早く打つ。
 ……他人の愛機に乗るというのはまるで他人の彼女に手を出すようなスリルと興奮がある……と、そんな経験が無いにも関わらず高揚した精神状態の中でサイは考え、そして思わず笑い出す。
「くっくっく…はっはっはっはぁ!
 なんだ、キラと同じ事をしてるだけじゃないか! ならば俺にだって…俺にだって出来る!!」
 コントローラーを握り締め歩行モードに入っている事を確認したサイは、目の前にある邪魔なキャットウォークをギコチなく乱暴に押し開くと勝利と栄光の第一歩を踏み出した。
 鳴り響く警報も周囲をアリの用に走り回って手を振る人達も今のサイを助長する事はあっても止まらせる物ではない。
 更に一歩を踏み出し、MSを動かせるのはもうキラだけじゃない事を証明し自分の優秀さを認めさせる為にサイはAAを出てデモンストレーションをしようと外へ続くハッチへと歩を向けた。

 マードックが気が付いた時、ストライクのハッチは閉じて目に起動状態にある事を示す光が灯っていた。
 坊主が居た所は見てないし今晩動かすとも聞いていないし戦闘配置も出ていない、なにより自分がストライクを動かすと聞いていない以上それは動く筈がない物であり、今乗っている奴は無断で動かそうとしているに相違無い。
「おい貴様、誰の許可でそいつに乗って…」
 怒鳴りながらコクピットに近寄ろうとした時にストライクの腕が動き「まさか…」と咄嗟にキャットウォークの柵にしがみ付いたのが功を無し、乱暴に押し開かれたキャットウォークから落下する事は辛うじてなかった。
「舐めやがって…!」
 一歩前に出るストライクを横目に見ながらキャットウォークの操縦ボックスまで転がるように進むと、アラートボタンを乱暴に殴りつけてキャットウォークを降下させた。
「乗ってるのは坊主じゃねぇ、全員下がれ!!」
 灰色のディアクティブモードのままキラが操縦している時とは明らかに違うギクシャクした動きに確信したマードックが、押し止めようと周囲で手を振る整備員に下がるように怒鳴って外へ続くハッチを閉じるように指示しているとシローとサンダース軍曹とキキも駆け寄ってくる。
「マードック班長、どうなっているんです!?」
「判りやせん、敵の工作員か脱走か…ともかくストライクに誰かが乗りこんでやがる!」
「随分ヨタってるね」
「って事はコーディネイターじゃない…敵ではないのでしょう」
「サンダース、陸戦Gで待機するんだ、相手が艦外に出そうになったら抑えてくれ。
 …まぁその必要は無さそうだ……あれは…倒れるぞ!」

「で、どうだった? アマダ少尉の新兵訓練は?」
「軍人としてはどって事無いね…パイロットとして言わせて貰えばあの程度は日常トレーニングに毛が生えたようなもんだよ…トレーニングをしていない少年達がいきなりやるには辛いかも知んないけどね。
 ……まぁ砂漠ってのは少々キツイ環境だけど……それでも不当な訓練だと解任出切る物ではないさ」
「そうなの…それじゃぁ……」
「別にアマダ少尉が少年達を不条理にイジメてる訳じゃないさ。
 あれはいろいろ考えてる鍛え方だ…さすがにMS先進世界の現役パイロットだね、見習うべき所は多いよ。
 MSを運用するってのは機械を動かすだけじゃない、こういったのも吸収していかないといつまでも立ち遅れたままになり兼ねない」
「MSとMAって、鍛える場所が違うのでしょうか?」
「基本的には変わらない…でも地上だと振動が多いとか、より平衡感覚を磨いておかないといけないとか。
 彼らは気が付いてないだろうけど首を鍛えるトレーニングが多めなんだ……Gの有無はMAもMSも変わらないと思うけど、歩行による振動や転倒の衝撃でネックになるのはまさしく首だからね」
「へぇ…思ったより考えてるのね」
「考えなきゃ死ぬのは、どの世界でも同じだろうさ」
 ナタルの問に珍しく――とマリューは思った――まじめに答えたムゥはその後の自分のちょっと悪意ある突っ込みに答えた後、ふっと自傷気味に笑い視線を窓の外に外してその先の見えない物を見る…ムゥのそんな仕草にマリューはこの軟派な側面がちらつくエースパイロットにも、自分と同じように過去にいろいろと憤る物があったんだろとその横顔を盗み見る。
 ……こうして見ると整った顔立ちをしている…口を開かなければワリといいオトコなんだけどなぁ。
 そんな事をふっと考えてしばし思考があっちの方向に行ってしまったが、それを引き戻すかのようにブリッジ内にけたたましい警報が鳴り、思わず艦長席からずり落ちそうになった。
「なになに、どうしたの!?」
「格納庫でアラートです!
 おい、どうなってる…なに、ストライクが!?」
「トノムラ軍曹、何が起こった、報告しろ!」
「はっ、どうやら誰かが勝手にストライクを動かしているらしく…」
「バジルール中尉! 8小隊は全員いる!? 彼らの居場所を確認して!!」
「はい、艦内に…三名が格納庫、残る二名は…食堂とシミュレータールームにいます」
「彼らじゃない!? ……って事は…誰?」
 いつまで彼らを疑っているんだろうかとナタルは思い、艦長席で頭を捻るマリューにムゥが声を掛ける。
「ともかく…敵の工作員か、脱走なのかもしれない…あれを売ればいい金になるだろうしね」
「マードック班長がハッチを閉ざすよう指示を出しているようなので出られない筈です、兵科に武装させて格納庫へ集めましょう!」
「そうね…それで……」
『ラミアス艦長!』
「アマダ少尉? 今何処にいるの!?」
『格納庫です、ストライクが…』
「知ってるわ、あなた方ではないのね!?」
『そうです、カレンとミケルを呼び出して陸戦Gで待機するよう伝えてください!
 あのパイロットは操縦に慣れてません、そのうち倒れます! 憲兵か海兵を武装させて集めた方が…』
「もう手配してます、あなはたそこ……」
『さすが、手配済みでしたか!
 自分は待機して動向をうかがいますが、非常時にはパイロットを抑えます』
「ええ…とにかく私も行くからそれまでは待機していて!」
『了解!』
「トノムラ伍長、別命あるまで艦内は第三級戦闘配備!
 フラガ少佐、バジルール中尉、行くわよ!」
「はっ!」「了解!」「おっけー!」

「くっ…そぉぉぉ…」
 さっきまでの高揚感は一体どこに行ってしまったのか、3歩目にしてサイの額には脂汗が滲んでいた。
 モニターの正面に表示させたストライクの垂直を示す縦のラインがフラフラと不安げに揺れる。
 この機械はオートバランサーという物が付いていないか、そうでなければよっぽど劣悪な物に違いない。
 動く度にその制御を手動でしなければならないのだ…歩いてズレた重心を機体中心に持っていこうと上半身のバランスを取るが、行き過ぎたが今度は反対にバランスを崩しかけそれを戻すが更にもっと大きく機体のバランスを崩す。
 フラフラとゆっくりしていた上半身の左右の動きは今や腕をともなった派手な…そしてヤバげなギクシャクした動きになる。
 オートバランサーを切って地上で歩行する訓練を積んだシローにはその動きは末期的なモーションである事が手に取るように判った…MSの訓練校では自分も最初は良くああなった、そして次に来る動きも判っていた。
「倒れるぞ! 総員退避!!」
 シローがそう叫んだ時、ストライクはふらつく上半身のままもう一歩を踏み出した。
 そのまま踏み出した足の反対側へ完全にバランスを崩したストライクは、周囲のコンテナを吹き飛ばして激しい金属同士の衝突音を響かせながらゆっくりと前のめりに倒れる。
 それでも地面に手を付いたのは…サイの操縦ではなくOSに仕込まれていた反応で…そしてそのOSはキラが作った――実際には改良した――物であり、サイはキラに救われた形となった。
 負け犬のように膝を折り手を付いた四つん這い状態のストライクの正面のモニターに映る物は希望の未来へ繋がる外に出るハッチではなく、見間違いようの無い格納庫の床だ。
「俺は…俺はこんなにも…キラに劣っているのか……!?」
 先程高揚したと同じ分だけ失望がサイの身体に広がって行く…自分の優秀さを証明するどころか、キラがいつもなんでもなくやっている事すらできやしない…。
 カレッジに居た頃はアニキ面してキラを何かと気に掛けてやったような態度を取り、フレイの好意は当然のように自分にあるものだと振舞っていた自分。
 キラを『大切な仲間だ』『コーディネイターとか関係ない』と言っておきながら…『コーディネイターの癖にフレイを奪った』とか『コーディナイターだからって調子に乗りやがって』とか憎んで、妬んで。
 そして俺の方が優秀だと証明しようとして…自分はキラの足元にも及ばないと証明してしまった。
 …こんな自分ではフレイが離れていくのも当然だ……惨めだ…あまりにも惨めで……そして汚くて醜い。
「くっ…くくっ…ううう…うぉぉっ……」
 メガネのレンズに溜まる涙で正面の床が滲んで行く様に見え口からは嗚咽が自然と漏れ出して行く。
 こんな無様で惨めで汚れた自分にはこんな格好が、こんな屈辱的なポーズがお似合いだ。
 サイ、お前はコーディネイターのキラに微塵も及ばないクズだ、ゴミだ、ウジ虫だ、両生物のクソを集めた価値すらないFNGだ。
 自己嫌悪に痛い程苛まれるサイは、もしかしたらキラも同じようにこの狭いコクピットの中で孤独で孤立無援の中、たった一人で生死を掛けて戦っていたのかもしれないと……自分が世界で最も唾棄すべき存在である事を思い知ったこの時、初めてキラがこれまで耐えてきた気持ちを知った気がした。

 キラとフレイとトールとミリアリアとカズイも大勢の野次馬に混じってストライクの強奪犯人の逮捕の瞬間を見に来ていた。
 マリューとナタルが指揮する兵科が物陰に隠れて武器を構えてストライクを包囲し、その後方に陸戦ガンダムも武器を構えてストライクの動向を見守る。
 そして最近すっかり見慣れたアサルトライフルを構えたシローとサンダース軍曹――マリューはシローらが行くのに難色を示したが個人の対MS戦闘に慣れていると言うシロー達が行くのを認めざるを得なかった――がストライクの背中からロープを使って慎重にコクピットへ近づいて行く。
 これも命がけなんだなとキラは思う…もし今ストライクがバランスを崩したり腕を振るったりしただけで2人は即死だろう。
 いくら憎い鬼教官達であっても目の前で死なれるのは気持ちが悪い…だから死なないで貰いたい。
 見守る人達の呼吸や唾を飲む音が聞えて来そうな奇妙な静けさの中、2人はコクピットハッチの左右に取り付いた。
 シローとサンダース軍曹は手の動きだけでタイミングを合わせ、非常時にコクピットハッチを吹き飛ばしてパイロットを救出するエマージェンシーハッチを開いて操作し、くぐもった爆音を響かせて吹き飛んだと同時にコクピットへ滑り込んだ。
『……………!』
 誰もがその瞬間を息を飲んで見守った。
 発砲音は聞えてこない、どうやら敵の特殊部隊とかではないようだ…そうでなければ倒れた衝撃で気絶したか。
 ひょいっと顔を出したのがシローだと判ると周囲からは安堵のため息が漏れる。
 マリューやナタルがほっとしたように兵科に解散するように手振りで示している所を見ると、どうやら敵ではなかったらしいとキラは安心したが…では一体誰がこんな事をしたのかと疑問は強まる。
 そのままシローはマードックに向かって手を振るとリフト車がストライクのコクピットに向かって走り出し、真下に来るとマードックを乗せたままアームを上に上げてシローとサンダース軍曹に抱えられたストライク強奪犯をその場に下ろした。
「あれは……サイ!?」
 フレイの息を飲む声と共にキラも確認した、マードックに頭を殴られているのは間違いない…サイだ。
「サイだ…」
「なんでサイが!?」
「さぁ…判るもんか」
 皆もサイと確認したようだ…人形のようにリフト車から引き摺り下ろされ、マリューやナタルがその場へ向かう。
「…フレイ?」
 赤毛が鮮やかに翻ったのを見て、キラは思わず振り返りながら声を掛けた…しかしフレイは答えない。
 その場から駆け出し、そして格納庫から通路へ扉に駆け込むと見送る周囲を残して去って行った。
『……涙……?』
「どうしちゃったのフレイ?」
「さぁ…」
「判んない事ばっかだよ…」
 周囲は気が付いていない…コーディネイターの動体視力だけが角を曲がった瞬間にフレイの眼から零れる光の雫を捉えていた。
「フレイ……」
 キラはその涙の理由を考え…この場で涙を流して走り去る理由は一つしか思い浮かばなかった……そして良すぎる自分の動体視力と理由に行き着ける推察能力を呪った。
『フレイは…まだ……』
 ストライク強奪事件の全容が明かされ野次馬が三三五五に散って行く中、足元が崩れるような感覚を感じつつもキラは呆然と立ち尽くしていた。

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