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Azrail_If_186_第05話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:53:59

予感的中、とウナトは元々血色の良くない顔を更に蒼白にして、部屋を飛び出した。
 彼はすっかり動転しており、ほんの僅か前に気づかった客人の存在を忘れていた。

 取り残されたアズラエルは、一瞬ぽかんとなったが、
とりあえずウナトの後を追わずに室内にとどまっていた男を捉まえることにした。

「すみませんが、私はここに居れば良いのですか」
「は、はい、申し訳ございません、お待ちください」

 問われた男は、そんなもの俺に分かる訳がないだろう、
と心中で喚きながら、無責任に答えた。

 アズラエルは内心、これは頼りにならない、と呆れながら、
部屋にあったテレビを指差した。

「そうですか。ではテレビをつけても?」
「はい?」
「全世界に発表するのでしょう。放送があるのでは?」
「え、ええ……そうですね、どうぞ」

 男は早口でそう言うと、二言三言のこしてウナトを追っていった。

 アズラエルは溜め息を一つつくと、テレビの電源を入れた。

 画面内ではちょうど、マイクの束がこれでもかと置かれた壇上で、
会見の準備が行われていた。
 背景にはプラントと大洋州連合、そして東アジア共和国の国旗が翻っている。

 ――待て。東アジア共和国だと?

 アズラエルは険しい顔でテレビを覗き込んだ。

 全く同じ映像を、閣僚たちと共に、代表政務室のユウナも見ていた。
会議は中断させられていた。

「どういうことだい。大洋州はともかく、どうして東アジアの旗があそこにあるんだ?」

 ユウナの疑問はもっともだった。

 国策として、対プラント追従一本の方針を打ち出して久しい大洋州連合が、
例によってプラントに迎合するのは特に驚くべき事態ではない。
 しかし東アジア共和国は、旧理事国の一つなのだ。
 大枚をはたいて建造したプラントが独立し、投資の回収が見込めなくなった今、
彼らにとってプラントは不倶戴天の怨敵に他ならない。

 それが、なびいた。

 なぜ。ユウナの頭の中は疑問で
いっぱいになり、彼はストレスで胃腸がきりきり痛むのを感じた。

「どうなっておるか、これは!」

 そこへ、慌しくウナトが入室してくる。

「セイラン首長……東アジアがプラントについたよ」
「何と!?」

 ぎょっとしてウナトは声を上げ、息子と共に政務室のモニタを凝視した。

 そこでふと、ウナトはおかしなことに気付いた。

 画面右上に表示された時刻が、オーブの標準時と一致していない。

「……カーペンタリアの、オーブ放送の支社はどうした?」
「それが、今朝から連絡がつかないそうなのです。これは共同放送社の中継です」
「おいおい……」

 ユウナは目眩と共に軽い恐怖を覚えて、額を押さえた。

 だが、そんなことにはお構いなしに、モニタの向こうでは着々と準備が整い、
やがて奥の廊下から3人の男が現れる。

 1人は大洋州の首相。もう1人は東アジアの大統領。そしてもう1人が――

「ギルバート・デュランダル」

 別室のアズラエルは、ぽつりと呟くように口にした。

 デュランダルはコーディネイター特有の、
妙に整った顔と、切れ長の双眸をカメラに向けていた。

 画面外に取材陣のものと思しきざわめきが広がる。

 3人はそれぞれが壇上にあがると、互いに一度、目配せをし合ったようだった。

『――全世界の皆さんに申し上げます。私はプラントのギルバート・デュランダル。
こんなことを発表しなければならないこと、
また、それが必要な事態になってしまったことを残念に思います』

 デュランダルが代表して喋り出す。

『皆さんが今、最も関心を持たれていることは、
オーブとロゴスに関する問題であると私は認識しております。
そう、我々が討ち果たすべきロゴス。
オーブはそれを匿っているという情報が、我々の元にはもう再三届いております』

 デュランダルはことのほか感情を抑えるようにして、淡々とした調子だ。
 両隣の元首2人は、重苦しいような、怒っているような、
とにかく厳格な表情で押し黙っている。

 デュランダルは一呼吸おくと、更に続けた。

『これについて、我が国を含む各国がオーブに対し、
事の真偽を確かめんと働きかけましたが、かの国からはいまだに回答がありません。
これは暗に、それが事実であると言っているに等しいと、
各界の識者の方々からもご指摘がありました』

 政務室のユウナは、嫌な雰囲気を感じて顔をしかめた。
 どこの識者か教えて欲しいものだ、と彼は思った。
それは隣のウナトも同じことを考えていた。

『嘆かわしいことです。
非常に、非常に嘆かわしい』

 ふと、大洋州連合の首相が、大袈裟な動作で首を振って、悲しんでみせる。
 デュランダルはそちらを一瞥すると頷いた。

『ヘブンズベースの戦いを経て、長く対立状態にあった我らプラントと、
地球連合諸国は既に戦いを止め、共に和平への道を歩もうとしているこの今、
古より世界に混乱を招いてきたロゴスを庇い立てする
――オーブは一体何がしたいのでしょうか』

 理解できない、とばかりに目を伏せるデュランダル。

 それが非常に自然な仕草だったので、アズラエルは場違いにも感心してしまった。

 ――大洋州の首相より、デュランダルの方がずっと演技派だな。

 そう思ったのだ。

『ベルリン、そしてヘブンズベース戦での
ロード・ジブリールの責任、また既に得られた様々な証言から彼の罪状は明らかなのです。
彼のエゴイスティックな欲望に巻き込まれ、死んでいった多くの人々。多くの兵士たち。
そして彼らの家族、親族、友人たち……一体どれほどの人間が、
どれほどの悲しみを経験したのか、私にはもはや想像がつきません』

 次第にデュランダルの口調は、ある種の熱っぽさを帯びるようになっていった。
 それに伴って、身振りや手振りも大仰なものになっていく。

 「聞かせどころ」が近いのだろう。アズラエルもユウナもそれには気付いていた。

『このような事態を引き起こした者、
すなわちロード・ジブリールとその陣営に組する者たち、
これは到底許せるものではありません。
いや、許して良いものではありません。そうですな?』

 アジア人にしては珍しく、
厳つい顔の偉丈夫である東アジアの大統領が、低い声で断じた。

 ええ、とデュランダルが短く呟いて首肯する。
 そして彼は、そこできっと睨み据えるようにカメラを見た。

『皆さん……既に申し上げましたように、
私が真に願うのは、もう二度と戦争など起きない平和な世界です』

 厳かな口調。ロゴス弾劾演説の時のことを言っているのだ。

『戦乱が続き、貧困は広がり、傷つかずとも良い人々が多く傷ついていく。
戦争というのは極めて普遍的な苦しみです。
これを看過することは悪であり、またこれを助長することは断罪されるべき邪悪です』

 ――それはそうだろう。

 ユウナは思った。彼はデュランダルの言うことに全く同意していた。
 何故なら、デュランダルは、ごく当たり前のことを言っていたからだ。

『ですが、我々は、邪悪を排除することができます。
それはあるいは言葉によって。
あるいは、悲しいかな、力によって』

 呟くように、しかしはっきりと聞き取れるように、デュランダルは続けた。

 この男の武器はこの独特の「声」が大きいのだと、アズラエルは思っていた。
 デュランダルは演説家の天性を持っている。

『皆さん、私はもう終わりにしたいのです。
いかに神聖な大儀であっても、それが世界に必要なことであっても、
力で何かを解決するようなことは。
ですから、私は……オーブ市民の皆さんと、オーブ政府に、今一度『請求』をいたします』

 両手を壇上につき、デュランダルがマイクの方へ少し身を乗り出す。
 モニタに噛り付いていたウナトは、少しそれにつられた。

『ロゴスを隠さないでください。我々と協調してください』

 ――そんなことができたら、とっくにやってるさ!

 ユウナは顔を引きつるのを感じた。
彼は少なからぬ怒りを覚えていた。それが無駄な怒りだとしてもだ。

『ブレイク・ザ・ワールドの爪痕に世界中があえぐ中、こんな時だからこそ、
世を乱すものをこれ以上野放しにしていてはいけない。
我ら大洋州連合は、プラントとギルバート・デュランダル議長を支持します』
『我が東アジア共和国も、全く同意しております。
我々は、事態を打破するために、"あらゆる手段を講じる準備があります"』

 両隣に陣取った元首2人が、相次いでデュランダルに合いの手を入れる。
 デュランダルは満足そうに頷くと、堂々とした態度でカメラに向き直った。

『感謝します。我が国プラントは、頼もしい我らが友邦たる大洋州連合、
そして東アジア共和国と協力し合い、オーブのロゴス問題に全力をもって取り組み、
これを早期に解決することを、ここに宣言いたします!』

 割れんばかりの拍手が、画面の中から溢れ出す。
 ユウナは脱力して机に両手をついた。

「セイラン代行……」

 ユウナの隣に居た閣僚の1人が、すっかり憔悴した様子で声をかけた。

「……分かってる。とりあえず、まずは国民に事態を説明しないと」

 ユウナはそう応じた。

 信じられないと言う他はなかったが、プラントの意図はことのほか明白だった。

 すなわち、プラントについてロゴスを切り捨て、粛々と財政の破綻を待つか。
 もしくは、あくまでロゴスを庇い、向こうの「あらゆる手段」と対抗する羽目になるか。

 そのどちらか、なのだった。

 ユウナたちが青い顔で対処に駆け回り始める一方、
アズラエルはまだテレビを見つめていた。

 画面の向こうでは、まだデュランダルたちが自説をふりかぶっている。

 ――よくやりますね。セオリー通り、殆ど満点がつくんじゃないですか、これは?

 皮肉を込めて、胸中でそう問いかける。
 当然、デュランダルの返答はない。

 今の演説はパフォーマンスに
過ぎないのだろうが、世論への効果はあっただろうと彼は考えていた。

 人間は自分の信じたいものしか信じないし、
信じたいものとは往々にして「皆が信じているもの」だからだ。
 その意味では、旧理事国であり、
地球連合の中核を成していた東アジアが賛同したのは大きい。

 だが、なぜ賛同したのか。

 実はアズラエルには、一つだけ、その理由に心当たりがあった。
 否、アズラエルでなくとも、少なからずあの国の「教典」を知る者ならば、
誰でも心当たりがあっただろう。

「ふん。ならばこちらも取る手立ては1つさ」

 鼻を鳴らすと、アズラエルは部屋を出て行った。
 待っていろと言った男の存在は、すっかり忘却の彼方だった。