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CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_35

Last-modified: 2012-12-16 (日) 00:36:51

 闇の帳が訪れる。
 世界は、闇だ。
 決して光りの届くことの無い、漆黒の闇。
 おかしなものだ。
 この宇宙には最初から光など存在していないというのに、何故人はそれを光と勘違いして追い求めるのだ?
 おかしなものだ。
 撫でれば消える脆弱な命のともし火が、人を照らす光になれると?
 それはまやかしだ。巨大な闇の虚空に生み出され孤独に苛まれる脆弱な人類が、死のふちに垣間見た永久の幻想に過ぎない。
 それでも人という種は、それを光だと確信し、闇を生み出し続ける。
 人類の希望?
 人の革新?
 可能性?
 それは幻だ。
 人という愚かな種は、たった一つの、光と見間違えただけの白い闇を生み出すために、私という暗雲を生み出したに過ぎない。
 私にはある、貴様らを裁く権利が。
 私にはある、貴様らを撃ち滅ぼす権利が。
 私にだけは、あるのだ。
 貴様らの夢見る人の革新とやらを、その革新を夢見て生産されたこの私が、奪い去ってやろう。
 命の代価を払わせてやる、貴様たちの可能性を奪うことで。
 さあ殺せ、私を。
 その時こそ、命の清算は為されるのだ。
 殺し、殺され、殺し、殺される――
 死のメロディーを奏でよう。
 奏者は誰だ。貴様か、君か、君か。
 ムウ・ラ・フラガ、お前が詠うか、終わらぬ狂劇の第一章を。
 キラ・ヤマト、君が奏でるかね、延々と続く、その先にある死という終着点へと連なる運命《さだめ》の詩《うた》を。
 フレイ・アルスター、君が踊るかね、愛し奪い合い、殺しあう憎悪の螺旋を。
 さあ、私の次の奏者は、誰だ――!
 
 
 
 闇の狭間を一隻の艦――〝クサナギ〟が行く。
 正面に長く突き出た艦首部中心に位置するカタパルトから、〝シュヴァンストライカー〟装備の〝ウィンダム〟が発進する。
 その赤い機影を視界に入れるようにして、〝フリーダム〟が追従した。
 星々の煌きの合間に、人工的な煌きが重なって見える。〝フリーダム〟の通信モニターに映るステラが、フレイの膝の上で「わぁ」と嬌声をあげると、それがアークエンジェル級を中心として編成された連合の大艦隊なのだと気づく。
この位置から確認できただけでも、四十隻を超える艦数であったが、それが再編された第八艦隊と、月に配備されていた第三艦隊を合流させた、文字通りの大連合艦隊なのだと知るのは少し後の事だ。
ちなみに、アークエンジェル級全艦をアズラエルが私兵にしようと画策していたが、どうやらそれはハルバートンの妨害に合い失敗したそうで、〝ドミニオン〟のみが、第八艦隊に所属しながらも第八一独立機動軍でもある、という捩れた状況になっているそうだ。
 正直なところ、どうでも良かった。
 すると、三機の〝ストライクダガー〟がキラ達を囲み、ややあってから〝ドミニオン〟への針路を促す。キラは自分達を送り届けてくれた〝クサナギ〟とその守備隊に通信を入れ、「ありがとうございました、お元気で!」と元気良く言ってから〝フリーダム〟のマニュピレーターで敬礼をして見せ、すぐに振り返ってスラスターを吹かせ〝ウィンダム〟を追った。
三隻の補給艦コーネリアス級、八隻ほどの宇宙護衛艦ドレイク級、三隻の宇宙母艦アガメムノン級の合間を縫って進むと、艦隊の中心部に辿り着き、懐かしい我が家が見えてきた。
 帰ってきた……。
 キラは胸が熱くなるのを感じ、ぎゅっと口を結んだ。目が眩むほどんの煌びやかな光を、連合の艦隊はキラキラと闇の世界に映し出す。
 モビルスーツデッキに収容され、ミリアリアの指示に従いそのまま点検作業の為にメンテナンスベッドに〝フリーダム〟が固定される。
 〝フリーダム〟の胸部上面のコクピットハッチから這い出て降り立つと、懐かしい面々がキラたちを出迎えた。
 
 「無事だったか坊主ども!」
 
 はちきれんばかりの笑顔でマードックがキラの髪をくしゃくしゃとすると、ステラが後ろからぴょいと飛びついた。
 
 「ただいま~!」
 
 豪快に笑うマードックの後ろから、すぐにトールたちが駆けつける。
 
 「キラ、フレイ!」
 「トール!」
 
 今度こそキラは心の底から安堵した。彼の向ける視線は、友を見るそれであったから。
 トールはがしとキラの手を握り、真面目な顔になる。
 
 「キラ、ごめん。俺、馬鹿だったよ。〝ドミニオン〟から離れてさ、フレイたちを危険な目にあわせちまった……。だから、もう二度とそんなことはしない、俺は――俺達は、お前を守るために戦う」
 「そんなこと無いよトール、ぼくたちだって同じだよ。ぼくはみんなを守りたいから、こうしてここにいるんだ」
 「――ああっ! そうだよ、そうなんだよ、俺たちみんなが少しずつそうやって、誰かの為に戦っていければ、どこへだって行けるさ!」
 その感じ方が、キラには嬉しく、とても頼もしい。
 ちらと周囲を見渡すと、愛機〝ハイペリオン〟からカナードがちらと顔を覗かせこちらに手を振る。シン、スティング、アウルの三人が通路からなだれ込むように飛び出してくる。
 ――ここが、ぼくの居場所……。
 それは暖かく、キラの心を優しく照らしてくれる。
 それがキラの力となる。
 
 
 
 ナタルに報告を終えると、フレイ達はすぐに現在の状況を知ることができた。既に一射、〝プラント〟に向けて月面基地〝ダイダロス〟から〝レクイエム〟が放たれ、コロニーのいくつかが破壊されたらしい。よって、ザフトの部隊(確か〝ミネルバ〟と言ったか)は、連合の艦隊には合流せず、そのまま別個にユーラシア軍を叩く事になったそうだ。
連合の所有するいくつかのコロニーもユーラシアの部隊にたびたび襲撃を受けており、そちらはジャンク屋連合や傭兵、各コロニーの守備隊に任せてしまっているらしいのは、フレイの考えの及ばぬ所で決まった事なのだろうと思い、特に異を唱えたりはしなかった。
 ビラード自らの手で拉致されたメリオルのことも――フレイは、ここに来てようやく知ったのだ。カナードは表面上いつもと変わらぬ様子を貫いていたが、時折僅かだが遠くに思いを馳せるような顔を見せていた。フレイは何と声をかけて良いかわからず、何もできず、ただ視線を落としただけだった。
 〝スターゲイザー〟とやらはフレイ用に作られたモビルスーツ型の無線誘導端末――つまるところ〝ドラグーン〟であり、その最終調整をするためにフレイは格納庫《ハンガー》へと足を進めた。すると――
 
 「これはこれは――」
 
 ザフトの親善大使という名目で〝ドミニオン〟に乗艦しているラウ・ル・クルーゼがちらとこちらを視界に捉える。
 一瞬、地上で戦ったレイの心と思い出がフレイの脳裏を駆け、かっとなってそのまま無重力に身を任せ男の頬を思い切り引っぱたいた。
 
 「――フ、フレイ!?」
 
 甲斐甲斐しくも後をついてきたキラが目を丸くして驚いていると、ラウは表情をぴくりとも変えずに流し見る。
 
 「――ご挨拶だな……」
 
 僅かに苛立ちを孕んだ声。だが、フレイの怒りは別のところにあった。
 
 「レイって子がいるのに、何やってんです!」
 
 わずかにラウの表情が苛立ったように頬を引き攣らせた。
 
 「どうしてもっと側にいてあげないんですか! あなたにしかできないことがあるでしょ!?」
 
 酷い人、あの子一人でかわいそうなのに! ラウは一笑し、嘲るようにして言った。
 
 「……私は私のやるべきことをしているよ。君には関係の無い世界の話だ」
 
 その言い様が癪に障り、フレイは反射的に声を荒げた。
 
 「あるわよ!――あなた、ナチュラルなんでしょ……!?」
 
 言われたラウは、口を噤み沈黙した。仮面の上からでは表情まで読み取ることはできない。
 
 「ナチュラルって――」
 
 しどもどするキラを無視して、それでも後ろ盾がある事にかすかな安堵を覚えつつフレイは目の前の父と似た人を睨みつけた。
 
 「わたしにだってわかります、あなたのこと……! キラがいて、カナードも、カガリもいたんだから! パパとあなたを知って、レイにも会ったから――わたしの考えてることわかるでしょ? あなた、わたしの――」
 
 フレイはぎゅっとラウの手を掴み取る。男はそれを払い、吐き捨てた。
 
 「気安いぞ……!」
 「なんで――!」
 「ナチュラルだからどうだと言うのだ、それで私のやる事が変わるわけでもあるまい!」
 「パパの娘なら、あなたの娘でもあるんでしょ!? あなたの言っていたのはそういうことです!」
 「知らんな! 同じ肉体を持とうが所詮他人だよ! 人の心の深遠に踏み入ることは、決して無い!」
 「わからずや!」
 フレイは吐き捨てぎりと彼を睨みつけた。どうやったらこんな風に育つんだろう!
 仮面の男は一度鼻で笑い、醜く口元を歪める。
 
 「君は人の心に土足で踏み入りすぎる。無作法なのだよそれは。まさか、君の『両親』を殺した私と、手を取り合うつもりか、ね――?」
 
 『両親』――その言葉の意味する所を知り、ぞっと身を震わせると同時にラウの老人のように冷たく皺枯れた指がフレイの手を掴み取った
 心が走る。
 目の前には血に濡れた己の指。視界の先に、母が――。
 ざあっと現実に引き戻され、フレイははっと生ぬるい息を吐ききった。一瞬の記憶の開合で、酷く焦燥している事に気づきもせず、混乱したフレイは思わず後ずさる。理解し会えるかもしれないと言うかすかな希望が、音を立てて崩れ落ちていく。
 
 「さあ? 君はどうする? それでも私を父と同じだなどと言えるかね? 家族全てを奪った、こ、の、わ、た、し、を!」
 
 男の指先に力が込められ、ぎりと締め付けられる右手の痛みに顔を顰めた。
 
 「フレイ……!」
 
 キラが優しくフレイを抱きとめる。そのぬくもりにフレイは僅かに冷静さを取り戻すことができた。
 あの時、母は誰も救えなかったと泣いていた。
 あの時、父はそれは自分の罪だと言っていた。
 今、ラウの皺枯れた指は小さく震えている。
 ――彼は、嘘をついている。
 何が、どう嘘なのかまではわからない。それでも、目の前の男は泣いているような気がしたのだ。心の奥の片隅で、膝をかかえて……。
 自分を、憎んでいる。
 憎んで憎んで、それでも足らずに、その矛先が世界へも向けられてしまった、そんな人。それは悲しく、どことなく背中越しの温もりのヒトと、似ているような気がした。ああ、とフレイは納得した。だからか、私がこの人を憎めなくなってしまったのは。――恋した人と、似ているから……。
 
 「――いいよ」
 
 だから、わたしはそう言った。背中の暖かさがわたしに勇気をくれる。仮面越しに、ラウの瞳がわずかに見開かれるのが見えた。
 
 「……許してあげる、ママのことも、パパのことも、全部」
 
 フレイの手を握る指先の力が僅かに緩むと、そのまま優しくラウの手を優しく握る。
 仮面の男は、言葉を呑んだまま怯えたようにして身を引く。
 フレイはそのままラウの白く滑らかな頬に触れた。
 
 「オーブの事はいけないことだから、一緒に謝ってあげる。そうすれば――」
 「……触るな!」
 
 男が、初めて激昂した。彼がフレイを払いのける瞬間、彼女はさっと仮面を取り去ってやった。苦渋に満ちた彼の顔が、視界に広がる。それは、初めて叱られた子供のようで――。
 哀れで、弱々しく、かわいそう。そう、思った。助けてあげたい、とも。それはフレイのエゴである。
 フレイはそのままキラの胸にどんと背を預ける。
 
 「ま、まだ我侭言うなら、怒るわよ……!」
 
 それでも、フレイは負けないために声を上げた。男は一度顔を歪め、逃げるように立ち去る。フレイはその背中に向けて大きな声で「弱虫!」と吐き捨ててやった。
 
 
 
 腕の中の少女がはんと鼻を鳴らすと、「何さ」とつぶやいた。キラはフレイが震えているのに気づいた。それが、彼女流の強がり。負けないための空元気。そのままぎゅっと抱きしめてしまいたい欲求がわずかに生まれたが、キラにとってその選択は眩しすぎた。
 彼女は今、憎しみの連鎖を断ち切ったのだ。家族を奪われたのにも関わらず、自分の番で、その憎悪を止めた。
 〝ヘリオポリス”に襲撃があってから、もうすぐ一年が経とうとしている。それでも、君の美しさはあれから全く曇らない。それは素晴らしい事だ。残された最後の家族を目の前で失い、戦禍に呑まれ、それでも、それでも君は……。
 希望を、垣間見た気がした。
 彼女の父と母から受け継がれた精神が、大人達によって守られ成長した彼女の心が、今、ラウ・ル・クルーゼという悪意の塊に勝ったのだ。
 その心はあまりにも美しく、キラは自分が震えている事を理解した。
 
 「――ありがとう」
 
 気がつけば、キラはそう言っていた。フレイが振り向きわずかに微笑む。
 
 「何がよ」
 
 君はその小さな手で、全ての傷を背負おうとしている。君の心を、ぼくはまもりたい。この命にかえても……。
 世界の光は、君の心そのものなのだから――。
 
 
 
 
PHASE-35 選ばれた未来
 
 
 
 
 「敵艦隊、動き出しました! イエロー一三六アルファ」
 
 オペレーターが敵の進軍を報じる。月の裏側、ダイダロス基地においても、緊迫した雰囲気が司令室を支配していた。
 
 「〝レクイエム〟再チャージ急げよ。セカンドムーブメントの位置はどうなっている?」
 
 司令官のビラードが悠々と告げる。ザフトによって第五中継点〝グノー〟を発見され、陥とされてしまったため、次射目を撃つには、残った中継点の射角を再調整する必要がある。また巨大なビーム砲の出力をまかなうには、長い充電時間が必要とされた。
 
 「〝ペルグランデ〟は行けるな? 各施設の護衛には〝デストロイ〟をまわせ」
 
 ビラードは楽しんでいるのだ、この状況を。どこまで抗えるか、この『余興』に。
 ザフトの部隊はおそらく位置からして、第一中継点である〝フォーレ〟を叩こうというのだろう。〝メンデル〟基地から奪取した最後の『ピース』は既にこちらにある、だがそのことが敵ザフト艦に反撃する力を与えてしまったのだが、ビラードの計画に狂いは無い。
強襲揚陸艦〝ミネルバ〟を中心にした部隊が、〝フォーレ〟に攻め寄せていた。統制は取れている。おそらく士気も高い。ならば、これはラクス・クラインという傀儡でなく、アスラン・ザラという男に惹かれた者たちであることは明白である。
 一方、連合の艦隊は一直線にビラードのいる〝ダイダロス〟基地を目指していた。司令部を叩こうという短絡的だが効果的なその発想は、ハルバートンによるものだ。
 〝レクイエム〟はその特性上、五つの中継地点を破壊されればその効力を失う。ゆえに各中継地点を抑えつつ、将であるダイダロスを落とすのが最も容易い道のりだろう。ゆえに、こちら側も相応の戦力を持って迎え撃つ――。
 だからこそ、ハルバートンはそれをしなかった。真っ先に将を落とし、この戦争に終結を迎えさせる。平和主義者のヤツが考えそうなことだ。いや、ヤツの事だ、ひょっとしたら『〝レクイエム〟がただの時間稼ぎ』である事もばれているかもしれない。
 だが、『切り札』が何であるのか、やつらは知る術を持たない。だからこその、電撃作戦なのだろう。一か八か、全てを得るか全てを失うかの賭けをできる男を、ビラードは嫌いじゃなかった。
 
 
 
 まず最初に、目も眩む閃光が漆黒の闇を照らし、すぐにそれが核による攻撃だと理解した。
 
 〈――使ってきたか。核ミサイルの撃破に集中しろ!〉
 
 モビルスーツ隊隊長のアムロが短く指示を出すと、〝アークエンジェル〟、〝ドミニオン〟、〝パワー〟、〝ヴァーチャー〟のモビルスーツ隊が一斉に出撃していく。
 アガメムノン級を中心に編成された他の艦隊は、囮となるべくもう一つの拠点、月面基地〝プトレマイオス〟の集中砲火を浴びながら賢明に針路を取る。否、どちらも本命なのだ。アークエンジェル級四隻のみで結成されたこちらの部隊も、四十を超える地球連合艦隊も――どちらかが、〝ダイダロス〟を落とせば良いのだから。
 キラの仕事は弾幕を張ることだ。一基でも多くミサイルを撃ち落す、そして、カナードの行く道をこじ開ける!
 
 〈わかってるなキラ! 〝ハイペリオン〟は強襲用の機体!〉
 「うん、ぼくたちが鍵になるかもしれないってこと!」
 〈そういうことだ!〉
 
 最愛の人を奪われたというのに、兄はなんて強いのだろう。生きていれば負けじゃない、彼はその言葉の通り、彼女を取り戻すつもりでいる。
 ――では、もし死んでしまったら……。
 ぞくりと背筋を凍らせる。最愛の人、死……。それは、一体何を意味するのだろう。
 そんなことは、させない! キラは最悪の結末を必死に否定し、〝フリーダム〟を進める。
 宇宙《そら》を埋め尽くす核ミサイルを少しずつ撃ち貫いていく。一基、また一基と数を減らしていくと、その影から〝ダガー〟部隊が姿を現す。
 
 〈やはり来たか!〉
 
 〝ハイペリオン〟がRFW‐九級九ビームサブマシンガン〝ザスタバ・スティグマト〟をばら撒き、すぐさまキラもそれを支援する。
 
 「は、はやい!」
 
 この動きは、連合の強化人間!
 一糸乱れぬ連携でカナードの張る弾幕を追い去り、〝フリーダム〟へと迫る!
 その時、真横から真一文字に振り抜かれた一五・七八メートル対艦刀〝シュベルトゲベール〟が〝ダガー〟の胴体を引き裂いた。
 
 〈キラ、お前は前だけを見ていれば良い!〉
 
 〝ソードカラミティ〟が〝フリーダム〟をかばうようにして躍り出る。
 
 「トール、お願い!」
 〈任せろ!〉
 
 〝ダガー〟の放つビームをたくみに避けながら、ビームブーメラン〝マイダスメッサー〟を投げ放つと、それは意思を持ったようにしてアンバックを利用したジグザグ機動を繰り返しながら〝ダガー〟へと迫る。〝マイダスメッサー〟に狙いを定めた〝ダガー〟の背をビームの刃が貫いた。カナードの〝ハイペリオン〟である。
すぐに〝ハイペリオン〟はその〝ダガー〟を盾にして、別の〝ダガー〟へと立ち向かう。それを支援するように周回する〝マイダスメッサー〟。最後の一機を貫いたのは、キラの放ったMMI‐M一五クスィフィアス・レール砲であった。
 性能は圧倒的にこちら側が上のはず。にもかかわらず、梃子摺ってしまったのは決してキラ達が弱いからではない。
 敵も必死なんだ――。
 キラは一抹の不安を覚えながらも、〝フリーダム〟のフットペダルを踏み込み加速をかけた。
 
 
 
 「――始まった……。フレイ・アルスター、〝ウィンダム〟行きます!」
 
 閃光と不安の揺らめく戦場に、フレイは飛び出した。やや遅れて〝アカツキ〟、〝ガイア〟、〝カオス〟、〝アビス〟が連なり、最後に〝プロヴィデンス〟が続く。
 
 〈――なんで、こんなやつと……!〉
 
 ぎりとシンが赤い瞳で仮面の男をにらみつける。家族を殺したその男を。
 
 「シン、戦いに集中しなさい」
 〈だったらなんで!〉
 「危なくなったら最初に捨てて逃げれば良いでしょ、どーせザフトの言う親善なんて嘘っぱちなんだから」
 
 ぴしゃりと言うと、シンは〈でも!〉と一度抗議の色を浮かべてから、やがてむすっとして視線を反らす。
 
 「ん、良い子」
 〈ステラも良い子だよ~!〉
 
 〝ガイア〟が元気良く飛び出すと、そのまま〝ウィンダム〟にぴたりと並走した。
 
 「ん、そうね。――ねーアウル、〝アビス〟っていうんだっけ? そっちはどう?」
 
 ザフト製の〝アビス〟に搭乗するアウルに通信を入れるとぱっとモニターに映る彼がうーんと考え込む。
 
 〈わっかんないなー……〉
 
 つい先日まではモビルアーマー乗りだった彼なのだからそれもそうか、とフレイは納得すると、別のモニターに映るスティングがわずかに不満げな表情を浮かべる。
 
 〈〝ゼロ〟で出ちゃいけなかったのかよ?〉
 「そう思うんだけどね。でも、艦橋《ブリッジ》にいる馬鹿な出資者がザフト製のデータが欲しいって思っちゃえば、特に〝ドミニオン〟は断れないみたいだし……」
 〈ああ、そりゃ……〉
 
 〝ドミニオン〟の物資が他所と……〝アークエンジェル〟や〝パワー〟らに比べても潤沢なのは、そういう事情があるのだ。それでも、メンバーの中でも年長のスティングが不満げな顔をしていたので、フレイは申し訳無さそうな顔を作り、
 
 「ごめんね」
 
 と言った。スティングが罰が悪そうに視線を反らす。
 
 〈謝る事じゃ、無いけど……〉
 
 結局、フレイに取っては彼も可愛い後輩なのだ。ひょっとしたら年は上かも知れないが、詳細な年齢は不詳なので事実はわからない。わからないけど、わたしが年上っ。
 フレイはちらと仮面の男を視界に入れる。男はふんとつまらなそうに鼻を鳴らした。
 
 〈アムロ・レイかと思ったのだがな?〉
 
 自分が編入されると思っていたのだろうアムロの隊。しかし、彼はフレイの隊に来た。
 
 「わたしが進言しました。あなたを貰うと」
 
 意識して冷たく言ってやると、ラウは気分を害した様子も無く滑らかに答えた。
 
 〈ほう? 君にそれだけの大役が務まるかね?〉
 「その為にあなたがいます。わたし達を守ってくれる力を持ったマシンに乗っているんでしょう」
 〈世迷いごとを。根拠はあるのかね?〉
 「〝ウィンダム〟がそう言っているもの。それと――」
 
 フレイが意識をやると、〝ウィンダム〟を覆う〝シュヴァンストライカー〟の背部の景色がゆがみ、透明だった〝スターゲイザー〟が姿を現した。
 
 「――この子も」
 
 未だにラウの乗る〝プロヴィデンス〟を、〝ウィンダム〟は〝νガンダム〟と識別する。ガンダムが、人々を守る象徴だとガルナハンで知ったのだから、〝プロヴィデンス〟にもそういう力が備わっていても良いはずだと思うのがフレイである。だから、彼女は言うのだ。
 
 「みんなを守ってね、ラウ――」
 
 ラウは今度こそ気を害したようにふんと視線をそらした。フレイにはそれが母から反発する幼子のように見えていた。
 手篭めにできるかもしれない、と内心でふふと笑う。
 ふいに、遠方にぱっと閃光があがる。あれは核ではない、ビームの煌き……。だが、それは一つや二つではない。数百もの光線が、同時にあがったのだ。
 
 〈――〝ドラグーン〟か〉
 
 ラウのつぶやきをフレイは聞き逃さなかった。
 あっちは、確かキラ達の……!
 
 「パルス隊の援護にあたる!」
 
 
 
 目も眩むような光条が同時に襲い掛かり、キラは戦慄した。間髪いれずに発動したモノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟が〝フリーダム〟と〝ソードカラミティ〟を包み込み辛うじて猛攻を受けきる事ができた。しかし――
 
 〈――こいつ……!〉
 
 嵐のように降り注ぐ光条が、〝アルミューレ・リュミエール〟発生部を正確に射抜いた。ばちばちとスパークをたてシールドが消えていく。
 
 「カナード、下がって!」
 
 すかさずキラは全砲門を同時にうちはなった。狙いなどは良い、ぼくのところに来い!
 
 〈とにかく動け! 狙い撃ちにされる!〉
 
 兄が緊迫して声を荒げた。
 〝フリーダム〟はスラスターを全開にして光条の網目を縫っていく。視界の先に、巨大な星型の何かを見つけると、コンピュータがぱっと情報を表示した。
 TSX‐MA七一七/ZD〝ペルグランデ〟――まるでヒトデのような突起を持つその巨大なモビルアーマーは、ウニのように隕石に漂着していた。
 あれが本体、あれを叩けば!
 キラは一気に狙いを定め、ビームを撃ち放つが、寸前のところで淡い膜のようなものにはじかれる。
 
 〈敵も光波シールドか!〉
 〈なんとかして近づければ……!〉
 
 カナードとトールが同時に言うと、巨大な突起の一つがぱっと分離し、その突起から無数の小さな何かが放出されていく。数十……ゆうに百を超える小型の〝ドラグーン〟が、〝フリーダム〟たちを包囲した。
 
 〈みんな下がって! ここは〝ウィンダム〟が面倒を見る!〉
 
 〝シュヴァンストライカー〟の巨体を感じさせぬ機動で赤い〝ウィンダム〟が彗星のごとく躍り出た。同時に放たれる無数の〝ドラグーンミサイル〟と、それを支援するもう一つの光条。
 〝ドラグーンミサイル〟を狙撃しようとする小型〝ドラグーン〟をたくみに撃ち落す純白の〝ドラグーン〟――〝プロヴィデンス〟である。
 戦場に出る前、〝ドミニオン〟の格納庫《ハンガー》でキラは言った。
 
 『ぼくは貴方の全てを知っているわけではありません。でも、フレイがあなたを信じると決めたのなら、ぼくも貴方を信じます』
 
 その言葉に、偽りは無い。
 
 〈カナード、〝レクイエム〟を!〉
 
 フレイが緊迫した声で言うと、カナードは短く
 
 〈恩にきる!〉
 
 と言い捨て月面基地〝ダイダロス〟へと針路を取る。
 
 〈あなたも、トールも!〉
 「で、でも!」
 〈家族なんでしょ、守ってあげて!〉
 
 フレイがぴしゃりというと、キラは決意を固めた。守る、ぼくが、カナードを。
 
 〈行くぜキラ!〉
 
 〝ソードカラミティ〟がスラスターを吹かせると、キラは後を追った。
 
 「みんな、死なないで!」
 
 キラの心からの願いであった。
 
 三機の〝ダガー〟を屠ったところでアムロはようやく戦場にまとわりつく悪寒のようなものをはっきりと知覚した。そして。この悪寒をアムロは知っているような気がするのだ。
 
 「感じないかムウ、何者かが俺たちを見ている――」
 
 問われたムウはいぶかしげな顔を作る。
 
 〈――いや、圧迫されるようなものは感じるが……〉
 
 言いながらも〝ゼロ〟と良く似たシルエットの後継機、モビルアーマー〝エグザス〟が更に一機の〝ダガー〟を撃墜してみせたのはさすがと言えよう。同時に〝パワー〟から出撃してきたもう一機の〝エグザス〟から通信が入る。
 
 〈聞こえるか二人とも。俺たちは先行しているパルス隊の支援に向かう、どうも焦りすぎているようでな……〉
 「カナードが……? そうか、ビラードという男は得体の知れない何かを見出したのかもしれないが――俺も行こう、ムウはサブナック少尉たちと〝アークエンジェル〟を頼む」
 〈助かる〉
 
 モーガンが短く告げると、彼の〝エグザス〟とアムロの〝デュエル〟は〝ダイダロス〟に向かうパルス隊へと針路を取った。
 俺はこの悪寒をどこで感じた……いつ、これと同じものを……。この悪寒が、自分がここにいる理由な気がしてならないのは、気のせいではないはずだ。そういったことに確信を持てるからこそ、アムロはこれまで生き延びることができてきたし、これからもそのつもりはあった。
だが、その悪寒の出所が〝レクイエム〟のある〝ダイダロス〟基地ではなく、ちょうどその反対側――地球の真正面である〝プトレマイオス〟なのは妙なことだ。
 ぬぐえぬ違和感のなか、アムロとモーガンは着々と敵を落とし、月面の反対側に回りつつあったカナード達のものと思われるビームの輝きを視認した。同時に四十メートルはあろう巨大なマシン、〝リジェネレイト〟を捉える。
 
 「壁になっているのか!」
 
 アムロの率直な感想であり、僅かに進行を遅らせているのを見ると事実であるようだ。〝リジェネレイト〟の邪気のようなものがカナードらを覆っている。それがアムロの感じるところであり、その気配を手繰り寄せた先に敵がいる。
 
 〈狙えるか!?〉
 「当てる!」
 
 手繰り寄せた邪気に沿わせるように、アムロは最大出力のビームを撃ち放った。
 
 
 
 モビルスーツが爆発するたびにあがる煌びやかな閃光が無数の照明となってキラたちのモビルスーツを照らし、やがて待ち構えていた〝リジェネレイト〟と再び刃を交えることとなったのはキラ達にとっては不幸な事である。だが今度の〝リジェネレイト〟は以前とは違っていた。以前のような単機でなく、多数の〝ダガー〟部隊を率いていたのだ。その特異な動きから、彼らは連合の部隊なのではなく、ましてやブーステッドマンでもなく、間違いなくザフトのコーディネイターのそれであった。
 何者かがこの戦闘を裏で操っている……? とはキラの感じたわずかな疑問であったが、それを今模索したところで意味が無い。今は、〝レクイエム〟を止め、兄の最愛の人を救わねばならない。
 それでも〝リジェネレイト〟らの巧みな連携はキラたちの足を止めるのに十分な効果があった。こうしている間にも、いつ〝レクイエム〟が発射されるか……放たれたビームが艦隊をなぎ払うようなことがあったら……!
 四本のビームサーベルを鍵詰めのようにして〝リジェネレイト〟が襲い掛かる!
 
 〈先に行け、キラ! お前はカナードと〝レクイエム〟を!〉
 
 〝ソードカラミティ〟が〝フリーダム〟をかばうようにして踊りでる。
 
 「無茶だトール!」
 〈俺を信じろ!〉
 
 いつに無く厳しい口調でトールが言った。そのまま〝ソードカラミティ〟はがぎりと〝リジェネレイト〟のビームサーベルをいなし、二機のモビルスーツが衝突した。
 
 〈俺はお前達を信じる。必ず〝レクイエム〟を止めてくれるって信じてる! だから、お前も俺を信じろ! キラ・ヤマト!〉
 〈い、つ、ま、で、も、ゴタゴタとぉぉー!〉
 
 〝リジェネレイト〟がビームサーベルを振りかぶると、同時に力強いビームの粒子がその両腕を貫いた。
 
 〈ウォウ!? だが、予備パーツ!〉
 
 即座に虚空からぐらりとゆがんだ景色が〝リジェネレイト〟のパーツとなる。同時に放たれた遥か遠方からのビームが再びそれを貫き、アッシュが情けない声をあげた。
 
 〈どこだー! 変形する主役のロボットを攻撃するような野暮な真似をするやつはぁ!〉
 
 その隙を、キラは見逃さなかった。MA‐M○一ラケルタ・ビームサーベルを構え一気に差し迫る! 〝リジェネレイト〟は慌てて右足側サーベルを盾にしたが、それごと切り裂き、キラは月面へと一気に針路を取る。
 
 「カナード今だ!――トール、信じるよ!」
 
 同時にキラは遠方から共に迫る二つに機影が左右に分かれたのを確認した。その一つが〝ソードカラミティ〟の元へ向かい、もう一つはキラたちの元へと向かい来る。その機影はキラを追いすがる〝ダガー〟隊めがけ嵐のようなビームを加えると、ややあって四つの火球を星屑の戦場に散らした。
 
 〈カナード、キラ、無事か!〉
 
 無線から聞こえる声のなんと頼もしいことか。
 
 「大尉!」
 〈アムロ・レイか!〉
 
 キラとカナードが同時に言うと、そのままユニコーンの塗装を施した〝デュエル〟は〝フリーダム〟、〝ハイペリオン〟と併走するように近づいた。尚も追いすがる五機の〝ダガー〟目掛けキラは〝フリーダム〟の全砲門からの一斉射を加えると、〝ダガー〟は慌てて散開したが、同時に〝デュエル〟が全てを撃ち落し更に五つの炎が上がった。
 ――凄い。
 昔のような漠然とした強さではない、こうして幾多の戦場を経験し戦い抜いてきたからこそわかるものがある。この人は、敵の動きの全てを読み取っているのではと思うほど正確な攻撃を容易く繰り出すんだ。
 
 〈このまま一気に本丸をしとめる!〉
 「大尉、トールが――!」
 〈モーガンを送らせてあるし、トールは強い。彼らならやれる〉
 「はい!」
 
 キラ達はスラスターを全開にさせ、そのまま一気に〝ダイダロス〟基地を目指した。
 遥か遠方では大西洋連邦の艦隊がユーラシア連邦の艦隊と激戦を繰り広げている。
 どちらも、連合の艦……。
 その光景は、正に皮肉であり、これはナチュラルとコーディネイターの種族間の争いではなく、もはや人と人が殺しあう『ただの戦争』なのだと思い知らされた。 
 キラは前を見据える。
 それでも、守りたい女性《ヒト》が、そこにいるから。
 
 
 
 ゆうに百を超える〝ドラグーン〟から繰り出される猛攻に耐え切れず、一機また一機と被弾していく。〝ガイア〟のステラはよく持ちこたえている。彼女の鋭い感覚は、強化されているとはいえ元来備わっていたものに相違ないだろう。
〝アビス〟〝カオス〟も頑張っているが、既に二機ともスラスターなどの駆動系を被弾している。〝アカツキ〟は特異な装甲に助けられてはいるものの、防戦一方だ。しかしそれを良しとしてスティングとアウルの盾になっているのはシンという少年の美徳だろう。
 フレイは豪雨のような敵意と悲鳴に似た波動のようなものに心をかき乱されていた。
 ――助けを求めている……?
 その発信元が今尚も戦い続ける〝ペルグランデ〟というモビルアーマーなのだから、フレイには理解しがたいことだ。
 
 〈止まるな! 動き続けろ!〉
 
 ラウの叱咤が飛び、フレイは小さく舌打ちをして〝ウィンダム〟を加速させた。同時に先ほどまでいた位置を十字にビームが襲い、更にそれは〝ウィンダム〟を追い攻めるようにして網目のビームを張っていく。
 
 「――そうだ、わたしのとこへ来い!」
 〈フレイさん、どうするんです!――うわっ!〉
 
 シンが叫ぶと、〝アカツキ〟は左肩間接を貫かれ小さな爆発をあげる。
 
 「シン!」
 
 フレイが叫ぶと同時に、敵機接近を告げる警報《アラート》が鳴り響き、はっとして視界を向ける。
 遠方から高速で接近する異様な巨体をモニターに捉える。ほぼ半球形を描くボディの四方から、太く短い肢のような突起が突き出していた、ヤシガニを思わせる特異な形状。全長は五○メートルほどだろうか、それは地球連合の新型モビルアーマーであった。
 一つ目のAIがアンノウンと表示し
 二つ目のAI、三つ目のAIが共にYMAF‐X六BD〝ザムザザー〟と表示させる。
 
 「新型――!? みんなは〝ドミニオン〟に戻って! そのまま艦の防衛を!」 
 〈で、でも……!〉
 「〝ドミニオン〟が心配でしょう! 行きなさい!」
 
 フレイが叱るように言ってやると、シンはすぐに、交代していく〝アビス〟、〝カオス〟の盾になるようにして後に続いた。
 
 「――ステラも!」
 
 僅かな逡巡を見せた〝ガイア〟にぴしゃりと言うと、ステラはぎゅっと口を結び、「死なないで……」と言葉を紡いだ。
 既に〝ウィンダム〟のヴェスバーの射程内に入っていた敵モビルアーマー、〝ザムザザー〟に狙いを定め、そのままトリガーを引いた。
 〝ペルグランデ〟の〝ドラグーン〟が慌てて射線から散らばり、そのまま強大な粒子は濁流となって敵モビルアーマーに押し寄せ、飲み込んだ。
 
 「――ッ!?」
 
 しかし、粒子の波が過ぎ去ったそこには、モビルアーマーは何事もなかったかのようにスラスターの尾を煌かせていた。ずんぐりとした深緑色のボディには傷一つ無い。
 ヴェスバーが、通用しない……?
 〝ウィンダム〟の持つ兵装の中で最も強力な威力を持つこの武器で、無傷……? ぞっと背筋を凍らせるフレイに、叱りの声が飛ぶ。
 
 〈止まるなと言った! 回避運動を取り続けろ!〉
 
 はっとしてフレイが姿勢制御をかけるよりも早く、〝ウィンダム〟のAIがオートで反応し四方からの砲撃を避けきっていく。
 〝ザムザザー〟の下部から、亀が産卵するようにして無数の小型のビットが放出されていく。
 〝ペルグランデ〟の大型〝ドラグーン〟から放出された小型タイプが豪雨のようにしてビームを一斉射すると、その射線軸上に〝ザムザザー〟から放たれた小型タイプが陣取り、『〝ペルグランデ〟からのビームを乱反射』させ、フレイとラウを取り囲んだ。
 
 「反射タイプ……! 〝リフレクタービット〟とか、そういうの!?」
 
 同時に三つ目のAIのみが、フレイの知らないいくつかの巨大モビルスーツのデータを表示し、該当データと照らし合わせていく。
 〝ウィンダム〟は、この武器を知っている……?
 それは、紛れもない勝機である。
 呑まれるな、前を見ろ、逃げるな、諦めるな、戦え! フレイは懸命に自分に言い聞かせ、アームレイカーを握る指に力を込める。
 
 〈それで、弾除けのいなくなった我らだけでこれを処理すると?〉
 
 がつりと背中合わせになった〝プロヴィデンス〟のラウが嘲るように言うが、フレイにはそれが空元気のようなものだとわかっていた。
 
 「邪魔だから戻しただけです――! その仮面、予備があったなんて聞いてない!」
 
 戦闘が終わるまで良い子にしてたら返してやろうと思い、あの時奪ったラウの仮面をポケットに忍ばせていたが、それと同じものを顔につけるラウがモニターの中でふんと小さく鼻をならす。
 
 〈だが、これだけの〝ドラグーン〟、君はどう捌く?〉
 「わたしとあんたでやるんでしょうが! 良いわよ、あんたがそう言うならこの仮面、お守りのコレクションに加えてやるから!」
 
 無数の敵意が殺意に変わると、〝ウィンダム〟と〝プロヴィデンス〟は同時に動いた。ぱっとビームの嵐が降り注ぎ、固まる敵意に向けて〝ドラグーンミサイル〟をばら撒いたが、これで〝シュヴァンストライカー〟に搭載されている〝ドラグーン〟は撃ちつくしたことになる。
 
 〈良い趣味とは言えないな!――〝ファンネル〟!〉
 
 〝プロヴィデンス〟から放たれた〝ドラグーン〟が〝ウィンダム〟を守るようにしてビームで網目の盾を作るが、数基の〝リフレクタービット〟がそれを跳ね返し、〝プロヴィデンス〟の〝ドラグーン〟に命中し爆発した。
 攻防一体の、〝ドラグーン〟……。最も恐ろしいのは、どの〝ビット〟から攻撃が来るのかが直前までわからないことだ。
 しかし、それはつまるところ、本体からの攻撃が無ければ、〝リフレクタービット〟そのものは脅威では無い、ということだ。
 が、その欠点を〝ペルグランデ〟の〝ドラグーン〟が解消している。
 ならば、優先すべきは……。
 〝ザムザザー〟は決して距離を詰めず、〝ウィンダム〟と〝プロヴィデンス〟の周囲を旋回しているだけだ。
 それは隙を覗うわけでもなく、何かを模索しているわけでもなく、ただ防御に徹しようとしている、と言うのが直感的な感想。フレイはその直感を信用していた。だからこそ、ここまで生き残る事が出来たのだから。
 
 「はん、遺伝なんじゃないの? 誰かさんのかは知らないけどぉ!」
 
 高エネルギービーム砲を〝ドラグーン〟の群れに放つと、いくつかの小さな爆発があがったが、その群れの勢いは止まらない。
 きりが無い……! その僅かな苛立ちが隙となり、群れの放つ嵐のような砲撃と乱反射がついに〝シュヴァン〟の頭上から左肩にかけてを打ち抜いた。その光条は内部の〝ウィンダム〟の頭部を僅かにかすめ、フレイはひやりと冷たい汗をかく。
 
 〈フレイ、迂闊だぞ!〉
 
 甲斐甲斐しく盾となる〝プロヴィデンス〟を尻目に、フレイは誘爆していく〝シュヴァンストライカー〟を分離させると、一気に加速させ群れを目掛け特攻をしかけさせた。そのまま小型〝ドラグーン〟を切り裂きながら本体の〝ペルグランデ〟へと差し迫る。
巨大なヒトデのようなそれはぱっと光波防御シールドを展開させると、〝シュヴァンストライカー〟本体へと砲撃を加えていく。〝シュヴァンストライカー〟が展開されたシールドに激突すると、わずかに頭部モノアイが融解したが、その影から〝プロヴィデンス〟の放った〝ドラグーン〟がぱっと散開し、シールドの裏側へ回った〝ドラグーン〟が〝ペルグランデ〟の巨大な躯体を撃ち抜いた。
 
 「やった!」
 
 誘爆していく〝ペルグランデ〟上方から〝ザムザザー〟が四つの脚部から巨大なビームの渦が放たれる。回避しきれずに直撃を受けた〝シュヴァンストライカー〟はその渦に飲み込まれそのまま消滅した。
 そのまま〝ザムザザー〟は怒気をはらんだようにしてスラスターを全開にさせ、〝ウィンダム〟へと一直線に差し迫る。
 〝プロヴィデンス〟から〝ドラグーン〟が放たれ、光条が〝ザムザザー〟の巨大な躯体を撃ち貫いていく。
 隙だらけ、であった。その異様な軌道にフレイはわずかに眉をしかめる。
 
 〈援護!〉
 
 ラウの叱責が飛び、フレイは反射的にヴェスバーのトリガーを引いた。
 放たれた粒子の濁流は鋭い光の矢となって、この距離ならば貫通力を高めたヴェスバーの一撃を受けきれないだろうと思考したが、敵モビルアーマーは防御形態すらも取らずに右脚部から胴体部にかけてを抉り焼かれ、それでも減速せずに〝ウィンダム〟へと距離を詰める。
 巨体に似合わぬその爆発的な加速は、〝ストライカー〟を失った〝ウィンダム〟では逃げ切る事は無理だ。
 フレイは腰部のビームサーベルを抜き、眼前に迫る〝ザムザザー〟に意識を集中した。
 〝ザムザザー〟が残された左腕クローを展開させ、更に加速。
 が、明らかに冷静さを欠いた動きであるから、フレイは恐ろしいとは感じていなかった。
 ただ、なんだろう、と疑問に思い、それが隙となって〝ザムザザー〟のクローアームに〝ウィンダム〟はがしりと挟み込まれる。
 ――潰される!
 一瞬の恐怖と同時に、フレイは叫んでいた。
 
 「〝スターゲイザー〟!」
 
 〝ウィンダム〟の背後がぐらりとゆらぎ、白金のモビルスーツが〝ザムザザー〟のクローアームを一撃で殴り潰す。
 危機から脱した〝ウィンダム〟は滑るようにして回り込み、敵機の上からビームの刃をつきたてる。傷口から血が噴出すように火花が飛び散る刹那の瞬間、接触回線が開き、確かに聞いた。
 
 〈――を殺したな!〉
 
 少年か少女か、どちらかの、そしてフレイよりも幼い、涙色に染まった声。
 
 〈人殺し! みんなを返してよぉ!〉
 
 思わずフレイは全身がこわばる。それは、過去の自分が言った言葉か。
 同時に、鈍くまとわりつく意識が、彼女の心に入り込んだ。〝ペルグランデ〟から解き放たれた二人の少女と一人の少年の意志が……。
 ――待ってくれ、この子達は俺が面倒を見る、だから……!
 記憶の中の男が、そう言って少女たちの頭を優しく抱きしめた。少年の瞳は頭を瓦礫に潰された両親の亡骸を呆然と見つめている。少女の瞳は、親に売られ、悪魔の儀式を延々と繰り返されたベッドの横で、遅くなってすまなかったと泣き崩れる男を、少女の瞳は、塵を漁りつづけ飢餓と疫病で死に掛けていた間際に差し伸べられた暖かな男の手を……。
 それが、ぼくのはじまり、わたしのはじまり、あたしのはじまり。お父さんは、パパとママを殺されたぼくを、パパとママに売られた私を、パパとママに捨てられたあたしを救ってくれた。お父さんは強くて優しいから。だから、ぼくは、わたしは、あたしは、お父さんの為に――。
 ぞわり、ぞわりとフレイの足元から不愉快な何かが這い上がってくる。目の前に医者の姿をした誰かが冷たく瞳をぎらつかせる。その手に握る鋭いメスが、フレイの頭蓋骨をえぐった。
 
 『これで〝ペルグランデ〟は性能の全てを引き出せます』
 
 ある科学者が言うと、医者の一人が『わたしから取り出した何か』を透明な容器に移し替えていく。その数は、三つ――。
 
 『ビラード准将……その、あの子達はどうしていますか? これから出撃と聞いたので、声をかけておきたくて……』
 
 禿あがった頭をした、かつて〝アルテミス〟で出会った連合の将官ガルシアが心配げに言った。
 
 『なに、心配するなガルシア君。あの子たちは〝ペルグランデ〟と相性が良くてね、とても穏やかにしているよ。今行っては水を刺すことになるのではないかな』 
 
 ビラードが、不安げな部下を励ますように軽くぽんとガルシアの肩に手をおく。
 
 『で、ですが……』
 
 尚も言いすがるガルシアに、ビラードは腐ったドブ川のような瞳で笑顔を作り、こう言った。
 
 『君も心配性だなぁ。私があの子達を無下にするわけが無いだろう? 安心したまえよ』
 
 その男の傍らには、氷のように、機械のように冷たい瞳をした、見慣れた人―― 
 ――メリオル!
 フレイは一気に現実に引き戻されると、誘爆を始めた〝ザムザザー〟に機体が飲み込まれる瞬間、〝スターゲイザー〟が〝ウィンダム〟を抱き抱え跳躍した。急激なGにぐっ視界が歪み、やがてフレイはげほと息を吐ききった。全身から噴出した嫌な汗がフレイの体をぬめつかせている。それは不愉快な感覚だ。
 
 〈――何をやっている!〉
 
 ラウが僅かに気遣うような様子で言ったが、フレイの頭は先ほど垣間見た一瞬の記憶に思考を奪われた。
 メリオルがいた。あの人――地球で会ったあの人が、ビラードで、その男の側に……! 同時に三つの死の意識にも心をかき乱され、フレイは僅かに混乱していた。あのマシンに、乗っていたのは、かつて人であったものでしかなかった。だから、わたしに助けを……殺してくれと、悲鳴をあげていたのか……。
〝ザムザザー〟の、子……達、は、友達だったのだろうけど、それを知らされていなかった……? わたしは、わたしよりも幼い子を、今……。
 とぎれとぎれの思考が形を成せず、いくつも浮かび、消えていく。どうしよう、どうしよう……。わたし、どうしよう……。
 自然にフットペダルを踏み込み月へ針路を取ろうとすると、〝プロヴィデンス〟がそれをとめた。
 
 〈どこへ行くつもりだ、一度補給へ戻るぞ〉
 ――ほ、きゅ、う? でも。メリオルが、いそがない、と――。
 
 「わ、わたし、行かないと……メリオルさん、いたんです……」
 
 〈――『いた』だと?〉
 
 ラウがいぶかしげな顔になる。
 
 「ああ、違う、あの子達はその時既に……じゃあ、あれは誰がわたしに見せてくれたの……? 今のあの子……? すぐに行かないと、みんなが……」
 
 〈いい加減にしろ!〉
 
 朦朧とするフレイを、ラウがぴしゃりと叱った。フレイは息だけで「え?」と目線をやる。
 
 〈今の状態で向かえば、そのまま死んだものの魂に引かれて君まで同じ結末を迎えることになる。そのマシンが危うい機体だというのは、君も良く知っているはずだ〉
 「――で、も……」
 
 そう言うと、ラウは無言で〝ウィンダム〟を抱き抱え、〝ドミニオン〟へと針路を取った。
 ――カナード、キラ、みんな……あの子を、助けてあげて……。
 
 
 
 「〝ウィンダム〟、〝プロヴィデンス〟帰投しました! 補給作業に入ります」
 
 ミリアリアがパイロット達の様子を正確に告げていくと、アズラエルはしばし考え込んだ。
 先ほど報告にあった〝ペルグランデ〟は、かつてこちら側で試作したものとは大きさも性能もまったく異なるものであった。だが、その技術の出所が不明なのだ。ザフトと連合双方にある鍵が何なのかは、互いに把握しているだろう。
だが、ユーラシア連邦は何を手に入れたのだ? そして彼らの生み出した〝ペルグランデ〟は、ザフト連合双方の鍵を凌駕する何かだとは容易に想像できる。同時に、解析したものの存在を疑うも、そもそも解析する必要があったのかすらも疑問に思えてくる。もしも、その鍵が完全な状態でそこにあったとしたら……。
 ナタルが緊迫した様子で指示を出していく。
 
 「パルス中尉たちの支援に向かわせられないか!」
 「――頑張っていますが……」
 
 強襲用の機体〝ハイペリオン〟、そしてそれと連携を組ませるべくこちらで調整した〝フリーダム〟なのだから、連合の量産機ではついていくのは無理だろう。加速性能が違いすぎるのだ。アムロの駆る〝デュエル〟も既に彼専用に調整されており、先にあげた二機には劣るものの汎用性で言えばこちらが上だ。だからこそ〝デュエル〟はここまで戦い続けることができるのだろう。
 ここへ来て、核兵器を持ち出せなかったのは大きな誤算であったとアズラエルは気づいたが、持ち出している時間も無かったのだから、その時点選択の余地は……。
 
 「先行していた部隊から連絡です! 〝レクイエム〟は後十分でチャージが完了するとのことです!」
 
 カズイから発せられた内容に、アズラエルは小さく「早いな……」とうめく。
 ハルバートンの読みは外れたのだろう。これだけの大部隊ならばとアズラエルも思っていたが、それ以上に、ユーラシアの戦力は異常であった。独自に作り上げた〝デストロイ〟、〝ペルグランデ〟……。一体誰が予想できようか。鍵を手に入れた連合よりも、先に進んでいた者が存在していたなど――。
 まじかに迫った〝プトレマイオス〟基地からの砲撃にさらされながら、〝ドミニオン〟はユーラシア艦隊に砲撃を加えていく。同時に〝アークエンジェル〟、〝パワー〟、〝ヴァーチャー〟からニニ五センチニ連装高エネルギー収束火線砲、〝ゴッドフリート〟MK七一が放たれ、数隻の敵艦を沈めた。群がるようにモビルスーツが〝アークエンジェル〟艦隊に迫る。
 ――瀬戸際だな……。
 カナード達がしくじれば、後は無いかもしれない。だが、賽は投げられたのだ。やるべきことはやった。後は彼らの頑張りに期待するしか無いのだ。
 
 
 
 〝ダイダロス〟基地上空へ差し掛かったとき、強力なビームの粒子がキラ達を襲った。慌てて散開すると、基地から五つの巨大な影がゆらりと姿を現す。
 四十メートルにも及ぶ巨大な黒い影……。ザフトの〝ミネルバ〟と交戦したと言う巨大モビルスーツ〝デストロイ〟。
 巨大な甲羅を思わせる背部装甲に備え付けられた高エネルギー砲〝アウフプラール・ドライツェーン〟が再び輝きを放つと、五機の〝デストロイ〟はその砲門を全開にさせ一斉に撃ちはなった。
 同時に三十を越える〝ストライクダガー〟が基地から出撃していく。
 それに呼応するかのようにして、基地に接近しつつあった連合艦隊からも〝ストライクダガー〟隊が出撃していく。
 
 〈――遅いな〉
 
 アムロが短く言い、すぐに前を見据えた。
 
 〈〝デストロイ〟タイプは俺とキラで面倒を見る。カナードはそのまま〝レクイエム〟を頼む!〉
 〈了解した!〉
 
 〝レクイエム〟内部にも敵が潜んでいると考えるのが妥当だろう。それならば、多少被弾して機能の制限は出ているものの、モノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟を張り防御体勢の取れる〝ハイペリオン〟が適切だという判断は当然の処置だと納得した。
 〝ハイペリオン〟の針路を守るようにして〝フリーダム〟と〝デュエル〟が脇を固めると、〝デストロイ〟は一斉に砲撃を仕掛けた。ビームの嵐の中を〝ハイペリオン〟がモノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟を輝かせながら突っ切り、全てをかいくぐった〝デュエル〟が〝デストロイ〟の背後に回りこみ三五○ミリレールバズーカ〝ゲイボルグ〟を撃ち放つ。
 怯み動きを止めた〝デストロイ〟を尻目に、キラはM一○○パラエーナ・プラズマ収束ビームのトリガーを引いたが、陽電子リフレクター〝シュナイドシュッツ〟SX一○二一に阻まれた。
 放たれた一五八○ミリ複列位相エネルギー砲〝スーパースキュラ〟を回避しつつ、視界の端で一機の〝デストロイ〟が動きを止めたのを捉える。〝デュエル〟のビームサーベルが〝デストロイ〟の胸部から抜かれる。
 
 「アムロさんはコクピットだけやるのか……」
 
 感心する間もなくキラは〝フリーダム〟のスラスターを吹かせ、〝デストロイ〟背後に回り込もうとするが、放たれた無数の砲撃に足を止められ接近しきることができないでいた。
 
 
 
 〝レクイエム〟に張り巡らされた光波防御シールドを同じモノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟で相殺し、辛うじて内部に侵入することができたカナードは、同時に負荷をかけすぎ使い物にならなくなった〝アルミューレ・リュミエール〟に向けて舌打ちをした。
だが、先を急がねば……。〝レクイエム〟発射まで既に五分をきっている。
 機体を進ませると、〝レクイエム〟動力部を守るようにして一機のモビルアーマーが身構えていた。〝ストライクダガー〟の上半身に、蜘蛛のような下半身をしたそれは、ダンテの〝神曲〟に登場する蜘蛛の悪魔アラクネのように醜く、カナードはビームキャノン〝フォルファントリー〟の発射体勢に入った。
 ――機体もろとも消してやる!
 同時に〝ハイペリオン〟がデータを識別し、YMAG‐X七F〝ゲルズゲー〟と表示する。連合の機体なのだから、データには入っているだろうその機体は、名前すらもカナードの好みにそぐわぬものであった。
 
 「これで終わりだ、消えろ!」
 
 ビームキャノン〝フォルファントリー〟から放たれた強大な粒子がグレイのモビルアーマーを一飲みにする。が、その閃光は〝ゲルズゲー〟の真正面で弾かれ拡散した。
 
 「――なっ」
 
 陽電子リフレクタービームシールド〝シュナイドシュッツ〟SX一○二一――〝ハイペリオン〟と同じような真似を、この醜い機体が!
 ビームナイフ〝ロムテクニカ〟RBWタイプ七○○一に持ち替え、無駄だと知りつつもRFW‐九級九ビームサブマシンガン〝ザスタバ・スティグマト〟をばら撒きながら一気に加速し距離をつめる。〝ゲルズゲー〟が〝レクイエム〟を守っているというのなら、回避することはできないはずだ。
その背後に守護対象がいるのだから……。リフレクターごとビームナイフを突き立てると、〝ゲルズゲー〟は七五ミリ対空自動バルカン砲塔システム〝イーゲルシュテルン〟をばら撒きながらサーベルを構える。ほんの一瞬の仕草と癖を、カナードはどこかで見たような錯覚を覚えた。
 
 「遅い!」
 
 ビームナイフを〝ゲルズゲー〟の〝ストライクダガー〟部分コクピット目掛けつきたてるも、それよりも早くに全方位からビームの砲撃を受け、〝ハイペリオン〟のナイフを持つ右腕が千切れ飛んだ。
 
 「――な、に!?」
 
 同時に、〝ゲルズゲー〟から嘲るような声で通信が入る。
 
 〈うかつなパイロットねェ? 連合のコーディネイター〉
 
 どくんと心臓が跳ね上がる。カナードはこの声の主を知っている。それも、昨日今日知り合った間柄では無い、彼女は――
 
 〈我が〝ゲルズゲー〟を倒す手立ては無い。ビームシールドと〝レフレクタービット〟を備える、このマシーンは、ね?〉
 
 弱者を甚振る時にサディスティックな女が言う独特な猫なで声。同時にカナードは彼女の告げた言葉を思い出していた。あいつは、今オレを『連合のコーディネイター』と言った。オレの名を呼ばなかった。
 〝ゲルズゲー〟の周囲に、きらきらと舞うようにして小型の〝ドラグーン〟が漂っている。カナードは慎重な動作で残されたビームキャノン〝フォルファントリー〟をゆっくりと〝ゲルズゲー〟に向けた。
 混乱する頭を無理やり現実に引き戻し、カナードは前を見据えた。パニックになるな、現状を把握しろ、オレ達はどんな困難だって乗り越えてきた。生き延びてきた。
 彼女は冷たい口調で答える。
 
 〈閣下の邪魔をする者は排除する〉
 今度は途端に機械的のような口調。そこに彼女の精神の不安定さを見る。
 〝レクイエム〟発射まで四分をきった。
 どうする。何を言えば良い。おそらく、彼女はビラード達に『何か』をされ、ここにいる。記憶の改竄か、消去か、刷り込みか……。が、完璧な刷り込みをするにしては時間が足らないはずだ。ならば、薬物による一時的な記憶の操作か。
が、それは肉体と精神への負担が強大な分、今ここで彼女を正気とやらに戻すためにはそれを超える『何か』が必要だ。
 タイムリミットまで三分をきった。
 見出せるのか、それまでに、その『何か』を。
 彼女は恐らく使い捨てだ。このたった数分を守りきらせる為だけに、ここにいる。次は、無い。カナードにとっても、彼女にとっても、連合の部隊にとっても。
 永遠とも思えた一瞬の思考、逡巡。
 その時、一機の〝ハイペリオン〟が間に割って入った。
 
 〈カナード、よせ! その子はメリオルだ!〉
 
 この声を忘れるはずもない。
 
 「ジェラード・ガルシア!? だが、オレを忘れている!」
 
 あんなに一緒だったのに、オレの事を……。
 モニターに映りこんだ人影は、ガルシアだけでは無かった。今その〝ハイペリオン〟二号機を操っているのは――。
 〝ゲルズゲー〟が蜘蛛の臀部甲殻に当たる部分から拡散ビームを撃ち放つと、周囲の〝ドラグーン〟がそれを反射させ、またそれを反射させ――回避不可能なビームの応酬がカナード機に差し迫る!
 
 〈メリオル、止すんだ!〉
 
 ガルシアが声をあげると、そのパイロットは〝ハイペリオン〟でカナードを庇うようにして踊りたち、モノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟を起動させた。途端に網目のようなビームの巣が屈折され弾かれていく。
 
 〈ユーラシアの兵が私に銃を向けるのか〉
 
 底冷えするようなメリオルの声。
 
 〈……逆だよ。ピスティス家の長女のお前が、俺達に銃を向けるのかよ!〉
 
 かつて孤児院で共に過ごした家族の最後の一人――バルサム・アーレンドが自嘲気味にはんと鼻を鳴らした。
 
 〈ピ、ス、ティ、ス……? 何を言っている。私はトレイター。ビラード閣下に生み出された初期型強化人間の一人でしかない〉
 
 ぴしゃりと彼女が言うと、〝ゲルズゲー〟から再び拡散ビームが放たれ、〝リフレクタービット〟を介した網目のような応酬を、バルサムの〝ハイペリオン〟はモノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟を全開にさせ辛うじて耐え凌ぐ。彼は続ける。
 
 〈――嘘だよそれは! ビラードの野郎が俺達の家を襲撃して、先生達も――〉
 
 苛立った〝ゲルズゲー〟が蜘蛛のような歩みでじとりと迫る。
 
 〈お前の家族も、みんなあいつが殺したんだ! それなのにどうしてお前はあいつの言いなりになってるんだよ!〉
 
 無言のまま、〝ゲルズゲー〟がビームライフルの銃口を向けた。
 
 〈知った風な事を言う!〉
 
 
 
 頭痛がする、吐き気もだ。この不愉快な感覚は何だ?
 ぼろぼろの一機と、後からやってきたもう一機。
 出撃する前まではさわやかな気持ちで、まるで『今まで』の苦痛から開放されたようで、とてもクリーンだったというのに。
 その苛立った思考に呼応し、〝ゲルズゲー〟が更に一歩踏み出す。
 消してしまいたい。
 こいつらを。
 この不愉快な感覚を!
 
 〈だから、知っている! お前の家族は、俺達を引き取ってくれて、育ててくれたんだろう!?〉
 
 知らない若い男がそう言った。人の心に踏み入るような無粋な、無礼な、不愉快な言葉だ。
 お前が私の何を知っている。そうやって人を惑わして……どいつもこいつも、嘘ばかりだ。何が『守る』だ。何が『愛している』だ。何が、何が、何が、何が!!
 若い男の後ろにいる壮年の男が苦渋に満ちた様子の瞳を向ける。その瞳の色が、『メリオル』を苛立たせた。
 肌がざわつく。圧倒的な嫌悪感。
 それはその男に対してではない。その瞳で見つめてくる者全てへの、憎悪。
 心の中で誰かが裏切り者と悲鳴をあげている。あの言葉は全て嘘だったのかと、まやかしだったのかと。
 その強い怨念が〝ゲルズゲー〟に備え付けられた〝サイコフレーム〟を律動させ、敵対の意思が〝リフレクタービット〟に伝わると、同時に〝ゲルズゲー〟が臀部に当たる甲殻に備え付けられた拡散ビーム砲を全開にして撃ち放つと、周囲に飛び交う〝ビット〟が反応し雨のようなビーム攻撃を反射させ、〝ビット〟から〝ビット〟への無限の応酬を繰り返しそれはモノフェーズ光波防御シールド発生基部を正確に射抜いた。
 わずかにその〝ハイペリオン〟が一歩下がる。
 ふふ、とメリオルは口元をゆがめた。ああ、こいつは怯えているんだ。この私が怖いんだ。『あいつら』と同じように、今! 私を前にして、一歩、後ろへ下がった!
 
 「裏切り者め、私を騙して、ふふ、あはは! そうやって死んでしまえば良い!」
 
 更に一歩、その機体が後ろへ下がる。
 んん、そうだったか? 『あの時』『あいつら』は、そうやった?
 ――違う。
 『あの時』は……。
 右腕を失った〝ハイペリオン〟が、一歩前へ出る。若い、黒髪の少年が乗るほうだ。
 んん、そう、そうだった、そうだよ、これだよ! 『あいつ』はそうやって、一歩前へ出た!
 私を捕まえようとして、前へ、一歩!
 が、わずかに不愉快であったのは、その少年の瞳は、既に覚悟を終えたものであった事だ。そうじゃあ無いでしょう? 『あの時』は、もっと怯えてくれないと駄目じゃあなぁいィ?
 『二人とも』怯えて、だから、『二人』で逃げたんでしょう?
 壮年の男が、ぼろぼろと涙をこぼし、嗚咽を漏らし言った。
 
 〈止めてくれ……もう止めてくれ、メリオル。俺が悪かった、切欠を作ってしまったのは、確かにそうだったんだ……〉
 
 はあ? 切欠……?
 
 〈閣下は、それがユーラシアの為だと言って、俺は……お、俺は、信じたんだ。疑いもしなかった……。だから、頼む。『お前は何も悪くない』んだ! 自分を責めないでくれ、罰なら俺が全て受ける、だから――〉
 「ば、つ? ふふ、当たり前じゃない、『私は最初から何も悪くなんて無い』わ、よォ?」
 
 気がつけば反射的に、言葉を発していた。
 
 「だってそうじゃない? 『カナードを傷つける』やつは、みんな、みーんな悪いやつなんだから」
 
 そうだ、みんな敵、みんな、たとえ、たとえ……。
 
 
 
 少しずつ、少しずつ、記憶の糸が紡がれていく。
 失われた一粒の欠片。最後の一ピース。
 どうしても、思い出せなかった、あの瞬間の記憶。
 幸せだった日々の事は覚えている。
 そこには、みんないた。
 では、あの時……。
 そう、だ。
 オレは……ぼくは、『良いよ』と言ったんだ。それでみんなが救われるなら、家族が幸せに暮らせるのなら、それで良いと……。
 全てを、受け入れて、この地獄を、自ら、選んだ……。
 記憶の中の壮年の男が、『すまない』、と頭を垂れ、悔しさに拳を震わせている。傍らの女性が、溢れ出る涙を拭おうともせず、口元を抑え、辛そうに視線を反らす。
 約束の時間が迫っている。
 迎えが、もうじき……。
 そして、君は……。
 
 
 
 「カナード、一緒に逃げよう。二人だけで、こんなやつら捨てて、一緒に、二人で!」
 
 『あの時』と同じように、メリオルは言った。
 
 「私が邪魔な奴らは全部殺してあげる、あなたを守ってあげる!」
 〈……メリオル〉
 
 少年が、弱々しく言った。
 
 「あは、お前も邪魔しに来たの? カナードを傷つけるの?」
 〈お前は……〉
 〈カナード、よせ!〉
 
 二人の少年が同時に言った。が、遅い。メリオルは思考だけで意識の矢を放つと、〝ゲルズゲー〟は呼応し再び〝リフレクタービット〟が放たれたビームを反射させ二機の〝ハイペリオン〟をずたずたに引き裂いていく。
 その光景を、メリオルは知っていた。
 『あいつら』も、こうしてやったんだ。
 後からやってきた方が機体を停止させ、力尽きたようにして倒れこんだ。
 『あの時』もそうだ。止めは刺さず、二人で逃げ出したから、こいつもこのままにしてやろう。きっと火が燃え広がって、火事になって、その体を焼いてしまうから。
 そう、そうなんだよ!
 どんな事情があろうと、カナードをやつらに売ろうとした『あいつら』なんて、いらないんだ! だから、ダからダカラだかラだカら、私は悪くない、悪いのは、カナードを売ろうとした――
 
 
 
 脚部が破壊され、そのまま〝ハイペリオン〟は後ろへ倒れこんだ。損壊した機材のいくつかが体に抉りこむ。血漿がばっと飛び散り、裂けたコクピットから漏れだす空気とともに外へと排出されていくと、カナードは朦朧とした意識のまま、悲しさのあまり全身を震わせていた。
 『あの時』、君はぼくの手を引き、逃げた。連合の兵が追ってくる。君は、懸命に、裸足で、ぼくの手を引いて、でも……もう片方の手には、ナイフが……それは、血に濡れていて――
 
 〈カナード、一緒に逃げよう〉
 
 ぎらりとゴーグルを赤く輝かせ、〝ゲルズゲー〟が迫る。
 そうだった……。君がオレを連れて逃げるとき、誰かが倒れ、炎が燃え広がる音が聞こえた。ぼくを引き取ってくれた女性《ヒト》が獣のようにあげた悲鳴を、覚えていた……床に倒れ血の海に沈む男性《ヒト》の姿も……全て、君が……。
 ばちんとモニターの端が消え、いくつかの照明がブラックアウトする。
 
 〈アハ、ハハハハ! もう大丈夫、悪いやつはみーんな私が殺してあげたから!〉
 
 ――親殺し。
 それが、彼女の罪。
 だから、彼女は記憶を閉ざした。
 それは決して強化や刷り込みが原因ではない。自らの意思で、耐え切れない現実から逃げたのだ。
 この瞬間まで、カナードは愚かな事に、きっと何とかなると信じていた。〝アークエンジェル〟の、〝ドミニオン〟の空気が、自分たちの罪を洗い流してくれるかのように感じていた。それは、淡い期待か、一瞬だけ垣間見た希望であったのかもしれない。
子供も、女も、老人も殺し続けてきた、善人だろうと、悪人だろうと、故郷に家族を残した男、男の帰りを待つ女、誰で あろうと……。それは、決して許されることの無い罪……。世界の光の中に紛れ、自分達もそこへ行けるのかもしれないと錯覚していた。それは幻想だ。カナード達に屠られた死者が、それを許すはずが無い。
お前だけは、お前達だけはと闇より伸びる腕が、カナードとメリオルを捕らえたのだから。
 罪が、裁かれようとしていた。 
 皮肉なものだ。
 オレを裁くのが、君か……。
 〝レクイエム〟発射まで一分をきった。
 〝ハイペリオン〟は動かない。
 操縦桿を握っても、機体は反応しない。
 否、例え動かせたとしても、彼女と戦えただろうか。撃てただろうか。〝アークエンジェル〟での日々が、カナードに守るべきものを与え、友を得、彼はそこに甘さという絶対的な弱点を身に宿してしまっていた。友の為に戦うようになった。家族の為に生きるようになった。しかし、それは――。
 今、カナードは生まれて初めて、自分では無い誰かの助けを願ってしまっていた。全てを失ってしまう恐怖に、屈していた。
 〝ゲルズゲー〟が止めを刺すべくビームサーベルを抜きさる。
 その醜い姿は、カナードが奪った命の集合体のように思えていた。
 血を失いすぎた、体が思うように動かない。視界が暗くなる。
 ゆっくりと〝ゲルズゲー〟がビームサーベルを構える。逆手に持ったそれを、そのモビルアーマーは――
 死を覚悟したその時、〝ゲルズゲー〟が手を止めた。
 何だと思考するよりも早く、蜘蛛の下半身を持つそのモビルアーマーが人型の顔だけでぐるんと仰ぎ見る。
 その仕草が、援軍の到着を告げていた。
 上方の闇がちらと瞬くと、白く輝く巨体が視界に映りこみ、それが高速で接近するモビルスーツなのだとわかった。
 そのモビルスーツ――〝フリーダム〟がビームサーベルを抜き去ると同時に、その背後を〝デストロイ〟が追いすがろうとした隙を目掛け真横から〝デュエル〟がビームサーベルを胸部に串刺した。〝デストロイ〟が爆発を始め、瞬いた閃光を後光のように煌かせながら蒼い十枚の翼のモビルスーツが舞い降り風のように〝ゲルズゲー〟に斬りかかると、同時に〝リフレクタービット〟がいくつものビームを乱反射し、〝フリーダム〟の翼の半分近くを抉りながらも距離を取る。
 その天の使いとも見紛う姿は、人々を救う天使か、あるいは罪を刈取る死神か。
 蜘蛛の下半身を持つアラクネと、蒼き翼の天使……まるでおとぎ話だ、とカナードは朦朧としながらおかしな感想を持っていた。
 上方で、また閃光が上がる。更に別の〝デストロイ〟が四散していく。〝フリーダム〟はビームサーベルと、僅かに残弾を残しているらしいM一○○パラエーナ・プラズマ収束ビームを〝ゲルズゲー〟に向けじっと構える。
 〝レクイエム〟照射まで三十秒をきった。
 
 
 
 彼らの言葉は、断片的にだが通信機から漏れ聞こえていた。が、キラの理解できたのは、メリオルが記憶を操作されているらしいという事。状況から把握できたのは、ガルシアともう一人が乗った〝ハイペリオン〟がメリオルとカナードを救うために出撃し、今ここで撃破され倒れている事。
カナードの〝ハイペリオン〟も同じように破壊され、動けずにいる事。〝レクイエム〟発射まで三十秒をきっている事。今撃てるのはキラだけだという事……。
 彼らの、仲間の命、全てがキラにかかっている。
 それでも、キラは言うのだ。
 
 「諦めちゃ駄目だ!」
 
 と。それは自分を奮い立たせる意味も含んでいた。負けるわけには、絶対にいかない!
 
 〈ふふ、コーディネイターのボーヤが私のお友達にでもなりに来たのかしらァ? あは、殺してあげる――お父さんとお母さんと同じように、あなたもォ!!〉
 
 ぞっとするほどの狂気。それでも、キラは怯まない。
 〝ドミニオン〟には通信妨害で指示を仰げない。できたとしても、聞いている時間は無い。そして、どんな指示が来ようと、キラは惑わされるつもりは無い。戦う理由に、もう『何故』と問うのは止めにした。
それぞれの人生と価値観によって見出された答えなのだから。それを推し量る権利など、キラは持ち合わせていないから。だから、キラは今目の前の出来事に、全力で立ち向かう。
 誰も、死なせない!
 キラは、フレイを守りたかった。たった一人の、愛した女性《ヒト》。では、守るとは? 肉体を守れば、それで良いと?
 そうではない、キラが守りたいのは、彼女の心。もう二度と、誰かを失って泣かせるわけにはいかないのだ。
 そう、例えば、友人――。
 メリオル・ピスティスという女性。
 いつだったか、確か場所は食堂だと思ったが、メリオルに聞いたことがある。
 
 『あの、ぼくの顔ってそんなにカナードに似てるんですか?』
 
 他愛の無い質問だった。ひょっとしたら、無言に耐え切れなくなっただけだったのかもしれないし、偶々食事の時間が重なっただけだったのかもしれない。
 問われた彼女は、一度きょとんとした顔になる。
 
 『んー?』
 
 眼鏡のずれをかちゃりと直し、彼女はキラの顔をまじまじと覗き見た。
 
 『鼻筋とか? 口元、とか……』
 
 言いながらも、彼女はキラを回し見、やがて綺麗な指先でキラの髪をきゅっとつまんだ。
 
 『あ、髪の触った感じ同じっ』
 『それ、大抵の人が同じなんじゃ……』
 『あれ、そう?』
 
 目をぱちくりとさせるメリオルはとても愛らしく、二人はその場で一頻り笑った。厨房の奥で、ラクスがくすりと笑みをこぼした様子を覚えている。
 
 
 
 〈……キラ〉
 
 カナードが苦しげな呻きが、キラの過去へと運ばれた思考を今へと呼び戻す。
 
 〈楽に、してやってくれ……〉
 
 楽に……それはつまり、ぼくが、殺すという事……。あの笑顔を、ぼくが……。同時に、そう言わざるを得ない彼の心情を察する。きっと彼は、全てを受け入れて、キラに言ったのだろう。
最愛の女性《ヒト》を、殺してくれ、と……。どんなに苦しいだろう、どんなに辛い事だろう。もしも、キラとカナードが逆の立場だったとしたら……。
 その可能性は、大いにありえた。歪んだ出生を持つ二人の少年は、偶々キラにその何かが発言し、カナードにはそれが無かった。それだけの差でしか無いのだから。
 もしも、もしもフレイを撃たなければならない事になってしまったとしたら……。
 〝レクイエム〟発射まで、十秒をきった。
 フレイを、守りたい。
 でも、それは――
 
 『遠くばかり見すぎてるのよ、あの子も、みんな……』
 
 ふと、キラの脳裏に、雪山で聞いた彼女の言葉がよぎる。
 遠く、ばかり……。
 今、ここにいるのは、キラと、カナードと……。
 ここから撃てば、〝ゲルズゲー〟を貫き後方の〝レクイエム〟本体に命中させることはできるだろう。しかし、それでは意味が無い。〝ゲルズゲー〟が間に割って入ってる限り、〝レクイエム〟のみを狙い打つことは不可能に等しい。
 全ては、キラの、『今』見出す選択にかかっている。
 彼らの人生、未来が、キラの『今』に。
 〝ゲルズゲー〟がサーベルを構える。
 
 〈見ていてカナード、私が貴方の邪魔をするやつを、全部消してあげる。貴方を虐めるヤツはみんな星にしてやるから、だから……だから、私を捨てないで! カナードを私から奪わないで!〉
 
 少女の狂気と共に拡散ビームが放たれた時、キラはとっさに〝フリーダム〟を加速させていた。刹那の瞬間、いくつもの思い出が脳裏に甦る。フレイが、泣いている。ラクスが膝を抱えて蹲っている。カナードが狂気の色を浮かべてキラに向けてナイフを振り下ろす。キラはそれを受け入れ――
 情景が少しずつ移り変わっていく。目の前のいる赤と黒のパイロットスーツの男が、一度逡巡した後、キラに手を伸ばす。キラがその手を握ると、世界には青空が広がり、キラの手の中には一枚の写真が残っていた。ガルナハンで撮った、あの写真が……。そこに映る人々は、みんな笑っている。
 人の出会いは運命だと、誰かが言っていた。キラはその出会いを大切にしたい。生まれた絆を、繋がりを守っていきたい。
 ――守る。
 
 〈……頼む、キラ……〉
 
 カナードのそれは、懇願に近かったのかもしれない。
 それは、どっちの――。
 その選択肢は、キラに委ねられている。
 ここで、未来が二つに分かれているのかもしれない。
 彼女を撃ち、皆を救う世界。
 彼女を救い、皆を救えなかった世界。
 殺すか、生かすか。
 二つの、選択肢。
 でも、本当にそれだけか……?
 たった二つしか、選ぶ道が無い?
 ……そんなはずは無い。
 今、この瞬間。全てを得るのが不可能なのだとしたら。
 そうだ、ある。もう一つの選択が……!
 すぐ近くに、他の誰よりも近くに、使う事のできる命が、ここに!
 だから、ぼくは――
 ぼくは――!
 
 撃ち救う未来も、撃たずに救えぬ未来も、どちらも、ぼくは――!
 
 「ぼくは、嫌だ――!」
 
 キラの中で何かが弾けた。全てがスローモーションに感じられる様なこの感覚――。放たれ乱反射する網目のようなビームを掻い潜り、キラは〝ゲルズゲー〟へと一気に迫った。〝ゲルズゲー〟がその手に握るビームサーベルを逆手に振り下ろす。キラは〝フリーダム〟の右手に持たせるビームサーベルでそれを受け流す。
〝ゲルズゲー〟が返す刃で〝フリーダム〟のコクピット目掛け思い切り串刺そうとビームの粒子をぎらつかせると同時に、〝フリーダム〟は左腕を盾として差し出し、ビームがコクピットに到達するのを僅かに遅らせる。
キラはビームサーベルを〝ゲルズゲー〟の腰部に抉り込みながら後方に位置する〝レクイエム〟動力部目掛け、残された一門のM一○○パラエーナ・プラズマ収束ビームを一気に撃ち放った。
左腕が爆散し、その爆炎をかきわけ〝ゲルズゲー〟の持つビームの刃が〝フリーダム〟の胸部コクピットをビームコーティングごと融解させ、その灼熱の業火がコクピット内へと広がり、キラの左半身を焼いた。
己の体が消滅していくのを知覚しながら、地獄の業火に焼かれながら、それでも残された右腕で操縦桿を懸命に操作し、〝ゲルズゲー〟の腰から下を完全に斬り裂き、〝ダガー〟と同じ形の上半身を抱きかかえる。焼かれながら、目の端で別のものを捉えた。
それは、遥か上空で最後の〝デストロイ〟を両断し、その爆発に呑まれながらも、極限まで圧縮され蜘蛛の糸のようにか細くも鋭いビーム狙撃で正確に〝ゲルズゲー〟のビームサーベル基部だけを撃ち裂いた。〝ゲルズゲー〟の蜘蛛の部位が誘爆を始める。吹き荒れる爆発の嵐に〝フリーダム〟と〝ゲルズゲー〟の上半身はもみくちゃになって吹き飛ばされ、何かに激突する。キラの意識は、闇に呑まれた。
 
 
 
 〝レクイエム〟発射予定時刻が過ぎる。ちらと周囲を見渡し、眼下の〝ダイダロス〟基地にこれ以上何も動きが無いのを確認してラウはふうとため息をついた。
 
 〈みんなは、どうなったの……!?〉
 
 フレイの〝インテグラットウィンダム〟が〝ドミニオン〟の甲板に着地し、心配げに視線をちらちらと動かす。
 どうして自分は、この女に心を掻き乱されているのだろう。
 後ろから撃ってやろうかとも考えた、戯言で惑わせそのまま謀殺してしまおうかとも思っていた。だが、いざ戦闘が始まり、その危なっかしい様子を見せつけられた時、ラウは今までやろうとしていた一切を忘れ、何でこんな子に戦わせているんだ、と毒づいた。即ち、彼女の我侭に振り回されたのだ。
 忘れていた、どこか懐かしい感覚。
 昔は、私もそうだったのだろうかという拙い思考。あの時君がいたら、私の為に泣いてくれただろうかというわずかな願望に自己嫌悪し、己の憎悪が薄れつつある事にラウは戦慄していた。
 この私が、『私自身』というあの男を殺し、誰も守れず、たった一人で『死ぬ為』に生かされていただけのこの私が、たった数刻の邂逅で心変わりなど――。
 ふざけるんじゃあない!
 心の中でそう怒鳴り、ラウは邪魔になってきたヘルメットを思い切り脱ぎ捨て、汗でじとりと湿った金髪をくしゃりと握る。
 不快な気持ちが一層強くなる。
 これは、何だ……?
 既に勝敗は決した。〝レクイエム〟の各部位が誘爆を起こし、無残に崩れ落ちていく。
 悪寒が、消えない。
 それどころか……。
 誰かが見ている。
 否、『誰か』では無いのかもしれない。
 もっと強大な、邪悪で、恐ろしい、『何か』。
 一個の生命体と許容する事すらできない、多様な存在。集合体。
 
 〈あ、あ……〉
 
 フレイが何かを感じ取り、恐怖に慄く。
 ステラ・ルーシェの乗る〝ガイア〟が制御を失い、〝ドミニオン〟のカタパルトに激突しそのまま動きを止める。
 
 〈ステラ!〉
 
 シンという少年が心配げな声をあげ、〝アカツキ〟が慌てて駆け寄る。
 ぞわり、と悪寒が走り、純白のどす黒い何かが足元から這い上がる。
 同時に、月の反対側――。地球の真正面に位置する〝プトレマイオス〟基地を占拠する三十隻を超える連合の大艦隊が圧倒的な光に呑まれ消滅した。
 
 
 
 〈アァァァァアアァアッ!!!〉
 
 〝グノー〟の〝デストロイ〟を辛うじて打ち破ったところで、レイが獣のように悲鳴を上げた。アスランはぎょっとして〝インパルス〟に通信を入れる。
 
 「レイ!? 何があった!」
 〈歌が、歌が聞こえる、あの歌が、た、助けてラウ……!〉
 
 同時にまばゆく輝く光の矢のようなものが、〝プラント〟に向けて放たれた。
 
 〈なんだぁ!〉
 
 ラスティが声を荒げる。
 〝レクイエム〟は破壊したと連合から通信があった。では、これは――。
 
 
 
 吐き気を催す邪悪と歌声が、虚空に響き渡る。アムロは激しい頭痛に襲われながらも、既に機動を停止させた〝フリーダム〟――敵モビルアーマーの上半身を抱きかかえたまま――と〝ハイペリオン〟を抱え、〝ドミニオン〟に降り立った。
 俺は知っている、この歌を。
 かつて木星帰りの小説家が綴った、あの伝説を。
 木星の魔神を。
 ジュドー・アーシタ、シャア・アズナブルと共に辛うじて撃破したあの血塗られた巨神の歌う歌を……。
 ……そういう事か。
 アムロは全てを理解し、悪意の方角を睨みすえる。
 やつの道楽に、俺はつき合わされていただけだった……。
 俺である必要など、どこにも無かった! ただ、そこにいたから選んだ、それだけだった……!
 
 
 
 「だ、第三艦隊との通信途絶!」
 
 〝パワー〟艦橋《ブリッジ》で通信士が悲鳴を上げると、ホフマンが「そんな馬鹿な!」と怒鳴り散らした。
 
 「状況は正確に報告せんか!」
 
 ともう一度ホフマンが唾を散らしながら通信士の横で怒鳴る。
 
 「一八○度回頭! これより〝プトレマイオス〟基地の敵を討つ!」
 
 が、ハルバートンは早かった。
 隠し玉はあると思っていた。ビラードとは、そういう男だ。
 この〝レクイエム〟すらも、時間稼ぎだとハルバートンは踏んだからこその電撃作戦。
 定石通りの戦い方をしては、おそらく間に合わないだろうから。
 そして、それがおそらく〝プトレマイオス〟基地にあるのだろうとも、予想はついていた。
 だからこそ、第八艦隊と第三艦隊の合同作戦と銘打っておきながら、ハルバートンは第三艦隊の全戦力をプトレマイオス基地周辺へと当たらせ、警戒をさせていた。
 彼の落ち度をあげるとすれば、その全戦力を一瞬で消し去るほどの何かが、潜んでいた事である。
 ――迂闊だった。
 ハルバートンは、間に合わなかったのだ。
 ビラードの計画に……。
 
 
 
 「イヤァァ!」
 
 ミリアリアが頭を抱える。サイが頭痛に顔をゆがめる。ナタルも同じように歯を食いしばり何かに耐える。カズイですらも何かを感じ、同じようにアズラエルにもはっきりと聞こえていた。女の歌う、何かを。
 これを、ビラードは見つけたのだ。否、ひょっとしたら『ビラードが見つけた』のでは無く、『ビラードを見つけた』と表現すべきなのかもしれない。
 人のあらゆる思いを利用し、あれは、今、ここに……。
 月面基地〝プトレマイオス〟のドックから、ゆうに百メートルを超える赤き巨神が姿を現す。両の肩は深く天に向かって突き出し、全身を血のように赤く染めたその巨大なモビルスーツは、〝ダガー〟タイプと同じような蒼いゴーグルのような目をぎらつかせ、その巨大な躯体全身からからおびただしい数の光を撃ち放つ。それは意思を持ったように捻じ曲がり、増援にやってきた連合の艦隊を貫いていく。
 
 
 
 一瞬、身が弾け飛ぶほどの強烈な波動を感じ、すぐに何者かがそれからフレイを守るようにして〝ウィンダム〟の脳波制御がカットされた。やがてそれは復帰したが、同時にもやのかかったような感覚をフレイは覚える。
 歌声が、聞こえる。
 ――生とは、なんと美しい。
 ぞくりと底冷えする声で、女達が歌う。
 ――生とは、なんと美しい。
 「ラ、ラウ、助けて……!」
 全身が恐怖に震える。『何か』がわたしを見ている。ああ、助けて、誰か、パパ、助けて……。
 ――生とは、なんと偉大なる恵み。
 
 
 
 「あ、『あれ』は何なんだァ! どうしてあんなものが、ユーラシアなんかに、どうして!?」
 
 パニックに陥ったアズラエルが一頻り喚く。
 考えろ、考えろ……! あれは何だ、〝ナイチンゲール〟のデータにも記録されていないあれは、まさか、本当にユーラシアの連中が作り上げた……!? そんな馬鹿な! やつらにあれだけの技術は……ビームを曲げて、それどころか〝ファンネル〟の様にして誘導する技術なんてあるはずが無い! そんなものは、あの〝ナイチンゲール〟を解析したこの僕ですら不可能な技術だというのに……!!
 地球軍第三機動艦隊が消滅したと、〝パワー〟から連絡が入った。
 消滅、消滅、消滅……?
 今、地球連合は特に、宇宙艦隊の再編に力を入れていた。
 第三艦隊、艦数は四十を超える、数の暴力。無論、全艦に相応のモビルスーツを配備している。言うなれば、アズラエルに取ってこの戦の半分はデモンストレーションに近かったのだ。同じ〝ストライクダガー〟でも、ユーラシアの連中の使うそれは日に日に進化しているOSや性能の圧倒的下位互換であり、モビルスーツはムルタ・アズラエルの名の下にのみその生産を許される絶対的な力である。そう明示する為の……。
 そう、だ。
 現にユーラシアの使う〝ストライクダガー〟は恐れるに値しなかった。
 新型――〝ペルグランデ〟、〝ザムザザー〟、〝ゲルズゲー〟、〝デストロイ〟。この戦闘で主だったユーラシアのそれは、おそらく、アズラエル社でも開発可能なものだ。いや、それ以上のものを作る自信もある。
 少しずつ、見えてきた。
 この関係は、〝ナイチンゲール〟と〝ダガー〟に似ている。アズラエルは『拾った遺物』を『解析』し、模す形でなぞり、〝ダガー〟を作り上げた。
 拾った、遺物……。
 ザフトの、〝νガンダム〟。
 そう、だ。どうして僕は、遺物が二つだと……?
 あの本で読んだではないか。
 そのモビルスーツは、遥か過去に作られたものだ、と。
 いくつもの戦争があったのだと。
 巨人の一族に化けた悪しき鬼と戦う『星々の章』。
 豪傑の巨人と十二の天使、蜂の女王との悲劇を描いた『沈黙の章』。
 いくつもの、おとぎ話があった。
 それら全ては曲解だらけで本質を知る事まではできない。
 中には、アムロも知りえない物語もある。
 支配を目論む天空の黒騎士が、平和を守る死者の白騎士と戦う『貴族の章』。
 英雄ジン・ジャハナムとモズの戦士達の冒険譚。堕天使マリアとその娘を救う『天空の章』。
 その他にも、『大地の章』『光の章』と続き、その本の最後に、記されていた物語がある。
 『歌姫の章』と題された、それは……。
 
 〈アズラエル!〉
 
 ぱっと艦橋《ブリッジ》の通信モニターに緊迫した様子のアムロが映りこむ。
 一瞬の思考。何を聞かれる、何をどう説明する、どう言えば……。
 が、アムロが発した言葉は、アズラエルが思い描いたいくつもの想定と全く異なるものだった。
 アムロが言った。
 
 〈――〝ギガンティス〟だ!〉
 
 アムロ・レイが知っている。即ち、それは過去からの呼び声。遺物のもう一つ。
 
 〈――あれは血塗れの巨神だ……! そちらで解析を頼む、まだ完全の状態では無いはずだ!〉
 
 血塗れの、巨神……。
 本を読んだ時に感じた悪寒が、現実味を帯びる。
 あれは、警告だったのだ。全人類に対しての。
 『繰り返される』戦いを脱出する為の、救いの書だったのだ。
 た、対策を、練らなければならない。何としても、この危機を脱する為に、しかし……。
 間に合うのか、今からで……。
 既に、『それ』が生まれてしまったのだ。
 死の螺旋への担い手が……。
 やがて〝ギガンティス〟と呼ばれたそれは、両の腕を地球へ向けると、そこから爆発的な光を発し、巨大な光の剣を作り出した。
 しまったと思うまもなく、その巨大な閃光はぱっと八つに裂け、そのうちの一つが太平洋の中心に着弾すると、同時にそれぞれが地球の大陸を焼いた。
 わずかな思考。――都市部ではなく、何故だ……? あそこに何があるんだ……? 闇雲に撃ったようには見えなかった。明確な目的を持った攻撃。しかし……?
 皆が息を呑む間もなく〝ギガンティス〟が〝プトレマイオス〟基地のデブリと化した艦隊をもう一度光の矢で抉り消し、再び地球への砲撃体制に入る。
 あらゆる装甲を一瞬で融解させる、光の矢。
 再び、思考。
 ビーム? 違う、ではメガ粒子砲か……? それにしては、威力がありすぎる。あれは……。
 
 「プ、プラントから通信です! 月面からの砲撃で、いくつかのコロニーが崩壊したとの――」
 
 通信士のカズイが慌てて言う。
 
 「ここから、届いたのか……!?」
 
 馬鹿な、とアズラエルは声を荒げた。ナタルはどうすべきかもわからず言葉を失っている。
 ……たった一つ、あった。〝ナイチンゲール〟の解析を終え、修復の目処がたち、地球での事だ。その場にはアムロもいた。数人の技術者達が集まり、今後の方向を定めている中、一人の技術者が全く新しい兵器の可能性を提示したのだ。
現在使っているビーム兵器は、高エネルギーにより励起された荷電粒子やプラズマ等を臨界まで圧縮し 射出する指向性エネルギー投射兵器である。そして、〝ナイチンゲール〟に搭載予定のメガビームライフルは、データにあったその機体の兵装を再現する為に、全く違う技術を使っていた。
〝ミノフスキー物理学〟の体現。正と負の電荷を帯びたミノフスキー粒子を強力な〝Iフィールド〟で圧縮し、縮退、融合させることで生成したメガ粒子を砲身内部で加速や収束を繰り返し、破壊力を増した上で打ち出す兵器だ。威力は、桁違い。
〝ハイペリオン〟どころか、宇宙要塞〝アルテミス〟が最大出力で光波防御シールドを張って見せたとしても、紙切れのように貫通しその岸壁を抉るだろう。それの試作品に、アムロの指示の元技術者達が手を加え、威力とコストを抑え更に改良を重ねたのが、〝ウィンダム〟の持つヴェスバーだ。
だが、その技術者が示した可能性は、ロストテクノロジー(過去ということであえてこの呼び方をしている)を手に入れたアズラエルですら、実現に対して懐疑的であった。それは、粒子を『固有振動』によって収束させ発射する、メガ粒子の更に先を行く全く新しい兵装。大気や水中、そして距離による射程や威力の減退を起こさない――
 ――名を、共振粒子砲《リフェーザー砲》と言った。
 この月面から、地球を焼いた。この月面から、〝プラント〟を撃った。あらゆる戦艦の装甲を紙くずのように貫くその威力。
 〝リフェーザー砲〟。
 ぞっと背筋が凍り、その圧倒する力に、アズラエルは敗北の予感を悟る。
 が、彼の生来の目敏さが同時に背面にその巨体全体を覆うほど大量の電力供給コードのようなものが繋がれているのに気づく。
 否、すぐに気づくべきだったのだ。
 その圧倒的な差に誤魔化され、冷静さを欠いた己の愚かさを呪い、すぐに思考する。確かに今目の前に映るそれは、今の科学力をもってすれば魔法としか思えないレベルの高い技術力の上に成り立つものだろう。本当に〝リフェーザー砲〟なのかも怪しい。それ以上のものなのかもしれない。
しかし、それのいる『ここ』は、決して魔法の世界などではない。現実の、科学の劣る、ただの世界だ。
 無理やり繋ぎとめているのかもしれない、というかすかな希望。
 
 〈――戦えるものは武器を取れ、あれはここで落とす!〉
 
 〝デュエル〟が応答も待たず、〝ドミニオン〟から発進した。
 
 
 
 〝ドミニオン〟の格納庫《ハンガー》では、ステラがかたくなに出撃を拒んでいた。
 
 「やだ、やだ、やだぁ、死にたくない、死にたくない!」
 膝を抱えて震え上る少女を抱きあやしながら、シンは既に事の始まりを聞いていた。
 百メートルを越す巨大なモビルスーツが、彼女達にしか聞こえない歌で、精神を貪っている。それは、連合が今広めつつある『ニュータイプ』や『SEEDを持つもの』といった人々にしか聞こえないものなのだという。
 シンに歌は聞こえない。
 だから、できる!
 シンは縋るステラを振り切り、駆け出し、〝アカツキ〟に飛び乗った。
 
 〈シン・アスカ、〝アカツキ〟行きます!〉
 
 虚空へ投げ出されると、既に戦いは始まっていた。
 血のように赤い巨神の全身から無数の光の矢が放たれると、その矢一本ずつがそれぞれの敵目掛け襲いかかる。
 シールドを構えた〝ストライクダガー〟が、そのシールドごと光の矢に貪り食われ、穴だらけになった。
 別の光の矢が、宇宙母艦アガメムノン級を貫くと、そのまま縫い物を縫うかのようして矢が丁寧にアガメムノン級を蹂躙していく。
 正真正銘の、化け物。
 四隻の〝アークエンジェル〟級から同時に陽電子破城砲〝ローエングリン〟が最大出力で放たれる。百メートルを越す巨体すらも飲み込むほどの陽電子の本流があらゆる障害を消し飛ばしながら魔神へ直撃した瞬間、その前面に五十層以上もの可視化された透明な壁が盾となって立ちはだかり、たった一枚の層も突破できずに〝 アークエンジェル〟艦隊の主砲が掻き消された。
 その力場の盾が、〝Iフィールドバリア〟と言う構想段階にすら到達できていない未来のテクノロジーだという事をシンは知らず、それでいてその本来不可視であるはずの防壁が肉眼で目視できるほどの高出力かつ高密度として存在させる事など、この〝C.E.〟では千年経っても実現できない技術だという事などわかるはずもない。
 敵機を貪り終えた光の矢が、一機のモビルスーツの元に集まっていく。未だに撃墜しえない、モビルスーツ〝デュエル〟。それを支援する白い〝ロングダガー〟と、二機の〝エグザス〟が赤い魔神を取り囲む。そこに、オルガも、シャニも、クロトもいなかった。彼らもまた魔神の為せる業の前に、苦痛と恐怖に呑まれ地に突っ伏している。
 今あれと戦えるものは、アムロやムウ、モーガンのように確固たる精神を保ちえるナチュラル。シンのようなコーディネイター、その二種しかいない。それでも、シンは行くのだ。いつも守られてばかりだからこそ、友を、仲間を、大切な人を守るために。
 だが、一つだけ気がかりなことがある。アムロやムウたちに混じって、あの人が――赤い〝ウィンダム〟がいることに――
 
 
 
 フレイは月の大地に力なく横たわる〝ソードカラミティ〟をかばうようにして前へ出た。
 
 「トール、生きてるわよね!? トール!」
 
 通信先から苦痛にゆがんだうめきが聞こえ、わずかにフレイは安堵した。みんな、この歌に苦しんでる。では、わたしはなぜ……?
 赤い巨神から放たれた無数の光条の一つがフレイに伸びる。避けたらトールが……!
 
 「〝スターゲイザー〟!」
 
 フレイが言うと、彼女の背後がぐらりと歪み、白銀のモビルスーツが姿を現した。迫る光条を淡いオーロラを纏った拳で跳ね除けるも、同時に両の腕が融解し消し飛んだ。
 〝フリーダム〟のビームもはじく〝スターゲイザー〟を……!
 ぎらりと巨神のゴーグルが〝ウィンダム〟を視認しそのまま飛んだ。
 
 〈フレイ、逃げろ!〉
 
 ラウがフレイを庇うように躍り出る。〝ドミニオン〟まで向かってる余裕は無い……! 〝ソードカラミティ〟の腕をつかみ、フレイはプトレマイオス基地内部に侵入した。
 
 〈アルスター少尉、聞こえるか!〉
 
 いつに無く緊迫した様子のアズラエルが通信先から怒鳴る。モニターの端にうずくまり何かに怯えるミリアリアの様子が映り込み、アズラエルは続けた。
 
 〈あの巨神を動かす電力のコントロールルームがその先にある!〉
 「電力って言った!? 核で動いて無いんですか!?」
 〈そうだ、アレは完全な自立をできていない! だから、元を断てば――!〉
 「情報、送ってください!」
 
 すぐに送られてきた基地の内部情報を見、フレイは〝ソードカラミティ〟を格納庫《ハンガー》の隅に隠してやるとそのまま〝ウィンダム〟のコクピットハッチを開け降り立った。
 
 「ラウ、来い!」
 
 フレイの言葉が宇宙《そら》を駆けると、ラウははっと反応し意識を向ける。
 
 『どうする!?』
 「敵がいるかもしれない、もっと怖い人が!」
 『ヒト……!?』
 
 ラウが怪訝な色を浮かべて言葉を走らせる。
 
 「良いから早く! 勝てないかもしれない!」
 
 自分の弱さを、フレイは知っていた。一人では、負けてしまう。その悪意に……。
 〝プロヴィデンス〟がそのまま〝ドラグーン〟をばら撒きながら〝ウィンダム〟の側に降り立ち、コクピットハッチが開くと純白のパイロットスーツを着込んだラウが滑らかに飛び降りる。
 フレイは両腕が無い〝スターゲイザー〟を〝ソードカラミティ〟の守りにつかせ、今やるべき事に集中した。
 
 「どこへ向かう!?」
 「こっち!」
 
 フレイは電子パネルを取り出すと、先ほど〝ドミニオン〟から送信された基地の見取り図を表示させた。
 フレイは入り組んだ要塞内部を、指定のルート通りに進んでいく。一度激しい振動が全体を襲うと、フレイはバランスを崩しよろめいた。ラウが慌てて抱きかかえる。
 みんな、戦っている。
 急がないと……!
 二人で走る通路は、戦闘の振動は響きながらも、それ以外は静寂を保っていた。 
 護衛は、いない……? わずかな疑念。
 どうして……? ひょっとして、罠なの……?
 もう一度、大きな衝撃。フレイはぎっと奥歯を噛み締める。迷っている暇は無い、とにかく進まないと……!
 巨大な扉を抜け、また扉を抜け、奥へ、奥へと進むと、やがて基地の中心部へとたどり着いた。
 巨大なモニターの前に一人たたずむ、初老の将官がちらと振り向くと、意外そうな顔をして目を瞬かせた。
 
 「ん、何だ来たのか……? それにしても、まさか君達だとはな」
 「ビラード、さん……?」
 
 アラスカで出会った、素敵な人。そう、思ったのに……。何でこんな戦いを。たくさんの人を巻き込んで、悲しませて……!
 だが、フレイが何故と問う前に、ラウが銃を構えた。
 
 「『俺』を覚えているか」
 
 いつものような冷ややかなそれでは無い、明確な怒りの炎を宿した声。
 ビラードがふっと鼻で笑う。
 ラウがぎゅっとフレイを抱き寄せ、もう一度声を荒げた。
 
 「覚えているかと聞いている!」
 
 触れたラウの温もりに、思わずフレイは彼の顔を仰ぎ見た。彼の怒りの理由が、フレイにはわからない。
 ビラードがやれやれと苦笑し、言った。
 
 「そう熱くなるな、君。アル・ダ・フラガ――ヤツのクローンの君ががここに来たのは、運命と呼べるものなのかもしれん」
 
 ラウの表情に驚愕の色が浮かぶ。
 
 「誰が君達に〝ロゴス〟の情報を与えていたと思う? デュランダルという男、まあ確かに賢い男だよ。が、理想に走りすぎているな?」
 「――貴様!」
 
 アル・ダ・……フラガ……? フラガって、まさか……。どくんと心臓の鼓動が早くなる。フレイはラウの表情を注意深く覗き見る。彼の顔は怒りに歪んでいた。その事から、ビラードの言った事が事実なのだと思い知る。それじゃあ、パパは……わたし、は……。
 
 「ふふ、夢にも思わなんだか? まあそれは良い、もう必要の無くなった事だ」
 
 ビラードは気さくに笑った後、静かに深く息を吐き、そのまま天を仰ぎ、言った。
 
 「私の勝ちだ」
 
 その言い様は虚無のようで、その軽さが逆にフレイの心を逆立てた。人を殺すことを、たくさんの犠牲を生むことを何とも思っていないの? どうしてそんなに簡単に人を殺せるの……?
 老人は続ける。
 
 「どうでも良いのだよ、どうやって勝つかなどはな? そんな感傷は既に捨てた。拾い物を使ったとしても、ヤツには別の思惑があろうと、な」
 
 それは、半ば独り言であったのかもしれない。それでも、フレイは言わずにはいられなかった。
 
 「どうしてこんな事したんですか! 上手くいけば、もう戦争は終わってたかもしれないのに、こんな事になった所為で、またたくさんの人が死んで……!」
 
 それは、フレイの願望であっただけなのかもしれない。例えユーラシアが反旗を翻さなくても、何も変わらなかったかもしれない。それでも、フレイは何故と言い続けた。
 ビラードがにっと微笑む。それはまるで、孫を見るような眼差し。
 
 「だろうな、少尉。君はそれで良い。私とて、ヤツの思うように利用されるつもりは無いよ。電力の供給は既に絶った」
 「えっ……」
 
 思わず、フレイは聞き返した。彼女を抱くラウの腕に力が篭る。二人は、ビラードの意図を読みかねていた。
 
 「だがな、それではまだ不十分なのだよ。生態ユニットが必要だ。ふふ、結局誰も間に合わずにな、〝サイコフレーム〟を介して私がそうなっている。だから――」
 「貴様を殺さなければ、アレは止まらないという事だな?」
 ラウが嘲るようにして口を挟むと、ビラードはうむ、と頷いた。
 「では死んでもらう、ビラード」
 「まあ待て」
 
 その声色は、自分の命を惜しむ様子など微塵も無く、ただ気さくに会話に割って入った、それだけのように感じられた。だからこそ、恐ろしい。フレイにはわからない。どうしてこの人は、そんなに平然としているのだろう。人を殺す事、殺される事ってそんなに簡単に割り切れる事なの……? そんなの、嫌だ。
割り切りたくなんて無い。嫌だ、嫌だ、嫌だ……。こんなところにいたくない。フレイはようやく理解した。ビラードは、『全てを拒絶』した人間なのだと。既に分かり合う事を捨て、可能性を捨て、人間性をもかなぐり捨てた、人の姿をした『何か』。
心が、死んでいるのだ。だからフレイがどれだけ呼びかけても、ビラードは何も応えない。死者は何も返してくれないから。どれだけの人が犠牲になろうと、ビラードは決して心を痛めない。痛めるべき心が無いから。人を殺すためだけの機械の体現者。完璧な戦闘マシーン。最強の兵。
 ラウがじりと警戒を強める。
 ビラードはふっと微笑み緊張を解し、言った。
 
 「――自分でケリをつける」
 
 そのままビラードは目にも留まらぬ速さで拳銃を抜き己の頭に銃口を押し当て、何を、と思う間すらなく、躊躇のそぶりも無くトリガーに指をかけ、ラウがはっとしてフレイの視線を指先で覆うと銃声が鳴り響き、少し離れた場所で何かがどさりと倒れる音がした。
 ぞっと背筋が凍る。ビラードと言う男は、ビラードと言う男は……。
 ただただ、虚しかった。そこには、『勝つ』だとか、『負ける』だとかいう概念は最初から存在しなかった。フレイが一人でここに来ていたとしても、誰も来なかったとしても、結果は同じだったのだ。この男は、一人で死ぬつもりだったのだろうから。悲しいとは思わなかった。ただ不快であり、嫌なものだけが残る。住む世界が違いすぎた のかもしれない。平和に生きたフレイと、その男とでは……。
 ラウが何かを言いかけ、それでも言葉を発せずに、震える唇だけで息を吐いた。 
 思わず、フレイはラウの頬に振れ、そのまま彼の仮面を優しく脱ぎ取り、焦燥しきった瞳を覗き見る。
 が、彼と同じくフレイもまた何も言葉を発せず、乾いた息だけが擦れ唇だけがかすかに動いただけだ。
 今まで、フレイが戦ってきた者は皆、それぞれが壁となって立ちはだかった。サトーのような優しい彼は、超えるべき壁であり、アッシュと名乗った不愉快な男は、打ち砕くべき壁であり、敵でありながらも戦わねばならないと思わせる何かを思わせてくれた。
 が、今そこに横たわった亡骸は違った。
 何も、無かった。
 壁ですらない。
 言い用の無い得体の知れない『何か』。
 押すことも引くことも、超える事も砕く事さえもできず、その『何か』は今突然にこの世から消失したのだ。
 本当に悪だったのかどうかすらもわからない。確信が持てない。フレイの知らない事を語り、一人で満足し、一人で死んでいった、知らない『何か』。正しくありたいと思ったフレイの心も、歪んでしまったラウの心も、決してビラードとは触れ合うことは無いのだ。
 恐怖も怒りも何も無い、圧倒的な無力感がフレイの心を支配する。
 きっとラウも同じ気持ちなのだろう。
 彼は、ビラードを憎んでいたように思える。だがその男は、目的を全て成し遂げ、そのまま永遠に手の届かぬ場所へと逃げ去った。
 ビラードの人生は、フレイの理解の範疇を超えていた。
 どうして良いかもわからずにフレイは焦燥したまま、ラウを手繰り寄せ、彼の頬にキスをして言った。
 
 「帰ろう……」
 
 
 
 盾のイメージが、物理的な力となり十数機の〝ストライクダガー〟を月面の岸壁に押し潰す。
 アムロは数百メートルを超える可視化された何かを辛うじて避け、衝撃に舞う粉塵に紛れ更に〝ギガンティス〟へと距離を詰めた。
 二機の〝エグザス〟が舞うようにして飛び交いビーム砲を連続で撃ち放つが、〝ギガンティス〟はそれを蚊ほども気にせず、のそりとした動きでアムロの〝デュエル〟を再び見据えた。
 〝ギガンティス〟の右腕が律動し、光に包まれる。
 ――攻撃が、来る!
 身構えたその瞬間、〝ギガンティス〟の動きが止まった。
 可視化されていた百二十八層もの〝Iフィールドバリア〟が消失し、右腕の輝きも消える。
 その隙をアムロは見逃すはずも無い。
 〝デュエル〟が一気にスラスターを吹かせ〝ギガンティス〟に迫る。
 ぐらりとよろめきバランスを崩したその巨神が、崩れ落ちながらももう一度右腕を掲げ、確認できただけでも十六層ほどの〝Iフィールドバリア〟を物理的な力場として〝デュエル〟へと撃ち放った。
 が、勝機はそこにあった。
 〝ギガンティス〟の使うそれが、謎の力でもなんでもなく、今この場で〝Iフィールド〟としてしか発現していないのなら、抗う術はある。
 アムロはシールドを捨て背中から二本のビームサーベルを抜きさると、そのままビームの刃を正面で交差し粒子の波を作った。角度を僅かに傾け、眼前に迫る可視化した〝Iフィールドバリア〟の塊りに真正面からぶつかると、そのままビームの波を利用して〝Iフィールドバリア〟の表面を滑るようにして爆発的な加速力を得た。〝Iフィールド〟でビームの波に乗ったのだ。
 一瞬で〝ギガンティス〟の背面へと滑り込んだ〝デュエル〟は、そのままビームライフルを構え圧縮し続けていた粒子を全て開放し、貫通力と破壊力を極限まで高めた高濃度ビームをその首元に抉りこませるようにして撃ち抜いた。
 直撃を受けた巨神はそのまま誘爆を起こしながら月面の大地に倒れこむ。更に追い討ちをかけるようにしてアムロはありったけのビームを撃ち込んで行く。
 が、そこまでであった。
 四方からの敵意にアムロははっとして機体を動かすと、同時に無数のビームが〝デュエル〟を襲い、光条がビームライフルを貫いた。
 
 「――何だ!?」
 
 思わず声にして出す。
 ぐらり、と五機の〝デストロイ〟が怪しく蠢く。
 その全機がコクピットへの致命傷を受けており、アムロが撃破したはずの機体だと知った。
 ぞっとして眼下の赤い巨神に視界をやる。
 赤子のように蹲ったそれは、首だけを一八○度回転させ、アムロの〝デュエル〟を見据えていた。その特徴的なゴーグルタイプの目の中に、小宇宙《コスモ》を垣間見る。まるで、アムロを取り込もうとするかのように、その深遠は深く恐ろしい。
 だが、アムロは決して惑わされない。
 〝ギガンティス〟が弱々しい〝Iフィールド〟たった一枚を張り防御体制に取ると、その巨神の背中からパイプのように張り巡らされた電力供給ケーブルがはじけ飛び、フレイ達の作戦成功を確信した。
 あらゆる誘惑を振り切り、フットペダルを踏み込むと〝デュエル〟は再び月面の宇宙《そら》を舞った。
 アムロは〝ギガンティス〟の行動を、子供染みていると一蹴した。たった今の生を生きながらえようとしているだけのように思えたから。あるいは、少しでも多くの命を道連れにしようとしているだけなのかもしれない。それはどこまでも醜く、邪悪な存在であった。
 否、例えそうでなくても、〝ギガンティス〟がどれだけ崇高な理由で行動していようとも、アムロがそれに付き合ってやる道理は無い。
 が、〝Iフィールド〟を突破する手立てが無い以上、アムロはその行動に付き合わされる羽目になってしまったのは不愉快な事だ。
 それでも、戦わなければならない。
 〝ギガンティス〟が完全に停止するまでどれくらいあるのかはわからないが、ヤツがサイコマシーンを外部コントロールする術を持つのだというのなら、それは恐ろしい事だから……。
 
 
 
 慌しく来た道を戻り、フレイが〝ウィンダム〟に飛び乗るのとほぼ同時に施設が誘爆を開始し、「ラウ!」と名を呼んだときには既に〝プロヴィデンス〟との間にビームの波が割って入った所であった。
 敵が、まだいた……!?
 これは外部からの攻撃だ、一体誰が……。
 その攻撃の主が遠隔操作された〝ザムザザー〟であることなど知らず、フレイは崩れ落ちる天井に向けて〝インテグラットストライカー〟の一○五ミリ単装砲を向けると基地施設に火薬に引火した巨大な爆爆が〝ウィンダム〟を弾き飛ばした。
 声をあげる暇も無くフレイはシートに体を叩き付けられ、衝撃に肺の中の空気ががふと吐き出されぐわんと視界が暗転する。
 ぐらと機体のバランスが崩れ、崩壊を始めた格納庫《ハンガー》の床が抜け落ちそのまま〝ウィンダム〟は奈落へと飲み込まれた。
 ああ、今落ちているんだ、という浮遊感を最後に、フレイは意識を消失させた。
 
 
 
 ラウの思考を正確に読み取り、〝プロヴィデンス〟は闇の底へと落ち行く〝ウィンダム〟に手を伸ばしていた、が、届かない。
 名を呼ばなかったのは、ラウに残された最後の意地か。
 もう一度強い衝撃が機体を襲うと、裂けた天井から倒したはずの〝ザムザザー〟がカマキリの様な目を覗かせる。
 その機体の外部装甲に、明確な幼子達のイメージを見た。
 
 『ふふ、ぼくを殺したやつだよ』
 『うん、わたしも殺された』
 『じゃあ、あいつも殺さないとね?』
 『そうだよ、殺しちゃえ』
 『殺そう、ぼく達の仲間に入れてあげよう』
 『駄目よ、殺してもこいつは駄目』
 『うん、殺しても駄目ね。ママが嫌がっているもの』
 『殺しても殺しても、いっつも邪魔されるんだよね!』
 『うん、一番最初もこいつに邪魔されたんだって! だから殺しそこなった!』 
 『一番欲しい子を殺されたんだもんね』
 
 子供達がけたけたと笑い、その様子を遥か高い位置から黒い髪の女が見下ろしている。女はにたりと醜く口元を歪めると、一人の少女がその女を仰ぎ見、言った。
 
 『そうだよね! ――□□□!』
 
 呼んだ名だけが、虚無へと掻き消えラウの意識には入ってこない。だが、ラウはその少女のイメージの口元を読み、その名を想定した。
 
 ――カ、ラ、ラ。
 
 確かに、そう唇が動いた気がした。
 わずかな確信を得た瞬間、一斉に幼子達の首がぐりんとラウを凝視し、その顔を憎悪と嫌悪に歪める。
 もう幼子の姿を模した魔物は、言葉を発しなかった。
 まるで捕食者のように〝ザムザザー〟がゆらりと動く。
 そこに、幼子と女の失態があった。
 ラウを覗き見た時、同じようにラウもまた魔物達の深遠を、わずかだが覗き見ていたのだから。
 わずかだが、『この先』に起こる出来事を知り得た。……知り得てしまった。
 だが、ラウは気づかない。それをやつらの『失態』だと思ってしまったそれこそが、既に――
 
 
 
 どれだけ意識を失っていただろう、フレイは重い頭をあげると、先ほどから数分しかたっておらず、わずかに安堵の息を漏らした。辺りは暗く、瓦礫に埋もれ身動きの取れなくなったウィンダムは〝I.W.S.P.〟を爆散させ、なんとか這い上がる。だが、これで武装はなくなってしまった。このままでは――
 ふいに、誰かが名を呼んだ気がした。
 フレイがちらと視線を向けると、それはいた。
 くず鉄のような灰色の躯体。塵のように撃ち捨てられた巨大なそれを見、フレイはとくんと心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
 知っている、気がした。
 わたしは、それを、ずっと前から……。
 〝ウィンダム〟のAIが、同時にはじき出した結果を映し出す。
 一つ目のAIは、それを新型の〝ストライカーパック〟――〝ナハトストライカー〟と表示させた。
 新型の――この巨大な躯体から判断するに、それは〝シュヴァンストライカー〟と同じく着るタイプの――モビルコートと呼ばれる、一つの形として完成された外部骨格。
 二つ目と三つ目のAIは、それをMSN‐○四Ⅱ〝ナイチンゲール〟と表示した。
 傍らの少女が優しく微笑み、促す。
 同時に、灰色のモビルコートの単眼《モノアイ》に力が宿り、その躯体をPS装甲最高高度の赤へと変えていく。〝ウィンダム〟が共鳴し、互いにデータを共有しあう。
 瓦礫の中から〝ナイチンゲール〟がぐらりと起き上がり、その背骨を位置する外部装甲が開いた。
 ドッキング・シークエンス。
 自動操縦で〝ウィンダム〟が滑らかに動くと、そのまま促されるままにして、モビルコートと連結していく。
 そして、〝ナイチンゲール〟は再誕した。
 同時に、フレイは理解する。
 わたしの夢の、あなた。
 その意味を。
 想いを。
 歌声は、もう聞こえなかった。
 代わりに、奏でられる華やかな鈴の音と、ら、ら、という呼び声。
 いくつもの想いが流れてくる。
 フレイは、世界を見ていた。ぽっかりと穴をあけ形を変えたオーストラリア大陸。地球へと降り注ぐコロニー。殺し、奪い合う人々。長きにわたる戦争。
 それは、成し遂げられなかった無念の意思か、あるいは次の時代への贈り物か。
 ――私もまた、愚民の一人でしかなかった。
 思い出が、再生されている。瞬間の、心が。
 ――奇跡もまた、人が起こす業……。
 人が、起こす――奇跡。
 全天周囲モニターに光が灯り、星空をバックに淡いオーロラの輝きを映し出す。
 ――人類の業を背負うと言いながら、私はあまりにも雑多でありすぎた。
 それは、どこまでも美しく、あらゆるものを許し、讃えてくれているかのよう。
 ――この温もりを持ったものが人なのだということを忘れ、いたずらに逸ることしかしなかった。
 ああ、なんて暖かいんだろう。輝きに抱かれながら、フレイはそこに母の温もりを覚えた。世界が蒼く煌き、輝きを増していく。優しい、光。
 ――私も愚民の一人……この愚かしくも温かい、光の連鎖のひとつに過ぎなかった……。
 
 刻が、見える。
 ――ここには、あの光は感じられない、何も無い暗く、冷たい闇――。
 混迷の大地。闇の世界。それでも、生きている。
 ――人類もまた、一瞬の光――。
 めぐり合った心が、遠い真実を呼び合う。
 ――迷うこともあるだろう、行く先の見えない回廊に行き詰ることもある――。
 迷い、それでも同じ夢を叫ぶ。
 ――それで良い。それでも、と光を求め、歩みを止めない人と言う種にこそ、光は宿る――。
 そうだ、最初からわたしたちは同じ光を見ていた。その『捉え方』を違えただけだった。誰もが皆、人と共にあることを望んでいる。ほんの僅かな、すれ違い。
 俯いた心。抱きしめた背中。何処かで寂しげな歌が聞こえる。ラクス、貴女が歌っているの? 心の、奥で、一人で泣いて。
 お願い、気づいて。暗闇の最中でも、この宇宙《そら》はどこまでも蒼く、美しい事に。世界は闇なんかじゃない。本当は最初から、そんなものは存在していない。人の絶望した心が、闇を魅せる、それだけなのだから。
 ふと、先ほどの青年が優しくフレイの髪を撫で、消えた。
 〝ナイチンゲール〟が力強く律動し、機体のエネルギーが一気に上昇する。
 手を、伸ばす。消えていった幾つもの光には、哀しみと優しさの記憶さえもう見えない。まだ儚い未来は輝きさえ知らずに、眠り続けている。目覚めを待って――。
 〝ウィンダム〟のコクピットに備え付けられた〝サイコフレーム〟が律動し、〝ナイチンゲール〟を淡い輝きが包み込む。
 昨日を振り払い、今までの自分にさよならを言おう。思い出は優しいから、縋ってしまいそうになるから。でもね、逃げる事は悪い事じゃないの。だって、あなたの人生だから。誰にも縛られず、何者にも束縛されず、あなただけの未来を歩まなければならないのだから。
本当にいけないのは、立ち止まる事。思い出に縋り、何もせずに、ただ時間を浪費し、心を腐らせてしまう事。だから、逃げる事を怖がらないで。だってそうでしょ。逃げた先に、わたしがいたんだから。逃げた先にいた人々は、あなたを祝福してくれたから。
困難に立ち向かう事も、そこから逃げ出す事も、本当は等しく、未来への一歩。逃避は敗北では無い。だから、お願い。どれだけ絶望しても、辛くても、悲しくても、生きて……!
 それは、フレイの言葉か、別の誰かが言った言葉か。母の声が聞こえた気がした。父もいたかもしれない。多くの出会いと別れ、その全ての力をその機体に宿した〝ウィンダム〟、〝ナイチンゲール〟。
 
 「――パパ、ママ。わたし、行きます」
 
 目を閉じ、最後に見た最愛の二人の姿を思い浮かべる。もう、迷いは無い。フレイは一人で飛べるのだから。
 
 ラウは歌がやんだことを知覚した。尚も起き上がり、自壊し上半身だけの姿となったそれは再び両の腕に光をともす。巨神の全身から再び光の槍が伸び、ついにその一つがついに〝デュエル〟の左肩を捕らえた。
そのまま月面に叩きつけられる〝デュエル〟。ムウ、モーガンの〝エグザス〟は既に力を失っており、先ほどまで戦っていた連合の部隊らも同じくし、もはや残されているのは〝プロヴィデンス〟だけとなった。
 獣のように追いすがる〝ザムザザー〟が、ずたぼろの装甲の擦れを雄たけびのように唸らせ、覆いかぶさった。
 ――やられる!
 ぞっと隣り合った死に戦慄した瞬間、〝ザムザザー〟の巨大な躯体が停止する。
 同時に、けたたましい警報《アラート》がコクピットに鳴り響いた。モニターにCとAの文字が入り乱れる。
 基地の一郭から、爆発的な粒子がラウたちを包み込む。瓦礫が木の葉のように舞い散り、赤き不死鳥を模した巨大なモビルスーツが姿を現した。
 間違いない、アレは〝ナイチンゲール〟だ、だが、乗っているのは誰だ!?
 そのまま翼に当たるバーニアを吹かせ、〝ナイチンゲール〟が〝プロヴィデンス〟を守るようにして躍り出た。通信が入る。
 
 〈ラウ、力を貸して〉
 「――フレイ・アルスター……君が……!」
 
 オーロラの輝きが、ラウの心を撫で、包み込む。
 それはまるで、母のように優しく、どこまでも暖かく――
 
 
 
 〝ナイチンゲール〟が〝プロヴィデンス〟と出会うと、律動は一層激しくなり、それは物理的な力となり、同時に放たれた〝デストロイ〟の砲撃を全て弾き返した。
 沈黙した〝ザムザザー〟が再び機動する。〝デストロイ〟の双眼《デュアルアイ》が力強く灯る。
 だが、フレイは恐れない。今、この瞬間、フレイは己を器として、力を発しているのだと理解していたから。わたしだけの力じゃない。たくさんの意思が、この〝ナイチンゲール〟と〝プロヴィデンス〟を中心にして発動している。
 
 「いけ、〝ファンネル〟!」
 
 フレイが言うと、五機の〝デストロイ〟と〝ザムザザー〟が赤い魔神に向けて一斉攻撃を仕掛けた。
 〝ナイチンゲール〟と〝プロヴィデンス〟が互いに共振し、〝サイコ・フィールド〟となって巨神にまとわるバリアのようなものを相殺していく。
 〝ナイチンゲール〟に内蔵された二基の核融合炉が、〝ウィンダム〟の核融合炉と連結し、腹部に搭載された陽電子破城砲〝ローエングリン〟が光の膜をと共に放たれ、それはあらゆる障壁を跳ね除け巨神の巨大な躯体を貫いた。
 やがて赤い巨神は小さく爆発を起こし、巨大なうねりとなって機体が崩壊し砂と化していく。
 それは、そののちに〝ブレイクザワールド〟と呼ばれる事となった戦いの終結であり、連合とザフトの戦争再開を意味していた。
 
 
 
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