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Azrail_If_186_第06話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:54:08

オーブが魔女の釜をぶちまけたような騒ぎになっている頃、
ラバウルの「ドミニオン」でもちょっとした事件が起こっていた。
 補給その他を兼ねて入港した後、ちょっとした買いだしに艦を降りていたフレイは、
帰ってくるなりそれに出くわした。

 食堂の前を横切ろうとした瞬間、ドアがスライドして、
彼女の目の前に人間が飛び出してきたのだ。

 飛んできた男はそのまま廊下の壁に背中をぶつけ、動かなくなる。気絶したのだ。

 ――なに?

 フレイは呆気に取られた。
 だがそれも束の間、
続いて部屋から溢れた怒号と喧騒に、彼女は慌てて室内に踏み入った。

「な、何をしてるの! 止めて!」

 中では何人かの男たちがもみ合っており、既に拳が飛んでいる有様だった。
 幸い憲兵を呼びに行った者が居たので、騒ぎ自体はすぐに収まった。
 問題だったのはその後で、フレイは殴り合っていた当事者の正体を聞いて顔をしかめた。

「ファントム・ペインの下士官? どうしてそれがここに居るのよ」
「向こうの指揮官がこっちに来ているらしいんです。そのお付きの連中だとか」

 とりあえず全員を独房なり個室なりに閉じ込めた後に、その憲兵は渋い顔をして言った。

 揉めていたのは「ドミニオン」飛行科の数名と、
ファントム・ペイン「J.P.ジョーンズ」から乗り込んできた下士官が数人。
 先に手が出たのはファントム・ペイン側だが、
そのきっかけというのがまた微妙なものだった。

「何でもエクステンデッドとブーステッドマンの
研究意義について議論になって、白熱しすぎたんだそうで」
「はあ……?」

 フレイは訳が分からず首をひねった。

 憲兵の説明は、こうだった。

 まず飛行科の数人が、昼食をとっていた。
そこへ待機を命じられたファントム・ペインが何人かやって来た。

 最初のうちは何事もなく歓談していたが、それぞれが自隊のエース――
「ドミニオン」の場合はブーステッドマンの3人――について自慢し合いだした頃から
雰囲気がおかしくなり、口論になった。

 終いには、ファントム・ペインの
「ブーステッドマンなど大したことはない」という発言に対し、
「ドミニオン」のコーラー軍曹が
「エクステンデッドの研究はコストばかりで現場へのバックがないから無意味」だと
断じたのをきっかけに、殴り合いになってしまったという。

「ば、馬鹿じゃないの。子供の喧嘩じゃないんだから……」

 フレイは呆れて嘆息したが、憲兵はそれ以上に忌々しさを感じていた。

「しかし、軍曹たちも誉められませんが、やっぱり『彼ら』全体的に素行が悪いですよ」
「どういうこと?」
「だって、まだ合流して4日しか経っていないっていうのに、
うちの管轄だけでこの手のトラブルがもう12件ですよ。
規律って言葉を知らないんですかね?」

 憲兵は苛立っていた。
頻繁に揉め事を起こすというのもそうだが、何よりろくに憲兵隊が機能していない
ファントム・ペインという部隊そのものに、彼は不信感を抱いていた。

 無論、ロゴスの意向が強烈に反映されるファントム・ペインの場合、
そうでなければ逆におかしいのだが、彼はそこまで知らなかった。

「……変ねえ。ファントム・ペインはエリート部隊だって聞いてたんだけど」
「エリート様でもルールは守ってもらわないと困ります。
大体、無礼ですよ、あいつら。
飛行科だって身内を侮辱されたら腹くらい立つでしょ」
「ちょっと曹長、あなたがそういうこと言うのは感心しないわよ」

 ――まあ、気持ちは分からないでもないけど。

 憤慨する憲兵をたしなめながら、フレイは思った。

 前の戦争からずっと生死を共にしている
だけあって、「ドミニオン」飛行科ことMS部隊の連帯は強固だ。

 彼らは空の兄弟たちであり、いわば「ドミニオン」の守護神たちなのだ。

 またフレイは知らなかったが、
憲兵は独房でふて腐れる当のコーラー軍曹からこのような話を聞いていた。

「くそったれ、益体もねえ研究しやがって。
奴らのとこのエクステンデッドが予算を引っ張った所為で、
うちのブーステッドマンどもがどれだけ苦しんだか、曹長もご存知でしょ?
これくらい言ってやらねえとおさまりがつかねえですよ」

 この発言によって、
憲兵の心はすっかり「ドミニオン」側に傾いてしまっていたのだった。

 彼らは、元はエクステンデッド計画がPTSDの治療のために
退役軍人会の要望で始められたもので、ロード・ジブリールの介入によって
ロドニア研究所に無理に委託されたものだということを知らなかった。

 ファントム・ペインも知らなかった。

 いわば無知が起こした無用の争いだった訳だが、
憲兵にとってはあまり関係のない話だった。

「とにかく……うちが迷惑してるのは確かなんです。
ああ、バジルール大佐もいっぺんガツンと言ってくださらないもんですかね」
「そうねえ……困ったわね」

 フレイは曖昧に言葉を濁して、その場は憲兵と別れたが、
結局ナタルに具申することにした。
 このように彼女が現場の意見を吸い上げることで、
「ドミニオン」の運営は少なからず助けられているのだった。

 フレイがナタルのところへ行こうと動き出した頃、
当のナタルは艦内の一室でじっと黙考していた。

「……待て。そこは崖になっている。上陸は難しいのではないのか?」
「これくらいなら爆破できるでしょう。
こちらのビーチから上がった部隊の援護も受けられますし」

 彼女に答えたのは、ファントム・ペインのイアン・リー少佐だ。

 彼らは目の前の机に広げたオーブ周辺の海図を前に、図面演習の真っ最中だった。
 といっても、操るのは「ドミニオン」でも「J.P.ジョーンズ」でもない。

 彼らはオーブ国防軍と、プラント連合軍の総司令を演じていたのだ。
 ナタルがオーブで、イアンがプラント。

 といっても、結果は何度やってもナタルの敗北に終わっていた。

「――駄目だな、これ以上は持ちこたえられない。詰みだ」

 嘆息と共にナタルは白旗をあげた。
 今回はかなり良いところまで粘ったのだが、
やはり彼女は敵の上陸を阻止することができなかった。

「面目ない、リー少佐。これでは相手にならんな」
「いえ、これだけ圧倒的な戦力差があるのです。私は力で押しているだけですよ」

 謙遜する新しい上司に、イアンは苦笑いした。

 実際、彼の言葉に偽りはない。
イアンに与えられた戦力はナタルの数倍に近い。これで勝つなという方が難しいだろう。
 むしろ、ここまで戦った自分を、ナタルはむしろ誇るべきだとイアンは思っていた。

「しかし、言い訳はしたくないが、この島は守りづらいな。撤退するところがない」

 ナタルは顔をしかめた。

 海底火山の噴火によりできたというオーブ諸島は狭く、森が少なく、山が険しかった。

 ゲリラ戦を展開することは困難であり、
何よりオーブという国の性質上、持久戦には致命的に向いていない。
 結局のところ上陸される前に撃破するしかないのだが、
これだけ数の差があるとそれも難しい。

 ――つまり、侵攻を招いた時点で敗北だということだ。

 ナタルは思った。
そして今のオーブは、その敗北に限りなく近い地点に居る。

「なまじ海岸を整備し過ぎているのが問題ですな。正直、どこからでも上陸できます」

 イアンは淡々と所感を述べた。
 ナタルは首肯した。

「ビーチリゾートも大事な観光業だからな……しかし、
津波でだいぶ駄目になったと聞くぞ」
「地形が変わっていると?」
「可能性はあると思う。いや……勿論、推測だが」

 ふと思い直して、ナタルは発言を付け加えた。

 オーブの立場になって考えているとはいえ、あまりにも希望的観測をしすぎている。

 現状のままでは、オーブは勝てない。
それはナタルも認識している。

 ゆえに、どうにかして現状を変える必要があるのだが――

「艦長、いらっしゃいますか? フレイ・アルスターです」

 そんなことをナタルが考えていたところへ、フレイはドアをノックして声をかけた。

「アルスター? 入りなさい」
「はい、失礼いたします――?」

 扉を開けて室内へ顔を出した途端、フレイはイアンの姿を見つけて硬直した。
 若い尉官を何の気なしに眺めていたイアンは、
それを不思議に思ってじっと彼女を見返した。

 お互い見つめ合って止まった部下2人に、ナタルまでもが首を傾げる。

「……アルスター、控えろ。そんなに見てはリー少佐に失礼だろう」

 ナタルに咎められながら促され、フレイははっとして居住まいを正した。

「も、申し訳ございません、少佐」
「ああ、いや。気にしていない。それより、何か用があったのではないのかね」
「あ、はい」

 イアンは、生真面目な士官だ、と思い、それから少し複雑な感情を抱いた。

 この程度で「生真面目だ」と思うほど規律の乱れた状況に順応していた自分と、
規律を乱していた者達――かつての上司ネオ・ロアノークと、
ロゴス肝いりの強化人間たち――が全員この世のものではないことにだ。

 しかし、ついでその生真面目な士官が告げた内容に、
イアンの気分は更に急降下することになる。

「喧嘩? どういうことだそれは」

 フレイの話を聞くなり、ナタルは険しい顔をして副官に問うた。

「はあ、それが……」

 フレイはイアンの存在を気にしながら、事の経緯だけを簡潔に説明した。
 一通り話を聞き終えると、
ナタルは苦虫を噛み潰したような心地で、こめかみを押さえた。

「少佐……困るな、こういうことでは」
「申し訳ありません、バジルール大佐」

 イアンは深々と頭を下げた。

「当該の者たちには厳重に処罰を。
二度とこのようなことが起こらぬよう、徹底させます」
「そうしてくれ。……エリオット大尉にも話を聞かねばならんな」

 ぶつぶつと、ナタルは「ドミニオン」の飛行長――飛行科の人間に対して
責任を負う――の名前を呟いた。

 それを聞いたフレイは先程の憲兵の顔を思い出し、眉を寄せた。
 エリオット大尉の監督責任を問うのは良いが、
それだけでは「ドミニオン」内部の不満が高まる、と思ったのだ。

 また、イアンはイアンで、別の理由から眉を寄せていた。

 ――まずいな。ここまで皆、参ってしまっていたとは。

「……大佐。その連中のところに行ってきてもよろしいでしょうか」

 そう申し出たイアンに、ナタルはん、と目を細めた。

「どうするのだ?」
「いえ、私の方からも、詳しい話を聞いておきたいと思いまして」
「……ふむ」

 ナタルは少し考えた。

 ――確かに、見知らぬ人間が尋問するより、その方が素直に話すかも知れないな。

 分かった、とナタルは頷いた。

「では、そうしてくれ」
「ありがとうございます」
「いや。付き合ってくれてありがとう、リー少佐。良い刺激になったよ」

 そうして適当に言葉を交わした後、イアンは頭を一つ下げて退室していった。
 その足音が充分に遠ざかったのを確認してから、フレイはほっと肩を落とした。

「……何をしていらしたんですか?」

 フレイが問いかけると、ナタルは机に広げられたままの海図を示した。

「演習さ。オーブとプラントが開戦した場合の」
「ああ、いつものやつですか」

 フレイはそれで大体の事情を察して納得した。

 隊に新しい高級将校が配属になった時は、
それを呼び出して図面演習を行うのがナタルの常だ。

 彼女は言葉巧みに相手の本音を聞きだして観察するようなことは苦手で、
この方が部下の能力や人柄を知るのには手っ取り早いのだ。

 そういうことだ、とナタルは肯定した。

「少佐が軍を率いているというから何事かと思ったが、
確かに、普通の少佐ではなさそうだ」
「普通じゃない?」
「悪い意味ではないよ。ただ、何故もっと出世していないのか、不思議なんだ」

 ナタルの見た限り、イアンの指揮能力は佐官の枠を少々逸脱していた。

 ファントム・ペイン規模の部隊を指揮するとなると、
それは最早サザーランドのような将官の役割であり、一介の少佐の手には余る。

 伝統的に大西洋連邦は能力さえあれば、階級には拘らずに要職に抜擢することが
よくある――それこそナタルという実例が示すように――が、
何故少佐のままなのかという疑問は残る。

 ――それとも、何か、昇進できない理由でもあるのか。

 ナタルは黙考していたが、
やがて不始末を起こした飛行科のことを思い出し、考えを打ち切った。

「――まあ、ともかく、今はそれよりエリオット大尉だ。
奴らにそんな体でいられては困る」
「あ、艦長、そのことなんですが……」

 フレイは慌てて切り出した。

 「ドミニオン」でファントム・ペインへの不信感と不満が高まっていること。
 飛行科はブーステッドマンを庇おうとしたのだということ。
 そして、エクステンデッドがよく思われていないということ。

 それらを説明し、フレイが酌量を求めると、ナタルは腕組みして嘆息した。

「そうは言うがな、アルスター。
彼らにとってもエクステンデッドは労苦を共にしてきた仲間だろう」
「え?」
「コーラーたちは死者に鞭を打ったのだ。そこは忘れてはならん」
「…………」

 フレイは思わず俯いた。

 誰かの名誉を守るために、誰かの名誉を傷つけるようなことがあってはならない。

 フレイは顔も見たことのないエクステンデッドのことを想像しながら、
反論の言葉を失って口を閉ざした。