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CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_22

Last-modified: 2012-10-13 (土) 14:20:40

 「目下の情勢で、最大の不安材料はパナマだ」
 
 キサカが艦橋のパネルを眺めながら言った。鬱陶しく垂らしていた髪を後ろでまとめ、無精髭を剃って、たくましい体をオーブ軍の制服に包んだ彼は、以前とは別人のように見える。艦橋に入ってきたときも、しばらく誰だかわからなかったほどだ。本来自分が属すべき場所に戻ってきた軍人は、そのいかつい風貌にもかかわらず、理知的で、もの柔らかにさえ見えた。
 
 「近々予定されているザフトのパナマ攻略戦のおかげで、カーペンタリアの動きはかなり慌しい」
 
 〝オペレーション・ウロボロス〟の最終段階として予定された、ザフトのパナマ攻略戦――連合側に、最後に残されたパナマのマスドライバーへの侵攻作戦は、すでに秒読み段階に入っているようだ。説明するキサカを、マリューは探るように見つめた。
 
 「……どの程度まで、わかっているのですか?」
 
 オーブの情報収集力を窺うような口調だ。連合の人間としてはつい、中立国ならではの立場でつかんだザフトの情報を聞き出したいと願ってしまう。それに、キサカは苦笑で応じた。
 
 「さあね。オーブも難しい立場にある。情報は欲しいが、ヤブヘビはごめんでね」
 
 あっさり追及をかわすキサカに、マリューも苦笑で返した。
 
 「――〝アークエンジェル〟を追ってきたザラ隊とかいう連中の動向は?」
 
 ハルバートンが尋ねると、キサカは首を振った。
 
 「オーブ近海に艦影はありません」
 「ほう、引き上げたというのかね?」
 
 ひょいと片眉を吊り上げ、彼が言う。〝ヘリオポリス〟からここまで追ってきた執念深さからすると、あのまま引き上げるなど、およそ敵の性質にそぐわない行為に思えた。
 
 「また外交筋では、かなりのやりとりがあったようです。そう思いたいところですが……」
 
 キサカも疑念を抱いてはいるようだ。ふいに、ハルバートンが真面目な顔で言った。
 
 「やつらのラクス・クラインへの執念は尋常なものではない。もう一戦交えることは、覚悟しておくべきかもしれんな」
 
 どきりとマリューの心臓が跳ね上がる。あと少しでアラスカだと言うのに……。マリューが不安げな顔をしていると、ハルバートンはいつもの笑みを浮かべ、彼女を励ました。
 
 「なぁに、心配するな。〝ザ・パワー〟がついている。早々負けはせんさ」
 
 すると、先ほどまで沈黙を保っていたホフマンがやれやれと口を開く。
 
 「〝パワー〟です、閣下」
 
 と。
 
 
 
 
PHASE-22 さだめの楔
 
 
 
 
 「あーもー! まだかよー!」
 
 〝レセップス〟の一室で、ラスティは我慢の限界に達し、手足をじたばたさせて駄々をこねていた。テーブルに足を乗せ、雑誌をぱらぱらめくっていたディアッカが、呆れたような声で彼を咎める。
 
 「うるせーぞラスティ。俺は今ミーア・キャンベルの特集を読んでるんだ」
 
 〝アークエンジェル〟がオーブに入港し、既に出港したと言われてから既に一週間近くがすぎているにも関わらず、彼らはやがて〝アークエンジェル〟がオーブを出てくるという前提で、それを待ち伏せることにしたのだ。
 
 「――ここに一週間だぜ!? ベッドは硬いわ飯は不味いわ海の匂いはきついわで俺も死にそうなんだっての!」
 
 ラスティは尚も声を張り上げて地団駄を踏むと、テーブルの上で報告書をまとめていたシホがちらと睨みつける。
 
 「うるさいわよラスティ。少しは静かにしなさい」
 「あっはっは、できないんだなこれが!」
 「こ、この……」
 
 いつのまにかラスティとついでにディアッカに敬語を使わなくなっていたシホがこめかみをぴくぴくとさせると、隊の年配者のミハイルが小さく溜息をついて口を挟む。
 
 「――ラスティ。本国からの報告を信じられんのか?」
 「信じちゃあいるって! でも、退屈なのはどうにもなんないんだなこれが!」
 「……やれやれだ」
 
 一向に静まる気配のないラスティに呆れ、ミハイルは口を噤んだ。
 
 「あぁー、腰が痛いです。本国の方が間違ってるとかは無いんですかぁ?」
 
 アイザックが自分のデスクにぐったりと体を預け、独り言のようにつぶやいた。その様子を見かねて、ミゲルが呆れたように言う。
 
 「そりゃ可能性は否定できないが、上の意見にものを挟むのは兵士がやることじゃあ無いぜ?」
 
 さらりと釘をさされたアイザックはぶうと口元を尖らせ、更にだらけきった様子でデスクに突っ伏し、ミゲルが苦笑した。
 しかし、とラスティは思う。何故〝プラント〟本国から、『足つき』のオーブ出港日時、果ては航路にまで正確な指示が? それが彼には面白くない。単に、外交成果の賜物だとか、工作員の血の滲むような努力の成果だとか、そうであれば良いのだろうが、それにしては、彼らのいる部隊は賭けに出すぎている気がしている。更に増援も来るのだ。
 自分に知らないところで、吐き気を催すような邪悪が蠢いてる様な気がするから。人のあらゆる感傷すらも利用して――。
 
 
 
 アスランは、補給中の〝レセップス〟の艦橋にたたずんで、静かな海を見つめていた。補給艦が仕事を追えて離れていくと、そばで確認していたゼルマン艦長がこちらに振り向く。
 
 「なんとか、間に合ったようですな」
 「はい」
 
 アスランは顔を上げた。甲板の上にある、橙色に塗られたある機体が止まる。――YFX‐六○○R〝火器運用試験型ゲイツ改〟と呼ばれるその新型こそ、今回の補給の目玉であり、次の戦闘の要となる機体だ。
頭部こそゲイツのものと同じであったが、背部には大型のリフターを装備し、MA四Bフォルティスビーム砲を二門、MMIM一五クスィフィアス・レール砲を二門装備した、更にザフトで初めてPS装甲を搭載した次世代型モビルスーツの試験機。だが、〝ゲイツ改〟の最大の秘密は動力源にあった。
 ゼルマンがふと目を細める。
 
 「Nジャマーキャンセラー――使えるのですかな?」
 
 Nジャマーキャンセラー――その名称からわかるように、Nジャマーを無効にするシロモノである。つまり、あの〝ゲイツ改〟は、核で動いているのだ。アスランは慎重に言葉を選び、説明した。
 
 「……所詮は試験運用機です。もって一戦が限度かと」
 
 そう言いながらも、しかし、とアスランは思う。ゼルマンがにやりと口元を歪め、搬入された〝ゲイツ改〟に目をやった。
 
 「一度使えればそれで充分ということですな」
 
 アスランは己の言わんとすることを即座に理解してくれたゼルマンの勘の鋭さを嬉しく思いながら、短く頷いて見せた。
 
 「この戦いが、最後です」
 
 アスランが艦橋を後にしようとしたところで、ゼルマンがふとつぶやく。
 
 「後が大変そうですなぁ」
 
 その発言の意図を図りかね、アスランが不審げな顔になると、彼は苦笑で反す。
 
 「凱旋パーティの主役は、貴方でしょうから」
 
 珍しく冗談を仄めかすゼルマンに、アスランは、
 
 「ありがとう」
 
 とだけ言って部屋を出た。――この戦いで終わる。そう思うと、体の震え止まらなくなる。敗北すれば、〝アークエンジェル〟はアラスカの領域内へと達し、二度と追いつけることは無いだろう。失敗は許されない。勝っても負けても、ここで最後なのだ。
だが……勝たねばならない。父からの期待、仲間たちのからの信頼、そしてラクスの――。その全てがアスランに重圧となって押しかかる。隊長職というのがこんなに苦しいものだとは、思わなかった。
 外の風に当たりたくなったアスランは、狭い通路を通り、上部甲板へと出た。雲一つ無い青空が広がり、さんさんと日の日差しが降り注ぐ有様は、コロニーでは見れない貴重な体験だ。
 
 「キラ、俺はザフトの兵としてここいいる。お前の居場所は本当にそこなのか……?」
 
 かつての親友の名を口にし、アスランは遠くの海をにらみつけた。コーディネイターのお前にならわかるはずだ。俺たちにとって、ラクス・クラインという存在がどれほど大切なものであるのかが。
軽蔑され、妬まれ、差別され続けたコーディネイターたちにとって、ラクス・クラインというアイドルはこれ以上無いというほどの娯楽であり、希望なのだ。あの歌声が、日々の辛さを和らげてくれる。彼女の笑顔が、今日の嘆きを癒してくれる。……そういう存在を、ナチュラルは奪おうというんだぞ――。
 
 
 
 会議室から出たマリューとナタルを、何者かがさっと抱きかかえる。二人はぎょっとして身を固めたが、その犯人が誰かを知り、わずかに呆れの色を浮かべた。
 
 「ハ、ハルバートン提督、こういう冗談は……」
 
 が、マリューは思わず息を呑んだ。息を殺し二人を抱えたままの上官の顔は、憎々しげに歪んでおり、マリューと同じくナタルは慎重に彼の言葉を待った。
 
 「連合に、内通者がいる」
 
 馬鹿な、と思うよりも先にハルバートンが続けた。
 
 「良く聞け、この先の航海でオーブの領海を出てしばらくすれば、アラスカ本部からラクス・クラインを迎える輸送機が到着する」
 「そ、それは聞いていないことです……」
 
 と、ナタル。
 
 「当たり前だ。やつらは我々の問答などはなから聞くつもりはない。既に輸送機を向かわせたとして、報告が入るはずだ」
 
 いつになく真剣なハルバートンの表情にマリューはごくりと息を呑む。
 
 「それが……内通者、と……?」
 「かもしれんが、問題はその情報が既にザフトへと渡ってしまっているということだ」
 「そんな馬鹿な! それでは――」
 
 思わずハルバートンを振り払い向き直るナタルであったが、彼に圧され押し黙り、やがて続ける。
 
 「そ、それでは、受け渡しを中止、すべきでは……」
 「進言はした、が、結果こうなっておる」
 「では、なぜ……!?」
 
 連合のスパイ、では、コーディネイターか? などと思考したマリューの考えは、浅はかであるが当然のことであろう。それがまともな思考である。しかし、ハルバートンが告げた内容は違っていた。
 
 「彼女がアラスカに到着すれば、戦争は終わる。一時的な反感は高まるだろうが、それで詰みとなる。だがな、それでは困る輩が――戦争をもっと続けたくて仕方のない輩が、どこかにいるのだ」
 
 まるでそのうちの一人を知っているかのような口調で、ハルバートンは続ける。
 
 「手に入れたばかりの玩具が、どれほどのものなのか、試したくて仕方のない愚か者。馬鹿げた話だ。だがなラミアス少佐、バジルール中尉。それは我らにとっても、必ずザフトが攻めてくるという確証を与えてくれることでもあるのだ」
 
 連合、戦争、ザフト……全てを利用する者たち……。マリューは薄ら寒いものを覚えつつあった。
 内部に巣食う、邪悪。
 
 「心してかかれよ二人とも。この戦い、結果によっては平和をもたらす最後の戦となる」
 
 
 
 コロニアル様式の白い邸で、カガリは朝から身支度を整えていた。その姿を見た侍女のマーナが、口元に手をやり涙を浮かべた。カガリは髪の毛を整え、上品なドレスを身にまといながらすっと窓から見えるオーブの空を見据える。
 今日は〝アークエンジェル〟出港の日だ。補修作業はとうに終了し、後は出港時刻を待つのみ。
 そのとき、ノックの音がしたあと、返事もしていないのにドアが開かれた。カガリは振り返る。使用人ならノックせずに入ってくるし、ノックをして返事も聞かずに入ってくる者はいない――一人をのぞいては。
 案の定、入り口に姿を見せたのは、父のウズミだった。彼は驚きに満ちた目でカガリの服装を見て、質問を口にした。
 
 「どういう風の吹き回しだ?」
 
 ……幼い頃母を亡くしたカガリにとって、父は特別な存在だった。彼女は父を尊敬し、また誇りに思い、父も彼女を甘やかしこそしなかったが、深い愛情を注いだ。〝ヘリオポリス〟の一件以来、彼女の目に父は堕ちた偶像として映っていたが、仲間たちと友情を深めていくうちにその考えも変わっていった。
 
 「友達と、約束したんです」
 
 ウズミが怪訝な顔になり、娘の顔を見下ろす。カガリは続ける。
 
 「そいつは、どうしようもなく我侭で、意地っ張りで――」
 
 カガリの脳裏に、人を馬鹿にするような、自分よりも一歳年下の少女の笑みが蘇る。そして――
 
 「……でも、家族の大切さを知っていて――」
 
 彼女の心に触れるたびに、カガリは彼女が言いようの無い孤独と戦っているのだと思い知らされてきた。
 ――パパを返してよお!
 大粒の涙をぼろぼろと流しながら、あのとき少女は叫んだ。……それが、彼女の奥底に眠り続ける心の叫びか。
 ――だから君は、すがってしまいそうになるから他人を遠ざけようとする!
 あの時言ったザフト兵の言葉、今なら理解できる。
 
 「そいつ、臆病なんです。誰かに捨てられるのが怖くて、自分から近づこうと――近づくことができないでいる」
 
 あいつには何が見えているのだろうか。突然父を奪われ、何の覚悟も無く戦場へ放り出された彼女の灰色の瞳には。
 あいつは、幼い頃に母親を失った。それ以来、ずっと父と二人きり――自分と同じ過去を背負う少女。決定的な違いは、目の前でその最愛の父を、殺されたこと。もしも、もしも今目の前にいる父が――
 カガリは震える声でつぶやいた。
 
 「――お父様が死んだら、私は泣きます」
 
 ウズミは今まで見たことのない表情で、息を呑む。
 
 「もしもそれが誰かの手によるものなら、私はそいつを恨んで――きっと、許せなくなる」
 
 それでも、あいつは前へ進んでいる。きっと心の整理なんてできてない、それを乗り越えてすらもいない、ずっと引きずったまま……それでも、歩んでいる。それは強さではなく、状況に流されているだけでしかないのかもしれない。
 それでも、私はあいつと出会い、ここにいる。
 それでも、あいつは私に残れと言ってくれた。
 ――お父さん、大事にしてあげないと、ね。
 フレイの言葉が、カガリに重くのしかかる。
 
 「あいつ、人の心配ばっかりして、自分は、立ち直れてないのに、それなのにあんなこと言われたら、私は……何も言えなくて……」
 「……カガリ、もう良い」
 
 ウズミが優しく言う。カガリは思わず声を荒げた。
 
 「あいつにあんなこと言われたら、私は残るしか無いじゃないか! あいつはとっくに家族なんて失ってるのに、私には、こうしてお父様がいてくれて……。私は……!」
 
 遠い何かに思いを馳せるように、ウズミは息を深く吸い込み、吐き出した。父の大きな手が、カガリの肩に優しく触れる。
 
 「――辛い決断を、したのだな」
 「……はい」
 
 本当はずっと一緒にいたかった。せめて、あいつの傷が癒えるまでは、そばに……。涙声で答えると、ウズミは考え込むように強く目を閉じる。
 
 「本当は一緒に行きたかったのだろう」
 「……はい」
 
 もうフレイと会えないかもしれない。一筋の不安がカガリの脳裏に過ぎる。しかし、とカガリは思う。
 
 「行っても良いのだぞ、カガリ」
 
 父のその言葉がどんなに嬉しかったことか。だが、カガリは無言で首を振った。
 
 「行ったらきっと、あいつに――フレイに嫌われると思いますから」
 
 ウズミの目に苦渋の色が満ち、彼はうめくようにつぶやく。
 
 「『彼ら』の子か……」
 「お父様……?」
 
 カガリは父の顔を見上げる。ウズミは悲しげな瞳で、彼女を見返した。
 
 「……これも、運命なのかもしれん」
 
 
 
 「おお、坊主たちのお帰りだ」
 
 〝アークエンジェル〟に戻ったキラたちを、〝ダガー〟の前で機材調整していたマードックたちが出迎えた。
 
 「へへ、トール・ケーニヒ、ただ今戻りましたっ」
 
 にっと敬礼してみせる彼に釣られて、キラたちも笑顔をこぼしながら敬礼した。すると、テキパキと機材を弄くるセレーネの傍らにいたアズラエルが皮肉った笑みを浮かべる。
 
 「あーあー、良いですねエお子様は。能天気デ」
 
 皆がむっとして視線を向けたが(というか何故この男がここにいるのかわからなかったが)、彼は全く気に止めずにセレーネに向き直る。ややあって彼女は手を止め、一枚のデータディスクを機材から取り出し、アズラエルに差し出す。
 
 「ン、ン。どうです?」
 「上々です。少しばかりイレギュラーな事件もありましたが、理事には関係の無いことかと」
 
 セレーネが淡々と述べると、アズラエルは小さく眉をしかめた。
 
 「棘のある言い方ですねェ」
 「人口知能に興味が?」
 「イーエ、全く」
 「でしょうね」
 
 短く言い、彼女は立ち上がり腰をうーんと伸ばした。彼女の隣で眠そうに目元をこするソルに、キラは小声で声をかけた。
 
 「どうしたんです?」
 「この一週間、ずーっとこいつに付きっ切りでね。まともに寝てないんだ」
 
 その言葉に、仲間たちは皆目を開いて驚愕した。
 
 「……お疲れ様です」
 「い、一週間も……」
 「うひゃー、そんなにかー」
 
 最後にミリアリアが首をかしげ、質問した。
 
 「〝ダガー〟で何を調べてたんですか?」
 
 すかさずアズラエルが口元を歪め、答える。
 
 「それはヒ、ミ、ツ」
 「まあ、ずるい」
 
 と、フレイの影からじとりと睨みつつラクスが言う。
 
 「わたしの機体なのにー」
 
 フレイも唇を尖らせ文句を言う。その様子がおかしかったのか、アズラエルは苦笑を漏らした。
 
 「大人の世界のお話ですから。お嬢さん方が口を挟むことはできませン。――あーそうそう、セレーネ君にソル君、君たちはゆっくり休んで次に備えること。良いですネ?」
 
 彼がセレーネたちを視線で探す。そこに彼らの姿は無く、アズラエルはおやっとつぶやき辺りを見渡した。すると――。
 
 「それじゃあ、失礼します」
 
 既に居住区画へと続く通路の扉をくぐっていた、ソルがぺこりと頭を下げた。その奥にはこちらを見ようともせずに立ち去るセレーネの背中も見え、アズラエルはやれやれと溜息をついた。
 
 「……勝手な人たちですねェ」
 
 
 
 〈注水、開始します。注水、開始します……〉
 
 地下のドックに警報が鳴り響き、〝アークエンジェル〟の両側から激しい勢いで水が噴き出した。すさまじい水音が岩壁に響き渡る。
 
 「オーブ軍より通達。周辺に艦影なし。発進は定刻通り」
 
 パルが報告し、マリューが「了解したと伝えて」と命じた。
 
 「さて、お手並み拝見としましょうかネ」
 
 アズラエルが口元をゆがめ、マリューがちらと彼を見る。
 
 「よろしいのですね、理事」
 
 すると、彼は当然だと言わんばかりに胸を張り、頷く。
 
 「現場を知るのも社長の務めですから」
 
 ドックに水が充たされていき、やがて〝アークエンジェル〟の底部を覆い隠した。
 
 「――ドック内にアスハ前代表がお見えです。――あ」
 
 パルが不審げな顔で、マリューを見やった。
 
 「アルスター少尉を上部甲板へ出して欲しい――と言われてますが?」
 
 その通達はカタパルトデッキにいたフレイに伝わった。なるほどと理解し、言われたとおり甲板に出た彼女は、周囲を見回し、桟橋からこちらへ歩いてくる姿に気づいた。
 
 「おっそーい。来てくれないのかと思ったわよ」
 
 今日のカガリはドレス姿だ。なんだからしくないな――と、フレイは少しおかしく感じながら、彼女が〝アークエンジェル〟のタラップを上がるのを見、考える。
 カガリは急ぎ足でタラップを上りきった。
 
 「ふふ、似合ってないわよ、カガリ?」
 
 フレイがいつものようにからかうと、カガリは黙って右手を差し出す。
 
 「……カガリ?」
 
 不審げな顔でフレイが言うと、カガリは短く「頼む」とだけ言ってフレイの瞳を見据える。彼女はそっとカガリの右手を握り返した。
 
 「――あ」
 
 瞬間、フレイの心は無限の星空へと投げ出され、その星の海のなかで彼女はカガリの心に触れた。
 ――お前は、独りじゃない。
 カガリの心にある様々な感情が駆け、フレイの心を優しく抱いた。カガリの出合ったたくさんの思い出、かつての親友、再会、今の仲間達、家族、それらがフレイの体を通して、わずかにポケットの中の『お守り』が律動したのに気づかずフレイはカガリの金色の瞳を見つめた。
 
 「いつでも来い。必ず力になる」
 
 そう言って微笑むカガリは、いつになく優しい。これが本当の彼女なのだろう。彼女のその笑顔が、フレイを素直な気持ちにさせてくれた。
 
 「……うん。ありがとうカガリ」
 
 カガリがどこか遠くに思いを馳せるように目を閉じる。
 
 「なあフレイ。他のみんなも、私たちのようにできるようになるかな……?」
 
 それは夢のような話だ。誰しもが互いに理解しあい、真実の心に触れ、優しくなれるのだとしたら。
 
 「なれるわよ。いつかきっと……人類全てがこういう気持ちになれる日が来る。わたしでさえできたんだから」
 
 「そういうお前だから、私はこうしていれるんだよな……」
 「そう?」
 
 フレイが微笑むと、カガリも「そうさ」と頷き笑顔で反す。そのまま彼女は静かに寄り添いながら、首にかけていたチェーンを外す。カガリは抱きつくようにして、フレイの首にそれをかけた。
 
 「ハウメアの護り石だ」
 「……大切なものなんでしょ?」
 「ああ。だからお前にやる。……護ってもらえよ」
 
 フレイは自分の胸元に下がる、赤い石を見下ろし、胸のうちが熱くなるのを感じた。
 
 「綺麗な色」
 
 フレイが艦内へ消え、カガリが離れると、〝アークエンジェル〟のメインエンジンに火が入った。
 前方の巨大なハッチがゆっくりと開いていき、朝靄に煙る海面が目の前に広がる。既に出港していた〝パワー〟とオーブ軍護衛艦隊がその輪郭をにじませながら、外海で待機していた。〝アークエンジェル〟は目的地へ向けて、最後の航海に漕ぎ出した。
 
 
 
 「ラクスを渡すって、どういうことなんですか!」
 
 告げられた最初の指令に、フレイはかんかんになって艦橋《ブリッジ》へと乗り込んだ。これまでずっと一緒だったのに、本当はアラスカへだって連れて行くたく無いし、そのままオーブの家にでも居れれば良いと思って合鍵まで渡したのに、なんでここにきて、このタイミングで、わざわざ知りもしない信用も置けない得体の知れない変な連中にラクスを預けないとならないの!?
 
 だがフレイの行動の全ては見透かされており、マリューの送る視線に驚きの色は無かった。それがまた彼女の心を掻き立てる。
 ふざけるな!! と。
 
 「ナタル、お願い」
 
 マリューが短く言うと、問われたナタルはえっと振り向く。
 
 「今は問答をしている時間は無いの」
 
 と告げ視線を戻した先に映るモニターには、ハルバートンの姿が映し出されており、何らかの会議のようなものの最中であったらしいが、そんなことはフレイには関係の無いことである。だが、良い機会だと思いモニターの中のハルバートンに向けてもフレイは言い放つ。
 
 「この艦よりも安全なところってあるんですか!? 本当に、その迎えってのはちゃんとしたとこなん――」
 
 まくし立てるフレイを遮るようにして、ナタルが割って入り、フレイが「ちょ、ちょっと!」と抵抗もむなしく彼女は艦橋から押し出される。扉が閉まる瞬間、アズラエルの冷ややかな視線を見、尚も苛立ったが、そのままナタルがフレイをぎゅっと抱きかかえた。
 まだ言いたいことは終わっていない。うずめられた胸から顔を引き離そうとフレイは抵抗したが、ナタルが小さく耳打ちをした。
 
 「みんなお前と同じ気持ちだ」
 「えっ……?」
 「ラミアス艦長も、ハルバートン提督も納得していない。私だって……」
 「だったら!」
 「いいか、良く聞くんだ」
 
 真剣な、それでいて切迫した様子の声色に、フレイは押し黙る。
 
 「もうじき戦闘が始まる。ザフトの襲撃が――」
 
 が、その内容はフレイを落胆させるだけの十分な要素を含んでいた。フレイはわかってしまった。つまり、それは――。フレイはたまらなくなって苛立ちを吐き漏らす。
 
 「ラクスを――売ったんですか……!」
 
 ああ、最低だ! 最悪だ! そんなことを、どうして大人は平然と……!
 
 「わかっている、こんなこと許されるはずがない……!」
 
 もう一度ナタルはフレイをぎゅっと抱きしめる。その指が、怒りと悔しさに震えてるのがわかり、彼女の香りはフレイがプレゼントした石鹸のものであったから、わずかに落ち着きを取り戻した。
 
 「敵が、多すぎる……」
 
 それは、連合内部のことか、あるいはそれ以上の何かか。だが、ナタルが吐いた言葉には、言い知れない恐怖と苛立ちがはらんでいる。
 
 「どうしようも無いんだ……!」
 
 そのまま泣き崩れそうにそうになるナタルの頬を、フレイはそっと撫でる。この人だって、悔しいんだ。ずっと軍の為にと戦ってきて、自分を切り詰めてきて、それでこんなことになってしまったのだから……。
 ごめん、と謝りたかった。みんな辛いのに、わたしだけ……。
 
 「わたし、〝ダガー〟で戦えば良いんですよね……?」
 「……ああ。死ぬなよ、少尉」
 「はい。ありがとう、中尉」
 
 フレイは一度だけ、ぎゅっとナタルに抱きついてから、そのまま駆け出した。同時にどこにいるかもわからない敵に向けて
 あの野郎……!
 と敵意を込めて。
 
 
 
 〝レセップス〟の発令所に、アスランは上着を引っ掛けながら駆け込んだ。
 
 「演習ですか?」
 
 たずねると、ゼルマンがデータパネルを指さし、
 
 「スケジュールにはありませんが、こちらの情報通り。北東へ向かっています。――艦の特定、まだか?」
 
 と、オペレーターのアビーをうながす。彼は几帳面にてきぱきと指示を出しながら、ちらとアスランの顔を見やる。
 
 「戦闘準備、ですかな」
 「はい。特定、急いでください」
 
 彼はすばやく着替え、〝イージス〟のコクピットに飛び乗った。もちろんほかの者たちも、すでに愛機に搭乗し、待ち構えている。
 
 〈艦隊より離脱艦あり!……艦特定! 『足つき』です!〉
 
 アビーから通信が入ると、ディアッカが、ヒュウと口笛を吹き、ラスティが気だるげに言う。
 
 〈あーあ、本当に来ちまった〉
 〈今日でカタだ、〝ストライク〟……!〉
 
 すぐさまイザークが声を上げ、二コルも意気込む。
 
 〈終わりにしましょう、これで!〉
 〈はい、これが最後です……!〉
 
 しっかり者のシホも気合を入れ、アイザックが緊張した面持ちでこぶしを握り締める。
 
 〈僕も、頑張ります〉
 〈ほどほどにな、アイザック〉
 
 ミゲルが苦笑を漏らし、
 
 〈ザフトのために、というやつだ〉
 
 と、ミハイルがしめた。
 アスラン一人だけが、一瞬瞑目する。だが次に目を開けたときには、冷徹な顔つきに戻っていた。
 
 「出撃する! 今日こそ『足つき』を落とすぞ!」
 
 友との思い出、かつての友情、それら全てを『ラクス・クラインを救う』という大義で塗り潰し、その意味さえも理解しようとせず、アスラン・ザラもまたコーディネイターであった。
 
 
 
 「艦隊旗艦より入電。『我これより帰投す。貴艦の健闘を祈る』」
 
 カズイが伝聞を読み上げると、マリューがそちらを振り仰いで微笑んだ。
 
 「『エスコートを感謝する』と返信を」
 
 ミリアリアが不安そうな顔で、遠くの空を眺める。
 その様子を見たアズラエルが、独り言のようにつぶやいた。
 
 「……良いセンスをお持ちだ」
 
 ――同じ頃、〝ストライク〟で戦闘準備をしていたキラは、不安になってフレイに通信を入れる。
 「……ねえ、本当に良いのかな?」
 
 ラクスをアラスカへ送る輸送機に受け渡す。突然の別れを言い渡されたキラは心の整理がつかず、フレイならばなお更だろう。
 しかし、モニターに映る彼女は冷静に見えた。
 
 〈良い訳無いでしょ〉
 
 短くそう告げた彼女は、会話はもうお終いと言わんばかりにそのまま静かに目を瞑った。
 すると、今度はトールからの通信が入る。
 
 〈聞いてないのか? フレイさ、怒鳴り込んだんだぜ? 作戦会議中の艦橋《ブリッジ》に〉
 「えっ!? そ、そぉぉぉ……なん、だ……」
 
 その様子をリアルに想像してしまったキラは、なんともいえない気持ちになりごくりとつばを飲み込んだ。
 
 〈トール、余計なこと言うと怒るわよ〉
 
 と、フレイが先ほどから表情を変えずに告げると、キラもトールもぎょっとして押し黙った。
 フレイの様子はいつもとは違う。イライラしているわけでもないようだし、物に当たってるようにも見えない。不思議だ、こんなフレイを見るのは初めてだ。
 そんな興味本位が、キラに余計な一言を言わせたのだろう。
 
 「フレイ、大丈夫……? 何かあっ――」
 〈うるさいっつってんだろ……〉
 
 低くドスの聞いた声に、キラは心臓を鷲掴みにされた。ああ、そうだ、いつもと違って当然だ。これはいわゆるマジギレだ。マジギレしてるんだフレイは。モニターに映るトールも目を丸くして口元を押さえ端っこでぶるぶると震えている。これはまずい、フォローの一言も気の利いた一言も何も言えない。
 その時、メインカメラが格納庫《ハンガー》に降り立った小型の輸送機と、そこへ歩む桜色の髪をした少女の姿を捉えた。
 あれに乗って、彼女は遥か上空の大型輸送機に送り届けられ、行ってしまう。曰く、高度を取ればザフトもこれ以上は手出しできまいとのことなのだそうだが、それは余りにも浅はかである。
 少女は立ち止まり、〝ダガー〟を名残惜しそうにじっと見据えた。突然のことで、きっとまともに別れの挨拶もできていないのだろう。それは、惨いことであるとキラは感じた。
 護衛の連合兵に促され、ラクスは凛としてきびすを返し歩みを進める。その背中は、どことなく寂しげであった。
 輸送機が離陸し、遠く離れていく。
 ふいに、通信が入る。
 
 〈パルス中尉、アルスター少尉、ヤマト少尉、ケーニヒ准尉、以上四名は〝フライトパック〟を装着しそのまま出撃してくれ〉
 
 アムロである。言い忘れたかのように、〈ああ、少佐も頼む〉と付け加えると、フレイがいぶかしげに問う。
 
 〈……大尉?〉
 〈連合の勢力内と言っても、何が潜んでいるかわからない。〝アークエンジェル〟の自衛の為にモビルスーツを出撃させる。彼女を護衛しても良い〉
 
 口ぶりからして、おそらくは〝アークエンジェル〟側の独断だろう。フレイはそのまま懇願するようにして続ける。
 
 〈……大尉、『知って』るんですか……?〉
 
 その言葉に込められた意味を、キラは知らない。トールも、カナードも同じのようで、皆がわずかに首をひねる。だが、アムロは違った。
 
 〈ああ、知っている〉
 
 わずかに視線を落とし、忌々しげな声色で言う。その意味がわからずにいると、アムロはふっと緊張を崩し、悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。
 
 〈だから滅茶苦茶にしてやろう。俺たちで〉
 
 ――な、何を?
 と思えば、フレイは満面の笑みを浮かべて、〈はい!〉と答え、そのまま通信に向かって叫んだ。
 
 〈フレイ・アルスター! 〝一○五ダガー〟、出しますよ!〉
 
 
 
 ふふ、ふふふ! どうだ、ざまあみろ! わたしの大尉は最高なんだぞ! お前たちの好きになんてさせてやるもんか!
 〝アークエンジェル〟から発進した〝ダガー〟は、すぐにラクスを運ぶ小型輸送機に追いついた。そのまま真横につけ、両機はぐんぐん高度を上げていく。
 やや遅れてキラの〝ストライク〟、カナードの〝ストライクE〟、トールの〝スカイグラスパー〟が到着し、ムウの〝スカイグラスパー〟が殿を務めた。
 遥か遠くに、巨大な機影が見え、すぐにAIが識別信号を表示し、それが目的の艦なのだと気づく。
 既に〝アークエンジェル〟の姿は雲を挟み見えづらくなっている。思えばこんな高い空を飛んだのは初めてかもしれない。遠方に見えるそれはやがて姿をはっきりとさせ、モビルスーツ三機ほどなら輸送も可能な地球連合のVTOL輸送機だと目視でも確認した。
巨大にずんぐりとした胴体、そしてその先端には小ぶりな前翼が左右に伸びる。しかし所詮は輸送機であり武装などは禄に積んでいないようで、やはりこれができレースなのだと思い知らされた。
 が、そうはさせない。好きにはさせない。
 フレイは乾いてきた唇をべろりと舐め、濡らした。
 
 
 
 はたして間も無く、艦橋で声があがった。
 
 「レーダーに反応! 数三十!」
 
 ナタルは顔を上げた。
 
 「機種特定!――〝イージス〟、〝バスター〟、〝デュエル〟、〝ゲイツ〟十二、〝ディン〟九、〝ザウート〟四、アンノウン一!」
 
 ――これで、最後だ。無事にアラスカについたら、軍を抜けよう。正義など、どこにもなかった。
 ナタルは落胆していた。結局は、自分で勝手に思い描いた偽りの軍にその身を置いていただけでしかなかった。やりたいことがあるわけでもなく、これといって目標もなく、とにかくその場から逃げ出したかった。兄は、姉は、父は、母は、こんなもののために……。そう思ってしまうほど、ナタルの心は弱く、少女のそれであったのだ。
 
 「対艦、対モビルスーツ戦闘用意――!」
 
 通信機から飛び込んでくる、マリューの声に含まれた必死の響きがナタルには少し虚しく聞こえた。
 
 「逃げ切れればいい! 厳しいとは思うが、各自健闘を!」
 「ECM最大強度! スモーク・ディスチャージャー投射! 両舷煙幕放出!」
 
 〝デュエル〟が発進し上部甲板に出た。〝バスター〟が船体からせり上がった外部パワーケーブルをつかんで機体に繋ぐのを端目で捉えながら、大きく深呼吸する。
 報告にあったほぼ全機が〝グゥル〟に登場しており、情報が漏れていたのは火を見るよりも明らかである。全てが、ラクスの乗る輸送機を目指しているのだから……。
 
 
 
 やはりそうきたか!
 ザフトの全ての機体が〝グゥル〟に登場しており、最初から作戦の全てが漏れていたのだと確信した。
 自由飛行のできない〝ストライクダガー〟隊、〝デュエル〟らは艦に鎮座し迎撃体制を取ることしかできない。
 心の片隅で、〝ストライクダガー〟は失敗だったかもしれないなと思いはじめていた。やはり、〝ストライク〟をベースとした量産タイプ、〝一○五ダガー〟を優先配備するべきだったのだ、と。
 無論コストは跳ね上がるが、そのツケがこの戦場で払わねばならなくなったとおもえば、やはり多少無理をしてでも〝一○五ダガー〟でいくべきだったのだと思わざるを得ない。
 そしてそれとはもうひとつ、ハルバートンには思うところがあった。
 ハルバートンは、ラクス・クラインというカードで戦争は終わるとマリューらに告げたが、自分の言葉に、そんな馬鹿な話があるか? とも思っていた。戦争をしているのだ、というのに、たかがアイドル一人にそこまでの価値があるものなのか? と。
 そこに、ハルバートンが大いに落胆する部分があった。ザフトは――コーディネイターは、この戦いに今まで見たことも無いほどの大群をぶつけてきたのだから。
 報告に〝ブリッツ〟がいないのだから、更に伏兵がいると見て良いだろう。
 たった一人の少女に、そこまで依存せねばならない〝プラント〟に住むコーディネイター。
 ――狂っている。
 年端もいかない一人の少女の人生を食い物にして、やつらは生活している。それは即ち、〝プラント〟に住むコーディネイター達は、地球産のいくつもの娯楽を、内心で嘲っているとうことなのだろう。お前ら下等種の作った物になど、誰が、である。そして最も恐ろしいのが、それを無意識に行っていることだ。
例えば、蜘蛛は害虫を食べてくれるので益虫とも呼ばれているが、脚の多さや外見が苦手で、損得抜きに苦手意識を持つ、そんな感情に似ているのかもしれない。
〝プラント〟のコーディネイターはごく自然に地球の生み出した輝かしい命の産物を避け、自らが生み出したコーディネイターのラクス・クラインを至高として、その少女の未来を食らうのだ。それこそ、真の邪悪である。
 外交ではかなりのやりとりがあったと聞いている、が、ハルバートンは政治家では無い故に詳細なやり取りまでは聞き及んでいないのが無念である。
 しかし予想はできる。あちら側の譲歩や、いくつかの条件をねじ伏せて、今の状況を作り出した者がいるのだということが。
 ――ま、〝ロゴス〟の連中だろうが……。
 おそらく、そしてあの男、ムルタ・アズラエルは人の可能性を見たがっている。人類の希望を、未来を、今を生きる人々の命を犠牲にすることで、掴み取ろうとしている。
 それもまた、〝プラント〟のコーディネイターがラクス・クラインにやろうとしていることと大差無い。即ち、悪だと彼は断言した。
 だが、ハルバートンはそこで思考を止めた。
 端目に捉えた海面が、不自然に波打ち始めた。
 いくつか想定していた、そのうちの一つ。
 
 「推力上げい! 面舵、真横につけられたぞ!」
 
 九時の方角、距離八○○メートル。慎重に、射程内へと潜り込んだザフト潜水艦と十数にも及ぶモビルスーツが姿を現し、その中心から〝ブリッツ〟が飛びたつ。
 〝アークエンジェル〟と〝パワー〟が一斉に砲撃を仕掛ける。空が赤く染まるほどの火線。その中を一機の橙色のモビルスーツが先陣を切る。〝ゲイツ〟のも似たその機体を、コンピュータはアンノウンと識別し、ハルバートンはそれがこの日のための新型であると直感した。
 
 
 
 雲間から現れるモビルスーツの編隊に、すぐさまカナードが命令を出した。
 
 〈キラ、お前はオレとのチームワークを崩すな〉
 「わかった!」
 〈ケーニヒ、〝ストライク〟の生面線だということを忘れるな〉
 〈ああ、任せとけ!〉
 
 力強く頷いたトールを一瞥してから、キラは再び迫るモビルスーツを見据える。カナードが、叫んだ。
 
 〈行くぞ!〉
 
 キラたちが一斉に散会すると、同時に遥か下方の〝アークエンジェル〟と〝パワー〟艦橋の両脇にあるスモーク・ディスチャージャーから濃い煙が発され、徐々に船体を覆い隠していくが、あの二隻の戦力なら大丈夫だろう、という確信はあった。
あそこには〝デュエル〟がいるのだから。ならば、今集中しなければならないのはこちらのほう……!
 
 〈アルスター、前に出すぎるな!〉
 
 カナードが言うと、〝フライトダガー〟がビームライフルを構える。
 
 〈狙いはラクスなんでしょう!?〉
 
 真剣な顔のフレイを一瞥し、キラはフットペダルを踏み込んだ。
 
 
 
 「誘いに乗ってきた!」
 
 〝ゲイツ改〟を操るハイネが勇んだ声を上げる。
 
 〈先輩、白いヤツをお願いします!〉
 「ハイネだっつーのに」
 
 他人行儀の抜けないニコルにやれやれと返し、黒く塗られた〝ディン〟から通信が入る。
 
 〈任せて良いんだね、ハイネ〉
 「その為の〝ゲイツ改〟さ。ヒルダは姫さんとこに!」
 
 するとヒルダが無言で頷き、〝ディン〟を加速させた。おそらく連合の連中は、こう考えている。ラクス・クライン奪還と、足つきの撃沈を、この土壇場で同時に行おうとしている、と。
 馬鹿なことを、とハイネは思った。
 違う、そうではない。
 俺たちがここにいるのは、上空の輸送機を、前と、後ろから、挟み撃ちにするためだ!
 数機の〝ゲイツ〟が申し訳程度に足つきに取り付こうと立ち向かう。そんな中、ヒルダらの本命が高度を取り雲を抜け上空へと飛ぶ。
 ハイネの役割は決まっていた。
 この〝ゲイツ改〟で暴れまわり、『足つき』をかく乱する。すなわち、囮である。
 ハイネは援護射撃を加える〝ゲイツ〟らを一瞬で追い抜き、単機で『足つき』に迫る。
 白い『足つき』の甲板から、一機のモビルスーツが飛んだ。
 やはり、来たか! 貴様が最初に!
 
 〈一機で来たようだが、今日の〝ゲイツ〟は一味違うんだよ!〉
 
 〝ゲイツ改〟が両刃のビームサーベルを抜き、切りかかる。〝デュエル〟にシールドで受け流され、ガツンという衝撃がハイネを襲う。〝デュエル〟は〝ゲイツ改〟を踏み台にして更に跳躍し、ビームを撃ち放つ。
あわや海面に叩きつけられるすれすれのところでハイネは何とか機体を制御しなおし、MMI‐M一五クスィフィアス・レール砲で応射した。
 相変わらず見事な腕だ。ハイネは口元が高揚で歪んでいくのを知覚しながら、思い切りフットペダルを踏み込んだ。強烈なGがハイネの体を襲う。〝ゲイツ改〟はメインスラスターを吹かせ、その大出力で一気に上昇し〝デュエル〟に斬りかかる。かろうじてシールドで退けた〝デュエル〟は、自由落下のまま海面に――
 そこで、ハイネは戦慄した。偶然なのか、想定されていたのか、〝デュエル〟は一機の〝ゲイツ〟を蹴り飛ばし、そのまま〝グゥル〟を奪い取ったのだ。
 〝デュエル〟の双眼《デュアルアイ》が強く輝き、再び〝ゲイツ改〟に迫る。
 
 
 
 結果は、既に見えていたのかもしれない。三○機にも及ぶ敵モビルスーツは一向に減る気配を見せず、キラたちはただ疲弊していくだけだ。敵の数が多すぎる、これでは――。
 警報が鳴り、キラは慌てて回避運動を取る。
 四方からのビーム射撃。ザフトの〝デュエル〟〝イージス〟青く塗装された〝ゲイツ〟らが立ちはだかり、キラの行く手を遮った。
 
 〈止まるな! 機動性はこちらが上だ!〉
 
 カナードの叱責が飛ぶ。
 
 〈逃げ切れればオレたちの勝ちだろうが、行けよ!〉
 
 左方でいくつかの火球があがり、それがムウの駆る〝スカイグラスパー〟の上げた戦果だと気づく。
 〝ファントムパック〟を装着した〝スカイグラスパー〟は、正に脅威であり、ムウもまた連合の中でも指折りのエースパイロットなのだということを思い知らされた。
 
 
 
 最初から、ばれているんだ……!
 フレイの戦い方は見事であり、敵からしてみれば卑怯の一言であった。
 彼女はラクスの乗る小型輸送機から決して離れず、一機、また一機と敵を落としていく。ラクスに当てちゃうのが怖くて撃てないんでしょう? ふふ、馬鹿なやつら。
 躊躇したように旋回する〝ディン〟を更に二機屠ったが、そこまでであった。一機のモビルスーツが〝グゥル〟から飛び立ち、サーベルに持ち替え一気に距離をつめる。
 
 「イージス!? ザラの坊や!」
 〈アルスターめ、卑怯な!〉
 
 機体同士がガチリと衝突し、接触回線が開く。
 
 「どっちが……!」
 
 フレイは四○ミリ口径近接自動防御機関砲〝イーゲルシュテルンⅡ〟をばら撒きつつ〝イージス〟を蹴り飛ばし、また距離を取る。
 そのまま〝グゥル〟に着地した〝イージス〟が尚も追いすがる姿に、フレイは苛立ちを覚えた。
 
 
 
 形勢は明らかにこちらが有利のはずだ。地の利もある。こちらは核動力を搭載した虎の子の機体であり、あっちは数ヶ月前の、もはや旧式のモビルスーツ。だというのに――
 
 「何で落ちないんだ!」
 
 ハイネはたまらなくなって声を荒げると、それを嘲笑うかのように〝デュエル〟は更に一機の友軍機を屠った。
 埒があかない!
 痺れを切らしたハイネは、ここで勝負をつけるべくメインスラスターを全開にさせた。
 ナチュラルが、ナチュラルのまま俺たちを超えていくなんてことは、あってはならない! ここで、こいつを倒す!
 MA‐M○一ラケルタ・ビームサーベルを抜きさり、斬りかかる。が、それよりも早く〝デュエル〟はわずかに間合いをつめ、お互いが激突する形になりそのままガッチリと組み合った。
 ――小賢しい真似を……!
 だがそれは勝機でもあった。やはりとも言うべきか、推力、パワーは圧倒的にこちらが上だ。このまま力でねじ伏せるか、機体ごと海面に叩きつけてやろうか、それとも――
 まずは戦場から引き離す! こいつさえいなければ、後はどうとでもなるはずだ。
 それがハイネの導き出した答えであった。多くは望まない、海面にぶつけようとしても下手に暴れられれば手元が狂う。それを利用してこちらがやられるかもしれない。そう思わせるだけの恐ろしさが、この相対する敵パイロットにはある。
 とにかく、こいつを引き離す。誰もいないところまで、遠くに……!
 スラスターを全快に吹かせ、〝ゲイツ改〟は大空を飛んだ。
 音速に達するのではないかというほどの加速のGに息苦しさをわずかに覚えるが、今も戦い続ける仲間たちのことを思えばそんなもの……!
 〝デュエル〟が、動いた。
 拳で〝ゲイツ改〟のコクピット部を思い切り殴り、その衝撃でハイネはシートに体を思い切り打ち付けた。鈍い痛みが走り、どこかの骨が折れたかもしれないと思い立っていた。
 わずかに、〝ゲイツ改〟の軌道が反れる。
 
 「それがどうした!!」
 
 ハイネは激昂した。
 〝デュエル〟がそのままビームサーベルを抜き去る。〝ゲイツ改〟も同じくして右手にビームサーベルを構えた。
 また、わずかに軌道が反れる。
 巨大な入道雲の中に二機のモビルスーツがずぶりと入る。視界がぶれる。
 ここで、やりあうつもりか!?
 〝デュエル〟が組み合ったままそのままビームサーベルを突き立てると、ハイネも応戦するより他ならず、同じくビームサーベルを盾にする。互いのビームの粒子が粟立ち、至近距離でビームの粒子が爆散し互いの装甲に細かな傷を抉り与えていく。互いのビーム発生基部が小さな爆発を起こし、両機はそれを捨てる。
 わずかに、軌道が反れる。
 雲で視界を覆われ右も左もわからなくなったハイネであったが、尚も自分のすべきことに集中した。
 例え肺が押しつぶされそうになっても、内蔵が潰れようとも、ここで、こいつを……!
 決して離さない! 地獄のそこまで付き合ってもらう! このまま、遠くへ……。
 ふいに、〝デュエル〟は興味を失ったかのように〝ゲイツ改〟から視界を外した。
 ハイネは、そこでやっと気づいた。
 今、自分がどこにいるのかを。
 どこに誘導されていたのかを。
 ぞっと身を震わせる。耐え難いほどの恐怖の念が、思わずハイネを支配する。それが、彼の命運を分けた。
 無意識のうちに、逃げなくてはと感じてしまったハイネの〝ゲイツ改〟は、〝デュエル〟からわずかに離れようとし、〝デュエル〟が繰り出したコクピットを狙った手刀がわずかにそれ〝ゲイツ改〟の首を抉った。メインカメラの映像がばちんと消失する。
 かろうじて映し出されたサブカメラの映像で、〝デュエル〟が〝ゲイツ改〟を蹴り飛ばし、遥か上空へと跳躍したのが確認できた。
 ふつふつと、怒りが湧き上がる。この俺が……ザフトが総力を上げて結集し、作り上げたこの〝ゲイツ改〟が、お前にとってはただの〝グゥル〟代わりでしか無いというのか? この、俺が、コーディネイターが、〝ゲイツ〟が、貴様のような、ただの、ナチュラルなどに……!
 ナチュラルが、ナチュラル風情が!! この俺を!!
 既に痛みすらも、目的すらも忘れたハイネは、怒りに身を任せたまま己の身のことすらも考えず、思い切りフットペダルを踏み込んだ。
 
 
 
 「落ち着けアスラン! 時間はまだある!」
 
 自分にも言い聞かせるようにして、ディアッカはそう檄を飛ばした。わずかに指先が震えている。勝利を目前とした、ある種の高揚感と緊張に、ディアッカは支配されていたのだ。だからこそ、冷静にならなくてはならない。支援担当の俺が興奮してどうすんだっての。
 
 〈ラクスに近づけない!〉
 
 アスランが切迫した様子でいう。
 
 「当たり前だろ! だったら、あのでかいのについたとこを狙えば良い! 白兵戦にでも持ち込んじまえば、こっちの――」
 
 言いながら、わずかに後方の〝ディン〟が慌しく散会していくのを視界に捉える。
 なんだ、と思うと同時に最悪の結果が脳裏を過ぎった。ディアッカは今まで嫌というほど、敵の起こす奇跡まがいの行動に煮え湯を飲まされてきた。常軌を逸脱した戦闘方法であったり、無線誘導ミサイルであったり……。
その経験が、ディアッカにこの先起こるかもしれない最も恐れている結果を予測させた。頭の中でそんな馬鹿なことが、と何度も繰り返す。ありえるわけがない、どうやって……。
だが、ディアッカはその思考を捨て、己が今まで経験してきたものを信じ、そのまま〝グゥル〟から飛びのいた。それが結果として、彼の命を救った。
 瞬間、雲の中からユニコーンのマーキングが施された〝デュエル〟が現れ〝バスター〟の両足を切裂いた。
 
 「嘘ぉ!?」
 
 と同時に、もしもあのまま〝グゥル〟に登場していたら胴体部から真っ二つにされていただろうと思いぞっとした。
 
 
 
 〝デュエル〟はそのまま〝グゥル〟を足場に跳躍すると、突然の事態に対応しきれずにいる〝ディン〟部隊目掛けビームライフルをマシンガンのように打ち出した。
 吸い込まれるようにしてそれは着弾し、六つの火球があがる。
 黒い〝ディン〟がすぐさま斬りかかると、それすらも踏み台にして更に跳躍。
 
 〈大尉!〉
 
 フレイが華やいだ嬌声をあげる。
 
 〈すっげ……〉
 
 トールが唖然ともらし、カナードもまた目を丸くして信じられないものを見るかのように押し黙る。
 
 〈ムウ、すまない!〉
 〈はっ?〉
 
 アムロの言葉にムウが素っ頓狂な声をあげると、そのまま〝デュエル〟は無理やりムウの〝スカイグラスパー〟の背に着地し、更に飛んだ。
 
 〈はああああああ!?〉
 
 突然勝手に足場にされて制御を失い螺旋を描きながら墜落していく〝スカイグラスパー〟を尻目に、〝デュエル〟は一機の〝ゲイツ〟を蹴落としまた別の〝グゥル〟を奪い取った。
 キラはムウに同情しながらも、アムロの言葉を待った。
 
 〈彼女は!?〉
 「今輸送機に到着したとこです、後は――」
 〈時間を稼げば良い、輸送機の守りに集中するんだ!〉
 
 その声のなんと頼もしいことか。
 
 
 
 きりもみしながら落下していく自機の懸命に操作し、機体を正常に保てたのは海面数十メートルのところであった。
 あ、の、や、ろ、う!!
 マジで死ぬとこだったじゃねえか! あいつそれをいきなり乗って蹴り飛ばすとはどういうつもりだ! ムウは一気にスロットルを全開にさせ高度を上げた。通信圏内に〝デュエル〟が再び入る。
 
 「てんめぇ殺す気か!」
 〈行くぞ!〉
 「はぁ!?」
 
 行くって何処へ!? などと思うまもなく、再び人型の影が〝スカイグラスパー〟を覆いつくしぎょっとした。
 あ、あの野郎! ムウは大慌てで計器をいじり機体のスラスターを全開にさせる。同時に〝デュエル〟が着地し、六十トンにも及ぶ重量がのしかかりぐわんと〝スカイグラスパー〟が揺らぐが、辛うじて持ちこたえた。
 
 「だからさあ! そういうことは前もって――」
 〈来るぞ!〉
 「はあぁ!?」
 
 来るって何が!? などと思うまもなく〝ディン〟の群がり襲い来る! 応戦……の前に、ムウはまたぞっと嫌な予感がし、更に機体のスラスターを限界ぎりぎりまで吹かせる。同時に〝デュエル〟が飛びのき、あの野郎また何も言わずに、と怒鳴りあげたくなった。
 
 
 
 〈フレイ、あれ俺無理だからな……〉
 
 応戦しながらトールがおもむろに言うと、フレイは
 
 「あ、駄目ェ?」
 
 と返す。
 
 〈たぶん死ぬ〉
 
 トールが真っ青な顔をして言うとフレイはちぇっとそっぽを向いた。
 〝デュエル〟と〝スカイグラスパー〟は見事な連携で確実に敵の数を減らしていく。
 本当に、凄い。大丈夫、きっと上手くいく。みんなで力を合わせれば……。
 ふいに、鋭い悪寒がフレイの心を貫き、それが深い憎悪だと知りすぐに機体を跳躍させた。やや遅れて警報が鳴り響き、ほぼ同時にビームの粒子が機体を掠めた。
 ――敵!
 雲を掻き分け、一機のモビルスーツが姿を現し、フレイは思わず息を呑んだ。
 
 〈新型……!?〉
 
 キラが驚愕し、カナードがまず仕掛けた。
 橙色の、首をもがれたその新型は爆発的な加速力で一気に距離を詰め、カナードの射撃をものともせずにフレイたちの眼前へと迫った。
 やっば……!
 鋭く正確な射撃がフレイたちを襲う。慌てて回避運動を取らせるが、避けきれずに一条の粒子が〝ダガー〟の左肩を抉る。
 
 「手負いのはずなのに……!」
 〈落ち着け! チームワークで落とす!〉
 
 カナードが激を飛ばし、フレイは「うん!」と返事した。
 
 〈任せろ!〉
 〈みんな、行くよ!〉
 
 トール、キラが続き、四機のマシンが同時に仕掛ける。
 敵新型の上空から、まずカナードが滑空する形でビームサーベルを抜き去った。わずかに反応する新型の死角、真下からトールが砲塔式大型キャノン砲で援護射撃を加えていく。真正面からはキラの〝ストライク〟が五七ミリ高エネルギービームライフルを撃ち放ち、背後からフレイがビームサーベルで突きかかった。
 
 〈な、め、る、なぁーっ!〉
 
 敵新型から、吐き出すような怒声が漏れ聞こえ、同時に血を吐いたような音。
 〝スカイグラスパー〟の攻撃を、新型は左腕を盾にして耐え切った。同時に誘爆し切り離される腕を隠れ蓑にし、そのまま〝ストライクE〟を左肩から抉り切る。
 
 〈――こいつ!〉
 
 カナードが驚愕した声を上げ、止めを刺さんとする新型の前にキラの〝ストライク〟が躍り出た。ビームサーベルで切りかかった〝ストライク〟の攻撃を容易くいなし、新型が手に持つビームサーベルの柄からもビームの刃が伸び、両刃のなぎなたのようにしてキラの〝ストライク〟の左足から左肩までを切りあげた。
そのままの勢いで、背後に迫る〝ダガー〟へとビームの刃を振り上げる!
 ぞわり、と悪寒が駆け抜ける。
 
 『先に、でかいほうを落としちまえば良いんだろうが!』
 
 〝ダガー〟を通じて、相手の思考すらも読み聞こえる。
 こいつ、状況がわかっていないのか……?
 わずかな懸念のち、敵のイメージが再び咳き込み血を吐いたのを知覚し、フレイは理解した。
 もう、冷静な判断ができるような状況ではないのだ、と。
 フレイは迫り来る殺気に反応し機体をかがませた。彼女の反応速度からわずかに遅れて、〝ダガー〟が動き、フレイのビームサーベルが反れ新型の右肩を貫いた。同時に敵の刃が〝ダガー〟の左肩から〝フライトパック〟エンジン部までを焼き切り、フレイは慌てて敵を蹴り飛ばす。
 このままでは、落ちる……!
 必死に機体を制御しても、この高さから海面にたたきつけられたら――。
 ぞっと身を震わせる間も無く、キラの〝ストライク〟が甲斐甲斐しく〝ダガー〟の下方に潜り込み、〝ストライク〟におぶさる形となった。
 そのまま新型は再びスラスターを吹かせ輸送機へと迫る。
 
 「キラ、追って!」
 〈でもこのままじゃ……!〉
 「いいから! あんたラクスがあいつ等に盗られても良いっての!?」
 
 
 
 言いえて妙だ、とキラは感じた。もともとはこちら側に原因があったんじゃ……と口を挟みたくなったが、彼女の次の言葉でその考えは覆された。
 
 〈おかしいのよ大体。だって、あの子〝プラント〟に友達、一人もいないのよ……?〉
 
 友達が、一人も……?
 
 〈そんなとこにいたら絶対良くない! あの子、『こんなに楽しいのは生まれて初めてだ』って、『こんなに笑ったのは初めてだ』って、そういうところで生きなきゃならなかったから、そういう連中だから、
地球を平気で汚染して、こんな戦争だって起こせるんだから! 人の命を大切にしない連中のとこになんて、あの子を行かせちゃ駄目!〉
 
 キラは、ラクス・クラインのことを良く知っているわけではなかった。艦内で話はするし、たまたま会えば、今日はどうだったとか、何があったとかそんな話題で盛り上がることだってある。それでも、どことなく他人行儀だったのは、キラの立ち居地がラクスにとって、友達の友達でしか無いからだろうと勝手に思っていた。
 ああ、でも……。キラは、思った。
 あの子は、友達との接し方を、知らないだけだったのかもしれない……。
 それは悲しい事だ。十六の少女が、友達を知らない? そんなふざけたことが、現実にあるだなんて。
 
 〈いいわよ、わたし一人でも行くから!〉
 
 痺れを切らしたフレイが苛立ち声を荒げる。キラは、覚悟を決めた。
 
 「フレイ、どうすれば良い!?」
 〈えっ……?〉
 「君の言うとおりにする!」
 〈あっ……う、うん!〉
 
 ぼくの命は、ぼく以外の人の為に使わなければならない。それは、キラが己に貸した呪いであり、父と母が生み出した者たちへの謝罪の意でもあった。
 今、その命を使われようとしているのなら、ここで使おう。
 
 
 
 「あの新型を落とさないと! あいつ、ラクスがもうあそこにいるって気づいてない!」
 〈通信は!〉
 「入れてるけど、応答してくれない!」
 
 では、どうする。フレイは自問した。四機で攻めても勝てない相手だ。手負いの〝ダガー〟と〝ストライク〟では到底太刀打ちできまい。どうする……。
 
 〈うおおお!〉
 
 はっと見やると、満身創痍の〝ストライクE〟がビームサーベルを構え特攻を仕掛けた。新型の構えたビームライフルを、〝ストライクE〟に追従する〝スカイグラスパー〟が撃ち貫く。
 援護を……! と思うよりも早く、新型はそのまま〝ストライクE〟に体当たりを仕掛け、その爆発的な推力で無理やり押しのけた。すれ違いざまに、〝ストライクE〟は対装甲コンバットナイフ〝アーマーシュナイダー〟で新型の腰部レールキャノンを切裂いた。
同時に転進した〝スカイグラスパー〟が背部スラスターを撃ち抜く。新型は小さな爆発を起こし、機動に大きな乱れが出ながらも、同時に〝ストライクE〟の〝フライトストライカー〟翼部エンジンを素手で抉り千切っていた。
制御を失い墜落していく〝ストライクE〟の真下に〝スカイグラスパー〟が慌てて支援に入り、そのまま〝ストライクE〟を背負う形で〝スカイグラスパー〟もわずかに高度を下げていく。
 
 〈カナード、トール!〉
 
 あの子たち、生きてるわよね……?
 同じくして推力を失い高度を下げつつある新型が、最後の抵抗とばかりに両肩の巨大な砲塔を輸送機に向けた。
 ぞわりと背筋が凍る。
 この距離からでも届く……!?
 まずい、そんな威力、防ぎようが無い!
 すると、がくんと機体が揺れる。
 
 「キラ!?」
 
 〝ダガー〟を背負ったまま〝ストライク〟が新型の射線軸上に躍り出た。
 
 「あ、あんた何やって……!」
 〈ぼくが盾になる!〉
 「はぁ!?」
 〈その間にフレイは敵を!〉
 
 
 
 〈ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃあんたが……!〉
 
 フレイが驚愕して声をあげるが、キラは本望であった。友達を守って死ねるのだ。こんなに嬉しいことは無い。それは、自殺願望に近いものであったが、キラは気づかない。真実を知ってしまって以来、彼が己の死を心の奥底で強く望むようになってしまったことに……。
 キラは、自分というの存在がこの世で最も許せない、悪。だから、言うのだ。
 
 「フレイ、ぼくの命を使ってくれ……!」
 
 と。
 それは、現実からの逃避であり、生きるという戦いから抜け出そうとする弱い心が生み出した結果であったのかもしれない。
 ぼくに、人を好きになる資格なんて無い。誰かに愛される資格なんて無い。そう、奥底に秘めて……。
 
 
 
 だが、フレイの感じたことは彼のそれとは真逆のことであった。
 え、な、なに? わたし今なんて言われたの? こ、こいつ……ええと、この子に、そ、その……『君のためなら死ねる』って、え? そ、そういうこと……? この土壇場で? えええ!? そ、そうなんじゃないかとかは、なんとなく、思ってたし、
ええと、でもだからって……そ、そりゃ顔はまあ悪くないし? ていうか良いほうだと思うし? なんか色々わがままとかも許してくれそうだし……ああ、そんなことじゃなくて、この子は凄くがんばりやだし、優しいし、でも、でも……自分、嫌いで……誰かのために命を投げ出せる、強い心を持っていて、自分を捨てて戦える人で。
で、でもだからって、今ここで言うことじゃないじゃない!
 新型のビームキャノンが力強く律動する。
 
 〈フレイ!〉
 
 キラが叫ぶ。
 あ、あれ? こいつ返事待たないの? わたしの返事聞かなくて良いの……? ええと、好きな人がいるんですごめんなさいとか、あなたのお兄さんのほうが少し、とか、ええと、で、でもわたしで良ければとか……ああ、そうじゃなくて。あ、あれ? ひょっとしてわたし勘違いしてる? 今のってひょっとして告白じゃないの? え、ええ? ただ単純に、こいつわたしに命あげるって言っただけ? でも、命あげるってそんな軽々しく言うことじゃないし、だけど、ああ! こいつ自分のこと嫌いなんだっけ!? ああ、もうわたし訳わかんない、変なこと言うからあ!
 
 「わ、わたし!」
 
 どうしよう、何も思い浮かばない! このままじゃ二人とも……ああ、違うんだった、こいつはわたしだけは死なせないようにして、盾にして、でもそれじゃあラクスは? ラクスは……そうか、この子が盾になって、わたしがあいつを倒せばラクスもきっと大丈夫、だけど……でも、それじゃあこの子が死んじゃうじゃない!
 ――死。
 もう、嫌だ。誰かが人が死ぬところなんて、見たくない。でも、でも、でも、でも、どうしよう、何もできないよ……。
 誰か、大尉、助けて……。誰か……。
 不思議と、涙が出てきた。誰かがフレイの頬をそっと撫でる。その指先は、褐色の美しい色をしていた。
 わ、わたし……ええと、ええ、と……
 
 「わ、わたし、あんたのこと、け、結構好きかも!」
 〈えぇっ!?〉
 
 キラが訳のわからないといった情けない声をあげると。同時にポケットに忍ばせたお守りが力強い輝きを放つ。
 瞬間、ぱっとモニターにOSの名が映し出され、やがてそれが消えるとまったく新しい別の文字が羅列された。
 ――System all clear
    Applied Weapon
    Zeon of principality
    Arch lord of
    Beauty memory
    Interference wave of minovsky
 綴られた単語の羅列の中にフレイが理解できるものではない。ふいに画面がまた切り替わり、〝ダガー〟そのものが律動を始める。
 
 「な、何!?」
 
 〝ダガー〟の装甲の隙間から淡い光が溢れ出し、翼のようにして二機のモビルスーツを包み込んだ。
 
 
 
 強大なビームの粒子が新型から放たれ、同時にいくつかの爆発を起こし墜落していくその新型には目もくれず、キラはシールドを構えた。
 
 「フレイ、逃げて!」
 〈どいて!〉
 
 二人が同時に叫び、おびただしい量の光が〝ストライク〟の前面に集中した。
 
 〈命があるから、光が輝く……〉
 「フレイ……? うわっ!」
 
 ビームの濁流と光が激つとし、まばゆい閃光を放った。
 ビームを、弾いている!? その事実は信じられないことであったが、同時にあることが脳裏に過ぎった。
 ――命の、器。
 あの時アムロが言った言葉の意味を、少しずつ理解していく。同時に、あることも思いついていた。
 フレイの命は、どうなるのだろう。使われた命の輝きに引かれて、フレイ自身の……。それはたまらなく恐ろしい。
 その時、上空から放たれた一条のビームが〝ダガー〟の躯体を貫いた。
 
 
 
 墜落していく顔なしのモビルスーツ。やや遅れてこちらに気づいた〝ストライク〟の反応は、既に遅すぎた。
 
 〈ア、ス、ラ、ン……!!〉
 
 かつての友の憎悪に満ちた声など、既に耳にはいらず、全ては一瞬だった。そのままビームサーベルを〝ストライク〟の胸部に突き立て、蹴り落とす。
 
 「やった……!」
 
 指先が震える。本当に、殺ってしまった。墜落していく〝ストライク〟の胸部がわずかに淡く輝いていることにも気づかず、わずかな後悔と、かつての友の顔が浮かび、消えた。
 
 「先輩は……」
 
 ハイネの安否が気になった。たった一機で〝デュエル〟の相手をし、そのまま補給も受けずに〝ストライク〟と渡り合った〝ゲイツ改〟は……。
 
 〈アスラン、行くぞ!〉
 
 イザークが叱責すると、アスランはすぐ我に返った。
 今は、成すべきことを……!
 
 「ディアッカたちは!?」
 〈『足つき』を足止めしてくれている!〉
 
 輸送機と距離が狭まる。ラスティ、シホ、ミゲル、ミハイル、アイザックの〝ゲイツ〟が合流し、立ち並んだ。
 
 〈アスラン、いけるか!?〉
 
 とラスティ。
 
 〈先輩、あれ!〉
 
 シホが言うが早いか、残存する〝ディン〟を全て撃墜し終えた〝デュエル〟が〝スカイグラスパー〟の背から飛び立ち迫る。
 
 〈行け、アスラン!〉
 
 まず最初にミゲルが躍り出た。
 
 〈責務を果たしたまえよ、隊長!〉
 
 ミハイルがそれに続き、アスランを激励する。
 
 〈し、仕掛けます!〉
 
 覚悟を決めたアイザックが同じく続く。
 最後に、モニターに映るイザークがにっと口元をゆがめた。
 
 〈後は俺たちに任せろ、アスラン〉
 「――みんな……」
 
 いっせいに〝デュエル〟に立ち向かう五人の仲間たちに、アスランは心のそこから感謝した。
 ――ありがとう。
 〝デュエル〟のビームサーベルと黄昏色の〝ゲイツ〟のMA‐MV○三・二連装ビームクローが交差する。すぐにラスティの〝ゲイツ〟がMA‐M二一Gビームライフルで援護射撃を加え、蹴り飛ばされたミゲルの〝ゲイツ〟と入れ替わる形でミハイルが切り結ぶ。シホの〝ゲイツ〟が懸命に追いすがる。
 〝デュエル〟の頭部から放たれたバルカンがアイザックの〝グゥル〟に被弾し、煙を上げて墜落していく間際、アイザックが苦し紛れに放ったビーム砲内蔵型ロケットアンカーエクステンショナル・アレスターEEQ七Rがついに〝デュエル〟の片足を捉え、そのまま雲の中へと引きずり込んだ。
 アスランが確認できたのは、そこまでだった。そのまま輸送機に針路を取り、ハッチから無理やり――
 
 
 
 激しい揺れと衝撃に、ラクスはたまらず転び、つい今起こった爆発によって巻き起こされた煙幕に目を閉じる。ハロの元気な声だけが、まだ命があることを教えてくれた。
 とにかくここを離れなくてはならない。艦体がぐらりと傾く。ラクスはまたバランスを崩し、そのまま傾き続ける床をすべり落ちた。
 護衛についていた男が一人、そのまま爆炎の中へと投げ出され視線で追うと、すぐ眼下に白い雲と青い海が広がっていた。
 ぞっと身を震わせ、この輸送機が落ち始めていることをようやく理解した。
 辛うじて柱のようなものにしがみつき、息を整える。腕が自分の重みで軋み、鈍い痛みが走る。
 それでも、とラクスは思った。
 利用されるだけ利用されて、今ここで死ねるのなら、それで良いのかもしれない、と。
 最後の最後で、楽しい夢を見させてもらった、きっとそれだけのことだったのだろう。夢の終わりは唐突に訪れ、最愛の友と別れの言葉すらも碌に言えなかった。
 それでもかまわない。この胸には、あの日の思い出が満ち溢れているから。夢を見たまま、死ねるのだから。
 ふいに、ハロが言った。
 
 〈ハロ・アスラン・ハロ〉
 
 え、とラクスは振り返る。アスラン?
 まさか、と思った。
 それに込められた意味は、自分でもわからなかった。助けに来てくれたことへのまさか、なのか、フレイではないということへのまさか、なのだろうか……。
 誘爆していく艦内に、ひときわ目立つ赤色がちらと映り込む。
 不思議と、懐かしいとは思わなかった。
 なぜだかわからない。
 少し、寂しかった。
 
 
 
 ミリアリアの前で、二つのモニターが消えた。
 
 「え……?」
 
 彼女はぽかんとしてつぶやいた。それは、〝ストライク〟と〝ダガー〟の通信回線だった。『SIGNAL LOST』に置き換わったモニターに、ミリアリアは震える手を伸ばす。
 
 「キラ……? フレイ……?」
 
 ――そんなはず……ない……。
 彼女はまるで二人の息を感じ取ろうとするかのように、無意識にモニターを撫でた。ゆっくりと、ひどくやさしい手つきで。
 ――そんなはずが、ない……。
 だが、彼女の背面では、マリューとナタルが、轟音を上げて墜落していく巨大な輸送機を見つめて息をのんでいた。
 赤く燃え滾る炎の中、ミリアリアは確かに聞いた。獣のような低いうなり声で、何かが産声を上げたのを。
 
 
 
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