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Fortune×Destiny_第23話

Last-modified: 2007-12-05 (水) 09:56:36

23 憎悪、激昂、挫折、絶望、そして……

 

6人はダイクロフトの奥へと足を踏み入れていく。
別段妨害があるわけではない。トラップもなく、護衛兵もいない。
しかし、それは同時にエルレインの自信の程を表しているものだとシンは思った。
「いよいよエルレインとご対面か。一発くらい殴っていきたいところだが、まあ、レンズの奪取が今回の目的だからな。」
シンはやれやれと頭を掻きながらぼやいた。そのシンにナナリーが相変わらずの豪快さで言う。
「いいじゃないか。どうせエルレインの手元にあるんだろ? レンズは。なら、奪うついでに殴ってきゃいいのさ。」
「ナナリー、お前も考えなしだなあ。消耗せずに1000年前に行けたらそれに越したことはねえよ。」
「ロニ、あんた根性なしだねえ。」
「根性なしじゃねえ、慎重と言ってくれ。」
「二人とも、いい加減にしろ。まったく……下手をしたらエルレインと戦わねばならんのに緊張感のない連中だ。」
「まあ、それがいいんじゃないか。がちがちに固まってやられるよりは。」
「物は言いよう、か。まあ、確かにシンの言うとおりかも知れないな。」
「とにかく、行かないと。またレンズを集めて何かしているかも知れないし。」
「そうね、早く行きましょう。」

 
 

エルレインは神の眼の前で大量に集められたレンズに向かい、何かをしていた。
しかし、それはほとんど完了したらしい。6人の侵入に気づいたエルレインは彼らの方を向く。
「エルレイン! ようやく追い詰めたぞ!」
「歴史改変とは随分と無茶苦茶な真似をしてくれるじゃないか。」
激しいカイルと暗い熱を放つシン。
その二人に対して、エルレインはどこか感情だけが存在するような声で言葉を放つ。
「お前たちのために遠回りをさせられた……。神の御遣いたる私が奇跡を起こして人々の信仰を集め……その思いをこめたレンズを集めさせ、私は神を降臨させた。」
どうやら、これまでの経過を語っているらしい。エルレインは続ける。
「だが、時間が経っても降臨した神は十分な力を手に入れることはできなかった。いつまでも神の救いを拒絶する者たちが存在し続けたからだ。」
「あたしたちホープタウンの人間らしいね。」
ナナリーは憮然と言う。シンも言葉を付け足した。
「あんたたちの無茶な態度で絶望に陥ったハイデルベルグやノイシュタットの住民もな。神の救いのせいで不幸になったんだ、拒否して当然だ。」
しかし、二人の言葉など聞こえないようにエルレインはさらに続けた。
「そこで私は降臨の儀式のやり直しをしようとした。私自身にレンズの力を蓄え、それを用いようと。だが、それはお前たちに阻まれ、カルビオラで再度やり直そうとしたが、お前たちの手でレンズは失われてしまった……。」
自分たちに対する恨み言を言っているようだが、どこか様子が違う。
神を拒絶する哀れな人間。そう言っているように聞こえる。
「私に残された手段は、過去に遡り全ての人々が神を信じるようにすることだけだった。その結果……十分な数の人々の思いがこめられたレンズが手に入った。これで完全な神を降臨させることができる。そして、完全な幸福を人々に与えることができる。」
フォルトゥナを完全な形で降臨させるためにはレンズのエネルギーだけでは不十分だ。
人々の思いが必要なのだ。それも、非常に強い願望。何よりも実現したい願望。
そしてその願望を、自分を遥かに超越した存在に叶えてもらいたい願望。
フォルトゥナは人々のそんな思いが生み出した神である。願望を集めれば力も増す。
そして、エルレインは人々の願望が放たれる頭、特に理性を司る前頭葉に一番近い額にレンズを貼り付けることで、人々の願望を吸収した。
人の願望は本能に根ざすものだけではない。理性と組み合わさって初めて人間の願望は生まれる。
本能と理性の配分は願望ごとに異なるが、理性なしには人間の願望は語れない。
それはともかく、エルレインはレンズと同時に願望をも集めることに成功した。
それも、歴史の改変によって純粋な信仰心を含むレンズを数百年分もだ。
「そのための手段が歴史の改変で、天地戦争の勝者と敗者を入れ替えて世界を荒廃させ、さらに荒廃した世界の救世主として地上に降り立つ、か。とんだ三文芝居だ。」
「自作自演ってやつだな。あんたのシナリオ、俺は気に食わないな。悪いがそのシナリオは破り捨てさせてもらうぜ!」
「せっかくの機会を与えたというのに、役通りに動かない三文役者に言われたくはないな。ジューダス、いや、リオン・マグナス。」
その言葉にジューダスとエルレイン以外の全員が凍りついた。
「リオン・マグナスっていや、神の眼の騒乱のときにスタンさんを裏切った、あの!? けど、死んだはずだぞ。」
「無念の思いを残して死した彼に、私はそれを取り戻すために蘇らせたのだ。だが、リオン・マグナスは私に刃向かい、蘇らせた恩を仇で返そうとしているのだ。」
仮面の奥の端正な顔が、苦しそうに歪んでいる。
ジューダスはそれを言い返せないらしい。
「ジューダス、ジューダスがリオンなわけないだろ? なあ、いつものように言ってくれよ、僕はリオンなんかじゃないって!」
カイルは信じたくなかったのだ。
自分たちをずっと助けてくれた、自分のために必要なことを教えてくれたジューダスが、あの裏切り者のリオンだと。
しかし、ジューダスは仮面に手をかけた。
彼にとって、仮面は隠しておきたい過去を覆い隠すものであり、顔はまさしく過去そのものだ。
「そうだ、僕はリオン・マグナスだ。」
仮面の奥から現れた顔は、シンが歴史書で挿絵として描かれたリオン・マグナスのものだった。
18年前と変わらない姿をしているのは、18年前の姿のまま蘇生されたからであろう。
その混乱をつき、エルレインはレンズの力を使った。
強烈な閃光が放たれ、6人は意識を失った。

 
 

リアラが意識を取り戻したのはそれからしばらくしてからだ。
「ここは……。」
彼女の周りには歪んだ球体のような、カプセル型のベッドが大量に並んでいた。
その中で人々が安らかな顔で眠っている。死んでいるわけではない。呼吸もある。ただ寝ているだけだ。
「新しい世界の感想はどうだ、リアラ。」
「これは、いったいどういうこと? エルレイン!」
「見ての通りだ。人々は夢の中で尽きることのない幸福を味わっている。現実では叶わぬ願望も夢の中ではいくらでも手に入る。これが、私が人々に与えられる完全なる幸福……。」
人は現実では実現できないことを夢見ることがある。それは小説や絵画などの形になって書き起こされ、描かれる。その想像力がエルレインに利用された結果がこれだ。
「こんなの絶対に間違ってる! 確かに現実ではできないこともできるかも知れない。でも、こんな虚像がなんになるって言うの!」
覚めることのない夢。確かに幸福だろう。
だが、現実に反映できないものを手にしても何の意味もない。リアラはそう思った。
「言ったはずだ。人々は幸福を望んだ。それも、奇跡の力によるものをだ。虚像であろうとなんであろうと、幸福が尽きなければ人はそれを幸せだと捉える。」
これ以上何を言っても平行線のままだ。
「カイルたちはどこ?」
「彼らもまた目覚めぬ幸福の夢の中だ。彼らが眼を覚ますことは永遠にない。」
「……シンは? 私と同じような存在なら、私と同じように夢の世界には閉じ込められないはずよ!?」
「所詮シン・アスカは紛い物だ。私たちのような聖女でもない。ましてや、完全なこの世界の住人でもなければ元の世界の住人でもない。夢の世界でまどろんでいる。」
エルレインはシンがいかなる存在かを知っていた。
フォルトゥナがシンを「呼び出す」のを見て、彼女はバルバトスとリオン、無念の思いを持つ人間二人を蘇らせたのだから。
「以前に幻術をかけることもできたのだ。今度もかかった。そして、他の者よりもさらに強く願望を引き出してある。夢であることを拒否するほどにだ。」
「…………!」
「人は儚く脆い。それは彼らとて同じこと。お前が思いを寄せるカイル・デュナミスも、一度は運命を打ち破ったシン・アスカもだ。」
「そんなことはないわ! 私は人の強さを、カイルの強さを信じてる! そして、シンも! 私は皆が好き。そして、私はカイルを愛しているから!」
彼女が出した答えだった。自分が誰であろうと、カイルのことを愛していることは違いない。
そして、その気持ちに正直に生きたい。
故に、彼女は決意していた。
全員の夢の中に入り、全員の心を現実へと引き戻すことを。

 
 

シンは幸せだ。今、現在、である。つい何年か前まで戦争があったなど嘘のようだ。
今日は自分の17歳の誕生日だ。5年前のように紅葉したあの山で、家族と学校の友人が自分を祝ってくれるという。
友人と言ってもそうそういない。人付き合いは苦手なのだ。
それに、自分の目を忌避する人間も少なくない。
自分の目に物怖じしないのはプラントからの交換留学生であるレイ・ザ・バレルとルナマリア・ホークくらいだ。
二人は自分の目についてこう表現した。
「なかなか珍しい。しかし、そのままでは目が日光で傷むだろう。紫外線カットのサングラスでもかけておけ。」
「あんた、感情がそのまま目の色で出てくるから、考えてることバレバレ。でも、嘘吐けない人間になりそうだから信用してあげるわよ。」
本当に嬉しかった。以来、この二人とはいい友人だ。
何度か両親や妹のマユにも会わせたが、3人とも気に入ってくれた。
そして、自分の誕生日を心から喜んでくれる、大事な人。
「シーン、おめでとう!」
どこか言葉足らずな、ちょっと甘えた声の少女、ステラ。
この柔らかな金髪と菫色の瞳を持つ少女とは家族旅行でディオキアに行ったとき、海で溺れかけていたのを助けたのをきっかけに、よく会うようになった。
ステラは戦災孤児で、シンに出会ってからオーブに移った。
そして、シンとは別の学校で勉強しているらしい。
彼女は一人暮らしだ。
いつもふわふわしてぼうっとしているように見える彼女が心配で、シンは何度もステラの家に行き、散々世話を焼いている。
シンも彼女が可愛くてたまらない。
ステラの保護者気取りだな、と自分に皮肉を言ったが、ルナマリア曰く、
「それは愛ってもんよ。まあ、頑張んなさい。」
だそうだ。
ステラが自分にどんな感情を抱いているかはわからないが、嫌がっていないことは確かだった。
尤も、それをあまり歓迎しない人間もいる。妹のマユだ。
「お兄ちゃん、ステラさんのところに行ってばっかり。私のことはどうだっていいのね。」
そう言って頬を膨らませたこともある。
シンは妹に頭を下げて謝り、でも、俺にも好きな子ができたりするんだから、と言って何とか納得させた。
自分を慕い、愛してくれる人間がいるというのは幸せなことだ。
そして毎日が平和で、楽しい友人と喋ることも、好きな女の子の世話を焼くことも、家族と他愛のない遣り取りをすることも、何もかもが嬉しい。
「ステラ、ありがとう。俺の家族と友人のところに行こう!」
最初にステラを友人に紹介したとき、反応が気になった。
しかし、ルナマリアは意外と気に入っていたし、レイはレイで無口な者同士、それなりに波長が合ったらしい。万事うまくいっている。
家族も友人も、ステラと一緒に駆けて来たのを見て、にっこりと笑ってくれた。
「さあ、始めましょうか。おめでとう、シン。」
「シン、17歳おめでとう。」
「お兄ちゃん、おめでとう!」
両親とマユからまず祝福され、シンはにっこりと笑う。
タイミングを見計らい、ルナマリアが一歩前に出て、リボンで括られた小包を取り出した。
「シン、あたしたちからプレゼントよ。ほら、前に言ってたでしょ、あんたの目は紫外線で傷みやすいって。だから、あたしとレイからはUVカット加工のサングラス!」
許可を得て取り出してみると、少々色の濃いサングラスだ。試しにシンはそれをかけてみた。
光に敏感なシンだ。十分すぎるほど視界は問題ない。そして、目に入る光が柔らかく感じる。
二人の気遣いにシンは感謝の気持ちでいっぱいだ。
「ありがとう、レイ、ルナマリア。」
ルナマリアとレイはお互いに、よかった、と笑いあい、そしてシンに満面の笑みを浮かべた。
「シン……何か……怖い人みたい……。」
サングラスをかけたシンをステラが少しばかり怖がったので、彼は慌てて額に押し上げた。
「ああ、ごめんごめん。ステラと話すときは外すから。」
「うん……。あ、シン……私からも……プレゼント……。」
彼女が取り出したのは掌に乗るくらいの、木彫りの白いウサギだ。ステラの趣味だろうか。何とも愛らしい。
「可愛いウサギだな。ありがとう、大切にするよ。」
ステラは可愛らしい笑みを浮かべ、たどたどしく口を開いた。
「シンの顔とか手……白い。それに、シンの目……赤い。だから……ウサギ。」
「俺がウサギに見えた?」
彼はにっこりと笑い、飛び跳ねながらステラの周りを回ってみた。
「シン、ウサギみたい。」
ステラが屈託のない笑みを浮かべる。それがたまらなく楽しく、嬉しい。
「このバカップル。」
「やれやれ、俺たちは邪魔者のようだ。離れよう。」
ルナマリアとレイは呆れ気味だ。
「あ、こら、バカップルとか言うな!」
「お兄ちゃん、私達も少しの間退散するから、ステラさんと仲良くね。」
妹のマユもそう言い、両親を引き連れてシンから距離をおいた。
「マユまで! 一体、何なんだ?」
ステラが周囲から誰もいなくなったことに戸惑ったらしい。シンは優しく、そしてやや困ったような口調で語りかけた。
「何か、皆用事があるのかな。それとも、俺たちだけで話をしろってことかな?」
「シン……。ステラとだけ……お話、嫌?」
シンは優しい笑みを浮かべ、ステラに優しく囁きかける。
「嫌じゃないよ。ステラの家に行った時だって二人っきりで話したりしてただろ? 嫌だったらそんなことしないよ。」
「うん……。シン……ステラのこと……好き?」
いきなり言われて、シンは対応に困る。好きだということは間違いない。ルナマリアに指摘されたとおりだからだ。
「あ、いや、その……ええと、何だろう……。」
「ステラ、シン……好き。」
「え……?」
急に柔らかい重みがシンの胸に寄りかかる。
風を纏うかのような服がひらりと、シンが身につけているベージュ色をしたフード付きの上着に巻きついた。
「ステラ、シン、好き。一番……好き。」
「ステラ……。」
シンは優しくステラの体を抱き締め、そしてそっと肩を撫でた。暖かい。
そして、この感触がいとおしい。離したくない。
そんなときだ。どこかで、それも慣れ親しんだような声が聞こえたのは。
「あ、シンだ! おーい、シーン!」
シンは驚き、ばねで弾かれたようにステラから離れた。
声がした方向を見遣ると、金髪のハリネズミと色黒の長身の男、そして淡いピンクのワンピースを身につけた少女がやってくるのが見える。
「あ、カイルじゃないか。それに、ロニ、リアラも!」
カイルたちは少し深刻そうな顔をしている。折角の自分の誕生日に、そんな顔をされても困る。
シンは努めて明るくカイルたちに言った。
「そうだ、3人とも俺の誕生日パーティー、寄ってってくれよ。招待するの忘れたの、謝るからさ。皆のこと、両親やマユにも紹介したいし。」
「えっ!?」
カイルの驚きが増したようだった。
「ん? どうしたんだよ。あ、そうそう、それからこの子がステラ。俺がディオキアに旅行に行ったときに出会ったんだ。」
「こんにちは……。」
ステラはカイルたちに怯えているのか、シンの後ろに回った。
「シン、どうしちゃったんだ? 俺に話してくれたじゃないか。両親も妹さんも、戦争で亡くしたって。そのステラって人も守れなかったって。覚えて……ないのか?」
言っている意味がわからない。何か胸がしくしくと痛む気もするが、気のせいだろう。
「何言ってるんだ、皆ちゃんとここにいるんだ。ほら、バカなこと言わないでさ、一緒に楽しもう。」
カイルはリアラによって夢から解放された。だからわかる。シンはこれが夢だと思いたくないのだと。
シンの望むものは暖かく、優しい世界だ。この夢は失われたものが全て手元に戻っている。
家族も、守りたい人も、シンは失っている。
それに囲まれる世界は、まさしく暖かくて優しい。
しかし、この世界は作り物だ。エルレインが作り上げた、夢幻の世界なのだ。
こんなものは何の意味もない。カイルは荒療治になるだろうこと予感がしていた。
この世界の心地よさはシンの心の傷の深さに比例している。
そして、そこから解放することは、シンにある深い心の傷をもう一度抉るようなものだからだ。
しかし、シンが望んだ本当の幸せは自分と同じように、こんなものではなかったはずだ。
カイルは自分がしようとしていることを信じることにした。
カイルは決意を込め、シンをある場所へと引っ張った。
「シン、こっちに来てくれ!」
以前、カイルは聞いていた。家族を亡くしたとき、脱出するための船に乗るために港へ向ったことを。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。こっちには港しかないんだ。それに、俺はあそこに行くのは好きじゃないんだ!」
理由はわからないが、シンはあそこに行きたくないのだ。
マユやステラも近づきたがらない。だから、自然と避けるようになっていた。
「いいから、来てくれ! 話があるんだ。」
シンは3人に港へと連れてこられた。元々は小さな漁港らしい。
斜面に花が植えられ、端の方には何かの石碑が建っている。
心配したのか、両親とマユ、ステラ、そしてレイとルナマリアもついてくる。
「こんなところで話ってなんだよ、皆。俺は……。」
「シン、その3人は誰だ?」
「あーもー、あんたたち、何なのよいきなり!」
レイとルナマリアが抗議の声を上げるが、カイルはそれを無視してシンに言う。
「シン、よく聞いてくれ。この世界は作り物だ。そこにいる皆も、ほんとはいないんだ。」
そんな馬鹿なことがあるか。シンの瞳はそう言っていた。それを見てカイルは悲しくなった。
シンにとっては何よりも幸せな環境である。しかし、ここから出なくてはならない。
「悪い冗談はよしてくれよ。それとも演劇の練習でもしているのか?」
「俺の眼を見てくれ! これが嘘を言っている目に見えるか!? シン、頼むから思い出してくれ! 俺たちが何のために旅をして、戦ってきたのかを。」
「そうだ、シン。お前は言ってたじゃねえか。『俺は皆の仲間で皆の英雄だ。俺が立ち直らないわけにはいかない。何が何でも歴史を戻す。』って。あの時のお前はどうしちまったんだよ!?」
真摯な瞳で訴えるカイルと、真剣な調子で言い募るロニ。シンの心が揺らぎ始める。
そして、とどめの一撃にリアラが言う。
「シン、あなたは私たちの英雄なの。誰にも変えられない、皆の大事な仲間なの!」
仲間。続けた旅。シンの記憶の淵に閉じ込められたものが浮上してくる。
そして、苦痛も同時に湧き上がり、それはそのまま作り物の世界の光景となってシンたち4人に襲い掛かった。

 
 

彼らは先程と同じ港にいた。
ただし、石碑も斜面の花壇もない。花壇があった斜面は森になっている。
港は人でごった返している。我先にと逃げ出そうとして船に乗り込んでいるようだ。
場面が変わり、斜面の上に4人は移動していた。
そこにいたのは、14歳を間近に控えたシンと、シンの両親、そして彼の妹のマユだ。
走っている。戦場となったオーブから脱出するためだ。
オーブ上層部は住民全員が避難したと思っていた。
しかし、彼らが住んでいた地域にだけ、何故か連絡が遅れた。
さらに国営企業モルゲンレーテに勤めていたシンの父親の都合もあり、家族の合流が遅れてしまった。
「マユ、早く!」
いつ船が出航するかわからない。
乗り遅れてしまったらコーディネイターであるアスカ一家は無事ではいられまい。
攻め込んできたのは地球連合軍である。
そして、その上層部を支配しているのはブルーコスモスだ。
コーディネイターの存在を許さない、頭の固い連中ばかりである。
幼いながらもシンはそれを漠然と感じていた。急がなくてはならない。
頭上を緑色の別のものを載せた、黒い鳥のようなモビルスーツが飛んでいき、強烈な風を巻き起こす。
アスカ一家は頭を押さえながら屈み、モビルスーツをやり過ごした。
「港までもうすぐだ! 頑張って!」
そのとき、マユが携帯電話を落とした。それは斜面を転がり、かなり離れたところにある木の根元に引っかかる。
マユが、両親にせがんで買ってもらった宝物だ。
ニュートロンジャマーの影響で使いにくくなっても、カメラで兄であるシンや両親の写真を画像データとして内部に保存している。
妹がどれだけ大切にしているかわからないものだ。
シンは自分の荷物を放り出し、木の根に引っかかった携帯電話を取りに行く。
そして、シンがそれを手にした刹那、それは起きた。
連合軍のモビルスーツを追い払おうとしていた、10枚の青い羽を持つモビルスーツから放たれた閃光が、シンがつい数秒前までいた空間に突き刺さった。
熱膨張によって巻き起こされた爆発で、シンは吹き飛ばされ、斜面を転がり落ちていった。
「う、うう……。」
「大丈夫か?」
住民の避難のために港にいたオーブ軍の年嵩の士官が自分を気遣って駆けて来る。
シンは朦朧とする意識の中で、家族の姿を探した。そこにあったのは。
ちぎれた妹の腕、血まみれになって転がっているマネキン人形のようなもの。自分の家族の成れの果てだった。
彼は、一人になってしまった。
そして、自らの家族を奪ったもの──連合軍、故国、そして10枚羽のモビルスーツ。
「あ……ああ……うわああああああああああああああ!」
シンは空に向って嘆きの叫びを上げていた。
憎悪の泥濘にまみれながら。

 
 

一度思い出すと、苦しい記憶がさらに舞い戻ってくる。
自分の背後に立っていた両親とマユが消え去り、ベージュの服が赤いザフト軍の制服に変わったことにシンは気付いていなかった。
彼の苦しみが、さらに目の前で展開されていたからだ。
彼らは焼け、荒れ果てたベルリンにいた。
シンのフォース形態に酷似した機体、インパルスの前には黒く巨大なモビルスーツ、デストロイが存在している。
そして、あの巨大なモビルスーツ、カイルたちにとっては恐ろしく巨大なゴーレムの中にステラがいる。
カイルはリアラやロニに、シンから聞いた話を教えていた。
シンが封じていたい記憶が何なのか絞れないから、と。
本来なら電波での交信なのに、シンとステラの遣り取りが聞こえてくる。
「やめるんだステラ、ステラ!」
10枚羽の機体、フリーダムが黒い機体へと向っていく。
しかし、シンはそれを見て怒りにかられた。
「やめろ! 何も知らないくせに! あれは……あれは!」
守ると約束した少女が乗っている。いや、乗せられている。死なせるわけにはいかない。
死にあれだけ怯えていた彼女を死なせるわけにはいかないのだ。
シンは最早ステラを助けることしか頭になかった。
軍の立場も関係ない。シンはインパルスのビームサーベルを抜き払い、フリーダムに斬りかかる。
フリーダムは慌てたようにインパルスから離れた。
フリーダムがデストロイからある程度距離をおいたことを確認したシンは、ステラの乗るデストロイへと近づいていく。
ビームサーベルを収め、ビームライフルを捨て、盾も構えていない。全くの無防備でだ。
「いや、いやあああああ!」
巨大な黒い機体の指から緑色の奔流が放たれる。
しかし、シンの乗るインパルスはそれを避けるでもなく近づいていく。
ビームの方から離れていくように、インパルスに緑色の閃光は当たらなかった。
「やめるんだ、ステラ! 俺が! 君を守るから!」
「シン……?」
デストロイの動きが止まった。シンのことを思い出したらしい。
ステラのブロックワードである「死」に、死の色の瞳を持つ少年の言葉、「守る」が上書きされていた。
「死」は「守る」に繋がり、彼女を怯えさせるものではなくした。
そして、シンを思い出したのだ。
自分を優しく抱き締めてくれた、そして優しい言葉をかけてくれた存在である彼を。
しかし、ステラの安らぎは一瞬で終わった。
彼女が慕っていた存在を撃ち落したもの、それがインパルスの背後にいる。
「あ、だめ、いや、いやああああああああ!」
ステラは「怖いもの」であるフリーダムを排除すべく、三連装複列位相エネルギー砲、スーパースキュラのエネルギーをチャージする。
「ステラ、やめるんだ! ステラ!」
しかし、それは発射されなかった。
自分達のしていることが絶対正義だ、と信じている者たちの機体、フリーダムのビームサーベルがスーパースキュラに突き刺さる。
「ステラ……ステラアアアアアア!」
ステラの悲鳴のように、デストロイの口吻部に備えられたビーム砲、ツォーンMkⅡが狙うべきものもなく放たれ、そして、デストロイは斃れた。
シンは急ぎデストロイのコックピットを開け、ステラを助け出そうとする。しかし、彼女は装甲材やモニターパネルの破片で全身を貫かれていた。
「ステラ……。」
「シン……会いに……来た……。」
「うん……うん……!」
「シン……ステラ……守るって……。」
「ステラ……!」
「シン…………好き……。」
彼女の体から力が失われた。シンは己の無力さ、そして、理不尽にもステラの命を奪った存在への怒りを、灼熱の激昂を叫びへと昇華させていた。

 
 

シンの背後で、ステラの姿が消えた。そして、手に持っていたはずの木彫りのウサギが消え去る。
「あ、ああ……!」
カイルたちとともに、苦しみの光景を見ていたシンががっくりと膝をついた。
木彫りのウサギが消えるということは、ステラがもう存在していないことをはっきりとわからせるには、十分過ぎたからだ。
しかし、シンの苦しみの光景はまだ続く。
白砂に覆われた月面の、少し宇宙寄りの空間で、その激闘は行われていた。
血涙を流すような顔、そして光の撒き散らすシャープな赤い翼と大剣を持つ機体、デスティニーと、
赤いボディと巨大な盾、反り返った棘のような物を足に取り付けた機体、インフィニットジャスティスだ。
「くっそー! 何であんたなんかに! 」
「もうお前も! 過去に囚われたまま戦うのはやめろ! 」
「あ……。」
「そんなことをしても、何も戻りはしない! 」
「な、何を!」
「なのに未来まで殺す気か! お前は!」
「は!」
「お前が欲しかったのは本当にそんな力か!」
「くっ……。」
激しい火花が散り、ビームの応酬が繰り返される。
「だけど! だけどっ! 」
そこにインパルスが割り込んだ。
声を聞く限り、どうやらルナマリアがインパルスに搭乗しているらしい。
「シン! もうやめて! アスランも!」
シンにはルナマリアが裏切ったように見えた。自分が守ると言ったのに。
この裏切りはどういうことだ。シンの怒りが沸騰する。
「……!」
「やめろおお!」
「あ……。」
「くっ!」
インフィニットジャスティスのパイロット、アスランは全身に取り付けられたビーム刃を全て出力した。
「この馬鹿やろう!」
「うわあぁ!」
デスティニーは武器どころか全身を切り裂かれ、白い砂漠のような月面に叩き付けられた。
シンは何とかデスティニーのコックピットから這い出した。
そして、彼の瞳には自分が守っていたはずの要塞、メサイアが爆砕する様子が映っていた。
「くっ、くそっ、くそおおおおおおおおお!」
あまりにも簡単に破壊された守るための力、そして守りたかったもの。
彼は挫折の逆風に嘆くことしか出来なかった。

 
 

シンの背後で、今度はレイが消えた。
そして、自分の額に押し上げたはずのサングラスがなくなり、サングラスと一緒に押し上げた髪が額にかかる。
そして、シンたちは神殿のような場所にやってきた。
そこにいたのはフォルトゥナだった。
彼女は無数のレンズを集め、一つの高密度の結晶球体へと作り変える。そして。
「この場に嘆きの英雄を生み出さん……。」
シンはその言葉で凍りついた。
そして、その球体に光が宿る。それを中心にして光が徐々に人の形を成していく。
その場に現れたのはシンだった。いや、シンの姿を何かだった。
「これは……転移なんかじゃない。俺たちが見たリアラの時間転移はもっと光が現れてからその中から人が出現するって感じだった。これはまるで……。」
そう。この世界に存在する「シン」はシン本人ではない。
フォルトゥナが自分の目的のために、異世界のシン・アスカの魂をコピーし、容姿や性格を模して作られた存在だった。
いかに神とはいえ、異世界にいる人間を転移させることは出来ない。
できるのは異世界の様子を見ることと、その魂の全貌を観察し、複写することだけだ。
シンが違和感を持った宗教関連に関する知識は、フォルトゥナが必要だと判断して記憶を引き出しやすく調整していたからだ。
フォルトゥナはそのコピーを「呼び出した」と表現していたに過ぎない。
彼女にとってはコピーであろうと本物であろうと、その人物の姿形、そして機能さえ揃っていればそれでいいのだろう。
「あ……あ……。」
帰るべき世界など、彼にはなかった。
それがわかった途端、シンの背後に最後まで残っていたルナマリアの姿が消え去った。
それは、シンにとっては元の世界そのものが消え去ったのと同じことを意味していた。
目の前の記憶の光景は、作り出されたばかりのシンが、フォルトゥナの前に座り込んでいるところが映し出されていた。
「シン・アスカ。お前をこの世界に呼んだのは、この世界の変革のためです。」
「何故、俺を選んだ? 俺にそんなことができるわけがない。」
「お前選んだのは、その無念さを生かしてほしいからです。お前が何を望んでいたのか、どうすれば人は幸せになれるのか。よく知っているはずです。」
「俺はそんなことについて詳しいわけじゃないんだぞ。ろくなことにならないに決まっている。」
「いいえ、そんなことはありません。お前にエルレインやリアラと同様の奇跡の力を与えます。この力を使って人々を幸福に導くのです!」
フォルトゥナはリアラが向った10年前の世界へとシンを転移させた。
同時に、周囲の空間は漆黒の闇に覆われた。
憎悪の「泥濘」。「灼熱」の激昂。挫折の「逆風」。そして、それら全てを内包する絶望の「闇」。
それが今のシンに心にあるものだった。
自分とは一体なんだったのか。自分がしてきたことを否定され続けている。
自分の存在を否定されて平穏でいられる人間など存在しない。たとえ作り物であったとしてもだ。
「うわあああああああああああああ……ああああああああ…………ああああぁぁぁぁぁあああ!」
シンは頭を抱え、涙を流した。
苦しみと悲しみを吐き出そうとするかのように。
カイルはシンの両肩を強く掴み、ほとんど叫ぶようにシンに言う。
「シン、シンは確かに作り物かもしれない! けど、俺たちを助けてくれたのはここにいるシンなんだ! シンが本物であろうと作り物であろうと、俺たちはここにいるシンが好きなんだ!」
「そうだぜ、俺たちにとっちゃお前がシンなんだ。本物偽物関係ねえ。それでも拘ったってな、お前は今生きてるんだよ!」
「そうよ、あなたは今を生きてる。私たちと同じように。だから、私たちと一緒に歩きましょう。ね?」
優しい3人の言葉が傷んだシンの心を優しくくすぐる。
そして、シンはまだ涙を零しながら顔を上げた。
「……すまない、皆。……俺の旅の目的を変更! 元の世界に帰れないなら、徹底的にカイルを助ける! そして、どこまでカイルが進めるのかを見届ける! そうしたら、本当の暖かくて優しい世界を見ることが出来そうだからな。」
「シン……!」
「嘆いているだけじゃな。何も進めやしない。古傷抉られた恨みはエルレインに数倍返しする。俺はどこまでも進んでやる。そして、俺は信じる。カイルが作る世界をな。」
シンは零れる涙を軍服の袖で拭き、充血した目でウインクしながら右手の親指を立てた。
「無理、すんなよ? だってよ、そう割り切れるもんじゃねえし、もうちっと休んでいけよ。」
「そういうわけにはいかないさ。ナナリーやジューダスも俺と同じ目にあってるはずだ。助けに行かなきゃ。」
「それはそうだけど、いいの?」
心配するロニとリアラにシンは笑顔を見せた。
「俺を誰だと思ってる? 俺は5人のためだけの英雄、シン・アスカだ。さあ、行こう!」
シンの心はまだ疼いていた。しかし、彼は心の中に希望を抱いていた。
「自分は一人ではない、頼れる、頼りにしてくる仲間がいる。」
と。そして、仲間のために力を振るいたい、と。
シンは決意を新たにしていた。