KtKs◆SEED―BIZARRE_第25話
Last-modified: 2009-06-07 (日) 20:54:51
『PHASE 25:邂逅の特異点』 エーゲ海の海岸線から内陸に入り込んだポイント。 「あーあ、せっかくエーゲ海だっていうのに、こんなしけた仕事とはねぇ」 ポルナレフがつまらなそうな顔でため息をつく。 「言わないでください。余計気が滅入ります」 シンも同じような顔で言った。 「気配はねえな」 どの建物も薄汚れており、手入れされた様子はない。 「やっぱ、とっくに廃棄された施設みてえだな」 派手なドンパチは期待できそうにない。二人はこの退屈な任務に、渋々ながら取り掛かった。 「そういや艦の修理は大丈夫かね」 シンが明るい表情で言う。 「ああ。今までオーブのザフトへの協力は、アスラン派遣程度だったからな。これからはオーブ軍とも共同戦線が張れるわけだ。故郷が味方してくれて嬉しいだろ?」 雑談をしながら、二人は闇を電灯で照らし出しながら進み、地下に到達した。 「……シン」 突如真剣な声を出したポルナレフに、シンも体を緊張させる。 「気をつけとけ。意外とやばいかもしれねえぜ」 ポルナレフは通路を入ってすぐのドアを開ける。 (電気が通っているのか?) 廃棄された施設にしては妙だ。シンはそう思いながら、周囲を見渡す。 「……なんだ?」 いぶかしげな声を出したシンに、ポルナレフは振り向き重々しく命じた。 「ど、どうしたんですか教官?」 ポルナレフは部屋を出て、ずんずんと激しい勢いで通路を進んでいく。 「!! ここから臭ってきていやがる!」 ポルナレフはその部屋に入った。その途端、彼の怯むような呻きがした。 「どうしたんですか!?」 ポルナレフらしくない声に驚き、室内に入ったシンは、その部屋の光景に言葉さえ出なかった。 「こ、こんな……こんなことって」 吐き気を無理矢理押さえ込みつつ、代わりに言葉を搾り出した。 「酷かもしれないが……覚えておきな。この世界の派手な戦いでは、あまり感じられないものだからな」 ポルナレフは、怒りをこらえるような表情でシンに教える。 「これが『死臭』というやつだ」 懐中電灯の光が、赤黒い血をこびりつかせた、無数の死体に当てられていた。 「ハア……ハア……」 シンが呼気を荒くする。精神的苦痛のためだ。 (なんだって……子供がこんなに死んでいるんだ!?) 床に転がっている死体は、大人と子供が半々であり、大人は白衣や身分証から見るに、研究者であると推測された。では何の研究を? 「コンピュータは……よくわかんねえしな」 ポルナレフはぼやきながら、紙の書類を探り出し、懐中電灯の光を当てながら、パラパラとめくる。 「ここは……対コーディネイター用の兵士を生み出すための、人体実験施設……ってとこのようだな」 反吐を吐くような声だった。 「人体実験……?」 ポルナレフの体は怒りに震えていた。 「さすがによ……ここまで腐りきったもんは見たことがねえ……。いろんなトコ行って、いろんなコトやって、いろんな奴と会ったがよお…… だが、その怒りは次第に哀しみに取って代わられていく。 「……ポルナレフ教官」 シンは何も言えず、自分が知る限り最も強く勇敢で、単純で陽気で、間が抜けていて愉快で、優しく涙もろい男を見つめるしかなかった。 「……ええいっ!! くそっ!!」 ポルナレフは書類を近くのデスクに叩きつける。書類がバラバラに乱れ、床にこぼれた。 「出るぞシン。調査隊が来るまで俺たちには、こいつらを埋葬してやることさえできないのが、わかったからな」 もはや終わってしまった事柄について、どうしようもなく無力な自分たち。 「まだ……戻ってもらうのは早いな」 二人が聞いたことのない声が響いた。 「「!!」」 二人は即座に身構える。その反応の速さは、彼らの戦闘経験の豊富さをうかがわせた。 「何者だ。出てきやがれ!!」 ポルナレフが吠える。声の主は微かに笑いを含んだ声で答えた。 「哀しいことを言うなよポルナレフ……俺はお前と出会えるこの時を、一日千秋の思いで待ち望んでいたのに……」 こらえようのない喜びが伝わってくる。しかし同時の、その声のなんて殺意に満ちていることか。 「はっ! 俺はお前なんざ知らねーぜッ!!」 ギュバンッ!! その一撃をポルナレフが避けられたのは、彼の実力と、運と、何より相手が本気でなかったからである。 「ど、どうしたんですか!」 ポルナレフが鋭く動いたことに、シンは問いながらも半ば理解した。 (スタンド使いが、現れたのか!?) ポルナレフは緊張した顔で、 「シン……やばいことになったぜ。強敵だ」 ポルナレフの仲間のことはシンも聞いたことがある。 「憶えていてくれたようだな。もう一度言おう。再会できて嬉しいよポルナレフ」 ポルナレフは、かつて自分だけでは手も足も出せなかった敵を相手に、自らを奮い立たせるために笑みを浮かべる。 「ゲブ神のンドゥール!!」 悪の帝王DIOに忠誠を誓う、エジプト九栄神の最初の刺客。大地の神ゲブを象徴するスタンド使い。 ――――――――――――――――――――――――― エーゲ海の地球連合軍基地にて、ダーダネルスでの戦闘でフリーダムに傷つけられた艦やMSの修理を待っていたネオ・ロアノークは、部下からの報告に顔色を変えた。 「ロドニアの研究所(ラボ)がザフトに見つかっただと?」 ロドニアのラボ。人体実験施設。かつてステラたちを『製造』した悪夢の工場。 (隠滅……つまり、強化人間(エクステンデッド)の子供たちも残らず殺すつもりだったわけか) 不愉快な感情を押し殺し、現状把握に努める。 「……始末するつもりが内乱を起こされ、施設にいた人間は一人残らず死んだと推測される。その後始末をする部隊を送るより前にザフトに見つかった。現状はそういうことか?」 それは慌てるだろう。あの施設の全貌を知られたら、連合軍の恥どころの騒ぎではない。 (このことが公表されたら、ただでさえ評判の悪い連合軍、ひいては大西洋連邦は、自分たち以外すべてを敵に回しても不思議じゃない) だがこれはむしろ、ネオやブチャラティにとってはチャンスかもしれない。このことを、対ジブリール包囲網を発動させる口実にすれば。 「ブチャラティと相談の必要があるな……とにかくこのことはステラたちには言うんじゃないぞ。仮にもあいつらが育った場所だ。聞けば動揺するだろうからな」 報告を持ってきた部下は敬礼をして答える。 ――――――――――――――――――――――――― ポルナレフはこの状況をどうするか考えていた。 「さて……こいつの能力を整理してみようか。えーと、こいつの本体は盲目の男。目が見えない分、耳がめっぽう良くて、キロ単位の距離からでも音を探れる。しかも冷静で頭もよく、判断力、洞察力に優れている。下手な罠にはかからねえだろう……」 シンに教えるため、考えていることを声に出す。相手はただ耳がいいだけの男ではない。アヴドゥルが腕輪を投げてたてた、偽の足音も見破る知恵がある。 「しかもこいつのスタンドは水。決まった形がないから、斬ったところでダメージがねえ。単純なパワーじゃ傷つけられないタイプのスタンドだ。となると本体まで近づくしかないが……」 どこにいるのかがわからない。前はイギーの鋭い鼻で探し当てたが、今回はそうもいかない。 「……こいつは思いのほか絶体絶命だぜコンチクショー」 スタンド使いでないシンだが、ポルナレフが愚痴るほどの危機であることはよく理解できた。 「けどポルナレフ教官。スタンドはスタンド使いにしか見えないっていう話ですけど、見えてますよ、俺。この水みたいな奴……」 シンの目に、ナイフのように鋭く禍々しい爪を尖らせる『ゲブ神』が映っていた。 「それは、多分こいつが水と一体化しているタイプのスタンドだからだろうな。現実に存在しているものと同化して操るタイプのスタンドは、スタンド使いでなくても見ることができる。ま、そいつは不幸中の幸いってとこかな」 多少なりともシンはゲブ神に対して行動をとれるということだ。 「よし……。シン、どうするか決めたぜ」 このままじっとしているよりは、一か八かでも行動した方がマシ。そう判断したポルナレフは方策を述べる。 「本ッ当にどーしよーもねー状況で使う最後の手段。戦友から受け継いだ最終的必殺奥義だ」 シンが目を丸くする。ポルナレフと会って一年ほどになるが、そんな凄い技があるなど聞いたこともなかった。 「ああ……それはだな」 深刻な面持ちのポルナレフに、シンは息を呑む。そして、ポルナレフはその奥義を口にした。 「『逃げる』」 シンがポカンと口を開けたのも束の間、ポルナレフは強く足を踏み出した。 「逃げる俺をこのスタンドが追っている間に、お前はスタンド本体を探すんだ! 杖を持った盲目の男がいるはずだ! そいつを倒せ!」 スタンドを相手にできなれば本体を攻めればいい。本体がどこにいるのかわからなければ探せばいい。ポルナレフらしい単純明快な方法だ。 「お、俺がッ!?」 大役を任じられ慌てるシンに、一喝する。その間にも、ゲブ神は攻撃を繰り出してくる。 「ぬおおおおおお!!」 ゲブ神の斬撃をすんでのところでかわすポルナレフ。斬撃はそこに横たわっていた死体を胴切りにし、更にポルナレフに追いすがる。 「できるだけ……早く頼むぜ! シン!!」 その言葉を残し、ポルナレフは施設の奥へと走っていった。 (急がなきゃ……!!) シンは焦りながらも、同時に嬉しさを抱いていた。尊敬する師に、役目を託されたことに。 (行くぜ……待っていやがれ! ンドゥールとやら!!) シンはポルナレフと別方向に走り出した。 ――――――――――――――――――――――― 施設の一室に、杖を持った男がいた。額に布を当て、大きな輪の耳飾りをしている。彼こそが『ゲブ神』のンドゥール。 「二手に分かれたか」 ンドゥールは音を聞くことに集中するために、あまり動くことはできない。 (まあいい……見つけられる前にポルナレフを始末すればいいだけのことだ。どこへどう逃げようとも……このンドゥール様から逃げきることはできない) ンドゥールは先端を床につけた杖に、耳を寄せる。 (現在たっている足音は二つ。一つは若く荒削りな少年の足音。もう一つは迷いのない熟練の戦士の足音。歩幅からしても後者がポルナレフに違いない。こちらを集中して聴き取り、打ち倒す!) 視覚を補って余りある千里眼的聴覚は、ポルナレフの一挙手一投足を捕えていた。 ――――――――――――――――――――――― ミネルバはシンたちからの連絡を受け、ロドニアの研究所へと向かっていた。 「戦争なんてロクでもなくて当然だけど……今回は今までより更に気分の悪いものを見そうな気がするわ」 根の優しいアーサーが心配そうに言う。 「あの二人は図太くてしぶといから大丈夫でしょう。けどドジなところがあるし、急ぐに越したことことはないけれど」 タリアはアーサーの軽口を笑えなかった。 「しかし、アスランや、オーブの援軍の方は、待たなくてよかったんですか?」 アスランはどうしただろう。うまくアークエンジェルを見つけ、キラ・ヤマトたちと話せただろうか。 「オーブからの派兵に関しては、確かに礼を失することになるけれど……仕方ないわ。戦時中に礼儀作法云々を言っている暇が無い時があることくらい、わかってもらえるでしょう」 そう答えながら、タリアは感じていた。 (戦争の激しさと辛さは、最高潮を迎えるでしょうね) 今までが太陽の光無き、暗い曇天だったとすれば、これから荒れ狂う黒い嵐のごとき時が来る。 ――――――――――――――――――――――― タリアの危惧どおり、渦中の人となっていたポルナレフは、廊下を必死で走り、汗を流していた。 (シンと二手に分かれたまではよかったが、こりゃあ正直デンジャラスだな!) ポルナレフは背後から迫る敵意ある水は、徐々にポルナレフとの距離を詰めつつあった。 (幸い足元は滑らかな床。砂漠での時みてえに中に染み込めないから、奴の姿は丸見え。不意打ちをくらうことはねえが、正面からでも承太郎のスター・プラチナと張り合えるほどのパワーだって話だからな。逃げながら相手するのは至難の業だぜ!) 海の中でも取らなかった空条承太郎の帽子を、吹っ飛ばしたほどのスタンド。 (前の時はイギーの『愚者(ザ・フール)』で空を飛んで、足音を誤魔化したが……俺の『銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)』じゃそんなに長時間、空中に持ち上げてはおけねえし……) シルバー・チャリオッツは剣のスタンド。腕力そのものは大したものではない。 (じゃあこういうのはどうだ?) ポルナレフはシルバー・チャリオッツを現した。 (駄目だな。こんなんじゃ十秒と時間をかせげねえ。相手もこっちがやりそうな誤魔化しは考えに入れて、注意深く音を聴いているみてえだ) 考え込むポルナレフだったが、その時、遂にゲブ神がポルナレフの背中に追いついた。 「ちいっ! やられてたまっかよ!!」 ポルナレフは、先ほど切り刻んだドアによって閉ざされていた、今は開けっ放しの部屋の中に、身を躍らせた。 「よし! あとは壁に穴でも開けて通路を作って……って、おい嘘だろ?」 ポルナレフは、部屋の中の光景に愕然とした。 「フ、フハハハハハ……なんと『運』の悪いことよなポルナレフ。よりによって『そこ』に逃げ込むとは……」 ンドゥールは、ポルナレフが床に落ちた時の衝撃音の反響から、その部屋がどこの何であるかを、彼は正確に読み取っていた。 「思ったより早かったが……俺の勝ちだ。ポルナレフ」 ポルナレフは慌てて背後を振り向くが、すでにゲブ神の姿はない。相手もここがどこかわかったのだろう。 「なんだって俺はいつも」 ポルナレフが絶望的な顔色で呟く。同時に、それは音をあげてやってきた。 「こういうとこでピンチになるんだクソッタレーー!!」 ドゾワアアァァァァアアァアッ!! 水の張った洋式便器や、水道の蛇口から、大量の水が放出され、噴き上がり……そのままポルナレフへと襲ってきた。 「よしッ! これでまずは一人あとはアヴドゥルとあの犬を……」 ンドゥールが勝利を確信して笑みをもらす。だが次の瞬間、その笑みは驚愕にとって変わられた。 「ッ……なんだと? まだ殺(や)ってない!?」 J.P.ポルナレフの戦歴は、決して華々しいものではない。 だが、ポルナレフは決して弱いわけでもない。 そんな彼の剣が、この程度でやられるはずはない。 「さぁて……勝負だぜンドゥール。やっぱり、『逃げる』のはジョースター一族の専売特許。俺ごときには使いこなせるもんじゃなかったぜ」 もしもゲブ神に視覚があったなら、そこにゾッとするものを見たことであろう。 「逃げるのはやめだ……こっからは攻めていく!」 早くも方針を変更したポルナレフを取り巻く、7体のシルバー・チャリオッツの姿がそこにあった。 「俺のスタンドパワーが尽きるのが先か。俺かシンが、お前を見つけ出すのが先か……勝負といこうぜ!」 不敵な笑みを見せながら、ポルナレフは再び走り出す。 「さすがに……一筋縄ではいかんということか」 危機を脱したポルナレフの動きを感じ取りながら、ンドゥールは次の策を練る。 「このまま奴の消耗を待つのも手だが……あまり前向きではないな」 このまま隠れ通すことができれば、ンドゥールは身を危険にさらさずに勝てる。 「それに、DIO様が死してなお、生き延びていたという罪深い奴を、そのような地味なやり方で片付けるというのも気分が良くない。一つ、仕掛けてみるか……」 ンドゥールがここにいるのは、風水師ケンゾーの予言によるものであった。 『この場所におもむけ。以前、ここを訪れた盲目の男と共にな。それによってお前さんらは、二人ともが求めるものに出会えるじゃろう。ただし、そこには求めるものと同時に危険もある。人生を揺るがすほどの、いや、滅ぼされてしまうほどの災厄がな……』 (確かに、ポルナレフは俺の人生に終止符を打てるほどの強敵。そして同時に求める者!! DIO様の仇……今こそ討たせてもらう!!) 盲目の戦士は薄っすらと笑う。復讐の高揚感に酔うンドゥールは、思い起こしもしなかった。 カタカタカタカタカタ……… ポルナレフとンドゥールが激戦を行っている頃、施設の一室に、指でキーを打ち叩く音と、機械の鈍い音が生まれていた。 「これだ……このデータだ! これが欲しかった! 存在すると期待はしていたが、これで確証を得られた!! さすがだなケンゾー!」 キーボードを叩く男が、歓喜の言葉をあげた。 「場所は……情報なしか。だが実在さえはっきりすれば、狙いも絞りやすくなる。ふふ……希望とやる気がムンムン沸いてくるじゃないか!!」 彼の言う希望の源泉が何なのかはわからない。確かなことは、その存在は彼の最近の苦労や精神的苦痛さえ吹き飛ばせるような、重要極まるものであることのみ。 「なあ……そう思うだろう? お前も」 男は椅子を回転させ、背後を向く。その視線がついに画面の外に向けられた。 「ガキ……お前は確か、シン・アスカだったな? 情報によれば、インパルスを乗り回す、ザフトのエースパイロット。大したもんだ」 そうは言うものの、その言葉には賞賛の念などまるで含まれていない。 「なぜ俺のことを知っている……お前は誰だ。ンドゥールじゃあないな?」 シンはいつでも跳びかかれるように体勢を整えながら、問いかける。 「ああ、アイツを探していたのか。生憎だったな。こっちは逆方向だ」 男はコンピュータから、データをコピーし終えた情報端末を抜き取ると、椅子から立ち上がる。 「お前は……ンドゥールの仲間か」 部下? つまりこいつが上司だというのか? 「この死体は、お前の仕業か?」 脳の納められたケースをノックするように指でつつき、嘲笑を浮かべる。 「もう一度訊く。お前は……誰だ」 もったいぶりながら、気取った調子で名乗りをあげた。 彼の声は傲慢極まるものであった。出会うことのなかった父の様を真似るかのように。 ――――――――――――――――――――――― ファントムペインの一員、ステラ・ルーシェは、ガイアを操りロドニアのラボへと向かっていた。 「守る……守る……守る……」 その言葉を繰り返し唱えながら。 事の起こりは、彼女がネオと兵士の会話を聞いたことに始まる。 『ロドニアのラボ』 聞き覚えのある言葉だった。いつまでも頭に引っかかり、取れずに気にかかり続ける言葉だった。 スティングはダイアーと対峙している。スティングは険しい表情でダイアーを睨みながら、相手の周囲を歩いていたが、ダイアーの方は泰然として微動だにしない。 「まだ甘い」 だがその蹴りはダイアーにあっさりと掴まれ、そのまま蹴りの勢いを利用された形で投げ飛ばされた。 「お前は並みより身体能力が高く、それだけで勝ててしまうから、技の研鑽が未熟だな。もっと相手の行動を予測してみろ」 スティングは悔しそうな顔で起き上がる。 「くそ……もう一丁!」 だが訓練を投げ出しはせず、再度構えを取る。 「ふっ」 アウルがナランチャのナイフを持つ手を、頭上まで押し上げ、素早く背後にまわる。 「げっ!」 ナランチャが振り向く前に、アウルのナイフがナランチャの喉元に添えられていた。 「はい♪ これで俺の十四連勝」 ナランチャが情けない顔で呻く。 「まあ、ちょっとは成長してるけど乗せられやすいんだよなぁ。主導権握れるようにしねぇとさぁ」 どこか偉そうに講釈をたれるアウル。 「ねえ、みんな……」 4人は何事かと彼女に目を向ける。 「ロドニアのラボって、知ってる?」 スティングとアウルが順に言う。ステラは以前、記憶を消去処理された時、たまたまその辺りの記憶をいくらか消されてしまったが、二人は割りとよく憶えていた。 「なんだァ、いきなり?」 ちょっと懐かしむようにスティングが笑う。 「ザフトに見つかったって……ネオが」 スティングとアウルが急に顔色を変える。ナランチャとダイアーも顔を険しくしていた。その雰囲気に、ステラは怯む。 「見つかったって……どういうことだよ!!」 アウルがステラに詰め寄る。その手には、まだナイフが鋼色の輝きを照り返らせていた。 「ステラっ! 言えよっ! ネオは何て言ってたんだよっ!」 スティングが二人の間に割って入り、ナランチャがアウルの手首を押さえる。 「これが落ち着いていられるかよ! わかってんのか!? ラボには母さんが……ッ!!」 禁断の言葉が放たれてしまった。それもよりによってアウル自身の口から。 「かあっ……さんっ……がぁっ………!!」 呼吸が乱れ、汗が流れ、全身が震える。膝を崩し、床に両手を着く。 (いかん……! ブロックワードが……!) ダイアーがほぞを噛む。強い力を持ったエクステンデッドを支配するため、一言で行動を停止させるために刷り込まれた合言葉。 (いやそんなことは今どうでもいい!) アウルの状態はいよいよ酷くなっていた。 「母さんが……いるっ、んっ、だぞ……っ」 ナランチャが揺さぶって励ます。だがアウルは聞く耳を持たない。 「母さんがぁっ………死んじゃうじゃないかぁぁぁッ!!」 それが、更なる禁断の引き金となった。 (死ッ!!) ステラの顔が真っ青を通り越して、真っ白になっていく。 (死ぬ? 嫌! 死にたくない! 嫌!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死死死死死死死死死死死死死死死死死!!!!!!) 思考が赤黒いその一言によって埋め尽くされていく。それは優しいネオも、頼もしいブチャラティも、親しい仲間たちさえ、無残に無慈悲に埋め尽くしていく。 『守るから……』 その名は、呆然としたように放たれていた。ステラはおぼつかない足取りで、歩き始めた。 「母さんが、そんなっ、そんなのやだよぉっ!! 僕はぁっ!!」 ダイアーは暴れるアウルの肩に手を置き、ゆっくりと呼吸する。 「くっ……ううっ」 アウルが少しだけ震え、やがてまぶたを閉じ、意識を眠らせた。 「乱暴だなことをしてしまったな……」 ダイアーが落ち込んだように言う。 「仕方ねえよ……今回ばっかりは」 スティング、ナランチャは哀しそうに、床に倒れたアウルを持ち上げ、ベッドルームへ運ぶことにした。 「守る……守る……」 それからステラは、整備員を押し退けて無理矢理修理中のガイアに乗り込み、外壁を破壊して穴を開け、J.P.ジョーンズの外に出たのだ。 「守る……守る……!!」 あの日、黒髪の少年より教えられた言葉。 『守る』 なんと傲慢な言葉か。 『死』から逃れられる者などいない。生命はいつか死ぬ。物質はいつか砕ける。それが運命というものだ。 『大丈夫だ! 君は死なない! 俺がちゃんと守るから! だからっ!!』 赤い眼。炎のように熱い眼。 「シン・アスカ………」 彼女の中で、たった一度出会っただけの少年は、光り輝く黄金のような存在となっていた。 「私も……守る」 ステラは行く。ロドニアのラボへ。 彼女は飛ぶ。 「ドナテロ……ヴェルサス……。聞かない名だな。ここで何をしている」 シンはだんだん腹が立ってきた。 「察するに、良くないことをしているんだろう?」 悪びれることなく、ヴェルサスはせせら笑う。その笑顔だけは、彼がただのチンピラと一線を画すところだった。 「……なるほど。よくわからないが……お前が反吐以下の臭いのする悪党だってことはわかったぜ!」 シンは怒りの声をあげた。 「ンドゥールを探す前に、お前をここで倒す。ンドゥールの上司ということは、お前もスタンド使いなんだろうが……スタンド使いと戦うのは初めてじゃない」 シンは拳銃を抜き、ヴェルサスに向ける。 「そして……勝つのもだ!」 ヴェルサスの嘲りに満ちた、上から見下ろすような視線が、にわかに憎悪に染まった。 「俺はそういう眼が……大ッッッ嫌いなんだよぉぉッッッ!!」 彼の隣に、シンには見えない人影が現れる。 「この無敵のヴェルサスに勝つ、だとぉ? いいだろう。俺の『アンダー・ワールド』が何でもできるってとこを……見せてやるッ!!」 そして『アンダー・ワールド』はその能力によって、『世界の下』に埋もれた記憶を『掘り起こした』。 ポルナレフは命がけで走っていた。スタンドパワーが尽きれば、チャリオッツによる剣の布陣も成り立たなくなり、ゲブ神に殺されてしまう。 「どうしたってんだオイ?」 ポルナレフは首を傾げていた。 「何があったってんだ?」 彼は推理をしてみた。 「となると、奴を追うのはやばい! このまま追わずに外に出るのが一番良さそうだ。そろそろ増援部隊も来るだろうしよ~」 そう呟きながらも、ポルナレフにはそれが実行できなかった。 「……けどもしもよぉ、シンがンドゥールを見つけていたとしたら、このままゲブ神をほおっておくと、シンがやられちまうかもしれねえって考えたら……」 ポルナレフはゲブ神の去っていった方角へ足を向ける。 「チクショウ! 追わないわけにはいかねーじゃねえかッ!」 そしてまた彼は走り出すのだった。 「よしよし、追いかけてくるな……」 ンドゥールは足音を聴き取り、獲物が罠にかかろうとしているのを知った。 「立派な行動だよ。だがそれが命取りだ」 ンドゥールのスタンド、エジプト九栄神の一柱、ゲブ神。 『冥界(アム・ドゥアト)』へと。 ――――――――――――――――――――――――― 「なんてこった……」 ネオは大穴の開いた外壁を見ながら、彼にしては珍しく心から焦燥にかられた声を出した。 「ロドニアのラボか……」 まさか会話を聞かれていたとは。それがこのような事態を引き起こすとは。 「とにかく追わなければ……ステラがラボにつく前に抑えられればいいんだが」 ラボには既にザフトがいるはずだ。いくらステラでも、修理中のガイアでは敵わないだろう。 「祈るしかないか……」 神だの仏だのといった見も知らぬ輩にではなく、人間の宿す運命と精神の強さ、そして人間が起こす奇跡に、ネオは祈る。 ――――――――――――――――――――――――― ヴェルサスが己のスタンドを発動させたことを、シンは気配で察知した。 「何をしたのか……って面だな。クク」 ヴェルサスは嫌らしい笑みで、シンから見て右側を指差した。ヴェルサスへの注意を怠ることなく、シンは指差された方向に視線を向ける。 (ハッタリ……?) だがそう思うのは早計というものだった。 グジリ 床の方で鈍い音がした。 (……なんだ?) 罅が次第に広がっていく。 『お……お……』 罅の奥から、音が響く。いや、これは『声』だ。 (何かいるのかっ!!) シンは足を引き、罅から離れる。 「何をしたヴェルサス!!」 ヴェルサスは肩をすくめる。 「ふざけるなっ!」 その言葉と同時に、罅がついに穴となり、奥にいたものが姿を見せた。 『おお……お……ぃ………』 それは人間の片腕だった。 「なっ!?」 シンの背中に怖気が走る。ホラー映画のような視覚的おぞましさからくる生理的嫌悪感、だけではない。それは見てはならないものだと直感したのだ。 『おぉ……おぉ……にいぃ……』 床材が砕け、それは上半身すべてを表した。とは言っても、まともに見られるのは片手だけで、それ以外は焼け焦げた肉片を、無理矢理人の形に固めたような、吐き気を催す塊だった。 「え……ええ……う、うう、嘘だっ!!」 シンはその正体を知っていた。その声を、その姿を知っていた。だからこそ否定する。せざるをえない。それを認めるのは、つらすぎた。 バキリ そんなシンの背後の床に、また二つの罅が入っていた。その罅からも、凄まじい暴力を受けたと連想される、無惨に捩れた腕が伸ばされた。 『シ……シ……』 その腕の主たちもまた、声をあげる。シンが知っている声を。 「やめ、やめてくれ……!!」 能力『アンダー・ワールド』。 「あ……ああ!? ああああああああああっっ!!?」 とうとうシンは絶叫をあげた。2年前、オーブであげたような絶叫を。 『おにい……ちゃん』 彼のかけがえのない妹、マユは、兄に呼びかけた。灼熱で焼かれ、爆風に砕かれた体の中で、ただ一つ、形を保ってちぎれ残された、片腕を兄へと伸ばしながら。 『シ……ン……』 力任せに丸められた紙くずのようになり、顔の判別さえできなくなった、彼ら兄妹の両親と共に。 ――――――――――――――――――――――――― ポルナレフが濡れた床をたどっていくと、やがて、ドアが開けっ放しの部屋に着いた。部屋の明かりは点いており、もう少し近づけば部屋の中も見えるだろう。 (しかし……この不気味な静けさからして、こいつはやっぱり罠の方みたいだな。だとすりゃ、不用意に近づくのはやばいぜ) いつでも攻撃できる態勢で、ゆっくり近づく。しかしンドゥールのことだから、すでにポルナレフがここまで来ていることはわかっているだろう。 (さて……どう来る!?) そして部屋の内部が少し見える位置まで着く。 (ふーむ、顔や背格好は、承太郎から聞いたとおりだ。奴がンドゥールというのは確かだろう) ポルナレフがそう考えた時、 「どうしたポルナレフ?」 ンドゥールが口を開いた。 「そんなところでグズグズせずにかかってきたらどうだ? それとも俺が怖いのかな?」 挑発に乗ったように言葉を返しながらも、ポルナレフは飛び掛ったりはしなかった。 (まだンドゥールはチャリオッツの射程距離の外だ。まだ俺は攻撃できねえ。もっと近づいてきたら、『罠』にかけてやる……。そんな風に思ってんだろうな) ポルナレフは戦車の剣先をンドゥールへと向け、 (できるんだなそれが!!) 心の中で叫んだ。 『銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)』が高速で動いた。 「チャリオオオォォォッツ!!」 ポルナレフの雄叫びに呼応し、銀の戦車は剣を振るう。ほんの一瞬の間に、十数回振るわれた剣は、標的をバラバラにして飛び散らせていた。 だが、 「なにぃっ!?」 ポルナレフの驚愕の声が響く。切り裂いた体から飛び散ったのは紅い血ではなく、透明な水だったのだ。 「かかったなポルナレフ!」 その声は、ポルナレフの背後から聞こえた。同時にポルナレフの体を強い衝撃が襲い、ポルナレフは右真横へと吹っ飛んで壁に激突した。 それは、彼のスタンド、シルバー・チャリオッツが弾き飛ばされたことから生じた現象であった。 「なん、だとぉ……」 ポルナレフがその眼で見て、ンドゥールだと思ったのは、ゲブ神の水の体に映り込んだ、ンドゥールの鏡像だったのだ。 「眼が見える、というのは時に不便なものよ。眼に頼りすぎるがゆえに、騙されることもある」 ポルナレフの背後、部屋の出入り口の脇の壁に座っていたンドゥールが、立ち上がった。 「お前を殺すと決めた日から、いろいろと策を考えていた。その内の一つがこれだ。目の見える仲間……というほどの関係ではないが、共にいる者たちに映り具合を見てもらい、実物そっくりに映るように訓練した。 ンドゥールは、勝ち誇るように説明した。冥土の土産、というやつなのだろう。 「まだだっ! チャリオッツ!!」 ポルナレフがスタンドを呼び戻そうとする。 「させんっ!」 だが彼とスタンドの間に、ゲブ神が立ちふさがる。その時すでにしてゲブ神は、部屋中に水の体を広げており、周囲は泉のようになっていた。 「ぐふっ!!」 ゲブ神がチャリオッツの胸を切り裂く。同時にポルナレフの胸が裂け、血が溢れた。 「ちょいと浅かったか……だがもはや逆転の目はない。もう高速移動によって円陣を組むほどのスタンドパワーも出せまい」 ポルナレフの負ったダメージは大きなものではなかったが、無視できるほど小さなものでもなかった。 「チェックメイトというやつだ」 ゲブ神は、巣にかかった獲物に迫る蜘蛛のように、ポルナレフにとどめを刺そうと狙いをつけていた。 ――――――――――――――――――――――――― J.P.ポルナレフは諦めない。風前の灯といえる状況であっても、何か脱出口があるはずだと、思考と視線をめぐらせる。 (これで、DIO様の仇をようやく討てる……。DIO様以外の者に従ってまで、ここまで来た甲斐があったというもの) ガサガサ そんな音が、彼の優れた耳に届いた。 ガサガサ またさっきと同じ音がした。その音の質から、自分の考えが正しかったことを確認する。 「『ゲブ神』!!」 水がポルナレフから、本棚へと、本棚の後ろを探る『銀の戦車』へと狙いを変えた。 「ぐああああっ!!」 ズババババババ!! 凄まじい衝撃がンドゥールを襲った。 「はあ……しんどいねぇ。復讐ってのは。するにしても、されるにしても」 ――――――――――――――――――――――――― シンは憶えている。 すべてよく憶えていた。 「ウヘヘヘ、どうやらアレは奴の家族みたいだなぁ。なんとおぞましいことよ」 『お兄ちゃん……』 シンに呼びかける、死者の声。怨嗟の声ではなく、怒りも悲しみもなく、生前と同じ、親愛に満ちた暖かな呼び声。それがよりいっそうシンには耐え難かった。 「撃ちたくない……!! 来ないで……!!」 「ま、せいぜい家族水入らずの時間をすごしてくれ。そう長くは無いだろうけどな」 「違う……! こんな、こんな馬鹿なことッ!!」 『3』 二年前、シンから家族を奪った無慈悲な破壊。木々を押し倒し、大地に穴を開けた、暴力の炸裂。 『2』 それが今、再来する。今度は、 『1』 シン自身の命をも奪い去らんがために。 『0』 ゴッバッドオオオオオオオン!! ヴェルサスの耳に爆音が届く。彼は、甘くとろけるチョコレートを頬張った子供のように、うっとりとした表情を浮かべた。 (どこだ……ここは) 気がつけば、シンは真っ暗の中にいた。 コォォォ…… 光が、生まれた。 「マユ……?」 「また会えたね、お兄ちゃん」 「なんでこんなところに……っていうか、ここはどこなんだ?」 「俺は……マユと一緒にいるよ。兄貴だもんな」 それは本心からの言葉だった。こんな真っ暗なとこでマユを一人にするなんて、とてもできない。だがマユは首を左右に振り、 『運命は変えることはできない。変えられるくらいなら運命とは言わねえよな。だがそれでも、恐れずに立ち向かい、突き進んでいけるのなら……超えることはできる』 暗い嘆きに囚われた自分を救い上げ、鍛えてくれた師。 『インパルスの操縦だけなら、お前が一番うまいだろう。お前ならできるさ』 自分を認めてくれる、共に戦う仲間たち。 『いやぁっ!! 死ぬのいやっ! 怖いぃぃぃ!!』 守ると、また会いに行くと、そう誓った少女。一度しか会ったことが無い、姿と名前しか知らない少女。それでもなぜか、強く心に残る少女。 それらの思い出が心を巡り……シンは答えていた。 「ごめんマユ……俺、さっきのとこに戻るよ」 その答えに、マユは少し寂しそうに、けれどそれよりももっと嬉しそうに微笑んだ。 「『――――――………』」 「な、なんだって……」 「うう……」 「て、テメエ! ど、どうやって生き延びやがった!?」 その怒声を受けてシンは、自分が『向こう』から戦場に帰ってきたことを自覚するのだった。 「夢を見ていたんだ……とても寂しい夢だったよ」 なぜシンが生きているのか理解できずにいるヴェルサスは、余裕の無い声をあげる。 「あの衝撃は……ああ、思い出した。二年前にオーブで受けた、あの爆撃だ……」 「もう、あんなまやかしは通用しないぞ。さっきのあれは……本物じゃない。俺の家族じゃない」 「本物は、二年前、オーブで、俺の目の前で死んだ人たちだ。何もできない無力な俺の前で、運命の犠牲になった人たちだ!」 「俺が、さよならさえ、言えなかった人たちだ!!」 銃をヴェルサスへと向け引き金を引いた。放たれた弾丸は、ヴェルサスの頬を掠める。肌が抉れて血が流れた。 「ぬうっ!」 ヴェルサスの周囲に、何人もの子供の姿が現れる。子供たちは皆、手に銃を握っており、シンへと向けていた。この研究所で内乱を起こしたエクステンデッドの候補生たちだ。 「撃ち殺せッ!!」 「よくもっ! よくもお前はっ!!」 『プッツ~~~~~ン!!』 シンの中で、何かが切れる。それはかつて、オーブ沖の戦いでMA相手に経験した感覚。感覚が研ぎ澄まされ、空間がやけに明敏に感じ取れる。それこそ、今飛んでこようとしている弾丸が、どのような軌道を描いて飛んでくるのかわかるほどに! (しかしこの量だと、どう避けてもどれかには当たってしまう。となれば、これしかない!) 「何ぃ!?」 「よくも!! 俺の家族をもてあそんでくれたなあああぁぁぁっっ!!」 ゴズシャァッ!! 怒りの勢いがついた蹴りは、ヴェルサスの顔面に吸い込まれるようにして命中した。 「さあ、お前の企みも何もかも話してもらうぞ!!」 「撃てェ(ファイアァァー)―――――ッ!!」 ヴェルサスはとっさに跳び退る。一瞬後、ヴェルサスの元いた位置に、無数の小さな穴が開いた。 「こっ、これはっ!」 「……喋りすぎたな」 初めての苦痛。 そして、初めての『敵』。 ヴェルサスは、この世界の住人に対し、初めて明確に『敵』というレッテルをつけた。すなわち、道具ではなく『人』として認めたのだ。 「貴様の調子に乗った面を……恐怖でゲドゲドに歪ませてから殺してやる。首を洗って待っていろ!」 宣言すると同時に、ヴェルサスの姿が掻き消えた。 「シン。今の男は一体……」 「『敵』だってことだけは確かだな」 |