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G-Seed_?氏_第十八話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:46:55

「・・・あの野郎」
「気づきやがったな、今」
 スティングは既に戦闘態勢に入っていた。
 今朝アウルに、『なあ、あのお馬鹿と遊ぼうとかいう奴って、どんな間抜
けヅラしてんのか、気にならねえ?』といわれた時は、乗り気ではなかった。
 ステラを誘った相手が気にならないといえば嘘になるが、いくら何でも
後をつけ回すというのはみっともない。大体、そこまで気になるなら普段
からもっと素直になればいいだろうとも思う。
 しかし、アウル一人を行かせるというのも多少心配であったので、相手
の顔を一目見た時点で、用が済んだと説得してアウルを引っ張って退散す
る腹積もりだった。
 しかし、ステラを待っていた黒髪の少年を見て考えが変わった。少年の
物腰が、明らかに軍人のそれであったからだ。
(ボーっとしてる時のステラじゃ分からないのも無理ないが・・・)
 自分達の特殊性は自覚している。どこの国のどんな組織がチョッカイを
かけて来てもおかしくない。
 その場で出て行くことも無論検討したが、スティングを躊躇させたのは
ステラの笑顔だった。あんなに楽しそうなステラを見るのは久しぶりだ。
万が一自分達の勘違いでステラが悲しい思いをするかもしれないと思うと
つい、二の足を踏んでしまった。
 だが、これで決まった。あの黒髪の少年は普通ではない。傭兵と思しき
男と接触しそうになったのを見て、スティング達が何かの受け渡しかと意
識を集中した際、その気配を感じ取るなど、普通ではない。
「人通りが少なくなったら・・・しかけるぞ」
「OK」
 気配を完全に殺し、二人は黒髪の少年とステラの後を追った。人通りが
途切れ始め、静寂が空間を覆い始める。
(そろそろ・・・か?)
 体の筋肉が躍動し徐々に力が集中していく。
 
 ――やにわに

 黒髪の少年の体が弾けた。否。弾けたと感じるほどの瞬発力で、少年
がステラを抱き上げ高速で疾走を始めのだ。
「アウル!」
 スティングの叫ぶより速くアウルが地を蹴り、一陣の風となって黒髪
の少年を追走。
 アウルと少年の距離がみるみる縮まる。だが、油断はできない。敵の味
方がどこに潜んでいるか分かったものではない。スティングは感覚を拡大
していく。その時、黒髪の少年の叫びが聞こえた。
「ステラ! 俺から離れて!」

(誰だよ! 畜生・・・)
 顔に出さないように努力しつつも、シンは自分の心の水面が大きく揺ら
いでいるのを感じた。
 視線を一瞬感じたが、出現した時と同じように一瞬にしてその視線は消
え去り、気配の残滓すら伺えない。こんなことが出来る奴は余程の奴だ。
 ザフトの、しかもガンダムファイターである自分達が地球軍に監視され
て可能性があることは分かっている。だが、よりにもよって今日でなくても
いいだろう。シンは思い切り心の中で舌を打ち鳴らした
 水族館に連れて行ったらステラはとても喜んでくれた。目を輝かせ、頬を
バラ色に染めて一心不乱に魚を目で追うステラを見ていたら、こっちまで
気分がふわっと暖かくなった。これから、一緒にステラが作ってきてくれた
お弁当を――
(馬鹿! そんなこと考えてる場合かよ!)
 シンは自分で自分を怒鳴りつけ、そっとカラーコンタクトを外した。ス
テラと一緒にいる以上、万が一は避けなくてはならない。そう思ってつけ
てきたものだ。自分ひとりなら、何とでもなるという自信はある。だが絶
対にステラを巻き込むわけにはいかない。
(ステラは俺が守る!)
 沸々と力が湧きあがるのをシンは感じた。今日のために鍛えてきたのだ、
とすら思えた。
 人波が薄くなっていく。シンは体のバネをたわめた。人波が、
 
 ――途切れた

「ステラ! ごめん!」
「うぇ!?」
 地を蹴り、ステラを抱き上げ走る。ひたすら走る。
 追跡者は二人。
 
 ――速い!!
 
 特に水色髪の方の速さは異常だ。
(ダメだ・・。追いつかれる)
 考えている暇は無い。ステラを降ろし、向かってくる敵を迎撃せんとシンは
構えを取った。
「ステラ、俺から離れて!」
 叫ぶと同時に、シンは意識を集中した。世界がスローになる。だが、
追走してきた水色髪の少年の姿が突如、シンの視界から掻き消えた。

 ――跳ねた

 と気づくのには、増大したシンの知覚を持ってしても時間がかかった。
桁外れの跳躍力で、唖然とするシンの頭上を越えて――
「ステラ!」
 焦燥に駆られてシンは叫んだ。
(少しでも自分から離れていてくれ!)
 だが、シンの願いもむなしく、ステラはほとんど移動していなかった。
水色髪の少年がステ ラの眼前に着地。ステラを後ろ手で庇いつつ、シンに
鋭い眼光を向けてくる。
(何で!?)
 シンの胸に困惑の雲が沸き立つ。
 背中に総毛立つ感覚。咄嗟に横っ飛び。敵がシンの動きに反応し、地を
蹴って方向転換。シンの背中めがけて猛追をかける。
「しゃあっ!」
 シンは裏拳を背後に向かって叩きつけた。距離感、タイミング共にドン
ピシャの一撃。だが、シンの裏拳は空を切った。驚愕がシンの脳を突きぬ
け、下から敵のショートアッパーがシンの左の肝臓を貫いた。
 激痛が突き抜け、吐き気が競りあがる。歯を食いしばって耐える。敵の右
足が跳ね上がった。右ハイキック!
「うぐぁ!」
 間一髪。だが何という威力か! ガードは間に合ったが、踏ん張りきれ
ない。シンの両足が、地面を抉り取りつつ後退。たたらを踏みつつも、平
衡感覚を総動員してシンは何とか立ち姿勢を維持した。
「てめぇ、一体何モンだ?」
 低音の圧力を感じさせる声。シンは、シンは切れ長の目の少年に炎の眼
差しを叩きつけた。その時悲痛な声が響いた
「やめて! アウル! スティング!」
「ステラ、こいつはどっかの軍人か諜報員だ。騙してたんだよ、お前のこ
と!」
「何を言ってんだ!? アンタは」
 シンの頭は混乱を極めていた。どうしてステラがこの襲撃者達のことを
知っている? それに諜報員って何だ?
「シンも、ガンダムファイターだって・・・言ってた!」
ステラが必至に訴える。、
「はぁ!?」
「な、なにぃ?」
 頓狂な、いささか迫力を欠いた声が、水色髪の少年と切れ長の目の少年
から同時に上がった。

「シン・アスカ。ザフト所属のガンダムファイター。認識番号は・・・」
 目の前の黒髪の少年が持っていたIDは、どうやら偽物ではなさそうで
ある。あまりの偶然に、スティングはいささか唖然とした。
「・・・アンタ達もガンダムファイターなんだって?」
 スティングの眉間に皺が寄った。
(ステラめ・・・)
苦い思いを噛み殺しつつ、スティングは頷いてみせた。
「軽々しくしゃべんなって言っただろ! ステラぁ!」
 キツイ調子でアウルがステラを叱責するが、今度ばかりはスティングも
止める気にはならない。しかし、
「いや、ステラはしゃべってないよ。アンタ達があんまりオーバーに
リアクションするから、ちょっとカマかけてみたんだ。まさか本当に・・・」
 アウルが凍りつき、スティングは天を仰いだ。
 もっとも、シンの言葉には嘘が混じっていた。シンが引っかかりを覚え
たのは、ステラの「シン『も』・・・」の部分であったから、ステラのミス
といえばミスなのである。
「あんた達、ステラとは・・・。その、どんな関係なんだ?」
「チームメイトだ」
 ことここに至っては隠しても仕方ないとスティングは思った。そもそも、
ロドニア関連以外のことならバレてもいいのだ。どの道まもなく、自分達
の顔と名前は世界中に知られることになるのだから。
「チームメイトぉ!?」
 シンの大声にスティングは耳を押さえた。
「じゃ・・・。ステラも?」
 どうやら本当にステラは何も話していなかったらしい。間抜けだったの
は自分達の方だとスティングは嘆息した。
「そうだ。言っておくが、ステラは強いぜ? 普段はこんなだけどな」
「ほ・・・本当かよ?」
 だが、シンには容易に信じることはできなかった。ステラが。あの無邪
気で儚げな彼女が? まさか、と思う。
「なあお前、ドモン・カッシュの弟子だってマジ?」
 それまでステラと小声で何やら話していた水色髪の少年がシンに質した。
「え? ・・・ああ、そうさ!」
 唐突な質問に一瞬戸惑ったが、シンは少しばかり自慢気に答えた。
 ところが、水色髪の少年はフンと鼻を鳴らして返答してきた。
その態度には、嘲けりの色が滲み出ている。シンは色めきたった。
「何だよ!?」
「別にぃ。ていうか、何も言ってないだろ。な~に、いきなりムキになっ
てんだか」
「ふざけんな! 俺は嘘なんか言ってない!」
「ドモン・カッシュの弟子の割にはねぇ・・・」
 アウルは皮肉気に口の端を吊り上げた。自分達が束になっても敵わない
アルゴ・ガルスキーを倒したドモン・カッシュ。その弟子にしては大した事ない、
それがアウルの率直な感想だった。
「なっ・・・。お前!」
「よさないか、アウル」
 ため息をつきつつスティングはアウルの手を引っ張った。
「邪魔したな」
 これ以上自分達がここにいる意味はないと判断し、スティングはアウル
を連れて立ち去ろうとした。
「待てよ!」
 スティングは足を止め、振り返った。
「何だ?」
「あんた達もファイターなんだろ。俺もファイターだ。ファイターが二人
いて、周りに人はいない」
「・・・だから何だ?」
「となったら、勝負に決まってるじゃないか!」
 突拍子もない物言いに、スティングは思わず黒髪の少年を凝視した。だ
が、少年の瞳には闘志に満ちたまっすぐな光があるだけだった。
(・・・おもしれえな、コイツ)
 胸中に湧き上がるものをスティングは感じた。スティングの中の獣がむ
くりと身を起こす。スティングは笑みを浮かべた。
「勝負? おもしれえじゃんか!!」
 嬉々として黒髪の少年に歩み寄ろうとするアウルをスティングは制した。
「アウル・・・。俺がやる」
「ええ? 何でだ――」
 アウルは、不服気に口を尖らせたが、スティングの顔に浮かんでいる獰
猛な笑みを見て、肩をすくめた。アウルはこのスティングの笑みがいかに
危険で、そして信頼できるかを知っていた。
「じゃあ、やるか」
「ああ!!」
 シンが構えを取り、スティングも上着を脱ぎ捨て、構えを取った。
「・・行くぜ」
 次の瞬間、いきなりスティングの体から殺気が吹き上がった。

(何だよ・・・コイツ)
 目の前の先程までは穏やかさすら感じさせていた少年の変貌に、シンは
自分の背筋に寒気が走るのを感じた。殺気というよりこれは鬼気だ。押し
つぶされそうな圧迫感と心臓が握りつぶされそうな恐怖が襲い、足が勝手
に震え出す。
 ドモンの圧力に常に晒されていなかったから、向かい合う事すらできな
かったに違いない。
「はぁぁっ!!」
 臆せば負ける。シンは気合を上げた。集中。音が消え、世界が遅くなる。
 突如、スティングの拳がうねった。蛇の如くうねり、とぐろを巻いた状
態から一瞬で毒牙を打ち込む鋭さで、シンの顔面にスティングの拳が殺到。
「ぐっ!?」
 軌道がまったく読めない。一撃。二撃。ガードをすり抜け、スティングの拳
がシンの顔面を直撃。シンの顔が跳ね上がった。
(フリッカー!? くっそ、見えない)
 知覚を増大させている今のシンにすら、その左は速く感じられ、その軌道は予想
の範疇を超えていた。その上、
(いってぇ!)
 スティングの拳は硬い。拳大の鉄球のようだ。その上なんたる威力!
フリッカーは体重が乗せづらいというのに! スティングの技量と筋力が
どちらも桁外れである証拠だ。
(だけど、所詮ジャブだ。かまうな、突っ込め!)
 低空姿勢で突貫。左正拳。スティングがスウェーでかわす。そして今度
は最短を走る左ジャブ、そして右ストレート。でシンを迎撃。理想的フォ
ームで繰り出されたワンツーがシンの顔面を痛打し、シンの突進を強制停
止に追い込む。さらに
「がっ!」
 スティングの右のローキックが炸裂。シンの左膝に衝撃。打ち下ろし角
も打撃ポイントも完璧。シンの膝が崩れる。
(何なんだコイツはぁ!?)
 恐怖がシンの頭の中で大渦を描く。またもスティングのフリッカー。
赤色が視界に飛び散った。シンの世界が赤く染まる。ジャブをもらいすぎ
て右目の上を切ってしまったのだ。
(やばいっ!)
 シンの心臓に氷槍が突き刺さった。
 スティングが、シンの死角へ死角へと移動。そして容赦なく死角から左
のフリッカーを放つ。万全でも回避できなかったジャブを避けられるはず
も無く、シンの顔が何度も跳ね上がり、鮮血が地面に赤い花を咲かせた。
 シンの唇が盛大に切れ、口の中が金臭い味で満杯になった。鼻血が噴出
し、呼吸が乱れる
 ジャブに気が行き過ぎた所で、またもシンの左膝裏に衝撃。痺れが左足
全てに拡大。シンは戦慄した。
(攻撃しなきゃ・・・ジリ貧だ!)
 足を止められれば、左だけで倒される。シンは右正拳を突き出した。
「ごっ!」
 読まれていた。カウンターをとられた。赤だった視界が一瞬ホワイトアウト。
脚が勝手に震え出す。スティングの足が跳ね上がった。
「ぐぅ!」
 頭部のガードを固めたシンを嘲笑うかのようにスティングの右脚はシンの
腹部に深々と突き刺さっていた。
だが、これは好機!
ボデイへの攻撃なら耐えられる。伊達に延々と肉体を鍛えてきたわけで
はない。
「ぜやあっ!」
 ジャブ気味の左正拳から右正拳、そして左のボデイへの回し打ち。さら
にもう一度側頭部への左回し撃ち。
 その全てをスティングがダッキングとスウェーで回避。シンの右目がふさ
がっていて距離感が無いとうことを差し引いても、スティングの防御テクニ
ックは超絶のものだった。
「があっ!!」
 雄叫びと共に、相手の足を蹴り折らんと、シンは渾身の右下段蹴りを放
った。高速で弧を描いたシンの右脚をスティングが脛受けで迎撃。突き刺
すような痛みと痺れが右脚を襲い、シンは呻き声を噛み殺した。
その隙をついて、スティングがシンの間合いを簒奪。ステップワークで
死角に回り込んで左フック。側頭部に直撃。耳がきいんと絶叫を上げた。
脳と神経が悲鳴をあげる。身体が力を失い、膝が落ちる。だが
(倒れるかよ!!)
 闘争心がシンの身体を支えた。
 まだ自分は一発も相手に入れてない。一撃入れるまで倒れられるか。
 両手を顔面の前に翳し、低姿勢で前進。スティングの左のボディーアッ
パーがシンの肝臓に。間をおかずに左フックがシンの脇腹に。的確極まり
ない破壊力十分の一撃が次々とシンのボディに突き刺さるり、スティングの
拳をブロックした腕が悲鳴を上げる。
 噛み締めたシンの奥歯が軋み、苦痛の息が歯の間から漏れ出た。内臓
が悲鳴を上げ、呼吸が途絶し、足が鉛の如く自重を増す。
 だが前へ。ひたすら前へ。
(もう少し・・・)
 スティングの右ミドル。アバラが粉砕されたかと思った。シンは耐えか
ねたように左のガードを下げる。これは、

 ――餌

(食いついてこい!)
 大技が来ると同時に、右拳を相手の腹に思い切りぶち込んでやる。
(来いよ!)
 
 ――来た。
 右の打ち降ろし!
 ――耐えろ。歯を食いしばれ。
 痛い!! 重い!! 踏ん張れ!!
 ――今だ、打てっ

 スティングがバックステップで回避行動。しかし、今度は後の先を制し
たシンが先んじた。シンの身体がスティングに高速で肉薄。
「うおぉぉ!!」
 シンは、思い切り腰を回し、満身の力を込めた右の回し撃ちをスティン
グの肝臓に叩きこんだ。
 正真正銘、渾身の一撃。訓練場で数多のジブラルダル基地の兵士達を
戦闘不能にした必殺の一撃。手応えは、

 ――何だこれ!?

 湧き上がったのは歓喜ではなく驚愕。途方も無く分厚いタイヤを叩いた
ような感触。打撃が相手の内なる何かに弾かれたような、そんな感覚。
 その時、シンの頭の中で警戒警報が鳴り響いた。
(しまっ!)
 最後に見えたのは高角度で振り下ろされる相手の右拳――

「ねばったじゃんか、こいつ」
 ステラがシンに駆け寄っていくのを横目でみつつ、アウルが感想をもら
す。その声には少なからぬ賞賛が込められていた。あれだけスティングの
攻撃を受け続けながら容易に倒れなかったのは大したものだ、とアウルは
感心していた。
(ま、それでも僕らの敵じゃないけどね・・・)
 スティングが上着を身に着けながら、
「随分と鍛えられてやがる。筋肉量に肺活量、それに『力』の循環量、ど
れも大したもんだ」
 これほど打ち込んでも倒せなかった敵は久しぶりだ
「それに、『力』集中させることはまだ教わってないみたいじゃねえ?」
「ああ。でなかったらもっと手こずっただろうな」
 少しホッとしていた。防御はなんとか形になりつつあるが、攻撃に『力』
を収束させて使う技は難易度が高く、まだスティングも使いこなせていない。
ドモン・カッシュの弟子というから体得していてもおかしくないと思った
が、その心配は杞憂ですんだ。
「・・・で、どーすんのコイツ?」
 ステラが一生懸命、塗らしたハンカチでシンの顔を拭いているが、まっ
たく目を覚ます気配がない。
「・・・シン」
 ステラが悲しそうな顔をで、腫れ上がったシンの顔を見つめている。そ
の瞳にこんもりと涙が浮かぶのを見て、スティングはため息をついた。
「連れて返って、手当てぐらいしてやるか」

「手当てはしておいた」
「・・・面倒をかけた」
 ドモンはアルゴからシンを受け取った。そのまま軽々と背中に背負う。
ドモンにとっては小鳥が止まっているのと変わりない。
 ドモンの顔が緩んだ。
「驚いたぞ。ミハシラの大使館から連絡があった時は」
 ミハシラの大使館からアルゴ・ガルスキーなる人物から、「弟子を預かっ
ているから取りに来い」と連絡が入ったと、コアランダーに通信が飛び込
んだ時は、ドモンは生まれて初めて、頬をつねって夢でないか確かめたも
のだ。
 アルゴも、その花崗岩で形成されたような硬質な顔に柔らかいものを浮
かべている。こうして向かい合っていると昨日分かれたかのようにすら思
える。拳で結んだ絆は途切れる事はない、それを二人は実感した。
「お前も来ていたとはな」
「それは俺の台詞だ。こちらの世界でもお前が有名人になっているのを知
った時は驚いた」
 アルゴはドモンに、この世界に来たのは、スーパーモードでガイアクラ
ッシャーを放った時だったと語った
「力を放出する技を使うチボデーやサイサイシーもまずいかもしれない
な・・・。だが、教えてやりたくとも、どうにもならん」
 ドモンはため息をついた。すると、アルゴが少し躊躇いながら
「ドモン・・・。レインのことだが」
 ドモンの眉間に皺が寄った。自然と意識が耳に集中していく。
「すまんが、どうしているか何も知らない。俺の所に彼女から何も
連絡はこなかった。いや、連絡はしようとしたのかもしれんが・・・」
「国のお偉いさんが止めたんだろうよ!」
 ドモンは吐き捨てた。レインがアルゴにドモンが消えたことを知らせて
いれば、アルゴはこの世界に来なくてすんだかもしれないというのに!
ドモンは怒りとやりきれなさの入り混じった息を吐いた。
 ガンダムファイトに形を変えただけで、各国の争いというものはなくな
ったわけではないのだ。つくづく人とはどこの世界でも争う生き物らしい。
「それはともかく・・・。随分とお前の弟子は強いじゃないか。シンを倒
す奴はそうそういないと思っていたんたんだが」
 ドモンは話題の転換を試みた。レインのことを考えると心が締め付けら
れるように痛む。肉体の痛みにはいくらでも耐えられるドモンだが、流石
に、この心の痛みだけは耐えがたかった。
「俺が教えているのは『力』の使い方と、後はほんの少しだ。技術的には
俺が教える前からほとんど完璧に仕上がっていた。あの三人は強いぞ、
ドモン」
 賞賛一辺倒の内容とは裏腹に、アルゴの声に深い悲しみと憤りが込めら
れていた。その一言でドモンは、アルゴが連合に組する理由を悟った。
 アルゴ・ガルスキーは変わっていない。アルゴが闘う理由はいつだって
仲間のためだ。
 突然、アルゴの眼光が鋭くなった。その眼光には常人なら気を失ってし
まうほどの圧力が込められていた。
「ドモン。俺はあいつらを強くする。そして、必ずガンダムファイトで優勝させる
つもりだ」
 決意を込めたアルゴの超重量の宣言を、ドモンは正面から受け止めた。
「残念だな。シン達がいる限り優勝は無理だ」
「あいつらには負けられない理由がある。誰よりも強い理由がな!」
「シン達の思いの強さだって負けちゃいない!」
 しばし、両雄は睨みあった。お互いから溢れ出た気が衝突し、空間が歪
むほどの高密度で絡み合う。
 しばらくそうしていた後、どちらからともなくふっと笑いあい、二人は
同時に踵を返した。
「大会で会おう。ドモン」
 アルゴの力強い声がドモンの背中に飛んだ
「ああ」
 片手を上げて答え、ドモンは振り返らずに歩き去った。

(何だろ・・・これ)
 なんだか暖かい。すごく安心できる気がする。
 いつだろ・・・。こんな感じ、前にも。

 ――とうさ・・・

「気づいたか、シン」
 まどろみからシンは目覚めた。ぼんやりとした視界に映るのは、誰かの
大きな背中。
「うっ・・・」
 意識が覚醒すると同時に痛みの混声合唱が襲った。頭部。側頭部。右頬
右こめかみ。首。鳩尾。両脇腹。腹。左右の肝臓。右脛。左膝裏・・・。
 痛い。そこかしこが耐え難いほど痛い。そして何処よりも、

 ――心が痛い

 負けた。完全に負けた。まったく歯が立たなかった。
 
 ――自惚れていた
 
 ジブラルダル基地で圧勝して、舞い上がっていた。強くなったと思い込んでいた。
 そして、ファイターだなんて言って、自分から勝負を挑んでおいて、

 ――負けた。

 噛み締めたシンの歯が唇を食い破り、一筋の血が赤い糸を引いて流れた。
「悔しいか? シン」
 静けさに満ちたドモンの声が聞こえた。その声は鼓膜を伝わって、シンの
身体のすみずみまで響いていく。
「・・・はい」
「では、何故我慢している?」
 包み込むような暖かい声。シンの喉に熱いものが込み上げ、視界が揺れ
た。シンの顔がくしゃりと崩れる。
「悔や・・・しい・・・です・・・」
「ああ。悔しいな」
 大粒の涙が後から後からシンの頬を伝う。
「あん・・・なに・・・しゅぎょ・・・うしたの・・・に、負け・・・て・・・」
「ああ。お前は頑張っていた」
「・・・けっ・・・きょく・・・俺・・・弱いまん・・まで・・・」
 みっともない。そう思うのに止められない。涙は後から後から溢れ、嗚咽が
止まらない。ドモンの背中の上で、シンは子供のように泣きじゃくった。
「すいません・・・」
 激情の大波が静まり、心が凪を取り戻すと、シンは顔を赤くして謝罪の言葉を
口にした。ドモンのマントの上に染みが出来ている。自分の涙のせいで出来たも
のだ。自分はよりにもよって師の背中で大泣きしてしまったのだ。
 それを脳が認識した瞬間、猛烈に羞恥心が込み上げてきた。
「お、俺、降ります! 師匠、降ろしてください!」
「・・・大丈夫なのか? シン」
「だいじょ・・・う、うわっ・・・」
 ドモンの背から降り、立とうとしてシンはよろけて倒れそうになった。
まったく身体が言う事を聞かない。見る見るうちに地面が迫る。
 次の瞬間、シンは首の後ろを掴まれて引き起こされた、
 ドモンはため息を一つつくと、猫でもつまむようにシンを軽々と担ぎ上げた。
「くだらん遠慮をするな。しっかり掴まっていろ」
「で、でも・・・」
 シンは赤面して辺りを見渡した。既に夜であったが、人通りはそこそこ
ある。大怪我をした少年を背負って歩く青年の姿は十分すぎるほど人目を
引くものであり、あちこちから視線を感じ、シンは自分の頬が熱くなるのを感じた。
「・・・では、これならどうだ!?」
 いきなりドモンが走り出した。速い。そして身のこなしは羽毛の如く軽い。
屋根の上を高速で疾走し、屋根から屋根へと飛び移っていく。
「これなら誰が誰だか分かるまい!」
 耳元で唸る風に負けじとドモンが叫ぶ。
「は、はい!」
 余計に目立っている気もしたが、圧倒的な疾走感と開放感に、シンは心が
高揚するのを感じた。
 ややあって、ドモンが口を開いた。
「シン! 修行を続けるか!?」
 虚を突かれ、シンは黙り込んだ。だが、
「続けます!」
 断固とした決意を言葉に込め、シンは答えた。
「また、負けるかもしれんぞ? どれだけ辛い思いをして修行に耐えても
今日負けた奴に勝てないかもしれんぞ?」
「そしたら、また修行して、もう一回挑戦します。負けて、泣いてるだけ
だったら弱いままです!」
 そうだ。泣いていたって、何にもならない。泣いてるだけじゃ誰も、何も
自分すらも、守れない。
「そうか!! ・・・ならばシン。お前は強い!」
「えっ・・・」
「強き者とは、強き力で相手を倒す者にあらず。どれほど辛くとも、どれ
ほど相手が強大であろうとも、最後まで逃げずに戦い抜く者。それが、
武闘家だ! それがガンダムファイターだ! それが・・・強き者だ!!」
 
 ――辛くても、相手が強くても、逃げずに戦い抜く者。
 
 灼熱が胸を満たすのをシンは感じた。
 心が熱い、熱くて焼ききれそうだ。
「師匠。明日から、またお願いします! 俺、どんなに辛い修行でも逃げ
たりしません!絶対に!!」
 ドモンの顔に笑みが浮かんだ。
「ならば答えろ、シン! 流派・東方不敗は!」
 ドモンが声を張り上げ、
「王者の風よ!」
 シンが大声で唱和した。
「全新!」
「系列!」
「天破!」
「侠乱!」
 ドモンとシンは同時に息を吸い込んだ。ドモンが思い切り地を蹴り、天高く飛翔。
見る見るうちに地面が遠のき、空が迫る。シンの瞳に月が映った。光り輝く大輪の月が。
「「見よ!! 東方は、紅く燃えている!!」」
 天を破らんばかりの二人の咆哮が空に轟いた。

 ――俺は、きっと・・・

  街の灯りを眼下に見ながら、シンはもう一度心に誓った。