KtKs◆SEED―BIZARRE_第0話
Last-modified: 2007-12-02 (日) 18:21:29
PHASE 00「風の出会い」
のどかな日差しが照らす河原。周囲には草木が茂り、ハイキングでもするにはピッタリの場所。そこに、美しさに欠ける音が響いていた。
「うおげぇぇぇぇぇ」
地面に手をつき青い顔で、胃の中のものを茂みに吐き捨てる一人の男がいた。紫の髪と、長いもみあげが特徴的な若者。名を、ユウナ・ロマ・セイラン。オーブ連合首長国を代表する、五大首長家のひとつ、セイラン家の跡取りである。
「くそ、もう少しうまい運転ができないのか……」
ようやく胃の中のものを出し終えて、愚痴を言う気力くらいはできたようだ。
運転手に恨み言を言いながらも、心身に力を込めて立ち上がる。早くトラックに戻らなくてはならない。大事な荷物を運ばなくては……。
そう考えたところで、彼は視界に人影を認めた。さっきまでは気持ち悪すぎて気づかなかったが、大きめの木によりかかって眠っている男がいた。顔立ちも服装も悪くないが、際立っていいというわけでもない。どこにでもいる普通の男だ。
(休みとってピクニックか何かか? いい気なもんだね)
セイランはそう思って、すぐにトラックに戻ろうとしたが、そのとき、更にもうひとつのものに気づいてしまった。
(あ、あれは?)
眠れる男は、それを優しく握っていた。眠りながらも壊れ物のようにそぉっと握っていた。ユウナにとっても、よく見ることのあるその物体。
「えっ……!?……!!……ああっ!?」
それは、『人間の手』だった。手首から切り取られ、赤黒い断面を見せる、一本の手だった。
「う、うわあああああああああっ!!」
思わず、ユウナは叫んでしまった。その叫びが起こす結果は、当然、ただひとつ。
「……む」
男の目覚め。
男は、ユウナを見つめた。そしてうんうんと頷き、『手』を上着の内ポケットにしまう。
「こいつはしまった……あまりに気持ちよかったんで、ついつい気が緩んでいた」
あまりにも自然にそう言うと、座ったまま、
「……私の名は吉良吉影」
「な、なんだって?」
ユウナは、自分の婚約者の弟の名と同じ姓を持つ男に、困惑の声を出す。
「年齢は34歳。1年前、戦争難民の帰還にまぎれてオーブに来た。結婚はしていない。
仕事は『トミノデパート』の会社員で、毎日遅くとも夜8時には帰宅する。タバコは吸わない。酒はたしなむ程度。
夜11時には床につき必ず8時間は睡眠をとるようにしている……寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくと、ほとんど朝まで熟睡さ……
赤ん坊のように疲労やストレスを残さずに朝目を覚ませるんだ……健康診断でも異常なしと言われたよ」
羨ましくなるほど健康的な生活を聞かされ、ユウナはますます混乱する。
「だ、だからどうしたっ」
「わたしは常に『心の平穏』を願って生きてる人間ということを説明しているのだよ。勝ち負けにこだわったり、頭を抱えるような『トラブル』とか夜も眠れないといった『敵』をつくらない。
というのがわたしの社会に対する姿勢であり、それが自分の幸福だということを知っている……もっとも闘ったとしてもわたしは誰にも負けんがね」
男、吉良吉影はすっくと立ち上がると、ユウナに対し笑みさえ浮かべて言った。
「心の平穏のため……君には死んでもらわなくてはいけない」
「ひっ、ひいいいいっ!!!」
ユウナは男に背を向け、全力で逃げた。そんなユウナを、吉影は追いかけることもなく、立っていた。だがそれは、何もしなかったというわけではなかった。
「あ、ユウナ様。車酔いは大丈夫ですか?」
ユウナの姿を認めた運転手は、暢気にそう言った。対するユウナの言葉は、
「出せ!!」
の一言だった。
「え、ど、どうかしたんですか?」
「いいから出せ!! 全速力でだ!!」
運転手はわけもわからず、鬼気迫るユウナに促され、アクセルを踏んだ。
トラックが走り去ると同時に、吉影が道路に上がってきた。走り去るトラックを見つめ、やはり追おうとせず、悠然としていた。ちらりと左手を見て呟く。
「どこまで逃げられるかな? 我が『第二の爆弾』から」
(あれはなんだなんだなんだ!!)
ユウナはいまだに混乱と恐怖の極地にいた。あの男の目。自分を本当に殺そうとしている目。それでもまったく罪悪感や殺す覚悟といった、力を宿さない目。あの男に追いつかれたら、殺される。ごみを片付けるようにあっさりと。
「あれ、ヒッチハイクですよ? 手ぇ振ってます」
運転手の暢気な言葉が非常に気に障った。
「知るかそんなの!! 無視して行けぇっ!!」
ゴオオオォォッ
音を立てて走り去るトラックを見送り、ヒッチハイカーは肩を落とした。
だがすぐ気を取り直し、次の車が来ないかとトラックの来た方を見て、彼は顔色を変えた。
彼は高速で走る『それ』見た。そして、『それ』が自分の前を通り過ぎるのを見送り、直感的に悟った。
『それ』がトラックを追っているのだということを。
そして十秒と経たぬうちに、巨大な爆発音が響き渡った。
「な、何が起こった?」
横転したトラックの助手席で、ユウナは呻いた。奇跡的にかすり傷程度ですんだようだ。
運転席を見ると、運転手も無事らしかった。意識は失っているが、呼吸はある。オーブのトラックの高い耐久力に感謝すべきだろう。
「くっ、あ、あいつの仕業か?」
トラックの下で何かが爆発したようだった。その衝撃でトラックは横倒しに倒れたらしい。
ユウナが外に出て調べると、どうやらトラックのエンジン部分で爆発が起こったらしい。トラックに積まれたコンテナにも亀裂が入り、荷物が半分飛び出ていた。荷物自体に損傷はなさそうだ。
「って、いまは荷物なんてどうでもいい!」
これがあの吉良吉影の仕業だとしたら、まだ終わりではないだろう。
ユウナの考えを裏付けるかのように、新たな爆発が起こった。今度はさっきまでユウナがいた、トラックの中で火柱が立った。ユウナの目の前で、気を失っていた運転手の体がバラバラになって空中に投げ出された。
人間の残骸がベチャベチャと湿った音を立てて道路のアスファルトに落ちる。
「ひ、ひいいいいぃぃぃっ!!」
降ってくる人間の死体を避けながら、ユウナは悟ってしまった。
次が自分の番であることを。
「う、うああああああっ!!」
自分で、それが断末魔だとわかっていて、なお叫ばずにはいられなかった。だが、実際はそれがユウナの断末魔となることはなかった。
何かを殴ったような鈍い音が響き、そして、ユウナから10メートルは離れた地点で爆発が起こった。
「え……?」
そこでようやく、ユウナは自分の側に一人の男が立っているのに気づいた。吉良吉影ではない。
耳まで覆う、角の生えた妙な帽子を被っている。均整の取れた、たくましい肉体の持ち主だ。顔立ちも男らしく、ユウナは少しコンプレックスを刺激された。なぜか爪先立ちをしており、本来よりも背が高く見える。
「事情はよくわからないが……君は『スタンド』に襲われているようだ……」
男が、ユウナの耳元に口を寄せてボソボソと言った。息が生暖かかった。
「ものは相談だが……俺を雇わないか? 命を助ける代わりに……」
男の正体はさっぱりわからなかったが、ユウナはたとえそれが藁であってもすがりたい状況であったし、男は藁よりは頼りになりそうであった。ユウナはガクガクと何度も頷いた。
「よし……契約成立だ。俺の名は……」
男は言葉を切って考え込み、そして言った。
「ウェザー・リポートだ」
それが、青嵐、青葉を吹き渡る、爽やかな初夏の風の姓を持つ男、ユウナ・ロマ・セイランと、風と共に在った、名を捨てた男、ウェザー・リポートの出会いであった。
ガンダムSEED・BIZARRE 『序章・風の出会い』
「さて、今の状況について説明しよう」
ウェザー・リポートと名乗った男は、やはり耳元で言う。癖なのかどうか知らないが、男色の趣味のないユウナにはあまり気分のいいものではない。
「今、君が受けているのはスタンド攻撃だ」
「ス、スタンド?」
「簡単に言えば、超能力だ」
「はあ?」
超能力。よりにもよって超能力。そりゃいきなり爆発が起きるのは不思議だが、超能力なんてあまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。
「信じられないのはわかるが事実だ……目に見えない守護霊のようなものがいて、それが者を動かしたり、様々な能力を使ったりする。それがスタンドという超能力だ」
「……ああ、納得いかないけど、こんな状況だ。ひとまず信じる。それで、どうすりゃいいんだ?」
ユウナはウェザーの真面目な口調に、少しは信じてやる気になった。
「スタンドは一人につき一能力が原則……敵の能力は『爆弾』のようだな」
そう言うウェザーの目には、こちらに向かってくる小型の戦車のようなスタンドが見えた。髑髏の顔を持ち、キャタピラを動かして迫ってくる。
「コッチヲ見ロ~~~」
戦車はそう言いながら、飛び掛ってきた。
「ウェザー・リポート!!」
ウェザーは自らのスタンドを出し、その拳で戦車を弾き飛ばす。彼自身の名と同名のスタンド。何本も角を生やした人型のスタンド、『ウェザー・リポート』。
「突進して爆発する……それがこいつの能力らしい。俺のスタンドでなら、防げる」
「じゃ、じゃあもう安心なんだな?」
「いや……それはまだ早い。この単純な動き。このスタンドはどうやら『遠隔自動操縦』らしい」
ユウナはまた理解できない言葉が出たことに眉をひそめた。それを見てウェザーは説明する。
「遠隔自動操縦とは、スタンド使いが操らなくても自動的に行動するスタンドのことだ。普通、スタンドはスタンド使いの本体から、離れれば離れるほど力が弱くなるが、こいつはそうではない。
しかも、任務を達成するまで決して行動をやめない……このまま防御しているだけでは、いずれ俺の方が先に力尽きる」
「じゃ、じゃあどうするんだよ!」
「落ち着け……手はある」
ウェザーの泰然とした様子に、ユウナはだんだん騒ぐのが馬鹿らしくなってきた。まず話を聞いてみることにした。
「まず、遠隔自動操縦は複雑な動きはできない。今のように突進して爆発するとか、単純なことだけだ」
また襲ってきた爆弾戦車をウェザーは払いのけながら話す。
「そして、こいつはどうやって俺たちを攻撃対象と判断しているのか。その条件がわかれば、こいつの動きを制限することもできる。君は……」
「あ、僕はユウナ・ロマ・セイランだ」
「ではユウナ。君はどのように攻撃された?」
「一度目は、トラックに乗っているところでエンジンを吹っ飛ばされて、二度目は気絶した運転手が殺されて、で、三度目が僕を狙ってきたらしい……」
「なるほど……だとすれば、まず君自身に確固たる目印があるわけではないな。運転手を殺す理由はないのだから。臭いや見た目ではない。そして動きや音でもない。運転手は気絶していたのだから。だとしたら……」
ウェザーは道路の脇の林を見つめ。
「ウェザー・リポート!!」
自らのスタンド能力、『天候を操る力』によって、一条の雷を放った。雷は一本の木に当たり、木を燃やす。炎が燃え上がると同時に、戦車がユウナたちから、燃える木の方に向きを変えた。
「やはり、こいつの攻撃対象は熱だ。温度を攻撃している。最初はエンジンの熱、次に手近にいた運転手の体温、そしてユウナの体温という順番に攻撃していたというわけだ」
木が爆破される。ウェザーはすぐさま別の木にも火を放ち、戦車の気をそらした。
「さて、戦車の動きはこれでコントロールできる。ユウナ、このスタンド使いに心当たりはあるか?」
「あ、ある。さっき人殺しに会った。間違いなくそいつだ」
「殺人鬼か……場所はどこだ? 遠隔自動操縦のスタンドは本体を叩くのが一番いい」
「会った場所はここから1キロくらいだと思う」
「遠いな。そいつが車に乗っていたら、かなり逃げられている」
ウェザーの声に焦燥が混じる。そのときユウナに思いついたことがあった。
「あれが、使えるぞ!」
彼は、トラックに積んでいたコンテナを指差した。
「動かせるのか?」
「飛ぶくらいなら」
ユウナとウェザーは、『荷物』の中にいた。亀裂の入ったコンテナに入り込み、荷物に乗ったのだ。
「エンジンをかけると、その熱をあの戦車が追いかけてくるだろう。空を飛んで全速力で敵のいるだろう場所に行くぞ」
「了解!」
ユウナの声は弾んでいた。こんな状況だというのに、恐怖はあまり感じなかった。さっきまではあれほど恐怖に打ち震えていたというのに。
(やはりこの男か)
この男が、幾度もの苦しみと戦いを乗り越えてきた戦士だということは、感覚でわかっていた。
今までに会った軍人たちの誰よりも、戦士としての風格は上だと感じた。この得体の知れない敵も、彼がいれば乗り切れると、自然に信じることができた。
「ユウナ・ロマ・セイラン、『コテツ』、出撃ぃっ!!」
ユウナの掛け声と共に、コンテナを破り、一体のMS(モビルスーツ)が空を飛んだ。試験的に基地に配備される予定だったオーブ軍の新型MS、『コテツ』。
機動性に重きをおいたムラサメに対し、PS装甲を装備し、耐久力を重視した機体だ。それでも速度はアストレイを上回る。
コテツは空中で戦闘機型に変形すると、目的地へと発進した。
のんびり自動車に乗っていた吉良吉影は、空を飛んでくるMSの音に気づいた。
「MS……あんなものがなぜここに……そういえば、さっきのトラックは軍用の……もしや」
吉影は自動車を止め、林に入り、身を隠した。
コテツは一分とかからずに目的地に到着した。MS型に戻り、空から林を見下ろす。
「あれを見ろ……自動車だ。時間と場所から考えて、あの自動車が怪しい」
「けど停車している……きっと隠れたんだ。どうやって探すんだ?」
「探すまでもない」
「どういう意味だよ」
「標的であるユウナ・ロマ・セイランが生きているとわかれば、向こうから接触してくるだろう。完璧なとどめを刺すために」
「そ、それって囮になれってことか!? 冗談じゃないぞ!!」
「だがそうでもせねば……」
ウェザーの顔色が変わる。
「ど、どうしたんだ?」
「戦車が追いついてきた……予想以上に速い」
「コッチヲ見ロ~~」
地上より100メートルの高さを、自動追尾爆弾『シアーハートアタック』は飛行していた。スタンドである以上、重力なんてものは関係ない。
そして、彼は周囲で最大の高温を放射する熱源、コテツへと突進した。
その様子をウェザー・リポートで確認したウェザーは、すぐに防御に向かわせようとした。だがその時、予期せぬ衝撃が彼らを襲った。視界を光が満たし、光が過ぎ去った後は、粉塵が撒き散らされた。
突如コテツの右足が爆発したのだ。爆音を響かせ、PS装甲が粉微塵になる。
「なああっ!?」
「爆発!? だが戦車はまだ……」
戦車はまだ百メートルは離れている。にもかかわらず、コテツの右足が跡形もなく破壊されていた。
「ど、どうなってんだよ!?」
ユウナが叫ぶが、ウェザーにもわからない。敵にはまだ解明していない能力があるのか?
ウェザーが思案する間に、更なる爆音が響き渡った。
「ま、またぁっ!!」
今度は左手が破壊された。
「……今、見えたのは……そうか」
「な、なんかわかったのか!?」
「ライフル弾だ。ウェザー・リポートの目に、地上から飛んでくる弾丸が見えた」
「ライフルぅ? そんなんでMSを破壊するほどの爆発が起こせるわけないだろ!
ましてコテツの装甲は、ミサイル数十発にも耐えるPS装甲なんだぞ!」
「PS装甲とかいうのはよくわからんが……それも能力ということだろうな。ライフルの弾丸と接触した物体を爆破させる能力……。同じ『爆弾』の能力とはいえ、二つも能力を持つとは……これはまずいな」
ウェザーが苦い顔になる。
「ライフル弾と戦車、一度には防げん」
『シアーハートアタック』の破壊力は人間を吹き飛ばせるという程度。PS装甲は破れないだろう。だが飛行に使うバーニアの噴射口に入り込まれたら、墜落は必至。
異なる方向から飛んでくる攻撃を、ウェザー・リポート一体で防ぐことは困難だ。雷で起こせる火よりも、コテツのエンジン熱量の方が大きいから誘導もできない。
またもライフル弾が飛んできた。だが拳で弾けば爆発する。そこでウェザー・リポートは周囲に雲のようなものを作り出した。
ライフル弾はその雲に突っ込むと、軌道を変え、あさっての方向に飛んでいく。空気の層をつくり、その抵抗でライフル弾を跳ね飛ばしたのだ。これは2メートルという近距離から撃たれた弾丸の軌道もそらせられる。
だが、ライフル弾を防いだのも束の間、
「いかん! 戦車がもう10メートルの距離まで近づいてきている!!」
ウェザーが叫んだちょうど一秒後、爆音が空気を揺るがした。
ウェザー・リポートの視界に、地上に輝く爆発と、その爆発へと向かう『戦車』が見えた。
「今のは……ユウナ、お前が?」
ウェザーは若干驚きを浮かべ、震える青年を見る。
「は、はは、僕には見えないけど、その戦車ってやつは熱に向かうんだろ? 自然破壊しちゃったけどさ」
彼の手に握られたレバーは、コテツが現在持つ唯一の武装、高エネルギービーム砲を放っていた。林の一部を焼き払い、コテツのエンジンや飛行バーニアよりも熱い熱を発生させたのだ。距離は現在地からおよそ800メートル先、往復には多少時間がかかるだろう。
「よくやったぞユウナ……ライフル弾の射線からして、奴の位置はだいたいわかった。ビーム砲は撃てるか? ここから爆撃すれば簡単に倒せるが」
「もう無理だ……これ以上はエネルギーがもたない」
戦闘を想定していなかったため、もともとエネルギーは少なめなうえ、エネルギーを食うPS装甲を使っていることを考えれば、一発撃てただけ上出来だ。
「では降りるぞ。あの戦車が戻る前に片をつけたい」
「シアーハートアタックは防がれたか……私の位置も大体わかっているようだ。敵にもスタンド使いがいるな……」
吉良吉影は冷たい眼差しをコテツに向けながら呟く。
「猫草がいれば、もっと簡単に仕留められたのだが……まあいい」
手には数発のライフル弾。もしものときのために日ごろから準備しているものだ。
「この吉良吉影の望む『植物のように平穏な生活』は……誰にも邪魔はさせない」
左手右足を失ったコテツが、やや乱暴に林に着地した。コテツの左足を曲げ、三角座りをさせる。
「敵は木の陰から俺たちを攻撃してくるはずだ……あのライフル弾は、おそらくライフルから撃ち出されたものではない。
人型のスタンドの手から投げ放たれたものだ。空気抵抗の少ないライフル弾、パワーや精密動作性の高いスタンドなら、70メートル先のネズミを撃ち抜くことも可能だろう。
こんなデカイMSに当てることなどたやすい。つまり……ライフルなんて邪魔な荷物を持たず、身軽に動いて、物陰に隠れられるってことだ」
ウェザーは冷静に分析する。
「だが、パワーの大きなスタンドは大抵、本体から遠く離れることはできない……
ライフル弾が飛んできた方向に必ず本体がいるはずだ……」
ウェザー・リポートをコテツの頭上に配置し、周囲を見張る。敵の動き、呼吸のひとつも逃さない。
「次に攻撃してきたら……攻撃のきた方向に、ウェザー・リポートの雷をくれてやる」
雷ならば、こちらに弾丸が当たるよりも早く、敵を撃つことができる。相手はこちらが雷を使えることは知らない。次に攻撃してきたときが相手の最後だ。
「攻撃してきたら、私の位置がわかる……そこを攻撃する。そう考えているな」
吉良吉影は、
「だが、甘い」
ライフル弾を発射した。
「ば、馬鹿なっ!!」
思わずウェザーは叫んだ。
弾丸は林から飛んではこなかった。コテツの左足元から飛んできたのである。それも、コテツ自体を狙わず、ウェザー・リポートを目がけて。
(なぜあんな所からっ! いや、それよりも今はこのライフル弾をっ!)
完全に予想外の方向から放たれたライフル弾は、もはやかわしきれない距離まで迫ってきている。ウェザー・リポートは、周囲に空気の層を作り、弾丸の軌道を変えようとする。しかしその時、
「……点火」
ズゴォォォォォンッ!!
ライフル弾が爆発した。
「っ!!」
ウェザー・リポートが爆風に吹き飛ばされ、本体にもダメージが及ぶ。スタンドが傷つけば、本体であるスタンド使いも傷つくのだ。ウェザーの全身に傷ができ、血が吹き出る。
「ウ、ウェザー!!」
ユウナが悲鳴をあげる。
「あいつめ……ライフル弾に接触したものを爆破させるだけでなく……ライフル弾そのものも爆破させることも、できるのか……このスタンド……『破壊』に関しては……圧倒的に、強い……」
ウェザーは傷ついた体をコクピットの壁にもたれさせる。
「くそぉぉぉぉっ!!」
ユウナは叫んで、ただ一つ残った右腕を吉影に叩きつける。
「キラークイーン!」
しかし、MSの拳打など、音速の銃弾も指でつまみ受けるスタンドのスピードの前には、スっトロいものでしかない。一瞬にして爆破させられ、吉影には何の影響も与えられなかった。
吉良吉影は、ダルマ同然となったコテツの前にたたずんだ。
「うまくいったようだな……」
吉良は満足げに言った。
彼の側に人影が立っていた。たくましい男性の肉体に、頭は猫と髑髏を融合させたような不気味で凶悪な面相。吉良吉影のスタンド、『キラークイーン』。
その能力は『爆弾』。その指先で触れたものはどんなものでも『爆弾』にできる。爆弾そのものを爆破させたり、爆弾は無傷のままに爆弾に触れたものを爆破させたり、自由自在。
ものの強度に関係なく内側から粉々にでき、爆破した痕跡すら残さない。左手からは熱に反応して自動的に攻撃する爆弾戦車『シアーハートアタック』を撃ち出すこともできる。
まさに万能の爆弾スタンド。そして、もうひとつ。キラークイーンの起こす爆弾は周囲になんの影響もあたえないことができる。すなわち、音の無い爆発も起こせるのだ。
吉良吉影は、音の無い爆発で地面を吹き飛ばして穴をつくり、気づかれぬようにコテツの足元までの地下通路を掘ったのだ。
そしてウェザーの不意を突き攻撃した。当たれば完璧に爆発させられたが、たとえ当たらなくてもライフル弾そのものを爆破させられればダメージは与えられる。
「スタンド使いは倒した……あとは……」
吉影はライフル弾を放ち、コクピットを爆破した。しかし、この爆発では破壊されるのはコクピットのみで、中にいる人間に影響はない。
爆煙が晴れると、ぐったりと壁にもたれるウェザーと、銃を構えるユウナの姿があった。
「油断はしない……冷静に慎重に……このライフル弾で仕留める。『ジョー・モンタナ』の投げるタッチダウンパスのように確実にだ」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
「そっちの男がスタンド使いか。君は……どうやって、彼と出会ったんだ? まだ他にもスタンド使いがいるのか?」
吉影はユウナの銃など意に介さず、質問をした。
「お、お前、いったい何なんだよ。なんで、こんなことするんだ……」
ユウナが震えながら言うと、
「質問を質問で返すなあーっ!! 疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか?」
「ひいっ、ぐ、偶然だよ! さっきたまたま会ったんだっ!!」
指を突きつけて怒鳴る吉影に、ユウナは思わず答える。
「ふーむ……スタンド使いとスタンド使いは引かれあう……か。まあいい、ここで始末すればすむことだ」
その言葉を合図にしたかのように、ユウナは無我夢中で引き金を引いた。しかし、弾丸はすべてキラークイーンによって弾かれ、ある弾丸は林の奥に消え、ある弾丸は吉影の足元に落ち、一発として命中しなかった。
やがて弾も切れ、引き金を引いてもカチャカチャと音が鳴るだけになる。
「あ、ああ……ゆ、許して……」
ユウナの震える唇から言葉が漏れる。
「許して? 私は別に君が憎くてこんな真似をしているわけじゃない。『趣味』だよ。若く手の美しい女を殺さずにはいられない、持って生まれた『サガ』なんだ……」
吉影はライフル弾を構えた。ウェザーはスタンドを見せておらず、攻撃の気配はない。ウェザーにはわかっていた。たとえ雷であれ、風であれ、傷ついたこの体の反応速度では、相手より速く攻撃することはできないと。
「だから『前向き』に『趣味』を楽しんで生きようとしている。それだけさ……そのために君が邪魔なだけなんだ」
吉良吉影には殺気や殺意もなかった。これから確実に害虫を殺せるという、すっきりとした安堵感に満ちていた。
「これで終わりだっ! キラークイーン!!」
爆弾と化したライフル弾が放たれようとしたとき、
ベチャンッ!!
吉影の手に、一匹のアマガエルが落ちてきて、潰れた。
「………?」
吉影は自分の手にひしゃげ、張り付いた蛙をまじまじと見て、次に頭上に目をやる。
「なっ、なにぃっ!?」
吉影は驚愕した。空から、何百匹もの蛙が落ちてきたのだ。
「う、うわああああ!?」
理解不能の状況に、とりあえずキラークイーンで降りかかる蛙を跳ねのける。
「こ、これは貴様の能力かっ!」
吉影がウェザーに向かって叫んだ。
結論から言うと……この事態を引き起こしたのはウェザーである。
この現象を詳しく説明することははぶくが……少し話をしてみよう。
1859年2月9日 、イギリスのウェールズ地方グラモガンシャーの山奥材木置き場で働いていたジョン・レーウィスが、
屋根を激しく打った音にビックリして外に出てみると何千というイワシが屋根の上や地面の上ではねており、それを拾って焼いて食べたという。
1973年9月24日の『ザ・タイムス』紙には南フランス・ブリニョル村に幾万ものヒキガエルが降ったと報道している。
1947年11月20日アメリカ・フロリダ州タラハシー、1971年9月27日フロリダ州オカラなど、1887年から1974年までの間にアメリカ・フロリダ州だけで50例以上の魚・蛙・蛇・羊の群れが空から降ってきたとの報告があり……
原因はトルネード…竜巻説が有力とされている。
「……よくやったぞユウナ……これで終わる。この戦い……俺たちの勝ち、だ……」
ウェザーは、小さな声で、だがはっきりと、そう言った。
「ふざけるな! こんな蛙がなんだというのだ!!」
一瞬混乱したが、たかが小動物の群れが落ちてきた程度で、どうなるというのだ。
吉良吉影が、体にぺしぺしと当たって潰れる蛙を無視してウェザーに狙いをつけたとき、
ズザッ
彼の足元に一際重い、落下音がした。
「……こっ、これはっ!」
そのとき、吉良吉影は相手の狙いを理解した。彼の足元に落下したもの、それは、
「コッチ見ロ~~」
爆弾戦車『シアーハートアタック』。
「蛙は、ただの目くらまし、本命はそいつだ。ユウナには、そいつを運ぶまでの、時間稼ぎと、そして……『仕掛け』の準備を、してもらった」
仕掛け。それはすぐにわかった。吉良吉影の足元にあるもの。さっき吉影が弾き飛ばした、ユウナの撃った弾丸。それは、火薬の熱を帯び、その場で最も高い熱源となっていた。
「シ、シアーハートアタック解じ――」
ドッギャアアアアアアアン!!
解除は間に合わず、シアーハートアタックは爆発した。
吉良吉影の体は軽々と空中に舞い上がり、やがて落下に転じて、大地に叩きつけられる。その体は焼き焦げと、大小の傷が無数に刻み付けられていた。中には体を貫通している傷も少なくない。左足は半ばからちぎれ、右足もズタズタになっていた。
「こ、こんな、馬鹿な……この吉良吉影に、こんなヒドイことが……」
これだけ傷ついても、まだ意識を失わずに殺人鬼が呟く。
「いつだって……運命は、私に味方するはずだ……いつだって命が運ばれてくるはず……ハッ」
起き上がろうとする吉影は、背後に気配を感じた。ウェザー・リポート。それが拳を振り上げている。
「お前の命を助ける……『運命』など」
「キラークイーン!!」
キラークイーンがウェザー・リポートに触れようとする。しかし、それより早く、ウェザー・リポートがキラークイーンの腕を殴り折った。
「うああああああっ!!」
「俺が見てきた『正義の心』に比べればちっぽけな力だ……確かに存在する……『心』に比べれば」
それでも這いずって逃げようとする吉良吉影に、ウェザーは容赦なく追撃を仕掛ける。肉体の損傷度はいまや吉良の方が酷い。
何より、正面から立ち向かう精神力が吉良には欠けていた。精神力はスタンド力。スタンドのスペックが高くとも、精神力の弱いものは勝てない。
「彼女に代わって……叫ばせてもらう!!」
ウェザー・リポートが風をつくる。風圧により、パンチ力をアップさせるために。
「うああああああ!!」
吉影の絶望の声に答えるように、ウェザー・リポートは拳を繰り出した。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァッ!!!!!」
ドッバアアアアァァァァァンッ!!
吉良の体が、ウェザー・リポートのラッシュによって吹っ飛ばされる。
「こ、こんな……せ、せっかく、『生き返った』のに……またこんな……」
ドバシィィィィッ!!
吉良の体は木にぶち当たり、木に亀裂を入れるほどの衝撃を与えて、ようやく静止した。
一度だけ全身を激しく痙攣させ、口を数度開閉させると、糸が切れたかのように前のめりに倒れた。暗黒の魂を持った殺人鬼はうつ伏せに倒れ、そして二度と起き上がることはなかった。
「お。終わったのか……?」
ユウナはおずおずと言った。このあまりに常軌を逸した状況が、収まったことが容易には信じられないのだろう。
「ああ……奴の呼吸はもう完全に止まっているのが『分かる』。奴は死んだ」
「そ、そうか! やったな!」
「ああ……ユウナの協力のおかげだ……助かったぜ」
ユウナは照れくさげに頭を掻いた。超能力などを差し引いても、偉大な戦士に違いない男の助けとなり、褒められたことに、自分でも驚くほどの喜びを感じていた。
「ところで……報酬の件だが……」
ウェザーが切り出す。
「お、おお、いくらでも言ってくれ!」
雇用契約を交わしたことを思い出し、ユウナは胸を張って答えた。
「とりあえず救援を呼んでくれ……もう指一本ほども動かせそうにない」
ウェザーはそう言い、コクピットに座り込むと、今度こそ完全にぐったりと気絶した。
吉良吉影『キラークイーン』――完全敗北…死亡
ユウナ・ロマ・セイラン――生還。この後、父、ウナト・エマ・セイランに連絡。正気を疑われるも、3時間かけて説得し、信じさせることに成功する。
ウェザー・リポート――ユウナの呼んだヘリに乗せられて病院へ。5時間後に目を覚ます。ウナトと交渉後、オーブ軍に入隊。一尉となり、ユウナの護衛を勤める。
オーブ政府公式記録――トラックの事故、運転手の死、森林の火災、MSの破壊などは、テロリストの襲撃があったということになっている。
TO BE CONTINUED
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