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Azrail_If_186_第13話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:55:16

同じ頃、オーブ国防軍司令部にも緊張が走っていた。
 第62任務部隊と同様、全島で通信が繋がらなくなっていたのだ。

「オノゴロ-アカツキ間、通信不通です」
「ヤラファス-カグヤ間もです。
有線は生きていますが、無線は電波、レーザー、赤外線など全滅です」

 深刻な顔をしたオペレーターたちが、口々にそんな報告を読み上げた
 彼らの司令官は原因解明を命じたが、
結局、よく分からない、ということが判明しただけに終わる。

「どういうことだ。機械でないなら何が悪いんだ、天気か?」

 司令官は思いつきでそんなことを言ったが、外は海も穏やかで風もなく、平穏そのものだ。

 そもそも、通信障害それ自体は、ここ数年そう珍しい現象ではない。
 二度に渡る世界大戦によって通信衛星はことごとく破壊されたし、方々で展開される
電子戦により遠距離通信が途絶するのもよくあることだ。 

 そして何より、ニュートロン・ジャマーの存在がある。

 これに対して、各国は単純に電波の強度を上げることで強引に対応していたのだが――

「オーブ電波塔が最大でも通じないということは、他も望み薄だな。困ったな……」
「困ったでは済みませんぞ。レーダーも動いておらんのです」
「なに?」

 流石にぎょっとなる司令官に、部下は手にした報告書を読み上げた。

「通信不良に加えて、20分前から対地、対空、気象など全てのレーダーが
沈黙しています。はっきり言って何も分かりません」
「ジャミングなのかね」
「それも不明です。しかし、NJの強度は通常の7000倍で観測されとります」

 司令官は、狐につままれたような顔で黙り込んだ。

 NJについて分かっていることは、少ない。

 このメカニズムはプラントの最高軍事機密であると同時に、NJキャンセラーの占有に
成功している大西洋連邦の極秘情報でもあり、ろくに研究が進んでいないのが現状だ。
 人体への影響すらよく分かっていないオーバーテクノロジーなのだ。

 オーブ軍としても、安易な結論に飛びつくことは憚られたが、事態が事態だった。

「ともかく、復旧できるところまでやってみろ。上には報告しておく」

 ナタルと同じようなことを言って、
司令官は上、つまりユウナら行政府への報告に取り掛かった。

 そして、その行政府で軍の報告を聞いたユウナは、更に暗澹たる気分に陥った。

 アズラエルは別室で足の治療を受けているため、ここには居ない。

「NJ、てことは、やっぱりZAFTなのかい?」
「可能性は非常に高いと思われます」

 ユウナは口を閉ざし、こう思った。

 ――これは、いよいよ、逃げられなくなったかな。

 10倍や20倍ならまだしも、7000倍とくれば流石に偶然とは考えにくい。
 普段、地下から一定出力の力場を展開しているNJの強度を変動させることができる
ものは、この場合ザフトしかいない。

 そして、軍事兵器であるNJをこの状況で強化する理由といえば、
一つしかあるまい、とユウナは深く嘆息した。

「将軍、これをどう思う?」

 ユウナは傍らに居た幕僚の1人に訊ねた。

「あちらの軍事行動と取ってよろしいかと」

 幕僚はそう断じると、じっとユウナを見つめた。

「代行、事実上の戦時下に突入しました。第一種戦闘態勢を提案します」
「…………」

 ユウナは思わず絶句して、しばしその思考を停止した。

 それから、2年前の戦争を思い出した。
 もっとも彼はその頃他国へ留学していたので、目にしたのは戦後の惨状のみであるのだが。

 ――オーブはまた戦場になるのか。

 と、胸中で呟いたユウナの脳裏に、カガリ・ユラ・アスハの顔が浮かび、そして消えた。

「……分かったよ。これより第一種戦闘態勢に入る。
オーブ国防軍は即刻防衛体制を取ってくれ」

 ユウナはぱっと顔を上げて、室内に居る人間を順に見渡した。

 了解、と声を揃える幕僚に、それから、とユウナは言葉を付け足した。

「それから、すぐに全島民をアカツキ島に避難させるんだ」
「ぜ、全員を、今からですか?」

 言われた幕僚は咄嗟にユウナの意図をはかりかね、目を白黒させた。
 ただでさえ神経が鋭敏になっていたユウナは、その反応に訳もなく苛立ち、

「そうだよ! あそこには大した施設はないだろう?
屋根に赤十字を描くのでも何でもいいから、島ごと避難所にするんだ」

 と、大きな声を出した。

 実のところアカツキ島にはユウナの知らない――いわゆる「アスハ系」の――
軍事施設がいくらか存在するのだが、それを問う者はいなかった。

「しかし、今からそんな大掛かりなことができるかどうか……」
「2年前はできたのに、今できないってことはないだろ?」

 刺々しくユウナは指摘した。幕僚は口をつぐむ。

「とにかく急いでくれ!」
「り、了解」

 慌しく部屋から人が出て行き、ユウナは1人でその場に取り残された。

 そして、誰も居なくなったことを確認してから、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 間もなくして、オーブ全島はにわかに騒がしくなった。

 夜中にとつぜん叩き起こされたのだから当たり前だが、それでも一度経験がある分、
比較的冷静に島民は避難を行った。

 その様子を、はるか上空から見ているものがあった。

「あれは、避難をしているのか」

 オーブの領空近くを飛ぶザフト偵察機の中で、レイ・ザ・バレルが呟いた。

「多分。……暗くてよく見えないな、もっと近くならないのか?」

 それにこたえて、画面をじっと覗き込んだのは、
複座の後ろに乗り込んだシン・アスカだ。

 レイは計器を見てから、いや、と首を振った。

「これで最大望遠だ」
「もう少し近付いてみようか?」

 そう言ってシンは操縦桿を倒しかけたが、レイは制した。

「止そう。気付かれているかも知れない。下手なことはできない」
「そうは言うけど……」

 不服だ、というふうにシンは食い下がる。

 レイはそちらに目を向けないまま、手元に表示されたレーダーを一瞥した。
 そこには何の反応もなく、ただモニタがほの明るい光を放っているのみだ。

「こちらのレーダーが使えないからといって、向こうもそうとは限らんだろう」

 危険はおかしたくない、とレイは言った。

 そう、実のところ、オーブの懸念は全くの誤解だった。

 NJが突如強度を増したのはザフトにとっても計算外であり、偵察機はおろか、
カーペンタリアのレーダーサイトさえ機能停止に追い込んでいた。
 「ドミニオン」のクロトがスクランブルされなかったのも、
単に発見されなかったからなのだった。

 後にこの原因は地熱に長期間さらされたことによるNJの「故障」によるものであったと
判るのだが、それは今のシンたちには関係のないことだ。

「でも、これじゃ何も見えないじゃんか」

 と、シンはモニタに目を凝らした。

「そうでもない。今回はこれくらい見えていれば充分だ」

 逆にレイはさして気負った様子もなく、淡々と映像を記録していた。

「……そうか」

 同僚の言葉に、シンは口を閉ざした。

 自分はオーブの出身で詳しいからと、偵察を買って出たのは彼だが、
任務の詳細を伝えられたのはレイだ。

 要するに彼はシンが万一でもオーブに亡命、ないしは脱走しないための監視役であり、
彼らはお互いにそのことを承知していた。

 そのため、レイの意向とあらば、それに逆らうことはためらわれた。

 ――気になっているな。

 と、何とはなしにシンの胸中を察して、レイは少し考えてから、こう訊ねた。

「シン。オノゴロ島はどれだ?」
「え?」

 急な問いかけに、シンは少し目を丸くしながら伸び上がって、キャノピーから外を見た。

「ええと……ああ、あれだよ。一番向こうにあるやつだ」

 シンが風防の向こうを指差したので、レイもまた操縦席から身を乗り出す。

「あそこか。えらく高い塔があるが、あれが例の電波塔か?」
「うん。昔はテレビの中継塔だったんだけど、
ジャマーが落ちてからは通信施設に改修してたと思う」

 シンは曖昧な記憶をたぐるのに忙しく、気を払っていなかったが、
それを聞きながらレイは神妙な顔をしていた。

 言うべきか少し迷った後、レイは抑揚なくぽつりと呟いた。

「詳しいな」
「うん、まあ……住んでたから」

 簡潔なシンの返答を最後に、会話が途切れ、機内に沈黙が落ちる。

 レイが無言で記録を続ける傍ら、シンはまんじりともせずにモニタを見つめていた。
 画面の向こうでは、尋常でない数の車両が、ぞろぞろと一方を目指してうごめいている。

 ――嫌だな。あの時みたいだ。

 眉を寄せてモニタから目を離し、シンはキャノピーから外を眺めた。

「……みんな、アカツキに行くみたいだ。オノゴロも、ヤラファスも」
「そうか」

 レイは相槌を打つだけだ。

「避難してるってことは、戦う気なのかな」
「それは、艦長たちが判断されるだろう」

 レイの返答はいっそ事務的とさえいえたが、シンは特に気にしなかった。
 元々、独り言のようなものだったからだ。

 そこでふと、レイは計器をいじる手を止め、座席越しにシンを振り返った。

「……オノゴロの北岸がよく見えないな。シン、少し機体を寄せてもらえるか」

 軽い驚きを覚えて、シンはぱっと視線をレイに戻した。

「レイ、俺は別に、何も」
「何の話だ? オノゴロがよく見えないんだ。もう少し近付くぞ」

 分かりやすい気づかい。

 露骨すぎたか、とレイはあまのじゃくな同僚が反発する様子を想像したが、
その予想に反してシンは無言で頷いた。

 ぐるりと領空を迂回するようにして、ザフト偵察機が飛んでいく。

 レバーを握ったまま、シンはオーブの島々を順々に見ていった。

 ところどころに、全く灯りがついていない所がある。

 ――ブレイク・ザ・ワールドの時のかな。

 ぼんやりとシンは思った。
 彼がここを離れてから2年の間に、この国は随分と様変わりしたようだった。

 復興は再び、道半ばに戻ってしまったという。

 ――それでまた戦争になって、また逆戻りなのか。

 更に言えば、ここに攻め入る側であるのは、シン自身でもある。

「なあ、レイ」

 たまらずシンは同僚に呼びかけた。
 レイが目線だけをシンに向ける。

「なあ、俺さ、帰化してるだろ。それで新しい国籍を取る時、テストがあったんだ」
「ああ」

 脈絡のない話だったが、レイはとりたてて動じずに頷いた。

 プラントに来るまでに世話になった人が教えてくれていたから、
さほど苦労はしなかったけれども、とシンは前置きをした。

「その時、こういう質問をされたんだ。
『貴方の祖国がプラントと戦争をしたら、プラントの為に戦えますか』ってさ」

 川が流れるように話すシンに対して、レイは黙って聞いている他はない。

 シンは、できるだけ軽い調子で喋ろうと試みたが、
この察しの良い同僚に通じるかは疑問だった。

「俺はすぐ『はい』って答えた。迷ったりなんかしなかった」

 率直な本音をシンは口にしていた。

 捨て鉢になっていたところも多々あるが、あの頃の彼はそういう心境だった。
 既に家族もなく、帰る気にもならないオーブなど、彼にはもうどうでも良かったのだ。

 でも、とシンははっきりしない口調で続けた。

「ただ、何ていうか……今、あの時は分かってなかった、
あの質問の本当の意味が分かったような気がするんだ。
祖国と戦うって、つまりこういうことだったんだ」

 言葉にしてしまうと、あらためてすとんと、その事実はシンの胸の中におさまった。

 シン・アスカはこれから、敵国の兵士として祖国と戦うのだ、と。

「…………」

 レイは無表情を崩さなかったが、言葉に詰まっていた。
 何も言うべきではない、という気がしていたのだ。

「ああ、いや……そうじゃなくて。
俺はザフトのシン・アスカで、プラントの為に戦うつもりだから。本当だぜ」

 だが相手が反応しないので、今のはまずかったか、とシンは若干あわてて言い繕った。

 レイは少しきょとんとなって、それからわずかに苦笑のようなものを浮かべた。

「ここまできて、誰が疑う。俺はお前を信じる」

 それだけ答えると、再びレイは計器をいじる作業に戻った。

 シンは、ともかくにもたまらない気持ちがして、うつむいた。

 とても嬉しいような、果てしなく悲しいような、とにかくたまらない気持ちだった。

 しばらくそうしてオノゴロの北側を偵察していた彼らは、遠くに「ドミニオン」らの
艦影を発見し、すぐさまカーペンタリアへ引き返していった。