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DEMONBANE-SEED_デモベ死_02_1

Last-modified: 2013-12-22 (日) 05:10:57

 オーブ領海近くの海底に、まだ真新しい金属の塊が多数沈んでいた。

 多くのMS――― 数年前に登場して以来この世界の戦場を支配しつつある人型兵器と、様々な型の軍艦の成れの果て。

 ほんの数日前まで彼らは、敵を討つ為の強大な力を与えられた科学と野蛮の結晶であったが、今となってはただ漁礁となりつつあるガラクタでしかなく、その中に取り残された軍服に身を包んだ者達も、魚達の糧となるのを最期の任務として、物言わずに遂行していた。

 死が生へと還元される静謐を乱さないようにか、巨大な影が音もなく蠢く。

 ザフト軍水陸両用MS、アッシュ。

 正式採用が決まったばかりの新鋭機が数機、いずれ己も仲間入りするかもしれない墓地の中にいた。

 海底を照明で照らしゆっくり動き回る様子は、宝探しをするダイバーのようだ。

 実際そうだった。

「目標発見」

 探し物を見つけたアッシュのパイロットが、通信ケーブルで繋がれた仲間達に短く報告する。

 巨大な甲殻類を思わせる異形の機体が、強力な照明に照らされて深海の闇に浮かび上がっていた。

 これが彼らの捜し求めた沈没船。この機体の一部が彼らの欲する宝。その正体は彼らが敵対する地球連合軍の新型モビル・アーマーである。

 ザムザザーというコードネームまでは知られていないが、恐るべき性能はザフト軍のミネルバ隊がその身をもって味わい、報告は速やかに各部署へ送られていた。

 巨体に似合わぬ機動性を持ち、火力と防御力はMSを圧倒する――― 筈だったが、ミネルバ所属のインパルスを追い詰めつつも撃墜されて彼はそこにいた。

 機体中央のコックピット周りを熱の刃で深く裂かれているが、ほぼ原型を保っていた。

 カニのような外観は海底の風景に異様なまでに相応しく、今にも獲物を求めて動き出しそうだ。4つのな目のような部品が照明を反射して、侵入者を睨みつけるように輝いている。

 ごくり―――視線を正面から受けたアッシュのパイロットが、名状し難い恐怖に生唾を飲む。

『何をしている。急げ』

 いつの間にか近付いていた仲間の声が、彼の恐怖を小爆発させた。

「あ……ああ、判っている」

 小心を悟られないように平静を装って、作業を開始した。

 おぞましい恐怖を呼び起こす目こそが、彼らの求めるものだった。

 このMAが使用した、大口径陽電子砲をも防ぐバリア。その発生機関というのが戦闘記録を検討した軍上層部の推測だが、見事正解だった。

 陽電子リフレクター―――現時点でこの世界最強の盾だ。戦時下の現在、その価値は計り知れない。

 アッシュのクローの間に紫電が走り、MA後部の目を先端に付けた突起部を溶断していく。

 この間もMAは、眠りを妨げた者へ怒りの眼差しを向けている。

「ええい、夜トイレに行けない子供じゃあるまいし」

 アッシュのパイロットは怯えを振り払うように呟く。

 この目を見るからいけないのだ。クローと切断箇所にだけ集中すれば―――

 何の脈絡もなく、切断面から無数の触手が飛び出た。

 金属管と配線が爆発的なまでに溢れ出て、物理法則を無視してのたうち、アッシュの腕に絡み付いたのだ。

「うひぃ!?」

 パイロットが無様な悲鳴を上げる間に、触手は胴体にも迫る。

「ひっ非常事態! 非常事態発生だ!」

 すぐ後ろに居る筈の仲間に呼びかけるが、返事はない。

「応答しろっ、聞こえないのか!? おいっ、助けてっ……」

 泣き叫ぶパイロットの目の前のコンソールが破裂し、コックピットの中に触手が入ってきた。

 恐怖で発狂寸前のパイロットを、触手が一瞬で覆いつくし―――

「ひっ、ひいっ! うわっ、ああぁっ……うぎゃあぁぁぁぁぁっ! ああぁっ! ああああぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴はすぐ断末魔に変わり、おぞましい事に長く延々と海底に響いた。

「……どうした、応答しろ」

 作業中のアッシュの後方に居た機体が腕を接触させ、ケーブルではなく接触回線で呼びかけた。

『あ? ああ、どうした?』

「どうしたじゃない! 終わったのか?」

 どこか気の抜けた応答が返ってきて、彼を苛立たせた。

『問題ない、終了した』

 振り返った機体のクローには、切断された破片が挟まれていた。

「よし、連合の駆逐艦らしき艦を探知した。回収作業を中断して撤退する」

『了解』

 確実に情報を持ち帰るならもっと部品を回収すべきであり、敵艦に襲撃されても最新鋭機の彼らなら排除も可能だが、彼ら本来の任務は別のものであり、何者にも発見される訳にはいかない。

 切断作業の音は水中では遥か遠くまで響き渡っている筈だ。一刻の猶予もない。

 アッシュ達は一斉に照明を消し、音もなくその場を立ち去った。

 海底が再び闇に包まれて数刻後―――ザムザザーの欠損部から再び触手が湧き出て、失われた部分を補填するように固まっていく。

 巨大な目―――もはや陽電子リフレクターではない―――が鈍く赤い光を放つのを、誰も目にする事はなかった。魚達ですら。



 翌朝、同海域で魚の死骸が大量に浮かんでいるのが発見された。

 原因として数日前ミネルバの使用した陽電子砲の放射線の影響が疑われ、オーブのマスコミ各社は反プラント感情を扇情的に煽ったが、後日の調査で科学的に否定された事はあまり報道されず―――見え透いた世論操作として政府とマスコミに批判が集中した。

 事件の裏に潜む怪異に気付いた者は、この世界では誰もいなかった。



 モルゲンレーテ造船ドックの片隅にデモンベインは居た。

 共に地球へ降下したミネルバの甲板に乗ってここへ来て、ミネルバと戦友達の出港後もこの場に残ったのだ。

 大型艦を建造、修理する巨大空間にあっては鬼械神の巨体も小さく見えるが、他の施設、殊にMS用の製造、整備施設では収まらない為に、この場がデモンベインの仮住まいとなっていた。

 組まれた足場に囲まれ、作業員が這い回る様子は、直立しているとはいえ小人に囚われたガリバーを思わせる。

「正直言ってお手上げですね」

 マリア・ベルネス。そう名乗る女が、書類を片手に言う。

 よくマリューとかラミアスとか呼ばれているが、公的な場では一応そう名乗っている。

「異界から無限にエネルギーを供給する獅子の心臓。それを封印し稼動させる銀鍵守護神機関。理論すらもさっぱりなのに、ましてや修理となると」

「う~ん……やっぱりか」

 マリアだかマリューだかの説明に、九郎は苦い呻きを漏らした。

「あれは妾にも未知の部分が多い。簡単に事が運ぶとは思っておらぬが、出来る限りの協力はしよう」

「はい。とりあえず今までの検査のレポートのコピーは用意しています」

 分厚い冊子を受け取ったアルは、素早くパラパラとめくる。

「やはりあまり進展はしておらぬな」

「ええ、申し訳ありません」

「って今ので読んだのかよ?」

「当然だ。妾は魔道書、情報の化身だぞ」

 九朗に答えてから、アルは思案して、

「やはり分解して、構造を詳細に解析せね話にばならぬか」

「またその話か。再起動の目途がつくまで獅子の心臓の停止は無しだって結論だろ」

「そうだがな……」

 こうしている間にも、デモンベインの心臓部は弱々しく鼓動し、僅かずつだが魔力を蓄えている。

 獅子の心臓からの無限熱量を目標に叩き込む「レムリア・インパクト」は問題なく作動し、この世界の危機を救ったのだ。

中枢部が今も健在な証拠だが、それだけに扱いは慎重にならざるをえない。

「厄介なものですね」

「すまねえな、マリュー……いやマリアさん」

「いえ、お二人とあの機体には手間をかけるだけの恩も価値もあります。その他の破損部分の修理はほぼ完了。魔力回路の解析も順調です」

 この世界では未知の技術である魔術回路。この技術提供がデモンベインの修理、施設使用、九郎とアルの生活費の代金である。

 ユニウスセブンでの戦闘をこの国の代表首長が観戦して、いたく感激したのがこの厚遇の始まりだが、それだけで諸々の費用を捻出できる訳ではない。

「新型射撃システムの組み込みも完了。明日には予定通り試射を行えます」

「ああ、期待してるぜ」

 魔術回路を利用した試作品第一号がこの新型射撃システムであり、デモンベインの頭部機関砲がテストベッドとなる。

 愛機を実験に使うのは抵抗があるが、互換性のない弾丸の製造には手間も金もかかり、このような名目がないと補給ができない。

 ユニウスセブンの戦いでジンを全く捉えられなかった経験も、導入決定の動機になっていた。

「では明朝8時から準備を行うので、立会いをお願いします。それと今夜は遅くなるけど、食事は残しておくように伝えて下さい」

 後半の口調は友人か家族に向けるような砕けたものだった。

「了解。ではお先に。ほらいくぞ、アル」

「ああ」

 途中から黙って何やら思案していたアルを連れて、九郎はその場を後にした。

 モルゲンレーテの工場から出た九郎とアルは、夕日で朱に染まった海岸沿いの道路を乗用車で走っていた。

 九郎の以前の生活ぶりを知る者が見れば彼が免許証を持っていた事に驚くだろうが、彼とて生まれた時から無職もとい私立探偵で赤貧洗うが如しだった訳ではなく、両親が健在の頃は普通の中流家庭で育ったのだから、その頃に免許を取得していてもおかしくはない。たぶん。

 勿論西暦20世紀のアメリカの免許がオーブで使える訳はないが、国家主首のコネで海外要人向けの許可証なんたらを貰っている。

「九郎」

「ダメだ」

「何も言っておらぬぞ」

「獅子の心臓の停止、だろ」

「うぬぅ……」

「構造どころか起動方法すらわからないもんを停止して、二度と動かなかったらどうするんだ? ていうか停止方法もはっきりしないんだろ?」

「しかし、このままではデモンベインは不完全なままだ。元の世界に戻る事も出来ぬぞ」

「その元の世界に戻るってのも、かなり難しいんだろ?」

「ダンセイニの召喚時におおよその時空座標は判明しておる。完全とはいかぬともかなり近い世界へ行く事は出来る」

「”おおよそ”で”近い”だろ。俺達の世界じゃないのはここと同じだ。何を焦ってる?」

「汝は何故焦らぬ!」

 アルは声を荒げ、隣の九郎を睨みつける。

「ここはもう戦争寸前ではないか。いやもう戦争は始まっておる。この国が巻き込まれるのも時間の問題だ」

「そりゃぁ不安だけどよ、俺とお前なら何があっても生き延びられるだろ」

「我らだけならどうとでもなる。だが汝は、周囲の者を捨て置けぬであろう」

「ミネルバのみんなは行かせただろう」

 彼らは短いながらも共に戦い過ごした戦友であり、ユニウスセブンへレムリア・インパクトを使った後、魔力が尽きて地球へ落下しつつあったデモンベインを救助してくれた恩人でもある。

 ぎりぎりまでミネルバの陽電子砲で破片へ砲撃するついでとはいえ、大気圏突入中にデモンベインの巨体を拾うのが自殺行為寸前の命懸けであったのは変わりない。

 そんな彼らがオーブの情勢不安定化により急遽出航した時、九郎らは同行しなかった。

 連合の艦隊が接近しているとの情報もあり、不利な状況での戦闘が予想されたが、強大な力を持っていようと民間人である九郎が手出しするのは問題がありすぎるのだ。

「あの者達は兵士であり、戦う力も理由も意思もある。汝もそれくらいは割り切れるであろう。だが力無き者に害が及ぶのを見過ごせる汝ではあるまい」

「手の届く範囲で誰かを救うのは当然だろ」

「デモンベインを有効に使ってか? そうすれば多くの者を救えるだろうが、その為に汝が討つのはブラックロッジのような邪悪ではなく、祖国の為に戦う兵士だぞ。ミネルバの者達のようにな」

「そんなの前の戦いで思い知っているさ」

 ユニウスセブン落下テロの阻止に協力したのは九郎にとって当然過ぎる行為であるが、それを行った者達はかつての敵のような邪悪な魔物ではない只の人間だった。

「あの戦いはあらゆる法や道徳に反した大量殺戮を止める為のものだ。その点では絶対悪との戦いに近い。だが戦争とは愚劣で悲惨ではあるが人の行為だ。我ら魔道に生きる者が関わり合うものではない」

「この世界に来てすぐにも、似たような話をしたな」

「あの時とは状況が違う。今度は本気で汝を止めるぞ」

「このあいだのあれ……核が人に向けられるのを前にしてもか?」

「あれか……」

 未遂に終わったプラントへの核攻撃の閃光は、地上でも夜空を染めるほどだった。

 凍り付いたユニウスセブンを目の当たりにして、またプラントのコロニー群の情報を得た九郎やアルにとって、あの光が目標を直撃するのは現在見たくない光景ナンバー1だ。

「確かにあれほどの規模で無辜の民が焼き払われるのは、妾とて見るに耐えん。デュランダルとやらを頼ってプラントへ行き、その防衛のみに力を貸すというのも汝らしい悪くない選択であろう」

「けどそれって傭兵になるって事だな」

「左様。ザフトの者達はデモンベインの能力を判定して、我らの待遇を決めるであろう。それはMSとかいう機械人形数機分か、数十機分か。だがその分の戦力はプラント防衛から引き抜かれて、他の地を焼くのに使われるぞ」

「んじゃあどうしろってんだ?」

「だからそれも”悪くない選択”だ。この世界に腰を据えるなら、選ぶべき道の一つであろう」

「この世界に生きるなら、か。だからお前、デモンベインを早く直したいのか。この世界から、戦争から逃げ出したくて」

「不快か?」

「まあ何つうか、卑怯っぽい気はするな」

 不安げに聞くアルに九郎はなるべく軽い調子で言うが、傷付いた溜め息が返って来る。

「この世界の戦争は我らと関わりが薄い上に、破壊の規模が大きい。汝が生きたアーカムやアメリカを護る為ならば、妾はいくらでも協力しよう。小国同士の小競り合いのような戦争ならば、民間人のみを護っても大した影響は有るまい。

 だがこれだけの巨大な力のぶつかり合いでは、どこのバランスを崩しても影響は世界全体に及ぶぞ。それこそ邪神の振る舞いであろう。それを平気で成す汝など……妾は見たくない」

 表情を曇らすアルの頭に、九郎が優しく手を乗せる。

「気軽に正義の味方なんてのは出来ないって事か」

「うむ、その点では我らは今まで恵まれていたのかもしれぬな。そう仕組まれていたからだが」

「感謝する義理はねえな」

 人が持つ善性の究極として九郎を仕立てるのが、かつての戦いを仕組んだ邪神の狙いだった。

 だからこそ彼らの敵は人類の邪悪な敵であり、裏を知らなければ戦いに迷う必要もなかった。

 ―――その邪神の振る舞いに近い事をした者が、我らの近くに居るのだが……いや、彼らも自らの世界の成り行きを模索したという点では、今の我らよりましか。

 それを口に出すかアルは迷って、結局止めた。

「何にせよ最後に決断するのは汝で、妾は従うのみだ。汝が汝である限りな」

「そいつはまた、責任重大だな」

 そこで会話は途切れ、アルはただ九郎の肩に頭を乗せた。



「飯~」

「メシ~」

「あー、ゴクツブシが帰ってきた」

「お帰り~ロクデナシ」

「ちゃんと仕事探せよカイショウナシ」

「しとるわちゃんと今は! 明日も朝から仕事だ!」

「見栄張るなよムダメシグライ」

 子供の集団というものは、どこの世界も同じようなものだ。

「てけり・り」

「ただいまダンセイニ。今日もやつれておるな」

「てけり・りぃ」

 その猛威は宇宙的怪異をも圧倒し、思慮なく発する言葉は心を抉る。

「あらあら、今は、という事は以前はやはり」

「出て来るなりさらっと追い討ちかけんで下さい……」

 だが九郎にトドメを刺したのは、もう子供とはいえない少女の言葉だった。

「お帰りなさいませ、大十字様、アル様」

 ラクス・クライン。どこぞの要人の娘だとか、元どっかの国民的アイドルらしいが、浮世離れした振る舞いを除けば九郎にとっては世話になっている所の娘さんでしかない。あくまで九郎にとっては。

 そこは郊外の海辺に建つ、妙に豪華な一軒屋だった。ユニウスセブン落下の被害を受けた孤児院の仮住まいと、この場を紹介してくれた知り合いの少女国家首長さんは説明したし、実際子供も多数いるが、元々は何の施設なのかはよくわからない。

 ここの主人っぽい盲目の男、いかにも軍人上がりな隻眼の男、口数の少ない少年、その母親らしい女性、極めつけはラクスやマリューと、怪しげな人物の満貫全席なのが気になるが、ほとんど怪異の九郎やアルが言えた物ではないし、この程度で動揺するような細い神経も持ち合わせていない。

 タダで食事も寝床も提供されるのが、赤貧経験者たる者には全ての事情に優先するのだ。

 子供だらけのにぎやかな食卓も、アーカムでの生活を思い出して懐かしいやら切ないやら。

 食後にも子供と遊んでやったというか遊ばれた九郎は、疲れからすぐに寝てしまった。

 皆が寝静まった深夜、アルは孤児院(仮)の屋上に居た。

 都市部から離れた海岸はどこまでも暗い。

 魔道書ゆえに暦の知識も詳細に有するアルは、夜空を埋め尽くす星の中から異質な光点を多数判別していた。

 人工衛星や低軌道を行く宇宙船、連合とザフトの小競り合いの光芒、そしてプラント他人々の住むコロニー群。

 大した意味も無くアルは、光点が集中する位置に意識を集中した。身体から輝く魔術文字が列を成して湧き出て視覚を増幅すると、砂時計型のコロニーの群れがぎりぎりで判別できた。

 世界を二つに割る戦争の一方の当事国、宇宙都市国家プラント。それは宇宙の深遠にあって砂粒よりも小さな人工島が、外敵から身を護るように寄り添い合って形成されていた。

 ユニウスセブンの死骸を見たアルには、それは哀れなほど脆弱に見えた。

 ―――いかんな。

 知覚増幅を切ったアルは、頭を振って自戒した。

 ―――この世界の異邦人である我らが何者かに肩入れするのは危険だと、先程九郎に言ったばかりではないか。

 核による全滅の脅威にさらされているプラントとて、一方的な被害者ではない。

 ふと背後に、誰かの気配を感じた。

「何かの魔法ですか?」

 女の声で話しかけられ、振り返るとラクスが立っていた。

 魔術使用に意識を集中していたとはいえ、かなり近付くまで気配に気付かなかった。

「大した術ではない。望遠鏡の真似事だ」

「ああ、星を見るには絶好の夜ですものね」

「汝はこんな夜遅くに散歩か?」

「アル様と同じです。あまりに星が綺麗なので、眠るのが勿体無くて。お邪魔でなければご一緒してよろしいですか?」

「星は誰のものでもなかろう。構わぬよ」

 汝とは一度ゆっくり話をしたかったしな、と胸の内で続ける。

「ありがとうございます」

 いつものように笑顔のままラクスは歩み寄り、アルの隣に立つ。

「先程の魔法は、どの星を見ていたのですか?」

「汝の故郷だ。行ったことはないが、良い所なのであろう?」

「プラントですか。そうですね……良い所ですわ」

 その口調には、どこか影があるような気がした。

「整った街、整った自然、整った天候……人が思い描く理想郷に、この世で最も近い場所でしょう」

「そうは思っておらぬ口調だな」

 そう言われて返す笑顔は、いつもより悲しげに見えた。

「所詮は人の作ったもの、完全でない者が追い求めた理想です。どうしても破綻はありますわ」

 それはプラントのコロニーだけを指した言葉ではないと、この世界について調べたアルには直感できた。

 ラクス自身も含めた遺伝子操作人類、コーディネーター。これこそ人の理想が生み出した者達であろうが、技術的にも思想的にもいまだ問題は多く、今回の戦争の火種にもなった。

「それが、汝の行動の動機か?」

「さて、何の話でしょうか?」

「とぼけるな。2年前に汝らが何をしたか、妾が知らぬと思ったか」

 アルの詰問にも、ラクスはあくまで笑顔の仮面を崩さない。

「大した事はしていませんわ。私達は自分の成すべき事を探し、出来る事をしたまでです」

「その割には大事になったようだが」

「自然は自然らしく。人は人らしく。私が望むのはただそれだけですわ」

「ふん、まあ良い。汝らがこの世界をどう変えようと、それはこの世界に生きる汝らの自由。妾達には関係ない。 だが九郎を巻き込むならば容赦はせぬぞ」

「大十字様を?」

「とぼけるなと言ったであろう。この施設がどういうものか調べはついておる。ここに我らを置いて何を目論む?」

 睨み付けるアルにラクスは軽く溜め息を吐き、笑顔に少女のものではありえない凄みが混じる。

「そうですわねぇ。あえて言うなら……あなた方お二人、特に大十字様がお心のままに行動すること、でしょうか」

 虫の音が止む。

「それで我らが汝らの仲間になって、戦争でもするとでも思ったか?」

「まさか。ただ大十字様には善良なまま、目の前で子供が傷付くのを見過ごせない方でいらっしゃれば十分です」

 無邪気に騒ぐ子供達の顔が、アルの脳裏に浮かぶ。

「ここが危険だと言うのか? 子供に危害が及ぶと!?」

 今まで抑えていた声が、自然と粗くなる。

「さて。何も起こらないかもしれませんし、起こっても多少の用意は有りますが……何分事がことですから、少しでも安全が高まるなら、手段は選ぶべきでないかと」

「素直なのは美徳だが、それを聞かされて我らが汝を護ると思うか?」

「ですから、子供達を見捨てないだけで十分です。見捨てられる大十字様ではないでしょう? 私や大人が自力で切り抜けられないなら、どうぞ捨て置いて下さい」

「それで潔いつもりか? 気に入らぬな」

 アルの嫌味にもラクスは、何を考えているのか判らない満面の笑みを返す。

「ふん、まあ今夜は汝と話が出来てよかった」

「対話は何よりも大事です。私もお話が出来て嬉しいですわ」

「とりあえずは……汝が口先だけで己の身も護れぬという事もわかったしな」

「?」

 疑問の表情をしたラクスが、口を開きかけた時―――無数の銃弾が暴風となって襲い掛かった。

 実のところ、かなり前に気配には気付いていた。

 先程ラクスが近付くのに気付かなかったので、普段よりも感覚を鋭敏にしていたのだ。



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