Top > DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第09話1
HTML convert time to 0.010 sec.


DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第09話1

Last-modified: 2013-12-22 (日) 06:14:13

 運命の日の朝。カガリは手の平の上にある指輪を見つめていた。それを両手で優しく包み込むように握り、指輪の贈り主との思い出を反芻する。

 愛していた──いや、今でも愛していると断言できる。でもそれ以上に、自分達は自分達の役目を果たさなければならない。

 そして今この日、この場所に彼は居ない。だからこそ──

(せめて、せめてこの結婚式が終わるまで……私に、勇気をくれ)

 俯いていた顔を上げて顔を引き締め、ポケットの中に指輪を入れる。部屋の扉がノックされたのは、ほぼ同時だった。

「鍵なら開いてる」

「カガリ、準備はいいかい? そろそろ準備をしないとね」

 予想通り、入ってきたのは自分の婿殿だ。ユウナ・ロマ・セイラン──彼のことはよく知っている。幼少からの幼馴染だから。意見はよくぶつかるが悪い人間ではない、むしろちゃんとオーブの事を考えている人間だとはよく分かっているつもりだ、嫌いではない……でも、だからといって愛しているかと問われれば当然NOだ。

 しかし自分が結婚するのは、目の前の彼。

「分かった、すぐ行く」

「……ちょっと予想外かな」

「何がだ?」

 自分を見て目を丸くするユウナにカガリが怪訝な顔を返すと、ユウナはどこか芝居じみた素振りで肩をすくめて見せた。

「いやね、花婿が言う台詞じゃないけど……正直もっと目を赤くでもしているかと思ってたんだけど、随分とこざっぱりしてたからさ」

「私を誰だと思ってるんだ? この期に及んで女々しく泣いたりはしない。それに……」

 皮肉なのか褒めているのか分からない言葉を聞き流しながら、カガリはユウナの横を通り抜け扉へと向かう。扉を通り抜ける時、カガリはユウナの言葉に自分もちょっとした皮肉を返した。

「流す涙なんて、3日前にはもう枯れ果てたよ」

 そう呟いて、部屋にユウナを残したまま外へと踏み出すカガリ。だから、部屋に残ったユウナの呟きは

聞こえなかった。

「……分かっちゃいたけど、キツイよなぁ……愛のない結婚、っていうのはさ」







第九話『THE AWAKENING LION』







「ハァ、なんかスッキリしないわねー。おめでたい日にコソコソ逃げ出すなんて」

『気が抜けすぎだルナマリア、警戒を緩めるな』

「けど少し気を張りすぎじゃない? オーブ軍は何もしてこないんだし」

 カガリとユウナのの結婚式と時を同じくして、ミネルバはオーブから出航していた。その格納庫では万一に備えパイロット達が機体に乗り待機していた。

「ねえシン、シンもそう思うでしょ……シン?」

『…………』

 反応のないシンにルナは溜息を付く。二日前のブリーフィングからずっとこんな調子だ。強く声をかけて意識を呼び戻しても、すぐにまた自分の世界に篭ってしまう。この状態では何を言っても無駄だと思い知っているルナは、仕方なくコアスプレンダーとの通信回線を閉じた。

「レイ、あんたシンと同室でしょ? アレどうにかできないの?」

『無理だな。それに俺は気にしていない』

 あ~そうですか、と冷めた態度に呆れながら、ルナはシンについて考える。

 最近のシンはどうもおかしい。普段のワガママじみてはいるが勢いのある活気はナリを潜め、暗い顔で沈んでいることが多くなった。周りにもそのネガティブな空気が伝播して、重苦しい雰囲気が出来てしまう。アーモリーワンの事件からちょくちょくそんな風になっていたが、この二日に至ってはほぼずっとだ。流石にここまでなるとなんとかしたい。

「とはいっても、原因はやっぱりオーブの事よね……無理もないのよね、これが」

 シンがああなるのも仕方ない、とは思う。かつての戦争の折、為政者であるアスハの政策により連合に国を焼かれ、家族を失った。それだけでもオーブには憤怒を抱いているのに、今度はオーブを焼いた張本人である連合と同盟を結ぶという始末。だが怒り心頭というところで、オーブは自分達を害する気も、プラントと敵対する気もないという冷や水をかけられた。

 確かにオーブの動向はルナにもよく分からないところがある。オーブに生まれ、オーブに並々ならぬ感情を持つシンは、もっと複雑なのだろう。

「……って、あれ? なんか変じゃない?」

 色々と考えている中、ルナはシンの怒りに奇妙な点があることに気付いた。

 かつてオーブは頑なに中立を主張し、そのせいで連合に国を焼かれ、民を守れなかった。そしてミネルバで出逢ったアスハ代表もその考えを変えていないように見えた。その点に特にシンは怒りを感じている、とルナは思っていたのだが……

「それじゃ今回の同盟、普通ならシン少しは評価する筈じゃないの? そりゃ、ザフトに敵対するかもしれないとか、オーブを焼いた連合となんかっていう気持ちはあるのかもしれないけど、国民の安全は守られるわけだし……」

『理屈ではそうだろうな。だが人はそう簡単に割り切れるものじゃない』

「うわわっ! ってレイ! あんた聞いてたの!?」

『……通信回線を切ってなかったのはそっちだろう』

 すっかり存在を忘れていたレイにルナは本気でビックリし、更に少し拗ねたようなレイの声色に冷や汗を流す。しかし彼の言葉がひっかかり、謝りながらもその続きを聞こうとする。

「あはは、ゴメンゴメン……ところでレイ、それどういうこと?」

『……一度憎いと思ってしまえば、それを早々正す事は出来ないということだ』

 少し間を置いてから、レイはルナに自分の考えを語り始めた。

『シンの憎しみの根幹は家族を失った事だ。そして攻められる原因を作ったオーブがシンにとっての憎しみの対象の一つとなった。それまで愛していた祖国を憎まねばならないほどシンの怒りと悲しみは大きかったという事だろうが……

 その強すぎる憎しみのせいで、シンはもう憎しみの対象のみが明確化されて、原因は二の次になってしまっている』

「それって……」

『オーブは家族を守ってくれなかった国、と言うのがシンにとってのオーブ全てなんだ。今更オーブが良い方向に変わっても、シンの中のオーブ像が変わらなければ許せはしない。どういう結果に転ぼうと在る事無い事理由付けし、非難する。

 今回は連合との同盟という点がそれに当たる。連合もシンの憎しみの対象の一つだからな……流石にザフトとも手を組んでいるという点には混乱したようだが』

「ちょっ、それじゃほとんど八つ当たりじゃないの!?」

『人の感情とはそんなものだ。少しケースは違うが例え話をしよう。例えばルナマリア、お前の家族……メイリンが何者かに殺されたとする。その犯人は罪を償い、改心してこう言う。

 《悪い事をしてしまった、もう二度と同じ事は起こさない》……お前は許せるか?』

 レイに指摘され、ルナの表情が凍りつく。自分はシンのように家族を失った経験は無い。でももし家族が、妹が他人との関わりにより死んでしまうことがあれば、自分はその相手を許せるのだろうか……多分、無理だ。家族を失うなんて想像すらしたくないのに、本当に失ってしまったら……

「で、でもそれじゃあ……それじゃあ何時になれば、シンはオーブを憎むのをやめられるのよ!?

 何時までシンは、憎しみなんてくだらないものの為に悩んで、苦しまなきゃいけないのよ!?」

『さてな……シン自身が憎しみを乗り越え、オーブを許せるほどに強くなるのが理想なのだろうが……そうでなければオーブ、ひいては憎しみの対象全てが消え去らなければ無理だろうな』

「そんなのって……」

 悲しすぎる。祖国に延々と、ただ憎しみを吐き出す事しか出来ないなんて。それが祖国が消えるまで終わる事がないだなんて。

 けれど、憎むのをやめろなんて口が裂けても言えはしない。自分は彼の憎しみを想像程度は出来ても、理解する事は出来ないのだから。

『そう、人はそう簡単に強くなど、進歩するなど出来はしない……だから俺達は、ギルは……』

「……レイ?」

 独白のような、どこか儚げなレイの呟き。ルナは何の事かと聞こうとして……その声をアラームが遮った。

『コンディション・レッド発令! 8時の方向、海中に大型の熱源反応有り! 各員、戦闘配置!』

 管制官が少しは板に付いてきたメイリンの声に、ルナマリアは即座に意識を切り替える。

「ったくこんな時に……ホントに何が起こるか分かったもんじゃないわね!」

『MS隊、聞こえて?』

「『『はいっ!』』」

 通信機からのタリアの声にMS隊全員が返事を返す。シンもこのようにいざという時には勢いを取り戻すようで、ルナは少し安心した。

『先ほど伝えたように、近くの海中に熱源を確認したわ。識別信号はなし、何処の所属かは不明。どういう状況になるかは分からないけど、万一に備えMS隊は戦闘配備で出てちょうだい。

 ザクは飛べないから甲板に、インパルスはフォースシルエットで。言っておくけれど我々の目的はあくまでオーブの脱出、不用意な戦闘行為は避けなさい。いいわね?』

「『『了解!』』」

 中央カタパルトからコアスプレンダーが飛び出し、続けてフライヤーとシルエットが射出されていく中ルナとレイのザクは左右のカタパルトから自力で甲板へと出て行く。

「一体何者かしら?」

『知るかよ! やっぱりアスハ達オーブの奴等が裏でコソコソ何かやったんじゃないのか!?』

『現状ではなんとも言えん。あまり熱くなるなよ、シン』

『……ああ、分かってる』

「シン、あんた……」

 ルナは悲哀と同情綯い交ぜの視線を上空で合体するインパルスに向ける。何かとオーブに悪感情を発露させるシンに、レイの言う『人は憎しみを簡単に割り切れるものじゃない』という言葉を実感させられる。

『……え!? か、艦長! 熱紋ライブラリに概等艦有り! で、ですがこれは……あっ! 目標、浮上開始! 海上に出ます!』

『落ち着きなさいバート! 順を追って……!?』

 慌てふためく索敵担当を諌めようとしたタリアがその口を開いたまま止める。タリアだけでなく、現れたそれを見た者全員が唖然とせざるを得ない。

「浮沈艦……アークエンジェル……!」

 突然現れた前大戦の伝説的な船の雄姿に、呆然と呟くしかないルナ。驚愕がミネルバの全員を支配する中、更なる驚愕が彼らを襲う。

 アークエンジェルから飛び出す、一機のMS。青い翼を背負ったそれはアークエンジェルト同等、いやそれ以上に名の知れた存在だった。

『フリーダム、だと!?』

 レイの彼らしからぬ感情の篭った声に違和感を感じながらも、ルナは宙に浮くフリーダムを眺め……とんでもなくマズイ事を思い出した。

(ちょっと、フリーダムって、ヤバ──!)

 フリーダムは一瞬ミネルバを一瞥したが、すぐに踵を返しオーブ本島へと飛んでいく。アークエンジェルもそれを追う様にミネルバから離れていく。

 ──ルナの視線の先で、インパルスはフリーダムの飛んでいった方向を注視していた。

 





 一方、展開していたオーブ艦隊にもアークエンジェルの動向が伝わっていた。

「アークエンジェルとフリーダムだと!? 何故そんなモノが!?」

「フリーダムは軍本部から出撃したムラサメからの警告を無視し、一直線に本島に向かっているとのことです!」

 空母タケミカヅチのブリッジでトダカは苦虫を噛み潰したような顔で報告を聞いていた。よりにもよって伝説的な艦とMSが、しかも警備を薄くしてミネルバを脱出させた方角から向かってこようとは。

「ユウナ・ロマが懸念していたのはこの事だったのか……ミネルバがどうなったかは分かるか?」

「分かりません、ミネルバからの通信は此方にも本部にもありませんし……アークエンジェルがオーブに向かってきている以上、接触していないかもしくは離脱したはずだとは思いますが……」

 オーブから脱出させる手筈であったミネルバ。トダカにとって、いや多くのオーブ軍兵士にとってミネルバは地球を救おうとした恩人であり、その無事を祈らずにはいられない。

「一佐、このままここで待機していても仕方ありますまい。せめて半分は本島へ向かわせるべきでは?」

「そうだなアマギ。オオウベとイズハラを中心に、あとは……」

「ろ、六時方向、レーダーに感あり! 反応、二!……そんな!? 片方との接触予測時間、約15秒後!」

「馬鹿な!?」

 切羽詰ったレーダー観測員の言葉に、トダカが怒鳴り声を上げた。

「早過ぎるだろう! どうしてそれほど近寄られて気付かなかった!?」

「違うんです、向こうが速過ぎるんですよ! レーダーいっぱいの位置から補足して、もうそこまで近寄られ……き、来ます!」

 ブリッジ全員の視線が反応の迫る方向に向いた直後、一迅の風が彼らの目の前を通り過ぎた。

 その風は駆け抜ける最中、進行方向のムラサメを砕き、艦を折り、海を切り裂く。一秒と経たず風は艦隊のど真ん中を通り過ぎ……遅れてきた突風と轟音と高波が、オーブ艦隊を襲った。

 備える間も無かった艦の多くが風に揺さぶられ転覆するか、高波に呑まれ沈没していく。それらを免れても甲板のクルーや装備、MSが海の藻屑と消えていく。

 たった一迅の凶風によって、オーブ艦隊は甚大なる被害を被っていた。

「くっ……被害状況の確認急げ! 他の艦の状況も確認しろ!」

「ハ、ハッ!被害状況知らせぇ!」

「甲板はどうなっている!? 整備員達は無事か!?」

「ヒノアシ、ヨクセミ応答せよ!」

 荒波でメチャクチャになり、今もまだ揺れるタケミカヅチのブリッジで、トダカはなんとか艦隊を立て直す為必死に声を上げ指揮を取る。クルー達もそれに応えようと動き出すが……

「……っ?」

 ゾクリ、とトダカの身を寒気が襲った。赤道直下のオーブで寒さを感じる事は稀で、風邪でも引いたかと訝しんだ直後、

「うおっ!?」

 揺れていた艦が今度は突然急停止し、慣性に従いブリッジクルーの面々が再び倒れ伏す。

「こ、今度は一体何が……!?」

 立ち上がったトダカ達は、己の目を疑った。そこには先ほどまで見ていた一面の青い海とは全く違う……常軌を逸した光景が広がっていた。

 ──海が、凍っている。艦隊を包むように周囲の海面が凍結し、艦隊も海に触れていた艦は勿論、高波に濡れた甲板やMSまでが凍り付いている。

 凍結した海面の裏にかろうじて海の揺らめきが確認出来る事から、そこまで厚く凍っているわけではないのだろう。とはいえこの状況から脱するには、相当の時間がかかる。

「なんということだ……カガリ様……!」

 己の仕える主の危機に何も出来ぬ不甲斐無さに、トダカは唇を噛んでその場にうなだれる。

 そして氷の下で、先刻レーダーに捉えれていたもう一つの影が艦隊を素通りし、オーブへと向かって行った……







 外の混乱を知る事もなく、カガリとユウナの結婚式は山場を迎えていた。内心はどうであれ結婚を祝う人々に囲まれる中、二人の式は誓いの言葉を交わす段階まで進んでいく。

「今、改めて問う。互いに誓いし心に偽りは無いか?」

「はい」

 司祭の言葉に迷い無く答えるユウナ。カガリは僅かな間沈黙を守ったが、すぐに俯いた顔を上げる。

(全てはオーブの為に……アスラン、ごめん……!)

 目に涙を潤ませながら、誓いをその唇で紡ごうとした刹那。

「代表ーっ! ユウナ様ーっ! 急いで避難して……うおっと来たぁーー!?」

 オーブ兵の叫びと爆音が、全ての音を掻き消した。

「な、なんなんだ!?」

 人ごみでごった返していた結婚式場が阿鼻叫喚に包まれる。爆音のした方向を向いたカガリが目にしたのは、次々に腕と武器を撃ち抜かれていく配置されたM1アストレイ達の姿だった。

 そして空中からM1の戦闘能力を奪いつつこちらに向かってくるMSを見つけた時、カガリの思考を驚愕が塗り潰す。

「フリーダム……キラ!?」

「カガリ下がって!」

 立ちすくむカガリの前に出て、彼女を守るように立つユウナ。

 MSを排除し悠然とその場に降り立ったフリーダムが、その手をカガリにへと伸ばす。MSの巨大な掌が迫ってくる光景は実に威圧的で、実戦経験のあるカガリすら恐れを感じてしまう。だがユウナはその恐怖に屈せず、カガリを背に庇いながら敢然とフリーダムに向かい合う。

「何がしたいのか知らないが、カガリに手を出させはしない!」

「各員、フリーダムを迎撃! 代表とユウナ様を守れーーーーっ!」

 ユウナに呼応するように、周囲のオーブ兵がフリーダムに攻撃をかける。しかし歩兵の火器ではPS装甲に傷一つ付けられない。全く抵抗できぬまま、フリーダムの掌がカガリに迫る。

 そして遂にフリーダムの掌がユウナごとカガリを掴もうとしたその瞬間、フリーダムの鼻先を一条のビームが通り過ぎた。オーブ軍の増援が来たと思ったカガリがそちらを振り向くと、そこに居たのはなんと……

「イ、インパルス!?」







「見つけた……」

 インパルスのコクピットでシンは──哂っていた。目を血走らせ、額に青筋を浮かべ、操縦桿をへし折らんばかりに力を込めながらも、その表情は本当に、本当に晴れやかな笑顔を浮かべ……その表情が一瞬で、悪鬼に変わった。

「フリーダム……フリィィィィィダムゥゥゥゥゥゥゥッッッ!」

 ガムシャラにトリガーを引き、ライフルを目標に乱射する。フリーダムが上昇してそれを避けると、それを追ってインパルスも上昇する。

「お前が、お前が殺したぁ! 父さんを、母さんを……マユをーーっっ!」

 ライフルを更に立て続けに撃つが、シールドに阻まれる。何故かフリーダムはインパルスに攻撃を仕掛けてこないが、そんなことは知った事か。

「お前が悪いんだ……お前が全部……お前が皆を殺したせいで……俺は、俺は、オレはーーーー!」

 シンはここ数日オーブの行動を理解できず、故にオーブへの憎しみを持て余していた。それはストレスとしてシンの身体と心を蝕んでいたが、そうでなくてもアーモリーワンやユニウスセブンなど短い間に激務を重ね、ティトゥスを失うなど精神的負担がかかっていたのだ。積み重なりすぎたストレスは、気付かぬ間にシンの心に黒い感情となって沈殿し、シンの心を圧迫していった。

 そんな時に、よりにもよってフリーダムの登場である。元々家族を手にかけたフリーダムに対しての憎悪はオーブや連合の比ではない。それを目にした瞬間、シンの心の中で感情の『枷』の一つが弾け飛んだ。

 枷が外れたのは、やはり憎悪。フリーダムへの激しい憎悪は勿論、くだらない事への極小さなストレスから本来オーブや連合に向けられる筈だった、全てのドス黒い感情……己の中のありとあらゆる憎悪に完全に呑まれ、フリーダムにその全てをぶつけようとするシンは今、完全に暴走状態だった。

 ──そう、必要以上にオーブに関わる事を懸念する艦長や、必死に止める同僚達……そして連れ攫われようとしていたアスハの存在すら認識できぬほどに。

「全部お前のせいだ! 家族が死んだのも、オーブがあんなになったのも、俺が苦しいのもっ!全部、全部、全部お前がぁぁぁぁぁぁ!」

 一気にトドメを刺そうと、サーベルを構え突撃する。ようやくフリーダムがビーム砲を撃ってくるが、シールドで受け止め突き進む。シールドの耐久値が一気に限界ギリギリに達するが、知ったことか。

「だから死ねっ! 俺がお前を殺してやる! 死んであの世で、マユに詫びろーーーっっっ!」

 後数メートルという位置まで来て、サーベルを振りかぶる。フリーダムもまたライフルとレールガンを構えるが、それがどうした。



 俺は、お前を、刺し違えてでもブッ殺してやる──!



 その瞬間、シンの頭の中に突然、何かの『種』のようなイメージが浮かんだ。思考が妙にクリアになりイメージの中の紅い『種』が弾ける──

「ガハッッ!?」

 ──寸前、隕石と正面衝突したようなとてつもない衝撃がシンを襲い、クリアになった思考はそのまま真っ白な世界へと旅立った。







「どうしてザフトのMSが同盟締結を守ろうとするの!?」

 キラはインパルスの行動に困惑していた。アークエンジェルとミネルバが鉢合わせするのは予想外だったが、ミネルバがオーブを出る航路を取っていた事、そしてミネルバを地球を守ろうとしてくれた艦と認識している事からキラ達はミネルバを放置した。しかし何故かインパルスはフリーダムを追い続け、更には攻撃まで仕掛けてくる。

「やっぱり、ザフトは僕やラクスを狙ってるのか?」

 コーディネーターに襲撃され、ザフトに不信感を持つキラはそんな仮説を立てる。しかしそうであるならミネルバがアークエンジェルにすぐ攻撃を仕掛けなかったり、インパルスがアークエンジェルに目もくれなかったのはおかしいのだが、そのときのキラはそこまで思い至らなかった。何故なら……

「この相手、強い……!」

 悠長に他の事を考えて闘えるほど、インパルスは生易しい敵ではなかった。荒々しい動きだが故に予測が難しく、おまけに思い切りがいいというか……攻撃に躊躇が無い。一瞬油断しただけで、一気に攻め込んでこられそうな危機感を感じる。

「けど僕は負けられないんだ……ラクスを守るために、世界を守るために!

 その為にカガリを助けなきゃならないんだ! だから!」

 立ち止まっている暇はない。意を決して、キラはインパルスへビーム砲を放つ。インパルスはサーベルを抜き、ビームを盾で受け止めながら一気にこちらへと突っ込んで来る……その姿はまるで、血に飢えた獣だ。

「けど機体性能はこっちが上……それにいくらなんでも、真正面から向かってくるだけじゃ!」

 インパルスがサーベルを振りかぶったところで、レールガンを展開しライフルを構える。交差の瞬間にレールガンを叩き込み、動きを止めてライフルで戦闘力を奪う──それがキラのシナリオだった。



『……見つけたぜ、キラクンよ』



「……えっ!?」

 だがその交差の寸前、突然の激突音と共にインパルスが視界から消えた。何が起こったのか分からないキラを、今度は突風が襲う。

「うわっ!? くっ……」

 まるで台風のような激しい風。スラスターを限界近くまで噴かしフリーダムのバランスを取りながら、風が止んでキラはまずインパルスを探した。そして見つけたインパルスの状態は……余りにも面妖かつ滑稽なものだった。

「な、何をどうやったらこんな状態になるのさ!?」

 インパルスは、遥か眼下の大地に叩きつけられていた。VPS装甲はダウンしでおり、その灰色の身体は土の中に深くめりこんでいる。

『ウヒャハハハハッ! マジでコーディってのはマヌケだよな。ジャマだったからついハネちまったが、見ろよあれ。ザマーねえよな、ヒャッハァ!』

「っ!? この声……!?」

 嘲笑と共に側面から飛んで来たビームが、フリーダムに迫る。間一髪でかわしビームが飛んで来た方向を見れば、変わった形状の機体が一機、フリーダムへと向かってくる。

「……戦闘機?」

 戦闘機だとしても、その姿は奇怪だった。緑で染められた、全体的に曲線的で生物的なフォルム。突き出た先端は機首にしては短く、鳥のような両翼は大きく横に広がっている。メイン推進器と思われる二基のスラスターから激しい光を放ち、高速でフリーダムに迫る。

「向かってくるのなら!」

 レールガンを戦闘機の翼目掛け連射するフリーダム。その弾道の合間を縫うように、戦闘機は常識では考えられない複雑かつ鋭角的な軌道を見せてフリーダムに迫る。その動きに目を見張るキラに、戦闘機の下部にマウントされたライフルらしき武器からビームを放つ戦闘機。咄嗟にフリーダムがシールドでビームを防いだ瞬間、戦闘機が更に加速する。回避行動を取る間もなく、戦闘機はフリーダムの側面スレスレを一気に駆け抜けて行き、遅れて届いたソニックブームがフリーダムを襲う。最初インパルスと共に受けた時ほどの勢いは無かったが、それが逆に操作を誤らせフリーダムのバランスが崩れる。

 空で数回転しつつも体勢を立て直したキラの背に、ゾクリと悪寒が走った。咄嗟にシールドを構えると同時に、風とは質の違う暴力的な圧力がフリーダムを襲う。シールドに亀裂が入れ、フリーダムを吹き飛ばした『それ』の正体を見たキラは一瞬、唖然とする。

「こ、氷!?」

『ようやく来やがったか、オセェんだよメタボ野郎』

 フリーダムに叩きつけられたのは、大きく固まった氷の槍だった。砕けて散った氷の破片は太陽光を弾いて光のカーテンを作る。その向こう側、沿岸方向から氷を放った機体が道中の全てを踏み壊しつつ、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 平面を重ねたような無骨なフォルム。灰色と薄い赤で彩られた、重厚かつ堅牢な装甲。重量感溢れるそれが一歩踏み出すだけで、大地は揺れ地響きが唸る。胸に開いた砲門と背負った二つの大型ポッドのような装備が、より威圧感を引き立てる。

『フン、仕留めそこなっタか』

「やっぱり……貴方達はあの時の!」

 二体の異形が纏う雰囲気、そして聞こえてくる声にキラは敵の正体を確信する。そしてそれを嘲笑うように、戦闘機からけたたましい罵りが響いた。

『気付くのがオセェんだよタコ! でもまあいいや、今度はあんときみてぇにいくと思うなよクソ虫!』

 戦闘機が一直線に真上へと飛び、その形状を大きく変化させ始める。スラスター部分が脚部となり、翼の中程から手首が生えて腕部となる。機首と本体を形作っていた部位が胸部と腰部を形作り、その小さな胸部から更に小さく鋭角的な頭部が飛び出す。

『ボクのMM、レイダー・ビヤーキーだ! 今度こそズッタズタにしてやんよ!』

『……そして我ガMM、カラミティ・クラーケン。今度ハ、逃さン』

 上空でライフルを構えるクラウディウスのレイダー・ビヤーキーと、地上で両拳を打ち付けるカリグラのカラミティ・クラーケン。

 二機のモビル・マキナとフリーダム、オーブ本島で激突す。







】【戻る】【