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DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第16話3

Last-modified: 2009-05-09 (土) 07:00:07
 

「う……あ……」
 振動に揺さぶられ、ステラはゆっくりと目を開けた。
 目覚めたばかりの瞳には、弱められた照明の光も少し痛い。
「先生、機関室から緊急の呼び出しが! 壁が崩れて多数の怪我人が出たと!」
「ええい仕方ない、こちらから治療に向かう! セトナくんはストレッチャーを!
 重体者がいればこちらに運ぶ必要もある!」
「分かりましたぁ!」
「緊急に対応できるよう携帯端末は忘れるな! 各部署にも伝達を──」
 慌しい医療スタッフの声と足音が遠のき、医療器具と船の揺れる音だけが耳に届く。
ステラは無造作に身体を動かそうとして、
「──!?」
 駆け巡った激痛に、声なき悲鳴を上げた。痛みに力が逃げ、身体がベッドに沈み込む。
 まただ。動こうとすると全身を走る痛み。後を引く痛みは身体を動かさずとも
不定期に走り、 倦怠感と共に身体を蝕んでいる。
 動く気を完全に削がれ、ステラは再び目を閉じて眠ろうとし──
「……?」
 コツンと肩に当たった硬く小さな感触に、ステラは再び目を開けた。
 肩に何があるのか気になり、最小限の動きで痛みを抑えながら首を傾ける。
「……これ……?」
 目に入ったのは、小さな小瓶。その中にあるのは──

 ──ありがと、■■……じゃあ、これはステラのお返し──

「あう!」
 小瓶の中にあるものを見たステラの頭の中を、凄まじいノイズが駆け巡った。
 頭痛すら覚えるノイズに紛れ、自分の声や聞き覚えのない声が聞こえ──自分の知らない顔が、脳裏のイメージに浮かび上がる。
 短い赤髪の少女が発する元気のいい声。同じ赤い髪を二つにまとめた少女のおとなしく優しい声。金髪を流した少年の冷静で落ち着いた声。
 そして──

 ──大丈夫だ! 君は死なない! 俺が、俺が護るから! 君を絶対に死なせたりしないから──

 こいつらは誰だ。私を知っている……私が知っていたはずのこの人達は、誰だ?
 黒髪に赤い目の、私を守ってくれると言ってくれたこの人は、誰だった!?
「う、っく……!」
 ステラは小瓶を掴もうと手を伸ばした。痛みやノイズに苛まれ、口から呻き声が漏れる。
 それでも小瓶を、そしてその中に収められたモノを掴もうと、必死でステラは手を伸ばす。
 ほんの数秒──しかしステラには何時間にも感じられた痛みとの戦いの末、ようやく手は小瓶へと辿り着いた。
 力の入らない指五本で、なんとか小瓶を持ち上げた、その時。
「……くぁっ、あ!?」
 不意に走った痛みに力加減を間違え、指先から小瓶が滑り落ちた。
 小瓶は転がり、そのままベッドの端へと向かっていく。
「ダメ……ダメ! ダメッ!」
 ステラの叫びも空しく、小瓶はベッドから宙へと跳び出す。
 小瓶の中に収められたモノ──鮮やかな紫に染まった貝殻が、照明の光を弾いて輝く。
 落下していく小瓶が、 ステラの視界から消え──
「あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁ──ッ!」
 間もなく耳に届いたガラスの砕け散る音を、頭の中から響くノイズがかき消す。
 ──そのノイズの嵐に抉り取られるように、ステラの記憶の表面が音を立てて剥がれ落ちた。

 
 
 
 

 海に足を沈めたカラミティ・クラーケンが、伸縮自在のアナコンダアームを伸ばした。海中に消えた前腕部は機体の前方数十メートル先の海面から、それぞれの手に胸を貫かれたディープフォビドゥンとともに姿を現す。
 ディープフォビドゥンが爆発した直後、C・クラーケンの傍に水柱が上がり衝撃と飛沫が装甲を打つ。海中に展開するアッシュやゾノ、グーンからの魚雷攻撃だ。だが堅牢なC・クラーケンは立て続けに飛来する魚雷をものともせず、
「雑魚共メ……ヌオオアアァァァァ!」
 カリグラの咆吼と共に、元の長さに戻った両腕が海へ叩きつけられた。腕の触れた海面が凄まじい早さで凍り付いたかと思うと、そこからMS達へと氷の道が伸びていく。
「ガアアアアア! 串刺しダああああああ!」
 氷の道がMSに達した直後、氷の先端が鋭い氷の棘となって海中に弾けた。棘に貫かれたMSが爆発し、砕け散る氷が水飛沫と共に吹き上がって光を弾いた。

 
 
 

「ヒャッハア! 久しぶりの大暴れだ! どいつもこいつも細切れにしてやんよぉ!」
 レイダー・ビヤーキーが手を振ると、そこから発生した真空波がグゥルごとザクを真っ二つにする。
 次々とMSを両断していくR・ビヤーキーにバビ部隊が迫った。搭載した無数の火器が火を噴くが、R・ビヤーキーは踊るように避ける。
「ハッ、ヌルいんだよオニギリ頭ども!」
 ライフルを構えながら、R・ビヤーキーがバビへと駆ける。
「いっちょフリーダムのマネでもしてみっか!」
 一直線に駆けながらR・ビヤーキーは回転を始め、そのままライフルを乱射した。
一見デタラメに見えるビームが次々と、MSの手足や頭を貫いていく。
「……けど、甘ちゃんと一緒じゃオモシロくないよなぁ!」
 急停止したR・ビヤーキーの中で、クラウディウスが舌なめずりする。
「ヒャッハハハハハハ! タマもしっかり取ってボーナスポイントフルゲットだぜ!」
 戦闘能力のなくなったMSのコクピットを撃ち抜くR・ビヤーキーから、クラウディウスの哄笑が響き渡った。

 
 
 

 R・ビヤーキー、そしてその後方に見えるC・クラーケンを目にしたシンが唇を噛み締める。
「あいつらは……!」
 忘れもしない、オーブをメチャクチャにした機体。邪悪なる魔術師のMM。
 まごうことなき『敵』の存在に一時的ながらも、シンの中でぶれ続けていた戦意が方向性を取り戻した。 
「うおおおおお!」
 ライフルを連射するインパルス。だが凄まじい運動性を持つR・ビヤーキーは軽やかな動きでビームを避ける。
全弾避け切られた時、振り向いたR・ビヤーキーのライフルが既にインパルスへと向けられていた。
「まずっ……!」
『モロバレなんだよ、単純ザコ──がぁ!?』
 ビームが放たれる寸前ライフルの先端に何かが当たる。直後、R・ビヤーキーごとライフルが下へ引っ張られるように高度を落とした。ぶれた銃口から放たれたビームは明後日の方向へと飛んで行く。
『詰めの甘さは変わらぬな、クラウディウス』
「ティトゥスさん!」
 ライフルに突き立ったアーマーシュナイダー、その柄から伸びたワイヤーを引きながら海面を駆けるオーガアストレイ。全身のスラスターをフルに使った牽引に、R・ビヤーキーはグイグイと引っ張られ続ける。
『ナメやがってこのチョンマゲ──っ!?』
 ワイヤーから逃れようとR・ビヤーキーが脚部一体型のスラスターを噴かせた瞬間、オーガアストレイが急停止をかけた。遠心力と自身の推力に流される形で、R・ビヤーキーがオーガアストレイの頭上を一瞬で抜けていく。
 すぐさま態勢を立て直そうとブレーキをかけるR・ビヤーキー。だがその眼前に、禍禍しき翼を持つ黒と金の戦女神が姿を表した。
 ゴールドフレーム天──ロンド・ミナ・サハクの駆るオーブ最強の機体が、右手の攻盾に内蔵された長い杭状のロケット弾を連射した。
『調子のんなやヌケサクどもがぁ!』
 R・ビヤーキーから突如暴風が吹き上がり、呑み込まれたロケットは推力を失い命中前に爆発する。
 ゴールドフレームが立て続けに攻盾内蔵のライフルをR・ビヤーキーに向けるが、
『ガァァァァァァァァ!』
 ゴールドフレーム直下の海面から、C・クラーケンがその身を表した。胸から放たれた高出力のビームを、ギリギリで回避するゴールドフレーム。
『油断が過ギるぞクラウディウス! ウェスパシアヌスの仕事ガ終わるマで、
 邪魔されるワけにはいかなイのを忘れルな!』
『ウッセーデブ! テメェに言われなくても……カリグラァ!』
 海面から身体を出したC・クラーケンへと、オーガアストレイが一直線に迫る。
『斬る!』
『ヌウゥ!』
 肩口の関節を狙い振り下ろされる斬鬼刀。真っ向から迫る刃を、C・クラーケンは掲げた両手の爪で受け止めた。
その状態のままアナコンダアームが打ち出される。伸び続け機体を押し続ける両腕から、オーガアストレイはもう一方の刀で腕を弾き飛ばして逃れた。
『バーカ、油断してるのはどっちだタコが!』
『う、うるサい!』
 言い争いながらも、クラウディウスとカリグラの攻勢は止まない。多数の戦力を同時に相手取りながら、乱射されるライフルと振り回されるアームに連合やザフト、オーブの機体は次々と落とされていく。ティトゥスとミナは善戦しているが、その勢いを止めるには至らない。
 正義も大儀もない、ただの破壊と殺戮を目の前にシンのボルテージが上がっていく。
「あんた等もフリーダムも……ふざけるなぁぁぁぁぁっっ!」
 暴れまわる二機のMMへとインパルスが駆ける。彼らとその後方上空に見えるもう一機のMM、そしてそれと相対するフリーダムへと、シンは心底からの叫びを上げた。

 
 
 

「あの人達まで……!」
 かつて辛酸を舐めさせられ、今また戦場に死と破壊を撒き散らすMMの姿を見たキラは操縦幹を握りしめる。
 両手を無くしても、フリーダムには四門の火器が残っている。キラは暴虐を止めようと飛び出す。
『おっと待った、ここは待った、ちょっと待ってはくれんかね!』
 ドラグーンが展開し、三門ずつの砲からビームを放った。ビームで網を縫い上げたかのような火線に阻まれ、フリーダムが動きを止める。
 歯噛みしながら、キラはまずドラグーンへと砲口を向けた。
『短気は損気だぞ、キラ・ヤマト君!』
 キラは声のした後方を振り返る。いつの間に移動したのか、MAがフリーダムの背後を取っていた。
 二本のクローがフリーダムを後ろから羽交い絞めにする。ドラグーンは一旦フリーダムから離れ、セイバーへ攻撃を集中しこちらへの接近を妨げていた。
『少し落ち着きたまえ。少々、少々お時間を私に取らせてもらえんかね?』
 モニターに老年に達しているあろう男の顔が映る。髭を生やした老紳士──しかしその顔に張り付いた笑みが妙にうさんくさいと、キラは思った。
『自己紹介しておこう。私はウェスパシアヌス。
 この世界ではフラウィウス・ウェスパシアヌスとも名乗っている。
 アンチクロスに名を連ねし魔術師だ』
「アンチクロス……じゃあ貴方も、僕やラクスのSEEDを狙っているんですか!?」
『その通り、我々は【SEED】を求めている。正確に言えば現在確認されているSEEDを持つ者──
 君にラクス・クライン嬢、それにアスラン・ザラ君とカガリ・ユラ・アスハ嬢の四人を、だな』
「どうして……貴方達は一体なんなんですか!? SEEDを使って何を!」
『フハハハ! キラ君は分からない、いや知らないか。無理もない、無理もないことだとも!』
 どこか人を小馬鹿した笑い声に、キラはモニターの向こうのウェスパシアヌスを睨みつけた。
『おっとこれは失礼。まあまず、まずだ……君はSEEDのことを、どこまで知っているかね?』
「それは……」
 キラは答えに詰まる。実際発表された論文以上のことは分からず、マルキオからも重要なことは何一つ教えてもらっていないのだ。
 その様子を見たウェスパシアヌスが、キラへと告げる。
『知りたいとは思わないかね?』
「え?」
『我々なら君にその答えを、全てを教えてあげることが出来る。
 例えば──
 君は実父ユーレン・ヒビキ博士によって造られたスーパーコーディネーターだが、君がスーパーコーディネイターになった原因にSEEDがある、ということなどをね』
 ユーレン・ヒビキ──キラの本来の父親の名や、スーパーコーディネーターであることを指摘されたこと以上に驚愕すべき内容をウェスパシアヌスの言の中に見出し、キラはその顔から表情を失った。
 今、この人はなんて言った? SEEDが、僕がスーパーコーディネイターになった原因?
『フハハハハハ! 興味深いかね、そうだろうそうだろうとも!
 君はスーパーコーディネイターであることが自分の能力の全てだと思っていたかもしれないが、いやいやそれは大きな、大きな間違いなのだ! 
 SEEDの存在あればこそ、ヒビキ博士は君を究極のコーディネイターに調整する事を決意した!
 君こそSEEDの為に造られた、正に運命の子! その全貌、正体、力の全て!
 知りたいかね? 知りたいだろう? そう、知っておくべきだとも!』
「ぼ、僕は……僕は……!」
『私と共に来たまえ! 私の元に来れば君は全てを知る事が出来る! 全て、全てだ! その力を満足に扱えぬまま闇雲に、無造作に振り回すのは余りにも、余りにも惜しい!
 君は力を知り、その力の全てを得るべきなのだよ!』
 熱っぽい扇動。欲望に塗れた瞳。ウェスパシアヌスのあからさまに邪な感情にキラは気づかず、困惑と動揺に身体を震わせる。
「僕は──!」
『──巫山戯るなっっ!』
 追いつめられたキラの精神を、通信機から響いた憤怒の声が叩いた。
 背中の砲身を展開し、プラズマ収束ビーム砲ニ門を放つセイバー。そのまま機体ごと砲身を動かし、
高出力で放たれ続けるビームを横薙ぎに払う。ビームの奔流から逃げようとドラグーンが包囲を崩した瞬間、アスランはR・サイクラノーシュとそのアームに捕らえられたフリーダムへと機体を走らせた。
「SEEDだと……そんなものの為に……」
 フリーダムの通信機越しにウェスパシアヌスの声を聞いていたアスランは、その内容に驚くよりも憤慨していた。
 アスランもマルキオからSEEDについて多少聞いてはいたが、アスランにとってのSEEDとは【不可解な力】、それだけの認識しかないものだった。
 戦いの時にだけ発現する、殺し合いにしか役立たない力。マルキオの言うように人類の希望となるようなものとは思えない。むしろアスランはその力を嫌悪すらしていた。
 だからだろうか。MSに乗ることが少なかったこともあり、前大戦からこれまで、あの力が再度発動するようなことはなかった──今この時までは。
「そんなもののために俺達を狙い、オーブを焼き……カガリやユウナを傷つけたのか、貴様らは!」
 セイバーのサーベルがR・サイクラノーシュに迫る。しかし斬りつける寸前、展開した魔術防御陣が刃を阻んだ。
『おお! 私の使い魔と同化したドラグーンを抜けてくるか! さすが、さすがはアスラン・ザラ君!
 一応はSEEDを持つ者だけのことはあるか!
 いやはや、君がスーパーコーディネイターであれば是が非でも確実に確保したいところなのだが』
「……? その口振りでは今はもう俺は……というより、キラ以外は眼中にないというのか?」
 ウェスパシアヌスから事を探ろうと、アスランは身と心を焼く激情を噛み殺しながら問う。
『いやいやそんな事はないとも。ただ少し内輪でいろいろとあってね。これまで取り組んでいたプランの路線を変更することになったのだが、その都合でキラ君以外の優先順位が少し下がったのだよ。
 とはいえ、現在確認されているSEEDの持ち主は君等四人だけ。確保できるなら確保したいとも。
 プラン変更前は私も色々と動いていたんだが上手くいかなんだ……身に覚えがあるだろう?』
『アーモリーワンで俺やカガリを襲った魔導兵器……』
『そう、その通り、ご明察だ。ロゴスのネットワークを通じ、ウナト・エマ・セイラン殿から君等の動向を聞いていたのでね。彼は君等が邪魔だったようだから、私が引き取って差し上げようと申し出たのだが……』
「ウナト殿から、だと!?」
『おお、そういえば彼は先のオーブ襲撃事件でお亡くなりになったのだったな。お悔やみ申し上げる……
 まあ情報漏洩を避けられて、こちらとしては助かったが』
「貴様……!」
 アスランの口から歯軋りが漏れる。ため息混じりにウェスパシアヌスは言った。
『とはいえ、プラン変更でそれらの行動は全て骨折り損となったわけだが。いやあ流石に残念だった、少々ショックだったとも……まあ過去に拘っても仕方がなし。お互い痛み分けといったところかな』
「──っっ!」
 ──骨折り損だと? 拘っても仕方がないだと!?
 アーモリーワンやアメノミハシラ、オーブへの攻撃で出た犠牲。ウナトの死。ユウナやカガリに苦しみを与え、傷つけた──その全てを、この男はたったそれだけで言い捨てた。
 アスランの中で、何かが切れた。
「……殺すっ!」
 砲身の先端を魔術陣へ押し付け、アスランはトリガーを引いた。暴発し弾けた砲身からビームの光が溢れ、その余波にセイバーとR・サイクラノーシュが仰け反る。
『む!?』
「キラ、いつまでじっとしているつもりだ! そのまま俺に討たれたいのかっ!?」
『あ、アスラン……っ!』
 R・サイクラノーシュのアームの中で、フリーダムが翼の内に格納したままでビーム砲を撃ち放った。
 ビームは翼の先端とアームの内側を焦がし、力が弱まった瞬間に拘束から逃れるフリーダム。
 砲身の片方を中ほどから失ったセイバーと、翼を焦がし両手を失ったフリーダムがR・サイクラノーシュを挟む。
 大仰でうそ臭さ漂うため息を、ウェスパシアヌスが漏らした。
『やれやれ、穏便に済ませたかったのだが……やはり、やはりそう都合よくはいかぬものだなあ。
 仕方ない、ではでは紳士の時間は終わり、狩りの時間と洒落込もうかね!』
 ドラグーンを周辺に呼び戻し、R・サイクラノーシュ前部のビーム砲が火を噴いた。

 
 
 

 また一基、時間差で放っていたミサイルがポッドのビーム砲に撃ち落される。舌打ちしながら、レイは突っ込んで来るカオスへとトマホークを振るった。お互いの武装の切っ先をシールドで受け止めあいながら、レイが叫ぶ。
「スティング、聞こえているな!」
『レイ、やっぱりてめぇかぁ!』
 接触回線から聞こえるスティングの声。カオスはサーベルを力任せに払うと、ビームクローを展開した右足で蹴りかかってきた。機体を屈め、レイは蹴りを避ける。わずかに間合いを開けながら、互いに構えたライフルと視線が交差する。
 エールカスタムの後方からバビ、カオスの後方からウィンダムが援護しようと迫っていた。直後、戦闘中の二機が放ったビームがバビとウィンダムを貫く。
「スティング、状況を見ろ! 今は俺達が戦っている場合じゃない!」
 カオスと戦いながら、レイは周囲を見渡した。混乱に見舞われ指揮系統を乱れさせた各勢力の部隊が、戦場の各所で小規模なぶつかり合いを起こしている。
 MMの乱入により全ての勢力はその足並みを崩し、分断された部隊単位での独自判断で行動せざるを得なくなっていた。そうやって小規模戦を繰り返しかろうじて勝ち残った戦力、もしくはぶつかり合う最中の両戦力にMMが攻撃を加え、片っ端から潰していく。シンやティトゥス、ロンド・ミナや一部戦力がMMを抑えようとしているが、空と海でその能力を最大限発揮する二機を食い止められずにいる。
 戦闘は統制された総力戦から、粗雑で無秩序な潰し合いへとその姿を変貌させていた。
「今はあのMMを何とかするのが先決だ! このままではザフトも連合も無駄に戦力を消耗させるだけだぞ!」
『うるせえ! ザフトがこっちのやり方に口出しするな! ステラを殺しておいてよくも!』
「待て、ステラは……!?」
 再び迫ったカオスのサーベルを受け止める中、レイの思考を驚きと疑惑が襲った。
 よく考えれば、スティングから反応が帰ってくるはずがないのだ──ステラのように記憶を操作されているなら。
「スティング……お前は、記憶を消されていないのか?」
『ああそうさ! ネオ──上官に俺だけは記憶を消さないよう、頼み込んでなあ!』
「何故だ、何故……」
『あいつらにやらせちゃならねえんだ……お前等を殺すのは、俺じゃなきゃいけねえんだよぉっ!』
 カオスが一瞬身を引いたかと思うと、背中のポッドを含む全推力でサーベルを構えたまま突進をかける。
レイは回避しようと機体を逸らせるが、カオスがすれ違う最中にトマホークと右足の増設スラスターを切り払われてしまった。。
『俺達はお前等みたいなコーディネイターとも、普通の人間とも違う!
 俺達はエクステンデッド、連合に造られた兵器だ! 連合に従わなきゃ……調整を受けなきゃ生きてくこともできねぇ!
 コーディネイターを倒す為に存在する道具、それが俺達なんだよ!』
「っ! スティング、それは……!」
 違うと言いかけて、レイの口が止まる。
 スティングの言葉を否定したい──だが否定していいのか、この俺が?
『だがなぁ!』
 MA形態となったカオスが振り返る。魔鳥の頭部が開き、そこから覗く砲口から高出力のビームが放たれた。
 受け止めたエールカスタムのシールドが、限界を超えて熔解する。態勢を崩したエールカスタムへ、MS形態に戻ったカオスが再び迫る。
『いくら覚えてなくても……あいつらに! 俺の仲間に!
 ダチを殺させるなんて真似させるわけにゃ、いかねえんだよっっ!』
「……スティング……!」
 レイはエールカスタムの腕を背中に伸ばす。ブレイズウィザードに増設されたスラスターユニット、そこから飛び出した柄を引き抜き、形成されたビーム刃を構える。
「……俺にも譲れないものはある……ギルの為、世界の為に」
 カオスへビームサーベルの切っ先を向けて、レイは叫んだ。
「たとえ俺と同じ、人間のエゴの被害者であっても……障害は、取り除くだけだ……!」

 
 
 

「クソッ! クソッ! クソッ!」
 海に現れたC・クラーケンの猛威を目にし、海底に逃れて距離を取ったアビス。アウルはコクピットの壁に、幾度も拳を叩きつけていた。
「ざっけんなよあのバケモノ! どいつもこいつもジャマばかりしやがって!」
 苛立ちが最高潮に達しているアウル。その苛立ちは状況だけでなく、時間が経つたびに酷くなる頭の中のノイズにも起因していた。
 そのノイズに紛れ、声や人の顔のイメージが浮かび──だがそれらは実像を持たぬまま、ノイズの波に紛れて消えていく。それがさらに、アウルの神経を逆撫でした。
「なんなんだよ、なんなんだよこれは……っ! イライラする! イライラする! 気持ち悪いんだよぉぉっ!」
 髪を掻き毟り身悶えるアウル。カッと見開らいた目が、はるか海上に浮かぶ影を捉える。
 その影──ミネルバを目に留めた瞬間、ノイズが一層酷くなった。
 痛みに身悶えながら、アウルの口元に引き攣った笑みが形作られる。
「あいつらのせいかぁ……!」
 もはや上手くまとまりもしない思考の中で、アウルはそう結論づけた。
 あいつらのせいだ。あいつらに関わってからロクなことがない。あいつらのせいで、■■■も──
「あああああああ!」
 アウルが吼える。浮上を始めちゃアビスのシールドから、残っていた全ての魚雷が発射された。
「あいつら全部消し飛ばして、因縁も頭痛いのも、全部終わらせてやる!」

 

『海中下方より魚雷の接近を確認! お、多い!』
『回避行動! 直撃だけでも避けなさい!』
 大きく回頭するミネルバの周囲で、連続して海面が爆発する。水飛沫を機体に浴びながらルナは直撃弾が
なかったことに一瞬安堵し──直後、疑問とそこからいたる結論に背筋を凍らせた。
(あの状況で全弾はずれるなんて、前のあたしだって在り得ない……じゃあ、これは!)
 目暗まし。ルナの想像を肯定するように、爆発に合わせて海から影が飛び出した。
 間違いようがない──アウルの駆るアビスだ。
「させない──!?」
 ライフルを構えるバラージカスタムへ、アビスがシールド裏側のビーム砲六門を一斉に撃ち放った。
六条のビームがミネルバへ突き刺さり、内三条が火線上にいたバラージカスタムの右腕と右肩、そして胴体部の右隅を貫通した。
 エネルギー供給を断たれた右腕が力を失ってライフルごとだらりと垂れ、背面のスラッシュウィザードも機能不全を引き起こす。
「キャアアアアア!」
 胴体部へのダメージはコクピット内にも影響し、発生した小爆発に悲鳴を上げるルナ。
アビスはそのままバラージカスタムの眼前を抜け、ミネルバのブリッジ前方でホバリングする。
 大の字に作る機体の胸部で、複相ビーム砲の砲口に淡い光が集まる。

「回避ぃ!」
「間に合いません! も、もうダメだぁぁぁっ!」
 モニターに大写しになるアビス。もはや回避不能な距離で向けられた砲口に、ブリッジを恐慌と絶望が包む。
「ヒィィィィィィッ!?」
「くっ……!」
 アーサー副長が悲鳴を上げ、タリアが後悔に唇を噛みしめる中、
「……アウル君っ!」
 ギュッと目を閉じたメイリンが、悲痛な声で自分を殺そうとする友達へと叫んだ。

 
 
 

「消し飛べ消し飛べ消し飛べ消し飛べ……!」
 ブリッジをロックオンし、狂気的に歪んだ笑顔でアウルがミネルバを見据える。
 苛立ちの全てを眼前のミネルバに向けんとばかりに叫ぶ。
「消し飛んじゃえよぉぉぉぉぉぉっっっ!」
 スタンバイ状態の複相ビーム砲、その威力を解放するトリガーにアウルの指がかかり──

 

 ──通信士やってるんだ私。ミネルバって船に、お姉ちゃんやシン、レイと一緒に──

 

「──っ! あ、ああ、ああああああああ──!」
 一瞬で狂気の笑みが、苦悶へと変わる。
 これまでで最大のノイズが頭の中を通り過ぎた直後、アウルの脳裏に無数のイメージが再生される。
 臨界を越えたストレスによって剥がれ落ちた記憶への上塗り。一気に溢れ出た記憶の奔流に脳の処理能力が限界に迫る中、アウルは思い出す。
 今自分が撃とうとしている場所にいるのは──今自分が殺そうとしているのは──!
「……メイリン……っぁ!?」
 その名前を呟いた瞬間、アビスを衝撃が襲った。側面からバラージカスタムがアビスへと体当たりを仕掛け、そのまま二機が絡み合いながら態勢を崩し落下していく。
「こいつはっ……」
『アウルーーーーーッッ!』
 麗らかな女の声に似合わぬ勇ましい叫びが、通信機からアビスのコクピットへと響き渡った。

 
 
 

「アンタ──」
 機能不全を起こしたスラッシュウィザードを排除し、全力で跳び上がりアビスに体当たりしたバラージカスタム。
ルナは前方ゼロ距離のアビスを睨み、歯を食いしばる
「人の妹に──」
 シールドから引き抜いたビームトマホークを左手で構えるバラージカスタム。掲げた刃の振り下ろす先は、光を溜め込んだ解放寸前の複相ビーム砲。
「オイタしようとしてんじゃないわよぉぉぉぉ!」
 気合と共に、トマホークが振り下ろされる。ビーム砲ごと、アビスのコクピットを破壊する勢いで。
 今ここに至って、ルナはアウルを殺す覚悟を決めた。
 恐らくはステラと同じく、自分達のことを忘れているであろうアウル。説得できる望みは薄く、力ずくで取り押さえられるような相手でも、状況でもない。
 何より、アウルはミネルバのブリッジを破壊しようと──メイリンを、殺そうとしていた。たった一人の妹の命を奪おうとしたのだ
 それだけは誰であろうと、絶対に許すことはできない。
 友の命を奪う事に悲嘆も、罪悪感もある。ステラやスティングは勿論、もしかしたら守ろうとしているメイリンにすら恨まれるかもしれない。それでも。
(ゴメン、アウル──!)
 心の中で呟く。あたしはメイリンを守る──それが、アンタの命を奪うとしても!
『くっ……ルナァァ!』
「えっ──!?」
 ルナの意識が真っ白になる。名前を呼ばれた。ならアウルの記憶はまだ──
 一瞬の躊躇。それが胴体に突き立ったトマホークの力をかすかに鈍らせる。
 完全破壊に至らなかったビーム砲。その砲門に限界まで溜め込まれた力が、トマホークの攻撃によるショックで暴発した。
 仰け反るアビスの胸から光が溢れ、トマホークごとバラージカスタムの上半身を呑み込んだ。

 
 
 

『打ち据えろ!』
 R・サイクラノーシュから伸びたコードの触手がフリーダムとセイバーへ伸びる。触手をフリーダムはビーム砲で焼き切り、セイバーは双剣で切り裂く。
『ふはは流石に、流石にこの程度ではどうにもならんなあ!』
『舐めるな!』
 セイバーが触手を切り裂きながらR・サイクラノーシュへ迫る。だが進路にドラグーン二機が展開し、計九問のビームがセイバーを襲う。
 フリーダムが合間に入り、ライフル抜きのフルバーストでビーム砲とレールガンを連射する。
ビームを止めたドラグーンの正面に魔術陣が展開し、攻撃を受け止める。
「アスラン下がって!」
『どけキラ! 前に出るんじゃない!』
 二年前とは違いキラとアスランのコンビネーションは噛み合わない。いや、コンビネーションともいえないお粗末なものだ。
 先ほどまで殺し合いを行なっていた者同士による、共通の敵が現れた故の一時休戦のようなものだから当然ではある。それが親友との距離の開きを実感させ、キラの心に影を落とす。
『ふふふ。ギクシャクとしているじゃあないか。友情とはかくも脆いものなのか、いや悲しい、悲しいねえ!』
『黙れ!』
「……! アスラン、左!」
 キラの警告にセイバーが振り返る。単独行動していたドラグーンが左側面から迫り、咄嗟にシールドを掲げた。
 砲門を広げたドラグーン、その基部に埋め込まれた顔がシールドにぶつかった。その直後シールドが、
ドラグーンによって『喰われた』。
『何!?』
『私のかわいい使い魔達は食い意地が張っていてね。ほらほら、そのままだと左腕も食べられてしまうぞ!?』
 食い残しに似たシールドの残骸がボロボロと落下していく中、ドラグーンはそのまま左腕にも喰らい付いていた。
接触面で凄まじい火花が上がっている。
『くっ、だがVPS装甲ならまだ保つ筈!』
 右腕で逆手に持ったサーベルを、ドラグーンに尽き立てようとするセイバー。ウェスパシアヌスがフフンと鼻で笑った。
『しかし、しかしだ。VPS装甲とて無敵ではない……エネルギーは十分かな?』
 その言葉の直後、セイバーの全身から色が薄れサーベルから光が消えた。灰色になったセイバーの左腕を
一瞬で喰いちぎり、ドラグーンはセイバーの眼前を駆け抜けていく。
「アスランッ!」
『フハハハハ! 少々熱くなり過ぎていたようだなあ! これでも浴びて少し頭を冷やしたまえ──
 形なきモノよ、沸き出でよ!』
 R・サイクラノーシュが描く魔術陣から半透明の黒い塊が飛びだし、セイバーへと襲い掛かった。
ゼリー状の塊はセイバーに接触した直後に弾け、全身にへばりつく。セイバーがスパークを起こしながら
小刻みに震えた。
『ぐああああああっ!』
「ツァトゥグァの汚物。鬼械神の動きをも封じる瘴気の塊だ。後で相手をしてあげるから、
 しばらくその中でジッとしていてくれたまえ」
 セイバーを尻目に、R・サイクラノーシュがフリーダムへと振り返る。
『さあて、ようやく本命の相手ができるなあ、キラ・ヤマト君』
 どこか熱っぽいウェスパシアヌスの声に、身の毛がよだつような感覚に襲われるキラ。
『君を本気にさせると何をしてくるか分からないのでね。
 あまり気は進まないが……私も少々、少々本気を出させてもらうとしようか!』
 ウェスパシアヌスの声に呼応するように、三機のドラグーンが一斉にフリーダムへと飛び掛った。
『苦渋の糸を紡げ、ガルバ!』
 背後に回り込んだドラグーンが三門のビーム砲を一斉に放つ。連射されるビームを避けつつ、キラはどんな攻撃が来ても対応できるよう他のドラグーンへの警戒も怠らない。
『苦悩の歌を綴れ、オトー!』
 左に陣取ったドラグーンが顔を露にし、その口から魔力弾を吐き出した。ビームと連携して放たれる魔力弾の合間を縫うように駆け抜けながら、フリーダムは二基のドラグーンへビーム砲を放った。ビームはドラグーンに命中し、攻撃が途絶える。
『苦痛の檻を築け、ウィテリウス!』
 フリーダムの左から、もう一基のドラグーンが突撃してきた。キラは冷静にドラグーンを照準に捉え、展開したビーム砲を連射した。堪らないとばかりにドラグーンは勢いを弱め、フリーダムから数メートルの距離で停止する。
 そのまま畳みかけようと、キラはフルバーストを展開しようとし、
『──かかった!』
 フリーダムを覆った影とウェスパシアヌスの声に、ハッと顔を上へと向ける。フリーダムの頭上数メートルの位置に、R・サイクラノーシュが浮遊していた。
 R・サイクラノーシュ下部に生えた上半身、そしてフリーダムを囲ったドラグーンの砲身から光が伸びる。
『清らかに謳え、嗜虐の聖歌隊!』
 ドラグーンとR・サイクラノーシュが光で繋がれ、その光を辺として形成されたピラミッドがフリーダムを包み込んだ。フリーダムは脱出しようとビーム砲を撃つが、光の壁の前にビームは空しく拡散する。
『私の芸術に酔いしれろ! デストピア・クワイア!』
 ドラグーンとR・サイクラノーシュが、醜悪でおぞましい呪いの合唱を声高に上げた。
「うわあああああああああああっっ!? あ、が、ギャアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
 邪悪なる賛美歌はピラミッドの中で反響、増幅され、キラを発狂させんとばかりに意識と脳髄を揺さぶる。凍えるような寒気と不快感に身体は硬直し、目や鼻から毛細血管が弾け血が流れる。ヘルメットの中に、血混じりの嘔吐物がぶちまけられた。
 魔力を帯びた歌はキラだけでなくフリーダムにも影響を与え、負荷に耐え切れなくなった内部機構や回路が機能不全を起こし損傷。機体各所が次々と爆発を起こす。フェイズシフトは落ち、内部からの爆発で外装が次々と吹き飛んでいく。
 キラが発狂する寸前に歌は途絶え、ピラミッドが消える。R・サイクラノーシュらが一旦距離を取る中、フリーダムはボロボロの状態でかろうじて宙に浮いていた。
「っか……はぁ……っ!」
 息も絶え絶えの状態で、朦朧とした意識をかろうじて保っているキラ。その耳にウェスパシアヌスの興奮した叫びが遠く聞こえる。
『ここまで弱ってしまえば、もはやSEEDあるとてどうにもなるまいて……では、頂くとしよう!』
 半開きで光を失いかけたキラの目が、ひび割れたモニターの向こうからこちらに一直線に迫るドラグーンを捉える。だがその光景が見えるというだけで、考える事も動く事も今のキラには出来ない。
 ドラグーンが迫る様を、キラは呆然と見つめ──横殴りの衝撃がその身を貫いた。

 
 
 

「っ!?」
 その光景にティトゥスが目を見開き、
「なんだと……!?」
 ミナが顔を強張らせ、
「な、何ぃ!? 馬鹿なっ!?」
 ウェスパシアヌスが驚愕を浮かべ、
「……え……?」
 シンが愕然とし、

 

「……なんで……?」
 ──キラが、呆然と呟いた。

 
 
 

 黒い粘液質を体中にへばりつかせたセイバーがフリーダムを突き飛ばし、その胴体にドラグーンを
食いつかせていた。

 
 
 

「がはっ……はは……」
 砕けたヘルメットの奥にある口元から荒い息と血を零し、アスランは自嘲気味に笑った。
 正面から少しずれた角度から激突したドラグーンに、フェイズシフトダウンしていた装甲は何の役にも
経たなかった。砲身の一本がコクピットに突き刺さり、アスランのすぐ左側を貫いている。飛び散った破片が身体のあちこちに突き刺さり、左腕に至ってはもはや感覚がない。
 血に染まった目ではよく見えないが──おそらく、完全に持っていかれたのだろう。
『──スランさん! アスランさんっ!』
「シンか……」
 ノイズ交じりに響く声に息も絶え絶えのアスランが答えると、通信機の向こうでシンが息を呑むのが分かった。
「シン、すまないな……最後の最後でお前を、皆を……カガリを、裏切ってしまった」
 砕け散ったモニターと閉じたセーフティシャッターのせいで外は見えないが、アスランはフリーダムがいるであろう方向に顔を向けた。
 無意識の行動だった。かつてティベリウスのバッド・トリップ・ワインを受けたときと同じ要領でプログラムのリカバーを試みていたアスラン、その目にボロボロのフリーダムへドラグーンが迫るのが見えた。
 キラが殺される──そう認識した直後、アスランは凄まじい早さで簡易プログラムを組み立て、スラスターを点火した。推進剤の燃費やスラスターの限界を無視した限界以上の出力を噴き上げて、セイバーはフリーダムを突き飛ばし──フリーダムの身代わりとして、ドラグーンに喰らい付かれた。
 ──アスラン・ザラは、親友キラ・ヤマトが殺されるのを黙ってみていられなかったのだ。
 馬鹿なことをした、と自分でも思う。どうやらヘタレ根性が芯まで刻み込まれていたらしい。
イザークが見たら、おそらく顔を真っ赤にして憤慨した事だろう。
 だが馬鹿なことと思っている割に、それでも親友を、恋人の弟を守った自分を誇る気持ちがほんの少しだけある。それに気づいて、もう一度アスランは自嘲した。
『そんなこといいですから、脱出してください!』
「無理だ。脱出装置が動かないどころか、コクピットを覆われているんだ……それに、俺はもう助からない」
『何言ってるんですかっ! こんなことで……貴方に死なれたら、俺はアスハの奴になんて言えばいいんです!?』
「そうだな……馬鹿が謝っていたと伝えてくれ。悪いな、こんな事を頼んで」
『アス……さんっ……!』
 通信機から聞こえる悲痛な叫びを、酷くなっていくノイズが遮る。同時に正面モニターの向こう側から、ガリガリと削るような音が響いてくる。
 あのドラグーンなら、ダウンした装甲を喰いちぎるなど容易いはずだ。つまりこれは、恐怖を与えてなぶり殺しにしようとでもしているのだろう。
 だがその僅かな時間が、アスランにとってはありがたかった。
「シン、聞いてくれ……出撃の前に、お前に言えなかったことだ……」
 せめて、これだけはシンに伝えておかなければ。耳に届くシンの声が徐々に遠くなる中、アスランは言った。
「……お前は、俺みたいにはなるな……
 これ以上失う前に、本当に大事なものに気づいて……
 それを、絶対に守るんだ……」
 失ったものは戻らない。そして失った後、それが大事なものだということに気づいてももう遅い──アスランはシンに、これ以上そんな思いをして欲しくはなかった。
「そして、これは……俺の、個人的な頼みだ……」
 もう耳には何も聞こえない。閉じかけた赤い視界の先で、セーフティシャッターが抉り取られ、
「お前のやり方でいい……キラを……俺の親友を、止めてくれ」
 能面に似た顔が大きく口を開く光景を最後に、アスランの意識は断絶した。

 
 
 

 キラは見た──ドラグーンが背面から火を噴き上げた直後、喰らい突いていたセイバーの胴体が、消失したのを。
 シンは見た──胴体を失いバラバラになったセイバーのパーツが、海へと落下し、沈んでいくのを。
「あ、アスラン──」
「ああ、あ、あ──」
 二人の身体が奮え、二つの顔が歪み、二対の目から涙が零れ──

 

「「──うわあああああああああああああああああああああああああああ──っっっ!」」

 

 二つの口から絶叫が上がると共に、二粒の【種】が弾けとんだ。

 
 
 
 

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