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491_第06話

Last-modified: 2007-12-02 (日) 18:00:01

 第六話『兵どもが夢の跡』

 ――『彼』は大海原に投げ込まれた小石だった。

 池ならばその波紋は端まで届くかもしれない、湖ならばその波紋は誰かの目に止まるほどだったかもしれない。

 だが広すぎる世界に放り込まれた『彼』はなんの変化も与える事のない矮小な存在だった。

 誰もが『彼』が存在せずとも死と戦いという運命を課せられた者だった。

 最悪ではないが、最良でもない。毒にも薬にもならないのが今の『彼』だった。

 では未来はどうか? わずかに生じた波紋が大きな波へと変わることはあるのだろうか?

 ……それは『彼』の意思次第だ。

 自らに立ち止まることを許さぬ向上心こそが進化に値する存在となる不可欠な要素のひとつなのだから。





 早乙女研究所の壊滅から数ヶ月の時が経った。

 研究所は新しく建造され、ゲッター線の研究とゲッターロボの研究などのすべての活動の拠点が移された。

 ゲッターの完成、新生ゲッターチームの集結、短期間の出来事とは思えないほどに様々な出来事が閃光のように過ぎ去っていった。

 ……自分はどうだろう? 少しでもあの雨の日から進むことが出来ただろうか? 今は亡き恩師に胸を張って報告出来るほど成長しただろうか?

 答えは、否だった。



「ん?」

 研究所の通路を歩いているとモバイルが落ちていることに気が付いた。

 文句なしのド真ん中、こんな分かりやすい落し物というのも――しかも屋内で――珍しい。

 拾い上げる。携帯電話ほどの重さと大きさ、達人も持っていた研究所で支給されているものだろう。

 グルリと周囲を見渡す。居住区から離れていることもあってか部屋はなく、人影もない。

「……こういうのは落とし主だってなくして困っているはずだよな。

ということは持ち主を特定するための情報がいる、つまりここでこの中身を見るのは絶対必要条件だ」

 自己正当化完了。えぇもちろん興味津々ですが何か?

 というわけで電源をポチっとな。

「――む?」

 膨大な数のファイルがディスプレイに映っていた。ひとつひとつを確認する暇はないが、とりあえず適当なものを開けてみる。

『ゲッター線の兵器利用に関する報告書』

『プラズマエネルギー動力炉の開発経過報告』

『G鋼石の採掘状況と調査研究』

 ……などなど。はっきり言って内容は難解すぎて理解できない。

「これだけじゃ誰のものなのか分からないな」

 ウィンドウを閉じ、『boin』というファイルにカーソルを合わせる。

「……何をしている?」

「へ? うぉわっ!?」

 後ろを振り向いた瞬間、凄まじい速さでモバイルを奪われた。

 ……マズイ人の落し物を拾ってしまったかもしれない。



 ――神隼人。ジャガー号=ゲッター2パイロット。

 元々は『革命派』と呼ばれた反政府組織のリーダーだった男である。

 性格は冷酷にして残虐、聞いた話だが組織を抜けようとした人間の目を潰し、耳を裂き、鼻を抉ったらしいが屈強な鬼の顔面を引き裂くほどの力を持つほどなのだから出来てもおかしくはない。


 防衛省からゲッター線の存在を知り建設したばかりの早乙女研究所を襲撃したが途中現われた鬼によって革命派はほぼ壊滅、隼人自身は竜馬同様に早乙女博士の強引すぎる手腕によって無理矢理ゲッターに乗せられて今に至る。

 この研究所に来てからはかなり大人しくなってはいるが逆にそれが怖いという難儀な男だ。

 ちなみに初出撃の際、自分はベアー号に乗っていたのだが合体はオートパイロットを使用した上にゲッター2の操縦を驚くほどの短時間で習得した隼人の無茶で軽く失神した。

 はっきり言ってゲッターチームの中では一番苦手な男だ。



「……見たのか?」

「いえ何も!」

 マッハで返答。しかし怪しさ抜群である。

 しばらく軽く睨みつけられたが――しかしそれでも殺意混じりの――、すぐにどうでもよさそうに息を吐き、

「面倒をかけたな」

 背を向けて歩き去っていく。

「あ……隼人さん!」

 言わなければならないことを思い出して声をかけるが、覚悟を決めておくべきだったと後悔した。

「――何だ?」

 肩越しに振り返られると切れ長の目と相まって怖さが二乗した。

 てかいつもよか若干声が低いデスよ隼人さん?

「え、え~とその……午後の件、のことなんですけど」

「好きにしろ」

 それだけ言って今度こそ去っていった。

「……死ぬかと思った」

 目で殺すってああいうのを言うんだろうな。あれ? 違う?

 ……しかしあのモバイル、そんなにヤバイものでも入っていたんだろうか?

 なんとなくあの『boin』ファイルを見たら俺はここで骸と化していたんじゃないかという妙な確信があった。

 

 研究所の中心部に位置する研究ブロック、その中の鬼の研究を行われている区画に足を運んでいた。

 無学な自分が進んでここに来た理由は単純にひとつ、目的の人物がここに来たと聞いたからだ。

「…………」

 さて、その人物が目の前にいるわけだが。

「えー、と?」

 薄暗い通路のド真ん中で巨大な尻がこちらを向いていた。なんかこう、ピクピクと痙攣しながら。

 ――どんな状況だコレ?

 とりあえず声をかけようかどうか悩んでいると、尻の手前の小部屋から白衣を着た女性が出てきた。

「あ……」

 しまった、と思ったときにはすでに目が合っていた。

「――何? あなたも何か用なの?」

 不機嫌そうな視線が突き刺さるようにこちらを捉えていた。正直に言おう、MSのロックオン警報の幻聴が聞こえてくるくらい迫力があった。

「いえその、用があるのは向こうの人なんで……」

 言いながら指をさしかけてなんとか引っ込める。人に指差すマナー違反を気にしたのではなく尻に指をさすのがなんか嫌だったからだ。

「あぁ、アレ」

 アレ呼ばわりである。あ、何か汚物でも見るかのような目で軽く後ろ見た。

「用がないならどいて頂戴。通路の真ん中に立ち尽くされても迷惑なだけよ」

 黙って道を譲る。ズンズンと歩いていく胸元で銀色の十字架が揺れていた。



 ――早乙女ミチル。某大学の考古学研究質学生であり新早乙女研究所の臨時研究員。

 早乙女の姓からも分かるとおり達人と同じ早乙女博士の実の娘。

 ここしばらくは大学の方にいたおかげで旧研究所の襲撃の影響をほとんど受けなかったらしい。

 ここで臨時の研究員をやっている理由は噂でしか知らないが、なんでも博士とは不仲だが鬼の研究を最新の設備で堂々と行えるからということらしい。

 ある意味でゲッターチームの面々や早乙女博士以上に付き合い辛い人物である。

 初めて会ったときから達人さんの願いでもあった親子の溝を埋めようと微力ながら努力をしたのだが……結果は実らず、逆にこっちが軽くトラウマになってしまったほどだった。




 後ろ姿が角の向こうに消えてから溜め込んだ息を吐き出す。なんでここまで緊張しなければならないのか。

「ぐ、ぬ、おおおぉぉぉ」

 呻き声でもう一人――というか自分が会いに来た人間――いたことを思い出して慌てて駆け寄った。

「弁慶さん、大丈夫……じゃないのは分かりますけど大丈夫ですか?」

「ぉぉぉぉ、お? し、シンか」

 巨漢の顔が上がる。目尻に少し涙が浮かんでた。





 ――武蔵坊弁慶。ベアー号=ゲッター3のパイロット。

 元々は山奥の村々で食い物も女も根こそぎ奪っていくという途方もない暴れん坊だったらしいが、たまたま村を通りかかった旅の僧に『ホトケ』の道を説かれて以来真人間になるためにその僧が住職を勤める寺で修行を積んでいたらしい。

 だがその寺が鬼に襲われ、唯一生き残った彼を早乙女博士がこれまた強引に引き入れたことから今に至る、というわけだ。

『ホトケ』というのは宗教のひとつらしいのだが話を聞いてもピンと来なかったので正直な感想を言ったところ、「情けない……」と言われてそれっきりである。

 鬼化した人間の頭を握りつぶすほどの並外れた膂力を誇り、初戦で戦闘中にコクピットで寝入ってしまうほどの頑丈さと神経の図太さを持つ男だ。

 ちなみに彼が来て以降ベアー号から降ろされた。悔しくなんてない、ないったらない。



「いったいどうしたんです? 何か言葉に出来ない状況なんですけど」

 よろよろと壁伝いに立ち上がった弁慶はいそいそとズボン(?)を履き直し、

「情けない……」

 と呟いてからこれまでのいきさつを説明してくれた。

「……つまり、ミチルさんに一目惚れしていわく付きの刀を貸してきっかけを作ろうとしたのまではいいけどついでに見せたその、アレを鼻で笑われた挙句に蹴られた痛みで悶絶してた、と」


 自分でまとめといてなんだが、身体的トラウマというか古傷が浮かび上がってきたというか……とにかく何か切なくなった。何故だろう?

「いわく付きの刀だとぉ? あれはかの源頼光の守り刀で鬼を退治したときに使われたという由緒正しき……!」

 マズイ、またやってしまった。 

「あーそれよりもですよ、いったいぜんたいなんでアレなんて見せようとしたんです?」

「む、竜馬の奴がアレでも見せれば大喜びするって言ってたんだが」

「あ~……」

 とりあえず言えることはひとつだ、この人もの凄い天然入ってる。とはいえゲッターチームの中では一番の良識派だろう、多分。

「そういえばシン、こんなとこに何しに来たんだ?」

「弁慶さん探してたんですよ、午後の件のことで」

「午後の件?」

 午後の件、午後の件、と何度か呟きながら顔がだんだん下がって行き……

「いやいやいや寝ないでくださいよこんなとこで!」

 危なかった、あと少し遅れていれば何度か頭を引っぱたかなければならないところだった。

「――あぁ、あのことか! 隼人には話したのか?」

「好きにしろ、って言われました」

 むぅ、と唸ってしばらく沈黙する。

「……俺も止めはしないんだが、あまり無茶はするなよ」

「分かってます、絶対に迷惑はかけませんから」

 ――そう、あってはならない。自分のミスで誰かを傷つけるようなことは決して……

「そうか……気をつけろよ」

 そう言って両手の掌を合わせて拝まれた。宗教のことはからっきしだが、こっちの身を案じてくれているのは理解できた。

「ありがとうございます!」

 自分に出来る精一杯の感謝を礼にこめてその場を離れた。

 ……残るは一人、イーグル号=ゲッター1のパイロットだけだった。





「――これより訓練に並行して合体・可変機構の動作テストを行います」

 司令室のオペレーターのコールによって新早乙女研究所に細かい震動が響き渡った。

 通常、新早乙女研究所は主だった機構のほとんどを地下に建設しているために地表に露出しているのはドーム状の建築物のみである。

 しかしゲッターの発進時にはドームの頂点周りがタワーのようにせり上がり、発進口とバリア発生装置が展開する仕組みとなっているのだ。

 無論、今回は訓練とテストのための出撃なので司令室にも比較的穏やかな空気が漂っていた。

「カタパルト展開完了。ゲットマシン各機、発進してください」

『よっしゃぁ! ゲットマシン、発進ッ!!』

 雄々しい叫び声と共に三色三機の戦闘機が飛び出す。一瞬にして音速の領域に踏み込んだゲットマシンは雲を突き抜けて青空の下を編隊を組んで飛行していた。

「発進シーケンス終了……ふぅ、さすがに慣れたもんだな」

「もう何度も訓練と実戦があったからな。嫌でも慣れさせられるさ」

 研究員たちは談笑しながらもそれぞれ神経は自分の担当箇所に集中している。

 すでに実戦が三度、訓練ならそ十倍以上の数をこなしている。新研究所の稼動から数ヶ月で彼らも鍛え上げられたのだった。

 型にはまった訓練程度ならば多少のことでは動揺しないようになっていたのだ。

「……訓練はどうなっている?」

 ――だからこそ、その異常事態に司令室の空気が固まった。

「は、隼人さん!? なんでここに!?」

 そう、つい今しがた司令室に入ってきた男はジャガー号に乗っているはずの男、神隼人だった。

「ジャガー号のパイロット、応答しろ! いったい誰が乗っているんだ!?」

 混乱状態の中、オペレーターがジャガー号に通信を繋いだ。画面に一瞬ノイズが走り、映像が映し出される。

「な……君は!」

『――こちらシン・アスカ。機体の状態は極めて安定してます。何か異常が?』

 ジャガー号のシートに座っていたのはシンであった。真紅のパイロットスーツを着込んでいることから突発的な事態ではないことが分かる。





「そんなことを聞いてるんじゃない! すぐに戻ってくるんだ! 訓練は中止……」

『いや、このまま行く……じゃない行かせてください!』

「無理だ! シミュレーションの成功率だって四割を下回ってるんだぞ!?」

『十回中三回以上は成功するってことだろ!?』

「そんな博打に付き合うことはできない!」

『無理ならすぐに自動操縦に切り替える!』

 ……オペレーターとシンの言葉の応酬が続く中、司令室にまた一人男が入室し、隼人の傍らに立った。

「随分と勝手なことをしとるようだな」

「は、博士!?」

「好きにさせてやれ。多少のことで壊れるようなヤワな代物でもあるまい」

「そんな……!」

 抗議の声を黙殺した早乙女博士はモニターに映るシンをまっすぐ見据えて告げる。

「今回限りだ。ないとは思うが他の二人に被害が及ぶような真似は絶対にするな、いいな?」

『りょ、了解っ!』

 動揺して裏返ったシンの言葉を最後に通信は切られた。

「……アンタは驚かないんだな」

「あの小僧の足音は少々うるさ過ぎる。それにもし失敗したとしてもあの小僧がいなくなるだけの話だ」

 隼人は目線だけを早乙女博士に向けてその表情を観察した。動揺もなければ怒りもない、不自然なほどの自然体だった。

「フン……あの様子だと竜馬と弁慶も承諾したようだな」

「竜馬のヤツはいつもどおりのマニュアル訓練にうんざりしていたからな。弁慶はせいぜい放っておけなかったってところだろう」

「落ち着きのない連中だな。お前はどうなのだ?」

「特に理由はない。強いて言うなら……異世界のパイロットとやらの実際の動きを見てみたかっただけだ」

 ゲッターチームはシンがどこから来た何者なのかということを本人から聞いていた。

 もちろん三人とも最初は信じられない様子だったのだが、早乙女博士が肯定したことである種の絶対的な信憑性を得たのだった。

「今さらだな、既にすべてのデータは渡しただろうに」

「言っただろう? 実際のデータをこの目で見たいんだ」

 画面に目を戻す。自分の機体が危なっかしく飛んでいることに少し苛立ちを覚えながら成り行きを見守った。



 ――遡ること二時間前、

「合体訓練に混ぜろだぁ?」

「はい。隼人さんと弁慶さんにはもう話しました」

 シンは研究所内の食堂でくつろいでいた竜馬に正面切って頼み込んでいた。



 ――流竜馬。イーグル号=ゲッター1のパイロット。

 ゲッターの正式パイロットとして一番最初に見込まれた人物であり、その驚異的な身体能力は素手で何体もの鬼を

屠れるほどである。

 また隼人・弁慶の二人ですら根を上げるほどのスピードでも顔色ひとつ変えないあたり、三人の中では最も凄まじい――端的に言えばイカれた――ポテンシャルを秘めた男である。


 父親から継いだ古武術の道場で借金取りを返り討ちにしていく生活を送っていたが、早乙女博士によって常人なら

ば何回か死んでるだろうという扱いを受けて連行されてきた。その日の内に鬼とゲッターの存在を知ることとなった

のだが……まぁそんな中で生き残って今に至る、ということだ。



「俺は別に構いやしねぇが……早乙女のジジイには何も言ってねぇのか?」

 頷く。当然許可など下りないだろうと予想していたからだった。

「ふーん……」

 しばし考え込むような表情になり、すぐにニヤリと意地の悪そうな笑みが浮かんだ。

「ってことはだ、あのジジイの驚く顔が拝めるかもしれねぇってことか。なかなか面白そうな話じゃねぇか」

 ……あれ? なんか変な方向に話が行ってるような?

「毎回毎回おんなじ訓練の繰り返しにも飽き飽きしてきた頃だしな。いいぜ、付き合ってやるよ」

「え? あぁ、え~と……ありがとう、ございます?」

「あの鉄面皮がどんな風に歪むのか楽しみだぜ。じゃあな、また後で会おうぜ!」

 肩をグルグル回しながら機嫌がよさそうな足取りで食堂から出て行った。

「…………」

 結果オーライということにしとこう、うん。

 ――かくして、再びゲットマシンに乗るための段取りは完了した。

 訓練ではない、実戦での経験を積むために。



『――まさかあの堅物ジジイがゴーサイン出すたぁな、こっちが驚いたぜ』

『俺はてっきり無理矢理にでも戻ってこさせるかと思ったんだが……』

 ……確かに気になるといえば気にはなるが、それでもこれはチャンスだ。

「とにかく許可が出たならこっちも堂々とやれます。竜馬さん、弁慶さん、お願いします!」

『応よ! 遠慮なく突っ込んできやがれ!』

『さっきも言ったが無茶だけはするなよ、シン!』

「了解!」

 スロットルレバーを押し込んで加速、三機の戦闘機は一列に並びながら雲海の上を駆け抜ける。

『行くぞ、シン!』

「はい!」

 大丈夫だと分かっていても背筋に緊張の汗が流れる。MSだろうと戦闘機だろうと背後から全速力で突っ込まれるの

は実に心臓によろしくない。

「クッ……!」

 ガツンという衝撃が後ろから響く。わずかに機体がブレたもののなんとか持ち直す。

「第一段階完了、次は……!?」

 目の前を飛んでいるはずのイーグル号に目を向けると、凄まじい速度で彼方をかっ飛んでいた。

「な……何してんですかアンタは!?」

『へっ、男なら全力全開でやるのが筋ってモンだろうが!』

 ――忘れてた、こういう男だったんだったと今さらながら思い出す。

「いくらなんでも飛ばしすぎです! 速度を落としてください!」

 合体マニュアルの標準速度を遥かに上回るスピードだ。いくらなんでもこれで合体など出来るはずがない。

『竜馬! 勝手に突っ走るなって言っただろうが!』

『うるせぇ! おいシン! お前早乙女のジジイを見返したいんだろうが!?』

「いきなり何を……」

『だったらハンパはナシだ! お前もトコトン全力でやりやがれッ!!』

「こ、この……!」

 ――さっきから好き勝手なことばかり! 協力してくれるんじゃなかったのかよ!?

 わずかに残った理性にそもそも協力するという確約を得たのかと疑問が浮かんだが、そんなものは次の瞬間には吹

き飛んでいた。

「あぁやってやる! やってやるよ! そこを動くなッ!!」

 フルスロットルでイーグル号の軌跡を辿るように加速していく。

『お、おい! 無茶な真似は……』

「すいません!」

『って、謝るくらいなら止めろぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 弁慶の絶叫を右から左へ聞き流してさらに加速を続ける。

 雲を突き抜けイーグル号が目前に迫ったそのとき、激しい震動がシンの身体を襲った。



「くっ、気流が……」

 積乱雲の中に飛び込んだ影響か乱気流に巻き込まれ、コントロールが乱れる。機体が上下に揺さぶられて計器から

は警報音が鳴り響いていた。

『――ジャガー号! そこは気流の乱れが激しい! 合体を中止してそこから離れるんだ!』

 ……あぁ、わかってるよそんなことは。

 だが目の前の男はそうは言ってくれない。この不安定な状態の中でなお真っ直ぐに飛行を続けている。

 ――やってみな、とでも言うように。

「く、おおおおおぉ……!」

 さらに加速を続ける。機体の揺れはさらに酷くなり、視界がぶれ始める。

「こ、のぉっ……言うことを聞けよジャジャ馬!!」

 誤差を修正しようとすればするほど焦って上手くいかなくなる。徐々にイーグル号が近づいてくることで一層余裕

がなくなってくる。

『――シン』

 通信から野太い、しかし今のシンの心とは逆に落ち着き払った男の声が響いた。

「べ、弁慶さん?」

 画面に映った弁慶は両の掌を合わせて目を閉じていた。この乱気流の最中にありながらその姿勢は崩れていない。

『心を落ち着かせ、常に穏やかであれ。さすれば道は開かれん』

「心……?」

『心は迷いも悟りも生み出すもの、だからこそ常に平穏を保て……和尚からの受け売りだがな』

 スッと目が開けられる。その中にはさざ波ひとつ浮かんでいなかった。

『ここまで来たらもう引けってのは無理な話だ。だから俺にはもうお前に仏の教えを語ることしかできん』

「いやだから、そういうのってなんかよく分からないって前にも……」

『いいから黙って聞いとけ! 目を閉じて心を落ち着かせろ! そうすればどうにかなる!」

「いくらなんでもんなアバウトな……」

 とはいえ先ほどから状況は悪化の一途を辿っている。イーグル号は相変わらずのスピードで飛んでいるしこちらの

機体は安定しない。加えて人二人の命が関わるというプレッシャーが自分に重くのしかかっている。

「――心を落ち着かせる……」

 すがるような気持ちで言われたとおりに目を閉じる。深呼吸を数度繰り返し、鼓動を安定させる。

『周りのことに気を取られるな。自分の中の仏に意識を集中させるんだ』

 意味はよく分からなかったが。なんとなく言いたいことはわかったので意識を自分の内側に向ける。

 震動を感じなくなり、雑音も聞こえなくなり、ただ静寂が身体の中を満たした。

 ……目を開ける。合体時に表示される簡易画面でイーグル号の中央にジャガー号の機首を合わせる。

 それを確認し、ゆっくりとスロットルレバーを押し込んだ。



「ジャガー号とベアー号、イーグル号と接触しました!」

 司令室内のざわめきが最高潮に達する。隼人はその様子を意に介することもなく通信機を手に取りスイッチを入れる。

「竜馬、弁慶、シン、聞こえるか? 誰でもいいから応答しろ」

 だがその呼びかけに応える声はない。わずかに眉をひそめ、隼人は再度スイッチを入れる。

「ゲットマシン各機、応答……」

『――上出来じゃねぇか!!』

 その叫び声が、部屋の喧騒をまとめて吹き飛ばした。





『チェェェェェェンジゲッタァァァァァァァァァワンッ!!』

 一つになった三機の戦闘機から腕/足が展開、次いでイーグル号の機首が真っ二つに割れて鋼の双眸に光が宿る。

 すべての合体・変形の工程を完了した巨人から溢れ出した余剰エネルギーが周囲の雲をまとめて霧散させた。

 ――蒼穹に真紅の巨人の姿が浮かんでいた。

 太い腕と足は他のどんな兵器よりも凶暴さを醸し出し、背中から伸びた一対の翼はその巨大な印象とは裏腹に身軽

さを感じさせ、無機質なはずの瞳には見るものに確固たる意志を感じさせるほどの輝きがあった。

 これこそがゲッターロボ、永きに渡り人間に仇名してきた鬼に対抗するために生み出された鋼の鬼神だった。

『へっ、やりゃあ出来んじゃねぇかシン!』

「あ……アンタは、なぁ……」

 ぜえぜえと息を吸っては吐く。集中してる間に無意識の内に呼吸まで止めていたのだ。酸欠で意識が向こう側に渡

りかけたのは合体の直後、もし一瞬でも遅れればどうなっていたか分からない。

『和尚、俺は……俺はついにっ、迷える少年に仏の教えを説くことが出来ました!』

 こっちはこっちで一人で盛り上がっていた。なんかもの凄い泣いてるし。

 ……呼吸を整えながら思い出す。先ほどの感覚、あれはフリーダムや達人のプロトゲッターと戦ったときなどで何

度か経験したものに近かった。違いと言えば頭の中で何かが弾けるような強烈な感じはしなかったことくらいだ。

 ――じゃあ、あの感覚を極めればいつでもあの状態になれるということだろうか?

『ゲッターロボ、応答しろ』

 考え込んでいる途中で研究所からの通信が入ってきた。

『よぉ隼人、ジジイの様子はどうだ? ちったぁ驚いて……』

『――鬼が現われた。戻って俺が乗る余裕はない、すぐに現場に向かってくれ』

「……え?」

 じわり、と全身から汗が滲み出てきた。この感じは知っている。何かヤバイことが起こる前触れだった。




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