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CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_39

Last-modified: 2013-02-10 (日) 20:49:18

 目を覚ますと、そこは見慣れぬ天井であった。覚醒しきれない頭で、のろのろとつい先ほどまで見ていた夢を思い出す。
 ああそうだ、きっかけはそんなものだったな……。
 夢の中で愛する人が、自分とは遺伝子の相性で子供ができないと嘆き、別の男を夫として自分のもとから離れていった。こんな些細なことで、私はコーディネイターの未来が無いと感じたのだ。だが、それはあながち間違いではない。
感情論を置いておくとしても、子をなせない個体同士が多数存在するということ自体が、種の限界を示しているのだから。多様性を失った遺伝子に、未来など無いのだ。最初は、より遺伝子学を高め、科学の力によりその困難を克服することができるのだと考えた。
ナチュラルに対して驕っていたつもりは無かったが、今思えばそれでも心のどこかで彼らを見下していたのかもしれない。
……あの時見つけたデブリには、ナチュラルの可能性が詰まっていた。コーディネイターの我らが作り上げたモビルスーツを遥かに超えた性能。神話の王。〝ガンダム〟。ザフトの科学をもってしても解析不可能ないくつもの機能。〝サイコフレーム〟などがその筆頭であろう。
コクピットに溶接されたその金属粒子はコーディネイターの思念には何の反応も示さなかった。ゆえに科学者達はその存在が何を意味しているのかを知らず、無駄な時間を消費することとなる。強いて言うならば、その差が連合と〝プラント〟の今後を決めたと言っても過言ではない。
〝サイコフレーム〟がラウの意思に反応するまで、その重要性に全く気づけなかったのだから。
 そこまで考えて、ギルバートはやっと状況を理解した。まず、『何故私は生きている』と。
 あれは夢であったのかと疑ったが、体を起こそうとして走った胸の激痛がそうで無いと告げていた。
 友人に撃たれた、という何とも言えない虚しさがまず胸を駆け、やがてそれは記憶の糸を紡ぎ、撃った本人がラウではない事を思い出した。
 何故、自分で手を下さなかった……?
 今更自分の手を汚したくないと言う安直な思考に従って行動するような男ではないだろう。
 私を撃った男は、誰だ。顔は見えなかった。
 しかし、容赦の無い執拗な撃ち方だったのは、何となく覚えている。
 確実に始末する、そしてそれを半ば楽しみ、矜持としている、そんな撃ち方だった。
 だのに、私は生きている。
 ある者はそれを奇跡と呼ぶかもしれない。あるいは、神の悪戯か。
 ……そんな事が現実に起こりうるのだろうか。
 ラウは、明らかに何かを知っていた。
 疑うべきだったのか? 彼の事を。
 しかし……。
 力なくそのままベッドに身を預けると、ややあって扉が開き、タリア・グラディスが目に涙を浮かべ駆け寄った。
 
 「ああ、ギルバート」
 
 名を呼ぼうとしたが、声はでなかった。それを察知したのか、タリアはわずかに首を振り大丈夫と告げ、ギルバートの手を優しく握る。
 彼女は言った。
 〝プラント〟には、核爆弾が設置されていたと。
 そして、この戦乱の元凶であるギルバート・デュランダルに対し、ラウ・ル・クルーゼは国民を人質に取り、〝プラント〟議会を影で操っていたのだと。
 ギルバートは、確信した。
 それは、推測だとか、そうであって欲しいだとかいう希望的観測ではなく、直感として、彼の親友として理解した。
 彼は、私が死なないと確信し、殺すつもりで私を撃った。
 明らかな矛盾であるが、それ以外の考えが思い浮かばない。
 議会を影で操る。
 内心可笑しく思い、ギルバートは笑いを堪えるのに苦労した。
 子供染みた、ラウとの勝負の最後の一手。
 この幼稚な嘘で、世界を騙し通してみろと、そう言っているのかもしれない。
 友達にしか、わからない事がある。
 ギルバートに兄弟はいない。しかし、それがいたとしたら、彼のようなものだったのかもしれないと、そんな事を考えていた。彼ならどうするだろう、彼ならばきっとこうしているだろう、これは嘘だろう、これは事実だろうと、そういう判断はできる。
 だから、ギルバートは彼の打った最後の一手に、正面から戦ってみようと思っていた。この人生と言う娯楽に、遊びに、勝負にもう少しだけ付き合ってみようと。
 どこまで貫き通せるか、あの賢く聡明な少年達を、欺き通せるだろうか。
 そして、同じようにして、理解した。
 シーゲル・クラインを始末したのは、君だったのかと。
 
 
 
 
PHASE-39 律動
 
 
 
 
 〝ガーティ・ルー〟の通信ルームで、フレイはオーブにいるカガリに長距離通信を入れていた。音声と映像にラグはあるが、贅沢は言えない。これもジブリールが自慢していた技術革新の成果の一つだとかまた例によって本にすれば数ページあるのでは無いかと言うほど説明を長たらしく繰り広げたが、全部忘れた。

 〈それで、本当なのか? ラウ・ル・クルーゼっていったあの男、〝プラント〟の人達を人質に取ってたってさ〉

 カガリの口から告げられたのは、〝プラント〟と連合から『一応の事実』として知らされたことである。実際〝プラント〟からは稼動状態の核爆弾が発見され、議長のギルバート・デュランダルも瀕死の状態で見つかれば、少なくともデュランダルという男はそれに関与していないか、あるいは切り捨てられたかという予測はできる。
しかし、フレイは言うのだ。
 
 「嘘よ。絶対に違う」
 
 と確信を持って。
 
 〈でもなー。デュランダル議長だっけ? 本当に危なかったんだろ? 後数分でも遅れれば死んでたとか、心臓をかすめてたとかさ〉
 「そこまでは聞いて無いけど……」
 〈こっちは聞いてるさ。なんてったって核、撃たれたんだからな〉
 
 ふんと不機嫌に鼻を鳴らす彼女の仕草はカナードそっくりだった。
 
 〈銃弾はさ、心臓に命中する位置だったんだってさ。でも体の中でわずかに軌道がそれて――そんなの、狙ってできるものじゃないだろ? だから、クルーゼは本当に議長を殺そうとしたとしか――〉
 「そんなこと……無いもん……」
 
 何だか、嫌な感じだった。まるで父親の悪口を言われているような――。
 すると、カガリが慌てて
 
 〈あ、いやお前の言ってること信じてないわけじゃないんだって〉
 
 と釈明した。
 
 「……嘘ばっか。信じてないって顔に出てる」
 〈そんなこと無いって! 私がオリジナルなんだとか、そういうことも全部信じる。でもさ、まずは事実を認めてくれよ。間違いなく……ええと、心臓を狙って、だな……〉
 
 殺す気だった、と言いたいのだろうが足りない頭で難しいことを言おうとしてる所為かぎくしゃくしている彼女が少しおかしかった。
 
 〈ともかくだ! 心臓を狙って殺すつもりで撃っても絶対に死なないって確証があったってこと! なのか……?〉
 「んもう、自分で何言ってるかわかってる?」
 〈あーもう! 良いよ、私はお前を信じる! あいつは殺す気は無くて、絶対に助かる保証があって撃った!〉
 
 うむ、と納得してモニターの中で踏ん反り返るカガリが妙におかしくてフレイはまた笑みを浮かべた。
 
 〝ガーティ・ルー〟の通信ルームで、フレイはオーブにいるカガリに長距離通信を入れていた。音声と映像にラグはあるが、贅沢は言えない。これもジブリールが自慢していた技術革新の成果の一つだとかまた例によって本にすれば数ページあるのでは無いかと言うほど説明を長たらしく繰り広げたが、全部忘れた。
 
 〈それで、本当なのか? ラウ・ル・クルーゼっていったあの男、〝プラント〟の人達を人質に取ってたってさ〉
 
 カガリの口から告げられたのは、〝プラント〟と連合から『一応の事実』として知らされたことである。実際〝プラント〟からは稼動状態の核爆弾が発見され、議長のギルバート・デュランダルも瀕死の状態で見つかれば、少なくともデュランダルという男はそれに関与していないか、あるいは切り捨てられたかという予測はできる。
しかし、フレイは言うのだ。
 
 「嘘よ。絶対に違う」
 
 と確信を持って。
 
 〈でもなー。デュランダル議長だっけ? 本当に危なかったんだろ? 後数分でも遅れれば死んでたとか、心臓をかすめてたとかさ〉
 「そこまでは聞いて無いけど……」
 〈こっちは聞いてるさ。なんてったって核、撃たれたんだからな〉
 
 ふんと不機嫌に鼻を鳴らす彼女の仕草はカナードそっくりだった。
 
 〈銃弾はさ、心臓に命中する位置だったんだってさ。でも体の中でわずかに軌道がそれて――そんなの、狙ってできるものじゃないだろ? だから、クルーゼは本当に議長を殺そうとしたとしか――〉
 「そんなこと……無いもん……」
 
 何だか、嫌な感じだった。まるで父親の悪口を言われているような――。
 すると、カガリが慌てて
 
 〈あ、いやお前の言ってること信じてないわけじゃないんだって〉
 
 と釈明した。
 
 「……嘘ばっか。信じてないって顔に出てる」
 〈そんなこと無いって! 私がオリジナルなんだとか、そういうことも全部信じる。でもさ、まずは事実を認めてくれよ。間違いなく……ええと、心臓を狙って、だな……〉
 
 殺す気だった、と言いたいのだろうが足りない頭で難しいことを言おうとしてる所為かぎくしゃくしている彼女が少しおかしかった。
 
 〈ともかくだ! 心臓を狙って殺すつもりで撃っても絶対に死なないって確証があったってこと! なのか……?〉
 「んもう、自分で何言ってるかわかってる?」
 〈あーもう! 良いよ、私はお前を信じる! あいつは殺す気は無くて、絶対に助かる保障があって撃った!〉
 
 うむ、と納得してモニターの中で踏ん反るカガリが妙におかしくてフレイはまた笑みを浮かべた。
 
 
 
 流石にそのまま〝プラント〟へ、というわけにもいかず、連合の艦隊は〝ヤキン・ドゥーエ〟で補給を受けることとなり、キラは久しぶりに自由な時間を満喫する事ができた。あのジブリールが無駄に豪語しただけはあって、確かに〝ガーティ・ルー〟の生活空間は見事なものであった。
戦艦の通路が広いのは、機材や負傷兵を運ぶ為という理由はあるそうだが、この〝ガーティ・ルー〟はきっとそれ以外のどうでも良さそうな理由がいくつもあるのだろう。トールたちと夕食を済ませ、岩風呂を堪能し、いつものように人気の無くなった食堂を占領している姦しい三人組が目に留まる。
 
 「追悼コンサートだってさー」
 「んー? 誰の?」
 
 フレイが頬づいてぼーっと言うと、ミリアリアがさも興味なさげに答え、フレイはそのままほうっと息をはいた。
 
 「ラクス・クライン」
 「あー」
 
 ミリアリア何とも言えない表情で食堂でてきぱきと後片付けを始めるレノア・アルスターとか名乗りだした例の少女を見据える。
 
 「ミーア・キャンベルねぇ……」
 
 感心してるのかしてないのかわからない顔でフレイが言うと、奥からラクスがひょいとやってきて
 
 「〝プラント〟はどうなっているのでしょう?」
 
 と尋ねた。
 マユが明日の朝食用に冷凍庫から解凍するものを冷蔵庫に移しながら、ラクスをちらと横目で軽く睨む。
 
 「ん、聞いてないの?」
 「わたくし、コック見習い」
 「そ。パトリック・ザラって人だっけ? 結局冤罪だったとかそんなんで釈放されて、そのまま評議会を新生ザフトに明け渡した……だっけか?」
 「まー、だいたいそんな感じ。ギルバート・デュランダルって人もザラって人に従うってさー。私達と大して変わらないのにねー、年とかー」
 
 とミリアリアが答える。
 どこか複雑な表情になったラクスが、そのままフレイの隣の椅子にそっと座る。そんな彼女の様子を察したのか、フレイはやれやれと苦笑し、ぽんぽんと頭を撫でた。 
 おほんとわざとらしくマユが咳払いをすると、ラクスはすぐに「んっ」と自分の頬をぱしぱしとはたき、厨房に戻っていく。
 何もかもが上手く行く事なんて無いんだよなとキラは少しばかり寂しい気持ちになりながらも、フレイがどこか気落ちしている事に気づいていた。
 
 
 
 その頃、〝プラント〟ではある問題を察知していた。
 
 「〝ボアズ〟が襲撃を受けている!?」
 
 慌てて告げられた報告に、アスランはぎょっと目を瞬かせた。
 
 「どこの部隊だ……?――ラウ・ル・クルーゼか!」
 
 今この状況で仕掛けてくる勢力と言えば、彼らくらいしか思い浮かばないのも事実。だが気になる情報もある。あの日、あの時、ラウと共に軍を抜けた者は、ザフトの兵だけでは無かったということだ。連合の艦隊から、地球の部隊からも幾人もの兵が軍を脱走したという報告が入っている。だが、何故? ようやく訪れた平和を無下にしてまで、戦う理由があると……? 何か目的が、求めるものがあるのならそれを要求してくるだろうと思ってはいたが、それすらも彼等はしないのか……?
 ……今〝ボアズ〟は決して油断なら無い状況にあるのは確かだ。あそこにはまだ稼動可能な〝ジェネシス〟が――。
 
 「そ、それはわかりませんが、既に〝ボアズ〟に常駐する軍には多くの損害が――」
 
 男の言葉にはっと思考の海から引き戻されたアスランは、同時にあることにも気づいた。
 
 「〝プラント〟には、アスハ代表が、来る予定だったな……?」
 
 問われた男は、さっと顔を青ざめさせる。〝プラント〟はオーブに核を撃ちこんだのだ。会談の為とはいえわざわざ呼び寄せたのは無礼なことではあるが、かの代表があちらから来てくれるとの申し出を、終戦を迎えたばかりの〝プラント〟は歓迎するしかできなかったのも事実である。確か、彼女を乗せたシャトルは一度補給のために 〝ボアズ〟を介して――
 
 
 
 「どうして助けに行かないんですか! カガリなんですよ!? 今すぐにでも向かって、助けてあげないと!」
 
 艦橋《ブリッジ》にまで押しかけてきたフレイが怒鳴ると、ナタルが「準備はしている!」と苛立ち返す。
 
 「嘘ばっかり! 艦の補給は終わってるってマードックさん言ってたもの!」
 「〝ガーティ・ルー〟だけで先行してどうなる!?」
 「だってカガリなんですよ!?」
 「わかってはいる!」
 「だったら――!」
 
 ナタルとて、彼女を救いたい気持ちは同じである。だが艦長である以上、クルーの命を最優先に考えたいし、敵の数もまるでわかっていない状況でたった一隻の艦で乗り込むほど無謀な戦略を取るつもりは無い。ナタルはぎりと奥歯を噛み、誰にも聞こえないよう「私だって……」と呻いた。
 が、終始無言に努めていたアズラエルが、ふと顔をあげ真面目な顔で告げる。
 
 「あー、ええとバスカーク君? 〝アークエンジェル〟に通信ヲ。ジブリール君を出させてください」
 「りょ、了解!」
 
 ジブリールはすぐに現れた。
 
 「ジブリール君。〝ガーティ・ルー〟のテストは、そちらでどこまでやりマシタ?」
 〈ハッ。無論全て滞りなく。完璧に仕上げたものを、用意したのです〉
 「『あれ』も、こっそり?」
 〈無論です――使うのですか?〉
 「ええ。それでは、行ってきますヨ」
 〈了解しました〉
 
 モニターが消えると、アズラエルがそのままナタルに向き直る。
 
 「〝ガーティ・ルー〟は先行します」
 「なっ!?」
 
 馬鹿な、と言う思考と、良かったという二つの感情が入り混じりナタルはどう答えるべきかわからず言葉を詰まらせた。
 
 「どちらにしても、この〝ガーティ・ルー〟に追いつける艦なんて存在しませんよ。〝ミノフスキークラフト〟搭載のこの艦には、ネ?」
 「しかし……!」
 「もう一つあります」
 
 無茶だ、という前にアズラエルが遮り、続ける。
 
 「できればこのまま隠し通したかったんですけどネぇ。状況が状況ですし……」
 
 もったいぶった口調にわずかな苛立ちを覚えたが、ナタルがぐっとこらえ続きを待つ。
 
 「この艦は、〝ミラージュコロイド〟を搭載しています」
 
 ざわとクルーが湧いた。メリオルでさえも、目をぱちくりさせて振り返っている。
 
 「隠し玉……ということですヨ。本来ならばもっと違う用途で使う予定でしたが……この際仕方ありません」
 
 〝ミラージュコロイド〟を搭載した戦艦を、ナタルは知らない。それだけの大出力の〝ミラージュコロイド〟を使用可能とした技術には恐ろしいものを感じたが、同時にそういうものが存在するということだけで、〝プラント〟側に大きな恐怖や不信を募らせることになるだろうとも感じていた。
連合と〝プラント〟で締結されようとしている条約の中に、〝ミラージ ュコロイド〟の軍事利用禁止の項があると、ナタルは聞いている。もしもそれが決まれば、この〝ガーティ・ルー〟は存在そのものがタブーとなる。せっかく作った新造戦艦、お蔵入りにしたくは無いのがアズラエルの本音であろう。
 
 「作戦は任せます、僕はそっちのほうはからきしのようですからネ? ですが、一刻を争う事態ということはわかっています」
 
 彼がちらとフレイを流し見ると、彼女はぎゅっと拳を握り締めた。
 
 「皆さん、頼みましたよ。オーブは僕の大切なお財布なんですかラ」
 
 
 
 連合の新造戦艦〝ガーティ・ルー〟。その加速力は見事なものであった。ザフトの誇る高速艇エターナル級ですらも追いつくことはままならず、護衛にと申し出た〝ミネルバ〟をも見る見るうちに引き離し、観測領域外へと消えていった。
 
 「凄いものだな」
 
 と漏らしたのは、キャプテンシートに座るアデスである。ザラ新議長の計らいで艦長から外されたタリアに代わり指揮をとることになったが、事実クルーの練度には満足していた。
 ――あの新米の赤服が、やるようになったではないか。というのがアデスの感想である。既に十五に満たないクルーは艦を降りているため、以前はメイリンという少女が勤めていた通信シートにはゼルマンの艦から生還を果たしたクルーの一人であるアビーが座っている。
 が、それでもわずかにアデスがいらだつことがあった。その原因に向けて、アデスは臆せずに、迷惑だという意図もはっきりと込めて言う。
 
 「議長、今からでも遅くはありません。〝プラント〟にお戻りになっては?」
 
 問われた新生ザフトのトップ、アスラン・ザラが首を振った。
 
 「主犯者がラウ・ル・クルーゼだというのなら、我々は立場を示さねばなりません」
 
 道理はわかる。だが、君がいなくなったらまた〝プラント〟は分裂するぞ、と言う言葉を飲み込みアデスはむっつりと既に姿が見えなくなった〝ガーティ・ルー〟の行く先を見据える。
 
 「アスハ代表を、私の命を賭して守れたのならそれで良い。オーブの国民や連合の市民も納得してくれるはずです」
 
 そりゃそうだろう。だが――。
 カリスマ性とやらはあるかもしれないが、これでは政治はやれんだろうな、とアデスはやれやれと首を振る。
 モビルスーツデッキで出撃を控えるイザーク達の気持ちが痛いくらいわかった。
 
 
 
 警報《アラート》が鳴り響くよりも早く、フレイは格納庫《ハンガー》の〝ウィンダム〟内部で敵の存在を知覚していた。やがてそれは鳴り、思い切り舌打ちをした。
 ――急いでいるのに!
 〝ミラージュコロイド〟の効果時間は有限であり、決して無尽蔵に使用し続けることができるものではない。これから〝ミラージュコロイド〟発動かというタイミングでの出会いは不幸な事故ではない。おそらく、この艦の存在が漏れていたと見て間違いないだろう。それが消滅した〝ロゴス〟の残した最後の足掻きであったことをフレイは知らない。
 ミリアリアから情報が告げられるよりも早く、〝ナイチンゲール〟が読み取ったデータが転送され、〝ウィンダム〟のモニターに映し出される。
 〝一○五ダガー〟が三機、内一機は〝I.W.S.P.〟、脳波制御システムを搭載した特別機。
 足止めをされる。遅れる。カガリが……。
 気がつけば、フレイは艦橋《ブリッジ》に通信を入れていた。
 
 「艦長、わたしが敵を引きつけます!」
 〈馬鹿を言うな! 今の〝ガーティ・ルー〟から単機で飛び出せば置いていかれる!〉
 「いかれませんよ! 〝ナイチンゲール〟のパワーなら、戦闘後でも十分〝ボアズ〟に辿り着けます!」
 
 それは、苦し紛れの嘘でも、焦りから出た誇張でも無かった。学習型AIの〝レイ〟〝シャルレ〟〝ララ〟三人全てから導き出された最善の策。
 
 〈しかし……〉
 
 とナタルが躊躇するのは、フレイの身を案じているから。それが、わかるからフレイは言葉を慎重に選んだ。
 
 「大丈夫です。やれます。だから信じてください……」
 
 それは懇願に近かった。本当は、カガリを自分の手で助けたい、すぐにでも会って、もう大丈夫だよって言ってあげたい。
 
 〈…………わかった。だが、無茶はするな。君の命は、君が思ってるほど軽いものではない〉
 
 短い沈黙の後、観念したようにナタルが言うと、フレイは嬉しくなってにっと笑みをこぼした。
 
 「大丈夫ですよ、わたしの命は世界一重いんですからっ」
 〈ハッ、その意気だ〉
 
 やがて格納庫《ハンガー》が慌しくなり、着々と出撃の準備が進められていく。〝ウィンダム〟に被さるように〝ナハトストライカー〟が装着され、〝ウィンダム〟は〝ナイチンゲール〟となった。とはいえ〝ナイチンゲール〟一機だけでもそれなりの重量だ。〝スターゲイザー〟まで搭載する余裕は、今は無い。完全に単機での出撃となる。
 
 〈フレイ、推進剤を使いすぎないでね。帰って来れなくなるかもしれないわよ……〉
 
 緊張した面持ちでミリアリアが言う。
 
 「ん、平気よ。わたしがそんなヘマすると思う?」
 〈すると思うから言ってるの。あなた、好きな人の為になると時々周りが見えなくなってるわよ〉
 「そんなこと……」
 
 当たっているかもしれない、と思った。現に今彼女は周りが見えていない。〝ナイチンゲール〟が教えてくれなければ、フレイはまだつまらない我侭を続けていたかもしれない。
 
 〈〝ナイチンゲール〟出るぞ! 〝ナイチンゲール〟発進!〉
 
 マードックの号令が周囲に飛び交う。〝ナイチンゲール〟は特別機であり、カタパルトへは自力で向かわねばならないため他の機体とはやや勝手が違うのだ。
 フレイはそのままちらと〝デュエル〟を一瞥する。ぱっと通信モニターが開き、アムロが映り込む。
 あっと思うよりも早く、彼がふっと微笑し言った。
 
 〈アスハ代表の事は僕たちに任せてくれ、少尉〉
 「はい、大尉。あの馬鹿のことお願いします」
 
 すると、ふふと彼は微笑み、〈わかった〉と短く告げた。
 ぱっとモニターが消えると、移り変わるようにして心配げな顔をしたキラが映りこんだ。
 
 〈……フレイ〉
 
 フレイは、何も言えなかった。相応しい言葉が浮かばなかったと表現するべきかもしれない。強がるべきか、それとも本当は怖いんだと言うべきか、わからなかった。 
 彼はわずかに逡巡した後、目を見て言った。
 
 〈フレイならできるよ。頑張って〉
 
 それは、フレイが期待していた言葉とは違っていた。
 なんだろう……。とても辛くて、悲しかった。それは、少女の我侭であったのかもしれない。
 フレイは何も返せずに無言で通信を切り、そのままカタパルトへと進んだ。
 
 〈針路クリア! 〝ナイチンゲール〟発進どうぞ!〉
 
 ミリアリアの元気な声が響く。帰ってこなきゃな、ミリアリアにも、カガリにも会いに。キラにだって、わたしまだ何も言って無いんだから。フレイは左右の指でアームレイカーをぎゅっと握る。
 
 「フレイ・アルスター、〝ナイチンゲール〟行きます!」
 
 一気に加速し、無限の蒼き虚空へと投げ出された〝ナイチンゲール〟の全天周囲モニターの後方で、〝ガーティ・ルー〟が更に加速し、同時に〝ミラージュコロイド〟を発動させた。これで、〝ナイチンゲール〟はもう援護を要請する事はできない。
 再び前を見据え、全天周囲モニターの高解像度グラフィックスが最大望遠で捉えた三つの光を映し出す。それぞれのAIが正確に識別し、〝エールダガー〟が二機に〝I.W.S.P.ダガー〟が一機だと示す。
 ――裏切り者の、偵察部隊。
 短く反芻し、同胞ではないと言い聞かせる。
 遊んでやるつもりは無い。フレイは両翼のバインダーに装備された十基もの小型無線誘導端末〝ドラグーン〟を展開し、「〝ファンネル〟!」と気合をかけた。
 全てが意思を持ったようにして高速で散らばると、それぞれが敵〝一○五ダガー〟を取り囲み一斉に砲撃を加える。計十本もの光条が同時に輝き〝ダガー〟を襲うが、全機が舞うように全てを回避し、フレイは驚愕した。
 
 「うそ、強い!?」
 
 これはフレイの知らないところであるが、ラウに連れられて軍を抜けた者は、全てが己の出生に呪いを秘めた者達であり、即ち戦闘用コーディネイターであり、あるいは強化人間である。ゆえにこの三機の〝ダガー〟にフレイが勝っているものは、機体の性能のみであった。
 元来〝ドラグーン〟のような小型の誘導端末は、小さすぎてモビルスーツのコンピュータグラフィックスは描写しきることができない面もある。無論技術の進歩によりそれは解消されつつあるが、今度は別の問題が生じた。一機だと思っていたはずの敵が、同時に十数に分かれるのだ。
AIは混乱し、それがミサイルなのかどうか、あるいは突如現れた敵と誤認し全てにロックオンをしようとするため、 対応が遅れる。それが、〝ドラグーン〟の強みであるから、情報の読み取り速度が極端に早い、コーディネイターの中でも特別な存在、戦闘用に改良された特殊なコーディネイターや、AIに頼らずに敵意を感知するガンバレル適性保持者でなければまともな応対はできない。
 フレイは短く思考し、敵は後者だと結論づけた。
 三機の〝ダガー〟が散開し、〝エール〟装備の二機が左右から挟みこむようにして〝ナイチンゲール〟を追い詰める。
 フレイは指先のアームレイカーでメガビームライフルを拡散モードに変更し、右方向の〝ダガー〟に狙いを定めた。
 
 「――当てる!」
 
 ばっとビームの粒子が弾け、散弾として〝ダガー〟に襲い掛かる。〝ダガー〟は両足を器用に使ったアンバック回避で避けきると、そのまま主兵装のビームライフルを構える。フレイはもう一度声を上げた。
 
 「〝ファンネル〟!」
 
 敵がトリガーを引くよりも早く四つの光条が〝ダガー〟の胴体を貫いた。同時に押し寄せる強烈な悪寒。フレイははっとして左腕に備え付けられたシールドをわずかに上にあげた。
 直後にもう一機の〝エールダガー〟から放たれたバズーカが直撃し、耐ビームシールドを施された専用のシールドが弾け飛んだ。
 ――威力が改良されてる!?
 〝ナイチンゲール〟のシールドを砕くバズーカ。機体に直撃していたら、PS装甲であろうと持たなかったかもしれない。
 その思考がわずかな隙となり、フレイは一手、隊長機の対応に遅れた。死角から抉りこむように迫る〝ダガー〟のビームサーベルに、AIが自動で反応しメガビームライフルを盾にスラスターを全開にして一気に後退する。強烈な加速にフレイは「あうう」と声を漏らしながら内臓が軋むような錯覚を覚えながらも、背後から接近する〝エールダガー〟とすれ違いざまに、右手首から滑るようにして排出されたビームサーベルで胴を横なぎにした。
 
 「後、一機……!」
 
 かはと息を吐き一度距離を取り、〝ドラグーン〟を戻し充電を開始する。
 使い切った〝ドラグーン〟のエネルギーが少しずつ回復している様を視界の端に入れながら、早く、早く! と苛立った。 そのわずかな焦りを読み取ったのか〝ダガー〟がスラスターを吹かせ一気に距離をつめる。フレイは短く舌打ちをして、同じようにしてビームサーベルを構えた。
 〝ダガー〟の〝I.W.S.P.〟に装備されたビームブーメランが〝ドラグーン〟として放たれる。同時に、辛うじて一発ずつではあるが〝ドラグーン〟の再チャージ完了し、フレイはべろりと乾いた唇を舐めた。
 
 「〝ファンネル〟!」
 
 出し惜しみは無用! 搭載された十基全てを放出し、たった一機の〝ダガー〟に狙いを定める。
 
 「――落とせる……行け!」
 
 フレイは、功を焦った。それは彼女が戦いを始めてから未だに直らない大きな欠点。
 光条が放たれるよりもわずかに早く、〝ダガー〟は装備された〝I.W.S.P.〟を分離させた。しまったと思うよりも早く、〝ドラグーン〟は〝I.W.S.P.〟を〝ダガー〟と誤認したまま、攻撃し、これで〝ドラグーン〟に残された残エネルギーは0となった。
しかし、兵装が残り少ないのもあちらとて同じのはず。〝ストライカーパック〟との連携を前提に作られたマシン、かつて自分が乗りまわした機体だから、その特性は嫌と言うほどわかっている。それゆえに、かつての自分よりも〝ダガー〟を使いこなすパイロットにはわずかな嫉妬を覚えた。
 一刀のビームサーベルを構え、四○ミリ口径近接自動防御機関砲〝イーゲルシュテルンⅡ〟をばら撒きながら迫り来る〝ダガー〟。フレイは機関砲を翼部バーニアを全快にして回避しつつ、ビームサーベルを握らせ加速した。
 虚空の中で二機のモビルスーツの光刃が交差し、わずかなスパークを撒き散らせたまますれ違う。
 
 「そうよ、〝ナイチンゲール〟の性能に、勝てるわけが無いんだから!」
 
 もう一度、今度は確実にやる……! そしてそれは相手も同じのようだ。震え上がるほどの敵意と闘志を、コクピット越しにひしひしと感じる。二機は同時にスラスターを吹かせ、一気に距離を詰める。
 すれ違いざまに左手首からビームサーベルを滑り出し、同時に切りかかる。既に予測されていたのか、〝ダガー〟もまた腰から二対目のビームサーベルを抜き去り応戦。
 ――かかった!
 フレイは胸部に搭載された陽電子破城砲〝ローエングリン〟を眼前の敵目掛け最低出力にしばら撒いた。
 だが、フレイの目論見は浅はかであった。〝ダガー〟は〝ナイチンゲール〟の胴を蹴り上げ、アクロバティックに〝ローエングリン〟を回避してみせたのだ。これにフレイは反応できない。〝ダガー〟はそのままビームサーベルを〝ナイチンゲール〟胸部に向け――
 即座にAIが反応し、スカートアーマー内部に装備された隠し腕に握られた二対のビームサーベルが〝ダガー〟の胴体を両薙ぎにすると、フレイははっと我に返った。〝ダガー〟は綺麗に胴がばらけやがて誘爆を起こし漂うデブリの一つと化した。同時に襲う、死者の最後の念が、酷く汚い言葉でフレイを罵ったのを耳にした。それは通信で聞こえたのか、心で捉えたのかは定かではない。
 同時に誰かが『呑まれるな』と言うと、フレイの心はわずかに楽になった。死者に心を奪われると、そのまま魂を引かれて同じ結末になってしまうから。
 緊張から開放されぜえと息を吐くとパイロットスーツのバイザーが白く濁った。フレイはそれすらも邪魔に感じヘルメットを脱ぎ去り、索敵をAIに任せリニアシートに背をどさりと預けた。
 〝ドラグーン〟が翼部バインダーに再び装着され充電が開始される。
 
 「……カガリ」
 
 友人の安否を想い呟いてみても、返事は返ってこなかった。
 
 
 
 それは、幸運であったのか。
 カガリはただ〝プラント〟に行くだけだと皆を説得し、シャトルで護衛もつけずに向かうと言った。その強引な手口にやれやれと皆が閉口し従うのみであったが、キサカを始めとする、所謂親衛隊の面々から抗議に合い、結果カガリはオーブの誇る巡洋艦〝クサナギ〟で向かうことになった。
 だから、カガリ達はなすすべなく蹂躙されるということは無く、辛うじてだが敵に対して抵抗という姿勢を見せることができたのだ。
 だが、それが不運の始まりであった。
 そうしなければ、おそらく彼女達は有効な捕虜として捕らえられていただろう。だが、カガリという血気盛んな少女が〝アカツキ〟で出撃したとあれば、それは明確な敵となる。連合から拝借した技術により、〝アカツキ〟のコクピットは三百六十度全てを写す全天周囲モニターとなっている。
連合共通の企画である球体状の操縦桿アームレイカーを採用しているが、カガリはこれを気に入ってはいなかった。指がすっぽぬけやすい。
 丁度足元にあたる位置に映し出されている〝クサナギ〟のカタパルトにビームの粒子が直撃し、わずかに爆発をあげる。
 だが、心配している余裕は無い。あの程度では落ちない筈だと言い聞かせ眼前の巨大モビルスーツに視線を戻す。
 醜いモビルスーツが言う。
 
 〈我が〝リジェネレイト〟! 勝、て、る、かぁー!?〉
 
 ロングビームライフルをばら撒きながら啖呵を切る敵の巨大モビルスーツ〝リジェネレイト〟が、再びカガリに狙いを定める。
 
 〈お姫様は、どんな声で鳴いてくれるのか! ハハーッ!〉
 
 下種なパイロットが敵にいるとフレイ達から聞いていた。ならばそれがこいつかと思い立ち、カガリは〝アカツキ〟を後退させた。同時にカガリを守るようにして取り囲うもう三機の〝アカツキ〟。無論、今のオーブにはまだ〝アカツキ〟を量産するだけの資金は無い。あったとしても、それは復興に使うべきだ。
だからこの〝アカツキ〟 は、純粋なオーブ産では無い。アズラエルに開発データを引き渡すのを条件に、テストヘッドの一つとして数機、連合の工廠で作られたものである。ちゃんと全機がカガリのもとに送られたのだと信じたいが、アズラエルであるから怪しいところだと踏んでいた。
 
 〈カガリ様、大丈夫!?〉
 
 元気よく言ったのはアサギだ。同じくカガリの周囲の〝アカツキ〟には、マユラ、ジュリが登場し、これほどの戦闘になるのなら人選を間違えたかもしれないと考えていた。単純な技量で言えば、正規の部隊から持ってくるべきだったか、あるいはワイドか、ファンフェルトか、ガルドか……。
 単純に話し相手として楽しいからと言う理由だけで連れてきてしまった彼女達であったが、幸運なことに先に挙げた彼らよりも大きく上回っている部分が一つだけあった。そしてそれは、おそらくこの戦場では無類の力を発揮するのも事実だろう。
 
 「アサギ、ジュリ、マユラ! タイミングを合わせるぞ!」
 
 カガリが指示を出すと、三人の娘達は一斉に散開し、〝アカツキ〟の背部に備えられた筒状の無線誘導端末に意識を込める。フレイ仕込の動作で、カガリははあっと息を吐ききった。四人の娘が同時に叫ぶ。
 
 「〝ファンネル〟!」
 
 一機につき七基搭載されたM五三一R誘導機動ビーム砲塔システムが同時に命を宿し、計二十八もの黄金の獅子が虚空の星空に解き放たれた。
 使うには、まずは気合を入れると良いとフレイが言っていた。結局は使い手の脳波、思念が強力であるかや、どれだけ正確な指示を出せるかで〝ドラグーン〟の強さは決まるのだと。そしてフレイが偶に言う〝ファンネル〟という台詞は、妙に言いやすくてしっくりくる、とカガリは感じていた。何でそう呼ぶんだと聞いても、本人ですらわかっていなかったようだが。
 黄金の獅子が〝リジェネレイト〟を襲うと、それをかばうようにして〝ダガー〟から放たれた無線誘導型〝ガンバレル・ファントム〟が展開し、〝アカツキ〟の獅子を上回る速度で応射する。
 ――対応しきれない……!
 〝リジェネレイト〟がビームソードを両手両足に輝かせそのまま獣のように距離を詰める。カガリは懸命に応射したが、敵の加速力は〝アカツキ〟を上回っていた。
 
 〈カガリ様!〉
 
 ジュリが慌てて援護に入ろうとするが、カガリはそれに背を向け行動で拒絶した。彼女達には荷が重過ぎる、こいつの実力は本物だ。自分でも、一体どれだけ持つか……。それでも、ここで死ぬわけにはいかないと思うと、同時に別の事が脳裏に過ぎる。
私が、オリジナルだというのなら、カナードがキラに見つけたという、人間の『たが』を外す何かが、私にあるはずだ、と。意識して使えるのか? それは、わからない。自分の身が危険になれば、きっとやれるさという楽観的な考えもあった。うまくいかなければ、そこまでだ。どのみちこのままでは、同じ結末になるのだから。
 眼前にまで迫る〝リジェネレイト〟。ぞわり、ぞわりとカガリの心が氷のように凍てついていく。数多の雑念が消え去り、目の前の敵だけを殺す機械のようになる。あらゆる思念を受け流し、カガリは全てを拒絶した『個』となり、それは弾けた。瞳孔が完全に開ききり、全身の血液が沸騰しそうなほどの高揚感。
ああ、これでは他者と理解しあうなど絶望的だと感じたとき、カガリは振り下ろされた〝リジェネレイト〟の両腕を斬りおとしていた。身を支配するのは、ただどう斬るか、どう撃つか、どう殺すか、それだけである。『極限にまで研ぎ澄まされた集中力』、それこそが、その『たが』の正体であった。
そしておそらくそれは、その道を極めた真の達人が、更に度重なる修行を経て偶然会得できるようなものなのだろう。たとえば、宮本武蔵や佐々木小次郎。ひょっとしたら、人を操る才でいうところのアドルフ・ヒトラーもそうであったかもしれない。それがたまたま、最初から備わっていた。それだけのことだった。それは『精神疾患』の類なのかもしれない。
 カガリは己がよだれをたれながしてることにすら気づかず、目の前の敵を殺すことにだけ集中していた。どうすれば上手く斬れるか、それだけが彼女の思考を支配する。これは違うと感じながらも、これに頼らねばならない己の弱さが悔しかった。
 
 
 〈流石は『ニュータイプ』! だが、それは違うよなぁ!?〉
 
 相手の言葉を聞き、思考する余地は今のカガリには無い。今斬れるんじゃないかと感じた時には既に両の足をなぎ払っていた。すぐさま〝リジェネレイト〟は予備パーツで再生していく。
 まだだ、まだ斬れる。まだ撃てる。隙だらけじゃないか。そう感じたとき、痛みもなく違和感もなく、ただ客観的に自分の体が動かいことに気づいた。所詮カガリは『オリジナル』なのだ。父がその母体をコーディネイターとした理由が、そこにあった。
 指先一つ動かすことができず、カガリはその理由が全身の筋肉ががくがくと痙攣を起こしているのだと気づくことはできない。ただ、今斬れる、今撃てる、それだけだ。強化されたコーディネイターの肉体ならば、それもできよう。しかし、カガリの肉体は紛れも無くナチュラルのそれであり、物理的に動くことはもはや不可能であった。
どこかが骨折しているかもしれない。内臓も損傷しているかもしれない。『この力』は、度重なる訓練によりふさわしい肉体を得、その結果手に入れたものでなければ、何の意味も持たないのだから。
 〝リジェネレイト〟のパイロットが何かを言い放ちビームサーベルを振り下ろす。ああ、今斬れるのになと思うと同時に、その腕に何かが巻きつき焼き千切られた。
 はっと我にかえり辛うじてフットペダルを踏み込み〝リジェネレイト〟を蹴り飛ばすと、黄昏色に塗られた〝グフ〟が割って入った。
 MMI‐五五八〝テンペスト〟ビームソードを構え見事な立ち回りを繰り広げる〝グフ〟相手に、互角の戦いをしてみせる〝リジェネレイト〟。カガリは呼吸すらも苦しくなりながら、格が違うと自覚し始めていた。戦いに殉じるものとしての、覚悟の差が、そこにある。ここで一人でも多くの敵を殺そうとする為だけに戦う相手と、生きるために戦うカガリとでは……。
 
 〈カガリ様、大丈夫!?〉
 
 ジュリが慌てて〝アカツキ〟を抱きかかえ、マユラ機が周囲を警戒する。すぐ後方から三機の〝ドムトルーパー〟が〝グフ〟の支援に加わると、今度は青く塗られた〝グフ〟が、〝リジェネレイト〟の支援に入った。
 ――ナチュラルも、コーディネイターもいるのか……。
 ああ、これでは本当に戦争ではないか。
 また、起こったのか。こんなに早くに。コーディネイターとナチュラルの、民族同士の争いではない、ただの戦争が、また……。
 カガリがぎりと無力さを噛み締めていると、力強い粒子の濁流が敵の〝グフ〟を襲うのを目にし、同時にわずかな鈴の音が聞こえる。
 ――来てくれたのか……。
 カガリはその懐かしい巨大なプレッシャーの壁に安堵し、意識を失った。
 
 
 
 「敵は手強い、今までと同じだと思うな!」
 
 アムロが厳しく言うと、カナード達は〈了解!〉と答えてくれるのがわずかな親心を満たしてくれるように感じていた。確かに敵部隊は皆熟練者以上のパイロットたちだ。だが、それはかつて戦った『ネオジオン』の〝ギラ・ドーガ〟部隊も同じ事だし、それと戦ってきたという自信と経験が、アムロを奮い立たせる。
 アムロの戦術は、いわば未来の戦術である。〝C.E.〟では、モビルスーツが誕生してまだ二年あまりしかたっていない。モビルスーツ対モビルスーツの戦略、戦術が余りにも未熟なのだ。だがアムロは違う。そのモビルスーツ対モビルスーツの戦いを、十年以上繰り広げてきたのだから。
アムロこそが、モビルスーツ戦術の始祖であるのだから。多くの兵が教科書や教えを頼りにそれを習う中、アムロだけは違うのだ。アムロの取った戦い方が、教科書となり、教えになっていったのだから。無論、過去の戦いの中で偉人達が生み出した多くの戦術も統合され、全てがアムロの中で生きている。
それが、アムロの強みであり、他者との決定的な差であった。全人類の十年を超えるほどのモビルスーツ対モビルスーツの全てが、アムロの中に宿っているのだから。
 アムロが操縦桿のトリガーを引くと、連動して〝デュエル〟のビームライフルから粒子が放たれる。それは吸い込まれるようにして一機の〝グフ〟に命中し、やがて爆発した。
 ――強いな。
 と言うのが初撃の感想である。
 だが、カガリの気配は消えてい無いし、他に知った者たちの息遣いも感じる。あの少女達と行動を共にしているうちに、衰えていた感覚が少しずつ戻ってきたのかもしれないと思うと、同時に迫る三機の〝ダガー〟に七五ミリ対空自動バルカン砲塔システム〝イーゲルシュテルン〟をばら撒き、怯みすらせずに突撃してくる敵意は見事だと感じる。
ビームライフルの安全装置を外し、アムロはそれをビームマシンガンとして扱った。小刻みに断続的に放たれる粒子の雨に碌な回避運動もとれず、まずは一機。左右に別れた〝ダガー〟が両方から挟み撃ちにすべくスラスターを煌かせ襲い来ると、アムロはそのままフットペダルを踏み込み〝デュエル〟を加速させ敵機を追い抜いた。
 慌てて追いすがる二機の〝ダガー〟をぎりぎりまでひきつけてから、アンバックを利用した急激な宙返りと同時に、死角でチャージし続けたビームを一気に放出すると、それは散弾のようにしてばらけ二機の〝ダガー〟を文字通り蜂の巣にした。
 きらとモニター正面に輝くものを見つけると、それが隊長機なのだと知る。〝I.W.S.P.〟を装備した〝ウィンダム〟であった。仮にも最新鋭機を、とアズラエルの不手際を罵りつつ、アムロはビームライフルを連射した。巧みな回避で避けきって見せた〝ウィンダム〟がM九四○九L〝ヴェスバー〟を放つと、アムロはそれを仰け反るようにして避け、そのまま腰部のアタッチメントに装備されたバズーカを二射ほど撃つと、一撃目を辛うじて避けた〝ウィンダム〟であったが二撃目には気づかず、そのまま何が起こったのかもわからずに爆散していった。
 流れ行く〝ヴェスバー〟を奪うと、アムロは再び〝ボアズ〟に取り付くべく〝デュエル〟を走らせた。
 
 
 
 事実、キラは苦戦を強いられていた。〝ドラグーン〟は全て避けられ、エネルギーが尽きたために充電をせざるを得なくなっている。キラは二丁のビームライフルで援護射撃を加えながらも、先読みの甘さを呪っていた。
 同時に、シン達を艦の護衛に回して正解だった、とも思っていた。
 〝ガーティ・ルー〟の現在の戦力は、〝デュエル〟、〝ストライクフリーダム〟、〝ハイペリオン〟、〝ソードカラミティ〟、〝アカツキ〟、〝カオス〟、〝ガイア〟、〝アビス〟、〝スターゲイザー〟の九機である。〝ナイチンゲール〟がいれば、まだ戦況は楽だっただろうか、と思うのはキラの弱さであり、恥じねばならない部分だと自覚していた。
 だが、後が無いのも事実。〝ガーティ・ルー〟は〝ミラージュコロイド〟を使い、敵の防衛網を掻い潜ってここにいるのだ。敵のど真ん中に、突っ込むのと同意義であるのだから、背水の陣であるとナタルが言えばそうだと思わざるを得ない。
 とにかく、〝ボアズ〟の部隊と合流しなくては……。
 視線をめぐらしモニターに映る戦場をくまなく探すと、絶対に見つけたくなかった相手の内の一つを見つけてしまい、キラは己の運の悪さを呪った。
 
 「カナード、〝リジェネレイト〟だ」
 〈あの下種か!〉
 
 同時に、目的の姿も捉える。
 
 「〝クサナギ〟と、〝アカツキ〟……!? 襲われてる!」
 〈行くぜ!〉
 
 トールの〝ソードカラミティ〟が一気に加速し、カナードがそれに続くとキラはやや後方に位置し、充電の完了した〝ドラグーン〟を三基ほどばら撒いた。
 
 それぞれの〝ドラグーン〟が機械的な動きで威嚇と援護射撃を加えていく。
 黄昏色の〝グフ〟が、一機の蒼い〝グフ〟と高速戦闘を繰り広げている。だが腕の差はそこにあった。黄昏の〝グフ〟がキラ達に気づいたのか、わずかに射線をあけると、蒼い〝グフ〟はそれを隙と捉えたのか一気に斬りかかる。キラはMA‐M二一KF高エネルギービームライフルを連結させ長距離射撃モードに切り替え、そのままトリガーを引いた。高速で撃ちだされた粒子が蒼い〝グフ〟に命中し、黄昏色の機体はそのままそれを蹴り飛ばし次の標的を探した。
 それとほぼ同時であった。けたたましい爆音を、コンピュータが識別し音としてスピーカーが再生しキラの鼓膜を激しく震わせる。
 
 「な、なに!?」
 
 情けない声をあげてしまったというわずかな羞恥心に顔を歪め、キラは音のしたほうに機体を向けた。
 
 〈――やられた、〝ジェネシス〟だ!〉
 
 カナードが苦渋を浮かべ言うと、ややあって〝ジェネシス〟内部から誘爆が起こり、やがてそれは巨大な爆発となって広がり始める。
 
 「敵の目的は、〝ジェネシス〟の破壊……?」
 〈だが、やつらが何を求めて戦っているのかが読めん……!〉
 
 仮に奪ったのだったら、彼らは〝ジェネシス〟という強力なカードを手にすることになっただろう。しかし、それをしないと言う事は単純に〝ジェネシス〟は彼等にとって邪魔な存在だったという事だ。
 果たして彼等の本当の目的は――
 やがて再び翼のようなものを広げるモビルスーツを目にし、それが〝ヤキン・ドゥーエ〟で見た機体と同じものだと理解したところで、敵と認識していた全てのモビルスーツが姿を消した。
 〝デスティニー〟――〝プラント〟のデータベースから抹消されていたため、詳細な情報を得ることができなかった。だが〝プラント〟、連合双方の科学者により、〝ヴォワチュール・リュミエール〟を利用して全方位に〝ミラージュコロイド〟をばら撒き、それを映し出しているというのだという事実が明らかになった。しかし、それだけでは説明がつかないものもある。
 映し出されるモビルスーツの動きが、正確すぎるのだ。〝ミラージュコロイド〟で映し出すといっても、所詮は映像を再生しているだけに過ぎない。しかし、モビルスーツが戦場に出始めてからまだたったの二年だ。あれだけ正確で繊細な映像を、全ての機体に幻であると気づかずに偽らせるために必要な戦闘データを集めるには、二年では余りにも短い。
 せめて、十年以上もの長い戦いの歴史が蓄積された戦闘データでも無ければ――。
 姿を消したまま攻撃を加えてこないのを見るに、恐らく彼らはまだその時では無いと判断しているのだろう。あの〝リジェネレイト〟のパイロットすらもそれに従っているのだ。もしも、彼らが備える最後の戦いが訪れた時、恐らく〝デスティニー〟の力は真に発揮される。
 それは、とてつもなく恐ろしいことであった。
 
 
 
 〝ナイチンゲール〟が〝ボアズ〟に到着すると、既に戦闘は終わった後であった。カガリの気配は感じている、ならばまだ生きていると思うのがフレイであるが、その気配がわずかに散漫的なものであるから、寝ているのか気を失っているのかのどちらかだと確信した。そしてそれが健やかなものであるから、急を要する負傷は無いのだ、とも。
同時に知った者たちの感覚を見、それが女性のものであるとわかれば、そこからアサギたちの姿を思い浮かべれるのはたやすいことであった。
 〝ナイチンゲール〟に導かれるままに機体を残存艦隊の合間を縫うようにして進めると、丁度〝ボアズ〟のドッグに入港する〝クサナギ〟を捉えた。ややあって、後方に〝ガーティ・ルー〟を発見し、フレイはほっと胸を撫で下ろした。
 そのまま〝クサナギ〟に押しかけてやろうかとも思ったが、カタパルトに被弾しているのを見、流石にちと怒られるかと〝ガーティ・ルー〟に針路を取り直す。それでも、悠々と〝クサナギ〟の後方を旋回するのは忘れずに、〝ガーティ・ルー〟の格納庫《ハンガー》へとフレイは降り立った。
 とんと胸部装甲を蹴り、〝ナイチンゲール〟の頭部にパイロットスーツを押し付け、そっと「ありがと」と囁くと、キラがまるで迷子の我が子を見つけた親のような顔をして慌てて飛び寄った。
 
 「フレイ、大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
 
 ま、ついたばかりでごった返す格納庫《ハンガー》にラクスは来れはしないだろうと思い(最近はそれでも来そうだったが)、フレイは手を振った、
 
 「うん、そっちも大丈夫だった?」
 
 うん、まあ一番に出迎えに来てくれたし、合格っとわずかに弾んだ気持ちでキラの胸に飛び込むと、彼の後ろからひょいとステラが飛び出す。
 
 「フレイだ~」
 
 やっぱりこの子、可愛いなぁ。見ているだけで癒される。なんて不思議な生き物なんだろう。
 そのまま天使のようなステラをぎゅっと抱き締め、フレイはようやく肩の力を抜けたのだった。
 
 
 
 意識が戻った時は、〝クサナギ〟の医務室のベッドに寝かされていた。何となく何が起こったのかは覚えている。ちらと視線だけで体に目をやると、全身に包帯が巻かれており、とりあえず絶対安静らしい事はわかった。
いや、ひょっとしたら代表だからとか、どうせガチガチに固定して無いとすぐに動き出して逆に迷惑をかけられるだとかそんな事を思われていただけかもしれない。全く持って心外であったが、実際ここまでされなかったらたぶんカガリはすぐにでも起き上がって艦橋《ブリッジ》に向かうつもりであったから別に誰かに文句の一つでも言ってやろうだとかいう気にはなれなかった。
 ただ、問題は……。
 たぶん、あいつが来る。
 一番会いたかったけど、今は何となく一番会いたくないような、タイミング的に最悪なような――そんな事を思っていると、その相手が一番最初にやってきたのだから、カガリは諦めるしかなかった。何せ第一声が
 
 「うわ、だっさ。ミイラ女」
 
 だったのだから。
 
 「……それが包帯だらけの大親友に言う言葉か」
 
 とむっつり返せば
 
 「だぁってたいしたこと無いんでしょ? どーせあんたすぐ勝手にどっか行っちゃうから無理に固定されてんのよ」
 
 と返すのがフレイであるし、事実そうなのだから反論できない。
 
 「あのなぁ……そこはほら、『その包帯どうしたの? 大丈夫?』とかさ、こう……もっと心配げに言ってくれても良かったんじゃないかー?」
 「はぁ? 何言ってんのあんた馬鹿じゃないの?」
 「こ、の、……」
 
 余りにも薄情な言い草に友達やめてやろうかこのやろうなどと心にも無いことを考えていると、やや遅れてやってきたラクスがニタニタとフレイを見つめているのを見、「どした?」と問えば今度はラクスがフレイに攻撃をする番であった。
 やれ真っ先に〝ガーティ・ルー〟を向かわせろと怒鳴り込んでっただの、ナタルどころかアズラエルにも噛み付いて我侭言い続けただとか、果ては〝ガーティ・ルー〟の囮を自分から買って出たとか。カガリがにやけてフレイをからかってやるには十分すぎるほどの燃料を投下してくれた。
 少し遅れてキラたちが来て見れば、まずトールがフレイに
 
 「良かったなフレイ」
 
 と屈託の無い笑顔で言った後に
 
 「心配して凄かったんだぜ? 『どうしてカガリを助けてあげないんですか!』ってさ」
 
 と付け足せばカガリはもう満足であった。
 うむうむと満足していると、耳まで顔を赤くしたフレイがばつの悪そうに視線を逸らす。これで良いのだ。
 彼らと短い談笑をしていると、やがて足取りも荒くミリアリアがやってきて
 
 「ごっめーん、遅くなっちゃった!」
 
 と言って扉をあけ、そのままフレイに飛びついた。
 
 「良かったねーフレイ! カガリさんの怪我たいしたこと無くて! ほんと、フレイはカガリさんの事になるとすぐ無茶するんだから、心配してたのよ!」
 
 カガリには大満足であった。
 それでも、お見舞いに来たサイやカズイ、ミリアリアといったブリッジクルーはすぐに戻らねばならなかったし、曲りなりにもモビルスーツ隊副隊長を務めるカナードも同じであった。
 去り際に彼は言った。
 
 「『機能』とやらの結果、なんだろ?」
 
 問われたものが、実際はどういうものなのかカガリには良くわからない。恐らくはそうだ、としか言えないのだ。
 
 「たぶんな」
 
 と返すと、カナードは短く考え、「お前の結論を知りたい」としっかりと目を見据えて言った。それは、真剣な眼差しである。
 
 「結論?」
 「そうだ。『ニュータイプ』だとか、そんな事を言われてるお前が、マルキオの言う『SEED』とやらを使ってみせたんだ。何か思うところはあったんじゃないのか?」
 
 その言い草に、カガリは可愛くない弟だと苦笑したが、先の戦いで感じたそのままの事を告げた。
 
 「……これは、『違う』よ。人の革新だとか、そんな大層なもんじゃない」
 「……ま、そうだろうな」
 
 概ねカナードも同じ結論に達していたのだろう、たいして驚きもせず彼は受け入れた。
 
 「強いて言うなら――これはただの『暴力』なんじゃないかって思う」
 
 わずかにラクスが悲しげな顔をして視線を逸らす。
 
 「これがさ、たぶんなんだけど、長いこと訓練とか修行とかしてさ、それで手に入れたものなら良いんだよ。でも、何もせずに最初から与えられたのなら、それは間違ってるんだ」
 
 それがカガリの見出した答えであり、カナードは「そう、か」と満足したように告げた。
 
 「親父達の研究は、結局間違ってたって事なんだよな」
 
 どこか寂しげな表情を浮かべるカナードを、カガリは何だか少しばかり可愛い存在に見えてきた。頭でっかちで、思考だけで先行してしまって、ほどほどに賢くほどほどに間の抜けた馬鹿なやつだ。
 
 「でもさ、『これ』が無ければ私は死んでたかもしれないぞ? ユーレンって人が何を思ってたのか何て今となってはわからないけど、結果として私はこうしてここにいるんだから。だったら、それに良いも悪いも無いんじゃないか?」
 
 別に、慰めてあげようだとか、会ったことも無い他称実の父の行いを正当化するつもりだとかでもない。ただ、カガリはありのままを受け入れて、それで良いと思っていた。
 正義で人を殺す人間がいれば、悪事の結果で人を生かす事もある。過ちもまた、人を救えるのだ。全ては、結果として現れる。そこに、どのような邪悪があったのかはわからない。目を背けたくなるような悪が蔓延っていたのかもしれない。
 それでも、カガリは彼等とやがて出会い、こうしてここにいる。今を生きているのだ。過去の事はいけないことだけど、その結果として今ある未来と現実を、カガリは肯定していた。案外良い世界じゃないかと。悪くないし、結構楽しいぞ、と。
 目をぱちくりさせていたカナードは、やがて苦笑し、言った。

 「参ったよ、ネーサン」

 と。
 
 
 
 〈太陽風速度変わらず。フレアレベルS三、到達まで予測三○秒〉
 
 もうじき『風』が吹く。きびきびと作業を続ける部隊の様子が映しだされるモニターを一瞥し、また別の情景が映し出されるモニターに視線を移した。
 凍りついた海、白く立ち枯れた麦の畑、行き交う人波の絶えた街並み――宇宙空間にぽっかりと浮かぶ大地には、どこか侵しがたい静謐が漂う。凍った大地の一角に、磨き上げられた美しいモニュメントがあった。そこに刻まれた文字は、ここで〝ユニウス条約〟が調印されたむねを記している。
 そう、ここが悲劇の地〝ユニウス・セブン〟の残骸だった。砂時計の底に当たる大地は、急速減圧によって沸騰した形のまま凍りついた海に取り巻かれ、外壁を形作っていたハイテンションストリングスが、自己修復ガラスの残骸をわずかにまとわりつかせている。
そのストリングスに、びっしりと無数のワイヤーが巻き付けられていた。各所に巨大なテンキーを備えた起動装置が設備され、作業ポッドによる入力がいままさに終わろうとしていた。作業を終えた部下たちの機体が、ゆっくりと〝ユニウス・セブン〟から離れていく。
 
 〈放出粒子到達確認。フレアモーター、受動レベルまでカウントダウン、スタート〉
 「マティス、状況はどうか」
 
 仮面の男が姿を現したのは、部下からの報告とほぼ同時であった。
 
 「順調よ。滞りなくね。そちらはどう? 〝ジェネシス〟は破壊できたみたいだけど――」
 
 マティスは形の整った顎に細い指をあて、ふむと短く思考した。当面の不安要素であった『いくつか』の〝ジェネシス〟の破壊は全て完了した。マティスとしては、アムロ・レイやハルバートンの一人でも殺せてれば尚良かったのだが、あえて今それは言うまい。
 肩まで切りそろえられた自慢の黒髪を指先で弄りながら、彼女は続ける。
 
 「〝ロゴス〟をビラード達に潰されたのは、誤算だったわね……。結局、その所為で何フェイズも早めねばならなくなったのだから」
 
 もともと計画では、〝ロゴス〟は上辺だけ滅びさせるだけのはずだったのだ。浄化の儀式と呼ぶべきか、〝ロゴス〟は公私が混同しすぎた。それを〝ロゴス〟の本体である擬似AIが判断し、監視者の一人であるマティスが一時的に全てを預かり――。
 だが、その目的は費えた。ビラードと、ブルーノの手によって……。外と内の裏切り者。彼ら二人は、最初からそういう手はずだったのだろう。ビラードが〝ロゴス〟を撃ち、ブルーノがそれを補佐し、あるいは弱った〝ロゴス〟を完全に消し去る……。
事実、ビラードはマティスすらも知りえない赤いモビルスーツを建造し、それを使い〝ロゴス〟メンバーの隠れ家と施設、そして太平洋中心の深海奥深くへと沈められていた〝ロゴス〟本体の擬似AIを巨大な施設ごとこの世から消し去ったのだ。絶対安全だと思われていた場所を、あろう事か物理的に……。
辛うじて退避したバックアップメモリーを、ブルーノが消去することで、もはや〝ロゴス〟は完全に死んだと言って良い。だがマティスは、わずかな疑問も残していた。〝ロゴス〟の要人たちは、良い。だが擬似AIの封印場所など、マティスですら知りえなかったことである。それを、一体どうやって……。
 だが、それもここまでだ。
 マティスは、もう一度〝ロゴス〟を産みだそうとしていた。
 そしてその為には、もう一度戦争を起こす必要があった。
 コーディネイターとナチュラルの対立は、面白いように上手くいってくれた。〝ユニウス・セブン〟に核を撃ち込めば、それだけで会戦には十分であったのだから。無論そこまでナチュラルの思想を変えていくのは大変な作業であったが、一度できたのだからまたできるという自信も持っていた。
 
 この戦争は、〝ロゴス〟によって引き起こされた。
 コーディネイターとナチュラルの対立? 人の可能性? 進化? 種の存続? それは幻想だ。
 全てが、人によって、意図的に起こされた歪み。
 結果として、コーディネイターが利用されただけでしかない。
 戦闘が起きれば、人が死ぬ。物が壊れる。人を殺すために武器が使われる。人を生かすために医療器具が必要だ。食料が、燃料が、機材が、人が、その全てに、金が動く。
 動いた金には、税金がかかる。それは国の収益となる。
 戦争によって、世界が潤うのだ。
 そしてその中からわずかな蜜を吸うだけで、十分に〝ロゴス〟は潤い、ビラードらに滅ぼされるまでの二百年もの間栄華を極めてきた。
 世界の永久の平和と反映の為、科学の発展の為、罪も無い市民の為に、罪も無い市民を殺し、戦争を起こす、明らかな矛盾。
 それは、増えすぎた人類を間引くべきだと判断した〝ロゴス〟の疑似人格のもたらした最良の答え。
 人口を減らしながら、今を生きる人々を養える。戦争によって科学も発展する。良い事尽くめではないか。
 ふふ、だが、たった二百年。所詮はそんなものだ。擬似AIとはいえ、その一生は短かった。
 だから、もう一度作ろう。今度は何年持つかな? せめて百年は持って欲しいが、さて?
 ま、どうでも良いことだ。作るのはそう難しく無いのだから。
 その為に、我々のような監視者がいる。
 そこまで辿り着けなかったのがビラードの誤算。
 無理も無い。マティスですら複数いるうちの監視者の一人でしかないのだから。たまたま、監視する番が自分に回ってきた、それだけでしかないのだから。
 かつてはあのアルスター家もまた、監視者の一人であったそうだ。
 だが、己が監視者だと気づかないものも多数存在している。彼らは単純に、監視者として相応しくないから知らされてい無いだけだ。無論、その『相応しくない者』が何世代か続く事もある。アーガイル家、クライン家、アスハ家がそうであるように、いつか産まれ出る『相応しい者』にのみ、その役割が知らされるのだ。
 マティスは己の役割を全うしようとしていた。〝ロゴス〟の再編、復活を。
 だが、彼女には少しばかりの野心があり、野望がある。だからこそ『相応しい者』としてここにいるのだ。ただ〝ロゴス〟を産みだすだけでは面白くない。私だけの〝ロゴス〟にしよう。もう他のものはいらない。私のためだけの、私による、私の〝ロゴス〟。
 
 〈――粒子到達。フレアモーター作動……!〉
 
 観測担当者の興奮した声に、マティスはようやくかと呆れ顔を向けた。ストリングスに取り付けられた起動装置が次々と作動し、稼動ランプが灯っていく。それはまるで巨大なクリスマスツリーが点灯されていくようにも見え、この場に不釣合いな暖かい感動がマティスの胸を満たした。
だが、電飾がきらめく〝プラント〟の残骸は、その美しさにもかかわらず、この瞬間、恐るべき力を帯びた凶器へと変じたのだ。
 太陽風は太陽フレアと呼ばれる現象によって引き起こされる。太陽黒点上空のコロナに蓄えられたエネルギーが、一気に放出される現象をフレアといい、その現象によって放出されたプラズマが太陽風の正体だ。太陽風内の荷電粒子は太陽の磁場をも運んでくる。
それに磁場に包まれた別の物体をさらせば、その物体を動かす力が生じる。磁石同士が引き合うようなものだ。フレアモーターとはつまり、太陽系全体を巨大なモーターに見立てた装置だった。
 まず、〝ユニウス・セブン〟の地下発電所から発生させた電力によって、ストリングスに巻きつけたワイヤーに電流を流す。これが電磁コイルの役目を果たし、〝ユニウス・セブン〟を強力な磁場で包み込む。その磁場が太陽風磁場と干渉しあい、この巨大な墓標を地球に向かって押し出すのだ。
その力はわずかではあるが、いったん軌道から離れた〝プラント〟の残骸は重力に引かれ、優雅に宇宙空間を滑っていくはずだ――眼下に浮かぶ蒼い惑星に向かって。
 世界は、再び混沌へと導かれるだろう。
 コーディネイターとナチュラルの戦いは、焚き起こす事こそ簡単であったが、所詮は民族紛争に近いものだ。コーディネイターの未来は最初から無いようなもので、結局長続きしない。だから、今度のはもっと派手にやろうと決めた。
 既にいくつかの国は掌握してある。〝ユニウス・セブン〟の落下による被害は多大なものだろう。津波があらゆる地域を襲い、全てを押し流す。その混乱に乗じて、息のかかった小国がそうでない小国を侵略する手筈になっている。ちょっとした領土問題になるだろう。最初はそんなもので良い。そこから、少しずつ歪みが生じていく。
助けられたはずの命、奪われた命、それを尊いものだと考える心優しく気高く正義の心を持った者たちが、その国々を許さないだろう。やがて行き過ぎた正義が、何の罪も無いはずの、その国に住む市民を襲うだろう。そうならなくても、そうさせる。かつてジョージ・グレンを殺した少年のように。
そうして、その家族達を不憫に思う者が生まれ、いくつもの正義が生まれ、やがてそれは互いを侵略し合い、戦争が生まれる。
 世界中が巻き込まれるだろう。
 完全な宇宙戦争にしようか。それも、大規模な。
 いや、やはり地球で行い、多少なりとも首都国家に被害が出た方が金の周りが良くなるだろうか?
 そこまでは、難しいかもしれない。ならばやはり中東辺りがベストだろうか。
 次オーブを狙うのは難しいかもしれないから、今度はフィリピンや日本辺りが良いだろうか。
 ……今度はコロニーが落ちるかもしれない。
 そうすれば、コロニーの落ちた地域の復旧に、また機材、人、その食料、あらゆるものが必要になる。新たなコロニーも作らねばならない。同じことだ。
 たまらない。ワクワクする。人は更に次のステップに進めるのだ。
 
 〈〝ユニウス・セブン〟、移動を開始しました……!〉
 
 虚空に浮かぶ巨大な大地が、ゆっくりと、だがたしかに動き始める。
 これから始まる惨劇の大地に期待を膨らませサディスティックな笑みを浮かべるマティスの背に、ラウが小さく「下種な女め」とつぶやいたのを、彼女は気づきもしなかった。
 
 
 
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