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Fortune×Destiny_第33話

Last-modified: 2007-12-02 (日) 16:48:00

33 破滅の予兆

 

7人は現代へと戻ってきた。時と歴史を巡る戦いは、一応カイルたちの勝利という形で終わった。
しかし、まだエルレインが残っている。次の行動をどう起こすのか、それがわからない。
ただ、現在は八方塞のはずである。まず行動は起こせまい。
その間に体を休めるほかはない。体力を蓄えるのも、冒険者の仕事だ。
「やれやれ、やっと現代に戻ってきたか。」
一行がたどり着いたのは早朝のハイデルベルグだった。歴史がほぼ元通りに戻ったらしい。
二つの時代の英雄と共に戦い、そして取り戻した歴史だ。嬉しくないわけがなかった。
「これで元通り、ということか。」
一望した限りは歴史改変の痕跡などない。ただし、自分達の存在を完全に隠せたわけではないだろう。歴史家達が「歴史の影に隠された謎」を解き明かすために血路を上げているかもしれない。
それに関してはまた本を読めばすむことだ。
まずはウッドロウ王に報告しなくてはならない。無論、歴史改変のことではなく、レンズの処分のことだ。
シンもうっかり忘れかけていたが、ファンダリアから集められたレンズが強奪され、それを奪還する任務を与えられていたのだ。
レンズを搭載した飛行竜ごと撃墜して、海に沈めたことを報告しなくてはならない。
レンズを海に沈めるというのは、実は非常に危険な行為だ。
レンズを取り込んだ生物はモンスターになる。海洋生物でもそれは変わらない。
簡単に言えば、カルバレイス周辺海域のモンスターを増加させたということになる。これでは船の運航に支障が出るだろう。
ファンダリア兵が海洋モンスターの排除に向かうことになるかもしれない。
今回は明らかにアタモニ神団に問題があったので、賠償金を請求することも出来るのだが。
とにかく、事情はどうあれ報告しなくてはならない。
「さてと、ハイデルベルグ城に行こうか……ん、なんだこれ?」
歩き出そうとしたシンの足に、何かが引っかかった。足元を見ると、大振りな斧が転がっていた。あのバルバトスの斧だ。
「げっ! 執念深い斧だな。ここまでついてくるなんて呆れるぞ、全く……。」
時間転移に巻き込まれたのだろうが、バルバトスの執念が宿っていそうな斧だ。シンの背筋が凍る。
しかし、ロニはそれを拾い上げた。そして、血の跡と思われるシミを見つめ、口を開いた。
「こいつは俺が使う。バルバトスの野郎のためじゃねえ、俺のためだ。俺はスタンさんを死なせる要因作っちまった。だから、二度とそんなことを自分にさせねえ。こいつに執念が宿ってるなら、俺はそいつに勝ってみせる。」
ロニの言っていることはシンには理解できた。シンもハロルドから与えられた、ソーディアン・ベルセリオスのプロトタイプをアロンダイトと命名した。理屈は同じだ。
自らを律するために罪を背負っていこう、という姿勢は。
「改めて出発だ。ウッドロウ陛下も首を長くしてお待ちのはずだからな。」
シンは相変わらず、目上の人間に対する態度は一貫している。
ハロルドだけは別だったが、軍属でなかったときだったため、そして軍属になってからも彼女が堅苦しいのを嫌ったためだ。
基本的に礼節を立てることにしているらしい。
「シン、何で陛下なんだ? 俺たちはさん付けでいいって言われたのに。」
「俺がその場にいなかったのを忘れたのか? 許可貰ったのはカイルとリアラとロニだろ。俺は含まれてない。」
「そんなの気にしなくたっていいのに。俺たちと一緒にいるんだしさ。」
「許可を得ずに行動して、無礼だと思われたくないな。陛下に許可をもらえたらそうするし、俺から願うようなことじゃない。」
オリジナルのシンも、普段は軍服など着流しに過ぎないが、必要なときには襟を閉めなおしていた。
普段はいい加減に見えて、実は礼儀にはうるさい方だ。ただし、慣れないところはどうにもならないが。
しかし、メサイア配属になってからデュランダルにはよく会っていたので、礼儀に関してはそれなりに教育された方である。
相手に失礼になってはいけない、という配慮はいいのだが、真面目すぎる部分もあるらしい。
「まあ、いいよ。俺たちが聞いとくから。それで許可貰ったら、シンもさん付けで。それでいいよね?」
「ああ、それなら失礼はないだろう。」
喋っている間に一行はハイデルベルグ城に到着した。
ハイデルベルグ城の兵士に取り次ぐ必要はなかった。カイルという顔パスがある。
カイルは取り次ぎなしに出入りすることを許されていたので、その後ろについて行けばいいだけだ。
「でも、結局俺の力で取り次ぎなしってわけじゃないし。」
「いつかは認められるから、大丈夫。それに、エルレインの手にレンズが渡ることを防げたじゃないか。」
「それは皆がいてくれたから……。」
シンは言葉を選びながらゆっくりと紡ぐ。
「俺は戦術指揮官やってるけど、実質的に方針決めてるのはカイルだ。端的に言うとリーダーはカイルなんだよ。そのリーダーが率いている仲間が防ぐ。その功績は主にカイルに行く。そんなもんさ、軍功なんて。」
「何か、それだと皆に悪いように思うんだけど。」
「そう思ってくれるだけで十分さ。な、皆。」
シンは笑みを浮かべて残る5人の顔を見る。全員が頷いた。カイルは少々恥ずかしそうに、だが嬉しそうに頭を掻いた。

 
 

ハイデルベルグ城は質実剛健をよしとするファンダリアに相応しい、実用性を持った城だ。玉座の間までは複雑に道が入り組んでいる。
しかし、カイルは既に勝手を知っていた。それはハロルド以外のメンバーも同じである。何度か足を踏み入れているのだから。
その玉座の間の扉をカイルが叩いてから中に入る。
「ウッドロウさん、ただいま戻りました。」
「よく戻ってきた。ご苦労だったな、カイル君。」
ウッドロウはにこやかに出迎えた。ただ、ハロルドが加わっているのが気にかかっているらしい。ナナリーが加わったときもそうだったが。
こちらの世界ではハイデルベルグが襲撃されてから3日程しか経過してはいない。
その間に仲間が2人も増えていれば驚いて当たり前だ。
シンたちが体感している時間は、もっと長い。少なく見積もっても一週間は経過している。
しかも、起きていた事態が事態だ。精神的な体感時間はさらに長いだろう。
「リアラは救出できました。ただ、レンズのことですが。」
「うむ、報告は受けている。飛行竜と共に海に沈んだ、と。」
「すいません、結局奪還は出来ませんでした。」
「いや、レンズの一極集中を防げただけで十分だ。ありがとう。」
カイルが笑顔を見せたので、シンは一歩前に踏み出て、口を開いた。
「国の政治に口出しするようで僭越かとは思いますが、アタモニ神団からは何か回答は得られましたか?」
「いや、まだ何の回答も得られていない。というより、どうやらエルレインは出奔したらしい。トップが消えてしまって責任者の選出で追われているそうだ。これでは正式回答はまだ先になりそうだ。」
ウッドロウの言葉にシンは引っ掛かりを覚えた。出奔ということは、最早アタモニ神団を利用する気はないということだ。
しかし、歴史改変までして「人々を幸福に導く」ことに固執しているエルレインが、そう簡単に諦めるとは思えない。
全く違う方法による「救い」の準備に着手しているかもしれない、ということも考えておかねばならない。
「それから、君たちにずっと言いたかった事なんだが。」
ウッドロウが再び口を開いた。思わずシンは返事をしてしまう。
「はい。」
「18年前のダイクロフトに、君たちによく似た7人がいたんだが、何か知らないか?」
シンは思わず左手で側頭部を撫でた。歴史修正の都合でバルバトスを退けたときに目撃されている、というより助太刀している。
これでは自分達が歴史を改変したようなものではないか、とシンは思った。
しかし、大筋は変わっていない。現にほぼ元通りの流れだ。
それに、この状況で知らないというのも、問題がありそうだ。
国の重要文化財であるイクシフォスラーを拝借したこともある。
7人は言うべきだろう、という結論に達した。
しかし、まずは人払いしなくてはなるまい。
この手の情報を外に漏らすわけにはいかないのだ。
「陛下、申し訳ありませんが、我々だけで……。」
「わかった。」
ウッドロウは護衛兵たちを玉座の間から出すと、シンに話を続けるように促した。
「では、結論から言わせて貰いますと……知っています。間違いなく我々です。」
「ほう、ということは時間転移をしてきたということだね。何の目的か、教えてもらえるかな。」
ウッドロウの口ぶりは、相変わらずの穏やかさだったが、歴史改変が目的なら許さない、という雰囲気が伝わってくる。
当然だろう。自分達も許せなかったのだから。
「我々はエルレインよって引き起こされた歴史改変を、修正するために時間を旅してきました。原因は天地戦争時代にまで遡りました。」
シンはウッドロウに説明し始めた。
まず、飛行竜を撃墜してから時空間に歪みに巻き込まれたこと。
巻き込まれた先がエルレインによって歴史を歪められた現代だったこと。
その原因が天地戦争時代にあったこと。
天地戦争時代で仕掛けた歴史改変がうまくいかなかったときの保険を潰しに、18年前のダイクロフトに行ったこと。
それらを話した。ただし、自分が異世界の人間のコピーであることは伏せておいたが。
「ただ、やはり我々が各時代に存在したことで、多少の歴史の歪みが生じてしまったことは否めません。」
シンの表情は暗い。結局は歴史を取り戻すことなど不可能だったのかもしれない、と。そのシンを見たウッドロウは努めて明るく言う。
「しかし、君たちは誠意を尽くして歴史を取り戻そうとしてくれた。それは感謝しているよ。」
「ありがとうございます。あ、それからこのことは……。」
「わかっている。誰にも言わないよ。今日は城に泊まっていってくれたまえ。今の私には、それくらいしかできないのでね。」
「お気遣い、ありがとうございます。」
7人は以前に泊めてもらった部屋に案内された。時間はたっぷりある。7人は明日の昼まで自由行動をとることにした。
めいめいが好きな方向へ向かう中、ハロルドはシンを連れて外に出かけるという。
「ちょっと図書館に行ってくるわ。1000年の間にどう変わったのかは見ておきたいしねー。」
シンにしても、どの程度歴史が変わっているのかは確認しておく必要がある、と思ったらしい。
無理矢理に連れて行かれる、という状況ではないらしい。
「んで、シン。図書館ってどこ?」
「歴史が変わってなかったらあそこの門。」
神の眼を巡る騒乱の際にハイデルベルグの半分が壊滅した。
騒乱で破壊されなかった旧市街と騒乱の後に作り直された新市街の境界にある門が、そのまま図書館になっているのだ。
ただし、それは歴史改変させる前の話である。自分達の不都合のせいで変わっている可能性もあるのだ。
直接関係なくても「風が吹けば桶屋が儲かる」理論で玉突き状態で作用することもあるのだから。
「ブラックユーモア言ってどうするの。」
しかし、それは杞憂に終わったらしい。シンの記憶どおり、元の歴史どおりに図書館はこの門にあった。
「さてと、いろいろ調べてみるか。」
「多分ハロルドが見てもつまらないと思うよ。レンズ技術は1000年前の方がすごいし。俺の想像だけど、ベルクラントとソーディアンの威力が強すぎたせいで技術の大半が破棄されたんじゃないかな。」
シンは手近にあった「天地戦争の軌跡」という本を本棚から取り出し、自分達に関する記述がないか探し始めた。
「そうねえ、見た感じレンズの技術に関しては目新しいこと書いてなかったわね。」
「そうだろうな。大体、天才ハロルドの意欲を満たせるような……ん、ちょっと待て。今、『書いてなかった』って言わなかったか?」
彼は歴史書を持つ手を戦慄かせながらハロルドの方を見た。彼女の足元には既に本が山と詰まれている。
「それがどうかした?」
「もう読んだのか!?」
「うん、速読できるし。あ、シン。後その本だけだから読み終わったら貸して。」
これは速読というレベルではない。ページ一つ一つに描かれた絵を使った簡単な動画(パラパラ漫画)を見るように、片っ端からページをめくったとしか思えない。
「……動体視力いいのか?」
「うん、あたし天才だし。」
嘘を言っているようには聞こえない。ハロルドの超速読にはついていけない、とシンはハロルドと一緒にこの本を読むことにした。
「俺が知ってる限り、ハロルド・ベルセリオスは助手なんかいなかったはずだし、護衛兵もそんなに強いという記述はなかった。けど、ここを見てくれ。」
「ふんふん、確かにあたしに助手がいたことになってるわね。それに助手を含めた6人の部下が恐ろしく強いことになってる。あたしが製作したHRX-2型を破壊したことまで載ってるわね。」
「……しかも、その正体は一切不明、助手は黒髪と白い肌、赤い目の男で、日光を嫌っていた。一説によればハロルド博士が捕獲し、調教したヴァンパイアではないかという説も……俺って吸血鬼に見えるのか……?」
歴史書は「可能性」が書かれた物である。
実際のところ、本当のことなどそこには一切存在しない。ある者は言う。「歴史とは歴史書を書いた人間が信じる過去だ」と。
しかも、その歴史書すら読み手側の解釈によって少しずつずれていく。
最終的には事実とは大きくかけ離れたものへと変化してしまうのだ。
それを知っていたハロルドは面白がって、後世の人間に自分を男だと思わせようとしたのだが。
「まあ、あんたのデスティニー形態見てたらそんな風に見えるわよねー。あ、それについても書いてるわ。……彼が持っていた大剣は斬りつけた相手の血を吸い取ることが出来た。彼は戦いが終わった後に吸い取った血を啜っていた……ほんとに吸血鬼にされてるわね。」
「はあああ……。」
「まあ、いいじゃない。あたしなんか『実験すら失敗しなかった天才科学者』なんてこと書かれてるし。いくらあたしでも実験段階じゃ失敗くらいするわよ。実際あんたが持ってるアロンダイトはソーディアン・ベルセリオスの失敗作だったわけだし。」
「事実とは異なるものが書かれる、そして、書き手が信じたい歴史に変化していく、というわけか。ああ……。」
自分が吸血鬼にされたことは勿論ショックだが、それが歴史書に載るようでは少し面倒だ。
例えば、本来そんな事実は存在しないのに、自分達の歴史介入によって、それを研究対象にする歴史学者が現れても不思議ではない。
そうなると、本来別のところで研究が進むはずだったのに、その研究が遅れ、自分達に対する研究分野が発達する、などという事態になる。
こうなってしまうと人の生き方や生活環境を捻じ曲げてしまうのだ。
幸い、そこまで変化をもたらしている様子はないが、油断していると前述のような事態が発生してもおかしくないのだ。
「さてと、本は読み終わった。この後どうするかだが……。」
「時間軸の計測でもしようか。エルレインとかいう神様の力使うのが、今行方不明なんでしょ? 調べとかないとね。」
「……そうだな。」
シンはジューダスの様子を思い返しながら生返事をしていた。
シャルティエを喪ったジューダスは平静を装ってはいたが、かなりショックを受けていた。
背中に入れていた鞘に手を伸ばし、話しかけようとして気付く、という動作を何度も繰り返している。
歴史改変を防いだとはいえ、痛手は大きかった。それに、これはジューダスの武器がなくなったということでもある。戦力的にも大きな問題だ。
「ちょっと……武器屋に行ってくる。昼頃までには城に戻るよ。」
シンはこっそりと、あるものを天地戦争時代のスパイラルケイブから持ち出していた。生体金属、ベルセリウムだ。
ハロルドが発見した元素らしいこの物質は、生体物質に対する拒絶反応が少なく、毒性が皆無に等しい。
また、晶術と組み合わせると人間の意志を反映した動作をもたらすという。
このベルセリウムは、限りなく生物に近い機械と呼ばれる飛行竜にも用いられており、生体金属という呼称がつけられているのだ。
ハイデルベルグには天地戦争時代から武器を作り続けている、ウィンターズという武器職人の一族が住んでいる。
ベルセリウムを欲しているという店の主人に頼んで、武器を作ってもらうつもりなのだ。
シンはウィンターズに、ソーディアン・シャルティエの形状をした剣を作ってくれ、と頼み込んだ。
ウィンターズは裏切り者の剣のレプリカなど作ってどうするつもりだ、と反発した。
だが、シンは実用性の高い形状をしている、誰が使っていたかは問題にしないでくれ、と譲らない。
渋るウィンターズに、持ってきたベルセリウムの内、半分は自由に使っていいと持ちかけた。結局、ウィンターズはシンの熱意に負けたらしい。
ベルセリウムを使った合金でならば、5時間で剣を完成させてみせると彼は言った。代金は要求されなかった。ベルセリウムの一部を代金の代わりにするとのことだ。
シンは自分で、これはジューダスには残酷なことをしていると思っていた。
形や性能がどれだけ似ていても、シャルティエでないことには違いないのだ。
ましてや、これから天地戦争時代に戻ってシャルティエの人格をコピーすることができたとしても、ジューダスと共に歩んだソーディアン・シャルティエとは全くの別物になる。
さらに、作ったばかりのそれを18年前の神の眼に刺し、代わりに今まで使ってきたシャルティエを刺さなくてもいいようにすれば、今度は完全に歴史の改変になってしまう。
「過去を否定しないと誓った」と明言しているジューダスには、余計に苦痛である。戦力維持という観点から鑑みても、これしか方法はない。
わざわざソーディアン・シャルティエのレプリカを注文したのは、別の形状の剣を注文したとして、慣れるまでにどの程度時間がかかるかわからない、という理由だ。
ジューダスのこと、仲間全員のことを考えての選択だった。
それでも彼は自分が嫌になった。こんなものを渡すのは、ジューダスに対する嫌味になりかねない。
「くそっ、俺は何をやってるんだ……!」
自分に怒りを叩き付け、シンはハイデルベルグの近くの雪原に座り込んだ。
3度ほどモンスターの群がやってきてシンを襲ったが、八つ当たり同然の攻撃で全て鎮圧させた。
モンスターたちも、怒りに満ちているシンに近づくのは得策ではないと判断したらしく、それっきり襲っては来なかった。
「けど、取り下げたりは出来ない。それに、戦力確保ということに関しては間違ってないはずだ。」
5時間の間にそう結論付け、彼はウィンターズの武器屋に向かった。

 
 

「どうだい、ソーディアン・シャルティエのレプリカの完成だ。ジェルベ紋様を作るのに手間がかかってしまったけど、その分出来は保証するよ。」
シンはウィンターズから渡されたシャルティエのレプリカを手にした。
本物よりも少々軽く、刀身の輝きも若干レプリカの方が増しているようだ。
ただ、かなりディテールには拘ったらしく、刀身の形状やバランス、反転したナックルガードから柄の膨らみまで本物そっくりだった。
「注文どおりコアクリスタル入れるとこには穴を開けておいたよ。でも、そこに宝石か何か埋め込むのか?」
「ええ、まあ。雰囲気だけ演出しますから。素晴らしい出来です。ありがとうございました。」
予定では、ハロルドが幾らか持っているコアクリスタルの失敗作を拝借して、ハロルドの手で完成させるつもりだ。
問題はハロルドが応じるかどうかだが、その時はまた実験台になればいい。
投薬や機械埋め込みも覚悟しなくてはならないが、これも仲間のためである。
ウィンターズに礼を言い、首がもげるほどに頭を下げ、まだ隠し持っていたベルセリウムを幾らか手渡してから、武器屋を後にした。
「さてと、ハロルドに頼まなきゃな……。」
城に戻ったシンはハロルドを探し出し、シャルティエのレプリカを完成させてくれるように頼んだ。
「いいわよ、そんなの簡単だわ。けど、人格投影は出来ないってこと、あんたもわかってるわよね。」
「勿論、それはわかってる。けど、ジューダスの武器がないんじゃどうにもならない。このままでは戦力低下は否めない。
エルレインが何をしているかはわからないが、もう準備をはじめているはずだ。」
「真面目ねえ。ま、いいわ。とりあえずレンズ50個くらいくれる? 作るのにエネルギーが必要なのよね。」
「それこそお安い御用さ。さっき考え事邪魔しに来たモンスターを撃破してたら、100個くらいレンズが集まったし。」
どさりとレンズが詰まっている大きな皮袋がハロルドの眼前に置かれた。十分すぎる量だったらしい。
ハロルドはにやりと笑い、指をぽきりと鳴らした。
「んー、これだけあったら高密度レンズの改修も出来るわ。シン、あんたに問題。ソーディアンに使われてるコアクリスタル、いつかはエネルギーが尽きる。○か×か。二択よ。さあ答えなさい。」
「尽きるんじゃないか?」
「はずれ。尽きないわよ。ちゃんと時間考えればね。」
よくわからない。
レンズからエネルギーを引き出す以上はいつかは使い切ってしまうのではないか、とシンは思った。
「あんた、多分こう思ってるでしょ。コアクリスタルからエネルギー取ってるんじゃないかって。違うわよー。高密度エネルギーはただの媒体でしかない。実際は周囲からエネルギーを取り込んでるのよ。」
ソーディアンが神の眼を破壊したときは、どうやらその媒体であるエネルギーを使って制御していたらしいが、実際はああいう力の使い方はしないらしい。
ハロルドが言うには、レンズを含んだ彗星が衝突した際にレンズの塵がこの惑星全土を覆ったらしい。
それが植物や動物を介するうちに、惑星の大気中に存在して当たり前になったのだそうだ。
さらに、このレンズの塵は生体エネルギーの形をとるため、生物が呼吸の度に排出しているらしい。
生物が存在する限り、レンズは尽きはしない。
ソーディアンやシンの持つアロンダイトは、空気中に存在するレンズの塵、場合によっては使い手が皮膚から放出する生体エネルギーを吸い取って力に変えているのだ、とハロルドは言った。
「そうなのか。……あれ? でも18年前のダイクロフトで戦ったときシャルティエ、消耗してなかった?」
「回復が追いつかなかったからでしょうね。ジューダスもシャルティエも無理するからよ。」
理屈はわかった。しかし、それと余分なレンズと何の関係があるのだろうか。
彼はそう思うと、それを口に出す前にハロルドが説明した。
「さっき言ったでしょ、高密度エネルギーを媒体にするって。高密度であればあるほどエネルギー回収量が増えるのよ。人格部分にエネルギー食わない分、オリジナルより属性強化力や切れ味は上がるわ。」
その代わりに剣との連係力は低下するだろうな、とシンは思った。こればかりはやむを得まい。
「それじゃ作るから。あんた皮の手袋してなさい。感電しても命の保証しないからねー。」
恐ろしいことを平気で言い、レプリカのシャルティエをシンに持たせた。
「んじゃ、まずはデルタレイとトリニティスパークのコースから。5発くらいぶち込んで、その後シャドウエッジとブラッディクロスね。こっちは10発。」
「何でそんなことを……。」
「エネルギーの膜を作り出すための予備動作よ。ベルセリウム使ってるんでしょ、これ。だったら晶術を吸収させてコーティングした方が早いわよ。大体、あんたのアロンダイト作るときも同じことしたんだから。」
ならば否やはない。しかし、感電しないかどうかが問題だ。
「いくわよー、デルタレイ! トリニティスパーク!」
シンは思い切り背を仰け反らせて光弾と電撃を避けている。ハロルドのことだから直撃させたりはしないだろうが、生理的な恐怖だけは感じる。
「シャドウエッジ! ブラッディクロス!」
かすり傷一つ負うことはなかった。さすがハロルドというところだが、怖いものは怖い。
「誰かに持ってもらった方が安定するのよね。ありがと。あとはあたしがやるから、あたしの解析君2号見てて。あんたならグラフわかるでしょ。」
時間軸の観測をする、と確かハロルドは言っていた。
ノートパソコンのような形状の解析君2号に表示されたグラフに意味は、大体理解できる。
細かい部分はわからないが、時間に対するエントロピー増大量を示すグラフ、時空間の歪みを重力の影響を排除して計算した地図などはとりあえずはわかるらしい。
「ああ、いいけど。」
しかし、あまりにも漫然とした長い作業だ。エントロピー増大量は正常の範囲で落ち着いている。地図に関しても全く変化はない。
「長い……面倒くさい……。」
ハロルドによれば、材料を作るときなどに必要になる化学の実験の場合、48時間かけて一つの物質を作ることもザラだそうだ。
「たかが18時間」くらいの測定だから寝ずに画面を見続けろ、と命じられシンはげんなりした。
しかし、ジューダスの武器を作ってもらっているのも事実だ。
それに、エルレイン追跡のためでもある。必要な作業だからと割り切った。

 
 

「できたー! 名づけてシャルティエ・フェイク!」
午前4時にやっと完成したらしい。観測開始から既に15時間が経過している。
シンは寝ぼけ眼を擦りながら画面を見続けているが、何の変化もない。
「ハロルド、お疲れ様。寝てるといいよ。何か変化があったら呼ぶから。」
「寝てる間に変なことしそうだから寝ない。」
「疑心暗鬼か? そんなことしないって。そもそも、夜中に同じ部屋にいる時点で何を思われたって仕方ないのに……。」
ふああ、と欠伸しながらシンは言った。開発と測定のために、ハイデルベルグ城の一室を余分に借りていた。
その部屋に籠っているのはシンとハロルドの二人だけである。
しかし、やはり口答えは許さないらしい。
「裁きのとき来たれり……。」
「あー! いやー!」
「あんたはあたしの助手でしょうが。まあいいわ、あんたを信用してあげる。」
ハロルドはアイシャドーと口紅を洗い落とし、仮眠用ベッドに寝転がった。
「……ハロルド、俺思うんだけどさ。メイクない方がいいように思うんだけど。」
「あたしは童顔過ぎるからね。誤魔化すためにやってるのよ。文句ある?」
「ないよ。俺の好みに合わせろと言う気もないし。」
ハロルドは溜息を吐きながらシンに向かって言葉を投げかける。
「その発言が保護者以上に踏み込んでると思うのよね。駄目ね、そんなんじゃ。仮にも兄さんの頼みで保護者代行やるつもりなら、その辺考えないとね。」
「……善処するよ。」
それっきりシンは黙り込み、画面を見続けた。雪が深々と積もり、音を吸収していく。
眠りをもたらす沈黙に負けそうになりながらも、シンは瞳を画面に向け続けた。
しかし、その沈黙は夜明け前に破られた。
「ハロルド、ハロルド! 起きてくれハロルド!」
ベッドで寝ていたハロルドをシンは叩き起こした。ハロルドは少々眠そうに返事をする。
「なーにー、何か起きた?」
「これを見てくれ!」
シンが指し示したのはエントロピー増大量のグラフだった。増大量がいきなり跳ね上がったのだ。
さらに、それに伴う時空間の歪みがハイデルベルグに存在しているらしい。
ハロルドはシンを押しのけて解析君2号のキーボードに指を躍らせた。
「これはどういうことだ!?」
「エントロピーが何なのか、あんたわかる?」
「乱雑さの指標となる物理量だったよな。物が壊れたりすると増えるっていう……。」
「そう。エントロピーが極端に増加するってことは、壊されるものが多いってことよ。しかも、それが時空の歪み、それも未来に繋がったとこからだから、意味するのは世界の破滅ね。」
「なっ……!」
「しかも、どうやら10年後からこの時代に干渉してるみたいね。こんなことできるのって、エルレインとかいうのだけじゃない?」
救いをもたらすのが目的だったはずだ。それが破滅とはどういうことなのか。全くもって理解できない。
「……皆を呼ぼう。それから、10年後にもう一度行かないと。」
しかし、シンはふらりと倒れかける。特に慌てもせずにハロルドが彼の背中を押した。
「あんたはずっと寝てないみたいだし、休めば? このことはあたしが伝えとくし。」
「ああ、すまない……そうする……。」
ベッドに向かおうという意識はあるのだが、足元が覚束ない。ふらりと倒れた先にハロルドがいた。
「わっ……!」
彼はハロルドを押し倒すような格好で眠っている。意図したわけではないが、ハロルドにはいい迷惑だろう。
「全く……裁きのとき来たれり……って言っても寝てるから無理か。」
シンの体重は55キロだ。それほど重くはない。
床と彼の体に挟まれたハロルドは苦もなく脱出し、少し考えてから毛布をシンの体にかけた。
「ま、寝かせといてあげるわ。あんたも頑張ったみたいだし。」
ハロルドは完成して間もないシャルティエ・フェイクを持って、研究室代わりにしているハイデルベルグ城の一室から出た。