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CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_26

Last-modified: 2012-10-20 (土) 00:45:05

 ラクス・クラインは、完全な孤独であった。父は拘留され、家宅捜査という名目の元私物は全て荒され、〝アークエンジェル〟で撮ったあの写真も、証拠として押収されてしまった。その上、新造戦艦とやらに乗って、地球へ行けと……? 本当に、捨てられてしまったかもしれない、という実感がふつふつと沸きあがり、恐怖という感情に一人慄く。
マルキオの姿はあれから一度も見ていない。〝プラント〟にいたはずの彼が、どうしてオーブにいるとされているのか、ひょっとして彼はもう……? だが、逃げおおせたらしいという噂もあるが、それならば何故声明を出さないのだろう。わたくしは、彼からも捨てられたの……? 見限られた……? 用無しだと、役立たずだと……。
 思わずラクスは頭を抱え、形の良い唇で嗚咽を漏らした。どうして誰も助けてくれないの、わたくしは、こんなにずっと頑張ってきたのに、なんで誰も、誰も、誰も!
 守ると言ったアスランは、地球へ行ってしまった、わたくしを置いて……。嘘つきだ、みんな! 
 こんなにわたくしは世界を愛しているのに、愛していたのに、何故世界はわたくしを愛そうとしてくれないの!
 その理不尽な思いは、明確な憎悪となって、彼女の心を蝕んでいく。
 限りなく善に近い存在であった少女は、人の心を得、それが独善だと気づき、即ち、悪であると確信してしまった時、全てを疑い、自棄になり、闇へと染まろうとしている事にすら気づかず、彼女はどこまでもコーディネイターの少女であるから、己の心で感じたままを、そのまま受け止めようとしていた。
 ラクス・クラインは、もう、いらないの……? わたくしの、居場所は無いの……? フレイ、助けてよ、ねぇ……。あれだけ愛してあげたんだから、大切にしてあげたんだから、今度はあなたが助けてよ……!
 こんなに苦しいのに、こんなに悲しいのに、こんなに辛いのに、誰も抱きしめてくれない、優しい言葉をかけてくれない、大丈夫だと言ってくれない。誰も、救ってくれないのに、そんな連中の為に、何をしろと?
 圧倒的な嫌悪が襲い、ラクスは自分の髪をぐしゃりと握る。それが、今までの人生の答えだと……? 世界の答えだと?
 地球へ行って、またあれをやれと? 笑顔を振りまき、自分を救おうとしない連中に向かって、頑張れと、大丈夫だと声をかけてやれと? そんな連中の為に歌を、歌えと言うのか。
 激しい嘔吐感に思わず口元を抑える。
 全ての者に平等に、それは即ち、憎悪など抱くはずもなく、平和の祈りという名の虚無であったことを思い知ったラクスは、その身に宿った愛と、同時に憎しみを得て、ただの人へと成り下がった。彼女の言葉は、彼女のものではなかったのだ。
いわば、SEED主義という名の宗教戦争の正しさを主張する偶像、即ちアイドルであり、それはラクス・クラインである必要など無い、誰でも良かったのだろう。その象徴たる存在が、概念がそこにあれば、それで良かったのだ。最初から、彼女は、誰にも、必要と、されて、いなかった。
 それでも、歌わなければならないと思うのは、彼女は決して虚無ではなく、優しく、真面目で、責任感のある少女であったことを決定付けるものだという事に、彼女は気づかない。気づける道理が無い。
 空っぽの器に、己と言う名の心の闇が宿ったのだと悟った時、後ろにいるもう一人の自分はいなくなっていた。
 
 
 
 
PHASE-26 暁の宇宙へ
 
 
 
 
 〈ほおぉぉぉ……オーブはよく持ちこたえていますなー〉
 
 モニターに映るユーラシア連邦の現大統領が、まるで野球観戦でもしているかのような軽さで口を開く。
 
 〈いやはや、後が大変そうです。復旧にはどれだけの金がかかる、やら?〉
 
 そう言った男も、そして他のモニターに映る者は皆、軍事、金融、科学、穀物生産といった産業の大物経営者たちであり、そのうちの一人が、思い出したようにこう告げた。
 
 〈そういえばアズラエル殿のご子息がいらっしゃるのでしたね〉
 
 取り繕った同情の眼差しを向けられえた老人の名は、ブルーノ・アズラエル。かのムルタ・アズラエルの実の父であり、現在は息子が代表を務める組織――〝ロゴス〟の一員である。
 一人の男が言う。
 
 〈まったく、代表の物好きにも困ったものじゃのう〉
 
 男たちは苦笑を漏らし、代表の心配など微塵もしていないことを露にする。それもそのはずだ。〝ロゴス〟――『神の言葉』を意味するその名の通り、彼らはの言葉は『神の言葉』であり、彼らの行いは『神の行い』。全ては彼らの思いのままに。かつての第三次世界大戦も、その前も、そして、この戦争も――。
 起こるべくして起こったのではない。彼らが起こした戦争。それは何故? 答えはごく単純である。ここにいる軍事産業のトップにとって、金融企業のトップにとって、それに類する産業の代表を務める者達にとって、戦争とは最高のビジネスなのだ。
人が傷つけば、その為に医療器具が必要となるだろう。もちろんタダでは無い、そこで金が動く。その医療器具を運ぶためには、車か、飛行機か、あるいは船か、その乗組員、燃料、彼らの食料、それらはどこから来る? 多くがここにいる者の息のかかった会社であったり、親戚のであり……。
人を撃つ為の道具、それを作るもの、それの材料、そして材料を運ぶもの、作るもの、壊れた建物は? 道路は、その為の機材は、人は……全てが円滑に回る。戦争により、世界が潤うのだ。人の命を糧として。
 別の男が血のように赤いワインを口に含みうっとりと味に酔いしれ、言う。
 
 〈ロード・ジブリールは月だとか? 全く、彼の貴族主義にはついていけませんよ。――ああ、アルスター家の令嬢をそうだと言っていましたから、ロリータ・コンプレックスも?〉
 
 再び嘲笑を漏らす一同。そんな中、ただ一人ブルーノだけは決して緊張の糸を屑さず、静かな面持ちを彼らに向け言い放った。
 
 「なに、心配はいりますまい。彼らもまた〝ロゴス〟の一人。その行動は我らに更なる富を与えてくれる」
 
 いつだってそうだ。〝ロゴス〟に失敗はない。〝ロゴス〟に損失はない。仮に、メンバーの誰かが死んだとしても、〝ロゴス〟を管轄するメインコンピュータによりその情報は即座に抹消され、資産は一時的に他のメンバーに預けられ、やがて〝ロゴス〟の指示通りに同志達に、あるいはその遺族らに振り分けられる。そして何事もなかったかのように〝ロゴス〟は世界の闇に潜んでいくのだ。
 
 〈……この男をご存じですかな?〉
 
 ユーラシアの大統領が、おもむろに切り出した。皆は彼を見やる。ぱっとモニターに一人の老人の顔が映し出され、ブルーノの顔に緊張が走る。
 
 〈我が軍の、ビラードという男です。やつが秘密りに部隊を創設しているという情報を小耳に挟みまして……〉
 
 皆がふむと考え、ブルーノは鼻で笑う。
 
 「〝ソロモン事件〟の首謀者ビラードか……。だが、想定の範囲内では?」
 
 それもそうだ、と一同は納得したが、ユーラシア大統領はなおも食い下がる。
 
 〈月で、何か大掛かりな工事をしているという情報も耳にしましたが……〉
 
 今度こそ、皆は苦笑した。大統領が怪訝な顔になると、ブルーノは呆れた顔を作り説明した。
 
 「いえ、既にそこまで知っておられるというのは、やはり流石と言わせていただきますが、それが兼ねてより伝えてあった、〝レクイエム〟というものです」
 〈おお、では……?〉
 
 わずかに目を瞬かせたユーラシア大統領に、ブルーノは説明した。
 
 〈もうじき、ビラード率いる一部の……貴方が掴んだ情報にあるその部隊らがクーデターを起こし、大西洋連邦と袂を別ちます。これで連合とザフトの崩れたミリタリーバランスが、また元に戻るでしょう。戦争は続きます、これからも、ずっと〉
 
 そこで、ユーラシア大統領の役目は終わる。勿論それは、用済みという意味ではなく、〝ロゴス〟の新メンバーとして、明確にこちら側の人間になる、ということである。
彼はその後、世論やくだらない人権主義者、宗教団体、そういった諸々の呪縛から解放され、こちら側で用意した一企業のトップとなり、充実した余生を過ごすのだ。
 勿論、ムルタ・アズラエルとロード・ジブリールが作り出した物の重要性を、〝ロゴス〟のメンバーは理解していないわけではない。恐らくは、独自に生み出したものではないのだ、とも。
しかし、あのムルタ・アズラエルがコーディネイターに尻尾を振るとも考えられず、数名のスパイを潜り込ませはしたものの、結局それがとてつもない高性能なモビルスーツである、という事しかわからなかったのは彼らの機嫌を損ねることだ。
つまり、ムルタ・アズラエルは、〝ロゴス〟すらも欺き、全てを独り占めしようとしているのではないか、と彼らは疑うのだ。だから、〝ロゴス〟の代表でありブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルを始末しようとも考えている。彼に付き従うロード・ジブリールも同罪である。その為の、〝レクイエム〟でもあるのだから、そこに親の同情などありはしないと見せかける必要が、ブルーノにはあった。
 
 かくして、いつもの会議はこうして終わった。息を吸うように嘘をつく、という言葉があるが、彼らはそうではない。彼らもまた人間である、家族もいれば子もいるし、母も友人もいる。近所の知り合いが病気や事故で死ねば、恐らく本心から涙を流したりもするだろう。
快楽殺人者など、メンバーの中には居はしない。人を殺すことに何も感じないのではない、ただ単純に、遠くのどこかに住む人の命を軽視しているだけに過ぎないのだ。完全な他人事か、もしくは別の世界の出来事であると捉えている。
食事中に、ワインを飲む時に、地球の裏側で貧困に苦しむ子供達を思い嘆く者がいないように、彼らは目の前でその情景を垣間見ても、その目には映らないのだ。彼らの瞳には、道端に転がる石ころと、生え茂る雑草と、戦いによって散る命は、全てが平等であり、それらのものよりも、明日の予定が大事なのだ。
他者の命よりも、自分の命が可愛く、それをより潤すためには資金が必要であり、その為に彼らは行動している。
 メンバーの中でも若いアダム・ヴァミリアという男は、母が病気だと言っていた。嘘をつく理由は無い、事実だろう。彼は母の為に世界でも有数な名医を宛がい、最高の環境で治療を受けさせている。
 最年長であるダンカン・L・モッケルバーグは、己の死期が近いことを悟っている。二人いる息子達は既に自立しているそうだが、彼らの為に少しでも多くの財産を残そうと尽力している。他のメンバーも皆同じだ。白髪交じりの髭を蓄えたアルヴィン・リッターは愛妻家で親孝行者である。禿げ上がった頭で肩幅の広いラリー・マクウィリアムズは、自国の医療発展に力を入れている。
 グラハム・ネイレスも、セレスティン・グロートも、概ね彼らは善人として生活しているし、残虐非道な悪人というわけではない。
 だからこそ、力に呑まれるのだ。
 そして、自らの言葉を『神の言葉』だと過信した愚か者達は気づかない。彼らもまた、決して選ばれた民などではなく、いくらでも換えの聞く都合のいい偶像であることに。
 〝ロゴス〟とは、即ち――
 ふと、ブルーノはこちらへ来る二つの気配に気づき、表情を改めた。遠慮気味に、ノックが二回。ブルーノは「どうぞ」となるべく優しい声音で言った。かちゃりと大きな扉を開け、すらりと伸びた手足に美しい顔立ち、輝く金髪をした妙齢の女性と、それに良く似た十才ほどの少女が彼女の影からちらりと覗き見る。
 
 「お爺ちゃん」
 
 少女が駆け寄ると、彼女の母がぺこりと頭を下げた。
 
 「お仕事中でしたか、お義父さま」
 
 二人には〝ロゴス〟のことなど教えていない。知られるわけには決していかない。
 
 「いや、丁度今終わったところだ」
 
 既に一線を退き、一日の半分以上を趣味に没頭する裕福な老人を演じながら、最愛の孫娘の頭をそっと撫でる。
 その時が来る日まで、彼はただのブルーノ・アズラエルでなければいけないのだから……。
 
 
 
 撤退を告げる信号弾が打ち上げられるのを目にし、ナタルはかはっと息を吐ききりながら汗ばんだ体をキャプテンシートに預ける。サザーランド大佐から知らされている連合の増援が到着するには、まだ数時間かかるはずだ。となると彼らは――
 カズイが〝ストライク〟と通信を繋げ、ナタルは背筋を伸ばし答えた。
 
 「こちらは第八艦隊所属、〝ドミニオン〟。貴官らの所属と姓名を問う」
 
 短い沈黙ののち、ぱっとモニターに若い青年が映る。
 
 〈こちら、第八一独立機動群所属、スウェン・カル・バヤン少尉です。特命により貴艦らの援護に参りました〉
 
 見たことも聞いたことも無い部隊の名称にナタルは眉をしかめたが、カズイがアズラエルからの通信を告げたので、そちらに注意を向けた。
 
 〈いやー、危機一髪ってところでしたネ〉
 「御無事で何よりです、理事」
 
 一艦長としての建前で答えると、アズラエルは快活に笑った。
 
 〈アッハッハッハ、心にもないことをドーモ〉
 「……第八一独立機動群とは?」
 
 彼のくだらない皮肉を無視し、ナタルは本題を切り出した。
 
 〈あーソレね。大丈夫ですよ、ウチのですから〉
 
 ナタルはぴくりと目を細める。この男は、こうも連合の部隊を私物化していたというのか……。内心薄らざむいものを感じながらも、今回それに助けられたことは事実として認めることにした。
 
 
 
 〝ドミニオン〟の格納庫に降り立ったフレイは、既に運び込まれ急ピッチで補修作業が進められている〝ストライクルージュ〟を見、痛々しい気持ちになる。
 
 「何もできなかったなんて……」
 
 それだけじゃない、ラウ・ル・クルーゼはわたしの機体と自分の機体を〝ガンダム〟って呼んだんだ……。おとぎ話を信じる夢見る好青年などとは到底思えず、フレイはただただ悔しさに唇を噛んだ。それに、アムロはララァって人とシャアって人を殺したとも言っていた……。
 傷ついてるかもしれない、と心のどこかで思いながらアムロを探したが、フレイは倒れこむような形で運び込まれた赤銅のモビルスーツが目に付き、そこへ向かった。通信ごしに声をかけても返事が無いそれは、酷く汚れているようで、いったい何があったのだろうという疑問が浮かび上がる。
すぐそばでコクピットハッチを開けようとしたマードックが、うっと身を引いた。
 
 「どうしたんです?」
 
 フレイが聞くと、マードックは信じられない物を見るかのように告げた。
 
 「こりゃ……血じゃねえか……」
 「えっ……?」
 
 彼の言った意味が理解できず固まっていると、〝フリーダム〟から何とか這い出したキラやカナードたちが集まってきた。
 
 「くそ、なんだったんだあの白いやつは」
 「手も足もでなかったね……」
 「うへー、俺生きてて良かった」
 
 各々が感想を述べている中、フレイは赤銅の機体に、一部だが眩い金色の装甲部分を見つけ、はっとした。
 
 「こ、これ、血で染まってるってこと……?」
 
 思わず後ずさり、キラの顔に後頭部をぶつけたが、今はそれどころではなかった。
 
 「パイロットは!?」
 「今開ける!」
 
 マードックの指示もと、数人の整備員が集まり、赤銅のモビルスーツのコクピットハッチが開かれた。すると、彼はもう一度息をのんだ。
 
 「……ガキじゃねえか!」
 
 その驚愕に満ちた声色に一抹の不安を感じ、フレイは倒れたままの赤銅の機体に飛び乗り、コクピットを覗き込む。彼女はひゅっと小さく悲鳴をあげた。
 そこには、薄汚れ、傷つき、捨てられた子犬のような眼をした、いつか出会った赤い瞳の少年と、恐怖に震え怯えた眼差しを向ける彼の妹が寄り添うようにしてうずくまっていた。この目を、フレイは知っていた。それは、かつて自分が――
 ――この子たちも、失ったんだ。大切な人を、家族を、目の前で……。同じ事を、繰り返してしまった。強くなったと思っていたのに、みんなで一緒に戦えば、どんなものだって乗り越えれると、そう思いはじめていたのに、また、同じ過ちを……。
 フレイは一度小さく息を吸い、吐き出し、彼らの心情を知り溢れ出そうになった涙をこらえてそっと手を伸ばすと、少年はびくりと身を竦めた。そのまま二人を抱きしめ、フレイは思わずうめいた。
 
 「ごめん……ごめんね、何もできなくて……」
 
 少年と妹のこわばった体が、ぴくりと動く。
 
 「怖かったね……辛かったよね……」
 
 少年の妹が、恐る恐る、それでいてゆっくりとフレイの背中に小さな手をまわす。
 
 「――大丈夫、わたしが守るから」
 
 彼女が言い終えると、幼い妹――マユ・アスカは大声で泣きじゃくり、フレイの胸に顔をうずめる。シン・アスカも声を必死に殺しながら、フレイに抱きついて嗚咽を漏らした。そのままフレイは、明確な怒りをラウ・ル・クルーゼに向け、
 ――あの野郎……!
 と心の中で低くうめいた。
 
 
 
 キラは二人の少年少女を抱くフレイの背中から目が離せなかった。いつのまにか、人はああやって変わっていく。カナードも、アスランも。じゃあぼくは……? ぼくは変われたのだろうか? 結局何もできなかった、それどころか戦争の原因を、彼らがここにいる原因を作ってしまったぼくは……。
 〝デュエル〟から降り立ったアムロが、ヘルメットを脱ぎつつこちらへ歩み寄る。フレイがそれに気づき、シンとマユを抱きながら顔をあげた。
 
 「大尉、この子たち――」
 「わかっている。二人には〝ドミニオン〟にいてもらうしかない」
 
 思わず、キラは身を引いた。アムロは時々怖い声色になる。今もそうだ。あの『仮面の男』が言っていた事と関係しているのだろうとは予測ができる。本当は、そんなの関係ないとか、あなたは悪くないとか、声をかけたかった。だが、それは薄っぺらい言葉だとキラ自身が自覚しているから、それは叶わない。
 フレイが不安げにアムロの瞳を覗き込む。
 
 「良いんですか……?」
 「状況が状況だ。彼らを送り届けている時間は無い。それに――」
 
 そこまで言って、アムロは口を噤んだ。後は、キラでもわかる。彼らの住むオノゴロは、戦場になったのだから――帰るところなど残っては……。まるで〝ヘリオポリス”を脱出したころの自分だ。キラは赤い瞳の少年に同情の眼差しを向けながら、援軍として駆けつけてくれたらしい五人のパイロットたちが乗艦してきたのに気づいた。
 銀髪の青年が敬礼しようとすると、アムロが少年と少女を連れていくフレイを端目で捉えながら軽く手で制する。
 
 「君達のことはムルタ・アズラエルから聞いている。そう硬くならないでくれ」
 
 すると、銀髪の青年が意外そうな顔で目を瞬かせ、「ハッ!」と見事な敬礼で返した。
 そのすぐ隣で、部隊で唯一の女性――年齢は十八くらいだろうか――が興味深げにアムロに詰め寄り、品定めするような視線を送る。
 
 「何か?」
 
 アムロが短く問うと、彼女は言った。
 
 「ねえ、アムロ・レイでしょ?」
 
 彼が怪訝そうに身を引くと、彼女はその反応で確信し、にっと白い歯を出して見せる。
 
 「やたっ! 当ったり~。私も〝デュエル〟乗りなのよっ」
 
 すると、浅黒い肌に眼鏡をかけた青年がやれやれと首を振る。
 
 「ミューディー、同じ機体ってだけで仲間意識かよ?」
 「シャムスうっさいわよ、伊達眼鏡の癖して」
 「い、良いだろう別に、ファッションだよファッション。お前だって化粧濃いだろうが」
 「私こそファッションだっての!」
 
 シャムスと呼ばれた青年と憤慨して食いかかるミューディーとの間に挟まれ迷惑そうな顔をした銀髪の青年らを無視して、無精髭を生やしだらしなく黒髪を伸ばした男がくわっとあくびしながらきょろきょろとあたりを見回す。
 
 「めんどくせえ……お前らうるせーぞ」
 
 すると、逆立った橙色の髪をした頭の固そうな青年がきりっと一歩前へ出、告げた。
 
 「エミリオ・ブロデリック少尉であります。――アムロ・レイ大尉は、ナチュラルであるとお聞きしましたが?」
 
 問われたアムロはまたか、と言わんばかりの顔で、「ン、そうだ」と短く答える。
 するとその青年はくわっと目を見開き、ばっと見事な敬礼で答えた。
 
 「大尉殿! 部下の愚行をお許しくださいッ!」
 「誰が部下だっ!」
 
 銀髪の青年を除く三人が一斉に声を荒げたが、エミリオは無視し早口でまくし立てる。。
 
 「貴方の様な方に出会えて光栄です! こちらの白いのがスウェン・カル・バヤン少尉、黒いのがシャムス・コーザ少尉、化粧臭いのがミューディー・ホルクロフト少尉、だらしの無いのがダナ・スナップ少尉であります!」
 
 直立不動で敬礼し続ける彼とは対照的に、全身で怒りをあらわにしたミューディーはかっとなってスウェンの体をゆすった。
 
 「ちょっとスウェン! あんたも何とか言いなさいよ! 白いとか黒いとか言われてんのよ!?」
 「臭いも――ぶっ!?」
 
 口を挟んだシャムスが彼女の裏拳をくらい、倒れこんだ。そんな様子に全く動ぜず、スウェンは無表情でこうつぶやいた。
 
 「……良い例えだ」
 
 と。
 
 
 
 誰もが疲れ果て、不安に神経を尖らせていたオーブ軍司令部で、その動きがとらえられた。たちまち息を吹き返すように、関連施設の動きが活発化する。
 ヤラファス本島の行政府では、侵攻再開の報を受け取った首長たちが愕然とし、ざわめいた。
 
 「会談要請に答えもないまま……!」
 「ウズミさま……」
 
 指示を求めて見つめられた指導者は、静かにその面を上げた。
 そして、キラたちのいた格納庫では、みなが発進準備に駆け回っていた。
 
 〈モビルスーツ群、オノゴロを目標に進行中!〉
 
 オペレーターの声がスピーカーから流れ、M1〝アストレイ〟が次々と出撃していく。ドックに入り、被弾個所を処理していた〝ドミニオン〟もふたたび発進し、敵艦隊を目指す。島のあちこちで迎撃施設が稼働をしはじめ、ミサイルの着弾が地鳴りとなって伝わってきた。
 キラはかろうじて修復作業が完了した〝フリーダム〟に乗り込み、素早く機体を起動させていく。ありがたいことに、六機の〝ストライクダガー〟部隊は未だ健在で、〝ドミニオン〟を任せきることができる。ここにきて、サザーランドという人は本当に選りすぐりの人員を割いてくれたんだなと思い、感謝の気持ちでいっぱいになった。
 おそらく、次でオーブの命運が決まる。互いに真正面でぶつかり合う決戦――。
 
 〈オレたちはチームワークで行くことを忘れるな。〝フリーダム〟がかく乱し、〝デュエルダガー〟が守り、オレが落とす〉
 
 カナードが短く告げ、キラはうん、と頷いた。一人一人が精いっぱいできることをやっていけば、きっと……。
 キラは、覚悟を決め、フリーダムをカタパルトへと進める。
 
 〈針路クリア、〝フリーダム〟発進どうぞ! キラ、気をつけてね……〉
 
 ミリアリアが心配そうに視線を落とす。
 
 「大丈夫だよ、ミリィ。――キラ・ヤマト、〝フリーダム〟行きます!」
 
 押し寄せてくる〝ディン〟隊を前に、キラはすばやく照準を定めた。次の瞬間数機の〝ディン〟がコクピットを、頭部を、脚部を撃たれ戦闘不能になる。懸命に挑みかかる〝ゲイツ〟を〝デュエルダガー〟が薙ぎ払い、散り散りになった〝ディン〟を〝ハイペリオン〟のビームマシンガンが確実に撃ち落とす。
すぐ眼下で応戦していた〝ストライクダガー〟をビームが貫き、誘爆を起こして吹き飛ぶ。
 ――と、昨日の白い機体が目に入った。
 未だ情報を得る事のできないその機体は、フレイがその耳で聞いた〝ザク〟という名称がこちらでもコードネームとして使われることとなった。アズラエルは、〝ザク〟と〝ルージュ〟は互いに呼び合うのだと言っていたが、もしそれが本当なのだとしたら尚更ここを通すわけにはいかない。しかし――
 〝ザク〟の影から、赤いモビルスーツが飛び出し、〝フリーダム〟に斬りかかってきた。即座にコンピュータが機体を識別する。
 
 「〝ジャスティス〟……! フレイが言ってた機体かっ!」
 〈キラ・ヤマト!〉
 
 スピーカーから入ってきた声に、キラは耳を疑い、頭をめぐらす。
 
 「――アスラン!?」
 〈お前だ、お前がいなければっ!〉
 
 キラは慌てて距離を取ろうと後退させるが、〝ジャスティス〟はビームライフルを撃ちながら、圧倒的な加速力で差し迫る。
 
 「止めてくれアスラン! これじゃあただの虐殺じゃないか!」
 〈黙れェ!〉
 
 〝ジャスティス〟のビームライフルがパラエーナ・プラズマ収束ビーム砲を吹き飛ばし、キラは爆発の閃光に目をくらませた。
 
 〈それでも、俺には守らなければいけないものがある!〉
 「おかしいよ、アスラン!」
 
 キラはビームライフルで狙いを定めたが、爆発的な加速力で〝フリーダム〟の背後を易々と取り、慌てて振り向くも、ビームサーベルでライフルを切り裂かれる。
 
 〈お前にわかるものか、俺の気持ちなど! お前の所為で、どれだけの人々が平穏を奪われたと思う、明日を奪われたと思う!〉
 
 ぞっと身を竦ませる。かつての親友が放つ怨み節は、キラの心を束縛するのに十分すぎるほどの憎悪を帯びている。キラは慌ててシールドを構えたが、〝ジャスティス〟の全体重をかけた体当たりに押し負け、シールドを弾き飛ばされた。
 
 「兄弟機なら互角なのに!」
 〈こっちが兄貴だと言った!〉
 「後継機の方が改良されてる!」
 〈だ、か、ら、どうしたァ!〉
 
 クスィフィアス・レール砲を切り裂かれ、キラは顔をゆがめた。
 
 〈〝ジャスティス〟は決闘用のモビルスーツ! 一対多を想定とした〝フリーダム〟などに、負けるはずが――何っ!?〉
 
 〝ハイペリオン〟がビームマシンガンを放ちつつ、〝フリーダム〟の前に躍り出た。
 
 〈下がれキラ! こいつはオレが相手をする!〉
 「で、でも」
 〈なら援護!〉
 
 カナードが力強い声をかける。
 
 「うん!」
 
 キラは目を瞬きながらうなずいて、両者は散開し、〝ジャスティス〟に襲いかかった。ぼくの、罪、争いの、火種……。それでも、今立ち止まってしまえば、本当に守りたいものを守れなくなってしまう。だから……!
 地上では、増援部隊のスウェンたちが〝ゲイツ〟相手に見事な立ち回りを見せている。トールも〝ストライクダガー〟隊に合流し、着実に敵の数を減らしている。
 だが、現実はひしひしと彼らを追い詰めている。
 部隊を突破した〝ザク〟や〝ディン〟は、次々と軍施設を、M1〝アストレイ〟を破壊していく。市街地では、カガリ直属の『親衛隊』というらしい八機のM1〝アストレイ〟隊が頻繁に襲いかかるモビルスーツを相手にしながら懸命に市民の避難活動を援護している。
 海上でも、〝デュエル〟が単機で艦と艦をジャンプで渡りながら、ザフト艦を沈めていく。慌てて追いすがる〝ディン〟を、撃ち出されるビームの嵐が一瞬で屠る。が、一機の活躍で食い止められるものではない。オーブ艦隊は圧倒的な火力を前に、一隻、また一隻と沈められていき、もはや自走可能の艦はほとんど残っていない。それでもみな、引くことなく戦い続けていた。
 
 「――戦闘は西アララギ市街に移動。了解……」
 「第三戦区指揮所は壊滅しました! 以後、貴下部隊はB指令所の命令に……」
 「はい……はい……了解。第十二防空大隊、壊滅しました……」
 「残存M1部隊は東イソガミ市庁舎に終結、部隊を再編……」
 
 オーブ軍司令所ではオペレーターたちが口々に、しだいに敗色を濃くしていく状況を細かに伝える。オーブ全域を映すモニターも同様だ。血が出るほど唇を噛みしめてそれを見つめていたカガリに、慌ただしくやってきたユウナが駆け寄る。
 
 「カガリ、もう彼らも限界だよ、これ以上は……」
 
 ロンド指示のもとに結成された親衛隊。彼らは開戦とほぼ同時に、カガリの命により市民の救助活動を最優先として行動していた。兼ねての親友五人に、アサギ、ジュリ、マユラを加え、ユウナと自分を含めても総勢十人でしかない小さな部隊。
それでも、カガリは彼らには、撃つことよりも命を救う為の戦いをしてほしかった。そんな彼らも、不眠不休で活動を行っていたのだが……。
 
 「街にまで来るモビルスーツがどんどん増えてきてる。カガリ、このままじゃ見殺しだよぉ……」
 
 ユウナが小声で、それでもはっきりとカガリの耳元でささやく。そのとき――
 
 「て、敵モビルスーツ、最終防衛ライン突破! 〝ザク〟です!」
 
 カガリははっと正面のモニターに目を向ける。一直線でこちらに迫り来る白い〝ザク〟。目標は……。
 
 「え、ええ!? ちょっと……!」
 
 ユウナが情けない声をあげたのとほぼ同時に、〝ザク〟の持つライフルがカガリたちのいる指令所に向けて放たれた。
 ――殺られる!
 そう思った瞬間、目前まで迫ったビームの粒子を、真横から別のビームが撃ち、互いに干渉しあい消滅する。
 
 〈カガリ、早く逃げて!〉
 
 〝ストライクルージュ〟が指令所をかばうようにして立ちはだかり、〝ザク〟へと斬りかかった。
 
 
 
 そして同じころ、ヤラファス島、行政府地下本部では――
 
 「ウズミ様」
 
 首長たちの一人が、部屋に戻り、ウズミに声をかけた。部屋には首長たちと、現代表ホムラの姿もある。ウズミは待っていたようにそちらに目を向けた。
 
 「――準備は調いました。作業には二時間ほどあればと」
 
 首長の報告に、ウズミはかすかに首を振る。
 
 「かかりすぎるな。すでに時間の問題なのだ……」
 
 モニターには刻々と破壊の度合いを深めていく市街地と、苦戦する艦隊、モビルスーツ隊の様子が映し出されている。ウズミはおもむろに立ち上がった。
 
 「……よい。私も行こう」
 
 首長たちがその言葉にハッと息をのんだ。自分を凝視するホムラの視線に気づき、ウズミは奇妙に静かな目を向ける。アスハ家の兄弟はしばし、黙して見つめあった。彼らは何も語らず、互いの役割を心得て頷きあい、ややあってウズミが命令を下す。
 
 「残存の部隊はカグヤに集結するよう、命令を。――オノゴロは放棄する!」
 
 
 
 『――〝ファンネル〟!』
 
 二機のモビルスーツから同時にミサイルの雨が放たれ、互いに入り混じり、やがてそれはミサイルの竜巻となって巨大な爆発を生み出した。
 フレイは爆発の光に目をくらませながら、悪意に向けてビームサーベルを振り下ろす。〝ザク〟はビームトマホークで受け、二機はにらみ合う形で激突した。
 
 『ハッ! 命を賭けるか!』
 「守ってみせる!」
 『健気だよ!』
 
 〝ルージュ〟は思い切り蹴り飛ばされるも、辛うじてバランスを取り、ビームを撃ちつつ距離を取る。
 
 『楽しいなぁフレイ!』
 「何が!」
 『死を意識するから、生きていることが実感できる!』
 「殺し会いでしか自分を表現できない人は――!」
 『何か言ったか、小娘!』
 「弱虫だって言ったんだァー!」
 
 ビームトマホークでビームライフルを破壊されたが、フレイはここでようやく勝機をつかんだ。
 
 『何っ!?』
 
 がっしりと〝ザク〟の両腕を抑え込み、そのままじりじりと押し返していく。
 
 「アハッ、わたしの方が力持ちっ!」
 『チィッ!』
 
 動力炉の性能の差であることなどフレイはわからず、ただ単純に自機の性能が相手より優れていることが嬉しかった。腕で負けているのだから、これくらいハンデが無ければ。フレイは逃れようとする〝ザク〟を抑え込み、押し戻していく。
 
 「フフ、ねえラウゥ? もしここに〝ダガー〟の一機でも来たら、あんた死んじゃうのよねェ!」 
 
 ふいに、一機の〝ストライクダガー〟が近づき、ビームサーベルを抜き去る。
 
 『面白い冗談だ!』
 
 二機は同時に〝ドラグーンミサイル〟を起動させ、残弾を全てばらまいた。ミサイルがミサイルを撃ち落とし、そのミサイルを撃ち落とすべくミサイルが追いすがる。まるで嵐のような応酬に、〝ストライクダガー〟はついていけず、ついに一発のミサイルが直撃した。
 
 「そんな――!」
 『〝サイコミュ〟の使い方がなっていないなぁフレイ・アルスター!』
 「何――?」
 『それでは、せっかくの〝サイコフレーム〟も、宝の持ち腐れだ!』
 「専門用語で惑わして!?」
 『それで『赤い彗星』とは、笑わせてくれる!』
 
 ぐっと操縦桿に力を込め、更に〝ザク〟を抑え込む。
 
 「好きでなったんじゃない!」
 『ララァ・スンにもなれない!』
 「わたしはララァじゃない! 誰かの代わりなんてできない!」
 『アムロ・レイに父親を求めている君が言うことでもあるまい!』
 
 ――心を覗かれた! フレイはかっとなって、反射的に叫んだ。
 
 「わたしだって、貴方のママになんてなれないわよ!」
 『――ッ!』
 「あっ――」
 
 わたしは、何を……。フレイは自分が言った言葉の意味がわからず、〝ザク〟を見据える。機体の装甲も、そして彼のつける仮面すらも透かして、幼い頃のラウの姿がフラッシュバックする。そこにいたのは父と、母と――
 
 『き、さ、まァァッ!』
 
 我を忘れて激高したラウが一閃、ビームトマホークが〝ルージュ〟の右肩に抉りこみ、フレイは反射的に二本のビームサーベルを左右の手にそれぞれ握らせ、十字に振り上げた。肩にビームトマホークが抉りこんだまま、コクピット内が損壊し、いくつかの計器が煙を上げる中、フレイは胸にX状に傷をつけられ撤退していく〝ザク〟の姿を確認し、信じられない思いで両の腕を抱きしめる。
 ラウの記憶に、ママがいた……。そこにいた人たちは、みんな幸せそうだった。父も、母も、その友人たちも……ラウも。
 フレイはわけがわからなくあった頭を無理やり現実に引き戻し、朱に染まるオーブの空へと飛び立っていった。
 
 
 
 オーブ全軍に離脱命令が出された。集結地点はオーブ群島の一つ、カグヤ島。それは、この戦いの原因のであるマスドライバー施設を有する、宇宙港の島である。〝ドミニオン〟もその島に後退し、現在はマスドライバー施設からほど近い場所に設営された仮設ドックで、応急的な補修を受けていた。
 マスドライバー管制室に呼び出されたナタルらは、ウズミ・ナラ・アスハの出した提案に、来る時が来たかと口を紡いだのだ。
 
 「――オーブを離脱、ですか」
 
 懸命な判断だとは思う。これ以上戦い続けても、いたずらに戦火を広げていくだけなのは目に見えている。
 ウズミは感謝を込めた目で彼女たちを見たあと、穏やかに微笑み、そして言った。
 
 「オーブが失われるのも、もはや時間の問題だ……」
 
 ナタルはさっと表情を引き締め、かたわらにいたカガリが驚いて声を上げる。
 
 「お、お父さまっ、何を……!?」
 
 首長家の娘はそんなことを、考えたくも無いのだろう。だが、理解せねばなるまい。受け入れねばなるまい。
 オーブは、失われるのだ……。
 南海の楽園。地球圏中を戦火が飛び交うさなかも、人々がごく当たり前に暮らす平和を維持することのできた、ごく限られた場所。この奇跡の宝石は、おそらく今日を限りに失われる。
 
 「……人々は避難した。支援の手もある。……後の責めは我らが負う」
 
 ウズミはさすがに沈痛な表情で言う。国の指導者である以上、自国が滅ぶというのは最悪の結末だ。ナタルには計り知れないほどの苦渋だろう。
 
 「――が、たとえオーブを失っても、失ってはならぬものがあろう」
 
 ウズミは穏やかなその目に、内に燃える憤りを映して言う。
 
 「世界の闇に気をつけよ」
 
 アズラエルの視線がぴくりと動く。ウズミは一度彼の目を見、そして言った。
 
 「――未来を、頼む」
 
 
 
 慌ただしく時間が過ぎていく。
 〝ドミニオン〟周囲では、装甲の破損箇所の修理を急ぎつつ、両舷側部に大気圏離脱用の補助ブースター取り付け作業を進めていた。
 
 〈〝クサナギ〟の予備ブースターを流用したものだが、パワーは充分だ〉
 
 モニターを通じて、首長たちの一人、ウナト・エマ・セイランがカズイに説明をする。カズイはマニュアルを片手に、指示されたとおり計器を操作し、プログラムを入力している。
 
 〈〝ローエングリン〟斉射と同時に全開に。ポジトロニック・インターフィアランスを引き起こし、それでさらに加速する……〉
 
 パイロットシートのサイは、メリオルの補佐で大気圏離脱シークエンスをチェックしている。
 一方、マスドライバーにはオーブ宇宙艦〝クサナギ〟の第四区画がセットされ、射出用の保護カバーを先端に取り付けられていた。かつて〝ヘリオポリス〟との定期便として利用されていた艦は、その核となる第四区画のみ分離し、地上と往復するという効率のよい構造となっている。
 
 「〝ドミニオン〟の方はどうか!?」
 
 せかせかと管制室を歩き回りながら、ウズミが指示を飛ばす。オペレーターたちはとうに脱出し、管制を受け持っているのも首長たちだ。
 
 「現在ブースターの最終チェック中です」
 「急がせい! 時はそうないぞ!」
 
 そんな父の周囲にまとわりつきながら、さっきからカガリが食い下がっている。
 
 「お父さま、脱出するならみなで! 残してなどいけません!」
 
 彼女はキサカや他のクルー、M1〝アストレイ〟部隊らとともに、〝クサナギ〟に乗り込み脱出するように命じられたのだが、ウズミや他の首長たちはここに残ると言う。しかし、カガリもとうにわかっているのだ。ウズミが取ろうとしている道を、他の首長たちがやろうとしていることを。でも、でも! カガリは懇願するように、一人の娘として父にすがりついた。
 
 「お父さま……!」
 
 ――私を、一人にしないでください……。
 
 
 
 「あの〝ジャスティス〟とかいうの、面倒なタイプだな」
 
 カナードがひとしきり考え、言う。
 
 「オレの〝ハイペリオン〟、〝フリーダム〟とも相性が悪すぎる……〝デュエルダガー〟では加速力が足りん」
 
 パイロットの少年三人は、仮設ドックの前で、敵襲来までの短い時間を待っていた。
 キラはカナードの言葉に考え込んだ。アスラン……ぼくが、君を変えてしまったのか……? ぼくの所為で、君が……。そんなキラの思考を、慌しい雑多が現実に引き戻す。今は、今は……やるべきこと、をしなくては……。それは、苦しい選択である。
 決闘用のモビルスーツ〝ジャスティス〟。〝フリーダム〟は拠点防衛用の、迫りくる多数のミサイル群やモビルスーツを相手にすべく開発された機体だ。〝ハイペリオン〟は、言うなれば強襲用のモビルスーツ。一機で敵陣のど真ん中に突っ込み、背部ウィングバインダーに装備された、自身全身を覆うモノフェーズ光波防御シールド 〝アルミューレ・リュミエール〟を使用し敵部隊をかく乱する……。
 決闘用……野心作とも言えるその機体は、今この状況でかつてないほどの壁となって彼らの前に立ちはだかっている。
 
 「俺たち三機でかかってやっと互角。これじゃあ〝ザク〟には手がまわらないよなあ……」
 
 うーんと考え込みながら天を見上げたのはトールだ。〝ザク〟だけではない、キラの駆る〝フリーダム〟は、〝ディン〟や〝ゲイツ〟といったモビルスーツを抑える役割も担っているのだから、〝ジャスティス〟一機に気を取られていては……。
 ふと、キラはあることに気づき、はっと顔をあげた。
 
 「ねえ、カナード。〝ハイペリオン〟って確か――」
 
 カナードとトールがキラに視線を向ける。キラは今思いついたばかりの急造の作戦を告げた。
 
 
 
 沖合に停泊したザフト艦隊に動きがあった。
 
 「レーダーに機影じゃ! モビルスーツじゃな」
 
 首長たちの中で最年長のマイリが声を上げ、管制室に緊張が走った。警報が鳴り響き、キラたちが愛機に向かって走り出す。
 
 「バジルール艦長、発進を!」
 
 ウズミが〝ドミニオン〟を促す。カガリはまだその横にたたずみ、はらはらした表情で父を窺っていた。
 
 「……彼らは!?」
 
 ウズミがちらと視線で増援としてやってきた五機のGを指し示す。
 
 〈御心配なく。ちゃーんと専用の脱出ルートを用意してありますからネ。ま、多少困難ですが〉
 
 モニターに映るナタルに割ってアズラエルが映り、いやらしく口元を歪めた。
 
 「相変わらずはしっこい男よ」
 〈はいはいドーモ。褒め言葉として受け取っておきまス〉
 
 アズラエルの皮肉に、ウズミは「そのつもりだ」と皮肉る。〝フリーダム〟と〝ハイペリオン〟が出撃し、〝デュエルダガー〟と〝デュエル〟は〝クサナギ〟の支援に入る。〝ルージュ〟が〝フライトパック〟を装備し、キラたちに続いた。
 
 〈〝クサナギ〟は!?〉
 「すぐに出す! すまん!」
 
 ナタルの問いにウズミが答え、カガリは別れが目前に迫ってくるのを感じて、どうしたらいいかわからなくなる。すぐそばでは、ユウナが父のウナトに別れの言葉を言い、同時に再会の日を堅く約束した。……これで良い、首長たちにはそれぞれの役割がある。彼には『その道』を任せたのだ。これで……。
 
 「お父さま……」
 「おまえはいつまでぐずぐずしておる!? 早く行かぬか!」
 
 ウズミが一括する。
 〝ドミニオン〟のエンジンに火が入り、黒い巨艦が仮設ドックから出て発射体勢に入る。
 
 〈機首上げ二○、〝ローエングリン〟スタンバイ!〉
 「モビルスーツ接近! 距離十五じゃあ!」
 
 迫るモビルスーツ群の中に、海面すれすれを飛び来る、新型の二機がとらえられる。
 
 〈行くぞ!〉
 
 カナードが言い、〝ハイペリオン〟、〝フリーダム〟、〝ルージュ〟がそれらを迎え撃つために飛び立った。
 海上には〝ドミニオン〟が浮かび、艦首を上げて空を仰ぎ見る姿勢になった。
 
 〈〝ローエングリン〟、てェーッ!〉
 
 ナタルの号令とともに、陽電子破城砲〝ローエングリン〟が火を噴いた。ポジトロニック・インターフィアランスにより〝ドミニオン〟は一気に加速して、軌道速度の時速二万七八○○キロに達し、数分後には大気圏を離脱していた。
 
 
 
 〈来たな……。やるぞ!〉
 
 カナードが合図を出し、二丁のビームマシンガンを構え突撃する。キラは即座にマルチロックシステムを作動させ、迎え撃つ〝ハイペリオン〟ごと壁のような弾幕を撃ち放つ。突然の事態に〝ジャスティス〟は一瞬怯み、砲撃の雨にさらされる中、〝ハイペリオン〟のモノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟が起動した。
 
 〈この機体なら――!〉
 「〝フリーダム〟の攻撃の中でも自由に動ける!」
 
 もはや連携などとは呼べぬものであったが、ある意味ではこれ以上無いほど見事な連携でもあった。〝フリーダム〟の圧倒的な火力の全てをぶつけつつ、その中で〝ハイペリオン〟は自機の特性を生かし、ビームの雨の中を縦横無尽に飛び回る。
 それでも、全ての敵を抑えることなどはできず、一機、また一機と〝フリーダム〟の砲撃を突破していく。だがキラは心配などしていなかった。なぜなら――
 〝クサナギ〟に狙いを定めた三機の〝ディン〟は、連続で放たれたビームに貫かれ、爆散した。そのほかのモビルスーツたちも、〝ストライクE〟や〝バスター〟らの攻撃に押し負け、着実に落とされていく。
 そんな中、白い〝ザク〟は砲撃の雨をいとも簡単に掻い潜りキラに斬りかかった。
 すかさず〝ルージュ〟がサーベルで一閃。それをビームトマホークで受け流した〝ザク〟ともつれあうようにして、海面に波を立たせながら斬り合った。
 
 
 
 一方、マスドライバー管制室では、ウズミが業を煮やして迎えに来たキサカに向かって、カガリの体を押し付けていた。
 
 「……このバカ娘を頼むぞ」
 「は……!」
 
 キサカも万感の思いを込めて、これまで仕えてきた者を見つめる。
 
 「ウズミ様――!」
 
 慌てた様子のウナトが声をかけ、ウズミは答える。
 
 「ウナト、他の首長たちは!?」
 「準備は完了いたしました!」
 「なら、貴公も行け!」
 「はっ!」
 「頼んだぞ、オーブを!」
 
 慌ただしく駆けていくウナトの背中にウズミは声をかけ、カガリに向きなおる。涙を必死にこらえ、唇を真一文字に結ぶカガリの髪を、ウズミの優しい手がいとおしむように撫でた。ずっと幼いころにしてくれたように。衝突した時期もあったが、カガリはこの人を深く愛し、尊敬した。
 ようやく分かり合えたと思ったのに、この胸に溢れる思いを伝えることができたのに、もう別れがやってくるなんて……。
 自分は父に、なにひとつしてあげていない。受け取った愛情を、少しも返していないのに……!
 
 「父とは別れるが、おまえは独りではない……」
 
 ウズミはしばしためらったあと、懐から一枚の写真を取り出す。
 
 「きょうだいも、おる……」
 
 カガリは差し出された写真を受け取り、はっとする。若い女の人が、両腕にひとりずつ、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている写真だ。
 カガリはこの女性を知っていた。あの日、アルスター邸で見つけた彼女の両親の写真。ラクスたちと一緒に見ながら彼ら交友関係などに想像をめぐらしたあの写真で、フレイの母親と親しそうに映っていたあの女性だ――。何気なく裏返すと、書かれた文字が目に飛び込んできた。
 ――『キラとカガリ』
 驚愕し、自分を見つめる娘に、ウズミはだまってうなずく。
 ――きょうだい……。
 カガリの脳裏に、キラのあどけない笑顔と、カナードの鋭い横顔が過る。
 一度に知らされた驚愕の事実に、カガリはどうしていいかわからないでいると、ウズミは微笑みながら、一歩退く。
 
 「そなたの父で、幸せであったよ……」
 
 その言葉に、これまでの十六年のすべてがつまっていた。
 
 
 
 マスドライバー施設に残ったウズミは、〝クサナギ〟に乗り込んでいくカガリの背中をモニター越しに眺め、静かにほほ笑んだ。いつの間にか大きくなっていた彼女の背中は、もはやウズミの知る甘えん坊で喚いてばかりのカガリではないのだ。
 他の首長たちは皆それぞれの役目を果たすべく、退去し、ここに残ったのはウズミ一人だ。
 地上に残った国民は、ホムラたちにゆだねた。自分のような古きものの上に成り立つ新たな風を、彼らならば招き入れてくれる。時代は変わった。宇宙《そら》に散った可能性の種子達は、やがてオーブを取り戻し、再び繁栄を築き上げてくれるだろう。
ならば、今ここで、ウズミは全ての責を背負い、散り行くのみ。世論は、ウズミが連合に組し、Xナンバーを作り出したとそう信じている。例えそれがサハク家の独断であったとしても、それを止めれなかったのは事実なのだから、ウズミは代表を退いたのだ。
中立国としての立場を止め、連合に下ろうとした男は、ここで死ぬ。これからオーブは一時的にとは言え、〝プラント〟の占領下となるのだ、それで良い。
 だが、心残りもあった。それは父として最後に残された小さな願望。
 もしも、もしも時が許してくれるのなら、私は一目、愛娘の花嫁姿を目にしたかった。あのカガリはどんな女性に成長しただろうか。あの子を貰ってくれる男性は、どんな――
 眼前に白亜の巨神が迫り、その単眼《モノアイ》をぎらつかせた。
 振り下ろされる灼熱の斧。
 ウズミが見たのは過去の記憶。輝かしいあの日々、オーブの庭で笑い合った仲間たち。そこには、みんないた。科学の狂気に取り付かれ、その命を散らしたあの男も、それに付き従ってしまった愚か者も、できるというだけで命を弄んでしまった赤毛の彼女も。あの日々は、二度と戻らない。
傍観者であったという罪、止められなかったという罪。その結果が、今目の前にいる断罪の巨人か。 
 最後に見たのは娘の花嫁姿。これは幻だろうか? それとも私は刻を見ているのだろうか?
 ――美しいな。
 それが、ウズミ・ナラ・アスハの最後の思考であった。
 
 
 
 「ウズミ様……!」
 
 〝クサナギ〟の艦橋《ブリッジ》でモニターを食い入るように見ていたキサカが叫ぶ。同じ映像を見ていたユウナは言葉を失う。カガリは茫然と立ち尽くした。
 
 「……お父さま」
 
 崩れ落ち、硝煙が立ち上る施設。そこにあったはずの管制室が、ウズミがいるはずの場所がもろくも崩れ去り、白い悪魔がぎらりと単眼《モノアイ》をこちらに向けた。
 
 
 
 〈――ディビジョンC以外の全要員退去を確認。オールシステムズ・ゴー……〉
 
 管制の声が、地上を離れるときを告げる。
 
 〈ファイナル・ローンチ・シークエンス、スタート……ハウメアの護りがあらんことを……〉
 
 慎ましやかな祈りの言葉に送り出され、レールの上を勢いよく〝クサナギ〟が滑り出す。
 キラはマスドライバーから轟音が伝わってくるのを聞き、〝ストライクE〟に通信を入れた。
 
 「スウェンさん!」
 〈了解した、健闘を祈る!〉
 
 撤退していく五機のGに向け、キラは感謝の言葉を述べる。
 
 「ありがとう、お気を付けて!」
 〈そちらもな――〉
 
 発射施設から弾丸のように〝クサナギ〟が飛び出してくる。〝フリーダム〟、〝ハイペリオン〟、〝ルージュ〟は群がる敵にビームライフルを撃ちかけながら、マスドライバーを目指した。天へ向けて美しい曲線を描くマスドライバーの上を、徐々に加速しながら〝クサナギ〟が滑走していく。
〝ジャスティス〟と〝ザク〟はキラ達の意図に気づき、行かせまいと激しい砲火を向ける。その時、一条の強大なビームの粒子が〝ザク〟の右半身を吹き飛ばした。加速する〝クサナギ〟の船体から、〝デュエル〟が狙撃したのだ。
 
 〈急げ!〉
 
 アムロが言うと、キラたちは跳ねるように飛び立った。速度を上げていく〝クサナギ〟になんとか追いすがり、〝フリーダム〟が手を伸ばし、〝デュエル〟がそれをがしと掴む。船体の張り出した個所になんとか取りつき、〝フリーダム〟と〝デュエル〟はすぐ後ろの〝ハイペリオン〟も引き寄せる。最後に〝ルージュ〟へと手を伸ばしたところで、キラは戦慄した。
 爆発的な加速力で、みるみるうちに距離を詰める〝ジャスティス〟。〝デュエル〟がすかさずビーム射撃を加えていくが、対ビームコーティングを施したシールドを盾に、無理やり差し迫ってくる。懸命にバーニアスラスターを吹かせ、〝クサナギ〟に取りつこうとする〝ルージュ〟に、〝ジャスティス〟のビームサーベルが振りかぶられ――
 
 「フレイ――!」
 
 間に合わない! キラは叫んだ。すると――。
 
 〈カナード、頼んだ!〉
 〈お、おい!〉
 
 〝デュエル〟が短い通信を入れ、〝クサナギ〟の装甲を蹴った。
 
 「大尉!?」
 
 そのまま〝ルージュ〟の真横を過ぎ去り、〝ジャスティス〟にビームサーベルを構え斬りかかる。〝ジャスティス〟と〝デュエル〟はもつれあうようにして滑走路に叩きつけられ、すぐさま互いに距離を取り武器を構える。〝ジャスティス〟を援護するかのように、〝ディン〟の群れが〝デュエル〟を取り囲む。
〝フリーダム〟が〝ルージュ〟の腕をしっかりと掴み、自分の元へ手繰り寄せた。
 〝クサナギ〟はレールから射出され、まっすぐに成層圏へ向かった。
 この日、南海の宝珠はこぼたれた。
 
 
 
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