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DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第18話2

Last-modified: 2009-09-06 (日) 16:12:02

 フリーダムのコクピットで、キラは【SEED】の発動した虚ろな目で、虚空を見つめていた。
「……守らなきゃいけないんだ……」
 閉じこもっていた部屋から出てブリッジに向かった時、扉の向こうの会話をキラは聞いていた。
 ベルリンで行なわれている暴虐を黙って傍観する──その選択は、キラにとって認められるものではなかった。
「放っておくなんてダメだ……だって、僕達は……」
 理不尽ばかりの世界が嫌だから、そんな世界を少しでも変えていくために戦うことを選んだ。
 それなのにその理不尽を放置するなんて、自分たちの決意に反する行動だ。
 そんなことは許されない。何故なら──何故、なら──
「そんなこと……そんなこと、望んでない……!」
 ──望んでいないのは、誰?
 キラの中で声が聞こえる。その声をキラは無視し、言葉を紡ぎ続ける。
「僕は決めたんだ……だから、やり通さなきゃいけない……!」
 ──何を決めたっていうんだ? 何をやり通すっていうんだ?
 決まっている、罪のない人々が犠牲となる世界をかえるためだ──心の中でだけ返す。
 ──そのために誰かが犠牲になるのも構わない?
「違う……やめろ……!」
 初めて口を開いて反論するが、もう遅かった。

 

 ──違うもんか。その犠牲の中に、アスランだって入っていたんだろう?

 

「──っ!」
 瞬間迫ったビームの雨を掻い潜り、フリーダムは敵を見据えた。砲門を向けてくるデストロイに、連合のMS達。
 その全てをキラは睨みつけ、苛烈な攻撃を放つ。流石にデストロイには大きなダメージを与えられないが、ガンダムタイプや紫の専用機を除いた通常のMSは、当然のように回避できず武器や四肢を奪われて墜落していく。
 ただ、これまでとは決定的に違う点があった。キラはこれまで戦意のない相手に攻撃することはほとんどなかったが、今は一度攻撃を仕掛けてきた機体なら戦意を失おうが背中を向けようが逃走を図ろうが、確実に全てを撃ち落していく。
「僕は……僕は、戦いたくなんか……それでも、僕が戦うのは……!」
 落ちていく敵機から目を逸らし、新たに向かってくる敵や再度武装を向けるデストロイを見つめ──キラは虚ろな瞳に、明らかな苛立ちを浮かべた。
「……やめてよね……」
 デストロイが、ウィンダムが、次々とフリーダムへ仕掛けてくる。
「本気で戦ったら……」
 フリーダムの翼を広げ攻撃を避けながら、全武装を敵へと向けてキラは忌々しげに呟く。
「……誰も、僕に適うわけないだろ!」
 ハイマット・フルバーストを展開し、力で全てを屈服させんとフリーダムが戦場を駆け抜ける──

 
 
 

 フリーダムの乱入による戦場の混乱は、今のシンに取って幸運だった。
 エールカスタムは腕を失ったアビスを抱え、まだ多少原型を留めているビル群の影に隠れる。
「ルナ! ルナ! ……くそっ!」
 声をかけるシンだが、返事は返ってこない。焦る気持ちに押され、シンはコクピットから飛び出し、横たえたアビスによじ登って外部コクピット開閉装置を押し込む。
「まただ……また、俺のせいで……!」
 またしても、自分の行動のせいで大事なものを危険に晒してしまった──顔を悲痛に歪め嘆くシンの前で、コクピットが開く。
 コクピットの奥に、操縦席で力なく頭を垂れたルナの姿があった。どうやら気絶しているらしい。慌ててシンはコクピットに身を乗り出しシートベルトを外そうとするが、焦る手はベルトを上手く外すどころかルナの身体そこかしこに触れてしまう始末だ。
「くそ、こんな時に何やってんだ俺は! ……よし、外れた! ルナ、しっかりしろ!」
 何とかベルトを外し、身体を抱き上げてヘルメットのバイザーを上げる。少し血の気の失せた顔で気絶していたルナが、シンの呼びかけにゆっくりと目を開け、
「よかった、無事で……っ!?」
 突如カッと目を見開いたルナが、シンの襟首を掴んでコクピットの中に引きずり倒した。
「あんた、一体何やってんのよ!?」
 混乱するシンを、ルナの苛立ちに染まった瞳が睨みつける。明らかにルナは、シンに対し怒っていた。
「何ボケッと突っ立ってんのよ! そりゃ今までのこともあるし、ステラが敵になって出てきてショックなのは分かるわよ! けどだからって、何もしないでいるつもりじゃないでしょうね!? ステラを助ける気がないの!? ベルリンの人達を助けようって思わないの!?」
 シンはルナの怒声を聞いて目を見開くが、すぐさま顔を悲痛げに歪めてルナから目を逸らした。それを見たルナは歯噛みし、更にシンへと食ってかかる……その声には怒り以上に、悲しみがこもっていた。
「どうしちゃったのよシン! 力のない人達が争いに巻き込まれるのは許せないんじゃなかったの!? 平和に暮らしてる人を守ってやるって言ったじゃない! ステラが怖い目に合いそうな時は護るって、あの子と約束したんでしょ!? なのに、なのに今、あんたは何もしないでいるつもりなの!? しっかりしてよ……いつものあんたに戻ってよ! シンッ!」
 目に涙さえ浮かべた必死の叫びが、シンの心に突き刺さる。ルナが自分を奮い立たせようとしてくれているのも、痛いほど分かる。
 だが、シンは動かない──動けない。
「ごめん、ルナ……でも、俺はもう何も出来ないんだ……」
「はぁ!? なんでよ!?」
「……怖いんだ」
 震え始めた身体を抑えながら漏らした言葉に、ルナが息を呑むのが気配で分かる。
 ずっと溜め込んできた負の感情──それが少しでも漏れてしまえば、もうシンの口は止まらなかった。
「怖いんだ……怖いんだよ! 何をしたって無駄なんじゃないかって……いや、何も変わらないならまだいい。俺が良かれと思ってやったことで、誰かが不幸になるんじゃないか……俺が何かをしたせいで、命を失う人がいるんじゃないかって……!」
 それは心の奥底に堆積し続けた末に爆発し、今やシンの頭を埋め尽くして消えなくなった昏い思いだった。
 ルナの言う通り、力のない人達が争いに巻き込まれるのが許せなかった。平和に暮らしてる人を守りたかった──かつての自分が味わった不幸と同じ目に、誰も合わせたくはなかった。
 ──だが、実際自分がやってきたことはどうだ?
 現地住民を救うためと命令を無視し、基地にいた者を誰彼構わず虐殺した。
 ガルナハンを救おうと奮闘し、結果住民たちの暴虐を引き起こした末、自分は黙ってみているしかできなかった。
 戦いでは迷うばかりで何も出来ず、仇であるフリーダムに手も足も出せず、ハイネが傷つき、アスランが死ぬのを黙ってみているしかできなかった。
 敵同士だった友人と戦場では殺し合い、捕虜となれば実験台として連れて行かれるのを見ているだけ──挙句の果てにステラを助けたいという自分勝手な理由で彼女を戦いに引き戻した上、それが沢山の罪なき人々を不幸にする原因となった。
 自分のやることは、何一つ報われない──それどころか、人々を不幸に巻き込んでいるのは自分じゃないか!
「俺が助けようとしたって、結局誰も助けられないんじゃないかって……戦ったら俺のせいで誰かが死ぬんじゃないかって。俺が誰かを殺してしまうんじゃんじゃないかって……それが、怖いんだ……!」
 自分がステラを殺してしまうのが、怖い。自分のミスで街の人々が死ぬのが怖い。自分のせいで命を失う者が出ることが──かつての自分が味わった不幸を、自分が誰かに味わわせることが、怖くて仕方がない。
「そんなことなら、いっそのこと動かなければいい……俺には何も出来ないんだから、何もしなければいい……何もしなければ、俺は何一つ悪くないんだって……そんな言い訳ばっかりが頭の中に浮かんでくるんだよ!」
 情けない。こんな身勝手な人間がアスハ代表は勿論のこと、どの面下げて連合やロゴス、キラ・ヤマトを批判できるというのだ。
「散々偉そうなこと言ってて、いざとなったらこのザマだ……何が守ってみせるだ! 何が守れるほど強くなるだ! ビビって何もできやしない、ただの弱虫の、臆病者のくせに! 俺みたいなやつが、誰かを守れるはずなかったんだ! 俺一人に出来ることなんて……何一つ、なかったんだ……!」
 全てを吐き出し、項垂れるシン。体から一切の気力が抜け、動くことも億劫だ。無様で滑稽極まる自分に、もはや涙すら流れない。
 もう疲れた。楽になりたい。何も考えたくない──家族が死んだ直後の自分もこんな感じだったななどという場違いな思いに、小さな自嘲の笑みが唇の端に浮かぶ。
「……シン」
 ルナに名を呼ばれ、反射的に顔を向ける。思考を手放しかけていたシンには、ヘルメットを外したルナが向けてくる瞳から意図を読み取ることはできなかった。呆れているのかもしれないし、哀れんでくれているのかもしれない。もしくはもう怒る価値もないと見限られたか。
 だがその思考は自分のヘルメットを無理矢理外された上、両手で顔を掴まれたせいですぐさま困惑に埋め尽くされた。
 シンの顔を掴んだまま、ルナの顔がどんどん近づいてくる。化粧無しでも十分引き立ったピンクの唇があと三センチ、二センチと近づくほどに、シンの心臓が大きく波打つ。
 唇と共に近づいてくる一対の瞳が閉じられた──直後、開いた瞳から射抜くような怒気がシンに向けられた。
「へ?」

 

「この──ヴァッカチンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──っっっ!」

 

 顔を固定された手が離された直後左耳を引っ張られ、穴をかっぽじる必要もない大音量がほぼゼロ距離から叩きつけられた。爆音はシンの頭の中で反響し頭痛と化す。鼓膜が破れなかったのは、コーディネーターであることを考慮しても奇跡だ。
 だがシンが落ち着く間もなく、ルナは再び怒りの声をシンへ矢継ぎ早に投げつけた。
「アンタバカじゃないの!? いや聞くまでもないわ大バカよ! バカの若バカの頭バカの王様バカキング! 一回どころか百回転生しようが地獄に落ちようが、何があろうとこのバカから逃れることは出来ないってくらいの超弩級ヴァカだわ!」
 シンは痛みに引きつった顔を、徐々に怒りの引きつりへ変えていった。震え過ぎた鼓膜に激しい頭痛、そこに来てバカバカ連呼されて、どん底まで落ち込んでいた感情が生来の沸点の低さと相まって、大噴火を引き起こす。
「ふ、ふ……ふざけるなぁ! バカバカバカバカ、それしか言えないのかお前はぁ!」
「はっ! アンタにバカ以外言う必要はないわ!」
 鬼の形相を浮かべたシンに、ルナは羅刹の表情のまま嘲笑を投げつけた。
「自分一人じゃ何も出来ない!? 何をやったって裏目に出る!? ハッ、何を当たり前のこと言ってんのよ! 当然じゃない!」
「何だと!?」
「アンタ一人で出来ることなんてタカが知れてるのよ! なのに何を勘違いしたか知らないけど、お調子に乗って何でも思い通り出来ると思い込んじゃってさ! それで勝手にミスって勝手に落ち込んで、終いにゃ自己完結して現実逃避!? これをバカじゃなくてなんて言えって言うのよ!」
「お、お前ぇ……!」
 溜まらずシンはルナに掴みかかろうとする。だがギリギリで自制心が働き、手を上げる寸前で身体が止まった。だが怒りは収まらず、震える声でルナへと吐き捨てる。
「だったら……だったら俺にどうしろっていうんだ!? もう俺に出来ることなんて何もないじゃないか! 何かしたところで、誰かを不幸にするだけなんだよ! もう俺のことなんて、放っておいてくれ!」
「……いい加減気づきなさいよ、バカッ!」
 今度はルナがシンに掴みかかり、その襟首を掴んで締め上げた。首が絞まって呼吸が上手く出来なくなる。息苦しさに喘ぎながら、睨みつけてくるルナを睨み返し──

 

「──あんた一人で無理なら、あたしを頼りなさいよ!」

 

 シンは、吐き捨てようとした言葉も表情も失った。
「一人で出来ることなんて何もない? 誰かを不幸にする? ……分かってるんだったら、一人でなんとかしようとしないでよ! アンタ一人の頭で考えて、一人で全部やろうとするから、何したって上手くいかないのよ! 一人で抱え込まないでよ! 一人で苦しまないでよ! 一人で何もかも背負おうとしないでよ! 手伝ってくれって、力を貸してくれって、言いなさいよ……ちゃんと、もっとあたしを、信じてよ」
 最後の方は、既に声から怒りは消えていた。シンの襟首を力は抜きつつ掴んだまま、ルナは何も言えずにいるシンの胸元に顔を沈める。軽い華奢な身体を、シンにはやけに重く感じた。
「あたし達仲間でしょ? 友達でしょ? あんたが困ってるならいくらでも、手でも足でも頭でも何でも貸してあげるわよ。命張って助けてあげる。全力全開で協力してあげる。成功しようが失敗しようが、最後まで付き合ってあげるわよ……たとえ失敗して、誰かの命を奪ったとしても、それをあんた一人のせいになんかさせるもんですか。誰かに恨まれるのも責められるのも石投げられるのも、半分は私が引き受ける。死んであの世に行ったら、巻き込んだ人達に土下座でもなんでも一緒にやってやるわ……だから、だから……!」
 顔を上げたルナは、真剣な顔に涙を浮かべ、シンに告げた。
「あんたは、あたしを助けてよ……! 悔しいけど、あたし一人じゃステラを助けてあげられない……あたし一人の力なんかじゃステラもベルリンの人達も、誰一人救えないの! だから、あんたの力を貸してよ! 一人で諦めないで! 希望を捨てないで! お願いだから、一緒に頑張ってよ……ステラやベルリンの人達を助けてあげようよ、シン!  あんたに諦められたら……あたしまで、諦めそうになっちゃうじゃない……!」
 強さと弱さの入り混じった瞳でシンを見つめるルナ。彼女に圧倒されたシンは呆然とし、何一つ言葉にすることが出来ない。
 シンの胸に何かが宿る……いや、違う。いつの間にか忘れていた、とても大切な気持ちだ。
『──ルナマリアの言う通りだ、シン』
 不意に通信機から声が漏れ、密着していた二人は慌てて離れる。
「れ、レイ!?」
『いい雰囲気のところをすまないが、このまま俺を忘れられては困るのでな』
「ばっ、バカ言わないで! そんなんじゃないわよ!」
 顔を真っ赤にしながらそっぽを向き、ヘルメットを被り直すルナ。通信機の向こうで、レイがフッと笑うのが分かった。
『……シン。俺もルナマリアと同じ気持ちだ。お前が望むなら、俺は喜んで力を貸そう。お前が苦しいなら、俺も一緒に責を負おう。俺とルナマリア、そしてお前で三等分……それなら、ずっと楽になる。そして……俺達が力をあわせれば出来ないことはない。使い古された台詞だが、だからこそ真理だと俺は思う』
「レイ……」
『シン、俺はこの命続く限り、お前と一緒に戦おう……だからお前は、俺の命尽きるまで共に戦ってくれないか?』
 レイの言葉に、シンの中に蘇った思いが強くなっていく。とても激しく、強い思い。
 その気持ちに触発されるように、シンの身体がゆっくりと震え出す。恐怖への怯えでも、先ほどルナに抱いていた理不尽な怒りでもない──これは、自分への憤りだ。
「俺は、なにをやっていたんだ……!」
 自分一人で高望みをして、それが出来ないからと勝手に意気消沈して、諦めて。決して、自分から助けを求めようとはしなかった──自分以外を、信じようとしていないも同様だった。
 まるでハツカネズミだ。一人で無意味にグルグルと回り続けて──終いにはそれに疲れて、何もかも放棄して逃げようとした。
 そんなちっぽけな自分を見捨てず、信じ続けてくれる仲間達がいたのに……その全てを、捨てようとした。
 ──失うことを恐れるあまり、【何よりも大事なもの】を見失うところだった。
「二人とも……俺を許してくれるか?」
「ほんとバカね、許すも許さないもないわよ……ま、気にしないでよね、殊勝な態度のあんたなんて、正直気味が悪いわ」
『全くだ。まあ気にするな、俺は気にしない』
 ──シンは、笑った。とても小さな笑みだがこの数週間、いや数ヶ月振りかもしれない、本物の笑顔だった。
「……ルナ、レイ、頼みがある」
「何?」
『何だ?』
 笑みを消し、真剣な顔で問いかけるシン。問い返すルナとレイ。
 三人とも、何を言うか分かりきっている──それでも、あえて言おう。
「力を、貸してくれ……ステラと、ベルリンの人達を助ける!」
「オッケー! 任せなさい!」
『了解だ』
 シンはアビスのコクピットから飛びだし、エールカスタムへと走った。

 
 
 

「……拙者は、何をやっている?」
 自問自答しながら、ティトゥスはオーガアストレイをデストロイの眼前に滑り込ませた。こちらを向いたデストロイが右手を掲げ、ビーム砲でもある指をこちらに向ける。
 だが敵が標的を合わせるより早く──しかし追いつける程度に速度を落としながら、大きく背後側へ回りこむ。デストロイは素直に、オーガアストレイを追いかけて反転。標準が合うと同時にビームを発射した。
 五本の指から放たれたビームをかわし、オーガアストレイはデストロイに飛び掛る。だがその進路を敵の部隊に阻まれ、すぐさま後退し地に足をつける。
 背後はデストロイが既に破壊し尽くし、生き残りが残っているとは思えない。こちらを向いている限りは、デストロイの砲撃による犠牲は少ないだろう。
 あくまで、多少ではある。敵はデストロイだけではなく、そのデストロイもフリーダムを狙ったり無差別にそこらを攻撃したりと半分デタラメな動きをする。正直意味があるのかとすら思えるほどだ。
 だが、ティトゥスはわずかでも犠牲を少なく出来るだろう選択肢を選んだ。
 何故だ、とティトゥスは自問自答する──答えは単純明快。
「後味が悪いから、か……」
 ルナマリアと共に、瓦礫に隠れた住民たちの姿を見た時──ティトゥスが抱いたのは、憤り。弱者を哀れむというより、弱者を虐げることを是とする強者への非難と嫌悪感が強いが、ともかく憤りは憤りだ。
「かつてならこのような些事、黙って見過ごしていたであろうに……」
 ブラックロッジにいた頃なら、ティベリウスなりクラウディウスなりの虐殺に無意味さこそ感じつつ、諌める言葉一つなく見過ごしていただろう──今の自分には、出来ぬ。
 まして今の自分は人の道、剣の道へ至る前に迷いて霧中に居る。そのように余裕のない自分が、今このように手間を割いてまで戦っているのは、何故か?
 それは弱くなったからか、それとも──そう思いながら、向かってくるウィンダム部隊に剣を構える。
「何故、だろうな……む?」
 その時、瓦礫の影から飛び出した機影がビームを放ち、それがウィンダムの一機を捉えた。

 
 
 

 ウィンダムを落としたのを確認し、シンは機体をオーガアストレイに近づけながらライフルを連射する。
「ティトゥスさん、大丈夫ですか」
『シンか』
 空に飛び出したエールカスタムが、オーガアストレイの頭上でライフルを連射する。狙い済まされたビームは敵機を何体か撃ち抜き、編隊を打ち崩した。
「ティトゥスさん、援護をお願いします……これから俺は、ステラを助けに行きます」
『無謀……と先ほどの腑抜けたお主になら言っていただろうが、随分と張りのある声だ。……何があった?』
「……思いっきり、ルナに怒鳴られました」
『ほう』
「そのあと、レイと一緒に言ってくれたんです……一人で出来ないなら、頼ってくれって」
 エールカスタムの前に飛び出したオーガアストレイが、残ったウィンダムに剣を振るう。
 逃げようとする機体にライフルを向けながら、シンは続ける。
「俺は今まで、何でも自分の力でなんとかしなきゃいけないって思ってました。俺が強くなれば、なんでも出来るんだって。力があれば守れたんだって。だから強い力を求めて軍に入って、新型のパイロットになって、ティトゥスさんに剣を教えてもらって──でも、それだけじゃ駄目だった」
 自分が味わった不幸を誰にも味わわせたくない──その気持ちは本物だ。
 だが、気持ちだけで何が守れるというのか。力を得て、それでどうやって守る?
 今また、ウィンダムを一機撃ち抜いた。だがこの力をどのように使えば、人を守ることが出来る?
「俺は力ばっかり求めて、その力で何とどう戦えばいいのか分かってなかったんです……一人で空回りして、失敗して、段々俺はその失敗が、戦うのが怖くなった……けど、あいつらが気づせてくれたんです」
『何とどう戦うべきかを、か?』
「いえ。それは正直言って、まだ分かりません。だけど、それを一緒に探してくれる奴らがいることを……仲間がいてくれたことを、俺は今更になって気づかされたんですよ」
 共に戦ってくれると言ってくれた。力を貸すと言ってくれた。命を賭けて助けると言ってくれた。共に責を背負うと言ってくれた。
 一緒に同じ道を進み、互いに導き合える仲間がいる──それはシンにとって、心底嬉しいことだった。
「そしてその時、もう一つ気づいたんです……今の俺にとって仲間は、人を守りたいって思う気持ちと同じくらい、大切なものだったんだって」
 ──シン。お前にとって一番大切なものはなんだ?
 シンは思い出していた。自分にかけられた言葉の数々を。
「俺のために戦ってくれる仲間がいてくれる。あいつらと一緒に……ただ助けてもらうだけじゃなく、俺もあいつらを助けるためなら、俺は戦える! 一緒に戦ってくれる仲間を、俺と一緒に仲間が守りたいと思った全てのものを、守るために! ステラも、街の人達も、これ以上苦しませない! それが俺の、そして仲間の願いだから! そのために戦うのは間違っていない、俺にとっての『真実』だと思えるから!」
 ──よく考えてみてくれ。自分が戦う理由を、自分が求める『真実』がなんなのかを──
 新たに迫るMS部隊に銃口を向けながら、シンは言った。
「戦うことで、誰かを不幸にするんじゃないかって恐怖はまだ消えません。でもだからって逃げられない、逃げるわけにはいかない……仲間が戦ってる、守ろうとしてくれているのに、俺だけ逃げるなんて出来るわけがない! たとえどんな結果が待っていようと……俺は仲間を守るために、そして仲間と一緒に、守りたいもののために戦う! 一人で戦うんじゃなく、仲間と共に戦うことで強くなれると、大切なものを守ることへ繋がっていくと信じて!」
 ──お前は、俺みたいにはなるな……これ以上失う前に、本当に大事なものに気づいて……それを、絶対に守るんだ──
 守ってみせる。ルナ、レイ、ミネルバの皆、ティトゥス──そして、ステラやスティング。自分と仲間と、その守りたいもの全て。これ以上失わせたりしない──守れなかったアウルや、アスランの分まで。
 争いの中での、しばしの沈黙。ダークダガーLを一機斬り捨てて、ティトゥスは静かに、厳かに問うた。
『強欲だな、お主は。仲間のために、全てを守るか……困難な道だぞ。屍を踏み越えねばならぬ時もあろう。恨みを買うこともあろう。苦しみ、嘆き、絶望を味わうこともあろう……それでもお主は、その道を進めるか?」
「……たとえどれだけ困難な道であっても、それでも俺はその道を行きます! 仲間の存在がある限り、俺は諦めず進むことが出来るから……その先にいつか、求める答えが見つかると信じられるから!」
 シンは、迷うことなく答えを告げた。再びの沈黙の後、ティトゥスが答える。
『……ならば、行け』

 
 
 

「……ならば、行け。ここは任せよ……すぐに追う」
『あ……は、はい! お願いします!』
 戦いながらの簡単なやりとりを追え、それぞれが動き出す。
 追いかけようとする敵機にアーマーシュナイダーを投げつけながら、ティトゥスはシンの言葉を反芻していた。
「仲間がいるから守るべきものを守れる、戦うことが出来る……強くなれると信じる、か」
 そうなのやも知れぬと、ティトゥスは素直にそう思えた。
 思えば、自身が知る強き者達も一人ではなかった。かの強敵達は多くの仲間と、そして常に共にある、守るべき唯一の何かを持つ者ばかりであった。
 忠義の拳闘士の背には忠義を捧げし姫君が。不屈の魔導探偵の隣には比翼の魔導書が。そして聖書の獣の傍には、犬のように主から離れぬ最古の魔導書が。
 ──前者はともかく、後者二つは守るべき相手が人間ではないなと苦笑い。また最後の一人は常に傍らに置いていたとはいえ、あの魔導書を【守るべき】と思っていたのかどうか怪しいところである。
 さておき、自分には唯一のヒトなどおらぬが……だが、一人ではない。
 今の自分にも、仲間と呼べる者達がいる。
「シン・アスカ……お主にはまた教えられたな」
 ユニウスセブンの時も、ティトゥスはシンのお陰で気づくことが出来た──守りたいという気持ちを。忘れていた人としての感情を。
 そして今また、ティトゥスはシンに教わったのだ──それも、二つも。
「困難な道であっても諦めず進めば、必ず求める答えがあると信じる、か……」
 まだ、道が見つかっているのかどうかも分からない。その道に辿り着けるかどうかも分かりはしない。だが──
「童が己の道を選び、歩み始めたというのに、拙者が道に辿り着けもせぬまま諦めるなど、言語道断……!」
 笑いながらティトゥスは言った。操縦桿を動かし、オーガアストレイに剣を構えさせる。
 一度生まれた怠惰は完全には払拭されはしないが──身をも焦がすような苛立ちは、消えている。
「拙者も今日は、仲間のために剣を振るうとしよう……参る!」
 静かなる気合と共に、オーガアストレイが敵機へ掛ける。静かなる剣士の気迫の元、ティトゥスは剣を振るった。

 
 
 

 エールカスタムがフルブーストをかけ、デストロイの背後から突撃する。進路上のMS達が気づき、落とそうと銃を構えた。
『させないわよ!』
 ビームと砲弾の弾幕、敵MSの群れを襲った。レール砲と連装砲が連射され、大出力ビームの奔流が敵を呑みこみ、スレンダーライフルの閃光が急所を狙い打つ。
 左腕を失いつつも戦うアビスが、エールカスタムに早く行けと首を振る。
 アビスの援護を受けながら、エールカスタムは飛ぶ。デストロイが振り向き、無数のビームが放たれる。隙間すら見いだせないビームの雨あられを、横っ飛びで回避。機体に掛かるGにシンは歯を食いしばる。
「とにかく近づかないと……!」
 デストロイは圧倒的な攻撃力と防御力を併せ持っている。だがその攻撃力は砲撃に特化し、接近された際の対応能力が低いのではないか──というのが、レイの分析だった。密着すればデストロイに撃破される恐れはないはずだ、と。
 デストロイに取り付き、ステラを説得する。もし説得出来ない場合は、シンがステラの注意を引いている間に仲間がデストロイの戦闘能力を奪うというのが、シン達の作戦だった。
 しかしデストロイの攻撃力と防御力は欠点を補って余りある、どれだけの数の敵機も寄せ付けぬまま迎撃できるほどに高い。また敵はデストロイだけではなく、MS部隊も迎撃機として配備されている
 とはいえ悠長にことを構えている暇もない。時間が経てば経つほど被害は広がるばかり。ステラの罪は増し、人々は更に死んでいく。またザフトも体制を建て直し、デストロイへ何らかの有効な対策を確立する可能性もある。今のシン達にそれは望まざる展開だ。
 最悪でもザフトがまともに動き出す前にデストロイを止め、ステラも助ける──非常に厳しい条件。
 だが、もうシンは恐れない、止まらない。やれるかどうかじゃない、やるだけだ。
 ビームが一旦止むと共に、再び前進。だがビームの代わりに、新たなMS部隊が迎撃を仕掛けてくる。
 その中には、ネオのウィンダムも混じっていた。
「ネオ……あんたも、ステラたちのことを思ってくれているのかもしれない……」
 シンはネオの言葉を思い返し、そう思った。冷静になった頭でよく考えてみれば、ネオの言葉はステラたちを救いたいと言っていたようにも取れる。
 彼は彼なりに、エクステンデッドを救おうとしているのかもしれない……いや、間違いないだろう。
「でも……ステラは、渡してもらう!」
 シンにも、彼女を救いたいと思う気持ちがある。彼女にこれ以上、罪を背負わせるわけにはいかない。
 自分の身勝手かもしれない。ここで救い出したところで彼女をどうやって延命させるのか、その手段すら想像もつかない。
 ──だが、一つだけ確信できることがある。
「ステラは優しいんだ……いつまでも人殺しをさせていい子じゃないんだよ! あんただって分かっているはずだ、ネオ!」
 相手は敵、触れ合わぬ限り声は届かない。ウィンダムは周囲の機体と共にライフルを向けてくる。
 だが敵より早く、撃ち払われたビームの乱射がカオス達を阻んだ。直撃を受けたウィンダムが爆発し、編隊が乱れる。
『シン、こいつらは任せろ。手筈どおり、行け』
「レイ……頼む!」
 ライフルを構えたインパルスが、ネオたちの行く手を阻む。シンは機体を再びデストロイへと向かわせる。背後でビームの撃ち合う音が聞こえるが振り返らない。
 レイを助けるために、自分はすべき事は──
「俺の、為すべき事を為すだけだ!」
 デストロイに肉薄しようとする中、それを阻む影が一つ──カオスだ。
 手足にビームの刃を携え、エールカスタムに肉薄する。足のエッジを裂け、サーベルを受け止めながらシンは外部音声で叫んだ。
「スティング……今は、どいてくれ!」
『どいつもこいつも……俺はテメェらなんか知らねえっつってんだろがぁぁ!』
 スティングもまた外部音声で叫び返す。その声は苛立ちに塗れ、過剰なほどの敵意をシンに投げつけてくる。
『お前ら、イライラするんだよ……死ねよ! お前らがいるから俺は、俺はぁ!』
「スティング……ぐはっ!」
 カオスの脚がエールカスタムを蹴り飛ばす。エッジが腹部をかすめ火花を散らすが、大した被害ではない。だが態勢を崩したエールカスタムに、カオスがサーベルを振り上げて追撃の構えを取る。
 シンはその光景に歯を食いしばり、吼えた。

 

「俺は、俺はまだ死ねない……こんなところで止まるわけにはいかないんだぁぁぁ!」

 

 ──シンの頭の中で、紅い色の種が弾ける。
 右手がライフルを投げ捨て、ビームアックスを振るう。カオスの右腕が、根元から切り裂かれる。
 更に左腕でサーベルを抜き、カオスの兵装ポッドを切裂こうと振り上げる。だが流石はスティング、上昇したシンの反応速度に対応し、シールドを構えてサーベルを受け止めた。
『うおらあああああああああああ!』
 シンが虚ろな目を驚愕に見開く中、カオスは上半身をMA形態に可変させ、頭部のビーム砲を開いた。
『──ぐああ!?』
 だがその時ビームがカオスの兵装ポッドを貫き、エールカスタムの頭部をかすめた。空戦の要であるポッドの片方を破壊され、カオスが大きくバランスを崩す。
 ビームが飛んで来た方向にモノアイを向けると、そこにはデストロイに攻撃を仕掛けるフリーダムの姿があった。どうやらデストロイと戦いながら、視界に入ったカオスにも攻撃を仕掛けたらしい。
「だが今は……助かる!」
 アックスを振り払い、残ったもう一方のポッドを破壊するエールカスタム。推力の大半を失ったカオスが、あっという間に地表へと落下していく。
『ふざけるな! こんなことで落ちるわけにはいかねえんだよ、テメェ! テメェは、俺の……』
 最後まで言葉を言い切る前に、カオスの姿が廃墟に消える。シンは後を引かれつつも、意識をスティングからデストロイに切り替える。
 未だフリーダムと戦っているデストロイへと駆けるエールカスタム。フリーダムが一瞬こちらを向いたが、自分に攻撃する気がないと分かるとすぐデストロイに向き直った。
 エールカスタムとフリーダムへ、全身から無数のビームとミサイルを放つデストロイ。だが目標が二機に分散しただけ、弾幕は少し薄くなっている……それでも薙ぎ払われる高出力ビームが一瞬でもかすめれば、大ダメージは必死だ。
 だが、それでも──
「俺は、引くわけにはいかないんだ……!」
 今の自分は、一人で戦っているんじゃない。ルナの思い、レイの思い──それら全てを背負って戦っている。だから──!
「怖さもある、恐れもある……でも、必ず成し遂げてみせる! 俺のためでもあるけど、それだけじゃない! 仲間のために……そしてステラ、君のためにも!」
 叫ぶシンの目の前で、デストロイが両腕をエールカスタムに向ける──瞬間、右翼から飛びだし斬りかかったオーガアストレイに、デストロイは右腕の陽電子リフレクターを起動した。
 右腕は塞がった。後は、左腕。五本の指とビーム砲の先端がエールカスタムに向けられている。
「うおおおお!」
 指から放たれた五本のビームの軌跡を読み、ローリングしながら回避。その瞬間エールカスタムの移動方向を先読みしてビーム砲が放たれた。回避直後の機体にビームが迫る。
「このおおおお!」
 クリアーになった思考で素早く対抗策を組み立てる。シンは一旦出力を全カットしてエールカスタムを停止。そのままビームが眼前で減衰するのを待ってやり過ごす。
「ステラーーーーッ!」
 ビームが完全に途切れる。この一瞬にシンはすぐさま出力を限界まで引き上げ、落下しかけた機体を持ち直しつつデストロイに肉薄しようとするが──
「……え?」
 視界が真っ暗になると同時に、凄まじい衝撃がエールカスタムを吹き飛ばした。

 
 
 

「何?」
 ティトゥスはある種呆れにも似た驚きを感じた。
 刀がリフレクターを貫きかけたところで、デストロイの腕が突然肘の辺りから外れ、独立して飛行し始めたのである。なんと奇天烈な機功、ウェストが見れば喜ぶかもしれない。
 リフレクターを作動させたまま、デストロイの腕は指や砲門からビームをオーガアストレイへ撒き散らす。それなりの飛行能力はあるらしく、デストロイ本体と比べれば相当すばしっこい。
 どうやら腕を分離させ自由に動かすことで鈍重な本体を防御しつつ、広範囲の攻撃を行なうための機構と見える。
「見た目は珍妙でも、効果は十分に……!?」
 考察は、視界の端に映った光景を見て戦慄と共に途切れた。
 敵の攻撃を抜けて一気に距離を詰めようとしたエールカスタム。その側面から分離した左腕が飛来し、エールカスタムを叩き落としたのだ。大質量の直撃にエールカスタムのフレームが歪み、手足がへし折れ、破片が飛び散る。
 かろうじて原型を留めていた機体は、そのまま推力を失って地表へと落下した。デストロイがズンと一歩を踏み出し、瓦礫の上に落ちたエールカスタムに頭部を向ける。その口部ビーム砲に光が集まっていく。
『シン!』
『まずい、あのままでは!』
 ルナとレイが叫ぶが、アビスもインパルスも敵を引き付け過ぎて動きが取れない。ティトゥスもすぐさま助けに向かおうとするが、
「ええい、邪魔だ!」
 ティトゥスを阻むように、デストロイの右腕がリフレクターを展開しながらオーガアストレイを押し込んだ。しつこく追ってくる右腕を抜けようとするティトゥスの目の前で、デストロイの口からビームの奔流が放たれ──

 
 

 ──掲げたそれぞれの灯を 命と咲かせて──

 
 
 
 
 

 青く輝く地球、その衛星軌道上に浮かぶアメノミハシラ。
 その地球の大地で繰り広げられる血で血を争いを、アメノミハシラから見ることは出来ない。
 だが争いが今そこで起きていることを、開いたハッチの向こうに地球を見つめる巨体は知っている。
 システムオールグリーン。武装チェック完了……掌部ビームジェネレーター、問題なし。

 

 ──握った拳の強さで砕けた 願いに血を流さす掌──

 

 開いた両の掌が、一瞬淡い輝きを発する。輝きが消えると同時に、再び拳が握られる。
 ハッチの先のライトが点灯する──発進のサイン。

 

 ──果てない翼と鎖はよく似て 重さで何処にも行けずに──

 

 足が地面から離れると同時に背中に背負った翼が開き、そこから激しい推力が光と共に吹き上がる。
 無重力に浮かぶ機体が、一気に加速力を伴ってアメノミハシラから飛び出す。
 向かう先は地球──仲間達が戦っている、戦場へ。

 

 ──失くすばかりの幼い眸で 人は還らぬ星を偲う──

 

 紅い痕を目元に刻むグリーンの瞳が、青き星を映し出す。
 そこに戦場がある──そしてそこで戦かっている者こそが、真の主。
 両手の甲から光を迸らせながら、その機体は一直線に大気圏へと飛び込んだ。

 
 
 

 やっぱり駄目なのかと、シンは悔しさに顔を歪める。
 痛みを訴える身体は動かない。機体は損壊し反応しない。
 デストロイの口元には、既にビームが放たれる寸前まで収束している。
 もはや、術は無いのか……やはり自分には、何も出来ることなんてなかったのか。
「……ふざけるな!」
 ギリッ、と歯を食いしばり、シンは痛みの残る身体を動かす。もう動かないと分かっている操縦桿へ、手を伸ばす。
「認められるもんか……こんなところで、死んでたまるか……!」
 少し前まで、死んで楽になりたいなどと思っていたとは思えない生への渇望に、自分でも驚く。
 だがその理由は分かっている──自分は、死ねない。死ぬなんてことは、許されない。
 死ぬということはルナやレイに全てを任せて、俺だけ逃げるということだ。仲間を裏切るということだ。それが、それこそがどんな恐怖よりも怖い。そんなことは絶対に許されない。それだけは、死んでも御免だ!
「俺は、誓ったんだ……ルナと、レイと……仲間と一緒に、ステラを助けるって! だから、俺はぁぁぁーっっ!」
 シンの叫びと共に、デストロイの口からビームが迸る。光の奔流は、真っ直ぐにエールカスタムに向かい──

 
 

 ──掲げたそれぞれの灯を 命と咲かせて──

 
 

「……!?」
 誰もが、その光景をすぐに理解することが出来なかった。
 上空から現れた機体が、デストロイとエールカスタムの間に飛び込んでビームを受け止めた。高出力のビームが、機体の両手の甲に輝く光の盾に遮られて霧散していく。
 ビームが消えた直後、盾を消した機体は背中の左側にあるユニットを展開、長大な砲身を構える。
 トリガーと共に、砲口からデストロイの口部ビーム砲に勝るとも劣らぬ光が迸った。デストロイの左腕がリフレクターを展開し受け止めるが、勢いに負けた腕部が徐々に押し返されていく。
 ビームが消えた時には、押し戻された左腕はデストロイの体に戻っていた。

 

 ──運んで往くことが運命──

 

 シンは、その機体を呆然と見つめていた。
 トリコロールカラーで染められた機体色。兵器的な無骨さと、刃のような鋭さを全身に持つフォルム。
 幾つも翼を広げたように見える、真紅の推進器とそこから放たれる光。鈍い鉄色の輝きを発する関節部。
 機体が、ゆっくりと振り向く。グリーンに輝く目の下に紅い傷のような痕を刻んだマスクは道化か、さもなければ悪魔のような形相だ。
 だがシンは、自分に向けられたその顔と痕を見て──

 
 

 ──輝き刻む 誰もが優しい刻の傷痕──

 
 

 まるで、血の涙を流してるみたいだ──そう思った。

 
 
 

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