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CCA-Seed_787◆7fKQwZckPA氏_20

Last-modified: 2011-04-10 (日) 17:22:59
 

「ラクス様。お休み中失礼いたします。
ご存じとは思いますが、旧カナダ地区で消息を絶ったアークエンジェルがエーゲ海に現れたこと。
さらに、一七号が敗北したことをご報告いたします」

 

ラクス・クラインは、無言のまま部下の報告を聞き終えると、
ゆっくりと手元のワインの入ったグラスを傾けた。
目から色が消え、表情は凍てつき、見る者に悪寒のみを与えんとする氷の眼差しがあった。
報告の内容は先日行われたエーゲ海戦に於いて、
取り逃がしたアークエンジェルがミネルバを援護する形で現れたと言う事と、
オーブ艦隊の約半数を『キラシリーズ』の『実験体第一七号』が殲滅し、
地球軍・ミネルバ共に甚大な被害を被ってその場の戦闘が終結した事。
「ファントムペイン旗艦J.P.ジョーンズ、並びにオーブ軍旗艦タケミカズチはスエズへ帰航。
ミネルバは沈まず、そのままジブラルタル基地へ向かう航路に入ったようです」
「ご苦労……、だが次は良い結果が欲しいですね。‘一七号’を失ったのはけっこうな痛手です。
……まぁ、ミネルバの部隊がどんどん腕を上げている事が解っただけでも上々というべきですわね」
そう言ってようやく彼女は微笑むという形で感情を露わにした。

 

彼女にとって、今回の報告は嬉しい内容の方が多かった。
オーブ軍は言わずもがな、船舶の大半に損傷を負う大損害。
ファントムペイン有するMSは今回の戦闘で殆どが中破・大破。無傷は三機のみという状態だ。
ミネルバは船体に大きなダメージを負ってはいるものの、MS隊には損失無し。
アークエンジェルと本物のフリーダムが姿を現すという予想外の出来事はあったが、
以前と今回の乱入を見た人間が、
『アレは偽物です、我々とは違います』
そう言われたところで、信用する者など殆どおるまい。
彼女はグラスのワインを一気に飲み干すと、豪奢なソファに腰かけ、
脇の小テーブルに置かれたワインのボトルを手に取った。
トクトクとグラスに新しく注ぎなおした彼女は、顔の前でグラスを回しながら、
物事がどんどん自分の思うように、混沌とした情勢へと進んで行くことに笑いを隠せなかった。
そして、ソファに置きっぱなしであったファイルを膝の上に置き、一枚書類をめくった。
ロドニアの研究所から回収した十人の少年少女のデータファイルである。
それを繁々と眺めながら、傍らに黙して立っている少年に声をかける。

 

「一七号は……キラツー、貴様程では無いにせよ、シリーズの中でも‘天才’でしたわ。
勝てる実力を持っていながら、一七号は何故負けたと思って?」
少年、キラツーはラクスの言葉に沈黙で応えた。
「ZAFTの……ミネルバのクルー達は、自分の家族あるいはこの混沌とした世界を救うために、
自らの命を捨てても良いと心の底から思っており、
……あのアスランでさえミネルバに愛着を感じ始めていると聞きます。
現実から目を背けることがすなわち死だと、自分の人生から逃げることだと思いこんでいるのでしょう。
馬鹿げたことですが……」
ラクスはまたグラスを傾けて、一呼吸置いてから口を再び開く。
「しかし、その馬鹿げたことが結構重要なの。一七号は忠誠を誓っておきながら、
このラクスのために死んでもいいという覚悟が出来ていなかったという事。
だから勝利を掴むことが出来ない……。一七号は永久に負けた理由がわからないでしょう。
まぁ、もう解る必要もありませんが……」
そう淡々と言い切った彼女は立ち上がり、
読み込んでいた書類とは別の紙束をキラツーに手渡して続けた。
「今回の損害は連合の敗北と受け取られることになるでしょう。
……そうなれば、ユーラシア諸国の大半がZAFTに付く。
ジブリールはこのタイミングで“コレ”を投入するはずですわ」
「これは……『MS』ですか」
キラツーの手元の書類に印刷されていた写真には、一体の巨大な機動兵器が写されていた。
MS2、3機はゆうに収まるその巨躯と、巨体の幾箇所に設けられた砲塔から、
まさに移動要塞とも呼ぶべき威風を感じられる。
「ソレに加えて、私が供与した『ティターンズ』のMSも投入するでしょうね。
……恐らくは、現在反連合の気風がたちはじめたベルリン辺りになるはずです。
貴方には、NZ-000でベルリンへ向かいなさい」
「……!?」
喜色に染まったキラツーの顔を見、ラクスは彼に表情が見えぬよう窓際へ歩み寄って目下の夜景を眺める。
きらめく夜の町に場違いな冷たい眼差しで彼女は言った。
「ジブラルタルに向かったミネルバも、
‘幻視痛’がベルリンを襲えば彼らが行かざるを得ないでしょう。
強大な敵には英雄が立ち向かうのが世の常ですからね。ク、ク、ク……」
肩を振るわせて彼女は笑い、キラツーは一瞬、底冷えのする感覚に恐怖を感じたが、
「……では任せましたよ、キラツー。貴方なら、まちがいなく勝てるでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、それは溶解し、彼の心を幸福が包み込んだ。
彼女に話しかけられた、目線を向けられた、それだけで幸せな気分になれる。
まして、直々に命令されたともなればなおさらだ。
天にも昇らんばかりの喜びにうちふるえながら、
その気持ちを表すまいと表情を固め、
「ラクス様。あなたの期待は満たされるでしょう…。
必ずや……仕留めてごらんにいれます」
キラツーは勇んで部屋の中から退出し、その後ろ姿を見送った彼女は再び視線を書類に戻す。
データには、少年達のシミュレータでの成績などが表記されており、
どのような系統の機体が合うのか、彼女は真剣になって考えていた。
AMX-014『ドーベン・ウルフ』・AMX-009『ドライセン』・AMX-107『バウ』
この三種で編成し様子見としよう。彼女はそこまでは考えていたのである。

 

「問題は……『PMX-003』ですわね」
密かに開発を進め、先日完成した彼女専用のMSの事である。
アクシズの発見とその技術の流用。そして彼女自身の発案による新規技術の投入。
機体背面に大型のバーニア一基と小型のバーニアを数多く設置。
大型のスカートアーマーにプロペラントを内蔵し、『隠し腕』も仕込んである。
全身にもMS一機分に相当する推進装置を搭載し、
姿勢制御や機動性……空間戦闘能力においてはおそらくどのMSも肩を並べられないものとなるだろう。
そういう宇宙での戦闘を主軸に据えて設計したため、
機体は大型化し、地球の重力(1G)下での可動は難しくなってしまった。
「それもこれも、私の『記憶』か。……厄介ですが、しかたありませんわね」
彼女は、自分の中に流れるDNAが持っている『記憶』がそうさせているのだという自覚があった。
だが、自らを比類無き完成された人間とする事が出来たのも、
その生まれながらにして植え付けられた『記憶』や『能力』が大きく働いている事も、否定できない。

 

そして、ユーラシアで会ったあの男への気持ちも、『記憶』のせいなのだろうか……?
ふと、感じた覚えの少ない『寂しい』という感情が、彼女の胸中をよぎった。

 

※※※※※※※

 

~宇宙・『ゼダンの門』
巨大な傘を思わせる、小惑星から切り出したと思われる外観を持ったこの要塞は、
内部に工廠も備え、MS・MAの生産から整備までこなせる作りになっている。
「ほぅ……、これが『RMS-108』かね?」
「はい。すでにホアキン隊で試験運用させていますが、結果は上々です」
ブルーコスモスの盟主にして軍事共同体ロゴスメンバーが一人、ロード・ジブリールは、
目の前に佇む赤い巨人を見ながら、この要塞の出来に内心舌を巻いていた。
彼の見上げる、マラサイ。
確かそう言う名称だったこの赤いMSの性能は、
見た目はZAFT系列のようであるが、『ザクの革を被った怪物』と呼ばれている。
報告に寄れば、スカンジナビア半島付近に逃れてきたアークエンジェルに損傷を負わせしめ、
あのヤキンのフリーダムをも半壊寸前まで追い込んだという、
『ORX-005・ギャプラン』
そんなモンスターと共に戦果を上げたMSとして、この基地内でも搭乗希望者が続出しているという。
「頭部がZAFTのザクに似ているようだが……何とかならんのか?」
「ええ、最初はホアキン隊のパイロットもそうごねておりました。
しかし、内部のセンサー類まで従来のMSとは段違いの性能を誇っておりまして……」
「替えるわけにはいかなかった、か」
敵方のMSと似た姿という点だけがネックであったが、そうも言わせない程だという事だ。
ジブリールはこのマラサイを始めとする‘彼女’が譲渡してきたMS群と、
前々から開発を進めていた『例のモノ』を投入すれば、基地の防衛は足りるという確信を得て満足げに頷いた。
彼は士官の持つ資料を無言で要求し、のぞき込む。
正直に言わせてもらえば、‘彼女’の意図が理解できなかった。
こんなにも高性能なMSを、いとも簡単にこちら側にくれてやったことももちろんそう。
ZAFT側の動きについても、此方の知り得ない情報をもたらしてくれることもあって、
大いに役に立っていると言えるのは間違いない。しかし……いかんせん不気味に過ぎる。
十中八九、こちらに供与したMS以上の性能を持ったMSを保有していると見て良いだろう。
しかし、不思議と恐怖は感じなかった。
その自信の源は、彼のめくった資料に映る一枚の写真に凝縮されている。
「月面の発掘作業の進行状況はどうか?」
「そちらもようやく軌道に乗り始めました。
大隊とまでは望めませんが、一個中隊を編成できる程度の戦力確保はできております」
写真に写るのは、恐らく彼女も知り得ていないであろう、艦艇とMSの数々であった。
以前の報告では少しの情報しか上がって来ていなかったが、
こちらも従来のMSを大きく上回るだろうという確証は届いている。
~MSN-001A1『δプラス』 RGM-89『ジェガン』 RGM-89S『スタークジェガン』
ジブリールはむしろ、こうしてMSが‘発掘’という形で姿を現し始めている事の方に、
背筋が凍るほどの恐怖を感じ始めていた。
すでに、彼の抱える科学者陣はある推測を立て始めており、
彼もそうなのではないかという疑念を拭いきれなかった。

 

このC.E.という時代の前に、高度な文明を誇った時代が存在していた
などと……

 

「信じたくないな」
「……どうなされました? 閣下」
「あ、いや……何でもない。何でも」
そう言ってジブリールは、案内する士官の後にしたがって格納庫を後にした。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第20話

 
 

~イベリア半島・ジブラルタル

 

旧スペイン・アンダルシア州・カディス県と面した小さな半島であり、
元はイギリス領、つまり大西洋連邦に属した領土である。
ここにはZAFT軍が建設した、カーペンタリアに比類する規模を誇る軍事基地があった。
今、ジブラルタル基地の軍港に寄港している二隻の軍艦が、基地の面々の注目を集めていた。

 

~ミネルバとアークエンジェル~

 

前大戦の伝説と、今大戦を戦い抜いている新鋭艦が首を並べているのである。
注目されない方がおかしいとも言えるが、クルーからすれば複雑であった。
ハイネ・ヴェステンフルスは基地を一望できるカフェの展望テラスから、
ドックで修理を受けている二艦を見下ろし、トルティージャを頬張っていた。
二人用のテーブルの向かいには、アスラン・ザラが彼と似たような表情で、
コーヒーをすすりながらぼおっとしている。
野郎二人でやるお茶など楽しくないにも程があったが、
そんなことを考える余裕すら二人にはなかった。
この間の戦闘は、彼らが納得しようにも出来ないほど、情報量が多すぎたのである。
オーブと連合の混成部隊と戦闘に入り、あのフリーダムが乱入してきた辺りまでは覚えている。
その後は混乱した情勢であり、全体を見ていた者の数は少ない。
・フリーダムの乱入を知ったキラ・ヤマトが周囲の制止を振り切ってフリーダムで出撃
・アークエンジェルがミネルバ援護のために海中から出現しアビスに魚雷を一斉射→アビス後退
・フリーダムを視認した敵部隊のブラウンのウィンダムが戦闘意思喪失→敵隊長格の援護の下後退
・オーブ軍は混乱した連合軍を尻目に損失を増やすまいと撤退開始
何より彼らの度肝を抜いたのは、ほんの一時とはいえ隊長=シャア・アズナブルと、
キラのフリーダムがコンビでフリーダムを撃墜したことにあった。
キラのフリーダムを視認するやなりふり構わず‘奴’が襲いかかり、
その際生まれたわずかな隙が‘奴’の運命を決めたと言って良い。
そして先の戦闘の後、彼らに重くのしかかる事件がミネルバ内部で発生した。
二人は、今現在三人仲良く営巣から出る頃合い友人達のことを思いながら、
青々とした空を見上げ先日の騒ぎのことを思い出していた。

 
 

シュッと空気の抜ける音と共に医務室の扉が開き、
レイ・ザ・バレルは重い足取りで中へと入った。
時間は消灯時間が近づき、殆どのスタッフが眠りの世界へ入っている頃だったが、
心配のあまり寝付けなかったのである。
エトムント医師は休憩時間に入り交代のため退出し、
看護士は今此方に向かっているため、部屋の中は二人だけだ。
ベッドに拘束されているステラ・ルーシェは、日に日に衰弱していくようだった。
以前ディオキアで会ったときのような、美しく血色の良い顔は無く、
土気色の肌と乾いた唇、目の下には隈らしきものも現れ、見ていて痛々しい姿になってしまっている。
レイは、枕元の椅子に座り込んで、彼女の額に手を乗せる。
「レイ……」
薄く目を開けたステラは、レイを視界に捉えるとボソリと言った。
精一杯の力を振り絞って、彼女はレイの艶やかな金髪に手を伸ばし、
「綺麗……ネオと……同じ」
「ネオ?」
この間言っていた‘誰か’の名だ。
レイは思わず聞き返したが、ステラは震える手を下ろすと、そっと目を閉じた。
荒れる息づかいにチクチクと心が痛むが、彼には何も出来ない。
無力感にさいなまれながら彼は立ち上がると、医師が消し忘れたモニタに目が止まった。
そして、そのモニタに映る文字にも……
「解…剖…?」
レイは思わずモニタにかじりつき、
それが軍上層部から降ったステラ移送命令の一部であることを察した。

 

~敵方強化人間を生きたままジブラルタルへ移送せよ~
~此方へ到着次第施設で解剖・生体データ抽出~

 

だんだん、体中の血液が沸騰してきているような感覚と、
凍てつかんばかりに温度が下がっていくという、
相反する感覚が同時に襲ってくるのを彼は自覚した。
彼は後ろを振り返り、ステラが繋がれている延命装置や点滴にめをやり、
それら全てへの信用何もかもが、がらがらと崩れ去っていく音が聞こえる気がした。
ユラリと彼は医務室の扉の脇に背を持たれると、
ジッと気配を押し殺し、そっと部屋の電気を消した。
コツコツと、此方に近づく気配を感じたのである。そして目の前のドアが開いた瞬間、
「…………!?」
女性看護士が視界に入るやレイは身を乗り出し、彼女のみぞおちめがけ強烈な一撃を加えた。
くぐもった声を漏らし、意識を手放した看護士を床に横たえると、
冷ややかな目で見下ろしたレイは、ベッドに再び近づくと、ステラを縛り付けた拘束具を外し始める。
「レ…イ…?」
「行こう……」
ステラの身体をお姫様だっこしたレイは、
その身体の軽さに心が苦しくなるが、悲しむ暇はないと廊下に顔を出し、
他に人間の気配が近くにないと知ると医務室を二人で後にした。
彼にとって幸いだったのは、ハンガーに通じるエレベータがすぐ近くにあったことである。
負傷したパイロットを運ぶためのエレベータに、敵のパイロットが乗るというのは何とも言い難いものだ。
エレベータのドアが開くや彼は外へ滑り出で、自分のザクを視野に捉えるのと同時に、
当直の警備兵がちょうどこの区域の巡回に当たっている事を確認した。
「くそ……」
そう歯噛みした瞬間、警備兵二人が突如ドサドサと床に倒れ込む。
「……!?」
最初訳がわからなかったレイであるが、
二人の人影が立っており、彼らが警備兵の首筋に一撃を加え気絶させたのだと知る。
よくよく見てみると、自分のよく知る人間だと気づく。
「シン? ノエミ?」
「本当、びっくりだよ。あのレイがここまでするなんて」
「相当お熱なのね、その子に」
シンとノエミも、内心驚いていた。
自分たちの世代で最も規則に厳しいはずのレイが、
今こうして軍規に違反し、焦りと怒りと悲しみを滲ませた顔をしていることに。
「行くのか?」
「ああ」
レイは背中のステラの負担にならないよう、ゆっくりと立ち上がって、
「このまま基地に行けば彼女は死ぬ。その後は……」
レイはそこまで言って口をつぐんだ。
モルモットのように使われ死ぬ運命にある彼女に対する気持ちは、
自分の先に待ち受けるモノへ向けるソレと似ているが、
彼らに解ってもらうには時間が無さすぎる。
そして彼らの横を通ろうとした時、彼らの向こうにある人影に気づいた。
シンとノエミも、後ろを取られていたことに驚愕し振り返り、
「「「隊長……」」」
愕然となった。
シャア・アズナブルがレイのザクの前に、腕組みをして立っていたのである。
少しの間だけ、ハンガーの中に張りつめた空気が漂うが、
三人はシャアから敵意の類を感じないことに気が付く。
止める気がない事を悟ったが、
「レイ」
ズン…と、のしかかってくる重みのこもった声が響く。
レイはつばを飲み、彼の目を見た。
実感。一言で現すならそんな感じだろうか。
この先に待ち受けるものを知り尽くした人間しかできない、悲しみのこもった目である。
「後悔するぞ?」
その一言に、彼の言いたいこと全てが凝縮されていた。
……シャアは知っている。
同じように、強化人間の少女を知って助けようとし、
腕の中で死んで涙した少年のことを。
「構いません。どんな形でだって、長く生きていられる事以上に幸せなことはないから……」
レイの眼光に何かを感じとったシャアは、そっと横へ退く。
レイは黙して彼に一礼すると、ザクのコクピットへ彼女と友に消えていった。

 
 

「営巣入りで済んだだけでもありがたい話だよ、まったく」
ハイネはそうぼやくとトルティージャの最後の一口を口に放った。
医務室の看護士が目を覚まし、ブリッジに急報が入ったのは、
レイがザクに乗って無断発進した数分後のことであり、
シンとノエミはレイと共謀であるとしてその場で捕まった。
「しかし、前代未聞だな。これほどの軍規違反を重ねてその程度で済むなど……」
「表向きは『ミネルバの現状を鑑みて』だそうだ。
……それより、お前もホッとしてたじゃねぇか」
「ソレとコレとは別だ」
アスラン自身、叩き起こされて知らされた身であるだけに、
彼らの取った行動の意図を図りかねていたが、
直後には、彼らの処遇がどうなるか心配になったのだ。
彼らがあの程度の処置で済んだことに胸をなで下ろしたものである。
「彼女は苦しんでたと言っても、結局は連合の強化人間だ。
アーモリーワンから数えたって、相当なZAFTの人間が彼女に殺されている。
それに……」
「『強化人間は自らの意思で戦場を離れられない』か?」
「……そうだ」
「もし、彼女が彼奴等とツラ合わせる事になったら、
……アスラン。解ってるな?」
「ああ、解ってるさ」
アスランも、ハイネも、彼女がこのまま無事で済むなどとは思っていない。
彼らとてそうなるかも知れないという自覚はどこかにあるだろう。
しかし、彼女に一秒でも長く生きて欲しいとはいえ、
もしそうなってしまえば残酷すぎる結果になりはしないだろうか?
最後の一口を飲み終えた二人は、
青々と照らされる青空と、漂う白い雲を見上げながら、
(彼奴等が苦渋の決断をする前に、俺たちが恨みを買う方が……)
二人は先日の内から、そういう考えを心の奥底に潜ませていた。

 

※※※※※※※

 

「あれが『ボナパルト』ですか、大佐」
「聞いてた通り、でかいな」
純白の粉を敷き詰めた工芸品の様に、美しく広がる雪原の上を、
光景に似合わぬ武骨な輸送機と、ウィンダムが飛び交っていた。
マゼンダと、紺のウィンダムが戦闘を飛び、地面の粉雪を巻き上げながら進んでいる。
「こちら第八一独立機動群、ネオ・ロアノーク。
ボナパルト管制室へ、着艦許可をいただきたい。コードを送る」
ネオは通信装置のスイッチを話すと、ためていた息を吐き出した。
目下に見えるのは、山のような、黒く、巨大な物体である。
地球連合軍地上戦艦・ハンニバル級『ボナパルト』。
空母をそのまま陸艇に改造したような印象を受ける姿形も同様だが、
一段と目立つのは真ん中に見えるドームであろう。
ネオは、その中にあるモノがなんなのかを知っているだけに、一層心苦しくなる。
すると、向こうから着艦許可を知らせる通信が入り、
ゆっくりと、ネオとその部隊はボナパルトの甲板へと降り立っていった。
昇降機で甲板へ立ったネオは、びゅうびゅうと頬に吹き付ける、
身を切るような冷たい風が、自分を責める声に聞こえる気がした。
彼は後ろを振り返り、輸送機のタラップから降りてくる、防寒具を着込んだ少年少女に目をやる。
治療用ベッドを守るように、スティング、アウル、セリナが廻りを固めていた。
彼らが艦内の奥へと入って行くのを見届けたネオと、彼の後ろに付いていたファブリスは、
向かえに出た士官に連れられて、ハンガーの奥へと向かった。外から見えた丸天井の下を見に。

 

「おい、彼らがそうか?」
スウェン・カル・バヤンは、通路の奥を通り過ぎる一団を見、
彼らの雰囲気や表情から、上から聞かされていたネオ隊のメンバーだろうと察しを付け、
通りすがった兵士を呼び止めて聞いた。
「ええ、ロアノーク大佐と士官が二名。生体CPUが三つ。
死に損ないが一つ混じっているようですが」
最後に放たれた一言に不愉快さを感じたスウェンは、兵士に目をやることなく彼らへと近づいて行く。
彼らの最後尾に付いていた赤髪の女が、彼に気が付き目をくれる。
「……誰?」
「ホアキン隊所属、スウェン・カル・バヤン中尉だ。ロアノーク隊か?」
「ええ、セリナ・バークレイ中尉よ。よろしく……と言いたいところだけど、ごめんなさい」
セリナと名乗った、自分より一つ二つ下の女は、傍らのベッドに手をかける。
彼は、配属された強化人間の一人が衰弱していた事を思い出し、
そう言って目をベッドの主にやる。金髪の髪が印象的な少女であった。
元々は活気の溢れる少女だったのだろうが、ソレを感じさせぬほど弱々しく、吐く息もとぎれとぎれであった。
向こう側に立っている、自分やセリナよりも年下と思しき少年二人は、
闖入者を追い払わんばかりの気迫をぶつけてきている事に気づく。
「そうだな、すまない」
彼がそう言い終えるや、ベッドは再び動き出し、ボナパルトの医務室へと向かっていく。
その後ろ姿を見つめた後、踵を返したスウェンは、一言だけ呟いた。
「あの女……長くないな」

 

「ステラの機体! コレが!?」
「設計連中の顔が見たいよ……」
金属の階段を、カンカンという無機質な音をたてながらのぼり、
黒く冷ややかな装甲版が視界に姿を現した。
ネオとファブリスはその全容も把握できない大きさに舌を巻く。
「『GFAS-X1・デストロイ』…型式番号の通り、
戦略装脚兵装要塞と呼ぶに相応しい兵器と言えましょう」
それは、MSと呼ぶには大きすぎ、MAとするにせよ、
頭がおかしい人間が、狂った発想の下で設計したに違いない。
初見で思ったことはそうであった。
ただ、ファブリスはこの機体を見た瞬間、妙な既視感に襲われていた。
 《大尉! やめてください!》 《フォウ、わかるか!? 俺はカミーユだ!》
「人は……同じ過ちを……?」
頭の中に沸き上がるモノを振り払うように、彼は頭を横へ小刻みに揺らす。
(俺は何を……!? 今のは?)
「大丈夫か、大尉。お前も休んだ方が……」
「いえ、大丈夫です!」
「無理をするな。作戦前の大事な身体だ、倒れてもらっては困る」
一番倒れそうなのは貴方だ。
彼はそう言いかけたが、黙して彼の言葉に甘えることにした。
覚束ない脚で割り当てられたナンバーの部屋へ入り、
薄暗い部屋の壁を見つめながらファブリスは、
自分の中に漂うモヤモヤがだんだん晴れてくる事を再確認する。
「やはりあれは、サイコ…ガンダム?
いや、違う。しかし、アレに乗ってしまえば……」

 

《フォウ、目を開けろよ。嘘だろ!? こんなの嘘だろ!? 目を開けてくれよ! フォウ!》

 

「ステラはもう戦いをするべきじゃない。だが……」
俺たちがまた引き込んだ。
きっと、デストロイの説明を受けている仮面の男もそう思っているに違いない。
ファブリスはシャワールームへ向かい、身を包む軍服とインナーを脱ぎ捨てる。
汗でべとべとになったそれを忌々しげに洗濯籠へ放り込むと、
シャワールームへ入り思いっきりノブをひねった。
暖まっていない冷水に身を強ばらせ、次第に温かくなるうちに、
彼はだんだん身をほぐされていく感覚に包まれて……

 

タイルに膝を突いて、彼は打ち付ける湯の音でかき消すように、静かに肩を振るわせた。

 

※※※※※※※

 

「そのコンテナはそこじゃない! あっちへ運んでくれ!」
シャア・アズナブルは基地の作業用ジンが次々と運んでくる、
補給物資リストを片手に辺り構わず怒号を飛ばしていた。
激戦と呼ぶに相応しい戦闘をくぐり抜けたミネルバの損傷は大きく、
MS隊隊長である彼に休む暇があろうはずがない。
足りないMSの武装をリストアップして基地司令部に廻す事、
新しく搬入されるアップデートパーツのチェック等々、
タリアやマッドがやるべき仕事の一部も廻ってきたのである。
逆に言えば、あの二人の仕事がそれほどまで立て込んでいる証だ。
それに、仕事をしている方が気が紛れる。
シン達の事も勿論そうだし、
アスランとハイネが無理をしかねない心境なのも気になる。
そして何より、『彼女』の事を今は頭から振り払いたかった。
先の戦闘の直前、報告を議長に挙げてはいた。
デュランダルは『基地で何とかしよう』とは言ったものの、正直不安である。
政治家としてでなく、科学者としての顔を見せていたのである。
遺伝子学者としての血が騒ぐのか、基地に到着したとき、彼の姿があったことに度肝を抜かれた。
「……何もなければいいが」
広大な敷地の中で、医療系施設の集中したブロックを見つめながら、彼はそうぼやいた。
その不安が的中するなどとは思いも寄らずに……。

 

ギルバート・デュランダルは、手術室を見下ろせる大窓から、
手術台に拘束されたルナマリア・ホークと、傍らに用意した握り拳ほどの装置を見つめた。
下の部屋では、手術がごく一部の職員のみ知る中で行われている。
地球での戦闘時に現れたという、『もう一人のルナマリア』。
その凶暴性を報告で聞いた彼が、唯一思いついた解決法はコレだった。
彼女と装置、スタッフの他に、もう一つ部屋の片隅に用意された物体。
それはルナマリアとよく似ている、髪の長いあの‘ルナマリア’であった。
正確には、彼女の姿を模した機械人形である。
元々は義手義足の耐久性やバランスを確認するため作られた人形だった。
そもそも人形を作る必要性はなかったと言っても良い。しかし……
当時の酔狂な科学者達が、精巧な義手義足の開発では飽きたらず作り出した狂気の産物。
表情筋から髪の毛の質感、肌の感触まで人間と一緒という代物である。
急遽こしらえた顔はうり二つとは行かないまでも、遠目では判別しがたい出来である。

 

……デュランダルはゾッとした。

 

書類上書いてあることは一行に収まる事だ。
『被検体~ルナマリア・ホークの心臓と中枢神経にEPR通信装置を接続する』
これだけである。
EPR通信装置~量子コンピュータ開発途上で生み出された小型の通信装置。
これを、彼女の脳波を感じ取るために中枢神経に繋げ、『特定の脳波』に反応するようセットする。
装置がその一定の脳波を感知した際に、その脳波を電気信号に変換しデータ化、
彼女の肉体にでなく用意した人形へ飛ばしてしまおうという、馬鹿馬鹿しいことこの上ない所行である。
簡単に言えば、あの‘ルナマリア’が表へ出てこようとすれば、
ルナマリア本人の身体ではなくあの機械人形を操ることしかできないようにしよう、というものだ。
彼らがこれから踏み入ろうとしている場所は、コーディネイターという存在が生まれて後、
誰も踏み込んだことのない『人の心を分断する』という、神の領域。
……さらに一歩、人間が禁忌へと踏み出すのだ。
ワクワクするかと聞かれれば、否定できない。だが申し訳ない気持ちにもなる。
息子同然に思っている少年と彼女はかけがえのない仲間であり、抵抗の方がむしろ大きい。
しかし、彼らを引き離さず、かつ彼女を治療するには、
荒療治とも言えないコレ以外に彼は思いつかなかった。
「許せよ……」
ちょうど、シャアが施設に目線を向けた頃は、手術が無事終わった段階であった。

 

「いやぁ、笑っちゃうわよねぇ!
胸部に腫瘍だなんて、何で気づかなかったのかしら」
「そうだな……」
シン・アスカは、一週間以上もの独房生活を終えると、
シャワーを浴び制服を着替えて、ルナマリアの病室を訪れていた。
彼は正直、ここに居づらい気分であった。
あのフリーダムのパイロットを目にした瞬間暴れ出したという事を、
彼女は何も覚えていないのだという。突然倒れて、気が付いたらベッドの上だと言って、
「でも不思議。あたしそんなに寝てたの?」
「ああ。ヒヤヒヤしたさ、ルナがこのまま起きなくなるんじゃないかって」
「やだ、冗談止めてよ! あたしはそういうの……」
「冗談なんかじゃない!」
シンは思わず彼女の身体を抱きしめていた。
エーゲ海の戦闘の後、独房区に足を運んだシン達は、あの‘ルナマリア’と対面した。
自分たちが知っている彼女とはかけ離れた、下品で淫猥な言葉を平気で口にする女。
恐怖を感じた。自分の大切なモノが犯されていくような、悪寒。
先程明るい表情の…いつものルナマリアを見た時、今までの恐怖も不安も全て、
綺麗さっぱり吹き飛ばさんばかりの喜びを味わった。
力がこもりすぎていたのか、彼女が静かに彼の背を叩く。
「シン……苦しい……」
「あ、ご、ごめん!」
彼は我に返り彼女から離れ、おそるおそる彼女の顔をのぞき込む。
彼女の顔は、耳まで真っ赤になっていた。
それも、彼の今まで見たことのない、『女の子』の顔までして……。
気まずい(第三者には甘ったるい)空気が部屋に充満し、
お互いトマトのように顔を赤らめて硬直すること数分。
我慢できなくなったのは、ドアの外に待機していた人間達であった。
誰かが開閉スイッチを押したのだろう。何かが崩れ落ちるように部屋になだれ込む。
バッと入り口側へ振り向いた二人は、なおさら顔の赤みを増すことになった。
レイ達が、自らの身体でひな壇を作るように倒れていたのである。
ハイネ、ヨウラン、ヴィーノが一番下で、その上にアスラン、ノエミ、メイリン。
一番上にレイという順番で倒れ込んでおり、唯一倒れていないのはシャアであった。
「「…………」」
ぱくぱくと口を開け閉めするシンとルナマリアであったが、
しだいに笑いが漏れ、連鎖的に繋がっていく。
一見して幸せそうな空気ができあがるが、すぐに壊れる蝋細工のように、
脆く繊細なものであると、遠目に見守っていたシャアは感じていた。

 
 

第20話~完~

 
 
 

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