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DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第12話5

Last-modified: 2008-07-31 (木) 00:29:13

 ペルシャ湾に隣したザフトの前線基地、マハムール。
 ニーラゴンゴを犠牲にしながらもなんとか基地へと到着する事が出来たミネルバは、ドッグに入って傷付いた船体の修復作業に入っていた。それに伴いクルーにもわずかながらに休息が与えられていたが──
「カーペンタリア軍上層部との協議の結果、貴方の処分が決定したわ。シン」
「はい……」
 ミネルバ艦長室の雰囲気は、穏やかなものではなかった。
 アスランに付き添われたシンが、デスクに座ったタリアの眼前に立っている。姿勢を正してはいるが、頬に湿布を張った表情には覇気がない。先の命令無視の後三日間近く営倉に入っていたことを差し引いても、気が抜けすぎている。
 タリアは漏れそうになった溜息を、厳しい表情という仮面の下で噛み殺した。
「結論だけ言うと、貴方の処分はこれから一週間の艦内清掃活動および各部署への派遣労働。営倉入りは本日を持って終了とします……以上よ。何か質問は?」
 サラリと告げるタリア。シンは即座に言葉の意味を理解できなかったらしく、暫く考えてから口を開いた。
「えっと……それだけで、いいんですか?」
「いいわけがないでしょうがっっっ!」
 予想通りの質問にタリアが声を荒げ、身を乗り出した。シンはもちろんアスランも、その迫力に恐れおののく。タリアの横に立っていたアーサーにいたってはガタガタ震え、今にも失禁しかねない怯えようだ。
「敵施設への過剰な攻撃に、民間人への誤射の可能性! しかもそれが命令無視による独断専行の結果!捕虜は誰も彼も重症か重体、施設には接収できそうなもの何一つ残らず……本来なら軍法会議にかけて軍籍剥奪、最悪銃殺もやむなしなところを、貴方が貴重なパイロットであることを考慮した上で、方々に私やアーサーが下げなくてもいい頭を下げて今回の処置に留めたの! こんな事は異例中の異例よ、感謝なさい!」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
 直立不動で最敬礼するシン。タリアの恐ろしさはもはやすっかり身に染みているようだ。
「以上、退出して良し。ああそれと、三日以内に反省レポート三百枚を作成して私のところに持ってきなさい。私が勝手に決めた罰だけど、これくらいはやってもらうわ」
「いいっ!? さんびゃ……いえ! 了解しました!」
 ギロリと睨み付けられればシンに逆らう事は許されない。げんなりしながらも、シンは退出しようとして。
「……シン。一部からは、貴方をインパルスから降ろすべきではという意見も出たわ」
「っ!」
 シンが振り向く。戦慄に似た表情のシンに、タリアは鋭く言い放った。
「次はないわよ。自分の『力』を失いたくないなら、その力の使い道を良く考えなさい……今度こそ以上よ」
 さっさと行け、という風に手を振るタリア。下手をすると入室前よりも沈んだ顔で、シンは部屋から退出した。
「ほんとにもう……デュランダル議長も厄介な子をインパルスのパイロットにしたものね」
「そう言えば、シンをパイロットに選んだのは議長でしたか」
「ええ、少し前までは何故主席のレイでなくシンをと思っていたんだけど……これまでの戦果を見ればね。あれでも元は遺伝子研究の第一人者だったから、シンの遺伝子に何かを見つけたのかしら」
 そう嘯きながら、タリアはずっと押さえていた溜息を一気に吐き出した。厳しさを取り払った顔にはありありと疲れが見える。
 マハムールについてからこちら、タリアは多忙を極めていた。基地司令であるヨアヒム・ラドルとの対面に現状の確認、攻略中のガルナハン・ゲートへの作戦行動の打ち合わせ。それに平行して、通信によるカーペンタリアとのシンの処分の協議と、休まる暇がなかった。アーサーのサポートがなければ倒れていたのではないかと思える。
「今回話が妙にトントン拍子で進んだのも多分、あの人が裏で手を回しているんでしょうね」
「確かに、予想よりずっと反発は少なかったですが……」
「とはいえ調子に乗られても困るから、言うべき事はハッキリ言っておいたけど……私が言うまでもなくヘコんでいたわね。あれで大丈夫かしら?」
「確かに、むしろ今ので致命傷になったんじゃ……あ、いえ、ナンデモナイデスヨ?」
 表情は穏やかなまま、突き刺すような視線を向けるとこの調子だ。アーサーも副長としてかなり仕事はこなせるようになってきているが、精神面ではまだどうにも頼りない。
 複雑な心境のタリアに、アスランが口を開いた。
「まあ俺も少し様子を見て、拙そうならばフォローを入れておきますよ。話したいこともありますし」
「お願ね、アスラン」
 一礼して、アスランも退出する。それを確認して、タリアは一度身体を大きく伸ばした。
「さて、と……もう一仕事終わらせないとね」
 デスクの引き出しを開き、数枚の書類を取り出す。先ほどヨアヒムから渡された、ある場所から送られてきたという書類だ。
 長々と綴られた文章。その中には【補充人員】や【援助物資】などの単語があり……文末のサインには、【リーアム・ガーフィールド】と記されていた。
「アーサー。ドクターとエルザ、それにティトゥスを呼んでちょうだい。荷物とお仲間が到着するのを教えておかないといけないわ」

 
 
 

「それじゃ、シンの処分は軽めで済んだんだ。よかったぁ」
「ホントよ……ハァ、まったく心配ばっかりかけるんだから」
 ベッドにボスンと身体を横たえるルナマリア。その横にあるもう一つのベッドで、メイリンは雑誌を読みながらスナック菓子を頬張る。
 特に外に出る理由もなく、麗しき赤毛の姉妹は二人揃って自室でゴロゴロしていた。
「さて、これで心配事も消えたし……ンフフフ♪ これであたしも自分のことに集中できるわ」
「お姉ちゃん、笑い方が不気味だよ」
「うっさいわね。まあいいわ、この姉はそんなこと気にする小さな人間じゃな~いの♪ アハッ☆」
 ニヤニヤしながらベッドの上でゴロゴロ転がる姉を、メイリンは冷ややかな目で見つめていた。
 このネジの外れっぷりの原因は、前回の戦闘が終わったすぐ後にまで遡る──

 
 
 

 戦闘が終わって暫く後。シンを除くパイロットが集まったパイロット控え室で、ルナマリアはアスランとティトゥスから、ルナの持つある能力についての考察を語られた。
 これまでも幾度か、ルナの能力の鱗片が見えたことがあった。オーブ沖会戦でダガー三機が肉薄してきた際、武器を構えようとした腕を素早く撃ち抜いた時。またはオーガアストレイとの仮想模擬戦で、ほんのわずかな回避動作に合わせ標準を修整した時などである。
 そして極めつけは、先のインド洋での戦いだ。ミネルバを襲うウィンダムの中から部隊を率いる機体を見抜き、撃破。更にはMS隊を包囲する無数のウィンダムの中からも同様に、ザコに紛れて牽制を仕掛ける能力の高い機体をルナは容易く判別した。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな大したことはしてませんよ! 単に動きのいいヤツを見つけて、そいつを必死で追いかけて……皆を助ける時だって、皆に包囲網をバラつかせてもらったからよく見えただけで、ちゃんと見える状況なら皆だって──」
「敵の判別はともかく、敵を補足し続けることに関しては俺には自信がない」
 今まで傍観していたレイが、困惑の声を上げるルナを遮った。
「MS戦闘は通常、動きの読み合いだ。敵がどう動くか、どこに撃って来るか、どう考えるか──それらを様々な要素を元に予測し、相手の動きの一歩先を先読みして動く。常に敵を追いかけるのは当然だとしても、現在の高機動戦闘が一般的な状況では実際に視界に捉える時間はそう長くはない……というか、不可能だ。にもかかわらず、ルナマリアにはそれが出来ていた」
「ちょ、ちょっと待ってよレイ! アンタが出来ないことをあたしが出来るわけないでしょ!? 身体能力はもちろん反応速度も、動体視力だって適正検査ではアンタやシンが上だったじゃない!」
「そうだな……つまりお前の能力は、技術や身体能力によるものではないということだ」
「そうだ。これはコーディネーターが動体視力に優れているとか、反応速度が早いとか単純な話じゃない」
 レイの言葉を肯定するように、アスランが言った。
「ダガーLの場合は武器を扱うの腕を立て続けに狙い撃った。ティトゥスとの模擬戦ではオーガアストレイの回避動作に対応した。その時君はどういう判断で、どういう動きをしようとしたんだい?」
「えっと……ダガーLの時は武器を構えるのを視た瞬間死にたくない! って思ったんです。その後は無我夢中で、気が付いたらもう撃ってて──模擬戦の時はライフルを構えようとしたらオーガが少し動いたように視えて、このままじゃ射線から外れるって思った時には、勝手に手が動いてました」
「意識して行なっていたんじゃないわけか……だがやはり、相手の動きを『視て』から動いていたんだな?」
 イマイチ意味が分からなかったが、頷くルナ。少しだけ思案顔をしたアスランは一度ティトゥスと視線を交わすと、ルナに真剣な顔で向き直り、継げた。
「ルナマリア。君は確かにシンやレイと比べて動体視力や反応速度は劣っている……だが、それに匹敵する特殊な力があると、俺やティトゥスは睨んでいる」
「特殊な、力……」
「存在を視覚に捉えることにより、その動きを瞬時に把握する力──予測して敵の動きを追うのではなく、敵のわずかな動きを元にその後の行動を予測する能力だ」
 それが、ティトゥスとアスランが出した結論だった。単純に目で見る、目で追いかけるだけではなく、眼に捉えた瞬間にその後の動作を感覚的に理解する。
 時間にして一秒未満、一瞬先の把握が関の山だろうが、それでも十分だ。また視覚に捉え続けることで予測は常に上書きされるわけだから、不意のフェイントや予想外の動作をしてもその瞬間に認識出来る。
「敵がどう動くかを理解しているから、そのまま眼で追うことが出来る。視野の広さや動体視力は確かに影響を及ぼすだろうが、絶対に必要なものじゃない──この力を強いて名付けるなら、【視覚による動体認識能力】とでも言うべきか……特筆すべき能力だ。立派な才能だよ」
「才能……あたしの、力……!」
 才能などないと思っていた。仲間に劣る、落ちこぼれだと思っていた。
 しかし、あった。自分の力。自分だけが持つ、力が……
「だがこの才は、下手を打つと害悪にしかならん」
 喜びの色を帯び始めたルナマリアの顔が、ティトゥスの一言でピシリと凍りついた。
「眼が敵を追えても、身体がそれに追いついていなければ意味がない。眼で捉えたはいいが銃口は敵を向いておらず、いざ構えた時には既に動いた敵を眼が追っている……このような反応差がある状況ではむしろ眼が邪魔をしてまともに飛び道具を当てられまい。力が足らぬゆえの分不相応、宝の持ち腐れよ」
 容赦ないティトゥスの言葉に、ルナマリアの顔が引き攣る。追い討ちをかけるように、アスランも問題点を挙げた。
「それに関係して、武器の重量や射程距離も大きく影響する。例えば重量のある腕部武装だと、腕の反応がある程度遅れるから相性が悪い。それに長距離射撃の場合、目視から命中までの時間差の関係で通常よりも命中率の低下が著しいと考えられる……身に覚えがあるだろう?」
「そ、それじゃ今まであたしが当てられなかったのって……」
「ある意味、この力のせいだな。眼に身体が追い付いていれば正確かつ精密な射撃が期待出来るんだが……実際今までも出来ていた時はあった。ただ君の話を聞く限り、どうやらピンチに身体が反射的に動いただけ、ようは火事場のバカ力だったみたいだな。至近距離だったから命中率が高かったというのもある」
「うあああ……!」
 一転、なんてこったという表情でガクリと突っ伏すルナマリア。
 ようやく見出した自分の才能。しかしそれを半分はその才自体の特性、半分は自分の実力のなさで今の今まで埋まらせていたとは。
「そう落ち込むな。高みを目指す余地は十分にある。これまでお主は己の才を知らなかった。今それを知ったならば、熟練し理解すれば良い」
 沈んだ頭の上で、ティトゥスがそう言った。
「その眼が何処まで先を視ることが出来るか、それを熟知せよ。そしてその眼に劣らぬ相応しき身体を鍛え上げ、その上で眼と肉体の差を把握し、行動せよ。さすれば光明もまた、視得る」
「MSの方も、メカニックチームやドクターに協力を取り付けられた。今はまだ草案も出来ていないが、いずれは君に合った装備を造ってくれるだろう……皆、君に期待してるんだ」
「あ……」
 アスランに言われ、ルナマリアが顔を上げる。アスランが優しく微笑み、ティトゥスもわずかに口元を緩ませているのが分かった。
 不意にポンと、背中を叩かれる。振り向くと、レイの顔が合った。
「お前ならモノに出来る。期待しているぞルナマリア。 ──シンも話を聞けば、同じことを言うはずだ」
「……うん! よっしゃ~! ガンバレ、あたし!」
 自分だけの力。ようやく見つけ出す事が出来た、自分の価値。
 愚図っている暇も迷っている暇もない。一刻も早く、モノにしてみせる──もっと、強くなる。大切な物を守るために。
 あたしは、赤なのだから──決意と共に、ルナマリアは己への激励の叫びを上げた。

 
 
 

 ──そして時は再び現在へと戻る。
「オホホ、オホホ、オホホホホ~! この神眼ルナマリア・ホークが、世界を震撼させるのよ!」
「…………」
 才能を発見した喜びが後になって去来したのか、休みとなった途端この調子なルナマリア。それをジト目で見つめていたメイリンは、浮かれまくった姉の心に鋭い言葉のナイフを投げつけた。
「……でも今はまだ満足に敵に当てられない」
「うっ!」
「ようは今まで、能力を持て余して振り回されてたヘタレってことじゃない」
「ううっ!」
「しかもわざわざ訓練したり装備を選ばないと活かせない能力とか、どんだけよ。なんかあんまり凄い気がしない」
「あううっ!」
「……ようは【イロモノ】よね、お姉ちゃん」
「うわ~んメイリンの鬼! ツインテ! プクプク太ってグドンに喰われてしまえ~!」
「ちょ、だれがエビみたいな味か! ……行っちゃった」
 攻めに耐え切れず、泣きながら部屋を飛び出すルナ。それを見送ったメイリンは呆れ顔で溜息を付くと、ゴロリとベットに横たわった。ポテチを一枚かじろうとして先ほどの姉の言葉を思い出し、そっと袋に戻す。
「……自重してよね。あんまり張り切られたら心配になっちゃう」
 メイリンとてルナが評価された事が嬉しくないわけではない、むしろ諸手を挙げて賞賛したいところだ。しかしそのせいで調子付き、無茶の末に大ポカをかまされでもしたら溜まったものではない。それが最悪、ルナの命に関わるようなミスだったら……
「もし死んじゃったら……なんて、考えたくもないよ」
 メイリンにとっても、ルナマリアはたった一人の姉妹なのだ。危険に身を投じる姉が、心配でしょうがない。しかし自分に出来る事といえば連絡係程度で、戦闘時に直接何かが出来るわけではない。
 自分はただ、見守るだけ。助ける事は、出来ない。
「誰か頼りになる人が、お姉ちゃんを守ってくれるならな~……もういっそ、人生において」
 自分が守れないなら、別の誰かに──そう考えて、ふとメイリンの思考が停まる。
「……あ~! お姉ちゃんよりも私! 私も彼氏欲しい~!」
 自分も姉と同じ【彼強いない暦=年齢】であることにようやく思い至り、メイリンは己への嘆きの叫びを上げた。

 
 
 

「ったくメイリンめ~、よくもまあ姉にあそこまでズケズケと……」
 強く床を踏み鳴らしながら、ルナマリアはMSハンガーへ足を進める。到着したそこでは、メカニック達が忙しげに搬入作業を行なっていた。積み込まれているのは、幾つかの大型コンテナだ。
 物資の補給自体は到着してすぐ済ませていたはずなので、その光景にルナは眉をひそめる。ヨウランとヴィーノを見つけ、何事か問いただそうと声をかけた。
「ちょっと、二人とも」
「おっ、ルナじゃん。どしたの?」
「あたしのザクがどんな感じか見に来たんだけど……って、どうしたのって聞きたいのはこっち。何、これ?」
「ああ、これは……」
「来~たよキタキタ、ついにわが世の春がキターーーーーであ~る!」
「……アイツへの届け物なんだとさ」
 合いも変わらず騒音公害なウェストを指差し、ヨウランがウンザリした顔になった。
「ドクターへの届け物って……どこから?」
「それはぁ~、アメノミハシラですよぉ~」
「もちろんここまでの輸送ルートは偽装してありますけどね~」
「へえ……って!?」
 聞き覚えのない二つの声を背に掛けられ、ルナは慌てて振り向く。
 ソバカスの浮いた顔にノンビリした笑みを浮かべた作業着の女性と、豊かなピンクの髪にリボンを結んだ、小柄で可憐な少女がそこに居た。
「ど~も~、アメノミハシラから派遣されてきましたぁ、ユン・セファンと申しますぅ」
「セトナ・ウィンタースです。補充人員としてアメノミハシラから来ました。よろしくお願いします♪」
「あ、セトナ久しぶりロボ。イェーイ」
「エルザちゃんひさしぶりですぅ、イェイ♪」
 トコトコ近寄ってきたエルザと軽くハイタッチを交わすピンク髪の少女。展開についていけず呆然とするルナの耳に、男メカニック二人の呟きが届いた。
「殺伐としたミネルバに二人目のアイドルが……!」
「ロボ&ピンクのユニット展開でdat落ちもなんのその……!」
 とりあえず斬影拳→疾風裏拳のコンボで二人とも殴っておいた。カワイイモノに汚れた眼を向けるものは死すべし。

 
 
 

「シン」
「……アスランさん」
 黄昏時。オレンジに染まるミネルバの甲板に佇んでいたシンは、現れたアスランに振り向いた。
 先の一軒以来、シンはアスランと一切話していない。あの日から今日までシンが営倉に入っており、顔を合わせたのも先の艦長室が三日ぶりなのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。
「頬の具合はどうだ?」
「え? えと、まあ大したことないです。一週間もすれば完治するって……って、ぶん殴ったのはアンタでしょうが!」
「フッ、そうだな」
 咄嗟に噛み付くシンに、アスランは飄々としている。その様子にシンは苛立つが、その顔が真剣味を帯びるのを見て一気に覚めた。
「少しは頭が冷えたか?」
「っ!」
「自分がやった行動が本当に正しかったのか。それで得た結果が、本当に自分が欲しかったものなのか……今のお前は、どう思っている?」
 シンの脳裏に、己がやった行為が再生される。
 守るために戦った。守るために撃ち、壊し、そして殺した。それが正しい事であるという免罪符を掲げて。
 ──だが、そのために奮った力が飛び火し、自分が助けるべき、守るべきものにまで害をなすなんて、考えたこともなかった。
 理念を守るために戦いを選んだオーブ、そしてそのオーブを守るため戦ったフリーダム──それによって家族を失った自分自身が、誰よりも分かっていたはずなのに。
 握り込んだ掌に、爪がめり込む。
「俺は……あの人達を助けようと思ったことは、間違いだとは思ってません。けどあの時俺のやったことは、間違いだと思ってます──俺は、仇のフリーダムと同じことをやってしまった」
「成る程」
 アスランは表情を変えぬまま頷く。
「自分の非力さに泣いた事のある者は、大抵力を求める……二度と失わない為に、同じことを繰り返さないために。だがその力の使い道を、人は簡単に間違えるんだ」
「……アスランさんも、ですか?」
「どうだろうな……ただ、俺は識っている。母親の敵討ちの為に軍に入ったのに、いつの間にかナチュラル全てを敵と思い、戦いに明け暮れた挙句ナチュラルの友人を守ろうとする親友と戦い、その結果互いに相手の友人を殺してしまった、バカな男の話をな」
 アスランの言葉は静かだが、重みがあった。実際に経験し、苦悩し、苦しんだ者が口から漏らす、重く昏い独白。
「本来守るため、救うために得たはずの力が、いつの間にか誰かを泣かせることになる。それは俺もお前も、ましてやフリーダムとて例外じゃない。戦う内に自分の想いは正しい、だから自分の行動は間違いじゃない──そんな自分よがりの考え方に、弱い心が流されていくんだ。その思いが歪んでいる事に気づかずにな。そして取り返しが付かなくなった時それに気づく……いや、最後まで気づけない人間の方が多いのかもしれない」
 瞬間、アスランの顔が歪んだ。神妙な面持ちが一片、嫌疑と憤怒、そして悲嘆を綯い交ぜにした貌へと変化する。
 その口から漏れる声もまた、熱さと苛烈さを無理矢理押さえ込んだかのような低いものとなる。
「そう……罪を犯したことをまだ知りもしないまま──いや、罪を罪とも思わないままに、自分が正しいと信じて迷走している、あいつらのように……!」
 シンは気づいた。アスランの激昂は、自分に対してだけの感情ではない。今もまだ行方の知れないアークエンジェル、そしてフリーダムに対する憤り。
 考えてみれば、アスランは元々彼等の仲間だったのだ。今は袂を別っているとはいえ、その行動に心を痛めないはずがない。何故と。どうしてと。
 そんな鬱憤とした感情があったはずなのに、誰にも──それこそシンのように、フリーダムを表立って憎悪するような人間の前ですら──そんな素振りを見せないでいた。
 だからこそ、あの時のシンの行動が許せなかったのだろう。フリーダムを憎む言葉を吐きながら、感情に任せそのフリーダムと同じ行動を取った、自分が。
 八つ当たりだ、という思いは湧かなかった。むしろ自分の軽はずみな行動に対する、更なる自己嫌悪が心を苛む。
「アスランさん……俺、俺は……!」
 震える肩に、ポンと手が置かれた。シンがハッとして顔を上げると、そこには少しだけ綻んだアスランの顔が合った。
「間違いに気づけるならお前はまだ大丈夫だ。それを教訓とし次に活かせればそれでいい。それが分かってさえいれば、お前は優秀なパイロットだよ──でなきゃ、ただの馬鹿だがな」
 そう言って笑うと、アスランは踵を返し甲板から船内へと歩いていく。
 その背中に、シンは自分にはない経験と苦悩……それ以外にも無数の、大きな何かが背負われているのを見た。そしてそれを背負ってのける、意思の力を。
 かつての仲間の不可解な行動、オーブの為にオーブを離れなければならないジレンマ、二つの仮面を付け替える日々──多くを抱えながらも他人を気遣う優しさも兼ね備えた、大らかで揺るがぬ大樹の如き意思。
 その根底にあるのが何なのかは、シンには分からない。唯一つ言えるのは、アスランが強いということ。そのアスランに比べ、自分はどうだ。
 ──もっと、強くなりたい。あの背中に並べるほどに。
 シンは、決心を新たにした。

 
 
 

「剣を教えろ、だと?」
 ミネルバを駈けずりまわり、通路の一角でようやく見つけた目的の人物。シンが告げた言葉に、その人物──ティトゥスは表情を変えなかった。
「……お主はパイロットであろう。何故剣を望む。生半可な覚悟で剣の道に挑むつもりなら、話にもならぬ」
 表情は変わらないが、目が笑っていない。射抜くような視線にシンの身体がのけぞるが、必死に踏ん張る。
 剣を教わろうと初めて思い立ったのは、少し前。その時は剣術自体に単純に興味があり、MS戦闘にも活かせるんじゃないかという、軽い気持ちだった──その程度の思いだった。生半可な覚悟と言われても、仕方がない。
 だが今は少し、そして明確に違う。
「俺は、貴方に近づきたい──もっと強くなりたいんです! 力だけじゃなく、心も!」
 シンにとって、ティトゥスは強さの象徴。その理想に──人の限界に挑む肉体の強さと、それに見合った精神的な強さを持つティトゥスに、少しだけでも近づきたい。
 そして、追いつきたい。ティトゥスだけではなく、あのアスランのような、心強き者達に。
 剣を学ぶ事で心が強くなるなんて、子供の幻想かもしれない。しかしシンには、他に思いつくものがなかった。
「お願いします! 俺を鍛えてください……強く、してください!」
 頭を下げ、教えを請う。値踏みするようにシンを見ていたティトゥスは、口を開き──
「断る」
 一刀の元に、シンの願いを切り捨てた。
「剣の道は所詮修羅道と紙一重。生半端な覚悟で望めば即座に餓鬼界に転げ落ちるわ……お主には荷が重い」
 そんなこと、やってみなけりゃ……! ──落胆に沈んでいた心で、安っぽい火が燃え燻るが分かる。
 この程度の火種すら御することができない、かき消す事が出来ないのが弱さ。それが分かっていながらも、シンは内に溜まった熱を言葉に変え吐き出そうとし──
「何も心身を鍛え上げるのに、あえて剣の道に拘る必要もあるまい」
 ──その熱が一気に下降した。
「いずれお主も逆十字とかち合うこともあるやもしれぬ……その時に備え、ある程度の護身の術を教えるのはやぶさかではない。剣の道とまでは言わぬが、刀の扱いの基礎程度ならその内に含め教授しよう」
 ティトゥスは背を向け、歩いていく。アスランとは質の違う、硬く鋭い抜き身の意思を背負った、武士の背中。
「無論、手心は加えぬぞ」
「──ありがとうございます!」
 ──強くなろう。もう二度と間違いを犯さないために、強くなろう。
 ティトゥスの背へ頭を下げながら、シンは新たな決意を胸に秘め拳を握り締めた。

 
 
 

 ──ほんの数日後に再び、新たな苦悩と迷いにぶち当たることになるのを知らぬまま。

 
 
 

to be continued──

 

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