Top > C.E.78 ◆RcLmeSEfeg氏_第03話
HTML convert time to 0.006 sec.


C.E.78 ◆RcLmeSEfeg氏_第03話

Last-modified: 2008-01-29 (火) 22:57:03

まだ人が、その歩みを記録する術さえ持たなかった時代。まだ人が、見上げる蒼い天井の先に何があるのか知らなかった時代。
そんな時代に遥か彼方で優雅に舞うものが在った。
 彼らは争った。自身と近しい存在でありながら僅かな違いを持つ他者を許せずにそれを滅ぼすために戦った。
高い知性を持っていたはずの彼らはしかし、戦うことでしか己の保全を図れず、やがて多くは広い宇宙から消えていった。
事此処に至って、その種は自らの行いの愚かさを悟ることとなった。
そして彼らは選んだ。自らを大きく退化させるという方法であまりに進み過ぎた文明をリセットすることを。
だが、別の道を選択したものもいたのだ。
それは……――

 
 

厳重に封印された灰色の巨人―ジムの前に立つ少女。誰も居ない暗がりの中で、彼女は巨人を見上げていた。

 
 

第三話「往く道」

 
 
 

手錠は外されている。だが見せ掛けだ。
がっちり周囲を固めてくる大男四人のふてぶてしい態度に閉口しながらも、シンは不機嫌を表情に出してはいなかった。
どうでもいいというのが正確だろうか。言われるままに付いて来たシンとしてはどうにでもなれというのが本心だった。
 無関心のまま、シンは行政府の中枢を通され、
「カガリ・ユラ・アスハ、か」
かつて憎んだ女の座る玉座の前に立っていた。
「カガリ様がお待ちです。どうぞ」
逃げ道を塞ぐように立っている黒服が促す。シンは答えずにノブに手を伸ばした。と、シンは伸ばした手を引っ込めた。
「なにか?」
「……開けた途端、バンッとかありません?」
黒服はにやりと笑った。

 
 
 
 

一応、背筋は伸ばして入った首長のプライベートルーム。部屋をそれとなく見回したシンが抱いた感想は、“質素”だった。
一国の主が一日のほとんどを過ごす部屋としては些か以上に足りていなかった。
「シン、すまないな。この通り何も無い部屋だが、くつろいでくれるとうれしい」
自分をこんな形で呼んだカガリに対する興味よりも、彼女の居る部屋の方にばかり興味が行っていたシンは、突然声を掛けられて面食らった。
決してその驚きを表に出さない“厚さ”は、相当なものだった。シンは僅かに浮かんだかもしれない表情を引っ込めて、
「えぇ、じゃあお言葉に甘えさせてもらいますよ」
言うと、音を立てて中央に置かれた革のソファーに腰掛けた。
そんなシンの姿に、カガリは何か懐かしいものを感じた。
「多少の礼儀は心得ても、根はお前のままだな、シン」
「そう簡単に人が変わりますかね。俺は何時まで経っても何処まで行ってもガキの頃のシン・アスカですよ、カガリ・ユラ・アスハ首長」
最後の言葉は、シンなりの抵抗だった。
それを感じることが出来る今のカガリの表情は暗く沈む。
「首長、か。私は変わってしまったというのか?」
カガリの重たく濁った問いに、シンは答えなかった。カガリはそんなシンの姿に、やりきれない後悔を感じた。
当然だが、二人を隔てる壁は大きい。それは簡単には取り払えない鉄の壁。
「あの頃に、お前が若かったあの頃に、お前と向き合うことが出来ていれば……いや、言っても詮無いことだ」
昔のシンならば何を今更と怒鳴り返したであろう力無き呟き。今のシンは何の反応も示さない。これはカガリなりの確認だった。
人はそう簡単には変わらないと言ったシン。しかしシンは変わっていた。だからこそカガリの後悔は深まる。
「だがこうして私はお前と話せるようになった。思い上がりかもしれないが私は変わったよ。
あの頃は受け入れられなかった汚いことも、今は呑み込める。
だが逆に、この汚さはかつての私を信じて散っていった者達に対する冒涜でもある。
この立場に立ってその多くを知っていくに連れて、私の罪は深まっていく。お前に対してもだ」
カガリの知るシンならば憤りを覚えたであろう言葉の数々。それでもシンは表情一つ変えなかった。
カガリにはシンが何処か自嘲しているように思えた。そんなシンが、口を開く。
「それが正しいんじゃないですか?
事実、オーブという国はあの戦争以降、紆余曲折あったものの前よりずっと良い国になっていると思いますよ?
強権な主に恵まれ、保持する軍隊は精強。街はそんなあなた達に護られて平々凡々。釣れる魚は活きが良いでいいこと尽くしですよ」
薄ら笑いを浮かべるシン。痛ましげにそれを見つめるカガリ。
張り詰めた空気を一方的に感じているカガリはしかし、シンが事実を知りながらも嘯くことに僅かな怒りを感じた。
「昼間の、あれを見て、体感しても、お前はそう言うのか」
搾り出すようなカガリの言葉に、シンの笑みが固まった。
「お前が気付いているように、所詮平和というのはあんなものだ。
何時如何なる時でも、誰かが少し刺してやるだけで、弾けて消えてしまうシャボン玉のような……」
「そのシャボン玉を護るのが、あなた達の仕事でしょ」
先程より、ずっと張りのある言葉で返してきたシンに、カガリは微笑んだ。
その笑みを見たシンはぎょっとした。カガリはその微笑をすぐに苦笑に変えて、次の言葉を紡いだ。
「いや、私がするべきことはそんな脆く儚いものを護るために無茶をする、お前達の立場を保証することだよ、シン」
 
 その言葉が契機だったのかもしれない。
錆付いていたシン・アスカという男の歯車が、確かに動き始めようとしていた。

 

もっとも、その歯車はまだ赤黒く錆付いている。

 

「お前の力を借りたいんだ。これはオーブ連合首長国代表としての立場で無く、私個人からの頼みだ」

 
 
 

 暗い暗い深遠の底から、彼女はやってきた。
彼女自身も知らない彼方の世界から。そこはまるで、檻だったと言う。
生きる為に“軽くなった”彼女さえ繋ぎ止めて放さない絶対の鎖。
逃げる術など何処にも無かった。しかし彼女はそこから抜け出る方法を長い時間を掛けて作り上げた。
世界と言う広大な監獄の中から出してもらうことは叶わなかったが、それでも少しの間だけ檻の外へ出ることが出来るようになった。
たとえ監獄の中だとしても、檻よりは自由。
世界はこんなにも自由だ。彼女が檻から出て最初に感じたことだった。その後も彼女は度々、檻から世界へ出かける。
同じ監獄に繋ぎ止められた多くの存在の中から望む片割れを見つけるために。
檻の中で、供に生きてゆける者を見つけるために……――。

 
 
 

 私にとって運命とはすなわち仇であった。
我々は放っておけば何れ自然消滅してしまう種だ。進化した人類などとは名ばかりで、実際は非常に脆い。
神は人を創ったというが、人が創造したヒトというのはかくも弱いのか。
それを克服するべく、私は研究に没頭した。人の何処かに、必ず破滅を打開する術はあるはずだと信じて。しかし私は挫折する。
 子供が産めないから。理由はそれだけ。彼女にとってその事実は大きかった。彼女は適正ある男性を選び、私の元を去った。
私との間には愛があったと思いたかった。だから余計な言葉など掛け合わずに別れた。
女々しいものである。事個々に至って自分が何故、研究にのめり込んでいたのかを悟った。
私は結局、彼女と一緒になりたかっただけなのだ。彼女の夢を叶えようとして、私は間に合わなかった。
 そう。それだけのことである……。
どうしようもない無力感に苛まれ、私は何をするでもなく何処かへと消えてしまいたかった。
そんな時である。
私は、彼女と出会った。
誰に侵される事も無い彼女の領域。
私は彼女を、ソラと名付けた。

 
 
 

宇宙に浮かぶ巨大な砂時計。そこは宇宙に上がった人々が暮らす第二の故郷。『プラント』。
それがその人工の島々の集まりからなる国家の名だった。その首都、アプリリウスの中枢のさらに奥。
プラントの暗部にして、真の頂点。そこに、アスラン・ザラはいる。何かの研究室だろうか。
傍目には何に使われるのか分からない器具に混じって、ここで何が行われているかが一目で分かる”標本”が乱立していた。
伸ばした紫の前髪が、宝石のような輝きを湛えていた瞳を隠していたが、彼の放つ他者を射殺すような視線だけは、覆い隠せていない。
アスラン・ザラは他人と眼を合わすことをしなくなっていた。
「報告は以上です」
事の経過を報告していた部下は今のアスランを恐れることの無い数少ない人間だ。
彼の両目は死んでいる。アスラン・ザラという男が持つ力を確かに感じることは出来るが、その圧力の根源である眼を見ることはなかった。
他の人間ならば、睨まれるまでもなく、アスランの前に立つことさえ嫌がるが、彼には関係なかった。
光を映していた時から、彼が唯一嫌悪していたものは、人の瞳だったかのだから。
むしろ、他者とは違うものを誇示し続けるアスランに、彼は尊敬の念すら覚えていた。
ザフトを率いる立場にありながら、アスランは身内にも恐れられる。彼が今の立場に立とうと決起した日からそれは変わらない。
だが今のザフトは強い。アスランの覇王と呼ぶに相応しい力が、彼を見上げる者達の大きな支えとなっているからだ。
恐怖の対象でありながら、同時に欠かすことの出来ない柱。アスランは相反するカリスマをその身に宿していた。
「そうか。あれはまだオーブにあるか」
アスランは部屋の中央に歩み寄る。天井を貫く巨大な試験管。
その中に眠るモノを、愛おしげに見つめながら。
「・・・・・・ノーマン。君は、力は何のために在るのだと思うか」
「貴方の為にです。アスラン・ザラ」
「違う。正義の為だ」
大仰な仕草で、アスランが振り返る。

 
 
 

「力を持つ者が一人ならば、争いは起こらない。起こそうとするものがあれば、その度に潰す。
統治を曲論化すれば、それは支配だ。だがそれこそが真理だと私は思う」
今のアスランの姿を見れば、誰もが狂ったと思うだろう。だが男は、ノーマン・ユースティルだけは違う。
「だからこそ、私は成そう。平和の為に、我が手による独裁を」
 ユースティルは彼だけが知る暗がりの中で、アスラン・ザラに付き従っていくのだった。

 
 

「故に、この世にオーブは必要無い。あれこそは、世界の毒だ」
 決断の日は、迫っていた。

 
 
 

 オーブ軍・オノゴロ島基地。オーブと言う島国にとって、オノゴロ島はもっとも失ってはならない要である。
それを死守するため当然、オノゴロ島基地の軍備は強大である、はずだった。
しかし先の襲撃においてオーブ軍はその力を発揮できずに終わった。上層部は今頃、大騒ぎだろう。
配備されたばかりの新型が使えなかったとはいえ、地球最強と謳われていた軍が、まったく歯が立たなかったというのだから。
そして今、オーブを震撼させた敵性を駆逐したシン・アスカは件のオノゴロ島基地の第六格納庫にいた。
自身を戦場に誘ったMSの前に。
「お前……一体何なんだ?」
彼は、抱いた疑問をそのまま口にした。
「お前は、絶対に違う。他からは感じない何かがあった」
乗り込んだ時に伝わってくる“鼓動”。自分のものではないというのなら誰のものか。
シンは疑念を持て余し、それを目の前のMSにぶつけていた。
 MS、ジム。今は堅い拘束が施されて乗り込むことさえ出来ない。
「ありえないとは思う。だけどお前は……」
その言葉に被せるように、格納庫に爆音が轟いた。

 
 
 

 格納庫を震わす振動。爆発は外からのもの。だが近い。シンは体勢を低くしたまま、外に駆け出した。
彼の見たもの。それは炎上するオノゴロ島基地だった。

 
 
 
 

 オノゴロ島基地強襲を受けたカガリは、すぐさま一人の男を執務室に呼んだ。
二度の大戦での教訓から、情報筋は“信用できるもの”を確保している。
カガリは今、自分が信用した人間達が、本当に使えることを実感していた。
「全ては君の知るとおりだ。現在、基地の守備隊が応戦しているようだが、それも時間稼ぎにしかならないだろう」
苦渋という苦渋をかみ締めるように、カガリが吐き出す言葉は一つ一つが重く沈んでいた。
そんな彼女に答えるように、男は静かな口調で言う。
「カガリ首長。我々は彼の敵と戦うためにここにいます。当方は既に、敵軍への攻撃用意があるのです」
その言葉にはよどみがなく、淡々とした調。
「……そうか。あそこには彼もいる。頼むぞ」
敬礼だけを残して。男は白銀の髪を揺らして執務室を後にした。
「……これが今のオーブの実情だ」
 唇を噛むカガリ。
「と言って、何もしない私ではない」
彼女は、ただ見ているだけではない。こんなことの為に今日までの戦いを無駄には出来ないのだから。
回線を繋ぎ、カガリは当直の人間を出させた。
「至急、アカツキを用意しろ。シンリュウ装備でだ。オノゴロ基地まで空輸で運べ」

 
 
 

燃え盛る世界。悲鳴が響き、残響を残して消えていく。その中に、少女はいた。
「見つけた」
 深遠から見出した片割れは、決して離さない。
紅蓮の中に立つ白の少女は、惑う男を見つめ、静かに微笑んだ。
「さぁ、来て」
少女の呼び掛けに答えるように、背後の壁を突き破り、拘束されていた巨人は姿を現す。

 
 

 求め続けたものはすぐそばに。もう離さない。

 
 
 
 

第四話 「炎歌」に続く。

 

前へ 戻る 次へ